とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part01

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匿名ユーザー

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 御坂美琴はコンビニにいる。
 今日は月曜日。完全下校時間を少し過ぎた頃。
 もちろん門限なんてブッチギリであったりするのだが、規則は破ってこそのものだ、美琴はそう考えている。
 こんな遅くに女子中学生が出歩いたりしていると大概ロクな目にあうことはないのだが、レベル5である『超電磁砲』にとっては障害にならない。
 話を戻そう。
 御坂美琴はコンビニにいる。
 今日は月曜日。美琴の趣味は立ち読みであり、月曜日は美琴の好きなマンガ雑誌の発売日である。
 そんな日にコンビニに乗り込んでいるのだから、やることは当然立ち読みである。
 時々ニヤニヤとしてしまうのを必死に堪えながら読む。誰でもニヤニヤ顔は見られたくないものだ。
 ペラリ、とページをめくる。美琴個人としては巻頭の『密室×密室探偵』が気になって仕方が無いのだが、好きなものは最後に残しておく。
 一通り読み終わり、メインディッシュに取りかかろうと巻頭のページを開こうとしたその時、雑誌を何者かに奪われてしまう。
(このやろうっ!)
「何すんのよっ!」
 人の楽しみを横からかっさらおうなんていい度胸じゃねェか、と、お嬢様にあるまじき発言はなんとか胸にしまい、振り向き様に言葉をぶつける。
「いやいや、ビリビリ中学生。店員さんも迷惑そうな顔をしてるじゃねぇか、立ち読みなんてやめろやめろ」
 まったくこれだから中学生は、とでも言いたげなツンツン頭の少年は、奪った雑誌を左脇に抱え、コンビニの店員さんを指差す。
 突然指名された店員さんは慌てて目をそらす。立ち読みを迷惑がるどころか、お嬢様の姿に見とれていたなんて事は本人だけの秘密だ。
「だぁれぇがぁぁ」
「お前らみたいなののせいで表紙がボロボロのを買わされる身にもなれってんだ」
 ツンツン頭の上条当麻は気づいていない。目の前でビリビリ中学生がビリビリしていることに。
「ビリビリ中学生だ、名前で呼べコラァァァァァッ!!」
「んなっ、馬鹿野郎ぉぉぉぉぉっ」





 美琴の放った電撃は上条の右手によって打ち消される。
「あぶねぇって、せめて店ん中ではやめろ。つうか、俺が右手で持ってたら雑誌死んでたぞ」
「うっさい!アンタが悪いんでしょーが」
 不幸体質の上条がいるにも関わらず、奇跡的にもコンビニ内に被害はなかった。
 しかし店の中で盛大に電撃をまき散らしたのだから、今度こそ本当に迷惑顔の店員さんの無言の圧力によりいたたまれなくなる。
「とりあえず、この雑誌は上条さんが買って帰ります」
「ハァ!?私が読んでたんでしょうが」
「いやいや、立ち読みする人よりも購入する人の手にこの雑誌が行くべきではないかね、御坂くん?」
 返せ、と目で語る美琴に対し、上条はご丁寧にどこぞの探偵さんの真似をしながら答える。
「うっ、まぁ………そりゃ、正論だけど。他のヤツ買いなさいよ、わざわざ私が読んでたのを買う必要ないでしょ。それともアレ?私の読んでたやつが欲しい、っていうマニアさんかしら?」
「落ち着け、御坂。このコンビニにはこの1冊しか残されてないっ」
 ビシッ、と雑誌棚を指差す。ガラガラの棚には売れ残ったファッション雑誌といかがわしいそれしか残されていない。
 上条の指差しにつられ、普段目に入ることのない――というより、目に入れないようにしてる――薄い青のテープで封をされた雑誌群を直視してしまい、案外ピュアな美琴の顔が一気に染まる。
 ぷるぷる、と震えを起こしながら上条を怒りたいとか、恥ずかしいとか、アンタこんなの読むのとか、やっぱり怒りたいとか色々な感情と煩悩が渦巻く。
 決して上条とのいかがわしいあれこれを妄想したわけではない。そんな事を妄想しようものなら漏電どころの騒ぎではなくなる。
「ア、アンタねぇって、アレ?」
 どうにか目線を逸らし、美琴が再起動を果たした時には上条は既に隣におらず、ありがとうございましたーという店員さんの通る声に送られていた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、ねぇ」
 置いて行かれた美琴は慌てて上条を追い、新聞のカゴにぶつかりそうになりながらもコンビニの外に出る。
「待てっつってんでしょうがっ」
 バリバリッ、と耳をつんざく音が響き、青白い雷撃の槍が上条を襲う。
 上条はめんどくさそうに右手をかざし、その槍を打ち消す。
 気だるそうにはしているものの内心では大慌ての上条であるが、そんな事がバレては、また勝負だ、なんて言われかねないのであくまで余裕の表情を維持する。
「で、なんだよ。上条さんは家に帰ってゆっくりマンガを読みたいのですが?」
「だから、それは私が先に読んでたってんでしょうが」
 渡しなさい。いやだ。渡しなさい。いやだ。渡せ。やだったらやだ。
「あーもうっ、これでも喰らって倒れてろっ」
「だぁぁぁぁっ。やめろって、マジで。死ぬから。それ食らったら死にますから」
 結局はいつもどおりに電撃キャッチボールが行われる事になる。追いかけっこに発展して1夜が潰れなくなっただけお互いに成長したと言えるのだろうか。





