小ネタ 生と死の間で 1 ~美琴~
「無視すんなやゴラァ!!!」
もはや定番となったこのフレーズを叫びながら雷撃を飛ばす。もちろん標的は憎いほどいとしいあのツンツン頭。
これが本当に定番通りなら、なんとか雷撃を打ち消すのだろうが、今日の上条は少し様子がおかしかった。
いつものような閃光、爆音。その向こうにはいつものように困った顔で右手を突き出しているあいつがいるはずだった。
はずだったのに。
「……えっ」
思わず声が出てしまった。何かが焦げたようなにおいがする。そこには地面に横たわるあいつがいた。
「ちょっとアンタ! しっかりしなさいよ」
あせって駆け寄る。返事はない。呼吸もしていない。生きているかすら定かでなかった。
「先生、アイツは……」
「助けるのが僕の仕事だよ。一応、僕もプロだからね、それに、彼の体はファンタジーだから」
カエル顔の医者は飄々と答えた。その言葉に美琴を責める色はない。もっとも、今の彼女を見て責めることができるはずはないのだが。
「よかった……」
自然と言葉が出てきた。心の底からほっとした。
「とはいっても、まだ意識は戻ってないよ。努力はするけど、いつ目を覚ますかは分からないっていうのが正直なところだね、ちゃんと看病するんだよ」
加害者である美琴にまで気を遣う医師に感謝をしつつ、彼女は上条当麻のいる病室に向かった。
その日から、美琴は毎日、上条の病室に通った。
学校に行く前、放課後。ぎりぎりの時間までその日の出来事を話した。
上条は何事もなかったかのように眠り続ける。返事が返ってくることなどない。
そんな上条を見るたびに美琴は激しい後悔にさいなまれた。それでも、大好きなアイツといる時間がいとしかった。
激しい自己嫌悪、後悔、罪悪感。点滴で生きながらえている上条を思うと食べ物ものどを通らず、眠り続けている上条を思うと夜眠ることもできなかった。
そんな生活を一週間ほどつづけると、徐々に学校を休むようになり、いつしか寮と病院の往復が生活のすべてとなっていった。
「お食事を取られてはいかがですか?お姉さま」
ルームメイトが心配をして声をかけてくる。
「気にしないで黒子。いまそんな気分じゃない」
「またお姉さまはあの殿方のことでお悩みですのね……でも、それとこれとは話は別じゃありませんこと?」
その言葉に無性に腹が立ち、気づいたら怒鳴っていた。
「うるさい!あんたに何がわかるっていうの!」
「なにもわかりませんわ。何一つ素直な気持ちを伝えられないでいる人のことなんて」
返す言葉もない。黙ったままの美琴に黒子はため息をひとつつき、諭すように語りかけた。
「今日のところは大目に見ますの。よく考えてくださいまし、あの殿方に何を伝えなければならないのか、何を伝えたいのかを」
翌日、美琴はいつものように少年のもとに向かった。そして、いつものように少年に語りかけようとする。
そのとき、ルームメイトの言葉がよぎる。
私はこいつに何を伝えなければならないのだろう?
私はこいつに何を伝えたいのだろう?
わからない?いや、わかってる。
今なら言える。いつもと違う言葉を。
「よく考えてみたら、まだアンタに謝ってなかったわね。本当にゴメン。
これまでは『鈍感なアンタのせいよ』とか何とか言ってごまかしていたけど、それは違うわよね、悪いのは私。
……ほんとはね、アンタにかまってほしかったの。アンタと一緒にいたかったの。でもアンタを前にすると何を話せばいいかわからなくて。
今考えるとバカな話よね、素直に言えばよかったのに。でも、アンタが断ったらどうしようとか、くだらないこと考えて怖くなって身動きとれなくなってた。
そう、私は……アンタが好きなのよ、どうしようもないくらい。だからさ、だから……早く、目を覚ましてよ……」
意識のない上条には届くはずのない声。美琴もそのことは痛いほどわかっていた。だから決心していた。この少年が聞いているとき、もう一回聞かせてやろうと。
決意を込めて上条の右手を握る。確かなぬくもりが心地よかった。
「えっ?」
意識のないはずの上条の手が、今、確かに自分の手を握り返してきた。
「アンタ、もしかして目が覚めた?返事しなさいよ」
藁にもすがるような思いで声をかける。すると、上条の目がゆっくりと開いていった。
「目が……覚めたのね。よかった……」
涙声になりながら、とぎれとぎれの言葉を絞り出して上条に伝える。
「ごめん……あんたを見ると素直になれなくて、こんなことになって……」
美琴は必死に言葉を紡ぐ。安堵からか、後悔からか、自責からか、涙は止まらなかった。
上条はそんな美琴を見て優しい笑みを浮かべながらこういった。
「大丈夫、全部聞いてた。」
「俺さ、今まで真っ暗な世界にいる悪夢みたいなもの見てたんだ。いや、夢……じゃないな、外の声とか、ちょっとは聞こえてたし。
そこで俺はずっとひとりきりでさ、寂しかった。
御坂は何回もここにきて俺に話をしてくれたよな。あれ、すっげえ嬉しかったんだぞ。その時間だけは、なんつーか、あったかかった。独りじゃないって思えた。
今さっきだって、お前の声はちゃんと届いてたんだ。だからもういい。ありがとな、美琴」
照れながら目の前の少年はこういった。不器用な言葉だった。そして、優しい言葉だった。
上条の胸に顔を押し付け、涙が枯れるまで泣いた。今回は彼の優しさに甘えていたかった。