◾️プロローグのプロローグ
「はァ〜、クソゲーだ」
スマホをかたわらに投げ捨て、ベッドに横たわった。
しばらくギャーギャーぐだまいていたが、再び身を起こしスマホを手に取り、決定的敗北をくらって終わりを迎えた終了画面を見る。こう表示されている。
『川神勇馬は死亡した。
雨はまだ止まない…』
ゲームオーバーの決まり文句だ。何十、何百と見てきた。終わりの言葉はいつも同じ。それ以外の文面、つまりクリアメッセージは、いまだに見れていない。
今回はかなりクリアに近かった。
プレイ毎に変わる敵の配置、戦闘の出目、他戦場での潰し合い……その乱数が極めて良かった。しかし、クリアには至らなかった。
これ以上の幸運は、とうてい期待できない。
「もう少し、コイツが強かったらな」
殺された主人公の情けない顔をタップする。ステータスが表示される。
◯レベル5
一般人である俺はレベル1からはじまる。敵の殺人鬼は初期から2桁レベルも少なくない。「経験値」が違いすぎる。
◯スキル〈観察〉
魔法でも武術でもない一般スキルだ。たまに地形を利用して有効に働くこともあるが、事前の「調査」だったり「幸運」だったりが必要で、便利とは言えない。
そのくせ、スキルはこれっきりなのだ。強力な殺人鬼なら六つも八つも持っているし、一つしか持たない殺人鬼はそれが極めて強力だったりする。〈観察〉なんかとは比べ物にならない。
◯HP 0/35
このゲームは、死んでしまえば終わりだ。セーブなんてない。ストーリーの荒唐無稽さを差し置いて、変なところでリアリティを持たせている。
育ってこれなのだから、序盤はもうどうしようもない。一般人にも負けるくらいだ。
「エンディングがない、って噂は本当かもな」
明らかにクリアさせる気がないのは、エンディングが用意できなかったから、という噂がある。
展開の自由度が高い分、枝分かれした無数の分岐に、それぞれ見合ったエンディングを用意するのは大変だろう、と。整合性のチェックだけで途方もない労力がかかるだろう、と。
クリアルートがないなら、クリアできなくて当然だ。
そう思ってアンインストールすることは簡単だ。しかし、見落としていただけなら?
クリアできるのに諦めたら、ゲーマーと名乗れなくなる。
「もう一回、別パ(別のパターン)試してみるか…」
画面を見る。
幾度となく見たゲームオーバー画面の選択肢、『再挑戦』『あきらめる』の横に、『難易度変更』の選択肢が増えている。
いつの間にかパッチが当たったのか?
数多くの苦情が来ただろう、ついに折れたようだ。『難易度変更』を押し、ニヤリと笑う。
画面に現れた文字を見て、凍りつく。
『もっと自由で、もっと高難度のモードを実装しました。極めて危険で、プレイヤー自身の判断と経験が必要です。』
『dangerousモードで遊びますか?』
易化ではなく、難化だと?
クリアから遠ざかるカスパッチじゃねーか。
……しかし、プレイヤーの判断と経験か。
いままでは、主人公のうかつな行動に煮湯を飲まされてきた。徘徊する強敵が近いと分かってるのに、呑気に寝ていたり。十分なアイテムを持っているのに判定が成功せずうまく使えなかったり。
これまでプレイした経験を踏まえれば、もしかしたら、クリアできる……か?
ものは試しだ。
YESを押して、そのとたん、目の前が真っ暗になった。
——Welcome to Underground——
◾️初期位置
視界が明るくなる。眩しくはない。曇天の雨模様だから。
実際には数えるくらいしか訪れた事はない、ゲーム開始時の初期地、池袋駅前だ。
極めて強い違和感を覚える。まるでキラキラダンゲロス2の世界に入ったような、俺自身が浮いているかのような。
——フルダイブ。これがdangerousモードってことか?
俺はポッケを探りスマホを見る。
19日。17:55。
ゲームのスタートは19日の18:00だったはず。
初期位置が池袋駅の場合……初手でぶつかるのはサンプル殺太郎のはずだ。
サンプル殺太郎。見えない鎌と伸びる四肢を駆使し、感知外から殺してくる殺人ピエロ。難敵だ。レベルは4-13の間。民間人を殺しまくって後半に二桁に行くこともある。序盤の方が楽ではあるが、正面からやり合って勝てるはずもない。俺のステータスは——
「ステータス、オープン」
自分の能力を見ようとして、ふと口をついた言葉は、イメージ通りにゲーム内のようなウィンドウを開く。理屈はわからないがやはりここはゲームの世界のようだ。
そしてやはり、俺のステータスも想像通りだった。
◯川神勇馬
◯レベル1
◯スキル〈観察〉
◯HP 15/15
俺はこのゲームの主人公として、この殺人ゲームに勝ち上がらなければならない。
——勝たなければ、
周囲がうわっと騒がしくなる。右手側から人が走ってくる。悲鳴をあげる群衆。
俺は押しよせる人波に抗いつつ、ゆっくりと悲鳴の震源地に向かう。
無数の死体。そしてピエロが立っていた。
——勝たなければ、殺される。
◾️vsサンプル殺太郎
逃げ遅れた獲物を見て、サンプル殺太郎はケヒヒと笑った。画面越しと違ってリアルに目の当たりにすると、ピエロの笑みは怖い。口紅が血に塗られているならなおさらだ。
俺は背を向け、一目散に走る。背を見せると、すかさず追ってくる。抵抗の意思のない雑魚の一般人に見えるだろう。まあ、実際に雑魚キャラなわけだけど。
身体能力に圧倒的差がある。追いつかれるのはすぐだった。背が燃えたかと思った。振り返ると、彼の手が伸びている。空の手だが、そこに見えぬ鎌が握られていると知っている。
追いかけっこは何十歩で終了した。
——角度は調整が必要……か?