「はぁ、今日はインデックスが居ないから1人でゆっくり羽を伸ばせると思ったのに。不幸だ……」
 大きく肩を落とす上条。暴飲暴食シスターは小萌先生や姫神秋沙と共に焼肉パーティと言う名の宴会に出ている。
 恐らく今日は帰ってこないだろう、久々にベッドで寝れるしマンガもゆっくり読める、と期待に胸躍らせていたのだ。
「あれ?アンタ今日1人なの?」
 にまぁ、と不敵な笑みを浮かべ、美琴は密かなる野望を抱く。
 まだ素直にはなれないものの、あわよくば上条とより親密になりたい美琴としては、銀髪シスターの不在はまさに千載一遇のチャンスだ。
「そーよそーだよそーですのよの三段活用!なんだ?別に俺は1人じゃ寂しいけど素直になれない動物委員の御坂たん的キャラじゃねぇから心配すんなよ」
「じゃぁ、アンタの寮まで連れてってよ。そこで読んだら問題ないでしょ?」
 赤い顔を隠すように俯きもじもじと呟く美琴を見て、上条は固まる。御坂たんにつっこまれると思っていたのにこの反応ではなんとまぁ、困る。
 美琴としては、上条の寮の場所を知るチャンスかもーなんて浮かれた気持ちと、でも正直に教えてなんて言えないなーって恥ずかしい気持ちが絡み合っていたりする。
「御坂さん?貴女は男子学生の寮に連れて行けなんて言いやがるんでせうか?」
「な、なななによ、悪い?別にマンガ読むために行くだけよ。マンガ喫茶に行くようなもんよ」
 美琴は半ば自分に言い聞かせるように、自分でも破綻していると分かった論理を振りかざす。
「いやいやいや、目的よりも手段に問題があるわけでして。そもそも男一人と分かった途端に部屋に連れてけっておかしいと言ってるんですが?」
 当然のように上条はそれを否定する。自分の理性は鉄壁であると自負しているつもりではあるが、どこでなんの間違いがあるか分からない。
 らしくないとは言え、常盤台のお嬢様、それもエースと呼ばれるレベル5に手を出そうものなら路地裏フルボッコどころでは済まない。
 というか、そもそも『中学生に手を出したすごい人』として名を馳せる事になる。
(そ、そんな可愛い態度で頼まれても無理なものは無理ですよー。うん、無理だ無理、多分)
 上条は目の前で俯いている美琴の姿に心を揺さぶられながらも鉄壁の理性を全面に押し出し、暴走しようとする『何か』を押さえつける。
「………ダメ?」
「ダメじゃない」
 上目づかいは卑怯だ。





