1.

 詩人の街。コピーの街。受験の街。
 サンシャインシティ。ランドマークたるビルの頂上には巨大な太陽のオブジェが鎮座し、平時であれば通行人たちの心を照らしている。しかし今は夜。雨模様。陽はない。
 地上の街灯届かぬ暗闇の宙で、シンボルである太陽が、巨大な目玉に成りかわってるなど、誰も気づかない。
 巨大目玉に添えられた、光輪にも睫毛にもみえる装飾に立つ、ひとつの人影がある。
 影といってもその顔は、スマートフォンの液晶で照らされて浮かび上がっている。陽気で悪質な笑みだ。
 画面に向かって言う。

「ハェァロー♪ 少年少女紳士淑女童貞キモオタ変態キチガイめくらつんぼの諸君!! 告知通りのお待ちかね、世間を騒がせてるヒーローもどき、某蜘蛛男をぶっ殺す時間だよ〜!! 準備はいいか〜〜!!」

 やまぬ雨が髪を濡らし、眼鏡から顎へ、肩から豊満な胸へ、腰から帯刀した日本刀の鞘の先へと雨水が流れていく。
 画面向こうに呼びかける彼女――普見者(パノプテース)は、配信の熱気のためか、あるいは強靭な魔人の体力のためか、雨などなにも気にしていない。
 視聴者も気にしていない。彼らは早く血の雨が見たいだけだ。コメントがものすごい速度で流れていく。

『殺せ』
『殺せ!!』
『全員殺せ』
『くーちゃんがんばれ』
『お前も一緒に死ね』
『地獄からの使者が死者ってコト!?』
『普見者最強!普見者最強!普見者最強!普見者最強!』
『ケヒヒ』

 トレンド急上昇確定な勢いに笑みを浮かべつつ、彼女はスマートフォンをポッケにしまった。配信停止したわけではない、むしろ活性化だ。
 彼女の周囲に十数の目玉が浮かぶ。高高度の眺めを見下す目玉もあれば、彼女の不敵な笑みを見つめる目玉もある。
 これらの視界がネット上に配信されている。
 目玉を任意に生み、その視界を電子媒体を含んで記録・共有する魔人能力『アルゴスの瞳(ハンドレットアイズ)』は、現在197アカウントでそれぞれ別々の視界を配信している。普見者の殺しを期待するものは、これらの配信を適宜切り替えたり複窓で視聴する。視聴数が回ること回ること。(ちなみに彼女のセーラー服をローアングルから覗く目玉はハイパーウルトラVIP限定配信である)
 目玉が出現したのは彼女の周囲のみならず、サンシャインシティのすべての部屋、すべての敷地、上空地下従業員専用通路トイレくまなく、一瞬にして視界におさめた。
 異変があったのはサンシャインシティ商業施設区画。小規模な戦闘の痕跡が見られる。壁は崩れ商品棚が倒れている。何十人かの伏して血を流す一般人の姿がうつる。まだ息はあるようだ。そこから少し離れたところで、激しく闘う二人の男の姿があった。

『いた!』
『どっちがスパイダーマン?』
『ヒョウ柄のレインコート。これこそスパイダーマンの証』
『もう始まってる!』
『蜘蛛男の正体みたりって感じだ』
『相手だれ?』
『また獲物とられるw』

 ヒョウ柄のレインコートを着たスパイダーマン。彼が戦っている相手は……普見者には誰かわからない。NOVAの殺人鬼ランキングを思い出すも、その顔ぶれにはいなかったはずだ。下位ランクかポッと出かアマチュアか、なんにせよめぼしい殺人鬼ではないだろう。それは防戦一方な戦いぶりでも分かる。
 とはいえ、『一人殺すより二人』という諺もある。たくさん殺す方が映えるし、再生数も回る。

「いますぐボコしに行っくよ〜〜ん、オラっ!」

 普見者は屋上からピョンと飛び降りた。自由落下。このまま脳天から落ちてしまえば魔人といえど無事ではいられない。

 『アルゴスの瞳』を発動。
 空中に生み出した目玉を、握り、身をひねる。加速度を横へ。
 また目玉を出し、また身を飛ばす。その空を駆けるさまは、少しだけ、スパイダーマンぽかった。

 吹き抜けになっているエレベーターホールの一階で、二人の男は戦っており、三階から普見者は見下ろしている。ヒョウ柄の男は背を向けており、袖口から伸ばした鉤縄を振りかぶり、対面する優男の脳天を砕かんとしていた。
 普見者は飛び降り、三階の床下――二階の天井のヘリを蹴って加速。一直線に飛びかかった。

