雨中刃プロローグ『雨中惨死』
ざあざあと雨が降る夜の池袋。人もまばらになった大通りを、傘を差したひょろりと背の高い痩せ気味の男が歩いている。真っ黒いスーツに身を包んだその男は、まるで葬式帰りのような陰気な雰囲気を纏っていた。
「ケヒャヒャヒャ!くたばれ雨中刃!!」
そんな男――――雨中刃に向けて、大通りに面したビルの屋上から飛び降りて襲い掛かってくる三つの影が!影はそれぞれが大ぶりのナイフ、斧、そして短槍を持っており屋上からの位置エネルギーによる落下スピードのまま、傘の上から雨中刃に襲撃をした!
――――だが次の瞬間、地に倒れ伏していたのは三つの武器を構えていた男たちだった。
男たちの襲撃の直前、雨中の差していた傘の先端から鋭い鞭のようなものが生えて来て、三人の武器を叩き落とし、勢いそのまま男たちも地に打ち付けたのだ。
「……またエイリアンですか。最近は多いですね」
雨中刃は、倒れ伏して呻く三人の男たちを見下ろしながらつぶやく。そのつぶやきは倒れた男たちには届かない。
「本来であれば情報を聞き出したいところですが、こんな明らかに下っ端の雑魚では何も情報は持っていないでしょう。何より人を待たせているので、今日は手早く済ませますか」
言うが早いか、傘がぐにゃりと変形して日本刀のような形状になる。男たちは鞭に打たれたダメージが尾を引いていて動けない。
「それでは、さようなら」
男たちの左胸の辺りを日本刀で刺していく。本来ならば肉を穿つ感覚がありそうなものだが、パリンという硬質のナニカが割れる音がして男たちは、灰になって消えて行った。
「悪しきエイリアンの尖兵となった魂に、せめてもの救済を」
「くっくっく、指名手配犯が殺した相手の救いを祈るとは、ずいぶんな詭弁だなぁ、雨中!」
一仕事終えた雨中刃の前に、背は低いが横に太いガラの悪そうな男が現れる。男はスーツケースをその手に持っていた。
「彼らは悪のエイリアンによって改造され、エイリアンハンターである私を襲ってきた無辜の民です。もう元に戻す方法も無いため殺すのがせめてもの慈悲であり、せめて死後の安寧を祈るのが手をかけた者の義務と言えるでしょう」
雨中刃は感情の死んだ無表情で当たり前のことのように男にこたえる。
「あー、ハイハイ。そういう設定でお前は何人もの人間を殺してきたんだろ。安心しろ、俺もお前の同類だ」
雨中刃の反応に、呆れたような憐れむような、なんとも言い難い反応を示すと男はスーツケースから――――ガトリングガンを取り出した!
「俺もお前の同類で、殺人鬼だ」
ニタァと笑うと雨中刃に向けて一方的にガトリングを乱射する。
ガガガガガガガガガガ!
しかしその弾丸は、すべてが突然雨中刃の目の前に現れた壁によって防がれた。
「はっ!それがご自慢の能力である”カルガネ”か!随分と器用なようだがな!」
男は片手でガトリングを乱射しながら、もう片方の手でスーツケースを漁ると、手榴弾を取り出して壁の向こうに放り投げる。
壁の向こうで爆発。ガトリングの乱射によって壁から出られない以上その爆発は直撃したはず。だが――――
「生憎と、その程度では私はやられませんよ」
今までガトリングを防ぐだけだった壁の中央が一瞬だけへこむと、そこから凄い勢いで槍状の攻撃が男に向けて飛んできた。
「なっ!?」
予想外の攻撃に、思わずガトリングを盾にして防ぐ。ガトリングは中央から真っ二つになってしまったが、なんとかその攻撃は男には届かなかった。
「へへっ、さすがにやるな……だが、俺の武器はまだまだあるぞ」
男は次に、スーツケースからロケットランチャーを取り出した。明らかにスーツケースに入るような大きさではなかったが、これは男の魔人能力によるものなのだろう。
「これは壁で防ごうとしても無駄だぞ!」
そう宣言すると、すでに壁の状態を解除していた雨中刃に向けてロケットランチャーをぶっ放す。
「どうやらそのようですね。では、そのままお返しするとしましょう」
しかし雨中刃は焦ることはない。迫りくるロケット弾を見据えると、鞭状に変化させた武器、”カルガネ”でそれを掴んだ!
「な、なにっ!?」
そのまま、ロケット弾の勢いを殺さないように雨中刃を中心に半回転させると――――男に向けてロケット弾を離したのだった。
「そ、そんなことがー!?」
どかーん!
