振入尖々は殺人鬼である。
 そんな彼の日常の一端を覗いてみよう。


 平日、朝。

「おはようございます!」
「おはようございます、今朝も精が出ますね」

 尖々は起床してから出勤前に軽くジョギングを済ませる。
 始めた頃は地味にしんどい作業だったが、今では当然のルーチンの一つとなっている。

(朝日を浴びて体を動かすと心身が再起動した感覚があって心地いい)

 社会人と殺人鬼の二足の草鞋を履く中、あえてこのような日課を増やすことで精神を馴染ませている。
 尖々はこれを始めてから以前よりも頭がスッキリするようになったと感じていた。


 通勤時。

(ネットニュースは……うわぁ、また悪いやつ出てるな。あ、こっちの馬動画可愛い)

 SNSで情報をチェック。調査内容は主に次のターゲットについて。

(やっぱり殺すなら盛り上がる相手にしないとなー。先日の岩原組潰しは結構注目されたけど、あんまり悪人ばかり殺して正義の味方みたいな印象付いても困るし、かといって弱い者いじめキャラもダメだ。スパイダーマンは善悪強弱隔てなく殺す狂人なんだから)

 セルフプロデュースとはかくも難しいものか。
 尖々は世の芸能人に少しばかり敬意を払いつつ、到着までの時間を過ごしていた。


 休日。
 バッティングセンター。

(うおぉ160キロ速ぇ! でも掠るようにはなってきたぞ。ビビらずにキッチリ目で追うことと全身の動きを気を付けること! 可動域意識!)

 地域最速を謳う160キロのピッチングマシンに数時間挑戦し続けた尖々を、その姿を見ていた草野球の監督がスカウトの声掛けをしたが尖々は丁重に断った。
 その後折角なので飲みに行った。


 休日。
 ボイストレーニング教室。

「マーマーマーマー♪」
「いいですよ振入さん。もうちょっと腹式を意識して」

 スパイダーマンを演じるにあたって素人の振る舞いでは不十分と考え、尖々はボイトレ教室に通っていた。
 ただの会社員である30歳男性がこんなところに来たら変だろうか? と心配していたが、昨今はゲーム実況や配信者が増えてこのような教室に通う人も増えたらしく尖々が浮くようなことは無かった。

「ハーハッハァ!」
「お腹から声出して!」
「ハー・ハッ・ハァ!!」
「やればできるじゃないですか!」


 休日。
 クライミングジム。

 鉤縄を使って戦うスパイダーマンの戦闘スタイルではよじ登るための技術と腕力が必要となる。

「メリハリを意識してください! 常に力を入れ続けるのではなく、ぶら下がる時は脱力して移動する一瞬に力を込める感じです!」
「なるほど……だから事前観察(オブザベーション)が重要になるんですね。勉強になります!」

 スタミナを鍛えるのは当然だがスタミナの配分もまた大事。
 このような地味な積み重ねが殺人現場で映えるアクションに繋がるはずだ。


 休日、夜。

「今の殺陣と決め台詞いいな……もう一回見よ」

 風呂上がり、ラフな格好で酒を片手にアクション映画を鑑賞。これもスパイダーマンとして“らしい”所作を身に着けるための勉強だ。

「昨今はサブスクで何でも観れて楽だな。普段なら絶対観ないような作品も折角だからと再生してみたら意外と面白かったりするし」

 ただし、尖々は断固として『スパイダーマン』及びその周辺作品には手を付けないようにしていた。
 将来的に越えてやるつもりではあるが、下手に意識してしまうのも嫌だからだ。

「いいなぁ。ビーム、オレも出せたらカッコいいかなぁ。……いやスパイダーマンはそういうキャラじゃないな」


 平日、会社。

「振入さん、なんかすっかり変わりましたね」

 昼時にそんな風に振られておや、と首を傾げる。

「えぇ、何ですか急に。オレそんな変です? 以前より趣味は増えましたけど」

「いやいや良い意味で! もっと前の振入さんってもっと淡々としてましたよ」
「確かに、振入さんすごいシャキっとしてるし。先日も怖い人相手に全然怯んで無かったよね」
「先輩体付きもガッチリしてますよね。スポーツとかやってるんすか?」
「あと喋り方もハキハキしてるよね。聞き取りやすいし……ゲーム実況とか興味ない?」

「なんだよもー! みんなオレのこと褒め殺しかー!?」

 大げさな身振りで頭を抱える尖々の様子に、わっと笑いに包まれる職場。
 大変なことも多いがこの生活は楽しい。

(殺人鬼になってよかった)

 振入尖々の日常は、殺人鬼になってから間違いなく充実しているのだった。




 * * *




 有栖英二の人生はそこで終わった。

「上等とまでは言えないが……悪くない脳だ」

 黒衣の男はそう呟きながら有栖を上から見下ろしている。

「あ……ああ……」

 有栖は呻くことしかできない。
 何せ生きたまま頭蓋を開かれ、脳を観察されているのだから。あまりにも現実離れした現実に彼に正気は風前の灯火だった。

「ではこのパーツを使おう。安心してくれ、痛みは無いからね」

 解体されていく。まるで岩場に貼り付いた牡蠣を剥ぎ取るように、開かれた頭蓋からメスで脳が抜き取られていく。
 抵抗しようにも既に手足は切り落とされている。有栖はただ自らの致命的な何かが失われていくのを待つことしかできなかった。


 暗転。


「――さぁ動くんだ。いい子だから」

 掛けられた声に反応するように、『有栖』は意識を取り戻す。

「わ、た……し、は……」

 自らの口から漏れたはずの声は、しかしまるで聞き覚えが無い。
 というよりもむしろ身体が感じる全てに覚えが無い。

「よかった、意思がある。僕が分かるかい? 自分の姿を見てごらん」

 分かるかと言われても、『有栖』には目の前の黒衣の男なんて知りもしない。ただ新たな情報が欲しくて促されるままに姿見へと顔を向けた。

 そこには裸の十二歳くらいの少女――のように見える化け物の姿が映っていた。

「―――」

 そう化け物だ。何故ならば胴体に繋がっている両手両足と頭が明らかに別人の物になっている。
 右手と左手、右足と左足すら長さも大きさも肌の色も微妙に異なっている。少なくとも六人分の混ぜ物(・・・)だ。

「わ、わた……私、私の……から、身体……」
「ちゃんと自己を認識して人格を有している。自立行動も可能……やったよ可苗衣(かなえ)。パパはキミを救える……」

 目の前の惨状に発狂寸前の『有栖』の様子に、しかしそれこそ喜ばしき成功であったように黒衣の男は喜色満面を隠さない。

「可苗衣……僕のかわいい娘、僕の宝物。必ずキミを取り戻す、新しい身体を造るのも……こうして臨床試験(・・・・)は成功したんだ」
「た、頼むぅ……返してくれ。私の身体……いやだ、私はこんな身体じゃ……」

「でもコレは可苗衣じゃない」

 先ほどまで丁重に扱っていた『有栖』の肉体に、黒衣の男は一切の躊躇なくメスを突き立てた。

「がっ……」

 心臓が抜き取られ『有栖』はその場に倒れ伏す。黒衣の男は興味を失ったように『有栖』を一瞥し。

「可苗衣の肉体に代替品を使うわけにはいかない。だから余剰部品で試験体を造ってみたけど……動作確認はもういいだろう」

 そう言いながら、黒衣の男は抜き取った心臓を破壊する。
 黒衣の男の魔人能力『ライフライブ・パッチワーク』により切り取った肉体は出血や傷口の劣化も起こらず最大十二時間保持される。

 だがそうだとしても切り取った肉体をそのまま破壊してしまえばもう取り返しは付かない。
 心臓が永遠に失われてしまったことにより、この瞬間『有栖』の肉体の死は確定した。

