ガタンゴトン。ガタンゴトン。
揺れる電車の車内に、若い夫婦と小さな子供が乗っている。
「カナちゃん、何を見てるの?」
「にんじゃ。やねの上をぴょんぴょんしてるの」
「ふふ、俺も電車忍者よくやったな」
「えええ、パパも? 私が少数派?」
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
電車は三人の笑顔を乗せて、走ってゆく。
########
(これまでのあらすじ)
悪のプロフェッサー・イガグリゴウラは機動要塞エドサナダマルによる特攻を仕掛け、エイリアン・クイーンを道連れにして散った。だが、クイーンは死の間際、自らの能力を引き継いだ最悪のエイリアン・プリンセスを産み落としていた。プリンセスを追って池袋にやって来た悪の怪人・キリキリ切腹丸は、謎の電車忍者・鮪雲鉄輪と遭遇する。忍者VSエイリアン。地球の存亡を賭けた最後の戦いが始まる!
忍者 VS エイリアン・プリンセス
(保護者のかたへ)
たくさんSS読むのがしんどい時は、前半の VS エイリアン・プリンセスは飛ばしても大丈夫だよ。
✕✕✕✕✕✕✕✕
「ココガ地球侵略ノ新タナ拠点ダ! サア働ケ、パラサイト共ヨ!」
「パラパラ~!」「パラ~!」
時は午前九時半。
パラパラと雨が降る廃工場の中庭で、肉人形のようなエイリアン・パラサイトの群れがパラパラと蠢いている。
鞭を振るいながら檄を飛ばす、言語能力を備えた個体は、一般パラサイトよりも一回り大きく硬質の外骨格を備えている。
指揮官級侵略者、エイリアン・コマンダーだ。
池袋北部。出版不況によって放棄された印刷工場を新たなるエイリアン基地に改造しようとリフォーム中である。
「キーリキリキリキリ! そうはさせないぜえ~~~!」
響き渡る声。
エイリアン達が一斉に上を見上げる。
灰色の空の下。雨降りしきる廃工場の屋上に、二つの影。
タン! 右側から二人を写すカット!
タン! 左側から二人を写すカット!
ターン!! 正面から二人を写すカット!!
殺人中継サイト『NOVA』による巧みなカメラワークだ!
「キーリキリキリKILLING YOU! 悪の怪人・キリキリ切腹丸!」
Killing忍者キリキリ切腹丸が名乗りを上げ、怪人らしい威圧的なポーズを決める!
背後で水蒸気爆発!
「線路を奔る一陣の電! 電車忍者・鮪雲鉄輪!」
鮪雲鉄輪が名乗りを上げ、電車のヘッドマークを象ったポーズを決める!
背後で電車をイメージしたラメ入り爆発!
「とうっ!」
「とうっ!」
二人の忍者は屋上から大ジャンプでエイリアンの群れに飛び込む。
「パラ~!」
「パラパラパラ~!」
一斉に襲い掛かるエイリアン・パラサイト達!
「キールキルキルキル! 俺様のビームセイバーの錆にしてやるKILL~~!」
サムライセイバーから切腹丸に受け継がれたエネルギーブレードが光を放つ!
パラサイトが四方八方から襲って来るがものともしない!
光の軌跡が弱点のコアを的確に両断してゆく!
「ボクだって負けてられない! 電車刀!」
鮪雲鉄輪の右手にバールのような物が出現する!
集電舟ーー電車の上についてるパンタグラフの、架線に当たる部分だ!
アクロバティックな身のこなしでパラサイトの攻撃を回避しながら電車刀でコアを殴り付ける!
二人の周囲にいたパラサイトが全員倒れ、ドカーン! 一斉に爆発四散!
「馬鹿ナ!? コイツラ強スギル!?」
エイリアン・コマンダーが狼狽しつつも全身の外装をトゲ状に変化させて攻撃態勢に入ろうとする。
「遅いぜェ~~! スーパーカット……」
切腹丸のビームセイバーが光る!
「合わせるっ! 電車忍法……」
鉄輪の電車刀も原理不明だがノリで光る!
「大切断(Die・Set・Done)!!!」
「貫穿こだま突き!!!」
切腹丸の必殺斬擊と鉄輪の必殺刺突がコマンダーに同時ヒット!
「ギャア~~~~~ッ!!」
エイリアン・コマンダーが爆発四散!
