案内用パンフレット



※こちらの文章(約3000字)は読み飛ばしていただいて構いません。
水族館という舞台を構築するためのフレーバーです。
SS本編は本編から始まります。
上記ep.1の文字をクリックして頂ければ本編まで移動しますので、気にせず読み飛ばして下さい。




二号水族館へようこそ!!



近年発生した殺人鬼災害によって池袋は大打撃を受けました。

「この街が再び活気を取り戻せるように」

そのような願いを込めて、当館は2023年12月にオープンしたのです。


  • サンシャイン水族館に次ぐ、池袋の新たな名所となることを目標に運営する

  • 悲劇で幕を下ろさない。全く同じ形でなくとも立ち上がり続ける。


「二号」というネーミングにはそのような意味が込められています。

その名に恥じぬよう我々も日々邁進してまいります。

どうぞ心ゆくまで、この空間をお楽しみください。



二号水族館館長 二宮 二郎




ここからはマスコットキャラクターのMk2ちゃんと一緒に、この施設の魅力を紹介していきます。

▼ここにMk2ちゃんのかわいらしいイラスト

ILLUSTRATION

  • Mk2ちゃん(2号ちゃんと読みます)
 ……この水族館のイメージをを擬人化した、イルカモチーフの女の子。
2号機ということで安直にロボっ娘。
1号さん(サンシャイン水族館のこと)に対して複雑な感情を抱いており、目下の所あなた(来場者のあなたです!)を巡って三角関係をくりひろげている。

口癖は「他の子はこんなことしてくれませんよ?」

①エントランス
当館で現在展示中の生き物のあいくるしい写真が壁面にずらりと飾られています。
入場前にこちらでチケットを購入、提示してください。
事前購入されているお客様は提示のみで結構です。

Mk2ちゃんのコメント:
私の顔を見に来てくれるだけでも嬉しいです。
忘れられていなかったと分かるだけでも安心するので。


②大水槽
入場してすぐ、まずは天井が低くて薄暗い通路をまっすぐに歩いてみてください。
そこを抜けると景色が急に明るく開けて、マグロさんやアジさん、イワシさんなどの回遊魚が泳ぐ大水槽が目に入ります。
都内に存在する水族館の中でも特大級のスケールを誇るこちらの展示は、直前までの閉塞感を一気に吹き飛ばしてくれることでしょう。

Mk2ちゃんのコメント:
私のここ、1号さんと比べてどうですか。
ふふっ、あなたが言わなくても反応で分かりますよ。
すご~~く、大きいでしょう?


③各種生物展示
浅瀬に生息するウミウシさんから、深海近くに生息するダイオウグソクムシさんやメンダコさんまで。
様々な生き物が天井、壁、床、柱などと一体化した数々の水槽に展示されています。

Mk2ちゃんのコメント:
他の子では1人でこんなに色々と体験するって難しいですよね?


④イルカショー
池袋サンシャイン水族館ではイルカショーを行っていません。
だからといって気を抜かず、お姉さんとイルカさんは来場者の皆様を喜ばせるために毎日過酷な訓練を積んでいるのです。
池袋どころか他の水族館でも見られないような刺激的なショーにご期待ください。

Mk2ちゃんのコメント:
今だけで良いんです。今だけは1号さんのことなんて考えないで、私のことだけ見ていてください。


⑤クラゲの部屋
個性的な照明と水槽の中を、種類豊かなクラゲさんたちが悠々と泳ぎまわっています。
撮影用のスポットも用意してありますので、SNS用の写真にも思い出の記念写真にもおススメです。

Mk2ちゃんのコメント:
ありがちだとか見飽きただとか言わないでくださいね。
精一杯着飾ってるんですから。


⑥海藻の部屋
個性的な照明と水槽の中を、種類豊かな海藻さんたちがユラユラとたゆたっています。
撮影用のスポットも用意してありますので、SNS用の写真にも思い出の記念写真にもおススメです。

