しんしんと雪の降りしきるあの日。
年季の入ったコタツの中に足を入れ、私は画面に目を向けた。
画面の中では、屋敷の中で和装の男が日本刀に胸を突きさされている。
「殿!殿中でござる!」
口元から飛び散る鮮血。
内臓が破裂したのだろうか。
もう、助からないだろう。あるいは既に絶命しているかもしれない。
暗転。
映像が切り替わる。
古い屋敷だった。
広い、広い、木と埃の匂いの沁みついた、歴史が重く伸し掛かる空間。
人の視線は感じるのに人影は見えない。
そんな中で、私たちは、家族に囲まれて暮らしている。
塀の外からは、にぎやかな幼い歓声が聞こえる。
けれど、子どもにとっては、別の世界の出来事だった。
因習。血脈。あるいは差別。
理由は今更どうでもいい。
子どもにとって、世界とは物語で、紙/塀の向こうの出来事だった。
手触りのない情報で、文字で、自分とは隔てられたものだった。
――――本当に?
ふと。
隣に、別の息遣いを感じて、私は隣を見た。
「なあ、お前たち」
「■■■■■?」
そこにはいつの間にか、■■がいた。
あの時に、私はこうなることが運命づけられていたんだ。
しんしんと雪が降りしきる。
外は、寒い。
killerkiller☆dangeros second season fast match
stage of Building Street
キラキラ☆ダンゲロス2 一回戦
戦場 ビル街にて
omnivores VS everything nothing
オムニボアVS八百万虚無
subtitle
call me cold say you pale ill without me!
故意に請いせよ行為する乙女
start
開始。
◆ ◆ ◆
私を呼んで、私を読んでよ、ねえ!私はあなたにお熱なの!
◆ ◆ ◆
登場人物一覧
― 樫尾猿馬・・・殺人鬼。オムニボア。
― 一 端数(にのまえ はすう)・・・端数処理。
― 一 母偶数(にのまえ まざあぐうす)・・・交霊偶数。
― 一 (^ε^)-☆Chu!!数(にのまえ きっす)・・・御伽奇数。
― 一 ヤク数(にのまえ やくすう)・・・新約数書。
― 一 数の子(にのまえ しーすー)・・・ザギン☆DEATH☆指数。
― 一 i(にのまえ あい)・・・察人鬼。
― 一 虚数(にのまえ あい)・・・故人。
― 一 ■■■(にのまえ ■■■)・・・一家当主。
― コタツ(こたつ)・・・全長5km。
― カネモチ・・・お金持ち。
◆ ◆ ◆
「はあ、はあ、はっーーーー!!」
ビルの谷間。私は呼吸を荒らげて、薄暗く埃っぽいビル街の通りを走っていた。
はたから見れば、その様は異常なのだろう。
けれど今の私にとってそんなことはどうでもよかった。
人通りの少ない道とはいえ、道行く人たちは私を見て訝しげな表情を浮かべるか、
あるいは面白そうなものを見る目で嘲笑した。
中にはすれ違い様に「どいてよ」と肩をぶつけて通る女もいるが、
そんな者たちのことなどどうでもよかった。
この道をまっすぐ進めば、目的のビルがある。
目的は言うまでもないだろう。
私は三階建ての大きなビルの正面玄関の前に立つと、
そのままビルの中へ入るのではなく、ビルの裏手へ回った。
そこには関係者用の出入口があり、中に入るにはそこから入らねばならないのだ。
私は扉の前に立ち、懐から小さな鍵を取り出すと、それを扉の鍵穴に挿し込む。
そしてそのまま捻り回した。カチッと軽快な音がすると、扉が開き始める。
ゆっくりと開いていく扉の向こう側には薄暗い廊下が広がっており、
その奥にあるエレベーターの前まで続いている。
私はそのまま中へ入り込み、エレベーターのボタンを押すと扉が閉まり、ゆっくりと上昇していく。
やがてチンという音と共に扉が開くと、目の前には地下へ続く階段があった。
私はそれを降りていくと、やがて一つの扉の前にたどり着いた。扉には『B1』と書かれている。
ここが目的の場所だ。
私は扉を開くために再び鍵を取り出し、鍵穴に差し込むと回した。
ガチャリと音を立て開く扉に部屋に転がり込む。