 獲物に襲いかかる瞬間こそ、大きな隙となる。

 ヒョウ柄の男は、袖口から伸ばした鉤縄を振りかぶり、対面する優男の脳天を砕かんとしていた――そのように見えた。
 普見者も彼女の視聴者も、NOVAの客たちもそう予想した。
 しかし鉤縄は優男には当たらず空を切り、ヒョウ柄の男と背後へぐるりと。
 飛びかかった普見者の顔面に、錘がめり込んだ。
 彼女の首が曲がり、そのまま地べたに墜ちる。
 意識外のカウンターが見事に決まった。


2.

「ハーッハッハッ! どこぞの猪でも飛び込んできたかと思ったが虫ケラだったか!」

 ヒョウ柄の鉤縄男――スパイダーマンこと振入尖々は、僅かな静寂ののち、神業的鉤縄術が大したことではないかのように笑った。大声をあげて平常を装う。内心で現状を高速分析する。

 ――鉤縄を空振らせて背後の敵を討つ、傍目にそう見えたろうが、実際は違う。
 こいつは俺の鉤縄をかわした。これまでのしのぐだけの動きとは違って、完全に間合いを見切っていた。なぜいままで自身の力を隠し、そして晒した?
 決まってる。俺と背後の闖入者、二人の虚を同時につくためだ。
 俺が大振りの攻撃をするよう敢えて隙を作り、全てのタイミングを合わせた。なぜ俺を助けた?
 決まってる。あの女とは相手するより俺が容易と言っているのだ。俺の方が弱い、と。

「舐めやがって。耐えるのもやっとな演技しやがって。クソガキが」

「……別に、演技でもないんですけどね」

 顔を強張らせているが、次にどんな手が来るか分かったもんじゃない。これまで殺してきたヤクザや殺人鬼とは違い、なにか、底知れないものがある。

 仕方ない、『あの技』を使うか。
 俺が考えた俺流のオリジナル鉤縄術……。

 優男は、これまでの防戦で刃こぼれした銅色の剣を構えた。
 たった一本の剣では、今度こそ交わすことはできまい。

 これは奔流。これは濁流。これは龍。
 俺は身を屈める――姿勢を安定させる必要がある。
 俺は左手首を外へ曲げる――袖口を大きく開ける必要がある。
 俺は左腕を突き出し、ヒョウ柄のレインコートのうちから全ての鉤縄を放出する。無軌道に絡まり合い、弾き合う鉤縄の軌道は見切れるはずもない。
 錘は散弾のように撃ち抜き、鉤が肉を裂き、縄は蛇のように身を締め付ける。
 これぞスパイダーマン鉤縄術の奥義だ。かわせるはずもない。

「身を屈め手首を外に曲げ腕を突き出す――このポーズは俺が考えたんだ! オリジナルだ! パクリじゃあないぞ!」

 ――別に誰も責めていない。


3.

 スパイダーマンの奥義を受けた優男――プレイヤーこと川神勇馬は、まだ生きていた。
 彼は普見者が乱入する数分前からスパイダーマンと対峙していた。彼の鉤縄術を〈観察〉していた。一・二本なら無軌道な鉤縄攻撃もある程度さばけるようになっていたが、今回は出来なかった。さすが、奥義を冠するだけはある。かなり喰らってしまった。それでも、急所を庇えたのだから御の字ではあるが。
 幸運は続いているのか?
 運が良ければ殺しうる『スパイダーマン』と出会い、まさかの三人目も出オチで終わらせた。
 タイミングを測りはした。ただ、上手くいったらいいな、という賭けである。たんなる願望なのに、普見者に強烈な一撃を喰らわせることができた。最高の結果が転がってきた。
 俺はまだ生きている。幸運だ。錘の直撃に骨は折れ、立つこともできない。だけど、ここから勝つ。勝てるはずだ。

「……ステータス、……オープン」

 自分の状態を見る。体力は1。〈瀕死〉だ。〈瀕死〉状態だと歩くことはできない。気合いや根性ではどーにもならない。踏ん張るための力も入らない。意識が飛びそうでも、瞼が閉じかけても、〈観察〉は止めない。
 スパイダーマンの足音が遠ざかる。この場で唯一立つ彼が逃げるはずもない。打ち落とした普見者に近づいているはずだ、トドメを刺すために。
 早く、トドメを。そうすればレベルアップして全回復だ。
 早く……。
 まだか……?
 ――誰かが誰かを殺すのを待ち続け、神に願い続け、しかしそのような結果を〈観察〉することなく、プレイヤーは意識を失った。


4.