Mk2ちゃんのコメント:
個性の出し方が変だとか言わないでくださいね
これでも結構こだわってるんですから。


⑦真珠の博物館
伊勢志摩から取り寄せたアコヤガイさんの暮らす水槽と、世界中の様々な真珠を活用した工芸品を展示しています。
人工真珠の作成体験も行っていますので、興味がある方はスタッフまでお声がけください。
夏休みの自由などにもおススメです。

Mk2ちゃんのコメント:
最近は人工真珠がメジャーで、貝パールの需要が減ってきているそうです。
どうでしょうか、あなたも今のうちに人工物(ロボッ娘)である私に乗り換えてみるとか。
……冗談ですよ。


⑧カフェテリア&レストラン
池袋には様々な飲食店がございますので、そちらに見劣りしないような料理やドリンクを提供するよう心がけています。
マグロ、アジ、イワシといったメジャーな食材から、ウミウシ、ダイオウグソクムシ、メンダコといった珍食材、イルカのような地方色の強い食材も取り揃えております。
クラゲを使ったゼリードリンクや、海藻を用いたアルコール飲料、アコヤガイのステーキは特に人気が根強いです。
新鮮な海の幸を、ぜひご堪能ください。

Mk2ちゃんのコメント:
品質で考えるとお値段は非常に安価に設定されています。
うちに寄るというのに他所で食べて来るなんて、ありえませんよね。

⑨ショップ
Mk2ちゃんのフィギュアやアクリルスタンド、防水ポスターや抱き枕など各種商品をご用意しております。
お土産用にMk2ちゃんチョコレートやMk2ちゃんTシャツ、Mk2ちゃんキーホルダーなども取り揃えていますので、是非お買い求めください。
海の生き物に関連した商品もないことはないです。

Mk2ちゃんのコメント:
あなたのおうちにお邪魔したら……いけませんか?


家族連れのお客様におススメの移動ルート

①エントランス

②大水槽

③各種生物展示(人が集まりやすい展示はできれば午前中に)

⑧カフェテリア&レストラン(途中休憩、昼食)

④イルカショー(開催時間が決まっています)

③各種生物展示(人が分散する展示を中心に)

⑤クラゲの部屋
⑥海藻の部屋
⑦真珠の博物館
(お好みの順番で回って下さい)

⑨ショップ(お土産は欠かせません)


カップルのお客様におススメの移動ルート

①エントランス

②大水槽

③各種生物展示(特に美しいお魚さんや海老さん、蟹さんをご覧ください)

⑤クラゲの部屋
⑥海藻の部屋
(一段と美しい思い出を残して下さい)

⑧カフェテリア&レストラン(カップル専用メニューも用意があります)

④イルカショー(開催時間が決まっています)

⑦真珠の博物館(ペアリングやピアスなどプレゼント用の真珠製品をこちらで特別に販売しています)

⑧カフェテリア&レストラン(ディナーも特別なメニューを用意しています)

⑩当館専属のタクシーをご利用ください。自宅やロマンティックな宿泊施設までお送りいたします。


Mk2ちゃん目当てのお客様におススメの移動ルート

①エントランス(等身大Mk2ちゃんフィギュアやAR技術を活用したMk2ちゃんの特別映像など)

⑨ショップ(エントランスから直通です。昼までに売り切れる商品がありますので目当てがあるならばお早めに)

④イルカショー(お姉さんたちは自分自身のことをMk2ちゃんだと思い込むほど厳しい訓練を積み重ね、完全にキャラになり切っています。2.5次元的な出し物としてお楽しみください)

⑨ショップ(お買い上げ金額と利用回数に応じて、Mk2ちゃんの特別な動画を御視聴になることが可能です)

