「キールキルキル! どこに隠れやがった~~!!」
夜の廃工場。
そこに不審な格好をした男の声が響き渡る。
特撮ヒーローの悪の怪人然としたその男は、手当たり次第に付近に散乱した廃棄物を蹴り散らかしていた。
「てめぇから呼び出しといてこれかぁ〜!? このクソガキが~~~!!」
闇から返事は戻ってこない。
しかし彼に返ってきたのは、円弧の軌道を描いて迫りくる円盤状の物体だった。
「……甘ぇなぁ!」
キンキン、と金属音が重なる。
投擲された車輪状の手裏剣はその場に落ち、ガランガランと音を鳴らして回った。
「……見えてたんですね」
そうして姿を現したのは、後ろ向きに野球帽をかぶった中高生ほどの若者だった。
表情には幼さが残っているが、相手を見据えるその瞳には冷たさが宿っている。
対する怪しい男はそれを見て、ヘラヘラとした笑みを浮かべた。
「いいや? 俺に暗視能力はねぇ。むしろ普通の人間より見えねぇぐらいだ。今も真っ暗でなんにも見えねぇ……おっとっと」
そう言って彼は、躓いたかのように足元の車輪を蹴り飛ばした。
「ったく、こんな散らかった場所に呼び出しやがって。電車忍者……だったか? なんの用だこのガキがよぉ~~! 殺しちまっていいのかぁ!?」
威嚇するかのように怒鳴り散らす男とは対称的に、電車忍者と呼ばれた若者は静かに値踏みするような視線を向ける。
「おじさん、殺人鬼なんですよね? だったら――」
そして、薄く笑った。
「殺しても、心が痛まないじゃないですか」
「……はぁ?」
男は電車忍者の言葉に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「てめぇ今なんつった……」
「……殺人鬼のくせに怒るんですね。あなたのような人を殺しても心が痛まない、と……」
「そっちじゃねぇ!」
男は電車忍者に人差し指を向ける。
「”おじさん”じゃねぇ! 二度と呼ぶな!」
「……ええ?」
男の言葉に電車忍者は困惑した様子を見せる。
「戦いの前に呼び名の修正を求められたのは、初めてです……。今から死ぬんだし、どうでもよくないですか?」
「うるせぇな……! その呼び方はアイツと初めて会った時の事を思い出すんだよ……! クソ忌々しい!」
「……そうですか。では、なんと呼べば? 名前はたしか……キリキリ切腹丸さんでしたよね」
電車忍者の言葉に、男は癇癪を起こしたように手近にあった棚を叩き割った。
「ファック!! そのあとの話の展開まで似てやがる! その背格好に甲高い声……! イラつくぜ~~~!! これでアイツみたいな上から目線の言葉遣いだったら、もう叩き切ってる所だったぜ……!」
「……あの。誰と重ねているのかは知りませんが、ボクはあなたの知ってる人とは違いますよ」
電車忍者はため息まじりに呆れた視線を送る。
「ええと……切腹丸さんと呼べばいいんですか? その、全部を呼ぶのは長いというか……ユニークなお名前をしているので」
「ああ、それで問題ねぇ。いやあ良かったぜ、お前が話がわかるヤツで」
キリキリ切腹丸はその顔に笑みを浮かべながら、手に持ったメカニックソードの柄を構える。
「アイツみてぇに”良い名前だ”なんて寝言ほざいてきてたら……問答無用で斬り刻んじまってる所だった」
切腹丸が柄の腹にあるスイッチを押すと、鍔の方からビームの刀身が生まれ、辺りを煌々と照らした。
「じゃあ始めるとするか」
その光が、彼の邪悪な笑みを浮かび上がらせる。
「キーリキリキリKILLING YOU! てめぇの肉体、その魂ごと切り刻んでやるよっ!」
「……もしかすると、キミなら笑ったまま死んでくれそうだね」
二つの忍者の影が同時に飛び跳ね、そして溶け込むように闇に消えた。
########
大人は大概嘘つきだ。
特に殺人鬼なんて連中は息をするように嘘をつく。