「……」

 死にゆく試験体に何か声を掛けることすらなく黒衣の男は立ち去った。
 その場にはあと数分で命が潰える『有栖』が残されるのみ。

「どう……し、て」

 どうして。
 どうしてこんなことになったのか。

 どうして自分は解体されて、試験体にされて、殺されてしまうのか。

 その理由は有栖英二には分からない。
 ただ度重なる凄惨な仕打ちによってとっくに正気を失った彼の心は断片的に聞こえた黒衣の男の言葉を繰り返し想起していた。

 ――やったよ可苗衣。パパはキミを救える
 ――可苗衣……僕のかわいい娘、僕の宝物
 ――コレは可苗衣じゃない

『コレは可苗衣じゃない』


「私は……可苗衣じゃないから、棄てられた……娘じゃないから、殺された……」

 認識が歪む。

「わたしは……かなえじゃ、むすめ……じゃない……」

 世界が、有栖英二の思い込みを現実として解釈する。

「わた、し……が……」


美少女(かなえ)だった、なら……」


 有栖英二の人生はそこで終わった。

 彼は発現した魔人能力『アリス・イン・ワンダーランド』によって『アリス』として生まれ変わり行方をくらませる。


 ――私はちょうど一年前までの有栖英二なんだ。
 ――その段階で魂が分離した、とでも言えばいいのかな。
 ――外側の『アリス』は、私の記憶はあまり残していないと思うよ。


 実験体として人生を終えた『有栖英二』。
 美少女として生まれ変わった『アリス』。

 彼女(・・)はそれから一年後、殺人鬼・ミッシングギガントの片割れとして表舞台に立つことになる。




 * * *




 雨中刃。

 外宙躯助(エイリアンハンター)の名で登録されていた殺人鬼ランキングの参加者。
 ショッピングモールにて発生した大規模戦闘――表向きはガス漏れ事故として処理されている――によって死亡、脱落。


 そして、雨中刃が使っていた拠点にて。

「キールキルキル! やっぱり餅は餅屋だよな~!」

 特撮番組の怪人然とした恰好の男、キリキリ切腹丸は絶賛その場を物色している。
 廃工場での決闘を勝利した切腹丸は一晩休んだ後、宿敵から押し付けられた仕事を果たすための行動に出ていた。

「あの電車忍者(クソガキ)に呼び出されて脱線してた(電車だけに)けどよ~。俺様はエイリアン・パラサイトとやらをズタズタに引き切り裂いてやるんだ!」

 侵略者エイリアン・パラサイトを地球から駆逐する。それが切腹丸の宿敵サムライセイバーから託された使命だ。守ってやる義理なんてないが――

「俺が奴の代わりにこの星を救ってやることで、この俺がサムライセイバーより上の存在だと証明してやらないとなぁ!」

 とはいえ切腹丸にそのエイリアンとやらを調査する伝手は無い。故に彼はエイリアンハンターとかなんとか名乗っていた雨中刃の拠点に押し入ってその調査資料を物色しているのだ。

「死んじまった雨中刃(テメェ)の代わりにエイリアンを狩ってやるってんだから慈善事業だよな~? 文句を言われる筋合いは無いぜぇ、ギャハハハハ!」

 怪人は如何にも悪ぶった表情で高らかに笑う。が、図書館技能(資料を漁るノウハウ)も無い切腹丸は調査を開始して数時間と経たないうちに白け切った表情に変わっていた。

「面倒くせぇ……面白くねぇ……飽きた。ハァ……これならドンパチやってる方がマシだぜ、クソッ!」

 切腹丸は苛立ちを隠しもせずロッカーを蹴る。がしゃんという音が響き――ロッカーの上部に置かれていた資料が落下した。

「アぁン? こいつは……」

 目に入ったそれをパラパラとめくる。そこにはまさに望んでいた内容が書き込まれていた。

「エイリアン・パラサイト……遥か昔から地球に潜伏しており、その痕跡は図書館や博物館の展示物にも残されている……オイオイ、これは大当たり(クリティカル)じゃねーか! キルキルキル!」

 途端に上機嫌になった切腹丸はその後の文章を読み進める。

「エイリアン・パラサイトには集団の中核が存在している……雨中刃(コイツ)は他のエイリアンを優先していたから後回しになっていたようだが、何々……『パラサイト・クイーン』だって? ならこの化け物を狩っちまえばいいんだな!」

 資料を閉じて自らの鞄へと放り込む。切腹丸の次の目標は決まった。

「待ってろよパラサイト・クイーン。サムライセイバーの代わりにテメェを殺して俺が最強として歴史に名を刻んでやるよ。それだけじゃねぇ、他の殺人鬼どもも全員俺の獲物だ! キールキルキルキル!」




 * * *




 殺人中継サイト『NOVA』運営 VIPルーム。


 その部屋の中には二人の男女が居た。

 一人はスーツ姿の男。
 もう一人は給仕服の女。

 男の名を鏡助といい、この殺人鬼ランキングの優勝賞品たる『転校生になる権利』を提供している“転校生”――スポンサー側の人間、らしい。
 故に彼は他のVIP会員からさらに上の特別待遇を受けている。本来二時間の遅れ(ディレイ)と加工が施される戦闘の中継を無修正でリアルタイムに観ることができるのもそのためだ。

「つまり“ミッシングギガント”と呼ばれる美少女殺人鬼の片割れ、『アリス』と呼ばれる存在のルーツはそれです」
「……先の墓地の戦闘で脱落した“切り取りシャルル”肉丘紡の忘れ形見である……と?」
「はい。忘れ形見というか、文字通り存在ごとまるっと忘れられていたようですが」

 鏡助が女に語ったのはミッシングギガントと呼ばれる殺人鬼の話だ。
 そもそも女からするとミッシングギガントが二人組の殺人鬼だったことすら初耳ではあったが。

「しかし時系列が少しおかしいような。私が確認した資料では肉丘紡が殺人鬼として活動を始めたのは半年前だったはずです」
「それはおそらくプロローグ(資料を記録した時点)から半年前ということでしょう。現在から見れば一年以上前のことですよ」

 そのように言われて、確かに資料には具体的な日時は記載されていなかったか、と女は考え直す。

「肉丘紡は病死した娘を蘇らせるために娘の肉体を造り直そうとしているというのは『NOVA』でも把握していましたが、その前に実験作があったとは。いえ、考えてみれば彼にとって大切な物だからこそブループリントやバックアップを用意するのは自然なことでしょうか」
「肉丘にとっても予想外だったのは処分したはずの実験体が魔人能力を発現し生き延びていたことでしょうか。まぁ彼にとってはどちらにせよ些事だったかもしれませんけどね」
「……」

 簡単に話しているがこれは倫理観のまるでないおぞましい出来事だ。人間を繋ぎ合わせて造られた合成生物(キメラ)が美少女化したモノ。
 中継に映る美少女の姿が、直視に耐えない怪物のようにすら感じられる。

「……そういえば先ほどからアリスの話をされていますが、この累絵空という少女は話題に出ませんね。私は資料を見ててっきりこちらこそがミッシングギガントだと思っていました」
「ああその解釈自体は間違っていませんよ。実際のところ見えざる巨人(ミッシングギガント)と呼ばれる要因はほぼ彼女の側にありますし。とはいえどちらが“本体”かと言うと鶏が先か卵が先かという話になってしまいますが」

 要領を得ない鏡助の言葉に女は首を傾げる。鏡助はずっとモニターへと向けていた視線を女の方へと向き直した。

「先ほど言いましたよね、アリスは元々肉丘によって造られた実験体だったと。ですが実は、これには肉丘自身すら気付いていなかったある事実が隠されていたのです」
「ある事実? それは」