⑩当館専属のバスをご利用ください。アニメイトまでお送りいたします。


ここまでに紹介したのは水族館のほんの一部、特に人気のある展示やお店でしかありません。
実際にお立ち寄りになったあなたの目で、さらなる驚きをお確かめください。


Mk2ちゃんのコメント:
もう来ないだなんて、絶対絶対言わないでくださいね。
いつでも待っていますから……
都合が良い時に足を運ぶだけで良いですから……




お読みくださった読者の皆さん、長々とお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。
この先からようやく本編が開始します。
ここまでお読みくださった皆さんだけ早めに気付ける伏線が、もしかしたら本編に登場するかも……?
その頃には覚えてないかもしれない程度の要素でなおかつ読んでいない方でも分かるように出すのであまり気負わず読んでいただきますようよろしくお願いします。

それでは改めまして、

キラキラダンゲロス2

第一夜

水族館より


『異世ものがたり』


開幕です。


この先DANGEROUS 命の保証なし!









今、男が回転扉を通過した。

池袋の街が物騒な輩の影で溢れる、よりにもよってそんな時間のことだ。

彼はなんと水族館へ来たのである。

ここは『二号水族館』。

オープンからまだ歴史は浅いが、池袋の新たな観光地として順調に集客を増やす新進気鋭の水族館だ。

男は非常に年若く、シンプルなワイシャツと真っ白なスラックスを身に付けている。

身を飾る純白のアイテムが彼を奇人に見せることはない。

その端正な顔つき、柔らかな髪、吸い付くような肌、綺麗に伸びた背筋と威厳ある歩調。

見る人間次第では、貴人に属すると受け取りすらもするだろう。

肩に下げた細長いケースすらも、貴人ならではの何か特別な持物(レガリア)と思い込んでしまっても無理はない。

彼は名前を岳深家族計画(たけみかぞくけいかく)と言った。

殺人鬼の動向を実況解説する悪趣味なインターネット上の集い『NOVA』。

その仮想空間上には彼の殺人記録こそ残れども、殺人鬼としては数えられていない。

現時点では鬼ならざる、単なる殺人者にすぎぬ。

そのような事情を一般の水族館職員が知ろうはずもない。

TAKEMIと印字された入場チケットを受付に渡すと、岳深は疎らに人が残る館内へと歩を進めるのだった。


それから5分も経たずの出来事である。

女が1人、回転扉から姿を現した。

女もまた、どこか高貴な気配を醸し出していた。

スイスの民族衣装のようなドレスがどうしてそういった雰囲気を持つものか、筆者は敢えて説明を放棄する。

しかし読者諸氏にはどうか、彼女の縦ロールに巻かれた漆黒の髪や深い碧の瞳といった要素から、ビスクドールめいた骨董的な美をどうにか看取して頂きたい。

チケットの受け渡しは御付きの者にさせるべきではないか、とスタッフの心中には謎の不安が湧き出たが、何の苦労もなくスムーズに、彼女は入場口を通過した。

焚き染めた沈香のような香りが、女の姿が消えた後もエントランスに残る。

そこには酒精の香りも芬々として残っていたが、洋菓子か何かを召し上がった時に付いたのだろうとスタッフは気にしていない。

女の名前は呑宮(ノミヤ)ホッピー。

『NOVA』でも注目株の殺人鬼である。

血とエタノールの甘く刺激的な香りを纏わせながら、より強い好敵手を見つけ出しては毎夜のように殺している。

彼女がそうなると睨んでいるならば、この水族館は確かに危険な戦場となるのだろう。


所は変わってビルの裏側、路地裏としては非常に広く作られている搬入口。

ここには毎日のように世界中の海水が運び込まれ、新たに展示する生き物や餌、消耗する備品、委託製造のショップグッズなどが昼夜を分かたず運び込まれている。

