小ネタ とある二人の酔っ払い
かぽーん。庭にある鹿威しが鳴る。
上条は学園都市内にあるちょっとした料亭の一室にいる。
向かいには御坂美琴。顔を赤くしつつも『こんなときどんな顔したらいいのか分からない』といった顔をしている。
―――笑えば良いと思うよ、って笑えるかっ!!―――
自分も似たような表情になっているだろうと想像し、上条は小さく溜息をする。
隣にはやけに上機嫌な父・刀夜が座っており、その前には御坂の父親であろう人が座っていた。
―――な、なんなんだよ―――
上条はまだ現状を把握しきれていない。
父親の呼び出しに応じて来てみれば、仲良く軽く出来上がったおっさん2人と顔を赤くしてカチコチしている美琴が座っていたのだ。
おっさん2人に『やっときたか』とか『まってたよー』とか言われて早くも10分が経つ。
いい加減に現状の説明を求めたいのだが、酔っ払い2人はなかなか切り出してくれない。
「あのー、なんで俺はこんな所に呼び出されたんですか?」
いきなり絡まれたり機嫌を損ねたりしないだろうか、と内心ではヒヤヒヤドキドキしながら、上条は楽しそうな2人組に声をかける。
ゆっくりと上条に顔をむけた2人のおっさんは『そういえば、こいつの事忘れてた。わはははは』という様な顔だ。
―――ったく、なんなんですか、これは―――
上条は敢えて大きな溜息をついてみる。用が無いなら帰してもらいたいところだ。
「いや、ほったらかしにして悪かったね、当麻くん」
「あ、いや。貴方は御坂のお父さんで良いんですか?」
ようやく話が出来そうな展開になり、上条は話しかけてきた旅掛に問いかける。
この状況で『赤の他人です』なんて事を言われたらそれはそれでビックリなのだが、一応確認しておく。
「わはははは。いやいや、上条さん、もう『お義父さん』って言われてしまいましたよ」
「いやいや、当麻は誰にでもフラグを立てる子なんですが、まさか父親にも有効だとは。わはははは」
だめだ、こりゃ。
上条はお手上げだとばかりに肩を落とす。
この右手でも完全に出来あがっちまった父親2人の酔いは砕けそうにない。
上条は横目で美琴を見る。心なしかさっきよりも赤くなっているが気のせいだろうか。
というか、もしかしてコイツも酒を飲んだんじゃないか。激しく嫌な予感を感じながらも、父親たちの会話に感じた違和感を思いだす。
―――あれ……父親にもフラグ?お義父さん?………1文字多くねぇか?―――
口に出された言葉がどうして感じでイメージ出来るんだろうかとか、それはSSだから脳内補完でOKなんだよとか。
上条は脳内で暴れだす『良く分からん疑問』達を追い出すべく、ブンブンと首を振る。
「いや、だから、俺はなんで呼び出されたんだって聞いてるんだけど……」
上条はもう一度赤くなっている美琴を見る。話を聞いてるのかもわからないくらい、それこそ死んだように固まっていた。
「父親2人が仲良く飲んでる所に、なんで俺や御坂が呼ばれてんだよ」
上条は刀夜の肩に手をかけようとするが、『まぁまぁ落ち着け』といって動きを制される。
「当麻くん。御坂じゃ他人行儀すぎるだろう?美琴、と呼んでやってくれないか?」
旅掛の言葉に、美琴の方がビクンッと跳ねる。なんだ聞いてんじゃねぇか、と上条は美琴が死んでなかった事に安堵する。
―――いやいやいやいや、違う!そこじゃない!他人行儀も何も、俺と御坂は他人だろ!?―――
上条はどんどん混乱していくこの空気に飲まれそうになりながらも、なんとか踏みとどまった。
「なぁ、御坂………自体が飲み込めてないんですが、どういう事になってんだ?」
「み……」
「はい?」
妙に小さい美琴の声は上条の脳まで到達せずに霧散する。
美琴は上条が『?』という顔をしているのを見ると、その頬をより赤く染めてモゴモゴと口を動かし、意を決したように俯けていた顔をあげた。
「美琴、って呼んで」
「…………みこと?」
「うん。えへへへへ」
途端に美琴の顔が蕩ける。
やっぱり現状を把握しきれない上条は、美琴の前にあるグラスを見る。
湿ってはいないところをみると、酒を飲んだわけではなさそうだ。
「ほほう。親の前でやってくれるね」
「孫の顔も早く見れそうですなぁ」
「はいっ!?まごっ!?」
上条が驚き、バッと音が鳴るような速度で父親2人を見ても、当人たちは気にした素振りもない。
「マゴってどういうことでせうか?馬の子ですか?」
あたふたとする上条の様子がおかしいのか、酔っ払いは大笑い。残された上条には何が可笑しいのかすら分からない。
レベル5に助けて欲しいところではあるが、口を半開きにして『えへへー』と言っているお嬢様には期待できそうもない。
―――コイツ……御坂妹もこんな顔するときあるよな。そっくり姉妹じゃねぇか―――
そっくりじゃなくて遺伝子レベルで一緒なんです、というツッコミはさておき、上条は一度死因呼吸をする。
ここまでの流れを整理してみる。
ひとつ、旅掛は『お義父さん』を気にしていた。
ひとつ、刀夜は『孫の顔』を気にしていた。
上条は恐る恐る父親2人を見る。いつの間にか2人ともこっちを見ていた。
「あのー、もしかしてこれは……」
「そうだ、君たち二人は結婚するんだ!」
上条はガックリと肩を落とす。あまりにも突然過ぎる。横暴だ。
美琴とは仲の良い友達のような関係だとは思っていたし、可愛いとも思っていたが。
恋人のステップを介さずにいきなり夫婦になれとはどういうことだろうか。
「そんないきなり――」
「異論は認めん!『許嫁』として御坂親類にも紹介済みだ」
「上条親類も紹介しておいたぞ」
そしてまた『わははははは』と笑う。
―――て、手遅れだ―――
上条は涙目になりながら、美琴を見る。美琴は不安そうな顔で上条を見ていた。
「……当麻は、私じゃ、いや?」
「うぁぁあああぁっっ!?」
上条は勢いよく後ずさる。正座したままなのに器用なものだ。
―――御坂が、御坂が御坂じゃないみたいだけど御坂であって。というか、目の前のは御坂じゃなくて美琴であってぇぇぇえぇぇ―――
うだぁぁぁぁっ、と頭を抱えてみる。何も解決しそうにない。
「………当麻は、嫌なのかな」
「嫌じゃねぇぇっ!!」
上条はその場に立つと力の限り叫んでみた。奥の襖が驚いたようにガタンと揺れる。
「嫌じゃねぇけど、なんか……色々と飛ばし過ぎだろ?」
「………どういう、こと?」
上条は美琴の隣まで行くと、その細い肩に手を置く。
「えっとだな、とりあえずは、恋人から始めませんか?」
「……………うん」
上条はふぅと息を吐く。いつの間にか親父2人はいなくなっていた。
「よろしくね、当麻」
「あぁ、こちらこそな、美琴」
上条は恋人になった美琴を抱きしめた。『許嫁』ではなく『恋人』としてのステップを踏み出した。
「あらあら。これは良いものが撮れましたね」
「うふふー。美琴ちゃん幸せそうねー」
不自然に隙間の開いた襖の奥に、ビデオカメラを持った女性2人がいたとかいなかったとか。