その直後。
突如、雨の音が消えた。
切腹丸と鉄輪の周囲気温が急速に低下している。
雨が、雪に変わっている。
冷気の雲を撒き散らしながら、透き通るような青い外骨格をまとった新手のエイリアンが姿を現す。
「我ガ名ハ、フィンブルヴェトル……プリンセス直属ロイヤルガード。終末ノ先触レ也……」
「KILL!」
「たあっ!」
問答無用で忍者達が斬りかかる!
だが、二人は刃が相手に当たる寸前で止めた。
切腹丸のビームセイバーが鉄輪の首筋に、鉄輪の電車刀が切腹丸の喉元に、致命傷を与える寸前の状態となっていた。
「キーリキリキリ! 同士討ちを引き起こす幻術かぁ~~~~?」
「二人で戦うと危ない! 先に行って! こいつはボクが殺る!」
「応!」
切腹丸は風のように廃工場内へと向かう。
「逃ガサヌ……」
フィンブルヴェトルは地を這う冷気を放つ。
冷気は氷柱を生成しながら切腹丸の背後へ迫る!
「電車忍法、畳返しの術!」
切腹丸とフィンブルヴェトルの間に金属扉が召喚され冷気を遮った。
「お前はボクが&(や){殺}るって言ったよ? 運行は守ってよね!」
✕✕✕✕✕✕✕✕
ゴシャアッ!
遺棄印刷工場の中へと侵入した切腹丸を、巨大な拳が襲った。
さっきまで切腹丸がいた場所が破壊され、巨大な穴が穿たれる。
鼻を突くインクの臭い。
破壊された機器の内部に残置されていた塗料が飛散したか。
「オ、オデノ名前ハ、ティタノマキアー。姫サマノ敵、全部ブチ壊ス!」
工場の高い屋根に頭をつかえそうな程に巨大なエイリアン・ロイヤルガードが名乗る。
その首には横一文字に擦り傷。
カウンターで放ったスーパーカット大切断(Die・Set・Done)が効いていない!
「キーリキリキリ! 斬り応えのありそうな奴が居やがったなァ~~~!」
✕✕✕✕✕✕✕✕
廃工場中枢・監視制御室。
巨大な多腕人間型節足動物のような姿のエイリアン・プリンセスは、その巨体を横たえ、静かに人類世界侵略計画を思索していた。
「キーリキリキリKILLING YOU! 姫サマよう、死を届けに来てやったぜえ~~~!」
制御室にやってきた切腹丸は、運んできた巨大な生首をゴロリと床に投げ捨てた。
「斬るのに大切断(Die・Set・Done)を九回も使っちまった。楽しませてもらえたぜえ~~~! デカくて固いのはシンプルに好印象だが、意外な一芸も仕込んどいたら更に楽しめたかもなあ~~~!」
敵の良いところを褒めつつ改善点を的確に提案する!
ドゴォーン!
監視室の壁を破って除雪車が登場!
除雪車と言うとディーゼル車の印象が強いが、電気動力車の前面に排雪板を装着したタイプだ!
排雪板には潰れた青色のエイリアン!
除雪車から鮪雲鉄輪が飛び降り、切腹丸の横に並び立つ。
「おまたせ!」
「遅せェぞガキィ~~~。遅延証明は出るんだろうなァ~~~?」
二体のロイヤルガードを撃破され、エイリアン・プリンセスは嘆き悲しむ。
「おお! お前たち! よくぞ我を護り戦ってくれた......! かくなる上は愚かな地球の生命体どもに我みずから裁きをくだしてくれよう……!」
上体を起こし臨戦態勢となったプリンセスの周囲に無数の光球が発生し、二人の忍者へと降り注ぐ。
異形なる六本の腕からレーザー光線が放たれ周囲を凪払う。
爆熱と炎。
忍者達は素早い身のこなしで辛うじて回避を続ける。
「おおおおっ! ヤギュウ俺様スタイルッ!」
激しい光球の連射を避けながら、切腹丸がサムライセイバーの剣術を取り入れ独自に発展させた構えを取る!
切腹丸の持つエネルギーブレードが鋭く形態を変化させ、眩しい光を放つ!
「……4番線を電車が通過します。ご注意ください」
レーザー光線を掻い潜りながら、鉄輪が人差し指で監視室を縦に貫く軌道を指し示す!
