「よっしゃー!どっからでもかかってこーい!」

人彩メルは私立鏖高校殺芸部の部室で一人意気込んだ。依然として雨が降り続く平日の昼である。
当然、授業はサボっている。だが、そんなことは些細なものだ。
意気込むメルの周囲には、怪しげな包みや物騒な気配の段ボール箱がごてごてと積まれている。中身は代々の殺芸部OB・OGが残していった遺産、殺芸兵器の数々である。先日発酵していた『平和の礎』をはじめとして、鏖高校には物騒極まる歴代殺芸部の遺産が数多く残されている。地下倉庫から引っ張り出してきたそれらで経験の薄さをカバーしようというのが、新米殺人鬼のメルが建てた作戦であった。

「やるぞ!やるぞ!やったるぞー!」

愛用のナイフを手に気炎を上げるメル。しかしざあざあと降り続く雨の他に応える者は居ない。それもそのはず、メル以外の殺芸部3人は先刻各々の戦場へと出立したところである。
海原ミツキは札幌行きの飛行機に。
火中ホノカは京都行きの新幹線。
蓑虫ヤコは山崎行きの次元ポータルに今頃乗り込んでいるはずだ。
よって、メルは当然一人である。

「…さびじいよぉぉぉぉ!不安だよぉぉぉぉぉ!」

よよよ、と涙を流すメル。当然と言えば当然である。
ぶっつけ本番の殺し合いである。不安もある。相談できる相手はいない。
先輩方に電話しようかな、とメルが考えていたその時。

ガラッ(部室の扉が開く音)
しゅばっ(扉を開けて入って来たパーカー姿の少女の袖から縄が飛び出す音)
ばしっ(メルの右足首に縄ががっちり巻き付く音)
ちゃりん(部室の入り口の引き戸の下の部分にコインが投下される音)
ずもももも…(部室の入り口が明らかにヤバい渡ったら死ぬ感じになる音)
びいん(メルの足首にがっちり巻き付いた縄が凄まじい力で引かれる音)

ここまで1秒足らず。早業である。

「死ぬううううううううう!!?!?!?!?」

『普通の女子高生』人彩メル、いきなり即死の危機!
正面から白昼堂々カチコミをかけたのは、『羅刹女(ラークシャシー)』三豆かろん!

「死ぬっ死ぬっ死ぬ死んじゃううううう!」

脚を引かれて転倒したメルは咄嗟に『脳・マ↑↑(ノーマライズ)』を発動、頭部からあふれ出た鋭い触手状の脳細胞を周囲に突き刺しアンカーのように自身を繋ぎとめようと試みる。だが、それは悪手。

「痛だだだだだだ!ちぎれるう!首がちぎれるうううううう!」

殺し方に拘りのない『羅刹女(ラークシャシー)』は相手を即死の線に引き込めないと見るや、即座に殺し方を力任せの破壊に切り替えた。要するに、更なる力で引っ張りまくった。
脳・マ↑↑(ノーマライズ)』によって強化されたメルの脳細胞はともかく、メルそれ以外の部分は普通の魔人女子高生である。羅刹女の馬鹿力で引っ張られれば、遠からず千切れる。かといってメル自身を固定している脳細胞を外せば引きずり込まれて即死。反撃を試みようにも、最大の武器である脳細胞は体を固定するのに使ってしまっている。
となれば、メルの取れる手は一つ。

脳・マ↑↑(ノーマライズ)』、脳細胞活性最大低下。
対象は、『羅刹女(ラークシャシー)』。

脳を眠らされた相手が即座に失神昏倒し、縄を引く力が緩―まない。

「駄目だこの人脊髄反射で殺せるタイプだあああああ!?」

殺人鬼には、割といるタイプである。
殺人鬼に限らず魔人やらなにやらには脳を眠らせようとしてもバーサークし始めたり脳細胞が全部筋肉だったり悟りを開いたり寝相が悪かったりして通じないことが多い。メルもそれをわかっていたからこの手段には頼ってこなかったのだが―

「あれ!?これ…マジで死んだっ!?」

メルの取れる手段が、もう尽きた。
めじり。メルの頸椎が悍ましい音と共に軋んだ。

「えっ、ちょっ、ちょっと待っ…」

羅刹は待たない。
そして―

ずっ、と。
屋外から染み込むようにして現れた半透明の薄く巨大な刃が、殺芸部の部室を斜めにずっぱりと切り裂いた。

殺芸部の部室は、四角い部室棟の最上階、五階の角部屋である。
その角ばった部室棟の上の部分の角が一つ、ずっぱりと切り落とされた。するる、と滑らかな切断面に沿って部室棟の頂点だった場所が滑り落ち、轟音と共に地面で瓦礫の山に変わった。
メルは幸運にも切断に巻き込まれること無く、足首に繋がっていた縄が偶然にも切断に巻き込まれたことで窮地を間一髪脱していた。しかしそれどころではない。

「え、ええ…?」

ざあざあとメルの顔面に雨が当たる。壁と天井がすっぱり半分無くなった部室は、凄まじく風通しの良い部屋と化していた。

突如として響いたばあん!という破裂音は、『羅刹女(ラークシャシー)』が鞭のように振るった縄が空中に立つ人物に弾かれた音だ。
「あらあら、もう先に始めていたかしら?邪魔をしてしまったわね」
縄を弾いた女の容姿は雨に歪み、うかがい知ることができない。それでもメルには彼女が凄惨な笑みを浮かべていることが分かった。
空中から睥睨する彼女こそは、『雨隠れの人喰い鬼』吉祥十羅!

