「・・・、とこの様に遺伝病であり治療困難であった難病、○×△症候群の患者の容態は本魔人の方、、、協力して頂いた方の希望によりお名前等の詳細は伏せますが、この方の細胞抽出液を患部に注入することにより、かなり改善傾向にあります。この方の能力は全身を硬化させるものであり、○×△症候群により弱体化した患者の細胞を硬化させることができたことで・・・・。」
山中の発表は続く。その魔人の細胞抽出液がその能力に応じて様々な病気に対し効果があるという研究成果は世間に一大センセーショナルを湧き起こした。
「現在、他の○×△症候群の患者への効果を確認するべく、この提供頂いた細胞培養を進めているところとなります。」
医学会の会場には大きな拍手が鳴り響く。これで山中が見出した難病の治療法は20件を超える。ここ数年の成果でありかなり異例の実績。初期に発表された治療法に用いる魔人細胞は製薬会社にて培養が委託され一部の病院で治験が始まっている状況である。
山中の研究成果は医学会のみならず一般人にも注目され、今回の発表もワイドショーで取り上げられ、YouTubeなどの動画サイトでも生中継されていた。
「先生、お疲れ様でした。」
助手の畑中が舞台から降りてきた山中にペットボトルのお茶を差し出す。
「ははは・・、やはり僕は人前で話すことは苦手みたいだ。何回やっても緊張するよ。研究に没頭する方が性に合ってる。」
頭を掻きながら、山中は苦笑する。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、何点がご連絡とご相談が・・・。」
「僕は大丈夫さ、何だい?」
「一つ目は報道機関の取材依頼です。ただ全て処理するのは不可能なほど来ています。」
助手は依頼があったマスコミ一覧を提示する。山中はザッとそのリストに目を通した。
「ああ、それの選定は任せるよ。いつも通り政治的な思想が左に偏ってる方が良いかな。人権とか平和とか言ってるとこね。」
「嫌われてる魔人の保護活動のためですね。」
「そう、表向きはその立場を貫かないとね。それで二つ目は?」
「民自党の副幹事長から折り返し電話が欲しいとのことです。」
*
「それでは本日のゲストは山中伸彦先生です!!」
とある報道番組内でキャスターが山中を紹介する。
「ご存知の通り山中先生は魔人の細胞を使うという画期的な治療法を発見され、既に20種類以上の治療困難であった難病を治した実績をお持ちであります。ノーベル賞の最有力候補として・・・」
*
民自党事務所にて二人の政治家がニュースを見ている。毎日のように山中はどこかの番組に出演しており、顔を見ない日はない。
「副幹事長、山中先生は今日新たな難病治療の解決法を発表されたそうですな。」
副幹事長の嘉藤はその言葉には答えず、テレビに映る山中をじっと見ていた。もう一人の政治家は気にせず話を続ける。
「山中先生の功績は非常に大きい。これは党派関係なく言えます。私も彼を応援したい。・・・ですが、、、」
ふぅーっと溜息をつき、彼は言葉を区切る。
テレビ内で山中は、魔人の協力無しにこの成果は為し得なかったこと。確かに魔人による事件は起きているが、多くの魔人は良き隣人であること。 魔人に対する偏見を無くす努力を多くの人にお願いしたいことを訴えていた。
「ですが、、、我々が推し進めてる魔人の規制法案には逆風ですな。」
嘉藤はようやくテレビから目を離す。その顔は嗤っていた。
無言のまま席を立ち、自分の鞄から書類を取り出し、彼に投げ渡した。
「これは??」
目を通すと国会議員、県議会議員など政治家の名前が羅列されている。所属している党は関係なく、与党である民自党議員もいれば、野党に所属している議員も、無所属の議員もいた。
「それは山中くんが作ったリストだよ。彼らを政治的に追い落とすことが我々の仕事だ。」
「どういうことです?」
「山中くんは我々の仲間なのさ。彼には本心を隠して演じてもらっている、敵を炙り出すためにね。一応人権を持ってるヤツらに規制をかけようとしているんだ。党派関係なく邪魔してくる者はいる。問題はそいつらが立ち位置を表明してくれないから、敵が分からないとこだよ。」