俺は周囲を〈観察〉し直す。
この世界に放り投げられた初期位置。
しかしゲームと違って、五分だけ早く訪れた初期位置。
人々が逃げ出し、人気ないこの光景が、一時の平穏であることを知っている。
「鬼ごっこは終わりか〜〜い!?」
それを知らず、ピエロはニマニマと笑っている。自分が狩るもので、俺が狩られるものだと思っているのだろう。まあ、それに間違いはない。
しかし——。
「サンプル殺太郎、お前と出会ったのは1%なんだよ」
相手は少し眉をひそめた。突然意味の分からないことを言われ戸惑っているのだろう。名前を言い当てられて警戒しているのかもしれない。
なんでもいい。ただの時間稼ぎだから。
「ほかの99%でお前は狩られているんだ、どっか知らねえとこで。お前も俺と変わらない、狩られる雑魚ってことだ」
挑発のニュアンスには気付いたのか、サンプル殺太郎は大きく笑った。
「ボクちんの『不可視の死神』に敵うつもりか〜〜い!?」
別に俺が倒す必要はない。近くにいて『経験値』を吸えればいい。
ただ、この位置が本当に安全か、まだ分かったもんじゃないが。
どこか遠く、轟音が鳴る。サンシャインシティ方面だ。
地が揺れる。
このあと何が起こるか分かる。彼我の距離、数歩が明暗を分けるはずだ。
爪先から泡立つような悪寒が走る。『奴』が暴れているのはここではないのに、近くにいると思うだけで、こんなにも恐ろしい。
たまに絶望的状況で陥ってたバステ〈恐慌〉は、こんな感じだろうか。〈恐慌〉状態で生き延びられたことはない。きっと、今回以外は。
視界の端に、何かが映る。何も見えやしない。100レベルを超えるボスが暴れた余波など、見えやしない。
ただ感じたのは、爆弾が爆発したような衝撃。目の前に落ちる巨大なビルディング、その瓦礫。
おそらく、今が19日18:00。
ゲームスタートだ。
池袋駅から始まる場合、最初の一文はこうだ。
『ビルが逆さまに降ってきた。』
これから起こる殺し合いの凄惨さをチラ見せするイベントだ。
この世界に飛ばされて見知ったようで見知らぬ違和感には、理由があった。
17:55時点では現実世界と同じだった。だか今は、ゲーム内でよく見た光景だ。
飛来した巨大な質量に押しつぶされ赤色が染みている。
ただ二つ想定外だったのは、
「ば、バカな、このボクちんが……」
ひとつは、サンプル殺太郎が生きてること。
殺さなければ〈経験値〉が入らない。これからを生き延びるためにレベルアップは必要だ。トドメを刺すために俺は左腕を動かす。動かそうとする。動かない。
もうひとつは、俺の左肩に腕が通るほどの風穴が空いていることだ。
破片の飛び方までは〈観察〉で分からねえよ……。
クソッタレ。痛みで今にも気を失いそうだが、俺は傷口を〈観察〉する。まず間違いなく、1分もあれば失血死してしまう。スタート時の俺に回復アイテムなんかない。
やることは決まってる。
「インベントリ、オープン」
俺はステータスを見た時と同じように、当たり前に呪文を口にした。この世界が『キラキラダンゲロス2』であるなら、そこにあるはずだ。
現れた所持アイテム一覧に右腕を突っ込んで、どこからか〈銅の剣〉を取り出す。
攻撃力+1。
こんなん持ってて職質されねーのかよと突っ込むのも野暮だし、アイテムは何百と持てるのだから四次元ポケット的なのに収めてんだろうと思っていたが、やはりその通り。
「こいつで、ぶっ殺して……そして……」
息が、知らず、荒くなってきた。急がなければ。
サンプル殺太郎は下半身がちぎれ、両腕はあらぬ方向に曲がっているのに、まだ生きてる。クソッ、お前がさっさと死ねばいいのに。
殺人鬼は『魔人』と呼ばれており、驚異的な身体能力と固有の超能力を持っている。魔人は、キラキラダンゲロス2の世界観設定では、レアだが実在を認知されているらしい。そんな奴らがいて世の中成り立つのかよクソッタレ。
「こ、このボクちんが、こんなとこでぇ……」
弱々しく情けない声、演技だ。
俺は体を逸らす。奴の手が伸び、見えぬ鎌が俺の頬を掠めた。こうも弱っていなければ、俺の命を刈り取っていただろう。
こいつは、死の間際まで、人を殺すことだけ考える殺人鬼だ。
生かしておけない。
「こんなとこで、死ね」
俺は銅の剣を右手一本で振り、奴の頭蓋を砕いた。嫌な感触がした。
俺が万全じゃないからか、剣術スキルを持ってないからか、装備の攻撃力が低いからか、一撃で首を落とすことはできなかった。
ただ、命を奪うには十分だった。
『サンプル殺太郎を殺害しました。
268の経験値を得ます。』
『レベルアップ!』
『レベルアップ!』
メッセージウィンドウに、予想通りの文面が並ぶ。
身体中に力がみなぎる。
そして傷が塞がっていく。
レベルアップの恩恵はステータス上昇と、体力の全回復。
『スキル〈観察〉の
熟練度が3%上昇した。
現在4%』
……スキルにもレベルのようなものがあるのか?
これはdangerousモードで初めて搭載されたのか?
まだまだ分からないことばかりだが、ひとつ、決まりきっている。
今回こそ、クリアしてやる。
◯川神勇馬
◯レベル3
◯スキル〈観察〉熟練度4%
◯体力 25/25