うろうろ。うろうろ。


人彩メルは、「新入部員募集中!!」という紙が貼られたドアの前で、跳ねる心臓を押さえながら逡巡していた。


「まずは見学だけでも……中に、誰かいるかな? うーん、でも、いきなり来て見学させてもらえるかな……」


メルの通う私立(みなごろし)高校では、部活動は自由参加となっている。毎年春には壮絶な勧誘が……あるわけでなく、割とゆったりとした部活動が行われている。

鏖高校は進学校であり、部活動に入る生徒は1割もいないためだ。


メルは、髪を指でいじりながら、軽く深呼吸をする。


「……よし!」


覚悟を決めるように、自分の頬を軽くはたく。


「また今度でいいや!」


「なんでやねん!!」





○・○・○・○・○・○・○・○





火中ホノカ、海原ミツキ、蓑虫ヤコの3人は、いつものように部室に集まっていた。

部室棟、五階。窓ガラスには雨が打ちつけ、ただでさえ暗い気分をさらに陰鬱にしていく。


「せんぱい、もう帰っていいスか〜?」

ヤコが口を尖らせて文句を漏らす。


「だめ。このままだと流石に廃部になる」

ミツキが落ち着いた様子でヤコを嗜める。


「そう言うなら、漫画をしまいなさいよ……」

ホノカがミツキの様子にため息をついた。


そう、この部は廃部の危機に瀕しているのである。2人いた3年生が卒業し、現在の在籍部員は新3年生のホノカ、ミツキ、そして新2年生のヤコ。

部活動存続の条件は実績と人数――最低四人であるため、このままでは廃部だ。

今日のミーティングは、新入生勧誘をどうするか、という議題である。


「とはいえ、難しいよねぇ」


ホノカがお手上げ、というように両手を挙げる。


「活動が活動だから。なかなか理解されない」


ミツキも漫画を捲りながら、眉根に皺を寄せている。


「むしろ3人集まってるのが奇跡っス」


ヤコが机に突っ伏しながら、自分のツインテールをいじった。


「入ってくれる子がいるとしたら……やっぱ一年の、“あの子”だけかなぁ」



ふと、ヤコが部室のドアに目をやった。


「……お、言ってたら誰かノコノコ来ましたよ――噂をすれば、ってやつっスか?」


「ノコノコって」

「言い方、悪い」


ヤコが言い終わるまでに、3年生二人はどこからともなくクラッカーを取り出した。ホノカはお菓子のクラッカー、ミツキは音が鳴る方のクラッカーである。


「なんでそんなものが部室にあるんスか」


「新入生歓迎予算。さっき購買で買った」

「貴重な新人を逃すわけにはいかないからね!」

なぜか小声でやり取りを交わす3人。

そして、部室の外から声が聞こえてきた。


「まずは見学だけでも……中に、誰かいるかな?うーん、でも、いきなり来て見学させてもらえるかな……」


「独り言でかいスね」

「変わった子なのかな?」

「面白い」


三者三様の反応を見せる現部員に、まだ入ってこない新入部員(予定)。

部長であるホノカが、こちらから声をかけてやろうとドアに手をかけた時――


「……よし!」


お、来るか……?とホノカの手が止まる。そしてホノカが身を引こうとして。


「また今度でいいや!」


元気に諦める声が聞こえてきた。


「なんでやねん!!」

本来は偶然を装って声をかけるつもりだったホノカだが、気と間の抜けた少女の声に、思わずツッコミから入ってしまった。


まさに踵を返そうとしていた、赤毛の少女と目が合う。


「あ、あと、ええと……」

「あ、や、その、違くて……」


互いに予想外の邂逅で困惑している間に、ミツキが構えていたクラッカーの紐を引いた。ぱん、と、乾いた音と共に花吹雪がホノカの頭に舞い落ちる。


「いえーい、ようこそー」


「全員、何やってんスか……」

ヤコが呆れて、首を振った。




○・○・○・○・○・○・○・○



「えー、ごほん。改めまして、私が部長の火中ホノカだよ! 君、人彩メルさんだよね?」


「……知ってるんですね」


ホノカは用意していたクラッカー(お菓子)の皿をメルに差し出した。メルは、ありがとうございます、と言って一枚口にする。


「ふふん。人彩メルさん。学校中の話題だからね。

特に我々は、あの事があってからずっと君をマークしてたよ。……ここが何部かは、分かってるでしょ?」




「殺芸部、ですよね」




それを聞いて、ホノカがパッと笑った。


「そう!殺芸!芸を以って殺す、殺芸!」


ホノカは喋り慣れた様子で、活動内容を説明していく。


「絵画、彫刻、工芸、建築、詩、音楽、舞踏……そして殺人! 世に芸術はたくさんあれど、最もエキサイティングなのはもちろん殺人! そして、それを司るのが我らが部活動、殺芸部!」