搬入する生き物は大抵デリケートなものばかりである。

無理に人力で運ぶより、車両の荷台に彼らを積載したまま昇降機に乗せた方が、負担は少ない。

エレベーターはスタッフルームやポンプ室、倉庫や研究設備などの関係者以外立ち入り禁止区域に繋がっている。

「おつかれさまでーす」

集品係の職員の目前を純白のトラックが過ぎ去った。

ここに来るまでに、全ての車両は受付を終えている。

積み荷の内容は分からないが、エレベーター手前で降ろさないということは恐らく、何らかの生き物を乗せていたのだろう。

ドアが閉まり、エレベーターが上階へと向かうのを見送った後、彼は後続の荷物が全く入って来ないことに気が付いた。

超人気スポットの『二号水族館』は多少車両間隔が空くとしても、集品係が暇になる時間など生じるはずが無い。

台車の積み下ろしや段ボールの中身を確認するなど平日休日に関係なく忙しないというのが普通なのだ。

一般道に面したゲートの受付に確認を取るも、応答は無い。

怪しく思った職員が駆けつけると、ゲート周辺には異様な状態でひしゃげ潰れたトラック数台が渋滞を巻き起こしていた。

潰れたトラックから燃料が漏れ、後方で待機していた車両にまで引火する。

閃光と爆音が何度か続き、何本もの黒煙がたなびいて空へと上って行った。


「あああああーーーーー!!!!!ついにやってしまった!! 俺は殺人鬼へと成り下がったんだ!!」
「おめでとう!ウトラクは殺人トラックに進化した!」
「確かにボディはトラックだけどソウルは人でありたかったよ!!チクショウ!!」
「まあまあ、白ちゃんも喜んでるしいいじゃないッスか」

巻き上げ機構の耳障りな音を除けば物理的に静音が支配している箱の中、霊的な男女の会話がアストラルにビートしている。

「確かに、既に人の姿と生活を失った俺が、いまだ人間ばかりに同情してトラックへの共感が足りていないということは十分にあり得ると思う、でもお前はなんなんだよ!!」

男の霊の名は防鼠ウトラク。

死後に魔人となり暴走トラックを新たな肉体とした青年だ。

「ウトラクさんの運転で命を落としたか弱い女子高生ッスけど」

女の霊は名を車斤月という。

非魔人のシリアルキラー予備軍だったが運よく命を落とし、運よく魂が現世に止まった道徳破綻者だ。

「そ~~~いう話をしてるんじゃねエんだよ俺は~~!なんでそう生命に対する慈しみってもんがないのかっていう話なんだよ……!!」
「メメントモリ。良い言葉ッスよね」
「『どうせみんな死ぬなら生の価値は全て無価値』とかそういう意味だったかな!?」
「モチ違うッスよ。たしか『あいつもこいつも死ぬ光景を妄想してたらムラムラする』とかだった気がするッス」

・---・ ・・ -・ ・- ・・-・ ・-・・ ・・ ・・- 
(多分間違ってるよ……)

白ちゃんと呼ばれているトラックが不規則なパッシングを行った。

このトラックには自意識や知能が備わっているのだ。

2人の霊とトラック1台は現時点で『NOVA』には殺人鬼として登録されていない。

運転席に誰も乗っていない以上は、超自然現象あるいは遠隔操作の線もあり、何をこの殺人トラックの主体として認めるかを運営も判断しかねているのだ。

不可視状態の亡霊が術者で更にそれとは独立してトラックが暴走しているなど誰が想像できようか。

「白ちゃんがそう言うのであれば私の間違いかもしれないッスね」
「どこで発揮したら人徳とカウントされるタイプの素直さだよそれ……」

会話の間にもエレベーターは変わらず上昇を続けている。

神経質な生き物を乗せる場合もあるため、加速によるGは十分すぎるほどに配慮されている。

「まあ、最初に事件を起こすならばここで良かったと思うッスよ。いくら白ちゃんでも超強力な魔人相手に命の保証はないッスから」
「それでお前の考える作戦を実行することになった訳だ」

