サンプル殺太郎を殺した俺は経験値稼ぎ(弱そうな一般人を殺して) をした後、池袋駅周辺のネットカフェに来ていた。
代金は殺した相手からもぎ取った。
ゲームをクリアするにはレベルアップが必要だったし、それには雑魚狩りが一番いい。
どうせゲームの世界だ。心は痛まない。
探し当てた目当ての動画を探し当てると、それを再生する。

「はーい!視聴者のみんな!元気してたー!くーちゃんだよ!」

パソコンの中では真っ黒なセーラー服を着た眼鏡をかけた女がこちらにウインクをしていた。
彼女が何者かを知らなければ、アイドルのように錯覚してしまうだろう。

NOVA VIPが選んだ殺人鬼ランキング15位、普見者。

正義の制裁の名のもとに殺人を繰り返す殺人鬼。
すでに20歳なのだが、童顔なのもあって、セーラー服姿に違和感があまりない。
『キラキラダンゲロス2』にチャレンジする奇特なファンにはむしろそれがよいという奴らもいた。
巨乳でスタイルも悪くないことから同人誌がたくさん出ていて、俺もお世話になった。
まあそれはどうでもいいとしてだ。
閑話休題。

そんな彼女の動向は殺人鬼の中では分かりやすい。
何しろ動画サイトの彼女のチャンネルで本人が生放送で自分の行動を表明してくれるのだから。
彼女の動画を見る手段さえ確保できれば、翌日の居場所を探すことも簡単なのだ。


「サンシャインシティに向かうつもりだよ!今日あそこで起こったことはみんな知ってるよねー。ビルを崩壊させるなんて悪いやつがいたものだねー」

俺が目の前で起こり、サンプル殺太郎を殺すのに利用したあれだ。
つまり、普見者がサンシャインシティに現れるパターンだ。

まあ、居場所が分かるからといって、倒せるかは別なのだが。
何しろ普見者の固有の超能力は主人公の〈観察〉のあからさまな上位互換だ。無数の眼で隠れている敵の居場所を探し当てるのだからたまったものではない。
その上、外見に見合わない異常な身体能力まで持っている。

クソゲーすぎる。バランスというものを考えろ。

やはりクリアさせるつもりがないのでは?

ランキング上位はこんなやつらばかりだ。こいつらと比較すればサンプル殺太郎なんてただの雑魚だ。
それでも普見者はましなほうだ。
何せ理性を持ち合わせている。
話も通じないような奴らばかりだ。

やはり準備が必要だ。
強大な敵を打ち破るための準備が。

大丈夫だ。俺は何度も攻略を繰り返している。
今度こそこのゲームをクリアできるはずだ。

——

20日。
サンシャインシティ。
象徴ともいえるサンシャイン60こそ前日に崩壊したが、そのほかの建物―――ワールドインポートマートビルと文化会館ビル、プリンスホテルは少しボロボロになってはいるが、いまだ健在であった。

だが、そこはすでに阿鼻叫喚の地獄と化していた。
逃げ惑う人々。転がる死体。
すでに殺人鬼による殺し合いが始まっていたからだ。

「ヒャァァァアッハァァァー!!!」

スパイダーマンこと尖々が鉤縄をビルの窓に引っかけ、振り子のように降下する。
そして、別の鉤縄を取り出すと、空いたほうの手で日本刀を持った女性―――普見者こと百目鬼孔雀に向かって投擲した。

真っすぐと向かってくる鉤縄に孔雀が日本刀をふるう。孔雀の動きに合わせて彼女の大きなおさげがふわりと浮かんだ。そして、とする縄を切断する。


「スパイダーマンって呼ばれてるんだっけ?分かりやすい偽物だよねー。虎の威を借る狐って恥ずかしくないのー?」
「ハハァッー!俺を偽物だなんて言ってられるのは今のうちだけだぜッ!いずれあの赤い蜘蛛野郎の方が俺のような奴って言われるようになるんだからよォ!!」
「あはは無理無理。その前にくーちゃんがここで殺しちゃうからねー!君のことは自分のことをスパイダーマンと勘違いしてた哀れで惨めななスパイダーマン擬きっていうことで配信してあげるからそれで我慢してね!」
「はッ!そうなるのはお前の方だぜ!クソガキ!」

尖々が窓を蹴って飛んだ。鉤縄を別の窓

「降りて来なよー。卑怯じゃない?」
「殺人鬼の殺しあいに卑怯もくそもねぇよ」


その後も一進一退の壮絶な戦闘が繰り広げられる。
プレイヤー―――川神勇馬はそれを離れた場所から<観察>していた。

事前にわかりきっていたことだが、やはりランカーはサンプル殺太郎とは次元が違う。
この二人とサンプル殺太郎が戦ったとしたら、万にひとつもサンプル殺太郎が勝利することはないだろう。
そのサンプル殺太郎にすら苦戦するのだから、この肉体はあまりにも弱すぎる。