真っ直ぐにかぶり直した帽子には「地獄」の二文字!
「スチームエクスプロージョン大切断(Die・Set・Done)!!」
ビームサーベルの先端から斬擊判定を伴った激しい水蒸気爆発が放たれ、エイリアン・プリンセスの巨体を切り刻む!
「電車アターーーック!!」
監視室の壁を突き破って血のように赤い色の電車が現れ、エイリアン・プリンセスの巨体を轢き潰す!
超必殺技の同時攻撃を受け、強大なるエイリアン・プリンセスは千切れ飛び、細かい肉片と化した!
しかし……それで終わりではなかった。
肉片がズルズルと這って癒合し、再び元のエイリアン・プリンセスの姿を形作る。
「なにィ~~~!? こいつ、不死身か!?」
「汝達の攻撃は、ロイヤルガードを通して既に学習している。もはや我を滅ぼすことはできぬ……地球を汚す愚かな者達よ、我が支配に屈するが良い……!」
光球とレーザーの嵐が吹き荒れる。
中央監視棟が崩落し、吹き込んだ雨がエネルギー弾の高熱で蒸発して水蒸気の雲が立ち上る。
「ふざけるな! 俺様の“生”はエイリアンごときに邪魔なぞさせねぇ!!」
切腹丸が弾幕の合間を縫ってプリンセスに接近!
魔鎌・チャラチャラデスサイズカスタムを射出して単分子ワイヤーの鎖で敵の巨体を絡めとり、後方へ引き倒す!
「おいガキ! 土遁で床を壊せ!」
「……!! 電車忍法、地下鉄の術っ!!」
鉄輪が懐から巻物を取り出し、床面に手をついて術を発動する!
監視制御室の頑丈な床面に亀裂が入り、開いた大穴が二人とプリンセスを飲み込む!
廃工場の地下には巨大な空洞……地下駐車施設が広がっていた。
そして、遺棄されて久しい地下空間は、雨水が溜まりプールと化していた。
バシャーーン!
プリンセスの巨体が水中に没する。
「ぐ……ぐお……? おご……何だこれは……ぐぶぶ……!?」
プリンセスの身体が奇妙で無秩序な変形を始めた。
身体の各部から捻れた肉の枝が伸びては崩れ落ち、本体の形も歪んでゆく。
「切腹丸さん、これは!?」
「え……知らねェ……再生するなら地下に埋めようと思……キーリキリキリ! 狙い通りだぜェ~~~!」
「ごぼっ……ぐばば……おのれ! おのれ愚かな地球生命体どもめ! ごばっ……」
「キーリキリキリKILLING YOU! どうやらお勉強が足りなかったようだなァ~~! テメェを苦しめてるのは印刷工場の有毒廃液! 言わば地球を汚す人類の愚かさそのものよォ~~~!」
悪の怪人・キリキリ切腹丸のビームセイバーが輝きを放つ!
電車忍者・鮪雲鉄輪も電車刀を構える!
「スーパーカット大切断(Die・Set・Done)乱れ切り!!」
「電車忍法、真・貫穿こだま連続突き!!」
再生能力の暴走したエイリアン・プリンセスに、無数の斬擊と刺突が叩き込まれる!
「馬鹿な! この我が!? 馬鹿なァーーー!?」
エイリアン・プリンセスは爆発四散!
地球は守られたのだ!!
「キーリキリキリ! 決戦が池袋で助かったぜェ~~~! NOVAが勝手に俺様の勇姿を拡散してくれるからなァ~~~!! どうだサムライセイバー!! 貴様は最早過去の存在にすぎないぜェ~~~ッ!」
魔鎌・チャラチャラデスサイズカスタムの単分子ワイヤー巻き取り機構で地上へと昇りながら、悪の怪人・キリキリ切腹丸は高らかに笑った。
壁を蹴り、連続三角飛びで切腹丸の後を追う電車忍者は、その笑い声を聴いて思った。
(この人なら……きっとこの人なら笑顔で死ぬ方法を知ってるに違いない!)