「こ…れは…」
(どういう状況?新手?マジで?)
間一髪即死を免れたメルだったが、ひっくり返ったまま状況を整理するので精いっぱいだ。
ヤベー奴に殺されかけて、さらにヤベー奴がやって来た。完全にパニックである。

「………」
攻撃を弾かれた『羅刹女(ラークシャシー)』三豆かろんは『雨隠れの人喰い鬼』をじろじろと見た。何の感慨もない、「どうすれば殺せるか」しか興味のない目である。
不躾な視線を事もなげに受け流した十羅は、ごく軽い調子で口を開いた。

「そっちのひっくり返ってる子が当代の殺芸部員?私、吉祥十羅。殺芸部のOGよ。他の部員はどちら?あ、今の季節ならみんな札幌?それとも山崎?もしかして京都かしら?」
「あ、どうも…1年生の人彩メルです。先輩方は手分けして3か所に行ってます…」
「あーらそうなの、みんな頑張ってるのね~」

そんなことを話している間にもかろんが投げつけたその辺の机やら椅子やらが十羅の周囲の固定された雨粒に弾かれて、がこん!がこん!とけたたましい衝突音を響かせていたがまるっきり無視して十羅は語り続ける。

「懐かしいわぁ~、札幌、京都、山崎。三冠を獲った(・・・・・・)時は物凄く楽しかったわ。山崎で開催初日で全員グチャグチャにして。新幹線の運転手を拷問して京都に突っ込ませて。祇園祭で『全員かかってこいや~!』ってたくさん叫んで。ハイジャックで札幌に行ったとき本当にギリギリのタイミングで。雪まつりの優勝者を表彰式で襲ってトロフィーを奪ったんだったわ。本当に懐かしい~」
「そ、それはスゴイですね…」
「ふふ、ありがとう。それで今日の用件なんだけどね」

十羅はあくまで穏やかな声のまま、告げた。

「我が青春の殺芸部が廃部の危機と聞いたから、渡しに来たのよ」
「…なに、を?」

メルの背筋を、冷ややかな予感を伝う。

「い・ん・ど・う♡」

引導(いんどう)
1 仏語。衆生を導いて悟りの道に入らせること。
2 葬儀の際に導師が棺の前に立ち、死者が悟りを得るように法語を唱えること。また、その法語。
3 先に立って導くこと。

引導を渡す
1 僧が死者に引導を授ける。
2 相手の命がなくなることをわからせる。あきらめるように最終的な宣告をする場合などにいう。

「ころされるううううううう!?」
「貴方の死体はちゃんと先輩方をお出迎えする時に使わせてもらうわ。原形が残ってたら、だけどね」

十羅が腕を一振りすると、ズガガガガガ!という機銃掃射めいた轟音と共に微細な何かの群れが殺芸部の部室を蹂躙し、中の全てを粉砕した。

「どわああああああああ!?」

暴風めいた破壊の渦から、間一髪メルは逃れていた。『脳・マ↑↑(ノーマライズ)』による触手状脳細胞の靭性を活かしたジャンプによって間一髪部室から屋内の廊下へと脱出したのである。『雨隠れの人喰い鬼』の話がもう少し短かったら部室の出口は『羅刹女(ラークシャシー)』の即死ラインが残ったままだったので死んでいただろう。

「ちくしょーっ!なんて日だーッ!やってやろうじゃねえかよこのやろーっ!」

二本の足で歩いている猶予がないメルは逆立ち姿勢のまま脳細胞触手を足代わりにダバダバと廊下を走る。メルとて殺人鬼の端くれ。状況に振り回されっぱなしではない。やられたなら殺り返す心構えはばっちりだ。
メルは廊下を猛ダッシュで縦断すると、廊下の端の窓をぶち破って飛び出した。

「逃げるのかしら?後輩ちゃん」
「場所を変えるだけですッ!」
メルは放物線起動を描きながら空中でOBの置き土産である手榴弾を十羅に向かって投げたが、十羅に届く遥か手前で微細な何かに迎撃され、空しく空中で爆ぜただけだった。
さらに空中のメルと十羅に向かって、先程メルが飛び出した窓から縄がうなりを上げて飛び出す。三豆かろんの縄だ。メルは脳細胞を操って空中で弾く。十羅は何もしなかったが、縄は空中で弾かれた。

「あっちの子は力押し一辺倒ね。メルちゃんを殺した後で相手してあげるから待ってなさいな」
「…めんどいな」

そう言い残して『羅刹女(ラークシャシー)』は廊下へと引っ込んでいった。
三豆かろん、意外にも階段を使うタイプである。

高々と放物線を描いたメルはグラウンドに着地―せずに、部室棟の向かいにある教室棟の窓をぶち破って授業中の教室に突っ込んだ。

「うわーっ!?」「なんだぁ!?」「目にガラス片がああああ!」

パニックになる教室に向かって、メルは一言。
「お肉貰いますッ!」
脳・マ↑↑(ノーマライズ)』。メルの脳細胞がこの世の何よりも速く硬い触手となって教室にいる全員を一瞬にしてグチャグチャの肉塊に変えた。
「そんで…これ!」
メルが懐から取り出したるはこれまた殺芸部の遺産の一つ。『emeth』と刻まれた手のひらサイズの金属板である。メルがそれを足元の屍山血河に投じると、見る見るうちに死肉が集まり巨大な人形を成す!