「ただいま」
 上条はいつもと違って答えの帰ってこない部屋に、少しばかり寂しさを覚えながら靴を脱ぐ。
 電気を付け、扉の方に振り返り美琴を見る。コンビニでの勢いはどこへやら、美琴はキョロキョロと挙動不審だ。
「どうした?入らないんならそのまま回れ右で帰ってもらえると、上条さん的にはホッとするところなんですけど」
「は、入るわよっ!ちょっと緊ちょ、っていうか、なんていうか。あーもう、お邪魔しますっ」
 ゴニョゴニョと何か言い訳をした出したと思ったら、近所迷惑になるような声で邪魔する宣言をしてズンズンと部屋に入る。
(おいおい、土御門にはバレてねぇだろうな)
 隣室のにゃーとか言うフザケた魔術師が不在であることを祈りつつ、上条は扉を閉め、一応鍵をかける。
 来訪者がいきなり突撃してこないようにするためであり、やましい気持ちはこれっぽちもないつもりではあったが、それでも鍵を閉める手が震えてしまうのは何故だろうか。
「あー、御坂。お前、晩飯は食ったのか?」
「……………」
 学ランをハンガーにかけ、キッチンに向かった上条は、部屋の中心でぼけっと佇む美琴に声をかけてみるが反応が無い。
「もしもし、御坂さん?」
「……えっ、あ、ゴメン、ぼーっとしてた。なに?」
 美琴はビクッ、と身体を震わせる。そんなお嬢様に驚きつつ、上条は苦笑いで聞き直す。
「いや、晩飯は食ったのか、って聞いたんだが……そんなに驚かすつもりはなかったんだ、悪い」
「な、なんでアンタが謝んのよ。私は、マンガ読んだら帰るからそんな気を回さなくて大丈夫―――」
 美琴が言い終わらないうちに、お腹の虫が反乱を起こす。
 重苦しい沈黙の後、上条は笑いを我慢しようと真っ赤に、美琴は恥ずかしさで真っ赤になる。
「よし、食ってけ」
「………うん」
 にかっ、と笑う上条の顔に、いつもの美琴なら更に顔を赤くすることになるのだが、先刻の恥ずかしさのせいでこれ以上は赤くならないようだ。





「じゃあ上条さん特製豚の生姜焼きを味あわせてやるぜ」
「生姜焼き?」
「…………お嬢様は生姜焼きが何かわからないのでせうか?」
「生姜なんて焼いてどうするの?漬物じゃなくて?」
「いやー、なんというか、そうか。それでこそ食わせ甲斐があるってもんか」
 勝手に納得して冷蔵庫をあさる上条を見て頬を膨らませつつ、美琴は手に持ったままだった鞄をガラステーブルの横に置くとブレザーを上条の学ランの隣にかける。
「ハンガー借りるわよ」
「おう、ってお前、腕まくりなんかして何すんだ?まさか、料理中の俺に電撃なんてことはしないよな?」
 やめてくれ、と書いてある上条の顔を見て、美琴は肩を落とす。
「アンタの中の私はなんでそんなに攻撃的なのかしら?」
「毎回のように電撃で襲われてたら誰でもそうなるって、もうちょっと優しくなんねぇのかよ。そしたらお前も可愛げあんのによ」
「……………」
 ぼんっ、と音がするように美琴の表情が赤くなる。
(な、なによ、可愛げあるって。誉められてるわけじゃないのに、落ち着け私っ)
 ぶんぶんと首を振り震えだした美琴の姿に、上条は首を傾げる。
「で、お前はなにするつもりなの?」
 よたよたと千鳥足で上条の隣に立つ美琴に向け問いかける。酔ってんのか、と聞こうと思ったがやめておいた。家電が全滅する事態は避けたい。
「手伝う」
「は?」
「だから、手伝うって。1人だけ何もせずに待ってるのも悪いしね」
「お前、料理なんかできんの?」
「人並みには出来るわよ。常盤台なめんなよ」
 正確には『常盤台』だから出来るのではない。現にカレーすら作れないお嬢様も多数存在するが、美琴は某メイドさんにしっかりと教育されている。
 実はその教育も上条の『手造りクッキーがいい』なんていう何気ない一言が始まりだったりする。
「でも手伝ってくれると助かる。つっても下準備はしてあるから後はキャベツ切って、豚肉焼くだけなんだけど……」
「じゃぁ、キャベツ切るわ。包丁はどこ?」
「そこ。まな板も同じとこにある。手、切るなよ」
「了解。千切りよね?」
 ああ、と言いつつ上条は火にかけたフライパンに豚肉を投下する。肉の焼ける音と共に食欲をそそる香りが漂う。
「なかなか美味しそうじゃない」
「美琴せんせーもメロメロになるよな味だぜ?上条さんから離れたくなくなっても知らねぇからな」
「(…………もう離れられなくなってるわよ)」
 上条の軽口に蚊の鳴くよな声で答える。聞こえてほしいような聞かれたくないような矛盾した感覚が美琴の胸を締め付ける。
「ん?」
「なんでもないわよ」
(なんでもない。何でもないはずなのに)
 目の前の半玉キャベツに目をやりながら美琴は思う。
(何でもないはずなのに)
 美琴がその胸の奥から生まれる想いに素直になるのはもう少し先になりそうだ。