悪の怪人・キリキリ切腹丸 VS 電車忍者
地球侵略を目論むエイリアンは滅び、廃工場に残るのは二人の忍者。
ここから先は忍者の時間だ。
ーー或いは、殺人者の時間。
「切腹丸さんは、どうしたら笑顔で死ねると思う?」
「さあな。俺様は『人斬り』のために造られた戦闘用ホムンクルスだ。斬ることが俺様の“生”……死ぬことにゃあ興味ねェなァ~~~」
「ふーん。じゃあさ、ボクが“死”について考えさせてあげようか?」
「キーリキリキリ! 面白れェガキだな! いいぜ? 死と向き合うのは手前ェの方になるがなァ~~~~!」
地下を脱出した二人の殺人者は、ティタノマキアーが居た大部屋を決戦の場所と定めた。
ざあざあと、重苦しい雨音が錆まみれの鋸屋根を叩く。
「それじゃあ、いざ、尋常に」
「勝負だぜェ~!!」
二つの影が、錆混じりの埃を巻き上げて走り寄る。
「電車手裏剣、通勤烈射!」
鉄輪は鋼の円盤を無数に召喚射出。
一枚一枚が致命の質量と斬撃フランジを備えた死の投擲。
「ああ~ん? なめてんのかぁ~? キールキルキルKILLゥ!!」
ビームセイバーが光の軌跡を宙に描き、スーパーカット大切断(Die・Set・Done)乱れ斬り。
切腹丸は飛来する電車手裏剣の群れを全て的確に迎撃する。
真っ二つに両断され消滅する召喚手裏剣。
その斬撃は手裏剣を破壊しても勢いを弱めることなく、不可視の斬撃余波が電車忍者本人すらも襲う。
「なめてなんかいないよ!」
迎撃は想定内。
電車手裏剣の連射は斬撃軌道を限定するための布石に過ぎない。
鉄輪は姿勢を低くして飛ぶ斬撃を潜り抜け、工場の床を滑り切腹丸に接近する。
両手で床を突いて跳ね上がり、対空ドロップキック軌道で怪人の顎を狙った両足蹴りを放つ。
「うおっと危ねェなァ~!」
切腹丸は上体を後方に反らしてスウェー回避。
そのまま後方に低空回転しながら、顔面の前を掠めて通過した鉄輪へ大切断(Die・Set・Done)を放つ。
「畳返しの術っ!」
鉄輪は空中で金属扉を召喚し、飛ぶ斬撃を防御する。
ぎしり、と音を立てて扉が斬撃を一瞬受け止め、直後両断された。
扉が床に落ち、消滅する。
そして、鉄輪の姿も消え失せた。
戦況は切腹丸がやや優位。
VVVFゲージを消費する召喚技を連続使用してなお、鉄輪は有効打を一度も奪えなかった。
このままではゲージを全て使い果たし、敗北するだろう。
正面戦闘では分が悪いと判断した鉄輪は、姿を隠しゲリラ戦に勝機を求めた。
輪転機の陰。換気ダクトの裏。
切腹丸の視界を謀りながら、鉄輪は音も無く高速で居場所を移す。
切腹丸を狙った電車手裏剣が飛来する。
薄暗い雨天。照明の失われた廃工場内。
鉄錆色の電車手裏剣を視認するには劣悪な条件だが、切腹丸の怪人視力をもってすればまったく問題はない。
迎撃の必要もない。
電車手裏剣の軌道から僅かに身を躱せばそれで済む。
電車手裏剣が断続的に飛来し続ける。
ゆっくりと山なりに弧を描いた湾曲軌道。
射出位置を悟らせないよう、特殊な回転を加えて変化をつけた軌道だが……
「キーリキリキリ! スーパーカット大切断(Die・Set・Done)!」
ビームサーベルが唸り、斬擊が放たれる。
輪転機が縦一文字に切断され、不可視の刃が機械の陰に潜んでいた鉄輪の野球帽の鍔の端を斬り落とす。
位置・速度・回転。
射出された手裏剣は、遠隔制御する術でも用いない限りはニュートン力学に従う。
いかに変化をつけようとも、手練れを相手取れば射出位置の特定は免れない。
それでも電車手裏剣が降り続ける。
タイミングをずらし、パターンを変え、可能な限りの技巧を凝らして、電車忍者は投げ続ける。
切腹丸は全ての電車手裏剣を最低限の動きで的確に回避する。
不可視の斬擊が、鉄輪の頬を切り裂き深い傷を刻んだ。
大切断(Die・Set・Done)による反撃が、徐々に精度を増してくる。
ガシャリ。
切腹丸の右足が、何か強い力で挟まれた。
足元を見る一一線路の分岐器が、足を挟み込んでいる。
電車虎挟!