「先輩方、お力お借りしますッ!出撃!屍肉傀儡(フレッシュゴーレム)殺芸くんマークⅣ!」

これこそは殺芸部3大秘密兵器が一つ、屍肉傀儡(フレッシュゴーレム)殺芸くんマークⅣである。
過去の殺芸部部長である糸繰ヶ原泥彦によって作られたこのゴーレムは従来の伝統的ゴーレムの運用上の制約である七日に一度は休憩を与えなければならないという点を一日七人の殺人によって代替することが可能であり、ゴーレムの扱いは素人である歴代殺芸部員にも運用が容易な大型戦力として数々の抗争や虐殺において殺芸部に栄光をもたらしてきた。

のだが。

「うっそお」
メルの目の前で殺芸くんマークⅣが真っ二つになっていた。一瞬で。

「あらあら、それ、糸繰ヶ原君のゴーレムかしら?彼、一つ下の後輩なのよ。懐かしいわ~」
窓の外、余裕綽々という言葉を絵に描いたような調子で十羅は笑った。
「在学中にマークⅢまでは破壊して、卒業から5年くらい経ったころかしら?『マークⅢまでの恨み~!』とか言ってマークⅤとマークⅥを差し向けて来たんだけど、返り討ちにして本人も潰して、マークⅣだけどこにあるかわからなかったんだけど、殺芸部にあったのねえ。これで全部破壊できたわ~」
「なっ…ばっ…」
「懐かしい物を見せてくれたお礼に、私の能力についてちょっぴり教えましょうか」

窓からするりと入って来た十羅の周囲には、屋内にもかかわらずきらきらと光る雨粒が浮いている。

「私の能力、『鬼神大帝波平行安』って言うのだけれどね。空中の雨粒を固定することができるの。雨粒をその場に固定すれば壁にも足場にもなるわ。でも、それだけだと逃げる相手に攻撃できないでしょう?」

『雨隠れの人喰い鬼』の口元が凄絶に吊り上がる。

「だからね、そういう時は私の体に対する相対位置(・・・・)を固定するのよ。そうすれば雨粒で作った武器を体の動きに合わせて振るえるの―このように」

十羅のやったことは、くるり、と手首を返しただけだった。
咄嗟に伏せたメルの頭上を、恐ろしく薄く鋭い何かが通り過ぎた。それだけに見えた。
メルがそれに気付いたのは、悲鳴によるものだった。

「ぎゃああああああ!」「腕が…腕がアアアアア!」「嫌ああああ!」「痛い…痛いいいいい!」

全方位から…メルのいる教室棟3階の部屋全てから悲鳴が聞こえる。
メルは、壁に薄い薄い線が一本、水平に通っていることに気が付いた。教室棟3階が全ての教室を巻き込んで輪切り(・・・)にされたことを示す線だった。

「言っておくけど、防御しようとしても無駄よ」

一瞬にして惨劇を引き起こした女は、機嫌よく語る。

「私の『鬼神大帝波平行安』は雨粒に一方的に干渉するの。相対位置を固定された雨粒は私の体の動き以外で動くことも、軌道を変更されることもない。どんな硬い物体でも強度を無視して切れるし、逸らすこともできないし、反動が私の体に伝わることもないわ。どう?理解できた?あ、さっきから防御に使ってる雨粒も同じよ」

この世の道理を無視した、人外の魔剣。それが『鬼神大帝波平行安』。
防御不可能。干渉不可能。強度無視の絶対斬撃。
脳・マ↑↑(ノーマライズ)』によって強化されたメルの脳細胞はこの世のあらゆる物質を凌駕する硬度と靭性を備えているが、そんなものは『鬼神大帝波平行安』の前では何の役にも立たないだろう。

「う、うう…………」
メルは立ち上がることができない。ガタガタと震えが止まらなかった。絶望そのものの実力差。

「さ、後輩ちゃん。もっと見せて?貴方にできることが無いなら、さっきみたいに先輩の遺産に頼ってもいいわよ?私の知る限りでもサーモバリック怨霊爆弾とかキラー化ウイルスとかあったわよね?」
「つ、使いませんよう、そんな無差別兵器…」
『雨隠れの人喰い鬼』が挙げたのは、迂闊に処分もできず地下倉庫に封印されている大量殺戮兵器の名前だ。そのような物を相手にしても余裕だと、『雨隠れの人喰い鬼』は言っているのだ。

「あれ?じゃああれは貴方がやったんじゃないのかしら?」
「…?」

窓の外を覗く十羅の視線の先には、地下倉庫入口からもくもくと噴き出す毒々しい色の煙が見えていた。


ところ変わって、殺芸部地下倉庫。開け放たれた入口前には眼窩に鍵束を突っ込まれて絶命した警備員の骸が転がっていた。その奥には…

「あれ…私、何かやってしまいましたかね?」

『取扱注意』『開けるな』『死を覚悟せよ』と書かれた頑丈そうな箱。
その箱に顔面を叩きつけられて箱もろとも顔面をひしゃげさせ絶命した鏖高校生徒会長小鋼ミカネ。
そしてひしゃげた箱からもくもくと溢れ出す毒々しい煙。
一連のことをやらかした指名手配犯、マミヤショーゾー53歳横領殺人容疑。

「参ったなあ…部屋は間違えてしまったみたいだし、なんか壊しちゃうし…」

そうぼやきながらマミヤはその辺にあった物を投げて倉庫入口を通りかかった憐れな目撃者を殺害した。

間宮祥三53歳。殺人の天才だが、それ以外はてんで要領の悪い男である。
なんとなくうろうろしていた彼はそういえば鏖高校には殺芸部とか言うのがあるって聞いたなあ、ちょっと覗いてみようかなあ、と思い立ち、ひょっこりやってきてそのまま部室と間違えて地下倉庫に入り勢いで小鋼ミカネを殺害した拍子になんか壊してしまって今に至る。

そんなうっかりで破壊された箱には『殺人鬼(キラー)化ウイルス』と書かれている。
これこそは封印されし殺芸部三大兵器の一つ。その効能は…

「なんかいきなり毒々しい色の煙が!うわああああ…」
地上では不幸にも通りかかった生徒が煙に巻かれ…
「ああああああ…ヒャッハー!人を殺したい!」
殺人鬼になった!