 奥義によってズタボロになったプレイヤーを見てスパイダーマンはホッと一息つく。しゅるしゅると袖口に鉤縄を戻し、あらためて乱入者を見下ろす。黒セーラーを着た少女――覚えがある。たしか天誅系配信者だ。
 偶然とはいえ、思い切り振られた錘が顔面にクリーンヒットしたのだ。彼女はまだ両手で顔を押さえる。指の隙間からこぼれた目と潰れた目がまろびでている。

「何のつもりで俺を狙ったか知らねぇが、地獄で後悔するんだな」

 彼は一本の鉤縄を伸ばし、カウボーイのようにぐるぐると回す。加速する。
 また喰らえば魔人といえど致死。スパイダーマンは、無抵抗にうずくまる相手に外すようなアマチュアではない。
 風切音がどんどんと高くなる。
 ほんの少しのスナップ。鉤縄は猛獣のように飛びかかる。
 普見者は顔を伏せていた。彼女の手は、帯びた刀に添えられている。

 ――居合の構え。

 こぼれた瞳は、スパイダーマンを見つめていた。瞬時に駆け巡る悪寒が、彼の足を下がらせた。鉤縄のような投擲武器は、攻めと同時に間合いをとれる。
 その優位がなければ、結果は一瞬だったろう。

 顔を上げた普見者。笑っている。額が砕け血が流れるも、両の目は健在だ。こぼれた目はブラフ。スパイダーマンに負傷を誤認させる撒き餌だった。それは半分成功した。
 飛んでくる鉤縄とすれ違うように一気に距離を詰め、抜刀。抜かれた刀が人中薬指で握られ、目一杯に伸び、スパイダーマンを腕を斬りつける。彼の腕には七本の鉤縄と、相手の攻撃および擦れる縄から身を守るためのチタンの籠手がある。それを一刀、斬り落とした。

「ぐぁああああああ!!」

「あはははっはっは!!! この悲鳴この悲鳴! みんなァ〜見ってるぅ!?」

 二人の周りにおびただしい眼球が突如現れる。その瞳は脂汗を流すスパイダーマンを見つめていた。
 普見者の配信にコメントが一気に書き込まれる。ブラフのため遠巻きだったから視聴者たちが一斉に盛り上がる。

『もう終わってる!』
『めっちゃ痛がって草』
『やったか!?』
『うおおおおおお普見者最強!普見者最強!普見者最強!普見者最強!普見者最強!普見者最強!普見者最強!普見者最強!』

 スパイダーマンは即座に傷口を縄で縛る。その様を、普見者は余裕綽々で眺めていた。

「さあさお立ち合い! いやさ僕の正義鉄槌に悪魔の手先が敵うはずもなし、いざ神妙にお縄につけぇい!! もう自分で自分を縛ってるか笑」

 弾む足取りで、日本刀の血を払いながら、彼女は一歩近づく。背を向けて全力疾走しても追い付かれるだろう、そのくらいは本人も分かっている。
 普見者の軽口は止まらない。

「お前の罪状は二つ。無辜の民を殺したこと。そしてもう一つは、僕の獲物を奪ったことだ!! 『【指定暴力団】岩原組、全員殺してみた』をポシャらせたこの恨みぃ、万死! 万死に値する!!」

 横へ逃げても追いつかれる、ならば縦だ。
 スパイダーマンは背後に跳躍した。そして左手で鉤縄を上空に投げる。その位置には何もないように思えるが――目玉があった。
 スパイダーマンの魔人能力『ロープガン・ジョー』は荷重をゼロとする。鉤は縄にからみ、彼の体は宙に舞う。

「殺人鬼同士の殺し合いで逃げるとか、きみ、親奇数? 母親欲しくて祖母に会いに行くつもり?」

 明らかな挑発をする普見者など気にも止めず、スパイダーマンは片手で器用にもう一本の鉤縄を放る。
 普見者の能力を逆手にとってうまく逃げだせた――とはならなかった。

「そーゆー曲芸やるなら目ン玉じゃなく首くくってみー」

 普見者がパチンと指を鳴らす。すると現れた時とおなじ唐突さで、目玉が消える。『ロープガン・ジョー』は絡んだものを荷重からは守り、柔らかい眼球であっても(ハーケン)のように支えられるのだが、そもそもそれ自体が消えてしまえばどうにもならない。ただ墜ちるだけだ。
 スパイダーマンは空中で身を捻り、二階部分へ鉤縄を投げる。

