OK、それではもう一度説明しよう。
 私、有栖英二(アリスエイジ)は殺人鬼のような者(・・・・・)だ。
 ……怪訝な顔をしたくなるのは分かるが、事実だよ。なに、種を明かすならそれほど複雑ではない。

 私の『アリス・イン・ワンダーランド』で美少女となった者は不滅だ。つまり何をしても死なないという事になる。
 適当に(さら)ってきた相手を美少女にして、例えばナイフでめった刺しにしたり、熱したフライパンを押し付けてみたり、バラ鞭で幾度も叩いてみたりしても、決して死なない。
 そうした時に美少女から奏でられる悲鳴が私は大好きでね。恥ずかしながら少々の性的興奮をも感じながら、悲鳴を奏でさせていたものだ。
 とはいえ、それも永遠には続かない。外見が美少女で不滅でも、心の方はいずれ限界が来る。そして、あるところでポキリと折れて、悲鳴も上げなくなる。
 そうなってはもう用はない。『アリス・イン・ワンダーランド』を解除し、適当にお帰りいただくわけだ。
 まあ、心の壊れた彼ら彼女らが無事に帰れたかどうかは知らないけどね。

 ……ははは、それはそうだ。確かに、私は美少女にした相手の心は殺している(・・・・・・・)よ。
 物理的に(・・・・)殺してはいなかったから、堂々と殺人鬼と名乗るのが気が引ける、という程度のことだ。
 ひょっとしたら、NOVAの殺人鬼ランキングのどこか下の方には私も載っていたかもしれない。調べたことはないが。

 さて、前置きが長くなったね。
 そんな有栖英二が何故、ミッシングギガント――累絵空(ルイエクウ)の相方として彼女のポシェットに収まることになったのか。
 君が聞きたいのはそれだろう。
 そして、累絵空と呼ばれるあれ(・・)が一体何なのか、それも聞きたいのだろう。

 ――正直、この続きを聞くのはあまりお勧めはしない。
 私が君にこの話をするのは確か19回目だが、過去18回この話を聞いた君は、結局それを忘れることを選んだ。
 忘れるにはそれなりに理由があるのだろう。それでも聞きたいと?

 ……。

 分かった。では続けよう。
 心を強く持ちたまえ、アリス(・・・)
 これは累絵空の話だが――同時に君の話でもあるのだからね。


 * * *


 池袋、古代オリエント大博物館。
 サンシャインシティの一角に位置する、日本でもなかなか類を見ないビル一棟まるごとを使った博物館である。
 地上7階建ての建物のうち、バスターミナルとなっている1階以外の全ての階に展示スペースが設けられており、その圧倒的なボリュームは熟練者が丸一日かけても回り切れないほどだ。
 各階ごとにテーマが分けられた展示には、それぞれ特色豊かな、かつ貴重な収蔵品が所狭しと飾られている。古代史ファンなら垂涎物の一大テーマパークなのである。

 そんな大博物館の入り口、2階に設置されている券売機で、小中学生用チケット(200円)を購入しようとしている一人の少女がいた。

「アリスの分も買った方がいいかしら?」
『いらないよ、話がややこしくなる』
「そう? ならクウの分だけね」

 黄色を基調としたロリータファッションに身を包んだ、一見小学生ほどに見える少女。
 手にしたスマートフォン越しに誰かと会話を交わしながら、券売機に100円玉を1枚、2枚と投入する。
 ランプが点灯したボタンを押して待つこと1秒、発券されたチケットを手にし、たたたと入口に駆けていく。

「お客様、場内では走らないでください! それからスマートフォンでの通話もご遠慮願います」
「あっ、ごめんなさーい!」

 ぺこり、頭を下げて謝って、スマホをポシェットにしまいながらすたすたと入口を通り過ぎる。
 注意してくれたチケットもぎりのお姉さんに笑顔を投げかけるのも忘れずに。
 そのまま、少女は2階の展示スペースに向けて一歩を踏み出し、


 横合いから飛んできた鎖分銅を側頭部にもろに喰らい、吹き飛ばされた。


「ハーハッハー! ハッハッハー!」

 大仰な笑い声が響く。鎖分銅が飛んできた方向には、室内にもかかわらずヒョウ柄のレインコートを着込んだ男。彼が笑い声をあげていた。
 その姿を、そして吹き飛ばされた少女を目撃した人々は口々に悲鳴を上げ、逃げ出していく。

「す、スパイダーマンだ! 逃げろ、殺されるぞ!」
「ハッハー! そうだぜ、オレがスパイダーマンだ! 覚えてくれてありがと、よぉ!」

 思わず彼の名前を呼んでしまった哀れな通りすがりの男は、次の瞬間スパイダーマン――振入尖々(フレイルトゲトゲ)の放ったフック付きロープに絡めとられた。
 そして、先ほどの一撃で吹き飛び、今は地面に倒れ伏す少女に向けて、からめとった男を叩きつけた。
 ぐしゃり、と水気を含んだ破壊音が響く。尖々にとってはもはや聞きなじんだ、人間の潰れる音。
 ロープを伝わる感触から、潰れたのはロープに絡んだ男だけでなく少女も同様のはずだ、と尖々には当たりが付いた。
 だから。

「ん、もぉ~」
「……は?」

 場違いな少女の声が響き、次いで、男性の下敷きになった少女の手がにゅっと伸びてロープをつかんだのを見たとき。
 尖々は、思わず(ほう)けた声を上げてしまったのだ。

「何するのっ!!」

 怒ったような少女の声。ついで、手元のロープが強く引かれる感触。
 反射的にロープを手放す選択を取ることができたのは、尖々にとって僥倖だったろう。
 そうでなければ、最悪縮まっていく(・・・・・・)ロープに引きずられ体勢が崩れる、そうでなくとも少女との距離を近づけられてしまっただろうから。