これこそは殺人鬼(キラー)化ウイルスの効力、感染者の問答無用の殺人鬼化である!ちなみに既に殺人鬼である者には感染しない。

もうもうと広がるウイルスの煙は風に乗って校舎へと流れ込み、大パニックを引き起こした。
「ヒャッハー!殺す!」「殺す!殺すう!」「殺したいったら殺したい!何が何でも殺したい!」「きえええええ!殺す!」「ころころ!ころーっ!」
生徒たちが次々と感染し、衝動のままに襲い掛かり殺しあう。瞬く間に学校中が血で染まり始めた。

「死ねええええウギャアーッ殴られて死んだ!」
「死ね死ね死ねっグワーッ絞め殺されて死んだ!」
「死ぬが良いっアバーッ引きちぎられて死んだ!」
「死をくれてやヒギャアーッいきなり飛来した肋骨が脳に刺さって死んだ!」
「うーん、なにこれ…?」

ちょうど教室棟にやってきた『羅刹女(ラークシャシー)』を巻き込んであっちでもこっちでも殺し合い、血祭りパーティーの様相である。現在キルスコア1位は三豆かろん。モブ生徒殺人鬼たちを千切っては投げ(比喩に非ず)、千切っては投げ(比喩に非ず)の大暴れ。圧倒的実力差だ。やはりプロは違う。

「なんかめんどくさくなってきたし早く用件済ませて帰りたい」(暫定一位のコメント)

「あらら…なんだか大変なことに…」
他人事のようにぼやく間宮祥三53歳だが、現在進行形で滅茶苦茶にやらかしまくっているのは彼である。
殺人鬼(キラー)化ウイルスを解き放ったことに留まらない。彼の魔人能力「人生で最悪で最後のついてない一日」は周囲で発生した犯罪を例外なく必ず無関係で無辜の他人に目撃させる能力である。
―では、そこに「無関係で無辜の他人」がいなかったら?
殺人鬼(キラー)化ウイルスが解き放たれたことにより、鏖高校の生徒は殆どが殺人鬼になったか、さもなくば死んだ。そして「無関係で無辜の他人」の数は鏖高校で起こり続けている血祭りの規模に比べて圧倒的に少ない。となると…

周辺地域では、不気味などよめきが起こっていた。
「雨の日の散歩に行きたいのかい」
「本当の暇潰しがしたいのかい」
「日々に刺激が欲しいのかい……」
「仕事を抜け出してどっか行きたいんだろ」
「散歩なら鏖高校だな」
「だったら鏖高校だ」
「鏖高校へ行くといい」
「鏖高校だ」

すごい数の「無関係で無辜の他人」が鏖高校に集まってきている!
そしてその末路は当然…

「なんとなく鏖高校に来たらなんかスゴイ殺し合いを…俺も混ぜろ!」
「うあああああすごい数の殺人鬼が鏖高校を練り歩いている!もちろん俺も含む!」
「みんな死んでるううううう!私も殺すううううう!」
「うわあああああああ!?(驚愕)うおおおおおおお!!(殺意)」

感染!感染!また感染!
殺人鬼と目撃者の数の不均衡はいつまでも埋まらず、無辜の他人の流入が止まる気配もない!
鏖高校の大パニックはもはや誰にも制御できず、凄まじい勢いで拡大の様相を呈しつつあった!

「なになになになになにが起こってるんですかあああ!?」
驚愕しつつも『普通の女子高生』人彩メルは次々と襲来する殺人鬼の群れを脳細胞を振り回してしのいでいた。
「あーっははははは!あはっはっはははは!なにこれなにこれ!あはははは!ひー!ひー!お腹がよじれる!笑い死んじゃう!」
『雨隠れの人喰い鬼』吉祥十羅はこの大珍事を前に腹を抱えて笑い転げていた。当然殺人鬼たちが襲い掛かるが雨粒の絶対防御に弾かれて骸をさらすばかりであった。

「えっとえっとどうしよう!」
メルはおろおろと周囲を見渡した。もう右を見ても左を見てもしっちゃかめっちゃか、四方八方血祭り殺し合い屍山血河残虐非道死屍累々ですったもんだのどったんばったん大騒ぎである。
「と、とにかく自衛しなきゃ―」
ばがぁん!という轟音がメルの耳朶を打った。次の瞬間メルの方に頭部が潰された死体が吹っ飛んできた。
「―ッ!」
次の瞬間メルの視界に入って来たのは、全身を返り血に染めた『羅刹女(ラークシャシー)』三豆かろん。そして唸りを上げて振り回される縄!
メルは咄嗟に飛び退ってこれを回避!
「ウギャアーッ!」
その辺の殺人鬼に縄が直撃し胴体が二つに裂け即死!
「こなくそーっ!」
メルが脳細胞触手で反撃!
「ウギャアーッ!」
かろんが盾代わりにしたその辺の殺人鬼がズタズタに切り裂かれ即死!
「ん」「ウギャアーッ!」
かろんがその辺の殺人鬼の頭部を素手で引っこ抜き頭部を野球めいて剛速球投擲!
「なんのーっ!」
メルが能力発動!飛来頭部の脳細胞が変形しブーメランめいた形状となり空中Uターンしかろんを逆襲!
「む」
かろんはまだ手元にあった死体をバット代わりにフルスイングしブーメランを迎撃!痛烈なピッチャー返しがメルを襲う!
「こんにゃろーっ!」
メルはその辺の死体の脳細胞に能力行使、バット状に変形させたそれを握ってピッチャー返し返し!
「ん」
かろん、このピッチャー返し返しを普通に歩いて避けて縄を飛ばす!メルの白い首筋に伸びる縄!
「絞死園ッ!?」
思わずよくわからない声を漏らしたメルだったが、辛うじて手元の脳細胞バットで縄をガード。凄まじい力で引かれ、手を離れたバットが元の脳漿に戻ってびちゃびちゃと散らばる。
「ヒャッハー!殺すー!ウギャアーッ死んだ!」
無謀にも乱入してきた殺人鬼をかろんの鉄拳が力任せ打撃心臓破裂即死!
「ヒャハアーッ!殺~す!ウアギャーッ死んだ!」
無謀にも乱入してきた殺人鬼をメルの脳細胞が鋭利刺突心臓風穴即死!
「―ッ!」「…っ!」
『普通の女子高生』と『羅刹女(ラークシャシー)』の視線が交錯し―!
猛烈な唸りを上げて振り下ろされる縄!
風切り音と共に奔る脳細胞触手!