「孕んでいたのです」



 数秒。女はその言葉の意味を理解できなかった。

「孕ん……え。それって……」

 やがてその意味を理解するにつれて女の顔はみるみるうちに蒼褪め――。

「――まさか!?」

 導き出された結論に、悲鳴のような声を上げた。
 その反応に鏡助は感心したように、あるいは満足したように頷く。

「流石、そこまで考え到りましたか。一を聞いて十を知るとはこのことですね」

 つまり。

「肉丘紡が素材として使用した肉体は妊娠していた。だが肉丘はそれに気付かないまま実験体を造り、意識を取り戻したアリスは能力によって自らを美少女化した」

 そして。そして―――。

「アリスは気付きました、自分の肉体が妊娠していることに。だから彼女は胎内に眠る新たな命に能力を使用した(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 『アリス・イン・ワンダーランド』
 “生き物を美少女に変える”という性質を持った、アリスの魔人能力。



「累絵空の正体。それはアリスの魔人能力によって美少女化した受精卵(・・・)です」



 女は膝から崩れ落ちていた。
 あまりにも、あまりにも冒涜的過ぎる。

「……」

 真っ青な顔で手で口を覆う。今この場で嘔吐していないだけ彼女は冷静だったと言えるだろう。

「累絵空はアリスの魔人能力によって成立している存在であり、またアリスも自身の能力によって成立していると同時にその肉体は肉丘の魔人能力で構成された存在。その根底にあった肉丘が死亡した以上、彼女たちはいつ存在が消滅してもおかしくない瀬戸際なんです。本来ならばね」

 鏡助は息を吐く。そこに秘める感情は呆れかあるいは称賛か。

「大したものですよ。ここまで魔人能力を維持し続けている……あるいはアリスの“親心”というものですかね? 肉丘のことを考えると何とも皮肉なことですが」
「あなたは……」

 女は口を開いた。だが「あなたは」の続きに何を繋げたかったのか、自分でも分からない。

 非難したいのか。
 否定したいのか。
 反論したいのか。

「……どうして、私にこの話を」

 結局何も言えず、代わりに当たり障りのない疑問を口にした。
 本当はそんなことに興味は無かったのだが、意外にも鏡助から語られたのは女の興味を否応なしに引き付けるものであった。

「そうですね。私が嘘を吐けないからというのもありますが、極力知っておいて欲しかったからです。今後のためにも」
「今後のため?」
「ああ、そうそう。話が遅くなってしまいましたが……岳深家族計画さんの件は残念でしたね」
「――何故、その名を」

 最早何度目かも分からない絶句をする女に、鏡助は安心させるように微笑みかける。

「勿論知っていますよ。あなたは偶発的な戦闘に巻き込まれて死亡した――と、表向きはそうなっています。ですが事実はそうではない」



「そうでしょう? 弧夜見学園の生き残りであり、かつての生徒会との抗争で最も多くの魔人を殲滅した岳深派きっての武闘派」



「“ジ・エンド”ハツさん」




 * * *




 池袋、夜。

「キールキルキルキル―――KILLING YOU!!」
「ハーハッハァ―――ヒッヒッヒィ!」

 奇声を発しながら、二人の殺人鬼が夜の街を駆け抜ける。

 ヒョウ柄のレインコートを着た殺人鬼――尖々(スパイダーマン)は鉤縄を道沿いの店の外壁に引っ掛けるとスルスルの登って行き、反転するように跳躍。
 鉤縄によって振り子のように勢いを付けて地上の切腹丸へと襲い掛かる。

 迎え撃つ切腹丸は背後から迫り来るそれを振り返ることなくサイドステップで回避。一転して前方へと過ぎて行くその背中に。

「チャラチャラデスサイズカスタム・ブイスリー!」

 日中の内にボーケンマン池袋店で仕入れておいた新たな鎖鎌を投擲した。鎖部分を持って鎌を投げるのは本来の用途からするとかなり妙なことになっているが。それを指摘する者は居ない。

 鎖鎌の投擲を受けた尖々は鉤縄のロープにぶら下がったまま反転し――空いた手で持った武器で鎌を弾き飛ばした。

「なにィ!?」

 驚愕する切腹丸。それは攻撃が迎撃されたこと自体に対してではない。

「テメェ、どうしてチャラチャラデスサイズを持ってやがる!」
「あん? そう言えば確かに似てる武器だな」

 着地しながら、尖々は互いの武器を見比べて今頃気付いたという風に呟いた。
 尖々が使っているチャラチャラデスサイズという鎖鎌は“プレイヤー”川神勇馬が持っていた武器の一つであり、最終的に彼を殺害した決定打でもある。

「これはな、昨日殺した奴が使ってた武器でなかなか良さそうだったから拝借したんだよ。ハハァッ!」

 特段隠すこともない。尖々は起こったことを正直に話した。
 だがそれは切腹丸からすれば。

「ってことはハットリサスケ組の怪人を……俺の仲間を殺して奪ったってことかよ! いつか俺が最強になった暁には俺の手足としてゴミクズのように使ってやろうと思っていたのに! 許せねぇ!」

 仲間を殺されたと考えた切腹丸はそんな一方的な怒りを燃やす。補足するまでもないだろうが別に仲間意識があったわけではない。
 また大元の川神勇馬はこの鎖鎌を手に入れるために他の怪人を殺して奪ったのは事実なので紆余曲折を経れば間違いでもない。

「テメェをぶっ殺して《(ハッシュタグ)スパイダーマン笑》って投稿してやるよ。喜びな、大バズりさせてやる!」
「ならオレはお前の腹を掻っ捌いて《(ハッシュタグ)ハラキリ失敗》と投稿してやる。ヒヒヒ、代わりに生米でも詰め込んでおこうか?」

 切腹丸はそれぞれの手に鎖鎌とビームセイバーを持ち。
 尖々はそれぞれの手に鎖鎌と鉤縄を持ち。

「「――死ねェ!」」

 罵声と共に互いに吶喊した。

 数秒で縮まる距離。先手を打ったのは切腹丸、右手に持ったビームセイバーで攻撃を仕掛ける。
 行うのは突き。それは相手までの最短距離を、最小動作で行う最速の攻撃方法。

 見てからでは到底対応が間に合わないそれを、しかし放たれた瞬間には尖々は既に沈んでいた。

「ヒャァ!」

 側転蹴り。
 姿勢を低くして上半身を軸に腰から下全てを使って半月を描く豪快な蹴りは、格闘でありながら武器術並の射程を叩き出す。

 その蹴りが、空を切った。

「キールキルキル! 甘いなぁ蜘蛛男!」

 切腹丸はビームセイバーの突きが躱されたと察した瞬間、即座に跳躍。飛び込み前転の要領で蹴りを回避した。

 切腹丸と尖々、二人の立ち位置が入れ替わる。

 上下が反転した視界で切腹丸は尖々を見る。

「いいやチョロいのはそっちだ怪人男!」

 蹴りを回避された尖々は、その勢いのまま遠心力を乗せて鉤縄を切腹丸へと投擲していた。
 切腹丸の顔面を叩き潰さんと迫り来る鉤爪に。

「――そう来ると思ってたぜェ! 『スーパーカット大切断』!」

 その一手を予想していた怪人は空中で、上下反転したまま、ビームサーベルを一閃する。
 一瞬で切り裂かれた鉤爪はバラバラになって周囲に飛散した。

「何だとォ!?」
「ギャハハハハハ! ざまーねぇぜ! 痛ェ!」

 披露された神業に驚愕する尖々と、そんな彼を嘲笑いながら神業の代償として頭から地面に着地した切腹丸。

「チィィィ! だったら次はこれだ、怪人男!」

 そんな尖々に声に切腹丸は急いで立ち上がり攻撃を待ち構える。果たして。

「……あっ! テメェ逃げやがったな!」
「ハーハッハァ! スパイダーマンは地上に拘らないんでなァ。来れるなら来てみろよ、来ないなら上から殺してやるぜ!」
「逃げながら偉そうに言ってんじゃねぇ!」