ボクは闇に潜む彼の姿に目を向ける。
彼の両目はまっすぐにこちらを向いていた。
”暗視能力はない”なんてことを言っていたけど、それはきっと嘘だろう。
少なくとも忍者として、常人以上の夜目が効くのはその反応から見ても明らかだった。
彼はこちらを見据えて語りかけてくる。
「キールキルキル! こいつは参った、対処する方法がわかんねぇなぁ!」
「嘘だよね?」
つい声をかけてしまう。
さきほどから放っていた電車手裏剣はことごとく撃ち落とされていた。
弾かれるだけでもゲージは回収できるので、こちらとしても痛くはない。
とはいえ、このままでは決め手に欠けるのは確かだった。
そんなボクの様子を察してか、彼は地面に落ちた電車手裏剣を蹴飛ばしつつ声をあげる。
「マジマジ超大マジだって。この手裏剣はリニアとか何とかそういうヤツなんだろ? 切っただけじゃあ勢いは殺せねぇ。そうなると自然、防ぐしかなくなっちまう」
彼の理解は当たらずも遠からず、といった所だった。
切腹丸はキョロキョロと周囲を見回す。
「それに妙な軌道も厄介だ。いつ襲いかかって来るかわかんねぇ手裏剣に怯えつつ、お前からの攻撃にも備えなきゃいけねぇんだ。こいつはなかなかに手の打ち用がない……だろう?」
ボクに同意を求められても困る。
殺す相手と話をするのが好きなボクが言えた事じゃないけれど、なんておしゃべりな殺人鬼なんだろう。
それに相手は魔人だ。
その言葉とは裏腹に、奥の手の一つや二つ持っていてもおかしくない。
「油断しないに越したことはないよね」
帽子の位置を整え、しっかりとかぶり直す。
これはボクのマインドセット。
ボクからは見えないが、その帽子の正面には”広告”の文字が浮かんでいると確信する。
「電車忍術――ラッピング車両の術」
ゲージを大きく消費して、ボクの隣に車両を召喚する。
それはボクに真似したもう一人のボク。
いくら変装しようと元は電車なので、明るい所でよく見れば違いには気付けるかもしれない。
しかしこの暗がりで、しかも高速で戦いながらとなればその違いを見極める事は難しい。
それを見た切腹丸が声をあげる。
「切れるヤツが増えやがった!」
なぜか嬉しそうなその声を聞きつつ、ボクと広告車両は二手に分かれて飛ぶ。
ついでにもう一度帽子に触れ、”特急”の文字を表示させた。
「電車忍術、特急車両の術」
二人となった鉄道忍者の足元に線路の道が召喚される。
同時に足には電気の力が宿っていた。
鉄道を召喚して術者の速さを引き上げる電車忍術の基礎とも言える術。
それによって引き上げられる速度は時速100km、200kmと瞬時に上がり。
そして一瞬のうちに、300kmに到達した二人の電車忍者が切腹丸を襲う。
――そのはずだった。
「見え見えだろ!」
バチバチと光る足元、そして伸びる線路。
いかに高速とはいえ、鉄道忍者は線路の行き先からは逃れられない。
刃を置くようにしてビームセイバーを振り回した切腹丸により、二人の忍者は斬り伏せられた。
「――電車忍法、回送列車の術」
「――なにっ!?」
二体の広告車両が両断される中、天井に張り付いていた電車忍者のカカトが切腹丸の後頭部をとらえた。
- - - - キリトリ - - - -
激しい衝撃音と共にキリキリ切腹丸は吹き飛ぶ。
常人なら頭蓋ごと破裂していてもおかしくない衝撃を頭に受けながら、彼は廃工場の壁を三枚破って四枚目の壁に叩きつけられた。
「……ゲハッ。こいつは……なかなかCOOLだな……」
頭をフラフラと前後に振りながら、切腹丸はその場に立ち上がる。
そんな彼の姿を見据えつつ、電車忍者はスタリと数メートル離れた場所に降り立った。
「驚いた。今ので死んでないんだ」
「あたりめーだろ……俺をなんだと思ってやがる……」