(チィィッ! 罠に誘導された! 降ってくる軌道で手裏剣を撃ち続けてたのは意識を上に向けるためかよ!)
分岐器は、大きく重い車輌を支えるだけの強度を有している。
怪人のパワーを以てしても簡単に外せるものではない。
電車忍者・鮪雲鉄輪が姿を現す。
正位置に被り直した帽子には「地獄」の二文字。
轢殺された者達が向かう場所を示す、逝先表示。
「……4番線に間もなく電車が参ります」
鉄輪は、切腹丸のいる場所を通過するように右手の人差し指で一本の直線を描く。
廃工場の壁を突き破り、血のように赤い色の電車が姿を現す。
電車は散在する遺棄機械類を撥ね飛ばし破壊しながら、分岐器に挟まれて身動きの取れない切腹丸を目掛けて高速で突き進む。
致死率十割トロッコ問題!
(ゲエエ~~~ッ!? どうする!? 俺様の脚を切って逃げるか!? ……いや、違う!)
切腹丸が覚悟を決めた!
「邪魔する物は全てKILL! それが俺様の“生”だァ~~~ッ!! スチームディバイドッ! 大切断(Die・Set・Done)!!!」
全身全霊を込めて、ビームサーベルを振り下ろす。
水蒸気爆発のエネルギーを、斬撃平面に集中させて全て切断力に変換する。
白く輝く蒸気とエネルギーの斬撃が、垂直に振るわれたビームサーベルから放たれる。
電車輌断!
先頭車輌から八輌編成の最後尾まで縦一文字に切り裂かれた電車が、切腹丸を避けるように左右に開き脱線する。
二分割され横倒しになった電車は、慣性で線路両脇に破壊の嵐を巻き起こしながら速度を緩め、停まり、消滅した。
廃工場内に粉塵がたちこめる。
「そんな……ボクの電車が!?」
動揺する鉄輪。
粉塵が薄れ、切腹丸の姿が現れる。
「キーリキリキリ! よく考えたらよォ~~、電車より線路の方を切ればよかったなァ~~、だが、お陰で覚醒ったぜ……大切断(Die・Set・Done)」
既に電車虎挟を切断して抜け出した切腹丸が、ビームサーベルの切先をゆっくりと鉄輪に向ける。
その様子は、さっきまでの切腹丸とは違う、穏やかな空気をまとっていた。
「……!!」
ただならぬ脅威を感じ、鉄輪は真横に飛んで避け、床を転がるように横一回転して戦闘態勢を取る。
「……電車刀!」
右手の中に、集電舟の刃を召喚する。
ーーその右腕が、電車刀を握りしめたまま、肘の上から外れてゴトリと落下した。
切断面から鮮血が噴き出る。
スーパーカット大切断(Die・Set・Done)の本質は、飛ぶ斬撃ではない。
それは、切腹丸が切れると思っただけで物理法則を超えて切断をもたらす因果超越の逸脱斬撃。
ひとたび切れると認識すれば、防御も回避も能わず、切断されたという結果だけが残る。
「あ……ボクの手……いやだ……死にたくない!」
鮪雲鉄輪は、はじめて体感した自分へ死が近付いてくる感覚に恐怖した。
死にたくない。
ボクはまだ、笑顔で死ぬ方法を見つけていない。
いやだ! いやだ! ボクはまだ……
そしてーー鉄輪は、どうすれば笑顔で死ぬことができるのかを理解した。
人がまだ死にたくないのは、やりたいこと、やらなければならないことが残っているからだ。
それならば、笑顔で死ぬためには。
自分が何かを成し遂げた、そう実感しながら死ぬ必要がある。
父さんと、母さんは、自分の命を救い無事であることを見届けて死んでいった。
それは二人にとって、価値のある死だったのだろう。
翻って自分はどうなのか。
鉄輪は、回想する。
轢殺した。御飯を食べた。寝た。
轢殺した。御飯を食べた。寝た。
轢殺した。御飯を食べた。寝た。
ーーボクの人生には、それしかなかった。
こんなんじゃあ、笑顔で死ねるわけがないじゃないか。
「フフ……フフフフ……ハハハハハ! アハハハハハハ!!」
鉄輪は笑うしかなかった。
無為な自分の人生を。
せっかく両親に救ってもらったのに、こんな生き方しかできなかった愚かな自分を嘲笑した。
切腹丸は、鉄輪のことを哀れんだ。
鉄輪は、もはや戦闘態勢すらとらず、棒立ちでただ笑っている。
表情は見えないが、電車忍者の顔は、悲しみで歪んだ表情であろうことが笑い声の響きから察された。
一瞬だけ逡巡してから、切腹丸はビームサーベルを強く握りしめ、ゆっくりと水平に振るった。
「……スーパーカット大切断(Die・Set・Done)」
電車忍者の胴体が逸脱の必殺剣により真っ二つに切断された。
切り離された上体がゆらりと傾き、ガシャリと音を立てて床に落ち、砕けた。
粉々に砕けた上体の頭部にかぶされている帽子には「回送」の二文字。
「電車忍法、回送電車の術っ!」
切腹丸の死角に出現した鉄輪が、残された左手で大上段に構えた電車刀を振り下ろす。
涙に濡れた鉄輪の顔には、生き延びるための決意が漲っていた。
(だったら……! ボクは今度こそちゃんと生きなきゃ笑顔で死ねない!)