ズバァン!と空中で両者が交錯し―

「あっ…ぎいいっ…首っ…」

ミシミシと、メルの頸骨が軋んだ。
メルの脳細胞は並の物理攻撃ではビクともしない強度を持つが、頸骨はそうではない。既に最初の『羅刹女(ラークシャシー)』との交錯でダメージが蓄積していたメルの頸骨は限界を迎えつつあった。

(ま、ずい…押し負ける!)
この状況はまずい。メルが離脱のための思案を巡らせ始めた時、さらなる危機が現れた。
「あらあらあら、しばらく笑っている間にお客さん?メルちゃんは私の獲物よ?」
『雨隠れの人喰い鬼』吉祥十羅。
その殺意が、メルに向けられている。
(あ、死ぬ)
メルに『鬼神大帝波平行安』が振り下ろされようとしたその時である。

「おい母さん」
その声が、ピタリと『雨隠れの人喰い鬼』の動きを止めた。

「だ…だれ?」
メルの視線の先にいる集団は…その家族はメルの知らない人々である。
しかし、『雨隠れの人喰い鬼』吉祥十羅にとっては自分の息子と娘たちである。そして、間宮祥三の魔人能力「人生で最悪で最後のついてない一日」によって引き寄せられた無辜の一般人たちであり、殺人鬼(キラー)化ウイルスによって殺人鬼と化した者たちである。
先頭に立つ、長女の燐が告げる。
「いい加減に家族としても愛想が尽きたから…母さんを殺すことにしたの」
その隣に、長男の炕が憎々しげに吐き捨てる。
「俺たち全員、アンタの身勝手にはもううんざりなんだよ…!」
そして、次女の炯が憐れみと共に語る。
「一家の総意だから、母さんには甘んじて運命を受け入れてほしいなって」
行方不明になっていた、三男の煉が機械化した全身から白煙を噴き出した。
「グゴゴ…オマエヲコロスタメニオレハセカイヲメグリニンゲンヲヤメタ…」
その他。
「ネグレクトの報いを受ける時だ、神妙にいたせ」
「クキキ…この機に全員を殺してしまえば家族の財産は私の物…」
「親を質に入れるって言葉があるけど死体でも質草になるかなあ?」
「Your die is destiny…」
「この殺害は決定事項だキチジョ。おとなしく殺されるキチジョ」
「うー!しね!しね!」
「幻の11人目とは俺のこと…」

吉祥十羅の相貌が、見る見るうちに激怒に歪む。
「あんたたち…親を何だと思って…!」
「「「「「「「「「「うるせーぞネグレクトクソババアーッ!!」」」」」」」」」」

各々武器を持った吉祥家の面々が十羅に襲い掛かり、凄まじい親子喧嘩が始まった。
これで助かったのは人彩メルである。

「なんかよくわからんけど、意識がそれた!僥倖!」

後は目の前の『羅刹女(ラークシャシー)』をなんとかすれば離脱への道が開ける。ではそれをどうするか。と、そこに―

「殺したい!三度の飯より殺したい!」
「殺したい!寝る間も惜しんで殺したい!」
「殺したい!女房を質に入れても殺したい!」

「ちょうどよさそうな素材発見ッ!」
メルは足をからめとろうとして来る縄を力を振り絞って躱し能力発動。
「「「ウギャアアアアアア!!!」」」
乱入殺人鬼たちの脳髄が脳からまろび出て、一塊に融合する。
「三大欲求を棄てた殺人鬼たちを生贄に、三連脳髄融合!叡智を形と成して、その力を我がために振るえ!いでよ!灰色脳の鋼竜(グレイブレインズ・メタル・ドラゴン)!!」
灰色の脳細胞が凝集して形を成した竜に、メルは命令を下す。
「行けーっ!叡智の爆裂白光弾(ブレインストリーム)!!」
「がおー!」
竜の顎から爆裂光の塊が吐き出され、爆音と閃光を撒き散らす!その隙をついてメルはダッシュ!