頭にできた傷からドクドクと血を流しながら、切腹丸は啖呵を切る。
「俺様はホムンクルスにしてミュータントの悪の怪人、KILLING忍者キリキリ切腹丸様だ! そんな軟弱な蹴り、屁でもねぇ! すぐにてめぇの悲鳴をこの場に響かせてやるぜぇ!!」
痩せ我慢する彼の姿に、電車忍者はため息をつく。
「口だけは強がりなんだね、キミ。思ったよりタフなのは認めるけどさ」
そして電車忍者は切腹丸を睨みつける。
「……ならやっぱり、地獄に行ってもらうしかないね」
「やなこった。俺は生きてやることがあるんだ」
「どうせまたそれも嘘なんでしょ」
「キールキルキル! 俺は生まれてこのかた、嘘なんてついたことがねぇよ! その証拠に――もうてめぇは、切り刻まれてるんだからなぁ」
「……え?」
瞬間、電車忍者の上着が弾け飛んだ。
その下から緑のスポーツブラが姿を現す。
「……ひゃああぁっ!?」
「キールキルキル! い~い金切り声だぁ!」
「い、いつの間に……!? さっきのキミの剣は確かに、ラッピング車両を切ったはず……!」
「俺の刃が一本だけなんて言った覚えはねぇなぁ?」
そう言うと、彼は懐から鎌を取り出した。
「これが俺様の愛鎌、チャラチャラデスサイズカスタム・セカンドだぁ~!」
「……ホームセンターで売ってるような普通の鎌に見えるけど」
「昼に買ってきておいて正解だったぜぇ〜! 今日はポイント5倍だったからなぁ~!」
「ポイントカードとか使うんだ」
電車忍者は千切れかけていたブラのストラップを結び直し、補強する。
「そういえばさっき、電車手裏剣を弾いてたっけ……。実体を持たない刀じゃそんな芸当不可能か」
「そういうことだ。お前、観察力が足りねぇなぁ!?」
「……切腹丸さんは剣の腕が足りないみたいだけどね。ボクが同じ立場だったら、相手の体はもうバラバラだったと思うよ?」
「言うじゃねぇか! クソガキは生意気じゃなくっちゃなぁ! たしかに致命傷は与えられなかったみてぇだ……けどよぉ」
切腹丸は右手に鎌を、左手にビームセイバーを持ってクロスさせるように構えた。
「能力ってのは認識だ。……お前、フリーレン読んだ事あるか?」
「えっ? ……フリーレンってちょっと前にアニメやってた……? 見てないけど……」
「おいおいおいおい! ガキのくせにわかんねーのか!? 説明がめんどいじゃねーかよ!」
切腹丸は頭をブンブンと左右に振った。
「ともかく、俺が切れると思ったもんは切れるんだ。得体の知れねぇ電車野郎が切れるかは実際に切って見なきゃわからねぇ。まあビームセイバー使えば大抵のもんは切れるけどな? けどそれはそれとして――」
切腹丸は彼女へと剣の切っ先を向ける。
「ただのメスガキの柔肌なら、少し触れただけでも切れるって確信が持てる。しかも一度服を切り刻んだ相手だ、次は確実にやれる」
一息入れて、まっすぐ彼女に視線を送った。
「そう、言うならばさっきの攻撃は……”自信”、だな。お前を確実にキルする自信、伏線、予想。さっきのでそれが成立したってことだ」
「……おぞましいね」
「キールキルキル! そんな褒めてもらっちゃあ困るなぁ! ……ともかく」
彼は再び鎌と電子剣を構える。
「……二度目はねぇぜ。お前の残機は1減った。泣いても笑っても残り1。言うならば防御力ゼロの状態で、一撃死が確定……イカしてるだろ?」
「イカれてるね」
少女と怪人は対峙する。
お互いに次の一手を狙うべく、相手を見据え合っていた。
########
ボクは今しがた交わした彼の言葉へと考えを巡らせていた。
なぜ彼は自分の能力を説明したのか。
可能性は3つ。
1つはそれが能力発動の条件である可能性。
けどそれが真実なら、条件もまた話さなくてはいけないはずだけど、さっきの言葉にそれらしいものはなかった。
だからこの説は却下。
なら、嘘をついている可能性は?