 とんとんとん、小気味いい包丁の音がキッチンにこだまし、キャベツ華麗に千切りされていく。
「おおっ、凄ぇっ!いやぁ、御坂がそこまで料理上手だったとは……」
「あ、ありがと」
「いやぁ、こうやって誰かが手伝ってくれるってのは良いな、うん。インデックスにも見習わせないと」
 上条は明日からしっかり教育だ、と心に決める。
「こんな可愛い女の子が横にいるのに、他の女の話だなんて。アンタ、いい度胸ね?」
「いや、他の女ってもインデックスだぞ?妹……いや、むしろ娘か!?まぁ、家族みたいなもんだよ」
「そ、そうなんだ」
 うーんと腕を組む上条を横目に見て、美琴は不安にかられる。
(私は、どう思われてるんだろう)
 聞きたいけど聞けない。胸の奥にある、自分にとって最も大切な幻想を殺されないように。
「おい、大丈夫か?」
「え?」
 気付けば目の前のキャベツは全て千切りにされており、何もない空間をとんとんと切っていた。
「刃物持って考え事は危ねぇって。いくらなんでも、ぼーっとしすぎだろ」
「ごめん」
「いや、別に怒ってねぇし、謝られても困るんだが……ホント、大丈夫か?今日はやけにぼーっとしてるが」
「うん、大丈夫。さ、食べましょ、準備できたでしょ?」
「お、おう。持ってくから席についてろ」
 上条は皿に盛り付けながら、ちらりと美琴を盗み見る。
(今日はなんか……御坂が可愛く見える。いや、何を考えてるんだ俺!落ち着け!)
 両手で自分の頬を叩き、盛り付けた皿を運ぶと、ガラステーブルの前で正座している美琴にご飯をよそって渡す。
 ありがと、と小さく呟いた美琴はそれを受け取ると少し居心地悪そうに小さくなった。
「なんだ、そんな緊張しなくても」
 美琴の向い側に腰を下ろすと、上条は美琴の顔を覗き込む。
「っ!!」
「肩の力抜けよ、美味くなくなるぞ」
 上条は箸を持つといただきますと言い、もしゃもしゃと食べ始める。
(力を抜け、か)
 美琴は頬を緩ませ、手元の箸を持つ。
(こんな風に肩の力を抜けるのなんて、アンタの前だけなんだから)
「いただきます」
 美琴はそう言うと、上条お手製の、初めての生姜焼きに手をつけた。