「ハッハァ! これで生きてるたぁ驚きだぜ『ミッシングギガント』! だがそうでなきゃなあ!」
「……『ミッシングギガント』? 誰それ。クウは累絵空って名前があるのだけど」

 ゆっくりと体を起こしながら、首を傾げる少女。その手に握られたロープは、ぐんぐんとその長さと太さを縮めていく。ロープに絡めとられていた哀れな男の死体が、縮んだロープに締め上げられるようにして圧壊した。

「とぼけたって無駄だぜ。NOVAにはバッチリ情報が載ってるし、何よりこれで生きてるお前は只者じゃねえ。お前を殺せれば、オレの名前もまた上がるってもんだ!」
「もー、話が通じなーい!」

 尖々の言葉に、累絵空と名乗った少女は憤慨しながら立ち上がる。
 その身体と衣装は血に塗れている。が、しかし。

(なんてこった)

 尖々は少女を素早く観察し、驚嘆する。

(あれは全部ぶつけたおっさんの血(・・・・・・・・・・)だ――あいつ本人は欠片も傷ついてねえ(・・・・・・・・・)!)
(どういうことだ? 防御、あるいは再生する魔人能力? だが、あいつ本人の能力は恐らく今見せた『縮小』の能力のはず……二つの能力? あり得るのか、そんなことが?)

 尖々が思考を巡らせる間に、少女はじぃと尖々を睨みつけ――ぷい、と身を翻した。

「クウはおじさんに構ってる暇はないの。大事な探し物があるんだから。失礼するわ!」
「……ハァ?」

 尖々が一瞬呆気にとられた隙に、少女はたたたと駆けて行き、展示物の陰を曲がって尖々の視界から姿を消す。
 コンマ数秒の間。

「……待てぇ! 失礼するんじゃねえ! あと誰がおじさんだぁ!!」

 尖々も慌てて走り出し、少女を追う。
 命がけの追いかけっこが、始まった。


 * * *


 もう、一年ほど前の話になるかな。
 私、有栖英二は、都内で美容整形のクリニックを開いていたことがある。
 ああ、もちろん表向きには魔人能力を使った施術はなしだがね。裏で必要とする顧客には、大枚を叩かせて能力を使ってやっていたよ。
 なにしろ、老いも病もない、永遠の美少女だからね。求める客は多かったとも。
 私に言わせれば、そんな実利を当てにして美少女になろうとするなど噴飯ものではあるのだが――それを黙っている程度の料金はいただいていたからね。

 ともかく、私の美容整形クリニックは繁盛した。表向きも、裏向きも。
 繁盛するという事は、評判が広まるという事だ。人の口には戸は建てられない。どんどん評判、噂は広まっていく。
 ――どこで聞きつけたのだろうね、まったく。
 あれ(・・)がうちのクリニックにやってきたのは、ちょうど一年前。
 ここ最近のように、雨が続いていた頃のことだった。

 * * *

(累絵空と尖々のチェイスのさなか、突然の乱入。それは赤黒い触手の化け物の大群だった)
(ポシェットの中でアリスが恐慌状態に陥る中、空と尖々はそれぞれに化け物を撃退する)
(さらに乱入者。それはキリキリ切腹丸だった。化け物をエイリアン・パラサイトと呼んだ切腹丸は、

 * * *


 その日、クリニックの閉店時間を少し過ぎたころ、私はクリニックの事務作業を進めていた。
 何しろ半分は表ざたにできない仕事だからね。クリニックのスタッフは私以外誰もいないんだ。必然、細かな事務作業も私がやる。
 その日も、そんな作業に没頭していた――その時。
 私の背後で、ぱしゃん、と水に濡れた物が落ちるような音がしたんだ。
 雨漏りでもしたのかとすぐに振り向いたよ。それがいけなかった。
 あれ(・・)がだんだんと大きくなっていく様を、つぶさに見ることになってしまったからね。

 アリス、ちょうどさっき、君はあれに似た物を目撃しているはずだ。
 そう……あの忍者が『エイリアン・パラサイト』と呼んだ、赤黒い触手の集合体。
 それによく似た物が、私の目の前にいたんだ。しかも、どんどん大きくなっていく。
 最初は十数センチだったそれが、きっかり3秒ごとに2倍の大きさになっていくんだ。

 やがて、全長150センチほどになったそれは膨張を止めると、口を開いた。いや、物理的な意味での口はまだなかったから、言葉を発した、と言った方がいいか。
 それは聞くに堪えない異音だったが、恐ろしい事に、私にはその意味が分かった。分かってしまった。

 それは、自身に対して、私の能力を使えと。私の『アリス・イン・ワンダーランド』を使って、自身を美少女にしろと。
 そう、言っていたんだ。


 * * *
 * * *


 もちろんすぐに従ったよ。
 ああ、その赤黒い触手の塊に、私は『アリス・イン・ワンダーランド』を使用した。
 一応、以前試したことはあったんだ。『アリス・イン・ワンダーランド』は人間でない生物にも等しく作用する。それは実験済みだった。
 ただし、外見は美少女にできても知性は別だ。犬が変じた美少女は、意味のある言語は話せないし、理解もできない。
 だから、意味のある言葉をしゃべったあれは……あの触手の化け物は、人間並みの知性を持っていたのだろう。


 * * *

(未完)
(ごめんなさい!)
最終更新:2024年06月16日 22:03