「く、そ、この俺が……俺こそがスパイダーマン」

「ロープマン名乗れば? この売名擦り寄り野郎!」

 普見者はトドメを刺そうと駆け、飛びあがろうとした瞬間に足を止めた。

 スパイダーマンは普見者から逃れようとした。彼女の反対側へと逃げた。
 その方向には、戦闘に巻き込まれ血を流していた一般市民がいたはずだ。彼らは今、もう息絶えている。
 その方向には、もう一人、戦闘不能となった男がいたはずだ。
 彼は――プレイヤーは、異空間から取り出した、奥義を受けた時にくすねた鉤縄を、思い切り投げた。

 意識外の一撃。
 スパイダーマンの脳天に突き刺さる。
 彼は受け身も取れず地に落ちる。

 ピクピクと動く指が、まるで蜘蛛のようだった。


5.

「生きてたんだね〜。延長戦行くぞみんなァ〜!」

 普見者は視聴者を煽りながら、目玉を再展開する。
 プレイヤーの姿を全方向から見る。特に目に留まるのは、彼の服だ。ボロボロに破けている。そして、その内側は無傷だ。
 ほんの数分前には死にかけだったはず……彼女は観察を続け、ふと違和感に気づいた。
 殺人鬼同士の戦闘に巻き込まれた一般人らが、皆死んでいる。たしか最初に見たときは、流血していたが息はあった。
 ――死を誰かに押し付ける能力? あるいは死者の命を奪う?
 まだ明確なことは分からない。相手の底が知れないとき、彼女のやることは一つ。

「とりあえずぶっ殺しながら考えるやつ!」

 普見者は斬りかかる。
 プレイヤーは異空間から銅の剣を取り出す。
 無限の視界から致命の一点を見つける普見者の剣技は、ダイヤモンドより硬い魔人さえ斬り伏せて見せた。
 貧弱な銅の剣で防げるはずもなく――

 キン!

 防がれた。
 思いもよらぬ流れに、彼女は面食らう。小首傾げてメガネを正す。
 相手の動きは遅い。殺人の経験も浅そうなアマチュアに見える。
 しかし、なにか違和感がある。
 違和感を覚えたとき、彼女のやることは一つ。

「とりあえずぶっ殺しながら考えるやつ!」

 キンキン!

 また弾かれた。
 二度目。三度目の正直。

 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!!

 剣戟しつつ、普見者は無数の目で彼を見た。
 プレイヤーの本質。
 それは、ズレだ。雰囲気が並の殺人鬼とは一味違う。そう感じた。
 もっとも弱い部分を攻めれば、そこが一番強くなる。
 まったく見えない死角を攻めれば、そこに全てを賭けている。
 動きは確かに遅い。けれどこれは、その上。読み合いで負けている。

 視聴者数に繋がらない、メインディッシュの後の脇役かと思えば、なかなか面白い。

「やるねー君ィ! 殺人鬼のクズじゃなけりゃ正義執行会(メンバーシップ)に入って欲しいくらいだよ!」

(もう入ってるよ)

 プレイヤーはほんの少し笑った。彼は圧倒的情報量を唯一の武器として、この殺し合いを制するつもりでいる。
 サンシャインシティの戦闘は、普見者がスパイダーマンに戦線布告したことが切っ掛けになっている。そこにプレイヤーは伏兵として横槍を入れた。かっさらう勝算があった。
 なぜか? 普見者が無数の殺人動画を残しているから。
 動画から読み取れる彼女の戦い方、癖、性格を〈観察〉することで、少なからず対応できると踏んだのだ。
 もちろん、他の同レベル帯と比べて、という但し書きはある。地力の差は仕方がない。ギャンブルするなら、早い方がいい。次の場で大きく賭けれるから――。
 情報を制し、優位に立とうとするプレイヤー。

 ほんの少しの笑みと、闘志みなぎる瞳、命懸けのギャンブル特有の恐れと震え。
 全方位から注視する普見者は、少しの手がかりから彼の内面を覗き見た。

「もしかして、もう僕のファン?」

 〈観察〉は得意でも、されることは慣れていない。
 プレイヤーの心理を、普見者は容易に読み取った。

「癖……なのかな。あるいはオーラみたいな? 達人同士は死の間合いがモヤのように見えるって言うらしいね。断罪気持ちいーってだけじゃなく、そーゆーレベルで見てくれてる視聴者、初めてかも。な〜んだ、めっちゃ大ファンやん。まあ、殺すけど」

 癖が読まれてるなら、何も考えない!
 考えたら、その逆をする!
 たまに、そのままする!
 癖を、もっと出す!
 とにかくこいつを殺す!