「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さまです」
「美味しかった、ありがと」
「そりゃ良かった。お嬢様の口に合うかヒヤヒヤしたぜ」
 上条は胸を撫でおろしながら席を立つと、重ねた皿を流しへと持っていく。
「あ、片づけなら私がやるわよ?晩御飯まで御馳走になったし」
「まぁ、気にすんな。お客さんはマンガでも読んでろ」
 上条は皿を流しに置くと、ビニール袋からコンビニで取り合った雑誌を取り出し、美琴に向かって投げる。
「あ、そうか、これを読みに来たんだっけ」
「な、忘れてたのかよ!?」
 スポンジを泡立てながら上条は驚きの声を上げる。
「ア、アンタがご飯食べるかとか言うからっ……」
「あー、そうですね。私が悪ぅございましたよー」
「むぅ、馬鹿にしてるでしょ?」
「してねぇしてねぇ」
 手際良く皿を洗う上条を見ながら、美琴は妙な居心地の良さを感じていた。
(なんか、落ち着くな)
 ご飯を食べるまで、いや、上条に『力を抜け』と言われるまでは妙に力んでしまっていたが、今はとてもリラックス出来ている。
(新婚みたいっっ!?って、なななぁ)
 1人で妄想を繰り広げ、自爆するレベル5。誰かに見られれば間違いなく心配されるような挙動不審さであるが、幸い上条は洗い物に夢中だ。
(私は、アイツをどう思ってるんだろう)
 自分の気持ちに素直になれない、というよりも自分の気持ちが分からない。
 読みたくて仕方のなかったマンガも今は読む気にならない。この空間で、上条と共に過ごしているこの瞬間をもっと感じていたい。
 雑誌に目を向けて、ページをめくるべく手をかける。そのめくる手も紙もこれほど重く感じたのは初めてだった。





