ザ……ザザ……ザー…。
『お早うございます。ニュースグッドモーニングです』
『本日も天気は雨ですが元気に世の中の情報をお伝えします』
『では最初のニュースです。今朝、私立鏖高校のごみ焼却炉で焼けた男性二人の遺体が発見されました』
『警察の発表によりますと遺体の損傷は激しく一人の身元は不明。もう一人は焼け残った部分から指名手配中のマミヤショーゾー容疑者53歳であると発表されました』
『現在もう一人の死体の身元を調査中ですが遺体の損傷は激しく捜査は難航すると思われ…』
『マミヤ容疑者は先日のアバドン製薬連続殺人及び横領の疑いがかっており警察が行方を追っていました』
『事件の現場となっている私立鏖高校は区内の魔人覚醒未成年の隔離と教育を行う施設少年院兼高等学校であり連日殺人が起きている模様ですが魔人差別等禁止法の格政治免責条項によって警察の介入が難しい事から操作は更なる難航を…』
『長期停滞している前線の活動は低気圧の進行に伴い活発化しており区内ではしばらく雨が…』
ザ……ザザ……ザー…。
「よっ!『羅刹女』!早速情報だヨ」
電話口から聞こえる軽薄な声に羅刹女こと三豆かろんは辟易とした表情を浮かべた。
不愛想な顔がよりしかめ面になる。
それさえなければ美少女ではあるのだが。
「頼んでないんだけど」
「んん~!つれない返事だネ!でもそこがキュート!」
「うっさい」
「ま、それはそれとしてマミヤショーゾーって知ってる?」
「あー、なんか製薬会社社員皆殺しの?」
「そーそーそれそれ!そいつが死んだんだって」
「ふぅーん?」
「きょーみなさそー」
「だって死んだんでしょ?」
羅刹女は生まれついての殺人衝動のままに殺す殺人鬼である。
だが殺す相手はにはそれなりの好みがあった。
確かにマミヤは殺しがいのあるクズだが死んだというのでは対象外である。
「死んだ場所が問題でね。鏖高校サ」
「ふぅん?」
「お、ちょっと興味出てきたネ」
「そりゃ、カスの…しかも魔人の吹き溜まりだもんあそこは」
「君も初手をミスればぶち込まれてただろうねえ」
「うっさい」
「マミヤは情報の少ない魔人だったけど手口からして相当の使い手だ、殺しの手際も良い」
「社内映像は全部消されてたんだっけ」
「そう、社外に出たところを偶然目撃されてたまたま写真に撮られたらしい。それがなければ発覚は数時間遅れてたはずさ」
「でも、目撃されて指名手配までされて…結局は死んだんでしょ?」
「死んだ場所が問題だって話、目撃者は鏖高校の用務員だったんだ」
「へぇ、じゃあ目撃者を殺しにきて?」
「そう、そこで殺されたのサ、おそらくは生徒にネ」
「なるほどね、で?」
「で?ってまあ丁度いいでしょ、羅刹女は潜入に丁度いい年恰好だし書類や生徒手帳なんかは用意してある。犯人を捜して…」
「全部…」
「は?全部って何?」
「犯人捜しって必要?必要ないでしょ、疑わしい連中は全部殺す…問題は?」
「はは…はははは!ないネ!ぞんぶんにやってくれ!どうせ魔人覚醒時点で犯した犯罪をまぬかれたような連中サ。そこで悪びれないような連中を纏めてブチ込んだのが鏖高校。通ってる連中は普通の高校だと思い込んで気付いていないが実質隔離施設だからネ」
「そういう話は興味ないなあ」
「じゃ、頑張ってネ」
三豆カロンは生まれた時から鬼だ。
鬼は人を喰う、鬼は人を殺す。
あらゆる敵を気分で殺す。
あらゆる殺人は彼女にとっての日常であり。
大した意味を持たない。
ただ、彼女には本人が意識しないレベルでの良識や。
理性がある。
雨が降っている。
私立鏖高校の校門の前に一人の女が立っていた。
「煉ったら、こんな所に入学しているなんて。連絡くらいくれたらいいのに、お母さん心配だわ」
全く心配そうでない口調で吉祥十羅は呟いた。
ここに来たのはほんの気まぐれである。
別に家出した息子のことを心配しているわけではない。