彼らの立てた作戦は単純。

屋内ならば殺人鬼も非殺人鬼もトラックからは逃げ切れない、ただそれだけの内容だ。

通常のトラックと比べて鋼材やタイヤの頑丈さも馬力も段違いに強力な白ちゃんは、障害物を破壊しながら逃げ惑う人間も襲撃できる。

最期は壁をブチ抜いて逃げきれば、完全犯罪の達成だ。

乗員が幽霊である以上は無茶な運転もほぼノーリスク。

魂さえ捕食し続ければ補給の必要も無く、追われた時には山奥にでも逃げ込めばいい。

実質ノープランに近い作戦でも明るい未来に繋がるという無根拠な自信が、彼らを突き動かしていた。

「大変すばらしい句でした。85点を進呈します」

妙齢の女性の声が、霊たちとトラックの意識に響いた。

それに加えて、ある魔人の能力詳細が、情報として流れ込んで来た・


「オー、高得点。あなた中々ヤリますネ」

赤と白のラバースーツに身を包んだ怪人が、腕を組んで頷いている。

『二号水族館』屋上、風雨が激しく衝突する簡素なドーム状の屋根の下、イルカショー会場は今俳句コロッセオに様変わりしていた。

ショーを殺戮の舞台に変えた怪人は、本名ををリチャード・ローマンという。
『NOVA』に登録された俳号は俳人575号。

俳句を詠み、俳句を詠ませて殺す演出性は本人の珍妙な姿もあいまって都市伝説的人気を集めている殺人鬼だ。

彼は今、着流しの中年男性と相対していた。

俳人575号はイルカショーの最中に水底から登場し、イルカショーのお姉さんに俳句勝負を持ちかけて殺害。

その後俳句勝負を観客席に呼び掛けたところ、この男性が対戦相手として立候補、見事85点を獲得した。

「在野の俳人とであったのがお前の運の尽き。まさかまだ続けるつもりか」

着流しの男は全身に可視化されたオーラを纏っている。

これこそがリチャード・ローマンの魔人能力『詩徒(ミスター・リリック)』。

俳句の評価点が70点を超すことで発動する強化ボーナスだ。

「あなた強イ。私それは認めマス。でも、それは俳句に関して、ただそれだけデス」
「つべこべ言わず、皆を解放しろ!」

着流しの男はリチャードへ向けて殴りかかった。

彼は魔人ではないが、強化ボーナスが乗った今尋常の戦闘魔人を凌駕する力を獲得していた。

俳人は走り寄る相手を見つめながらゴソゴソと懐を漁ると、小さなスプレーボトルを取り出して噴射した。

「むごお!?ごおぼぼぼぼ」

無惨、着流し男はクマ撃退スプレーを真正面から浴びて悶えた所をイルカ水槽に蹴り飛ばされ、コールドショックにより溺死を余儀なくされた。

「俳句が上手いダケでは生きていけナイ、強いダケでは生きていル価値がナイ。ドゥユアンダスタン?」

夜更けのイルカショー、観客はさほど多いわけではない。

それだけに、次に死ぬのは自分かもしれないという恐怖が客席の一人一人を蝕んでいった。

「俳句勝負とか言っておいておまえはまだ何も詠んでないじゃねえか!」
「アクセント怪しいし自分はアマチュアで自信ないんだろ!」
「俳句ならさっきので勝負着いたでしょ!帰ってよ!」

恐怖はパニックを呼び、パニックは却って豪胆さを発揮させる。

観客の内10人近くが立ち上がり、リチャードを取り囲んだ。

魔人であっても、時に非魔人の頭数の相手に勝てないことがある。

特に、鍛錬された相手となればなおさらである。

「「「警備会社に勤める俺達が殺人鬼如きに負けてたまるかーー!!」」」

麗しき友情とコンビネーション!数多くの警棒が怪人をしばく!