分かるだろ?という意味を込めて、眉を上げてみせる。
「山中くんにわざわざ会いに行って、魔人の社会的地位向上や人権について言及してきたのがそいつらだ。」
「な、なるほど・・」
「君にこれを明かしたのは仕事を与えるためだ。でっち上げのスキャンダルでも何でも良い、手段は問わない。そいつらの政治生命を終わらせろ。」
*
“プルルルル、プルルルル・・・・”
「はい、もしもし山中です。」
「久しぶりだな、私だよ。学会発表お疲れ様だったね。」
「おお、嘉藤さんですか。電話してきたってことはアレですか?」
「そうだ、NOVAから連絡があった。現状殺っても問題ない、万が一通報されても警視庁が握り潰せる案件だ。」
山中の顔から笑みが零れる。
「対象は?」
「別途メールで送る。警視庁が把握してる資料とともにな。対象の誘導なども警視庁の捜査官が協力してくれるだろう。希望があるなら伝えておこう。」
「分かりました。詳細情報見てから連絡しましょう。」
「なあ、山中くん。やはり君が最前線で実行するのか?部下にやらせても良いだろう?協力してくれる警察官にやらせても良い。もう危険を伴うことをやる立場ではないのは分かってるはずだ。」
少し間をあけて、電話相手は返答してきた。
「ふふふ・・。何度も言ってる通り、申し訳ないがこれは私の趣味なんですよ。この世の中に、人間社会に蔓延っている害獣を私の手によって駆除できる。その喜びに勝るものはないのです。悪いですが他の誰かに譲る訳にはいきませんよ。」
“はははは・・・!!”と笑い声が聞こえくる。
嘉藤は諦めたように溜息をつくと、「何がなんでも死ぬなよ。」と言って電話を切った。
*
霧永道雄は夜の池袋西口公園を歩いている。
以前、池袋ウエストゲートパークという小説やドラマで有名となった公園だ。当時はチーマーがたむろしていたり、昼間から酔っ払いが寝ていたりと小説内の雰囲気そのままであったが、今ではステージやオブジェが小綺麗に整備され、週末は何かしらの大きなイベントが開催されるなど環境はガラリと変わっている。昼間は。
一方で夜の公園の雰囲気は以前と変わらない。売春をしている立ちんぼと呼ばれる女性もいるし、半グレになり損ねた行き場のない若者も、家出中の少年少女も、それら若者達に声をかけている酔っ払いもいた。
子供の頃から何度もこの街に来ているが、ずっと変わらないなと霧永は思った。今夜のターゲットを探す。ベンチに座っている大学生らしきカップルが目に入った。これからラブホにでも行くのだろう、街灯の下のベンチに座り夢中になってキスをしているカップルだ。
霧永の性癖は寝取りに分類されるのだろう。愛し合ってる男女の彼氏をその彼女の目の前で動けなくなるまで暴行し、その場で彼女をレイプしながら絞め殺す。そして、射精した後に絶望している男も殺して初めて欲望は満たされる。
この欲求を解消するために自分の能力は便利だった。彼の能力『カメレオンフォグ』は周囲5mほどに霧を展開し、その霧に触れた生物を中に隔離する。外の触れていない生物からはその部分は生物は存在しないかのように見え、内部は見えず音も聞こえない。もちろん解除するまで生物は霧の中に立ち入ることもできない。あのカップルを巻き込みながら能力を発動させることで、その場で犯したり殺したたりしたとしても誰にも気付かれないのだ。
霧永はベンチの裏までそっと近づいていった。ターゲットとなるカップルはまだ気付いてない。彼女の頬に手を添えて、「可愛い」と彼氏が囁いていたりしている。これから起きることを想像し大きく膨らんだ陰茎の位置を直し、口を歪ませる。思わず溢れてくる唾液を啜り、一応左右の状況を見た上で能力を発動させる。目の前のカップル以外に対象となる人物がいないことを確認した・・・はずだった。
白く周囲を濁らせる霧を展開していく、カップル以外の他の人間を巻き込まないかもう一度周囲を見るが大丈夫そうだ。もう一度カップルの方に向くと、この二人は霧永を見て嗤っていた。