そんな事を言えば自分だって年中家出しているようなものだ。
更に言えば子供たちの親だってそれぞれ独立して生活しているし、何人かの子供は父親の元に居る。
三男の煉も父を頼ったのだろう。
子供の成長は早い、少し見ないうちにどんどん大きくなる。
偶に姿を見ておかないと顔を忘れてしまう。
ただ、そんな気持ちで。
吉祥十羅はここにやってきた。
魔人生徒か凶悪犯罪を犯した生徒が通う学校である故か。
校門は恐ろしく厳重な鋼鉄製であり校壁は高い。
「えっと、家族でも入校の申請をしなければいけないのかしら」
そう思って彼女は校門の横にある警備員詰め所の受付窓を覗き込んだ。
「あら?」
警備員が死んでいた。
無残に容赦なく、完全に死んでいた。
「あらあら、もしもし~?」
十羅は死体を掴み上げ窓から引きあげるとゆらゆらと振ってみた。
どちらにせよ死んでいる。
「面倒だし、扉を開けちゃおうかな」
特に面倒くさくもなさそうな口調でつかみ上げたまま警備員をどかして手を伸ばす。
警備員は交代制なのだろう。
引継ぎを簡易化する為か『校門開門』とボタンにシールが貼ってある。
そのボタンを押そうとした瞬間。
「きゃああああああ!!」
悲鳴が上がった。
十羅が振り向くと一人の女生徒が雨に濡れながら腰を抜かしていた。
「あら、あらら~」
「嫌!人殺しッ!」
「違うのよ~、誤解なの。お姉さん何もしていないわ」
確かに殺人は誤解だが何もしていないわけではない。
不法侵入は立派な犯罪である。
あと、若くは見えるもののお姉さんは言い過ぎだろう。
十羅は警備員の死体をその場に放り捨てる。
「け、警さ…警備員さ」
「ごめんなさいね~」
特に。
謝る気もないとしかえいない気楽な言動。
何事もなかったかのように十羅が指を少し動かすと。
女生徒は一瞬でバラバラに切り裂かれた。
「ごめんなさいね、ちょっと様子を見に来ただけなのに面倒ごとに巻き込まれたくは…」
「う、うわあああああ!?」
「あらら~?」
校舎の二階の窓から男子生徒がこちらを覗いていた。
「雨の日に窓なんて開けて外を覗く事なんてある?」
「ぎゃうッ!?」
窓から吹き込んだ雨が男子生徒を切り刻んだ。
雨隠れの人喰い鬼と呼ばれる吉祥十羅の魔人能力。
『鬼神大帝波平行安』は雨を固定する能力だ。
固定した雨を掴んで投げ、ビリヤードの要領で連鎖させる事で遠距離の相手をも殺傷する恐るべき能力であった。
「きゃー!本山君ッ!?」
「な、なんだ!窓の外でも人が死んでるぞ!」
「俺、見たぞ!あの変な女が本山を殺したんだ!」
校舎内で騒ぎが大きくなる。
「あらららら~?」
普段の十羅であれば。
こんな事態になった時点でこの場を立ち去る選択肢をしただろう。
吉祥十羅は生まれながらの殺人鬼だ。
殺人鬼は人を食い物にする。
彼女にとって殺人とは楽をするためにすぎない。
金も住居も食事ですら殺せば簡単に手に入る。
自由に生き、自由に殺す。
彼女には多少の常識はあるものの。
その重要性は自身の自由よりは遥かに下である。
家族ですら彼女にとっての重要度は低い。
故に彼女に倫理観など期待出来はしない。
「面倒ねえ」
なので目につく相手だけ殺してそのまま立ち去ろうと考えた。
しかし。
「あははは、飛んで火に入る殺人鬼…て雨じゃん!」
赤いショートヘアの少女が彼女の前に立ちふさがった。
「出たわね!殺人鬼!私たちの実績の踏み台にしてあげるわ」
「あらら~、ちょっと面倒ね」
10分ほど前。
「これでよし、と」
保健室のベットに寝ている生徒は注射を打たれてゆっくりと目を閉じた。
ゆるやかな寝息を立て始める。
「大した症状でもないしすぐ良くなるからねえ」
スキンヘッドにメガネ、白衣姿の校医が笑顔で告げた。
中年だがさっぱりとした清潔感はハゲだからだろうか。
「ご苦労様です」
保健室の入り口で生徒会長の小鋼ミカネがメガネをクイと上げながら声をかけた。
「ああ、生徒会の…」
「小鋼です。保険医の…」