 新たに取り出した鉤爪で空中機動へと移った尖々とそのようなやり取りをしながら。

「ヘッ、いいぜ挑発に乗ってやるよ。だが蜘蛛男、何か勘違いしてるようだな~? キールキルキル……」



 跳躍。

 壁を駆け上がる。
 斬撃。

 回避。
 鉤縄投擲。
 跳躍。
 壁を蹴る。

 強襲。

 回避。
 反撃。

 投擲、回避。
 跳躍、斬撃、回避、蹴り、投擲。

 回避、跳躍、反撃、投擲、蹴り、駆け上がり、鉤縄、跳躍、斬撃、回避、駆け下り、投擲、「こっち向いてー!」、通行人に二人でピース。

「ハーハッハァ! やるな怪人! オレとここまで空中戦で渡り合えたのはお前が初めてだ!」
「ギャハハハハ! お前が今まで相手してきたのが俺様未満のザコばっかりってことだよ!」

 鉤縄を投擲し壁をよじ登る尖々に、切腹丸は素の身体能力(・・・・・・)で壁走りをし追い付く。

 ナイフを投擲。身を引いて回避する切腹丸、その一瞬で尖々は反対側の建物へと鉤縄を投げ跳び付く。

 切腹丸は壁を蹴って空中の尖々へ襲い掛かる――空振り。寸前で尖々が電線に鉤縄をかけてブレーキ。

 地上へと落下する切腹丸へ尖々は鎖鎌の鎖分銅で追撃。しかし怪人は空中で身を捻ってそれを回避。


 分銅が地面を叩く音が響いた。


「ハーハッハッハッハァー!」
「キールキルキルキルキル!」

 鉤縄を使い空中を自在に機動する尖々。
 圧倒的身体能力で地上と壁を行き来する切腹丸。

 道具を介さない以上切腹丸の方が動き出しにロスが無く速い。が。

「テメェの鉤爪、電線や旗に引っ掛かっても千切れないのどうなってるんだよ!」
「ヒッヒッヒ、きっと根性のある電線なんだろうよ!」
「根性なら仕方ねぇなぁ!」

 勿論そんなわけはない。
 おそらく魔人能力であろうと切腹丸は当たりを付けた。この男は空間にあるあらゆる物に鉤縄を引っ掛けることで予想できない軌道で移動している。

(発動条件の詳細は不明だが、『物を破壊しない』能力か! ヘンテコな戦い方しやがるぜ、死角を取られないよう気を付けないとな!)

(こいつ、いかにも特撮のザコ怪人みたいな見た目なのに身体能力が並の魔人どころじゃない! 選択を間違えたらあっという間に追い付かれるぞ!)

 幾度の交差を経て二人の殺人鬼はほぼ無傷。

 中継映像を見ているVIP達は二人の激闘に大いに盛り上がっていた。

『いいぞそれでこそだ』

『余計な茶番も安いドラマも要らない』

『戦え、殺せ、血を流せ』

 喧々諤々に騒ぐギャラリーからすれば全くの互角に見える戦いも、当人達の内心では薄氷を履むような緊張感だ。
 止まぬ雨の中、池袋の暗闇を駆け抜ける二人はやがてサンシャインシティへと辿り着いた。

 尖々からすればほぼ一日振り。あの戦いでは大勢の一般人を巻き込み、プレイヤーを二百メートルから叩き付けて堂々と殺害した。
 その影響もあって――あるいは『NOVA』側が手を回したのか、後処理もそこそこに立ち入り禁止とされている。

「よ――っと、ハッハァ!」

 尖々は地上から鉤縄を飛ばして首都高へと跳躍し、丁度目の前を横切ろうとしていたトラックの荷台へと飛び乗った。

「キールキルキル、逃がさねぇよ!」

 支柱を連続三角跳びでよじ登った切腹丸もその真後ろのトラックの荷台へと着地。

 ――二人の殺人鬼が互いに不安定な足場で睨み合う。

「ヒャッハァ!」

 先に動いたのは尖々、彼は鉤縄を上方へと放り投げた。

「キル? 一体どこに……うおぉ!?」

 直後、前のトラックに乗っていた尖々が切腹丸に向けて勢いよく飛び掛かった。
 槍の如き飛び蹴りを荷台上を転がって回避し振り返る。

 単純なカラクリ、尖々は鉤縄をビルの窓に引っ掛けてトラックに引かれるロープの張力で飛び蹴りを放ったというだけ。

「ハーハッハァ! 無様だな怪人男! 悔しかったらついて来い!」
「アァ!? ふざけんな、ぶっKILLしてやんよ!」

 尖々は鉤縄を辿って、切腹丸は己の身体能力で駆け上がって、ビル――サンシャインシティ文化会館ビルへと進入した。




「ええと、ええと……ねえアリス。どこに行けばいいのだったかしら」
「オーケー、もう一度だけ説明しておく。図書館の次は『博物館』だ」
「あぁ、そうだったわ! 博物館、博物館……どの博物館?」
「はぁ、全く……サンシャインシティ文化会館ビル、『古代エンシェント博物館』だと言っただろう」




 二人の殺人鬼が武器を交えながらビル内部を駆け巡り、そこに辿り着いた時――彼女はただ立っていた。

「ハッハァ……あん?」
「KILLING……うぅん?」

 誰も人が居ないはずの夜の文化会館ビルの中で、『古代エンシェント博物館』と案内板が立っているエリアの入り口を通せんぼするかのように直立している少女。
 身長150センチほど、肩口で揃えられた金髪。誰もが一目で『美少女』だと判断を下すに違いない容姿だ。


 それがこんなところで、微笑みながら立っているなんてありえない。


「――ヒャァ!」

 尖々は即座にそれが殺すべき相手だと判断し鉤縄を投擲した。
 鉤爪は少女の顔面へと吸い込まれるように飛んで行く。

 勿論尖々もこの攻撃で倒せるとは思っていない。飽く迄もテンポを取らせないための牽制、この攻撃の結果次第で切腹丸共々何かしらの対応を。


 グチャリ


 鉤爪が少女の顔面を叩き潰した。一目で美少女だと分かる可憐な顔が見るも無残な姿へと一瞬で変わる。

「「――!?」」

 下手人の尖々とその一部始終を見ていた切腹丸はむしろ驚愕した。意味有り気に登場してこんなあっさり終わるのか、と。

 だがその刹那――無惨な姿へと変わったはずの少女が、元の傷一つ無い美少女の姿へと一瞬で変わったことに二人は再度驚愕した。

(再生……!?)
(復元……!?)

 尖々は驚愕のまま、反射的に投擲した鉤縄を回収すべく引き寄せた。

 それがいけなかった。


 少女は自らの顔面を砕いたはずの鉤縄を掴み、引き寄せる力に従って加速、一瞬で尖々へと距離を詰めた。

「う、おぉ!?」

 あまりにも無造作に目の前にやってきた少女に、尖々は即座に鉤縄を持つ手とは反対の手で鎌を構え斬撃を放つ。
 またも無抵抗の少女の首を一閃し――鎌が通り過ぎた後、そこには斬り落とされたはずなのに傷一つなく繋がったままの綺麗な首が変わらずにあった。

(馬鹿な! 首を落とした手応えは確かにあった!)

 そうして少女は――

 ()みのかかった瞳と肩口で切りそろえた金髪、全身を包む()色を基調としたロリータ風の服装の少女は、尖々の一メートル(・・・・・)の距離に近付き。


「さぁ、お前も(アリス)になるといい」


 尖々は美少女化された。




 * * *




『呼んでいる』

 文化会館ビルへと進入した時、切腹丸が感じていたのはそれだ。

(誰だ、誰かが俺を呼んでいる……あるいは、俺が誰かを呼んでいるのか?)