「竿と魚籠/若鮎上る/その果てに」

怪人の唇に紡がれた言葉が、その場に存在しない何者かの下に届いた。

「72点としておきましょう。春の季語である若鮎を無情な末路を辿る犠牲者として描写した句ですね。中の句を上る若鮎にしてみれば下の句との間にワンテンポが発生してより情景が強化されるのではないでしょうか」

再び何者かの声がその場に居る全ての者の脳内に響いた。

声の主はナツコ先生というリチャードとその周囲の俳句を評価するためだけに存在する非実在人物だ。

怪人は警棒の時雨をものともせず、迫りくる棒の一本一本を指の間に挟んだ。

そして投げ飛ばした、屋外に。

落下者達の悲鳴や断末魔は、雨音にかき消され全く耳に届かない。

「なんかコウ、あれデスネ…… 日本人の、モノノフの魂は死んでしまったのでショウカ…… 大人数で一人をイジメるだなんテ…… 嘆かわしいことデス」

薄い湯気のようなオーラを纏いながら、怪人は溜息をつく。

嫌々ながらという態度で観客席を指さし、「誰にしようかな」をしていると、背後から声がかかった。

「酔(ゑ)いは良い/要は栄養/栄はA」

縦ロールに巻かれた髪と、民族衣装風ドレス。

登録名『鬼ころし』、吞宮ホッピーだ。

右の手にはスキットル、左の手にはシュモクザメを掴んでいる。

「60点、非常に面白さを感じる句でした。しかし季語として採用した魚のエイが句全体の内容にかかっていないことが気にかかります。エイヒレのようなお酒と絡めるロジックをあと一つ欲しい所です」

ホッピーの縦ロールが心なしか大きくなった。

キューティクルにダメージが入ったのだろう。

「曲水の宴に参加するため、和歌であれば嗜んでおりますが…… 奥が深いですわね、俳句というものは」

ホッピーはスキットルを仕舞うと、シュモクザメの尾を持って大きく振り回した。
強風が観客席にまで届くが、皆金縛りにあったように動くことができない。

勢いが付いたシュモクザメはリチャードに向けて振り下ろされた。

「私はあなたの俳句が気に入りマシタ、お嬢サン。ペンネーム、俳号があるならばお伺いしマス」
「鬼ごろしと申します」
「良い名前デス、ちなみに私は俳人575号だそうデス」
「存じ上げております。しかしですわ、その名前はペンネームなどではなく、戒名になるとお考え下さいまし」

シュモクザメは間一髪で躱され、地面にヒット。

モルタル材に深刻なダメージを与え、ステージに大きな地割れが生じた。

しかしサメは無傷のまま健在である。

軟骨魚類を構築するタンパク質がいかにしてこの衝撃に耐えられたか、その秘密はホッピーの魔人能力『酔剣』にある。

彼女が酒に酔った状態で武器と見做した物体は、理想の武器としての性能を獲得するのだ。

現在シュモクザメは大槌として働いていた。

「吞宮流槌術『鏡割り』を躱すとは、見た目からは想像できませんが案外やりますわね」
「お褒め頂き光栄デス」

次に仕掛けたのはリチャード。

再びホッピーが回転を貯めぬよう、ボクシングじみたステップで短打の距離まで接近した。

「それは想定済みですわ」

ホッピーはシュモクザメを投げ捨てると、観客席で拾ったパンフレットを盾に拳打をいなしきる。

「吞宮流鉄扇術、ですわ」

リチャードが距離を取ると、先程手放したはずのシュモクザメが上空から落下してきた。

それは、ハンマーであった時よりもずっと大きな運動エネルギーを身に蓄えており……

「吞宮流トマホーク術です。人気の割には他愛ないこと」

床には大穴が開いている。

下階、更に下階とフロアをブチ抜いたシュモクザメと共に、リチャードは姿を消していた。

直接の打撃に加えて落下ダメージが加われば、生存は難しいだろう。

残心を解いて下りのエスカレーターへと向かう吞宮、しかし彼女の背後にはここに存在するはずもない大型車両が迫っていた。


  • -・ -・・- ・・・- ・・ -・-・- ・- 
(さかなきらい)
「白ちゃ~ん、好き嫌いはだめッスよ~!」

暴走トラックは館内を疾走する中で、いくつもの小型水槽を破壊していた。

車両を想定していない通路で避けられるはずもない。

人間の魂を主食とするトラックは結果的に魚介類の魂を半強制的に捕食させられていた。

「トラックに好き嫌いとかあるんだ」

ウトラクの呟きに月が反応する。

「何言ってるんスか、白ちゃんの反応みてれば分かるでしょ」
「分からん」
「白ちゃんは私みたいな女子高生が、大好物ッス!それぐらいはここまでの道中気が付いていて欲しかったっすね」