ありえるかもしれない。
けれど、ボクを警戒させるだけで嘘をつくメリットもないように思う。
ボクが消極的になることを誘導した?
だとすると……今攻撃の手を緩めるのはマズいか。
最後の1つは……純粋に、彼が自分の手の内を晒すバカであるという可能性。
案外、これが一番厄介かもしれない。
バカである、つまり後先を考えない……。
それはイコールで、自分に自信があるということ。
彼の能力原理にも合っていると言える。
だとすれば……それを利用するのが一番だ。
ボクはそこまで考えて、彼に声をかけた。
「――キミは次のボクの攻撃を、切れないよ」
「あ?」
これは呪いだ。
……忍者とは、本来戦闘を生業とする者ではなかった。
諜報術に長けた、海外で言うならスパイとも言える存在。
それが暗殺者としてアサシンを兼任するようになり、その末にさまざまな技能を持つことが当たり前となった。
電車忍者もその末裔だ。
ならそんな忍者の系譜として、呪術だって使ってみせる。
もちろんそれは不思議なオカルトの話ではなくて、言葉による誘導の事。
二重拘束――。
切腹丸は、ボクの言葉を無視できない。
ボクの攻撃から逃げれば、切る自信がなかったという事になる。
そうなれば彼の能力的にその力は著しく弱くなるはずだ。
つまり彼はボクの攻撃を受け切るしか選択肢がない。
その状況から逃れる方法があるとしたら……ボクより先に行動する事かな。
でも……だからこそ、そうはさせない。
相手が動くより先に、ボクが動く。
「平面立体・次元交差路」
四方八方なんて数じゃ効かない、十六、三十二、六十四方……無数の小さな線路が周囲に召喚された。
そしてそれぞれが切腹丸へと伸びていく。
彼はそれを見て、口笛を鳴らして感心する様子を見せた。
「ヒュー! なんだこりゃあ! 線路で俺を縛りでもするつもりか!? ”縄”なら、斬りやすいなぁ! 全部切っちまうぞ!?」
「まさか。線路は物を運ぶ為の道だよ」
「そりゃそうか!! ……おい、ってことはもしかして」
「電車手裏剣……満員電車!」
”混雑”の文字を思い浮かべつつ、帽子を深くかぶる。
無数の車輪が出現し、切腹丸へと襲いかかった。
「ハッハァー! こいつは景気がいいな! すげぇじゃねぇか……やってやらぁ!!」
切る、斬る、きる、キル、斬り伏せる。
彼は無限とも思われる電車手裏剣を、ビームセイバーで、はたまた鎌で切り落としていく。
ビームセイバーで切られた手裏剣の多くはその場に落ちるも、いくつかの手裏剣は二つに別れた後もなお勢いは殺されず、そのまま切腹丸の体に無数の傷を付けた。
一方、鎌で弾かれた電車手裏剣は勢いが殺される。
……けどこの攻撃は、簡単には終わらない。
「――電車忍法、乗り換え案内の術」
”再動”の文字を思い浮かべる。