「殺人が芸術に数えられてる、というのは初めて聞きましたけど……」


メルはその熱意にやや圧されながらも、突っ込むべきところは突っ込む。


「言ってるのはホノカだけだから」

「うちの部特有の価値観っス」


「えー、わかんないかな、殺人、ひいては殺芸の美しさが」


ホノカは誰に言うでもなく、両手を組みながら天を仰ぐ。その瞳は、恋する少女のものだった。

その瞳で、今度はメルの紺碧の瞳を正面から見据える。



「入学初日で連続殺人(・・・・)を起こしたメルちゃんなら分かるかな、と思ったんだけど」



人彩メル――その穏やかで明るい雰囲気や名前とは裏腹に、彼女もまた、『殺芸部』の部員と似たり寄ったりである。

高校入学後、まだ数ヶ月に過ぎないのに――同級生を18人、殺している。


「……まぁ、少しは」


「お!じゃあ、入部してく?」


「そんな軽く……まずは見学とか」


言いかけた瞬間、部室のドアが勢いよく開いた。

湿った風と共に、ふわりと香水の香りが部室に広がる。


「オーッホッホ!年貢の納め時ですわ!」


黒髪ロングを靡かせた、失礼千万なこの女は!


「「「生徒会長、小鋼メガネ!」」」


ホノカ、ミツキ、ヤコの3人が仲良く口を合わせて、指を差す。


「小鋼ミカネですわ!」


いつもの流れのようで、眼鏡をクイクイといじりながら満足げなメガネ……ミカネが、部室にズカズカと足を踏み入れる。


「というわけで、何度も申し上げる通り、この部活動は廃止に……おや?」


入った途端、部室テーブルの真ん中にちょこんと座るメルが目に入ったようで、ミカネの動きが止まる。


「あら、人彩メル?」


「そうだよ。ウチに入ることになったんだ」


ミツキが誇らしそうに、これでもかとミカネを見下しながら告げる。


「まだ決まってな……むっ!」


メルの苦言は、ヤコの手によって封殺される。


「部員四人。これで最低人数が集まったっス。『殺芸部』の存続――これで、文句ないっスよね?」


三人とメルの視線が、ミカネに集中する。


ミカネはトン、トンとこめかみを叩き、ため息を吐いた。


「当然、ダメですわ」


「なんで?」


ミカネは胸の谷間から一枚のコピー用紙を取り出す。


「何度も言ってますわよ……。必要なのは、『部員』と『実績』」


ホノカがホカホカの紙を受け取り、しわくちゃになっていたので丁寧に伸ばす。

紙の見出しには、『廃部勧告』の文字があった。


「部員不足、並びに高校生として不適切な部活であると認められたため、廃部を勧告するものとする……」


ホノカが内容を読み上げるが、尻すぼみに反響して、雨の音に消えていく。


「今廃部になっていないのは私がお祖父様――校長を説き伏せているからですわ。でも、もう限界ですのよ。せめて、校外にアピールできる実績がないと」


「そんなの、どうやって……」


「例えば――」



ミカネが言いかけると同時、突然地震――いや、地響きが五人を襲った。


窓の外を見ると、雨が降る学校のグラウンドの地中から腐った死体が這い出しているのが見えた。

ゾンビである。


ゾンビたちは、理性のない動きで部室等とは反対側――後者がある方に進んでいく。ここにいる五人は全員サボりだが、今は授業時間中だ。



「ねぇねぇ!例えば、学校に侵入した不審者を撃退したり――とか?」



ホノカが部室の窓を開け、窓枠に足をかける。

ミカネはやれやれ、という様子で頭を振ると、追い出すようにシッ、シッ、と手を揺らした。

ホノカはそれを見届けると、勢いをつけて外に飛び出す。



「こ、ここ五階ですよ!?」



メルが慌てて窓の下を覗き込むと、ホノカは雨の中、何度か前方へ転がり、衝撃を殺しつつゾンビの群れへと走り出していた。



「ホノカだけにいいカッコさせないよ」



ミツキの体が淡く光り、そのシルエットがフェミニンな衣装へと形を変える。何処からかポップな音楽が流れ出して――ミツキは所謂、魔法少女の姿へと変身する。

上斜め45度を向き、ウィンク。目からハートのエフェクトを散らす。

そのまま魔法のモーニングスターに跨り、ゾンビの群れめがけて突っ込んでいった。



「うへへ!腕がなるっス!」



ヤコが大きく両手の拳を打ちつけると、体が膨れ上がり、オークのような体躯へと変貌する。頭には小さなツノが生え、体色は緑色に。

大きな雄叫びを一つ上げると、体をバネのようにしならせ、急いで階段のほうへと走っていった。


(ヤコ先輩は階段なんだ……)