「ああ、小竹です。この学校のシフト制で数に居る上に保険医は入れ替わりが多いでしょう?保健室の常連でもなければ名前も覚えてもらえなくて…でも、この禿げ頭は覚えがあるのでは?」
そう言って胸のネームプレートを見せる。
「そう…ですね。確かにそのスッキリした頭には見覚えが」
「今日は朝から殺人現場の立ち合いでして…宿直明けだってのにえらい事です。それで怖がっちゃって引継ぎの先生がお休みなもので僕が仕方なく夜まで…あ、愚痴を聞かせたいわけじゃあないんですけどね。何か御用ですか?体調不良でも?」
プルプルと首を横に振って小竹は笑顔を浮かべた。
「お疲れ様の所申し訳ないのですがどうやら校内で怪我人が出たようでして…不審者が校内に侵入したという情報も」
「ええ!?それは大変だ」
「大変だね!」
「ん?」
突然響いた声の方を小竹と小鋼が見る。
保健室の窓を廊下側から身を乗り出して覗き込む快活そうな赤毛の少女の名は人彩メルという。
「殺人鬼だよきっと!不審者!」
「さ、殺人鬼ですかぁ?」
「そうそう!なんかそういう大会?みたいなのがあるんだって」
「なんと、それは怖いですねえ」
生徒の冗談だと思ったのか小竹は信じていないような口調だ。
「で、でも。危ないよ」
「ふっふっふ!安心して殺芸部にコロシで勝とうなんて100年早いんだよね」
心配そうな小鋼に対して人彩は自信に満ちた表情。
「安心しなよ、私が返り討ちにしてくるから!」
そう言って人彩は勢いよく走りだす。
「え、と。大丈夫ですか?彼女…」
「まあ、多分。大抵の相手は彼女に勝てはしないわ」
ようやく不安になったのか心配そうな小竹に対して小鋼は溜息をついて答えた。
人彩メルは生まれつきの殺人鬼ではない。
普通の女子高生、だった。
今でも本人は自分の事をそう思っているし。
魔人や凶悪犯しかいないこの学校にいる限りは普通なのだろう。
この学校に来る少し前、小さな映画館でB級ホラーSF映画を見てメルは魔人に覚醒した。
脳みそだけの宇宙人が知性派を名乗り人間の頭を良くする薬を注射すると脳みそが爆発する映画だ。
それをメルは面白いと思ってしまったのだ。
その瞬間、映画館の客と従業員の頭は爆発した。
だから。
今も彼女の殺人には現実感がない。
そして責任感もない。
彼女にとっては人の死はそういうものでしかないからだ。
彼女は高校生としての常識や倫理観を持っているという自覚はある。
しかしどうしようもなく。
殺人に関してだけ、現実の枠から外れてしまっている。
だから彼女は普通の女子高生でありながら。
どうしようもなく殺人鬼なのであった。
「なんだろ、これ」
殺芸部員の火中ホノカはいぶかし気な視線を送る。
廊下にロープが置いてあるのだ。
「何か怪しいし避けておくか」
そういって避けようとした先に。
白線が描いてある。
コロコロ…。
「ん?」
背後から転がってきたコインが白線に触れると同時に。
禍々しい気配が沸き上がる。
(あ、これ…絶対にヤバイ!)
圧倒的な死の気配を感じとっさに危機を回避しようとしたのは当然の判断だろう。
だが。
ゴスッ!バキャッ!
「よそ見してちゃダメだよ」
一気に近寄ってきたパーカー姿の少女によって。
火中ホノカの頭部は一撃で砕かれた。
「これで3人。殺芸部っていっても部活のごっこ遊びだね」
三豆カロンはくだらなさそうに倒れた死体を見下した。
2階の女子トイレでは海原ミツキが。
体育館準備室では蓑虫ヤコが。
既にこと切れている。
そもそもの殺人鬼としての勘と経験が圧倒的に違う。
三豆かろんは校舎の中に無数の川の準備を配置している。
彼女にとってそれはメインの攻撃ではないが。
相手の気を引いたりするのには十分だ。
「面倒だけど…こういう場所なら準備も必要かな」
「うわあああああ!」
「あ、またか。調子狂うなあ」
殺すたびに誰かに目撃される。
三豆かろんは訝しんだ。
ぶわッ!