 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!

 普見者は力で押し、技で押し、能力を使って視界を隠す小技を弄し、それでも致命傷を与えられなかった。
 それどころか――

 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン――

 返す刀でプレイヤーが一太刀。普見者の豊満な胸を掠めた。
 読み合いに負け続け、彼女は主導権を握られていることをヒシヒシと感じ取った。なにかこれまでと違う妙な感じだ。
 戦いの中で剣の腕が上がったのか? 確かに、プレイヤーの〈剣術〉が戦いの中で上達している。それはそうだ。剣と剣同士、命を賭けた極限状態の中でしのぎを削っているのだから。

『〈剣術〉の熟練度が1%上昇しました』

 プレイヤーは守るだけではなく、攻めの手を混ぜはじめた。

 キンキンキンキンキンキンキンキンキンザシュッキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンザシュッキンキンキンキンキンキンキンキンザシュッ!

 普見者の黒セーラーには目立ちにくいが、幾つもの裂傷から血が流れる。
 はたして、〈剣術〉だけで、このような結果になるのか?

 答えはNO。
 原因は、彼を見つめる無数の目玉にある。
『アルゴスの瞳』は――観察している。
 全方位から観察し、弱点を探り、それによってダイヤモンドより硬い魔人さえ一刀に伏してしまう、魔眼のごとき圧倒的観察眼
 観察する、という点において、普見者はプレイヤーを圧倒していた。開始時点は。
 普見者は、見ることを見せすぎた。
 プレイヤーは追いつき、横並び、そして――

「〈観察〉する俺を観察するアンタを〈観察〉する俺をアンタは観察する俺が〈観察〉するアンタが観察する俺の〈観察〉を観察する〈観察〉が観察を〈観察〉を観察する〈観察〉の観察を……」

 鏡合わせの無限試行。跳ね上がった〈観察〉の熟練度は、ついに普見者(すべてをみるもの)を追い抜いた。

 キンキンキンキン

 プレイヤーは刃をかわす。その剣筋は同じこと(キンキンキン)の繰り返しで、もう見飽きたものだった。

「とにかく、終わりだ」

 普見者の返す刀に刃を合わせる。押し合いになればやはりプレイヤーは力負けする。だから真っ向には合わせず、押し込まれながら体を前進させ、推進力とする。手を相手の首元に近づけ、競りを外す。空を切った相手の剣筋と、ノコ引くだけで相手の首に触れるプレイヤーの剣の位置。
 いくらレベル差ある普見者でも、剣と首とで鍔迫り合いはできない。

 彼女の首が飛び、宙を舞う。
 同時に、無数の目玉が糸切れたように地に落ちる。
 地面は落ちて潰れた眼球の粘膜や房水に濡れ、室内であっても雨のようだった。


6.

 プレイヤーは首の無い普見者の衣服を剥いた。
 そして銅の剣で胸を捌き、腑を改めた。
 少し思案したのち、飛ばした首を拾い上げ、叩きつけた。
 脳漿が広がり、脳がグシャリと潰れる。
 柔らかい脳の中に、ひとつ、異物がある。

 赤い瞳が。

 拾い上げるとそれは固く、石のようだった。

 これこそ、プレイヤーが求めていたものだ。
 かつてのゲームプレイでは、戦場漁りで拾ったはいいものの使用するレベルにまで達せなかった。今回は違う。
 これを使うことも、できるかもしれない。

 レベル20以上の殺人鬼が所持する貴重な固有ドロップアイテム。

 ――ある殺人鬼が"コア"と呼んでいるそれの、別の名をプレイヤーは知っている。

「転職魔石……」

 脳漿に濡れた瞳が、自分を観察している気がした。


◯川神勇馬
◯レベル12
◯スキル〈観察〉熟練度47%
◯スキル〈スパイダーマン流鉤縄術〉熟練度1%
◯スキル〈剣術〉熟練度3%
◯体力 70/70

◯消費アイテム〈転職魔石〉あるいは、
◯装備アイテム〈普見者の"コア"〉
最終更新:2024年06月02日 09:54