すると撃ち落とされた車輪が再び線路に戻って、切腹丸へと向かっていく。
手裏剣を撃ち落とした所で終わらない、無限軌道からなる無限地獄。
……死ぬまで電車は、止まらない。
「キールキルキルキルキルキル!」
それでも彼は諦めなかった。
襲い来る手裏剣の波。
だが、彼は一つも撃ち漏らすことはなかった。
並の人間には不可能な集中力とその技量。
圧倒的な強さを持って手裏剣を切り刻む、殺人鬼の姿がそこにあった。
永遠とも思われる手裏剣の嵐の中、彼はそれを切り刻み尽くして――。
――そして、打ち勝った。
最後に切り裂かれた手裏剣が、二つに別れて切腹丸の腕に突き刺さる。
「……カハッ! 勝った――!」
「――いいや、キミの負けだよ」
手裏剣を捌き切ったその一瞬の隙をついて。
”特急快速”の速度で放った蹴りが、彼のみぞおちを貫く。
「グヘァッ……!!」
彼の体が工場の壁に叩きつけられる。
そして、それと同時にVVVFゲージが溜まりきった。
「……残念だけど、ボクの狙いはこっちだ」
手裏剣の乱舞は彼の命を狙った物ではない。
ただ単に、最高効率でゲージを回収する為だけのもの。
そしてゲージが溜まった瞬間放たれる、一撃必殺の電車忍法こそがボクの狙いだった。
かぶった帽子に、”地獄”の文字が刻まれたのを感じる。
「さようなら。……ちょっとだけ面白かったよ」
そうだ。
この人との戦いは楽しかった。
やっぱり会話をしたからだろうか。
殺すことだけを考えるなら、会話なんて必要のない事だ。
でも少しだけ気になった。
……気になってしまった。
彼が死に際、どんな表情で死ぬのかを。
だから覗き見た。
――彼は、笑っていた。
「カハッ……! カハハ!」
それは”キルキル”なんていう、キャラ付けの為の作り笑いなんかじゃなくて。
心の底から笑っていた。
どうして死ぬとわかっているのに、そんなに笑えるんだろう。
彼なら、答えを知っているのかもしれない。
だからつい、聞いてしまった。
「キミは、どうして笑うの?」
線路が現れる。
それは彼を葬送する地獄行きの電車の道しるべ。
「……そりゃ、当たり前だろ……」
息も絶え絶えに、彼は答える。
「俺が、最強だからだ」
……ああ、そうか。
バカなんだ。
べつにこれは、蔑んでいるわけじゃない。
彼はバカで……バカだからこそ、笑って死ねるんだ。
ボクと違って。
「そっか」
ボクは彼のように、バカになれるだろうか。
そう思いながら、汽笛を鳴らした。
「4番線――」
けれど、その言葉は遮られた。
「――ヤギュウスタイル! 水蒸気・爆発!!」
「――!!」
気がついた時にはもう遅い。
切腹丸の持つ剣から溢れた水蒸気が辺りを覆う。
「――電車が通過します!!」
VVVFゲージは既に切ってしまっていた。
電車は急に……止められない!!