ドスッ。
電車刀よりも迅く。後ろ向きに突き出されたビームサーベルが鉄輪の脇腹を貫いた。
じゅう、と肉の焼ける音。
ビームサーベルが引き抜かれる。
がくりと膝をつく電車忍者。
鉄輪の殺気を感じ取り、視覚に頼らず放った迎撃であった。
「キーリキリキリ……。まあ、俺様も忍者だからよ、空蝉なのは判ったさ」
回送電車の術ーー召喚した電車部品を人間の形に組み上げて入れ換わる術である。
電車手裏剣のような単純部品の召喚とは異なり、複雑な構成で召喚を行う場合は巻物に予め運行表を書き込むことで実装する。
それ故に、回送電車には切断されたはずの右腕が存在していた。
切腹丸からは右腕が見えにくい角度で召喚したが、忍者怪人の目は欺けなかった。
「そんな……ボクは……お願い殺さないで……ボクはまだ生きたい……」
鉄輪が涙に滲んだ目で切腹丸を見上げる。
だが、切腹丸は、鉄輪がまだ何かを狙っていることに気付いている。
電車忍者の側に、深緑色に塗装された四角い機械があった。
印刷工場に設置されている機器と調和しない異質な外観、鉄輪の側に落ちている巻物。
何らかの召喚忍具だ。
その機械からはケーブルが繋がっており、切腹丸の横を通って敷設されている。
ド・レ・ミ。
深緑色の箱が音階を奏でる。
ガシャ。
後方で発した物音に振り向いた切腹丸は、異様なものを見た。
切り落とされた鉄輪の右腕が飛び上がり、電車刀を振り上げている。
電車忍法、電装屍術。
召喚した可変電圧可変周波数装置から送り込んだ電流を腕の筋肉に流し、VVVFインバーター制御したのだ。
「うおおおおお~~ッ!? だ、大切断(Die・Set・Done)!!!」
切腹丸は、襲い来る腕を三度斬り伏せ完全に破壊する。
異形の奇襲に冷静さを欠いた過剰攻撃。
悪の怪人・キリキリ切腹丸が電車忍者に、はじめて致命的な隙を晒した。
「真・貫穿ひかり突きッッッ!!」
「ギェアッ!?」
鉄輪の左手が突き出した電車刀のホーンが、切腹丸の肩口に深々と突き刺さる。
更に。
電車刀の反対側のホーンにはCVT6000V動力ケーブルが接続されていた。
ドレミファソラシドー!!
VVVFインバーターが歌う!!
「雷遁の術ーーーーーッッッッ!」
「ギェェェアアアア~~~~~ッ!!!」
バン!