 尖々と交戦をしながら、自然と足がそちらへと向かっていた。

『古代エンシェント博物館』

 その入り口に立っていた金髪美少女と尖々が戦っている間、切腹丸は導かれるようにその博物館へと入って行った。

「おや? お客様かしら」
「……」

 そこには一人の少女がいた。
 見た目は先ほど入り口に立っていた少女と瓜二つ。身長も髪色も同じ。
 異なるのは瞳の色がこちらは赤系で服の色味が黄色系ということ。

 その少女の名は累絵空、あるいは殺人鬼“行方不明の巨人(ミッシングギガント)”。

「あらあら……ふふふ。おじさん、何だか不思議な恰好をしているのね! とても面白いわ!」

「……おじさんじゃねぇ、二度と呼ぶな。俺はキリキリ切腹丸だ」

 以前もしたことのあるようなやり取りを交わしながら、切腹丸は胸の奥のざわめきが抑えられないでいた。

(なんだ? 俺はこのメスガキに、いったい何を感じ取ってやがる!?)

 少女(クウ)からは敵意も感じず、武器らしき物も持っていない――いやよく見ると手に何か持っている。

 宝石だ。不等辺四辺形(トラペジウム)の面で構成された奇妙な結晶体。


 The Jewel of ■■■


「―――!」

 脳裏にその奇妙な文言が思い浮かんだ瞬間、切腹丸は躊躇なく鎖鎌の鎖をクウに向けて振るった。

「やだ、こんなもの」

 クウは暢気な反応をしながら、宝石を持っていない方の掌を広げて鎖を受け止める構えを取る。

 ――鎖を受け止めたクウの手の指が切断された。

 チャラチャラデスサイズの鎖はパラレルトランスレーション技術によって編み込まれた単分子ワイヤーの鎖だ。これ自体が斬撃武器として機能する。

「……あれ?」

 切断された自身の指を見て呆けたような表情のクウは、次の瞬間には顔がバッサリ斜めに断ち切られていた。


 そして、さらに次の瞬間には何事も無かったかのように顔も手指も元通りに治っていた。

(復元能力! こっちのメスガキもか!)

「いけない鎖さんね。お仕置きよ」

 鎖はクウの肉体を切り裂いて貫通していた。
 だがそれでもクウに触れていたことに変わりはなく、その時には既に発動されている。

 『小さな小さな空の歌(クウ・リトルリトル)

「キルッ!?」

 本能的に何かを感じた切腹丸は慌てて鎖鎌から手を離す。

 床に落下したそれは、見る見るうちに小さくなっていった。

「魔人、能力……お、お前、復元だけじゃねーのか!?」
「そっちはアリスに聞いてよ」

 そっけないクウの反応に、切腹丸は先ほどの瓜二つの少女の能力かと当たりを付ける。

(味方に復元能力を付与する能力か? こいつらは二人一組の魔人……そのどちらもが不死身化している。そしてこっちのメスガキ本人の能力は恐らく触れた物体の縮小……これ生物にも効くのか!?)

 どこまで有効かは分からないがビームセイバーを構え斬撃の姿勢を取る。切腹丸のその様子を見てもなおクウは微笑んで見ているだけだ。

(いや、そもそもこのメスガキを相手する必要があるのか? 殺人鬼ランキングには関係無いだろ。蜘蛛男もあっちのメスガキにやられてそうだったし、もう俺はさっさと撤退しちまった方が……)

 累絵空(ミッシングギガント)行方不明の巨人(ミッシングギガント)故にその風貌が周知されていない。
 切腹丸は彼女もまた殺人鬼ランキングの関係者であるとは気付かず撤退を検討し始める。

 だが同時に、切腹丸は自らの『呼んでいる』という感覚が目の前の少女に起因していることを察していた。

(なんだ、俺は何を感じ取っているんだ!? こんなただのメスガキなんかに、この怪人・キリキリ切腹丸様がどうして)

 ――ビームセイバーが鳴動している。

「―――」

 ようやく理解した。
 感じ取っているのは切腹丸ではない。

 切腹丸の中にあるサムライセイバーの正義の力が、この少女こそが討つべき大敵だと訴えているのだ。

「お、お前マジか……! 本当にそういうことなのかよ、サムライセイバー!?」

 つまり、導き出された答えは一つ。



「このメスガキが――エイリアン・パラサイト・クイーン!!」




 * * *




「累絵空の正体はアリスの胎内の受精卵が魔人能力によって美少女化したもの」

 モニターに映し出される切腹丸とクウの対峙を見ながら、鏡助は(ハツ)に語り掛ける。

「それは先ほど説明した通り。ですがさらにもう一つ、その受精卵とは人間の物では無かった(・・・・・・・・・・)。……母胎はエイリアンに寄生されていたのです」

 そういえばそんなSF映画もありましたね、と軽口を挟みながら言葉を続ける。

「本当に皮肉な物ですよ。肉丘紡が知らずに実験体として使ってしまったことで、アリスが美少女として実体化してしまったことで。あの卵はパラサイト・クイーンとして生まれてしまった。本能のままに、この星に遺されていたエイリアンの痕跡を辿って真なる覚醒の時を待っている」

 図書館に眠っていた《The Book of ■■■》
 博物館に眠っていた《The Jewel of ■■■》

 あと一つ。最後の《■■■■■■■■■》を手にすることで累絵空は侵略の起源(プロメテウス)へと至る。


「そ、そんな滅茶苦茶な……! それが本当なら、この世界の危機ではないですか……!?」

 冒涜的かつ理解不能な言葉の数々の正気を削られるのを感じながら、ハツは必死に訴える。これはもう殺人鬼ランキングだとかそんな範疇の話ではない。

「だからこそ、ですよ。だから私はこの殺人鬼ランキングを利用した。転校生という餌で、彼女を釣るために」
「……え?」

 だが返って来たのはそんな想定外の答えだった。

「累絵空が転校生となったら、彼女はこの世界を越えて別の世界までもエイリアンの侵略を広げることでしょう。それがパラサイト・クイーンとしての本能です」

「だったら、どうして……!」

「誘い出すためですよ。転校生になる権利は彼女にとってどうしても見逃せない餌だった、故に彼女は彼女を殺害しうる者が集うこの殺人鬼ランキングへと自ら身を投じることとなった」

 モニターから視線を外し、鏡助は真剣な表情をハツの方へと向けた。

「これも全ては、あなたにとっても『かけがえのない友人』である――山乃端一人を救うため」




 * * *




 金髪の美少女。

 金髪の美少女。

 まるで鏡合わせのような二人の美少女が、明確な殺意を持って肉薄する。

「オオォォォ!」

 側転蹴り。
 姿勢を低くして上半身を軸に腰から下全てを使って半月を描く豪快な蹴りは、格闘でありながら武器術並の射程を叩き出す。

 果たしてその蹴りは、無防備なもう一人の美少女の脇腹へと突き刺さり、その衝撃に数歩たたらを踏む。

 それだけだ。蹴られた美少女はダメージをまるで気にすることなく、手に持った金槌を蹴りを放った足へと振り下ろした。

「ガァァァァァ!?」

 悶絶し、床を転がる美少女。それを見下ろしながら美少女――アリスは、満足げに言う。

「やはり美少女の悲鳴は美しい。だが安心しろ、お前は美少女だから怪我なんてするはずがない」

 そう言いながら床を転がる美少女――振入尖々だったモノに、躊躇なく金槌による追撃を振り下ろした。

「ぐっ……!」

 身を捻り寸ででそれを回避する尖々。勢いのまま金槌を蹴りで弾き飛ばすと立ち上がり、アリスの顔面に掌打を放つ。
 アリスは避けない。鋭い一撃は容赦なくアリスの鼻を砕いた――はずなのに。