「うおおお!こんなところで殺し合いなんてしていられるか!私は逃げる!」
メルは逃げた。とにかくこの混沌とした状況から脱したかったし、『羅刹女(ラークシャシー)』はともかく『雨隠れの人喰い鬼』はあまりにも危険な相手だった。

メルが階段をダッシュで駆け降りる間にも、後方では灰色脳の鋼竜(グレイブレインズ・メタル・ドラゴン)がバチボコとやられる音が響いて来ていたし、親子喧嘩の現場からは凄まじい悲鳴が聞こえてくる。生きるためにはとにかく急いで逃げねばならなかった。
のだが。

「おや?」
「ッ!!」

メルは階段を一階まで駆け下りたところで足を止めた。その眼前にいるのは古びて気崩れたスーツを着た、冴えない男である。
だがメルは、その男から先の殺人鬼2人にも劣らない脅威を感じていた。
それもそのはずその男こそは殺しの天才、「指名手配犯、マミヤショーゾー53歳 横領殺人容疑」その人である。

目が合った。
(しぬ)
メルは踵を返して逃げようとして―

ぐじゃぐじゃぐじゃ!と先程まで竜の形をしていた脳髄の塊が階段を転げ落ちて来るのを見た。その後に続いて現れたのは全身を鮮血に染めた『羅刹女(ラークシャシー)』三豆かろん。

時を同じくして、天井の一部が鋭利な斬撃で切り抜かれ、大量の細切れの肉塊が降って来た。その後に続いて降りて来るのは、『雨隠れの人喰い鬼』吉祥十羅。

メルは自分の運命が途絶えたのを悟った。
(ホノカ先輩)
(ミツキ先輩)
(ヤコ先輩)
(私はもう、ダメみたいです)


時は僅かに遡る。
メルが血生臭い野球のようなモノをしたり親子喧嘩が勃発したりしていた時も、「人生で最悪で最後のついてない一日」は鏖高校に無関係で無辜の他人を引き寄せまくっていた。
故にこそ。
上空。
「アテンションプリーズ。当機の行き先は札幌空港の予定でしたが、やっぱり鏖高校にします」「え?」
海原ミツキを乗せた飛行機がUターンし。
線路上。
「新幹線『ころし』への乗車、誠にありがとうございます。これより当車両の行き先は鏖高校に変更されます」「えっ?」
火中ホノカを乗せた新幹線が脱線し。
次元ポータル駅。
「このポータルは山崎行き…にしようかと思いましたが、やめました。鏖高校に行きます」「ほえ?」
蓑虫ヤコの入ったポータルが、ぜんぜん違う場所に繋がった。

その結果。
人彩メルの命運が尽きたかに思われたまさにその時。
旅客機が混乱を極める鏖高校の校舎に墜落炎上し。
何故か公道を爆走してきた新幹線が鏖高校の校舎に激突し。
空間を引き裂いて次元ポータルが鏖高校の敷地内に現れた。

偶然か必然か、いずれもメルのほど近くの場所である。
混沌ここに極まれり。ただでさえ殺人鬼まみれで酷いことになっていた鏖高校は、もはや言語に絶する様相を呈していた。
轟音と共に校舎が倒壊し、あらゆる意味で制御不能のグチャグチャがぶちまけられる。

そして同時に、事態は急転直下の決着を迎えようとしていた。
人生で最悪で最後のついてない一日が、終わる。

いくつものことが同時に起こった。
「むう。なんだか異常事態?」
既に魔法少女に変身した海原ミツキが墜落した飛行機から魔法のモーニングスターに乗って飛び出す。
「ちょちょちょっと何起きてるの!?」
研ぎ上げた鰹節を手にした火中ホノカが凄絶なクラッシュを起こした新幹線から転がり出る。
「ぬおおお、時空転移酔いが…」
目を回した蓑虫ヤコが時空ポータルからはじき出されふらふらと立ち上がった。
「だめえええええっ!」
状況を先輩三人に先んじて把握した人彩メルが叫ぶ。
ここまでが、最初に起きた。

「ん」
三豆かろんの投じた縄が空中のミツキに向かって飛び、細い首筋に深々と食い込んだ。そしてそのまま恐るべき早業で地面に引きずり落とし、断末魔の悲鳴よりも早くその頭部に躊躇なく靴底を五度叩きつけた。
「ふん」
吉祥十羅が不機嫌そうに手を振ると、極薄の水の刃がホノカに向かって振り下ろされた。咄嗟に防いだ鰹節を豆腐のように切断し、ホノカの体も同じく泥のように両断した。
「おやおや、なんだか大変なことになっていますね」
間宮祥三がそう言い終えるよりも早くその足がそこらの瓦礫の欠片を蹴り飛ばし、飛ばされた瓦礫はヤコの眼窩から突っ込み脳髄の中心を貫いて後頭部の頭蓋の内側を叩いた。
「嫌…いや、いやあああああ!」
メルは悲鳴を上げることしかできなかった。

ここまで、僅かに二瞬。殺人鬼とはかくのごとし。
あまりにもあっさりと、少女たちの若い命が散った。

「あ、あ、あ…」
ぺた、とメルはへたり込んだ。
その目の前には、3つの死体が転がっている。
一つは顔面を踏み砕かれた死体である。グチャグチャの肉と骨片と脳漿の塊から、僅かに原形をとどめた目玉が視神経で繋がったまま飛び出て、力なく飛び出た舌の上に乗っていた。
一つは正中線で真っ二つになった死体である。鋭利極まる切断面から内臓という内臓が全て零れ出て、雨の中で僅かに湯気を上げた後、急速に冷えていった。
一つは左目の収まっていた場所に大穴を空けた死体である。何が起こったのかわからない驚愕の表情のまま固まって、左目のあった場所からどろどろとした液体を絶え間なく溢れさせていた。
完全に破壊された壁からざあざあと雨が吹き込んで、骸になった殺芸部員たちと、まだ生きているメルを濡らした。
「う、ああ」
メルは天を仰いで放心した。
「あ、ひっ、ひ」
引き攣れたような呼気が、メルの口から漏れた。
そして、メルは少しだけ固まって―
堰が切れたように。