「はぁ……さて。貴方はどうするのかしら?人彩メル」


ミカネがメルの方に向き直る。


「え?私は……」


メルはまだ、正式に殺芸部の部員となったわけではない。正直、助太刀する義理も――そして勇気もない。


「私は、まだ――」


「地味山モブ彦」


「っ……!」


ミカネのメガネがきらりと光る。メルの目を真正面から見据えて、心まで見透かされそうだ。


地味山モブ彦。

それは、入学直後に、メルが初めて校内で殺害した相手の名前だった。


「貴方にとって殺人なんて、ほんの悪戯のようなものなのでしょうね。でも、それがクラスで孤立を生んだ……。貴方、最近学校で話す相手、いないのではなくて?」


確かに、ミカネの言う通りだ。

高校に入って、一番にできた友達。

地味山モブ彦。

ちょっとじゃれつくくらいの気持ちで、腹にナイフを突き刺した。

内臓を抉り出した。


――その時を境に、クラスメイト全員から侮蔑と恐怖の目線を刺し返されることになった。

その視線に嫌気がさし、一人殺す。

また目線が一段と強くなり、一人殺す。

そうやって、メルはクラス内で孤立していった。

誰がどう見ても、自業自得である。


「なんで、そんなことを」


「知ってるか――ですか?当然把握してますわ。

生徒会長ですもの」


メルの瞳から、涙が一筋溢れた。


「確かに、私は地味山くんを殺しました。その日から、クラスで遠巻きにされるようになって……。誰も、話をしてくれないんです。私は、普通に友達になりたいだけなのに」


ミカネは優しい目つきで、メルに歩み寄り、細い指で髪を撫でた。


「ええ、ええ」


自業自得だと、メルも重々承知している。しかし。


「殺りました……殺りましたよ!! でも、それってそんなに悪いことなんですか(・・・・・・・・・・・・・)!?」


拳を握り締め、嗚咽を漏らす。


「貴方は悪くないわ。人彩メル。そうね……少しだけ、すれ違いがあっただけ。タイミングが悪かっただけ」


二人には、グラウンドから聞こえる爆撃の音と悲鳴が酷く遠くに感じられた。


「だから人彩メル。前を向きなさい」


メルが顔を上げる。


「起きてしまったものは仕方ない。すれ違った時はもう戻らない。……ならば、前を向きなさい」


ミカネは撫でていた手をそっと離し、グラウンドを指差す。


メルがそちらを見ると、ホノカ、ミツキ、ヤコの三人が見える。

三人は、ゾンビの軍勢にやや押されていた。


ここ(・・)が、貴女の新しい場所ですわ。だから、今度は壊さないように、大切になさい」


メルが、外の三人の顔を見る。ゾンビに押されながら、雨に濡れながらも、楽しそうに笑っている。ふと、三人が同時にメルを見た。

三人とも、同じ顔をして笑っている。

彼女たちは、こう言っているように見えた。


「「「早く、おいでよ」」」


そう思った時には、もう体が窓から飛び出していた。





○・○・○・○・○・○・○・○




「やばいやばい!これ、捌ききれないよ!」


「そもそもなんなんスかこの大群! 流れ的になんの疑問もなく来たスけど、こんなん学校に生えてるのおかしくないスか!?」


「ヤコ、自然沸きしたと思ってる?」



ゾンビたちはその腐った見た目の通り、脆く弱い。ヤコが一体担ぎ上げて力任せに引っ張ると、メリメリ、と1秒ほどで上半身と下半身が離れる。


「柔らかいっス!」


ヤコに、後ろから別のゾンビが近づく。

襲いかかる直前、ミツキが魔法のモーニングスターを振るって魔法で爆散させた。


「神聖魔法に弱いね。見た目通り」


ホノカはゾンビの腱を、鋭く研がれた鰹節で切り刻みながら、辟易とした様子で叫ぶ。


「動きも鈍い……けど、とにかく数が多いよー!」


次から次へとグラウンドの地面から這い出す死体は、まだ収まる気配がない。

一対一では負けようもない実力差であるが、数の暴力で三人の前線は、校舎の方へ少しずつ後退していく。


ふと、ホノカが何かに気付いたように声を上げる。

「あれ……?この顔って……」


その時である。


メルの能力――『脳・マ↑↑(ノーマライズ)』が、その効果を発揮する。



「――お待たせしました、先輩方!」



三人の周囲にいたゾンビたちが、唐突に爆ぜた(・・・)



メルの『脳・マ↑↑(ノーマライズ)』は、脳細胞の活性を操る能力である。自身の脳を最大まで活性化させることで、メルは『灰色の脳細胞』(メタリック・ブレイン)状態(フォーム)となり、脳が内側から頭蓋を砕き、溢れ出た脳細胞が触手のようにまろび出る。