ロケット弾は見事に男に命中。巨大な爆音があたりに響いた。
その爆心地に、雨中刃は無造作に近づいていく。死体の確認をしようとしたのだろうが、それは悪手だった。
ぱんぱんぱん。
乾いた銃声が響く。雨中刃の頭と肺、そして鳩尾の三か所に銃弾が撃たれた。
「べ、べっべっべっべ!!自分でもなんで生ぎてるかは分がらねえが!油断じだな雨中!!これで、おでの勝ちだ!!」
ロケット弾の直撃を喰らった男はしかし、顔面を含む右半身が吹き飛び、どう見ても人間が生きていられる状態ではなかったが、確かな意識を持って生きていた。
残った左腕でハンドガンを構えると、雨中刃に向けて三発を発砲、見事にヘッドショットを決めたのだった。
「――――油断も何も、生きていることは分かっていましたからね」
「べっ?」
だが、雨中刃も額から血を流しながら何事も無かったかのように生きていた。
「そもそも、宇宙人に改造されたものはロケット弾が直撃しようが、手榴弾の爆発を喰らおうが、コアが破壊されない限りは死にません。ですからこうして近づいて――――」
雨中刃が”カルガネ”を日本刀のような形状に変化させる。
「わざわざ、確実に止めを刺しに来たんですよ」
そうして、男の左胸の辺りを文字通り刺す。ぱりんという硬質の音がして男は灰になって消えた。
「さようなら、次に生まれてくるときはエイリアンなど縁のない、幸せな人生を送れますように」
雨中刃はそう祈る。今殺した男も、雨中刃からすればエイリアンによって人生を狂わされた犠牲者に過ぎないのだ。
「……いや、祈ってる場合じゃないぞ刃」
爆煙の向こうから、一人の男が歩いてくる。赤い髪に雨中刃よりさらに長身で真っ赤なサングラスの目立つ男だった。
「おや、黒ヶ嶺。迎えに来てくれたんですか」
「お前があんまり遅いからな……って、今はそれはどうでもいい。こんなデカい騒ぎを起こしやがって。早く逃げるぞ、もみ消すのも面倒だ」
「いえ、騒ぎがでかくなったのはロケットランチャーなどを持ち出したあの男の所為で……」
「いいから、早く移動!!」
そうして新たに来た男、黒ヶ嶺に引っ張られると場所を移すのだった。
「それで、黒ヶ嶺。今回私を呼んだ理由は?確かにこの町にはエイリアンの被害者……尖兵が増えているようですが」
池袋にあるバー、その個室にて雨に濡れたスーツの上を脱いだ雨中刃が尋ねる。その左胸には、ガラスのように透明で野球ボール大の大きさの謎の器官が埋め込まれていた。
「あぁ、そうだな……まずはお前、『NOVA』っていう裏サイトを知ってるか?」
「寡聞にして知りませんが、それが何か?」
体を拭きながら、雨中刃は答える。
「それ自体は珍しくも無い、悪趣味な金持ちどもの道楽でな。殺人の様子が中継されるっていう面白みも無い気色悪いサイトだ」
黒ヶ嶺が苦い顔をしながら答える。
「……それを聞いて、私も思う所が無いわけではありませんが。一介のエイリアンハンターである自分にそれを教えてどうしようと?」
「あぁ、早い話が……そのサイトがエイリアンによって運営されている疑惑がある。お前には、その真偽を探ってもらいたい」
一枚の資料を雨中刃に向けて差し出す。そこにはなんらかのランキングが書かれていた。
「『殺人鬼ランキング』だそうだ。今度そのサイトで行われる競争でな、より過激な殺しをした殺人鬼が優勝するらしい」
「悪趣味ですね」
「そうだろう……そして、それだけならばお前に声をかけることは無かったんだが、お前も体験した通りこの町には最近エイリアンの尖兵が増えていてな」
「まさか……」
雨中刃はランキング表を改めて見る。
「そう、その殺人鬼の大半はエイリアンに改造された尖兵だ」
黒ヶ嶺は真剣な声音で告げる。
「そして、優勝賞品が殺人鬼の『転校生化』。お前も知っているだろう?『エイリアン転校生説』は」
「えぇ。エイリアンの仕業とされている多くの事件が実際は、宇宙から来た異星人ではなく、異次元から来た強力な能力を持った魔人、転校生によるものという説ですね」
「俺はその説を信じては無かったんだが、ここまで繋がってくるとなんらかの可能性はあると思わないか?」
「……そうですね」
雨中刃は体を拭く手を止めて目をつぶり考える。
そうして数秒後、その目には強い決意が宿っていた。
「分かりました、このサイトと運営者を探ってみるとしましょう」
「そう言ってくれると信じてたぜ相棒!それじゃ、早速お前はこの殺人鬼ランキングにエントリーしてくれ」
「しかし、私は人を殺したことはありませんよ?資料によると、池袋にて人を殺さないとこのランキングには参加できないそうですが」
心底真面目に雨中刃は答える。
「そこは安心しな。お前が何体か駆除したエイリアンの尖兵、あれを上手いこと人間だったということにして、無理にでもねじ込んでやるから」
さぁて忙しくなってきた!とタブレットを用いてなんらかの作業を始める黒ヶ嶺。
「すまない、よろしく頼んだぞ」
こう言う所は本当に頼りになるな。と雨中刃は長年の相棒を見やりながら思うのだった。
――――その翌日、雨中刃が殺人中継サイト『NOVA』の『殺人鬼ランキング』に『外宙躯助』の異名と共に載った日。
黒ヶ嶺が死体となって見つかった。犯人はいまだ持って見つかっていない。