ヘッドライトが辺りを照らし、廃工場の中を電車が通過していく。
「そんな――!」
「――”視線”を切った」
「……!!」
声がした方、天井を見上げる。
同時に、鎌が振り下ろされた。
「スーパーカットDie・Set・Done!!」
左腕が体から離れていくのを、どこか他人事のようにボクは見ていた。
- - - - キリトリ - - - -
電車忍者は膝をつく。
そしてその前には鎌を構えた切腹丸が立っていた。
「キールキルキル! 褒めてやるぜ! あの状態から避けるなんてなぁ~!?」
「ぐっ……!」
彼女は残った手で失くなった腕の付け根を押さえる。
その切断面は綺麗に切られていた。
「お前の負けだぜ~! ここでお前は死ぬ! そしてその無様な死に様を中継されるのだ~!!」
その言葉に、彼女は自嘲めいた笑みを浮かべた。
「……ここらへんが、潮時だったのかもね……」
「ギャハハハハ!! 観念したか? なら介錯してやるぜぇ~!!」
「ああ……キミと死ぬのも、悪くない」
「……あ?」
「電車忍術、開かずの踏切の術」
電車忍者と切腹丸を囲むように、踏切が現れる。
そしてカンカンと音を鳴らしながら遮断器が落ちた。
電車忍者は線路の上で膝をつきながら、苦しげな笑みを浮かべた。
「キミとボクは、もうここから出ることができない」
「おいおいなんだこりゃ!? 見えねー壁があるみてぇだ……!」
切腹丸が慌てて踏切を調べる。
パントマイムのように何も無いはずの空中に手がくっついた。
鳴り響く警報の音に、切腹丸は顔を歪める。
「……つーかお前、今必殺技撃ち終えたはずだろ!? この音……また電車が来るってのか!? 連射できるなんて聞いてねーぞ!」
「悪いね。誰にも言ってなかったけど……」
気づけば、電車忍者の帽子はまっすぐにかぶられていた。
そしてその頭には”環状”の文字。
「この電車、環状線なんだ。……犠牲者が出るまで、何度だってまた円を描いて戻ってくる」
「……ファッキンビーッチ!!!」
切腹丸の様子を見て、電車忍者は苦痛による冷や汗を流しつつも笑う。
「ボクは本当は人なんて殺したくなかった……でも殺さなきゃ、食べ物を受け付けなかったんだ」
彼女はその身の上を語りだす。
「こんなボクが笑って死ぬことなんてできないと思ってた。でも……キミなら」
電車忍者は顔を上げる。
「殺人鬼で悪の怪人のキミと一緒なら……悪を一つ地獄に連れて行けるなら……。これまでしたことが許されるとは思わないけど、きっと笑って死ねると思うんだ……!」
「そういう自己犠牲とかマジいらねぇから!! ふざけんな!!」
無情にもカンカンカンカンと遮断器の音が鳴る。
遠くから電車が迫る音がした。
「4番線に……電車が参ります!!」
彼女は高らかに宣言した。
切腹丸は電車忍者に背中を向け、立ち尽くす。
その向こうには無慈悲に迫る地獄行きの快速急行の影。
それはすべてを飲み込み、轢き殺す――。
電車忍者が死の覚悟を決めて目を細めた時。
切腹丸が、口を開いた。
「――鮪雲鉄輪、これがお前の全力だな? 俺はてめぇの全力を打ち砕かなきゃならねぇ。……そうじゃねぇと、最強とは認められねぇからな」
「……え?」
彼女はそんな不意の質問に、呆けた声を返した。
「どうして、ボクの名前……」
切腹丸はくつくつと笑う。
「俺の中には、べつの殺人鬼の持ってた記憶があるんだよ。殺人鬼専門の殺人鬼様のな」
そしてその剣を握る手を、力を抜いてぶらんと前に向けた。
「そいつは効率的に殺人鬼をこの世から消す為に、あらゆる殺人鬼の情報を集めてた。……もちろん、それにも限度はあるけどな? わかんねーやつはわかんねー。けど、アイツはお前の情報を知っていた」
彼は光り輝く剣を構える。
「鮪雲鉄輪。電車事故に遭ってから能力に目覚め、どうしてか人々を殺して回っている殺人鬼のガキ……。アイツはその殺人衝動の理由を探していた」