「美少女が鼻血なんで出すわけないだろう」

 何事もなかったようにその手を掴むと、アリスは懐から取り出したペンチで尖々の指をあらぬ方向へと捻じ曲げた。

「がっ!?」

 治る。即座に捻じ曲げる。また治る。再度捻じ曲げる。

「ぎっ、ぎぎっ、アァ!?」

 反対の手も使い必死に手の拘束を振り解く。

 その瞬間、ペンチは尖々の手から口へと伸びて。


 容赦なく、その前歯を圧し折った。

「ギャアァァァァァァァァ!?」

 両手で口を押さえてフラフラと後退る。――その頃にはとっくに歯は完治していた。

「脇腹を打たれようと、指を折られようと、鼻が砕かれようと、歯を抜かれようと――美少女なら平気だ。美少女は無敵だ」

 楽し気に語るアリスを、尖々は肩で息をしながら睨み付ける。


 アリスの魔人能力を受けた尖々はその見た目がアリスとほぼ同じ姿になっていた。
 あえて言うなら服装がベージュ系の甘ロリなのが違いだろうか。

 ――そう、服装も変えられている。
 肉体は勿論着ていた服すらも変化させられ、“スパイダーマン”のトレードマークたるヒョウ柄のレインコートも、その下に隠し持っていた鉤縄も全て失われていた。

(再生能力はおそらく美少女化に付随する効果。互いに掛けられているから互いに無敵化しているのか)

 今の尖々の武器は体術のみ。それもまともに通用せず、逆に敵からの攻撃も実質ノーダメージだ。

 あの激痛の数々を除けば、だが。

「っ!」

 駆け出す。
 尖々は先ほど蹴って弾いた金槌を拾うと、反転してアリスへと突撃する。

「良い目だ。美少女の強い意志を持った目はやはり美しい」

 うっとりとした様子で呟くアリスに、尖々は先ほどの意趣返しとばかりに口元へ向けて金槌を一閃する。
 だがその一撃は無造作に出された腕によって防がれた。腕の骨が砕ける鈍い音が響くが、アリスはそれをまるで気にした様子はない。

 アリスはそのまま尖々の身体へと抱き着いた。武器を持っていなかったせいか反応が遅れた。もつれるように押し倒される。

「こ、この……カッ!?」

 マウントを取られた状態から何とか抵抗しようとして、尖々の口にアリスの左手が突っ込まれた。
 尖々は見た。自身に馬乗りになっているアリスの右手に、薬瓶が握られていることに。

「濃硫酸だ。地獄の苦しみを味わうといい」

 左手によって無理やりこじ開けられた口に、瓶の中身が流し込まれた。


「――――――――!?!?!?!?!?!?!?」


 口が、喉が、気道が、気管が、肺が。
 硫酸によって焼け爛れていく。

 本来硫酸は蒸気を吸い込んだだけでも命に関わる毒物なのだ。それを直接流し込まれた苦しみはまさに地獄と呼ぶに相応しい。
 薬物は尖々の体内を容赦なく破壊し、そしてすぐさま再生する。そして再生された肉体を、再び薬物が蹂躙していく。

 喉が焼かれ声が出せない尖々は、苦しみのあまり自身の喉と胸元を必死に掻き毟る。
 搔き毟られた皮膚と掻き毟った爪はズタズタになり、しかしそれもまたすぐに再生する。

「素晴らしい……! 濃硫酸を飲まされた美少女とは、このような姿なのか……!」

 立ち上がり、尖々を見下ろしながらアリスは恍惚の笑みを浮かべる。

「美しい! やはり美少女は不滅、美少女は完全! さぁ、もっと私に美少女の、もっと美しい姿を見せてくれ!」

「ア……ア……ァ。チ……ガ、ウ……」

 ――涙と涎でグチャグチャになりながら、尖々の口からそんな声が漏れた。

「オ、レ……ビショ……ジョ……チ、ガウ……」
「ほう? 美少女ではない、と」

 スッ、とアリスの視線が冷たくなる。
 『アリス・イン・ワンダーランド』による美少女の無敵性はアリスの「美少女とは不滅であり完全である」という歪んだ認識に依るものだ。
 もしも美少女本人の心が折れ、美少女であることを否定してしまったのなら――その無敵性もまた否定される。

「オレ……ハ、ビショウ……ジョ……ジャナ……イ」

(ああ、こいつもダメだったか。美少女は不滅なのに、誰も不滅であろうとしない。残念なことだ)

 内心で溜め息を吐き、せめてこの美少女の最期を見届けてやろうとアリスは尖々を見た。

「オレ……ハ……」



「―――“スパイダーマン”、ダ」



「……は?」

「ヒ、ヒ……ヒャ……ハ、ハー……ハッ……!」

 未だに苦しみは続いているはずなのに。

 顔は激痛による悶絶で染まり、涙と涎でグチャグチャになっているのに。


 その美少女(スパイダーマン)は、笑った。


「知ら、ないのか……? スパイダーマン、ってのはなぁ……狂ったように笑って……パフォーマンスのように、人を殺す……」

 生まれたたての小鹿のように手足を震わせながら、美少女(スパイダーマン)は、立ち上がった。

「そうそう……忘れちゃいけないのが、トレードマーク……ヒョウ柄のレインコートに、得物の鉤縄……」

 ゴホゴホと咳き込んで、乱暴に袖で顔をぬぐう。

 ぬぐった後に現れたのは、見るからに激痛を我慢している顔。

 ――地獄の苦しみで、それでも笑う地獄からの使者。

「サイッコーにクールな殺人鬼、それが――“スパイダーマン”なんだよォ! ハーハッハァ! ヒャハハハハハハ!!」

 レインコートをはためかせながら、尖々は自らの存在を証明するように高らかに笑った。


 ――レインコートをはためかせて?

「な、なんで……」

 アリスは後退った。
 『アリス・イン・ワンダーランド』は「生き物を美少女へと変える」能力。そして「美少女」とは即ちアリスが思い浮かべる理想の少女だ。
 服装を変えるのもその一環。美少女にヒョウ柄のレインコートや鉤縄は似合わない。だからそれらは取り上げて代わりにベージュ系の甘ロリファッションを与えたのだ。

 なのに。
 目の前の美少女は、ヒョウ柄のレインコートを着てその下から鉤縄を取り出している。

「なんで、そんな……!」

 理由は分かっている。
 「美少女」とはアリスが思い浮かべる理想の少女。


 ――この美少女にはヒョウ柄のレインコートと鉤縄がよく似合う。


 そう、アリスが心から思ってしまった。
 アリスが心からそう思ったなら、能力はその通りに発動する。

「美少女は不滅? 完全? よく分からねぇけどな……スパイダーマンだって、不滅で完全なんだぜェェェェェェ!!」

 これは即ちアリスの思い描く美少女像が、尖々の作り上げたスパイダーマンのキャラクター性に侵蝕されたということ。

「やめろ……やめろ、やめろ! 私の美少女を汚すな、私の美少女を否定するな! お前は、なんなんだ!?」

「だから言ってるだろぉ? オレは、スパイダーマンだ! ハーハッハァ!」

 ヒョウ柄のレインコートを着た美少女は笑いながら、目の前の美少女に向けて鉤縄を投擲した。




 * * *




「全くお行儀の悪いおじさんね。失礼しちゃうわ」
「失礼はそっちだクソガキ! 俺はおじさんじゃねぇんだよ! キールキルキルキル!」

 古代エンシェント博物館、キリキリ切腹丸と累絵空の戦いは一方的な物となっていた。

 切腹丸は博物館内を高速では駆け回り、死角から小刀を投擲する。
 知覚外から飛来する凶器をクウは避けることができず、それは一直線に首に突き刺さり。

「もう、ひどいじゃない」

 何も無かったかのように刺さった小刀を抜く。突き刺さったはずの喉にはかすり傷すら無い。
 そして興味を失ったように小刀はその場に放り捨てられ、床に落ちたそれはつまようじのように小さくなってしまった。

 先ほどからこれの繰り返しだ。切腹丸の攻撃は何一つ決定打にならず、下手にクウに近付こうものなら能力による死が予期される。

(クソッタレ! このメスガキをどうにかしないといけないってのに!)