人彩メルの周囲に立っていた生徒の頭が爆発する。
「あらあら!」
瞬間十羅は手に取った雨水を頭に塗りたくる
濡れた体の雨を固定化する事で防御に使う常套手段を念入りに頭に施したのだ。
「ぐッ…う、痛たたた」
爆発しそうな頭の暴走を固定した雨で無理やり抑え込む。
「きゃあッ!」
動こうとしたメルの腕が固まった雨で切断された。
お互いに必殺の能力。
必殺の間合い。
タン。
雨粒を踏み台にして十羅が二階の窓へと駆け上がる。
実際に頭が割れるほどの激痛と引き換えに十羅の頭脳は凄まじく冴えわたっている。
一瞬解除され固定化が溶けた雨が一気に流れおちメルの視界を塞いだ。
「うあッ!?」
反射的にメルは能力を反転させた。
周囲の知能を一気に下げたのだ。
「ほにゃ~、はわわわにょん!?」
意味不明の言葉を垂れ流しながらメルは相手を探す。
「にゅわっ!ぽんぽこにゃん!」
奇声を上げながら十羅が能力を再発動した。
周囲の雨が再び固定化される。
これは十羅が意識的におこなったわけではない。
アホがとりあえず能力をぶっ放した形だ。
「ぎゃあああッ!」
しかしそれがメルの体を切り裂いた。
十羅の能力は十羅自身には影響しない。
それに対してメルの能力は自分も含めて無差別である。
痛みに慄いてメルは校舎内に逃げ出していく。
十羅はそれを何となく見逃した。
「はにゃ?私は何をしようとしてたんだっけにゃ~」
十羅は首を傾げ。
そのまま校舎の中に入っていった。
圧倒的な死の気配だった。
目の前にはそれが立ち込めている。
「ほにゃ~?死にそう~!ケラケラ!」
メルは知能低下の能力を滅多に使わない。
使う時は緊急回避の時に限られている。
自分の知能が低下すると能力解除のタイミングも自分で考える事が出来なくなってしまうのだ。
「ぴぴるぴゅるぴ、なんだろね」
妙な歌を歌いながら隣にぼけっと立っている女生徒がいるが。
特に気にならない。
ぼんやりと二人でそれを眺めている。
後ろから近づく人影があるのに気付いているが。
それが何なのか考える事もしない。
だって目の前に死の気配があるほうが。
気になってしまう。
とん!
二人の背中を押す者がいる。
二人、人彩メルと三豆かろんは同時に「冥河渡し」を渡り。
彼女は全く現実感のないまま。
本人が何も理解する事なく。
何も達成する事なく。
自分の行いを何も反省する事もなく。
人々にとって最悪の殺人鬼である自分を自覚する事なく。
人彩メルはこの世から消滅した。
「はわ!?」
二人の背中を押した小鋼ミカネは知能低下状態から意識を取り戻した。
「へ?な、なに?あがッ!?」
混乱しつつも現状を理解しようとした鏖高校生徒会長の小鋼ミカネは。
現状を理解する前に後頭部にペンを突き立てられて死亡した。
「やれやれ、困りましたね」
「ウッ」
十羅は校舎の二階廊下で知能を回復した。
「酷い目にあいました」
周囲の様子を伺う。
先ほどの少女が死んだのか、自覚的に能力を解除したのか。
それとも能力の射程から外れたのか。
様々な可能性を考慮し。
「帰ろ」
と十羅は判断した。
無駄な危険と戦闘は彼女の望むところではない。
彼女にとって殺しは自由であるべきなのだ。
ジャッ!
横合いから飛んできたロープが十羅の腕に絡みつく。
「あら?」
十羅は服にいくつものペットボトルやガラス瓶に入った雨水を隠し持っている。
それを瞬時に取り出し巻き上げた瞬間を固定。
ナイフのようにしてロープを断ち切った。
「やるじゃない」
冥界の川を超えて三豆かろんが出現する。
学校の各所に配置した川は彼女にとってのワープポイントに等しい。
「ふッ!」
十羅がまき散らした雨水が空中に固定され刃の結界と化した。
「チッ!」
ジャジャッ!