「そろそろ読み終わったか?」
 洗い物を終えた上条はマグカップを2つ持ってガラステーブルまで戻ってくる。
「あ、うん。ありがとね」
「置いといてくれ、後で読むから。ほらよ」
 上条はそういうと美琴の前にマグカップを置く。
「ココア?」
「おう。お嬢様使用の高級品じゃねぇけど、温まるには充分だろ」
 美琴は両手でマグカップを持ち口をつける。甘いココアが広がり、身体だけでなく心も温かくなったような気がした。
「大丈夫、美味しいわよ」
「ふむふむ。お嬢様にも通用する、と」
 市販でも大丈夫なのな、と上条は自分のココアを飲む。
「ふん、甘いわね。お嬢様のココアはこんなもんじゃないわよ」
「なんだよ、やっぱり口に合わなかったのか?」
「そうじゃないわよ。大切なのは作ってくれた心でしょう?ブランドなんて付加価値よ」
 ほぅ、と溜息をつき美琴は答える。迷惑そうにしながらも美琴に付き合ってくれる、対等に扱ってくれる上条の優しさが心地よかった。
「な、なんかスゲー照れるんですけど。御坂さん、今日は何かおかしくないですか?」
「別に、おかしくなんてない。こんなのも本物の御坂美琴なの」
 そうか、と上条は微笑む。ここ最近、妙に能力も機嫌も不安定だったので心配していたのだった。
「これならゆっくり話ができそうだな」
「はなし……?」
 美琴は首を傾げる。今までまともに話すらしてくれなかった上条が自分から話をすると言ってきたのだ。
「ああ。なんか最近、悩んでたのか?妙に肩に力はいってたけど」
「…………そう、なのかな」
 まっすぐと見詰めてくる上条の目線に耐えきれず、美琴は視線を逸らす。
「前に白井から聞いたんだけどさ」
「黒子から?」
 少し驚いたような顔で美琴は視線を上条に戻す。
「妹達の件の時だ。お前の寮に乗り込んだって言っただろ」
「あぁ、女子寮に乗り込んで部屋漁ってあのレポート持ち出したときね?」
 軽口を叩いてみる。怒ってはいないが、いまさら言われると妙に気恥かしい。
「わりぃ。でも、あのときは……」
「いいから。話を続けなさい」
 上条はもう一度、わりぃと言うとココアを一口飲み話を続ける。
「白井が言ってたんだよ。お前が『輪の中心に立つことはできても、輪の中に入ることはできない』って」
「…………」
「なんていうか、確かに疲れるよな。そんなんじゃ」
「別に……そういうわけじゃないの。あの子達が慕ってくれてるのは嬉しいしね」
 美琴は遠いものを見るような目で何もない空間を見る。
 友達と一緒に馬鹿をやって、はしゃぎまわる事は諦めてます。そんな少し悲しげな表情。
(普段は強気にしてるけど、まだ中学生なんだよな)
 上条は思う。美琴には笑っていてほしい。力を抜いて心から笑っていてほしい。
「俺じゃ何が出来るかわかんねぇけどさ。お前が疲れた時くらい、こうやってゆっくり話も聞いてやるし、なんならストレス解消に電撃だって受けてやる」
「………………うん」
「肩肘張らずによ、気楽にやろうぜ?そりゃ、お嬢様の面子ってのもあるだろうけどよ」
「…………うん」
「電撃なしで真正面から言ってくれたら、大概なら付き合ってやるしな」
「……うん」
「あ、俺も忙しい時はあるからな?補習受けずに付き合えとか、宿題ほったらかしでなんていうのはなしだ。おーけー?」
「うん」
「俺が話したかったのはそんな事だ―――って、御坂っ!?」
 美琴はポロポロと泣いていた。上条としては何かマズイことを言ったのかと大慌てである。とりあえず、美琴の隣まで行ってみたものの、あたふたとするしかない。
「すまんっ、俺、何か変なこといったか?」
「ううん、大丈夫、そうじゃない」
「あー、と言われましてもですね。上条さん的には気が気じゃないですよ?」
 美琴は止めどなく流れてくる涙を我慢することを諦め、上条の胸に飛び込む。
「みみみみ御坂っ!?」
「お願い…………暫く、このままでいさせて」
 いきなり胸に飛び込んできた美琴に驚くあまり、声にもならない上条であったが、しばらく考えた後、おずおずと腕を回してみる。
 いつも絡んで来てはビリビリと電撃を放ち、追いかけてくる美琴の身体が、妙に小さく思えた。
(なんなんですか、このイベントはっ!?いや、御坂はまだ中学生だからっ、頑張れ俺の理性!)
 上条が内なる自分との壮絶な戦いを繰り広げているうちに、美琴の嗚咽も落ち着いてきたようだった。
「んっ、ごめん、いきなり」
「あ、あぁ………その、落ち着いたか?」
 美琴が身じろぎしたのを確認すると、上条は少しだけ名残惜しそうに回していた腕をとく。
「嬉しかったの」
「え?」
「嬉しかった。アンタがそう言ってくれて」
「あ、ああ」
 美琴は鼻をすすりつつ上条から離れると、真っ直ぐに上条の顔を見る。
「これからも、よろしくね」
「何をよろしくされるかが良く分からんのですが……」
「羽を伸ばしに来てもいいんでしょ?」
「偶にならな。毎日はやめてくれよ?上条さんの気が持ちません」
「どういう意味よ」
 あはは、と美琴は笑う。泣き腫らした顔での笑顔だったが、上条はとても綺麗だと思う。そんな心からの笑顔。
 自分が守りたいと思った、失くしたくないと思った、御坂美琴の笑顔がそこにあった。
「別に………なんでもねぇよ」
 自分の顔が赤くなるのを感じ、上条は視線を逸らす。
(いやいやいや、素敵イベントの後だからって動揺しすぎですよ、上条さんっ!うあぁぁぁ)
 上条は胸の奥で『何か』が大きく膨らんだのを感じた。





「ひとつお願いがあるの」
 ブレザーに袖を通し、帰り際に玄関で美琴が口を開く。
「上条さんに出来る事なら聞いてやらんこともない」
 ふん、と腕を組み、かかってこいと言わんばかりの上条に吹き出しそうになるのを我慢して美琴は続ける。
「来週もマンガ読みに来るから」
「………はい?」
「どうせ買うんでしょ?だったら私が読みに来ても問題ないじゃない。コンビニの店員さんに迷惑かけちゃいけないしね」
「えー、御坂さん?」
「じゃ、そういうことで。今日はありがと」
 ばたん、と扉が閉まり、上条は話についていけないまま取り残される。
 来週も美琴が遊びに来る。マンガを読みに、という流れから行くと毎週月曜日はやってくるであろう。
(ちくしょう。妙なこと言うんじゃなかったか)
 さっき言ってしまったことを後悔しつつ、上条は部屋に戻る。
(何か忘れてるような気がする)
 来週になって、銀髪シスターに噛みつかれることになるのは今の上条はまだ考えてすらいなかった。


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