言われてみれば、ウトラクにも覚えがあった。

彼がトラックの突撃から助けようとした相手も女子高生2人に違いなかった。

「とはいえそんな選り好みしてられるか?ここ暗いし誰が誰だかこのスピードで見分け付かないんだけど」

---・- --・-・ -・-・- ・・ ・-・-・ -・・- ・- 
(みつけた!)

「白ちゃんが何か好物を補足したみたいッスよ」
「分かった。どっちの方だ?行ってみよう」

トラックは大水槽に正面から突入すると、水中を泳ぐように疾走、水面へ向けてY軸移動を行いついに空中へ飛び出した。

「トビウオかよ」

捕食した獲物の魂を元に、性質を獲得した?それともトラック素の能力?
運転席と助手席の2人には判別がつかない。
しかし溢れる万能感はこのイリュージョンに一切疑問を覚えさせなかった。


「あれは!異世界案内人!」

『NOVA』の実況中継を観戦中の会員が一人大声を上げた。

「ご存じなのですか学者先生」
「ええ、あれは絶滅したと考えられていた生物の一種で、正式には伊勢海案内人という名前のドラゴンの一種です」
「ドラゴン!?」
「竜宮城に浦島太郎を運んだ亀や乙姫も、一説によればあれと同種のトラック、いいえ伊勢海案内人と言われています」
「全く聞いたことがありませんが本当なのですか」
「近年の海水温上昇やドライブレコーダーの普及、危険運転への罰則強化で生息環境が消滅していますからね。耳にしたことがなくても無理はない」
「信じられませんな話が急すぎて」
「竜全般がフィクションと考えられていますからね、昨今は。我々の中に混じるレプティリアン、爬虫人類も一種のドラゴンと数えていいというのは自説に過ぎませんが」
「レプ…?」
「ここにもいるのでしょう!世界を裏から操るレプティリアンが!!!」
「「「「……」」」」
「どうやら隠れるのがお上手なようだ。良いでしょう、これ以上は詮索しません」
「「「「……」」」」




大水槽からジャンプしたトラック、その上には二人の男が張り付いていた。

一人は満身創痍のリチャード、一人は岳深家族計画!

「薬降る/くもなきひびの/ガラス屋根」
「40点。端午の頃竹の中に溜まるという水の薬効を季語にしていますが、状況が全く掴めません。恐らくは雲無きと苦も無きをかけているのでしょうが……何を表現しているか整理してから出直してきてください」

岳深が吐血する。

「ついつい詠んでみたくなったが難しいな」
「その通り、一朝一夕で詠めるものではありマセン……ゼエ……見ていなサイ」
「脳足りて/八面八臂か/蛸とやら」

怪我を負いながらも、リチャードの口調は怪我をする前からほとんど衰えていない。

言葉を能力のトリガーにする魔人の意地のようなものだろうか。

「85点。蛸には9つの脳があると言われていますから、九面と表現しても私は構わないと思います」

暴走するトラックの上、足に吸盤でもあるかのように、リチャードは立ち上がった。

「俳句弱者、あなたも死んでおきナサイ」

そうして先程拝借した警棒で、岳深に殴り掛かる。

2本の足で立てる場所ではない、このような場所で攻撃を避けること等できようはずが……

岳深が、光った。

魔人能力『銀波暁露に立つ(ウィズザット・ザ・ムーンセット)』。

岳深の肉体は、意志や脳のコントロールを離れてその場における最適解に導かれた。

爆走するトラックの上には2人の男、彼らは警棒と鉄棍で打ち合っている。

そうしてトラックが向かう先には……吞宮ホッピー!