雨粒の合間を縫うようにロープが十羅の腕を絡めとる。
「あら!あら!」
巻き付いたロープを十羅が力任せに引き寄せる。
かろんも対抗して引っ張る。
力は…かろんに優勢だ。
「やるわね…お嬢さん」
「そちらこそ、相当の」
「でも、雨の刃はあなたには狂気でも私には無害よ」
十羅はポシェットから取り出したガラス瓶をかろんに投げつけた。
割れてとびちった雨水が固定されかろんの体に突き刺さる。
「くッ!」
「ふふ…どこまで耐えられるかしら」
「それはこっちのセリフね」
かろんがコインを床に落とす。
背後に置かれたロープから死の気配が立ち揉める。
「こちらまで引き寄せれば私の勝ち、それまで私を殺せればあなたの勝ち」
冷静な十羅の額に冷や汗が流れる。
相手のタフネスは常人を遥かに超えている。
力も相手が上。
ロープの強度も十羅が引きちぎる事ができず凄まじい技巧で絡みついている。
「ふふ、お嬢さん。引き分けにしませんか?戦う理由がないでしょう」
「雨る理由もないよ。負ける理由もね」
「ああ…そう、でも」
「?」
「負ける理由はあるわね」
廊下の端から。
白衣の男が走ってくる。
「なッ!」
かろんの両手は塞がっているロープの手を緩めることはできない。
「ああ、仕方ないんですよ」
男の手に持った鋏がかろんの目に突き刺さった。
「家族を守る為ですから…」
生まれながらの鬼であった三豆かろんは。
二人の殺人鬼によって死を迎えた。
「久しぶりね、祥三さん」
「相変わらず好きに生きてますね、十羅さん」
「おーい、煉!このマミヤショーゾーってお前の親父さんと同じ名前じゃねえ?」
クラスメイトの指摘に間宮煉は笑って首を振った。
「違うって、これ見ろよ。53歳だってよ。漢字も違うしうちの親父は43だからさ」
「へえ、じゃあ。読み方が同じの同姓同名か~」
「そういえば会社に同じ名前のおっさんがいるって言ってたなあ」
指名手配犯、真見谷正蔵53歳。
それが警察の発表による犯人の名前である。
服を取り換え、帽子をかぶり。
社内の映像をすべて消し。
わざと目撃される。
雨の中不鮮明な状態。
残された証拠。
発見される死体の一部。
間宮祥三は的確な偽装工作で。
目撃情報を偽装したのだった。
用務員を殺害しそれを目撃した校医を殺害し。
それを目撃した女生徒は保健室で薬物を過剰に注射されて殺害し。
それを自覚しないまま目撃した小鋼生徒会長も殺害した。
間宮にとって自分と無関係な人間の死など。
心の底からどうでも良かったのだ。
「頭、随分すっきりしましたね。見違えました」
「?少しストレスで薄くなってきてましてね。みっともないと煉にも言われていまして。思い切りました、意外と似合うでしょう」
「ええ」
吉祥十羅には複数の夫がいる。
間宮祥三はその一人だった。
鏖高校に通学中の吉祥煉、現在は間宮煉を名乗る少年は二人の息子である。
「急に来るとびっくりしますよ、十羅さん」
「ごめんなさいね、祥三さん。たまには煉にも会っておかないと」
そう言って十羅は手に絡みついたロープを外そうとして。
目の前に迫った元夫の姿を目撃した。
ゴキッ!
首が90度回転し吉祥十羅は視界が回転しながら。
「あら?あらあら、そういう?」
不思議な表情を浮かべて絶命した。
「ええ、僕にとって大事なのは家族で」
「貴方はもう家族ではありませんからね」
吉祥十羅は生まれながらの殺人鬼であった。
彼女は自由に生き。
家族すらもないがしろにしたが。
僅かに残った情。
それが家族だった。
故に、息子の父であり元夫である間宮祥三に油断したが。
間宮にとって十羅は既に家族でも何でもなかった。
それが、元夫婦の倫理観の無さの僅かな差となった。
鏖高校連続殺人事件。
無数の魔人が入り乱れ校内で83人が死亡。
白衣の男が殺人を行う所も目撃されたが。
余りの被害の多さと。
焼却炉で発見された死体が校医のものだったコトから。
犯人の目星はついていない。
「やあ、煉大丈夫だったかい」
電話越しの声は普段と変わらず冴えない父親の声だった。
間宮煉は父親の事は嫌いではない。
確かに要領の悪い男だが。
意味不明の母親よりはよっぽど好感度が高い。
「いや~今日は滅茶苦茶だったな。もうこの学校も存続できそうにないらしいし」
「そうか、じゃあ転校の手続きとかをしておかないとな」
「頼むわ、ちょっと姉貴にも会いに行くか」
「それがいい、姉さんたちはまともだからな」
「親父はどうする?会社、大変なんだろ」
「ああ、ちょっと忙しくなりそうだからしばらく帰れないが」
「いつもの事じゃん」
「そうだな、じゃあ姉さんにもよろしくな」
「ああ、そっちも風邪とか引くなよ。雨続きだしよ」
間宮は通話を切る。
「やれやれ、面倒ですね」
間宮には倫理観というものがほぼ存在しない。
ただ、一つ。
家族を除いては。
血のつながりはないが。
息子の兄弟姉妹たちは家族であり。
吉祥十羅は家族ではもうない。
それだけだった。
「殺人鬼で五億…か」
生徒会長が持っていたチラシをぼんやり眺める。
ビジネスバックをゴソゴソと漁り。
三豆かろんの携帯端末を取り出して登録されたアドレスに電話した。
「もしもし?どうせ、別の賭け対象が必要になると思いまして」
間宮祥三はそう話しながら雨の中を歩いて行った。
了