そしてスパイダーマンは周囲の被害などまったく気にしない男だ。
不用意に接近すれば、簡単に巻き込まれる。

そして、勇馬の記憶の通り戦いが進むのであれば、このままいけばスパイダーマンが勝利するはずだ。

理由は単純な話だ。正義の味方を自称している普見者はスパイダーマンのように周囲の被害を完全に無視して戦うことなどできない。
動画の視聴者に隙を見せられないのが一つの理由だ。
そしてこれはプレイヤーの視点で分かることだが、裏で金目当てだからといってはいるのも事実だ。だが、彼女は結局そう動くところがある。
具体的に言えば、子供が飛び出してきてそれをかばったせいで普見者は死ぬ。
それが、プレイを繰り返してきたキラキラダンゲロス2における結果だった。

だが、それは不都合だ。漁夫の利を狙うにしても、スパイダーマンにはもっと傷ついてもらわなければ。



—-


プレイヤーが介入し、膠着していた戦闘が動き出した。
その後、色々あって、普見者とプレイヤーが協力関係になるが、スパイダーマンに追いつめられる。
そして、瀕死になったプレイヤーが自分が死ぬことで、経験値を普見者に譲ることで彼女をレベルアップさせ回復させることを決断した。


—-


ゲーム『キラキラダンゲロス2』において、経験値とレベルアップのシステムはプレイヤーだけの特権ではない。

NPCである敵キャラクターやモブにもそれは適用されている。サンプル殺太郎が後半になるほど強くなるのもそれが理由だ。

死にかけている普見者に経験値を譲る。
自分が殺されたことによる経験値など大したものではないが、彼女がレベルアップするには十分な量のはずだ。
なぜ、そんな気分になったのか自分でもよくわからない。

どうせこれまで何度も繰り返してきたゲームオーバーだ。
また最初からやり直せばいい。
クリアできるまで何度もリトライを繰り返せばいい。
そうド級のリトライ、ドリトライだ。

そして、勇馬は孔雀の握り続けていた刀を自分に突き刺した。

こうして、自分の死もゲームの出来事と認識しながらプレイヤー・川神勇馬は死んだ。


—-


走馬燈のように過去の思い出が孔雀の脳裏を流れていく。

醜いモノをたくさん見た。
まるで最初から分かっていたとばかりの掌返し。
正義の名の下に行われるいじめ。


正義なんてない。
世界には期待なんてできない。

たくさんの眼で見えるものは、たくさん増えた。
けれど、届かないものがたくさんあった。
世界には悪が満ち溢れていて、届かないものがたくさんあった。
やるべきことがたくさんあった。
けれども、やるべきことなんて何もできてなんていない。

NOVAがつけた普見者すべてを見通すもの(ふりがな)なんて過剰な二つ名だ。
そもそもすべてを見ることができたからといってそれがなんだというのだ。
見えるだけでどこにも手を伸ばすことができなかったのに。

孔雀の正義の味方を自称しているが、正義の味方のわけがない。
百目鬼孔雀が本当に正義の味方ならNOVAなんて真っ先につぶすべき組織だから。
自分の正義を貫けないような奴が正義の味方なわけがないのだ。
少なくとも孔雀はそう思った。

これは罪。
生み出すたくさんの眼は百目木孔雀の罪の証だ。
盗みを繰り返した結果、全身に無数の眼が現れた妖怪百々目鬼のように。



心は冷め切っていた。擦り切れた心を癒す何かが欲しかった。

正義のために戦いたいなんてまったく思わない。
お金がいい。
とにかく正義以外の理由が欲しかった。

だからお金を求めた。
正義の味方のふりをして金を稼ごうと思った。

—-

孔雀が目を覚ます。

先ほどまで感じていた全身の痛みがなくなっていた。
理屈はよくわからないが、勇馬のおかげで怪我が治ったらしい。
死んだ勇馬

「迷惑だよねー。こんなことされたらさー」

僕にそんな価値なんてないのにねと小さな声でつぶやく。
立ち上がって、再び刀を構える。
そして、尖々に対峙した。

死闘が繰り広げられた。
縦横無尽に戦闘する尖々とそれに対応する孔雀。
それは言葉では簡単に表せないほど激しく荒々しいものであった。

そして最後に交差する二人。
孔雀の刀が振り抜かれた。

「ハハ俺の負けか」

尖々の首が飛び、残されたスパイダーマンの身体が後ろに倒れていった。


【finish playback】

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夜。
いつものように車の中で投稿した動画を確認したあと、メールボックスを確認する。
またメールが届いていた。

親愛なる殺人鬼へ

素晴らしい戦いでした。
特にあのスパイダーマンを打ち破ったのは素晴らしい成果です。
私の眼に狂いはなかった。
これ一層『NOVA』も盛り上がるでしょう。
これからも貴女の池袋でのご活躍を祈っています。
『NOVA』VIPの一人。


孔雀はメールの内容を確認すると、そのままパソコンを閉じた。
車から外へ出る。雨が孔雀の身体を濡らす。

プレイヤーが死んでもゲームは続いていく。
雨はまだ止まない…

To be continued
最終更新:2024年06月02日 21:58