この世のどんな物質よりも硬く、そしてしなやかな脳細胞がゾンビを切り裂き、穿ち、弾き飛ばす。


数百のゾンビたちが地面のシミとなるのに、1分とかからなかった。



校舎から歓声――は上がらず、学校を救った殺芸部の面々はただ遠巻きに、畏怖と憎悪の視線に晒されていた。


4人の体に、ただ雨が打ちつける。





○・○・○・○・○・○・○・○





「別に、アレを撃退したら廃部を取り消すとは一言も言ってませんわ」


戦闘を終え、部室に戻ってきた4人にかけられた第一声がそれである。


「話が違うっス!」


「ですから……わたくしはなにも言ってませんわ。そもそも結局、犯人はあなた方の関係者なのでしょう?」


「うぐっ」


ホノカはバツが悪そうに、鰹節でつむじを掻く。


実は、ゾンビが湧き出た原因は殺芸部の元OGであったらしい。


どうやら、今年卒業したばかりの先輩が在学中に、グラウンドの下にちまちまと貯めた死体作品――『平和の礎』が、何かの間違いでゾンビとして発酵してしまったらしい。先ほど、ホノカに対して謝罪のメールが来ていた。


つまり、殺芸部こそが今回の遠因であったといえる。



「じゃあなんスか。廃部は避けられないってことスか」


「ホントにあなた方……特にヤコは話を聞きませんわね。『実績』が必要と言っておりますわ」


ミカネがテーブルの上に、4枚のチラシを並べていく。

いくつかのチラシには、大きな文字で『血祭り!』のカラフルな文字が踊っている。


「お祭り?」


「ええ。近く、全国いろいろなところで殺人イベントが企画されております。特に大きなモノが四つ――そして、殺芸部は今、4人。分かりますわね?」


「どれかで優勝してこいって事?」


どれか(・・・)でなく、ぜんぶ(・・・)です。学校内外どちらからも、殺芸部なんて無くしてしまえという声が高まっております」


「まあ、分からなくもないよ。……自分もいつか殺されるかも、と思うと怖いだろうし」


「ですから、政治的バランスですわ。いかに嫌われていようと、廃部にできないくらいの話題性を掻っ攫えば潰しようがありません」


一方メルはそんな話より、チラシの方に目が奪われていた。ミカネがそれに気付き、ほう、と声を漏らす。

先ほどまで、ゾンビの群れに突っ込むのにも躊躇っていたのに――メルの目は、獲物を見定めようとする、肉食獣そのものの目になっていた。


「お祭りって、何があるんですか?」


「いいですわ。お教えしましょう」



一つ目。


北は北海道札幌市。殺幌雪まつり。

死体×雪をテーマにした祭り。死体をいかに美しい氷像に加工するかが焦点となる。



二つ目。


雅なる古都、京都府京都市。狂都祇園祭。

舞や格闘技のように、舞台上で一定のルールに則り対戦相手を殺害する、『殺道』の大会。



三つ目。


日本最大の工業地帯、山崎県山崎市。ヤマザキ春の(パン)まつり

工業地帯なだけあり、世界各地から力自慢が集う。とにかく力任せに殺すことを是とする大会。



そして――四つ目。


首都、そして魔都――東京都池袋。キラキラダンゲロス2。



「最後のはお祭りじゃないんですか?」


メルがミカネに問う。


「ええ。これは規模は小さいですし、ぶっちゃけアングラすぎて、実績というには少し不適格ですわ」


「……?じゃあ、何で」


「ここ」


メルが聞き切る前に、ミツキがチラシの「MAP」の欄を指差す。


19.学校


「そう。これ、『鏖高校』(ウチ)ですわ」


意外かもしれないが、池袋の中に学校は一校しかない。小中学校や高校、大学を含めて、である。

意外かもしれないが。事実である。


「えぇ。せっかく我が校が舞台になっているのでしたら、ぜひ暴れていただきませんと――では、それぞれに合った舞台をこちらで考えましたので、特に問題なければ、それに参加してくださいまし」



北海道札幌市、殺幌雪まつり

――海原ミツキ。

「氷結魔法だね。いけるよ」



京都府京都市、狂都祇園祭

――火中ホノカ。

「うん!しっかり鰹節、研いでおかないとね!」


山崎県山崎市、ヤマザキ春の(パン)まつり

――蓑虫ヤコ。

「山崎県ってどこスか?」


そして、東京都池袋、キラキラダンゲロス2

――――人彩メル。

「私、頑張りたい!……です!」




『普通の女子高生』人彩メル。


普通の彼女は、普通に、居場所が欲しいだけ――なのだ。
最終更新:2024年05月19日 20:29