幼い頃から強者として育てられてきた。

吞宮家は平安時代の貴族から続く、由緒正しい家系である。

公家と言うと雅さを重んじ戦場を遠ざける人々を想像するかもしれないが、実際には家格によって一概には言えないが武力集団としての側面もあった。

この世界の暴力を支配するのは魔人だ。

魔人というものは一種の中二病患者で、自分は特別だという誇大妄想を抱いた狂人でもある。

普通の人はそこまでうぬぼれることができない。

しかし家柄が、幼い頃から酒を飲まされる習慣が、酩酊が、ホッピーを外界から切り離し、家と強さ以外を求めない状況を育んだ。

「先生、ホッピーちゃんがお酒飲んでる!」
「シーッ!あそこの家は……ちょっと変、じゃなくて特別だから」

他人は禁止されている未成年飲酒、飲酒しながらの通学、飲酒しながらの運転!

自分は全て許されている!

アルコールによる増長と依存症による孤独こそが、吞宮の力の源だった。




「私は、サメ!」

迫りくるトラックに、ホッピーはヒトデ手裏剣を投げつけた。

「終末捕食者なのです!殺人鬼など、すべて平定しなくては、私にも吞宮にも価値などないのです!」

トラックが急に減速、慣性によって男性二人がホッピーの元へ飛び出した。




現地に住む人間でも知らないような、難しい日本語を使って、褒められた。

それが、リチャード・ローマン留学中唯一の喜びだった。

ホームステイ先では興味のないアニメや芸能、スポーツの話ばかりされるし、学校では普通の日本語で進められる授業について行くのも難しい。

「リチャードくんってすごいね、私こんな俳句があったなんて知らなかった!」
「ナツキさん……」

しかし彼の心を癒した女子は、伝統的な日本文化になど毛ほども興味も無いパリピと付き合い、学校にも顔を見せなくなった。

こうして生まれた再びの孤独の中、リチャードはナツコ先生という話し相手を作り、日本文化を愚弄する現代日本人に審判を下すことにしたのだ。




「盃を/呑みくだる月と/覚ゆるは」
「75点!季語は降る月!」

ホッピーが強化を獲得!

「溺るれば/藁よりまずは/蜆貝」

リチャードも強化を獲得!

---- ・-・-・ --・-・ ・-・-・ ・・-- -・・・ ・- ・・・- 
(散りぼへど/龍となるべし/五月鯉)
「英語圏にも俳句はありますが英語俳句のルールは日本語のものとちがいますよね?モールス信号も判定するわけにはいきません」

トラック無効!

「アルバムには/都合何度の/更衣(ころもがえ)」
「20点」
「出口をと/光に向かうは/目刺しなるかも」
「45点」
「夏隣に/住めるご家庭/エイリアン」
「10点」
「船料理/船頭増えれば/Uber Eats」
「30点」
「外は雨/傘の並んだ/水たまり」
「60点」
「海髪(うご)なるは/乙姫乱れし/名残かな」
「0」
「重なりて/重吹くは海豚(イルカ)に/重なりき」
「0」

岳深、度重なる低得点で重症!

「最後の方下ネタじゃないですカ」

強化を受けたリチャードとホッピーはかまわず岳深に攻撃!

しかし岳深の身体が自動で攻撃を防ぐ。
「ぬばたまの/影をまとわぬ/しらたまよ」

「……」

ナツコ先生が押し黙った。
当然だ、全てはこの水族館のデートコースに見立てた連作。

リチャードが焦る。
彼もまたナツコ先生のことが好きなのだ。

「十七時/帰らぬ響き/鴉の子」
「100点です、17字と過去の積み重ねを見事に表現しています。でも、ごめんなさい。俳句勝負で人を殺している相手とは……」

リチャードは過去最大のオーラを獲得した。

しかし全ては遅い。

ナツコ先生のNTR威力が岳深に味方した。
最終更新:2024年06月02日 22:02