「ブッ殺してやるうううううううう!!!!」


人彩メル、初めて知った殺意だった。

メルは跳んだ。殺意だけが脳裏にあった。
殺す。
偶々近くにいた間宮祥三に向かって襲い掛かる。
脳・マ↑↑(ノーマライズ)』、全力励起。先ほどまでに倍する体積に膨れ上がった脳細胞が自在に蠢く殺戮武器と化し四方八方から殺到する。
びしゃびしゃと生暖かい液体が飛び散った。

「なんとこれは。驚きですね。最近の若い子はすごいなあ…」
「~~~~ッ!」
メルの脳細胞触手の先端が、切り落とされていた。飛び散ったのはメルの能力圏から外れた脳細胞の欠片だ。
間宮祥三は、無傷。その手にはメルが持っていたはずのナイフが握られている。そう、その男こそは正真正銘の殺しの天才。メルの脳細胞はこの世の何よりも硬質かつ強靭な素材であったが、この世に存在する物体である以上構造的に完全な無謬を実現することはできない。間宮祥三が成したことは「切断した」というよりも「パーツを取り外した」と言った方が近い。無論、絶技と称する他にない無双の殺人技である。
しかし間宮祥三には呼吸をすることと同じくそれができた。何故なら彼は天才であり、天災でもある。
遭遇すれば必ず殺す。あらゆる生命にとっての不運、徘徊する死の運命こそが彼である。

「う゛う゛う゛う゛う゛…!!!」
人間は脳の表層を削られても即死するわけではない。重傷には変わりないが。
メルは眼前の殺人鬼を睨み―
「うるあ゛ッ!」
咆哮と共に再度襲い掛かった。先刻と変わらぬ突撃。
間宮祥三の手が無言のうちに閃き。
それを成した間宮祥三自身も含めて、その殺人技が如何なる原理なのか分かった者は誰もいなかった。

音も無く人彩メルの心臓があった場所が消失し、大きな風穴が少女の胴体に空いていた。
そして。

その結果を成した要因はただ一つ。
脳裏に焼き付けた殺の一字。

「あらら?」
心臓のあった場所に大穴を空けた人彩メルが、間宮祥三に肉薄していた。その脳髄は巨大に膨れ上がり、巨人の掌の如く間宮祥三の頭部を押さえつける。
殺しの天才である間宮祥三は、目の前の少女に何が起こっているのかを悟った。
「これは―ついてないなあ」
そんな言葉を言い残して、間宮祥三は脳天から凄まじい圧力を受け身長が1割まで縮み死んだ。
彼が殺した無数の人々と同じ、一瞬の死だった。

間宮祥三を肉塊に変えたメルは、心臓のあった場所からぼたぼたと赤い塊を零し―
ぐりん、と尚も動き向き直った。その目は、殺意を湛え爛々と輝く。

ズっ、とメルが動き―ださない。その全身は髪の毛一本に至るまで、彫像のように静止していた。

「…驚いたわ。本当に。この技は最後の最後まで隠しておくつもりだったのだけれど」

メルを拘束しているのは、完全に静止した空気そのものだった。それを成したるは『雨隠れの人喰い鬼』吉祥十羅。
『鬼神大帝波平行安』―空気分子そのものの完全固定。今のメルはダイヤモンドをもはるかに凌駕する硬度の拘束に文字通り一部の隙も無く埋められている。呼吸するどころか、肺の中の空気分子すらも完全に固まった、絶死の檻である。

しかし、メルの瞳はなおも殺意に爛々と輝く。
抵抗するどころか、一呼吸すらできないというのに。

「…ッ!」
『雨隠れの人喰い鬼』が、初めて気圧された。これ以上の猶予はない。指を一振りすれば、檻が圧縮され囚われた少女は赤い塊に変わり果てる。そうなるはずだった。
しかし、その事実に気付いてしまった驚愕に、動きが一瞬遅れた。

人彩メルの眼が、爛々と輝いている。
物理的に(・・・・)

知恵熱、という言葉がある。
また、叡智の光、というように知恵や知識は時に光に例えられる。
そして、知恵の座は脳である。
今ここで人彩メルの起こした現象が、それらの事象と関係があるのかは定かではない。

ボジュ、という音と共にメルの額が高熱に融け落ち、白熱した噴出孔(・・・)が姿を現した。
透明な空気の壁は、光の前には無力だった。
光を屈折させる雨粒も、全てを蒸発させる熱量の前には無力だった。

「うそ」

吉祥十羅はそれだけ言い残し、熱線に呑まれ全身が蒸発した。

ちゅどおおおおおん!という凄まじい爆音と共に、地平線にほど近い場所に熱線が突き刺さりキノコ雲が吹き上がった。

それを成したメルの頭部からは、ぶちゅぶちゅという音と共に沸騰した飛沫が飛び散り、雨に冷やされて白い煙を上げている。自身の放った熱量に、脳が焼け崩れていた。
それでもメルは立っていた。
そしてメルは二つに千切れた。
羅刹女(ラークシャシー)』の前蹴りがメルの体側に突き刺さり、衝撃に耐えかねた体が胸にあけられていた風穴から上下に千切れ、殆ど肩と腕と頭部だけの上半分が煮え滾った脳漿を撒き散らしながら吹き飛び、僅かに残っていた校舎の壁に頭部から叩きつけられてグジャ!と音を立て、その衝撃で右腕も肩から千切れた。
その場に残された腹から下の部分は『羅刹女(ラークシャシー)』の容赦ない追撃を受け、たちまち雨と泥に混ざって赤黒く地面に広がった。