「やっと俺たちの幼なじみを殺したやつに出会えた。さすがですね、ドクター。」
嵌められた。霧永が思わず一歩下がると、肩に手をポンッと置かれた。
背中に冷たい汗が流れる。コイツらは自分に恨みがあり、更に囲まれている状況だ。目の前の2人と背後の1人(?)がどのような能力を持っているかも分からない。霧永は瞬間的に頭を回転させる。前の2人とは2m以上距離があり、ベンチを超えて近づいてくる様子はない。能力を発動させるでもなくジッと睨んでくるだけ、すぐに対処する必要性はないと判断する。問題は背後の人物だ。魔人同士の戦いで体を接触させるという行為は相当近接戦闘に自信がないとできない。もしくは、触れることが能力の発動条件であることも考えられる。
肩に置かれてる手を払い除け、横っ跳びで回避する。横目での確認で背後にはいたのは1人だけであった。白衣を着て、仮面を被っている。あれ、左手を抑えている?手を払い除けただけで怪我をした?もしかしたら弱いかも・・・そんな考えが頭に浮かぶが、すぐに油断したらいけないと首を振る。
ドクターと呼ばれた男は白衣の内ポケットから小型のナイフのような刃物を取り出す、あれはメスってやつか?ドクターと呼ばれているから医者なのかもしれない。そんなことを考えている隙にドクターがメスを刺しにくる。魔人にしては動きが緩慢で、余裕をもって避けれるスピードだ。あれれ?もしかして?
霧永は向かってくるドクターと呼ばれる男を軽く、本当に力を入れずに押し返す。男はたったそれだけで数mは吹き飛び、木に激突していった。ガードした左手腕は折れたようで、プラプラと垂れ下がっている。
「ははは、なんだよ。魔人ではなくただの人間の雑魚か。驚かせやがって。」
襲って犯そうとしたカップルをチラッと見る。逃げずにハラハラと事の成り行きを見守っている。このドクターとかいうただの人間のオッサンに頼ってるくらいだ、アイツらも魔人ではなく人間だろう。それなら計画に変更無しだ。
木にもたれ掛かり肩で息をしている男を先ずは仕留めよう。それからゆっくりカップルを絶望させてやるのだ。どうせコイツらは能力を解除しないと出られない。
霧永は白衣の男に近づいていく。男は足元の石を拾って投げ付けてくるが、余裕をもって避ける。別に人間の力で投げた石に当たってもダメージはない。思わず避けてしまったことに心の中で苦笑しながら、ゆっくりと男を追い詰めていく。後ずさりしている様子を見ると本当に策はないようだ。人間の分際で魔人に挑もうなんて馬鹿なやつだ。
霧で出来た壁を男は手で押している。もう後ろに下がることはできない。もう終わりだ。一発殴るだけで人間の頭ははじけ飛ぶ。
「なるほど、この霧が通さないのは生物だけか。さっき投げた石は通り抜けたしな。」
霧永が拳を振り上げているにも関わらず、この男の態度は冷静だった。
「残念だが・・・、その拳は私には届かない。遮ることができるのは光と音だけなんだろ?さて、もう終わりだ、害獣。」
「うるせえぞ、雑魚が!」
黙らせるために拳を叩き込む。・・・が、その前に霧永の肩が爆発した。それも一度ではなく三度も。
*
「プロの腕前は凄いものだな。」
肩を撃たれ蹲っている霧永に注射器で睡眠薬を注入しながら、山中は呟いた。
霧永の肩に手を置いたとき、発信器を取り付けたのだ。警察が保有する捜査記録の中に霧の中から被害者が通話していた記録があった。つまり、電波は霧の結界内を通過できるということ。生物以外のモノも通過出来ることも予め分かっていた。
発信器からの電波のみを頼りに狙撃できるか?警視庁のSATに所属しているスナイパーに聞くと問題ないとのこと。結果は御覧の通り三発とも命中している。
山中がやったことは協力者のカップルに流れ弾が当たらないよう霧永とカップルがなるべく離したこと、そして狙撃しやすい位置になるように誘導しただけだった。
「これで俺たちの友達も浮かばれます。ありがとうございました。」