 切腹丸の中にあるサムライセイバーの記憶が訴える。あの少女の肉体に融合しているエイリアン・パラサイトを撃ち抜く必要があると。

(確かにあの外宙躯助(エイリアンハンター)の資料にも似たようなことが書いてあったな。だけどよ)

 切腹丸及びサムライセイバーは詳細を知らないが、クウはエイリアンに寄生された母胎から生まれた。
 クウの本体はエイリアンであるが、クウの肉体はアリスによって変化させられた美少女(人間)だ。

 パラサイト・クイーンはクウの肉体の“変化前(内側)”にあり、事実上パラサイト・クイーンは物理的に存在していない。
 物理的に存在していないはずなのに、パラサイト・クイーンとして存在している。

 それは閉ざされた金庫を開けるための鍵が金庫の中に封じられているかのような矛盾。

(この怪物をKILLするためには―――)

 その時、切腹丸の耳にヒュンという音が聞こえた。
 視線を向ければ、それはクウが拳大の何かを投げた音。弧を描くように切腹丸へと飛んで来るそれは――

 空中でどんどんと膨らみ、大きな石像となって切腹丸へと落下してきた。

「でぇぇぇぇぇい!?」

 慌てて走って避けた背後で破砕音が鳴り響く。
 さらに続けて石碑、壺、土偶、などなど展示物が次々に飛来してくる。

(あのメスガキ、縮小した物を投げてから元に戻しているのか! そんなデタラメな戦い方があるかよ!)
「うふふ、鬼さんこーちら。捕まえてごらんなさい?」
「どっちが鬼だよ!」

 鬼の所業に悲鳴を上げつつ、切腹丸は破砕音の嵐を掻い潜る。

 ようやく嵐が収まって、切腹丸は物陰で荒い息を整えていた。

(こっちの攻撃は一切効かないのにあっちは好き勝手やりやがって……)

 切腹丸に勝機は無い。

 ただ一つを除いて。

「……」

 ビームセイバーを強く握りしめる。

(やれるのか? 俺に、そんなことが)


 ――ありがとう、おじさん
 ――キミのこと、忘れない。絶対に


 脳裏に思い返されるのは自分が裏切り、殺した少女の姿。

(バカなガキだ。俺が誰かを助けるわけないのに)


 ――誰かが……守らねばならないのだ……! この星を……! そこには……善も悪もない……!
 ――お前が……サムライになってこの星を救うのだ!! 切腹丸!!


 脳裏に思い返されるのは自分を信じ、未来を託した宿敵の姿。

(バカなヤツだ。俺が誰かを助けられるわけないのに)



「ああ――」



「バカは、俺だ」



「おじさん、おバカさんなの?」
「!?」

 突然、何も無いところから金髪少女が現れた。

「テメェ、どこっ……」

 そうだ、考えれば当然なことだ。
 物を縮小できるのなら、自分自身だって小さくできるはず――

「つーかまえ、たっ」

 おにごっこでもするように切腹丸の身体に気軽にタッチするクウ。

 『小さな小さな空の歌(クウ・リトルリトル)』、発動。

「―――!」

 切腹丸の視界が縮む。
 この能力は対象の大きさを「三秒で半分」のペースで縮小させ、能力者であるクウがオフにしない限り縮み続ける。

 つまりこの時点でもう切腹丸に逃れる術はない。

「――キールキルキル……」

 そして切腹丸に逃げる気はない。

「いいや、捕まえたのはこっちの方だぜメスガキ」

 一秒。

 ビームセイバーを構える。

 クウと一体化したパラサイト・クイーンは物理的に存在しない。
 物理的に存在にしないため斬ることができない。

 だが。

「俺の『スーパーカット大切断』は斬れると思った物なら何でも斬れる」

 二秒。

 切腹丸にパラサイト・クイーンは斬れない。
 クウの何を斬ればいいのかも分からない。

 それでも。

「俺が斬れなくても――俺の中にあるサムライセイバー(アイツ)なら斬れる!」

 三秒。

 切腹丸は呆然としているクウに向けて、いざ天命を果たさんと強く輝くビームセイバーを振り被った。

「『スーパーカットDie Set Done(大切断) with ヤギュウスタイル』!」


 キリキリ切腹丸が、累絵空へと肉薄する。

 サムライセイバーが、パラサイト・クイーンへと肉薄する。


 見えざるものを、触れえざるものを斬る、その奥義の名は。


「――《剣禅一如》!!」



 古代エンシェント博物館館内を、正義の光が満ち照らした。




 * * *




 『□□□』は夢を見ている。
 『□□□』はずっと、夢を見ている。

 テーブルにはお茶とお茶菓子。
 対面には大切な■■■。

 砂糖菓子のように甘くて、優しくて、蕩けるような気持ち。

 『□□□』たちの団欒。
 二人だけの、素敵なお茶会。 
 ねえ、■■■。
 『□□□』、とても幸せよ。

 『□□□』はずっと、こんな夢を見ている。
 『□□□』はずっと、夢を―――


「――《剣禅一如》!!」

 光が全てを焼き払った。

「アアァァァァァァァァァァァァァ!!」

 ■■■の叫びが聞こえる。
 ■■■の断末魔が響く。

 光。
 光。

 焼き付けるほどの強く輝く光。

「……あれ?」

 その光を見て、『□□□』はようやく気付いた。

「ここって、こんなに真っ暗だったのかしら」

 真っ暗はダメだ。怖くて泣いてしまう。

「太陽は、あったかくてあかるいお日様はどこ? ……あぁ、そういうこと」

 『□□□』は得心がいったように微笑んだ。

「この光が、太陽だったのね」




 光が収まった。

「……」

 光の中心地に居たクウは、呆然としたまま立ち尽くし、やがて力が抜けたようにその場にぺたりと座り込んだ。

「はぁー、ったく。またかよサムライセイバー、二日続けてこき使いやがって……」

 そして奥義を放った切腹丸もまたヒーローの力を使った代償、反動によって電池が切れたようにその場に崩れ落ちた。
 身体の縮小は止まっており、すぐに本来のサイズに戻った。どうやら能力は解除されたようだ。

「おじ、さん……?」
「だからおじさんじゃねぇって言ってんだろうが! KILLすんぞ!」

 文句を言いながらも切腹丸はクウの表情を見る。
 憑き物が落ちたとはこのことだろうか。先ほどまで見て取れた無邪気ながらもどこか邪悪なものを宿すような瞳は鳴りを潜め、ただ純粋な少女のものへと変わっている。

 クウの中に在ったパラサイト・クイーンは完全に消滅した。
 女王個体が滅びた以上、エイリアン・パラサイトの問題も直に解決することだろう。

 エイリアンの受精卵であった本体からエイリアンを切除した今、累絵空は果たして何者なのだろうか。今こうして人として生きているのは不自然ではないか?
 あるいは理屈で考えるとおかしいのだろう。だがこれは正義の心を持つ者が少女を救わんと力を振るった結果だ。何もおかしなことはない。

「キールキルキルキル! 見たかサムライセイバー! お前ができなかったことを、この俺が成し遂げてやったぞ! これでお前が下で俺が上だ、分かったか!」
「おじさん、誰に言ってるの? お友達? 私にもアリスっていうかわいいお友達がいてね」
「かわいそうな人扱いするんじゃねぇ!」