もはやメルに残っているのは、沸騰して半分以上地面に撒き散らされた脳と頭部、それに僅かに繋がった左の肩と腕だけである。

それでも『羅刹女(ラークシャシー)』三豆かろんは油断せず、半壊したメルの頭部に縄を投じ絡みつかせると、後方に渡した縄で作った死の『川』へと引きずり始めた。

ずるる、ずるる、と雨に濡れながらボロ雑巾のようになった少女が縄で引きずられ―
びん、と縄が張る。
「―ッ!!!!!」
羅刹女(ラークシャシー)』が怪力で引いても、縄が動かぬ。メルの左腕から生えた木の根(・・・)が、地面に食い込んでいた。
熱に白濁した眼球には、今もなお一つの意思が湛えられている。

殺す。

なぜ、心臓を失い、脳を沸騰させ、ほぼ全身が千切り飛ばされてもなお動くのか。それはただ一つ。
脳・マ↑↑(ノーマライズ)』、脳機能調整。【植物状態(・・・・)】。
植物の生存に心臓が必要だろうか。脳は?五臓六腑は?
無論、必要ない。
代償として知性をほぼ失ったが、ただ一つの意思が残っている。

殺す。
殺す!
絶対に殺すッ!!

メルの脳髄が再び赤熱し、ブヅブヅと赤熱した雫を撒き散らし始めた。同時にまだ原形をとどめていた顎が、自ら縄に噛み付き固定する。これで逃げられない。
もはや指向性を持った熱戦は放てないが、必要ない。ここら一帯諸共に灼熱に沈めてくれる!

そうだ、私は殺す!殺す、殺す!
そう、殺人だ!全存在の全てを賭けてそれを成すのだ!
そうだ、そうだ、言っていた。世に芸術はたくさんあれど、最もエキサイティングなのはもちろん殺人!
そして、それを司るのが我らが部活動、殺芸部!

…あれ?

メルは白濁した眼球で見た。
死体だ。顔面を潰された死体だった。
また死体だ。正中線で真っ二つになった死体だった。
またまた死体だ。左目の在ったところに大穴を空けた死体だった。
部屋だ。真っ二つに切断されて、その後のゴタゴタで瓦礫の山になった部室だった。

普通の彼女は、普通に、居場所が欲しいだけだった。
欲しかった全てが、すべて失われているのを見た。
今更ながらに、それを悟った。
なにもかもが、もはや無意味だった。

「………………」

『普通の女子高生』は、悲しいことがあったので当たり前にただ涙を流した。
じゅうう、と赤熱した飛沫が飛び散って、それきり白煙を上げて冷えていった。
ぷつん、と音を立てて肩に繋がっていた肉が千切れて、ボロボロの生首が転がった。

ずるずると、縄に繋がれた生首が引きずられていく。
その途中で、顔面を潰された死体が引っかかったが、構わず引きずられていった。
さらに正中線で真っ二つになった死体が巻き込まれて、一緒に引きずられていった。
それに引き寄せられるように左目の在ったところに大穴を空けた死体が絡まって、一塊になって引きずられていく。

4人の少女たちは一つになって―
川を渡ったきり、二度とこの世に現れることは無かった。


『NOVA』限定公開一日目。
鏖高校での戦い。
『指名手配犯、マミヤショーゾー53歳 横領殺人容疑』
『雨隠れの人喰い鬼』
『普通の女子高生』 他多数
―死亡。

羅刹女(ラークシャシー)
―生存。


「ふぅーーーーー…」
勝者はただ一人、大きなため息をついた。
間宮祥三の死亡によって新たな無関係の市民の流入は止まったもののいまだ周囲では残った殺人鬼たちがわちゃわちゃと殺し合いを続けている。
ピピピ、と三豆かろんの懐でスマホが鳴った。かろんはめんどくさっ、という顔をしたものの億劫そうに電話を取る。
『ハロ~!大勝利だねェ~!』
「眠いだるい疲れた帰って寝ます」
『いつになく早口!というか大勝利は良いけどこの状況後始末とかどうすんノ?収拾つかないヨ?』
「知りませんよ。なんとかし…」

その時、がちゃんがちゃん、となにか機械のような物がかろんの前に転がって来た。その辺の殺人鬼が壊したり投げたりしたものだろう。
それには、こう書かれている。
『取扱注意』『さわるな』『死を覚悟せよ』
『サーモバリック怨霊爆弾』
これこそは殺芸部三大兵器最後の一つ。空気中の怨霊を媒介として爆発を起こし、怨霊が多い場所、特に今の鏖高校のような場所でこそ最大の威力を発揮する大量破壊兵器である。
あとなんかタイマーがカチカチ言っている。

「やっべ」
かろんはその辺に打ち捨てられていた自転車に飛び乗ると、その人外的身体能力を駆使し全力で逃げ始めた。
『ちょっと~?位置情報が異常な勢いで移動してるんだけどなにかナ~?』
「……………!」

かろんが池袋の外まで逃げたころ―
東京全域が震度5に見舞われた。
キノコ雲は、かろんの場所からもよく見えた。

「………………」
『……とりあえず、事態は一応収拾したネ?オチがサイテーだけど』
「………………」
『というわけで、おつかれチャン!』
「………………」
『おーい?お~い!』
「………………Zzz」
『まだ寝るな~!ほかの参加者に殺されるゾ~!』

一時の休息。
次の殺しは、また明日だ。
最終更新:2024年06月02日 09:49