電車が迫る方向を見据える。
「フタを開けてみりゃ、トラウマで飯が食えなくなってただけだぁ? ……ハッ、そんなんただ食う為に殺してただけじゃねーか。そんなんいいとこ猛獣、クマと同レベルだろ。殺人鬼の風上にもおけねぇヤツだ」
彼の物言いに、電車忍者は怒りの表情を浮かべる。
「キミにはわからないだろうけど、それでもボクは――!」
「――わかるさ!! ”生”の為に殺す必要があるんだよ! 俺たち殺人鬼はな!」
切腹丸は笑った。
「すべては生きる為の存在証明! その為に俺達は殺す! 切る! 斬る! KILLINGしまくる! ……けどよ、やっぱお前は殺人鬼じゃねぇ。必ずしもそういなくても生きられるからな。俺と違ってな」
「……何を……言って……?」
「お前の能力、それはお前のトラウマそのものだ。お前が思う”最強”。それこそがこの電車だ、こいつがいる限り、お前の両親を殺したという罪悪感は消せやしねぇ」
「お父さんとお母さんの……ことまで……?」
「ギャハハハ! アイツはストーカー気質のあるやつだったからな! あの殺人狂の変態がよ!」
ヘッドライトの光が届く。
それはすぐそこまで迫っていた。
「だから……俺が斬り伏せる。お前のその能力を、トラウマを、存在を、原型がなくなるまでぐちゃぐちゃに粉々にバラバラに、跡形もなくなるまでKILLしてやる」
「そんなこと……できるわけない。あの電車は、すべてを地獄に送る電車で……」
「ギャハハハ! んなオカルト信じられるかよ! 電車にそんな力はねぇだろ! 電車っつーのはただの乗り物だ! 線路の上を走るだけの、人間が作った機械だ! 地獄に送るなんてのは、全部お前の妄想! すなわち幻想! ただの幻! 幻覚! 錯覚! ……それならば」
ビームセイバーが、真一文字に光を放つ。
「この俺に、切れねぇわけがねぇ」
少女は呆然と、彼の背中を見ていた。
その視線を受けながら、切腹丸は咆哮する。
「ヤギュウスタイル! 弐の型ミックス! スーパーカットDieSetDone、in――!!」
ビームセイバーがその姿を変える!
変形した柄から蒸気が吹き出し、ガシュンガシュンと音を鳴らす!
吹き出した蒸気が複雑に絡み合い、ポー、と甲高い汽笛のような音を作った!
「――蒸気機関・粒子斬!!」
放たれた光に蒸気の力が乗って、迫りくる電車へと襲いかかる!
一瞬、車体に光が弾かれたと思ったのも束の間、まるで飴細工のようにビームセイバーが電車を溶かしていく!
だがそれでも全てを断ち切るには間に合わない!
その車体は電車の残骸へとなりかけながら、二人に襲いかかる――!
「――俺のサムライセイバーの技が……こんな幽霊列車に負けるわけねぇだろうがぁぁぁーーー!!!」
彼の叫びとともに光の刃が拡散する!
拡散したビームが辺りへと飛び散り、電車を焼き切っていく!
「成仏……しろやーー!!」
それは波を越えた電子ビームの渦!
時空が歪むかのような熱量によって、電車は跡形もなく焼き切られていく!
――斬。
……そして、まるで最初から何もなかったかのように電車は蒸発した。
残されたのは切腹丸、電車忍者、そして鳴り響く踏切の遮断機。
しばらくすると音が鳴り止んで、停止柵が上がった。
「……嘘」
電車忍者はつぶやく。
二人を襲うはずだった地獄行きの電車は、悪の怪人の前に敗れたのだった。
最後の切り札を失って愕然とする電車忍者。
「そんなの……嘘だ」
彼女は震えながら立ち上がる。
彼女の残された右手には、先ほど出して撃ち落とされた電車手裏剣が握られていた。
そして背中を向ける切腹丸へ向かって一歩近づく。
震える手を彼に向ける。
そしてそれが振り下ろされようとした時、彼は声を発した。
「――やめとけ」
彼女の手が止まる。
そして彼は言葉を続けた。
「お前はもう、殺人鬼じゃない」
「違う。ボクは……殺人鬼だ。やってしまった事は、変わらない……」