炸裂音とアーク光。
給電されていない装置の残留電荷による放電は一瞬だが、人間の身体は電気に対して脆弱である。
命を奪うのに必要な電流は、わずか100mA秒。
たったそれだけの電流で、心臓を動かす神経は誤作動を引き起こし、心室細動により機能不全に至る。
だが、悪の怪人・キリキリ切腹丸は『人斬り』のためだけに生を受けたミュータントであった。
パラレルトランスレーション技術によって錬成された戦闘用ホムンクルスの肉体は、常人のそれを遥かに凌駕する。
その心臓も、人間の数十倍以上の電撃に耐える強度を備えていた。
故に。
心停止に至ったのはーー電車忍者・鮪雲鉄輪。
「あ……う……」
鉄輪は電車刀を取り落とし、左手で胸を押さえ口をぱくぱくと動かして反射的に呼吸しようとした。
僅かな酸素が肺に吸い込まれたが、それが全身に送られることはなく。
酸素供給を断たれた脳が機能を喪失し、視界が霞んでゆく。
鮪雲鉄輪は、破壊された機械の残骸と埃にまみれた廃工場の床に倒れた。
その表情は笑顔とは程遠く。
鉄輪が轢殺してきた犠牲者たちとまったく変わらぬ、死への恐怖と生への未練にまみれた、醜く歪んだ顔だった。
########
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
揺れる電車の車内に、若い夫婦と小さな子供が乗っている。
眠っていた子供が、目を覚ます。
「う、うーん……あ、母さ……ママ?」
「あら、カナちゃん汗びっしょり。悪い夢でも見たのかしら」
「んーとね、ゆめでボクね、にんじゃになって、おっきくてこわくてつよい、おとなのにんじゃと、たたかったの」
「そう……大変だったのね」
母親は、我が子のことを強く抱き締めた。
「……あのね、ママ、パパ……ごめんなさい」
そう言って、小さな子供は、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
電車の外はざあざあ降りの雨。
この雨では屋根の上を駆ける忍者も、きっとお休みだろう。
父親は、涙を流す子供の頭を優しく撫でて答えた。
「いいんだよ、鉄輪。パパとママはね、鉄輪が生きてさえいてくれれば、それだけで良かったんだよ」
ピ、ピ、ピ、ピ。
電車が揺れる音に、電子音が重なる。
「それにね、鉄輪が戦ったのは夢じゃないんだ」
そう言って、父親は少しだけ寂しそうで、それでも嬉しそうな、複雑な顔で笑った。
母親は、小さな鉄輪のことをさらに強くぎゅっと抱き締めた。
ガタンゴトン。ガタンゴトン。ピ、ピ、ピ、ピ。
電車が揺れる。電子音が響く。
三人を乗せた電車の姿が、だんだん遠ざかり、雨の中に消えてゆく。
########
ピ、ピ、ピ、ピ。
電子音が廃工場の中で鳴っている。
「がふっ……ごほっ、ごほっ」
鉄輪が咳き込む。
目を開くと、馬乗りになって鉄輪の胸に手を当てる切腹丸の姿。
「キーリキリキリ。目を覚ましたか。じゃあ、お前の勝ちだぜェ~~~」
胸骨圧迫により鉄輪の心臓を再び動かして蘇生したのだ。
右腕の切断面と腹部の創傷には、謎のゲル状物質が塗られ応急措置が施されている。
今は亡き悪のプロフェッサー・イガグリゴウラが開発した、パラレルトランスレーション軟膏だ。
「どうして……?」
「キーリキリキリ! ガキを一匹殺してもよォ~、俺様の伝説の足しにゃあならないからな~~~」
ピ、ピ、ピ、ピ。
電子音が鳴っている。
「じゃあ、俺様は先に行くぜ。せいぜい少しでも長く生き延びるんだなァ~~~!」
そう告げて、切腹丸は立ち上がり、鉄輪の側を離れた。
ピ、ピ、ピ、ピ、ピピピピピピ。
電子音の間隔が短くなってゆく。
「さっきの電撃でよ、自爆装置が誤作動しちまった。外せねえし、止め方も分からねえ。キーリキリキリ! 悪の怪人らしい、マヌケな最期だろ?」
切腹丸は笑っていた。
エイリアンを倒して地球を守った。
心臓マッサージでボクを救った。
だから、笑えるのだろうかと、鉄輪は考えた。
たぶん違う、と鉄輪は思った。
悪の怪人・キリキリ切腹丸は、己が生きる意味を自覚し、常に“生”と向き合ってきた。
だから、きっと途半ばで倒れたとしても笑って死ぬだろう。
ピピピピピピピピピピピピピピピピ。
「あばよクソガキ! ……キーリキリキリKILLING ME! ハットリサスケ組に栄光あれ!」
ズガアーーーーン!
自爆装置が作動する。
爆風が廃工場内に散在する機器を薙ぎ倒し、すべての窓を割り飛ばす。
爆炎の閃光に一瞬照らされた切腹丸の顔は、清々しい笑顔であった。