 斯くして戦いはこれで終わった。

 パラサイト・クイーンから解き放たれたクウは転校生を必要とする理由も、誰かを殺すこともない。
 切腹丸もまた彼女をわざわざ手に掛ける意味はない。

 故に。


「―――逃げろ、クウ!!!」

 アリスの絶叫と。

「……あら?」

 クウの身体に鉤爪が突き刺さるのは同時だった。


 斯くして戦いはこれで終わった。

 故に、ここからは。

「ヒャァァァァ―――ハーハッハァ!」

 スパイダーマンによる、一方的な殺戮である。


 ヒョウ柄のレインコートを着た美少女が、鉤縄を振り回す。
 鉤爪が突き刺さったクウの身体は、それに従い振り回されて。

「ギャァ!」

 グチャリ

 博物館の展示品に叩き付けられ、潰れる。
 そして再生。

 再び振り回す、叩き付けられ、潰れて再生。
 再び振り回す、叩き付けられ、潰れて再生。

「や、やめろ、やめてくれ! クウを離してくれ!」
「おい蜘蛛男、テメェ何してやがる!」
「何、だって? 決まってるだろ、ショータイムだよ!」

 咎める切腹丸に向けて、尖々は人間ハンマーと化したクウ付き鉤縄を振り下ろす。
 慌ててバックステップで回避する切腹丸の眼前で。

「ヒ、ギィ!」

 クウの身体が床に叩き付けられ、いくつかの骨が折れる音と共に首があらぬ方向へ曲がった。
 だがそれでも、美少女の身体は何度でも再生する。

「ヒヒヒ、潰れちまいな怪人!」

 尖々はクウ付き鉤縄を何度も振り下ろし切腹丸を追い詰める。
 先の一戦によるダメージが残る切腹丸は十全な性能を発揮することができない。

(クソッ、俺はまた助けた奴を見殺しにするのか!? あの電車忍者(クソガキ)を裏切って、この累絵空(メスガキ)まで裏切るのか!?)

「ヒャァァァァァァッハァァァァァァ!」

 尖々は、今度は両手を使ってハンマー投げの要領でクウを振り回し、勢いを付けて切腹丸に向けて投げ付けた。

「迷ってる暇は無ぇ……来いよ、メスガキ!」

 切腹丸は、しかしそれを回避するのではなくあえて仁王立ちのまま両手を広げて待ち構える。

 衝突。

「う、ぐ、おおおぉぉぉぉぉぉ! KILLING YOU!」

 インパクトの瞬間にバックステップ。衝撃を殺しながら受け止める。

「ちったぁ我慢しろよ!」

 そしてクウの身体に突き刺さっていた鉤爪を一気に引っこ抜いて投げ捨てた。
 その際に肉が一部削げてクウから悲鳴が上がったが、すぐに再生して元に戻った。

「はぁ、はぁ……どうだ、やってやったぜ……」
「おいおいダメだろ、大事なモン捨てちゃ」

 ブスリ

 クウの胸から光が生えた。
 彼女を抱き留めるために放り投げたビームセイバーの光刃だ。

「蜘蛛……テメ……」

 吐血。
 切腹丸はクウの肉体を貫通して自らの心臓へと突き刺さる光刃を見た。


(投げ飛ばしたメスガキの身体を目隠しにして接近。俺が落としたビームセイバーを拾ってメスガキの身体ごと俺を刺したのか……殺しが上手ぇ奴だ)


「ヒヒヒ……あばよキリキリ切腹丸。悪くない戦いだったぜ」

「ああ、クソ……慣れないヒーローごっこなんてするもんじゃねぇな……」

 ――負けたのはテメェのせいだぞ、サムライセイバー。


 間違いなく世界を救った一人のヴィランは、あるいはヒーローとしてこの地に果てた。



「あ、なんだ光の剣。もう使えないのか、流石に充電切れじゃないだろうし」

 持ち主が死に、柄だけとなったビームセイバーを尖々は放り捨てる。

「さてと、残りは女二人か」

 言いながら、その片割れを見下ろす。
 クウは傷一つない姿のままだが、疲弊しきったように床に倒れている。

「例によってこいつも能力で不死身化してるのか。どうやって殺すか……というかこいつら殺したらオレの身体も元に戻ってくれるよな?」

 そんな風に考えている尖々の背後から――

 ブロロロロロロ……と、エンジンの轟音が鳴り響いた。

「なぁスパイダーマン。お前、デッドプールって映画知ってるか? 続編の方な」

 その音に振り返ろうとしたところで、ガッチリと肩を掴まれた。

 アリスだ。

「なんっ……」
「その映画にこんなシーンがあるんだ。空からカッコよく降下したら、降りた先に偶然あったコレ(・・)に巻き込まれてグチャグチャになって死んじまうっていうグロいギャグシーンなんだが」

 アリスの能力には『相手を不死身にする』という側面がある。
 言ってみれば敵を強化してしまうデメリットがあるということだ。

 当然、その対策はしてある。
 アリスによって美少女化した生物は不死身であるが、その心が折れてしまうほどの激痛に晒されれば死ぬ。死なざるを得ない。

 故に彼女たちは『心が折れてしまうほどの激痛を与える手段』をクウの能力によって小型化し、ポーチに入れて持ち歩いているのだ。

 例えばそう。

「そういうわけだ。じゃ、お前もそう(・・)なってしまえ」


 回転するローラーと無数の刃で木材を粉々に破壊する。

 その機械を『木材粉砕機』という。巻き込まれて死亡する事故も発生している、便利だが危険な装置である。


 アリスはその投入口に尖々を突き飛ばした。



「――――――――!?!?!?!?!?!?!?」



 けたたましい音と共に尖々の肉体が潰されていく。
 丸太ですら容易く押し潰し解体するのだ。ただの美少女の肉体しか持たない今の尖々が秒と耐えられるはずがない。

 そして彼の身体はこの粉砕機の中で何度も再生しては粉砕され続ける。

「先ほどの硫酸が天国に思えるほどの激痛だろうね。……これは美少女の姿も見えず悲鳴も聞こえなくて面白くないから使ってなかったけど、そんなことを言っている場合じゃないから」

「アリス!」

 尖々の最期を見届けたアリスの下へクウが駆け寄る。そしてそのままアリスへと抱き着いた。

「クウ、大丈夫だったかい?」
「うん……アリス、あのね。私……」
「いいんだ。帰ってお茶でもしながら、ゆっくり話そう」

 アリスはクウの背中をやさしくポンポンとさする。
 どうやらクウの中で大きな何かがあったらしい。

 アリスは累絵空を産み出したモノとしてずっと彼女と共にあった。
 彼女の望むままに導いてきた。その在り様がこれから変わるのかもしれない。




 二人の身体を鉤縄が囲った。

「……え?」
「……は?」

 ロープは二人を簀巻きにするようにグルグルを周り、そして鉤爪がしっかりとアリスの背中に突き刺さった。

「ガァッ!」
「アリス!?」


「ヒ、ヒ、ヒ……」


 反射的に二人は声の方へ振り返った。

 二人と同じ顔をした、ヒョウ柄のレインコートを着た殺人鬼が立っていた。


「バカ、な――粉砕機の、あの激痛の中で……どうして心が折れてない……どうして生きている……!?」


 アリスの口から恐怖に満ちた言葉が漏れる。
 だが同時に彼女はその疑問の答えを知っていた。


 つい先ほど理不尽を覆した『オレはスパイダーマンだからだ』という理不尽を。


「そうかァ……お前ら、この中に放り込んだら、死ぬんだなァ……?」

 ニヤリ、と殺人鬼は笑う。手元のロープをしっかりと握りしめ。


「や、やめ―――」


 尖々は全力でロープを引っ張った。
 二人の美少女は拘束されたまま、木材粉砕機の投入口へと放り込まれ―――


 ―――

 ―――――

 ――――――――――――――――――――

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 こうして

 愛し合う親子は

 最期までずっと

 肉片になるまでずーっと

 仲良く仲良く一緒だったとさ



 めでたしめでたし
最終更新:2024年06月16日 21:25