「食欲ってのは、生きる為の意思だ。お前はただ、生きる為に必死だっただけだろ。そしてそれを邪魔してたトラウマは……もう俺が切っちまった」
切腹丸は振り向かない。
「お前はもう、そんなくだらねー幻覚に苦しむ必要はねーんだよ。……だから自分を裏切るんじゃねぇ、ボケ。そんなバカは、俺ぐらいで十分だ」
「……う、うぅ!」
彼女の頬に、涙が伝う。
「ボクは……ボクは生きててもいいの……? お父さんもお母さんも……みんなを殺しちゃったのはボクなのに……!」
「知るかクソガキ。あとはてめぇで考えろ。俺はカウンセラーじゃねぇんだ」
「……ボクは」
電車忍者は腕を下ろす。
戦う必要なんて、なくなってしまったのだから。
「……ありがとう、おじさん」
「おじさんじゃねぇ、切腹丸だ」
「キミのこと、忘れない。絶対に」
そう言って電車忍者は切腹丸に背を向けた。
そうして廃工場の窓から身を乗り出す。
その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「ばいばい」
電車忍者は飛び出す。
そして、切腹丸は静かな工場に取り残される。
しばらくの沈黙が流れて。
……そして、彼は倒れた。
「ああ……力、使いすぎちまったか。クソ……」
ヒーローの力が悪の怪人の体を蝕む。
元よりそれは悪と戦う為の力。
それを悪の怪人が使えばどうなるか。
「サムライ……セイ、バー……てめぇ……絶対、許さねぇ……!」
切腹丸は、そのまま目を閉じた。
- - - - クビキリ - - - -
ずるり、と。
痛みもなく、彼女の首が落ちた。
その顔には微笑みが浮かんだまま。
自分の身に何が起こったかもわからず、その少女は事切れた。
「…………キル……キル……キールキルキルキル! ギャハハハハ!!」
誰もいなくなった廃工場に、悪の怪人の笑い声がこだまする。
それはまるで、一人舞台のように。
それはまるで、小説の名探偵が最後に推理を発表するかのように。
彼は目を見開いて、独りで言葉を続けた。
「もう一歩も動けなくなっちまった時はどうなるかと思ったが、なんとかなったみてぇだなぁ……! 良かったぜ、バカなガキで! 殺人鬼の言う事信じるなんて正気かよ!? いやいや殺す気なんてなかったんだ、見逃してくれりゃーそれで良かった。でもべつに殺さねー気もなかったけどなぁ! 万が一……万が一の為に昼間に下見に来た時にワイヤーを張っておいたが、まさかそんなんに引っかかるなんて思いもしなかったぜ! まあ常に警戒してて殺意に敏感な殺人鬼には? そんなもん通用しなかったかもしれねぇけどな! ……でも殺人鬼じゃなくなっちまったら、話はべつだ。警戒してねー一般人が、気を抜いた瞬間罠に引っかかってぶった切られるのは仕方ねーよなぁ!? お前の招待を受けて昼間に俺がいろいろ準備してた事も、ちゃ〜んと教えてやったのに、なんでこんなんに引っかかるんだ!? 言っただろ!? 俺は悪の怪人だって! 悪の怪人が、嘘をつかねーわけねーだろうが! 逃げも隠れも不意打ちも騙し打ちも、全部やるし裏切るに決まってんだろ! キールキルキルキル!!!」
しばらく彼はそうして笑っていた。
闇夜に笑い声が響き渡る。
……そしてスンと、急にその顔から笑みが消える。
「……ああ、こんなにゴキゲンな出来事なはずなのに、イライラするぜ……むかつくぜ。あんなガキ一人殺したって、何一つ面白いと感じねー。ちくしょう、てめぇのせいかサムライセイバー……せっかくの俺の”生”を邪魔しやがって……いつか絶対にお前の存在を消してやる。全力の殺人鬼どもを一人残らずぶっ殺して、地獄に行くのを見送って、そしてお前の名声も存在も、痕跡一つ残さずKILLしてやる……!」
切腹丸は悪態を吐く。
そしてそのまま疲れ果て、廃工場で眠りに落ちた。
- - - - キリトリ - - - -
[電車忍者:死亡]