「いや、私は何もやってないさ。」
そう霧永の情報を収集したのも、ここに霧永が出没し殺人を行うという情報を掴んだのも、とどめとなる狙撃をしたのも他人である。自分は少し霧永を狙撃しやすい位置に誘導しただけ。魔人を害悪だと思う、心底魔人に恨みを持ってる人たちが協力者としているからこそ、この害獣を始末できたのだ。仲間と協力して自分たちより強い個体を狩る。とても人間らしいと山中思っている。
「それよりまだ終わってないよ。もう少し付き合ってくれるかな。」
協力してくれたカップルに山中は優しく声をかけた。霧永が寝たことで能力は解除されている。周囲に待機してくれている協力者が集まり、寝ている霧永を拘束して運んでいく。流れた血も綺麗に掃除され、何事も無かったように元通りになっていた。民自党の副幹事長がその人脈と権力を用いて、この件は公にも無かったことにされるのだろう。
*
大学の研究室の地下に潤沢な予算で作られたそれなりに広い部屋。そこに20人程度の人間が集められ、拘束された霧永が眠っていた。出血性ショックで死なないように狙撃された肩は処置がなされている。
山中は気付け薬を注入し、しばらく待った後にペンライトを瞳孔に照射し対光反射を見た。霧永が目覚めたことを確認してから、集まった人たちに語りだす。
「皆さん、お待たせ致しました。ここに拘束されているのは皆さんの大切なご家族、ご友人を身勝手な理由で嬲り殺しにした霧永道雄です。警視庁、東京地検のご協力により既にこの霧永の人権は剥奪されております。御存分に恨みを晴らして頂いても罪には問われません。魔人に対しても有効な武器はこちらに用意してありますので、くれぐれも他の参加者への怪我だけは無きようご注意下さい。また、今回は御遺族の方の参加者が多く、全ての参加者がご満足されるまで殺さぬよう御配慮頂ければと存じます。一応、我々事務局の方でも死なぬよう処置を行いながらとなりますが、よろしくお願い致します。」
刃物、熱せられた焼きごて、ハンマーなどが机の上に並べられている。遺族たちは最初戸惑っていたが、50歳ほどの男性が進み出る。ブツブツと娘と思われる名前を呟き、そのままメスを手に取ると思いっきり眼球に突きたてた。
悲鳴にならない叫びが部屋内に響き渡る。それがきっかけだった。遺族たちは思い思いの凶器を手に取り、霧永を責め立てる。指を切断したり、ハンマーで頭部を殴ったり、髪を燃やしたり、大きな釘を打ち込んだり・・・。山中の研究室のメンバーは培養していた魔人の心臓を用いて死なぬよう治療したり、出血が多い部分は焼きごてで止血したり、気を失ったときは気付け薬を注入したりしながら、霧永が長く苦しむよう処置を施していた。
霧永に対するリンチは2時間にも及んだ。参加者は既に疲れ果てている様子だ。頃合だと山中は判断し、宣言をする。
「皆さん、お疲れ様でした。それではこの場はこれでお開きにしたいと思います。まだこの霧永、いやこの害獣は生きてはおりますが、内臓は資源となりますので、生きてるうちに我々の方で摘出させて頂きたいと思います。いろいろとご意見はあるかと思いますが、ご了承頂ければ幸いです。別室にシャワーやお風呂を用意してあります。汚れた血や肉片がついておりますので、洗い流してからご帰宅下さい。」
遺族たちは部屋から去っていく。
霧永の体には四肢はなく、顔はグチャグチャで目や鼻は判別できない、微かに息をしている状況であった。山中が心臓や肝臓、肺や脳など摘出している途中で、霧永は息絶えた。
*
「NOVAから連絡があったぞ。池袋に凶悪な魔人を集めるらしい。」
嘉藤は国会議事堂内に割り当てられた部屋で電話している。
「へえ、チャンスではないですか。害獣どもの凶悪性を世間に知らしめる。」
「そうだな、もちろん利用させてもらう。内臓もたくさん手に入るだろうな。」
「嘉藤さんには期待してますよ!魔人どもを家畜や実験動物として扱えるようになる日が待ち遠しいです。」
山中は殺された娘の写真を眺めながら願いを口にする。未だに娘を惨殺した犯人は見つかっていない。