薄暗い部屋の中。中の調度をひっつかんでは扉に向けて立てかける。
あらかた終わった後、私は部屋の隅で膝を抱え、うずくまる。
ここならば。ここならば。ここならば。
そう考えて、私は、オムニボアは。
「なんだこの物語は」
先ほど殺した、表情のない少女の顔を思い出す。
「なんだこの物語は!!」
「い、いいのか!?『そんなの』で!?」
彼はダメ出しする。この物語にダメ出しをする。
展開がなってない。
登場人物に共感できない。
発想が唐突すぎる。
場面が理解しづらい。
何よりも、理解できない。
理解できない。理解できない。理解できない。理解できない。理解できない。
故にこれは駄作であると。
彼はダメ出しする。この物語にダメ出しをする。
薄暗く埃っぽいビル街の一角の。
薄暗く埃っぽいうらぶれたビルの。
薄暗く埃っぽい地下の部屋の片隅で。
幻灯に照らし出された、少女の物語をダメ出しする――――
◆ ◆ ◆
これまで。
これまでキラキラダンゲロス2を見てきた親しき者達に告ぐ。
見てはならぬ。
これより先は見てはならぬ。
其は見ずとも良い物語。
見ずとも良い。
見れば心底くだらないと必ずや後悔する。
これより先は見てはならぬ物語なのだ。
これより先は。
心の底からくだらない物語。
くだりようのない物語。
◆ ◆ ◆
古い屋敷だった。
広い、広い、木と埃の匂いの沁みついた、歴史が重く伸し掛かる空間。
人の視線は感じるのに人影は見えない。
そんな中で、子どもは、本に囲まれて暮らしていた。
本の表紙が目に入る。
忘れていた情報が、かつて読んだ情報が目に入ってくる。
それは『加算薔薇 炉ト見 、看護師、女性(46)』だったり。
それは『御手許 消尽、高校教師、男性(24)』だったり。
それは『カースウェルトン ヌヌルス 男性(7)』だったり。
それは『悪船尾 つるり ラーメン屋店主、男性(34)』だったり。
それは『五十渤海 泉源寺 政治家、女性(237)』だったりした。
結局、古い屋敷の中に住んでいる。
広い、広い、木と埃の匂いの沁みついた、歴史が重く伸し掛かる空間。
人の視線は感じるのに人影は見えない。
そんな中で、子どもは、本に囲まれて暮らしている。
当然だ。
人間が本にしか見えない人外が人間の群れに紛れ込んだとしても代替などないのだ。
人間が、本にしか見えないのだから。
薄暗く埃っぽいビル街は。
彼にとって、本の詰まった本棚と同じものなのだ。
古い屋敷だった。
46億年の歴史のある。
広い。
広い。
木と埃の匂いの沁みついた。
歴史が重く伸し掛かる空間。
人の視線は感じるのに人影は見えない。
そんな中で。
子どもは。
本に囲まれて暮らしていた。
あの情報屋。
名前は何と言ったのだったか。
あれも古い屋敷に住んでいたと言っていたが。
私も同じだ。
素晴らしい。
私が読んだ本たちは須らく皆人間である。
展開に納得できる。
登場人物に共感できる。
発想が想像できる。
場面が理解できる。
理解できる。理解できる。理解できる。理解できる。理解できる。
故にこれは傑作である。
私が共感し、理解できるということは、私も本であり、人間であると思わせてくれる。
心に勇気を与えてくれる。
故に名前をオムニボア。
人間であれば何でもいい。読んで理解できれば何でもいい。何でもいいから何でもいい。
どんなものでも食べることができる雑食の生命である。
『ごとり』
ふと。
隣に、別の息遣いを感じて、私は隣の席を見た。
映写機が止まる。
スタッフロールが流れる。
人間になれなかった私だが、関わった人間はずいぶんと多かったらしい。
見覚えのある名前が現れては消える中で、私は隣の席を見た。
本棚から本が一冊、零れ落ちている。
それは真っ黒な装丁の、真っ黒な表紙の、真っ黒な紙の。
真っ黒な本だった。
真っ黒な本が、真っ黒な人間が。
私の屋敷に入り込んでいる。
空回りするフィルムの音が聞こえてくる。
映写機は真っ黒で。理解できないものを流し続けている。
ああ。
これは走馬燈だ。
死の直前に顧みる、人生の回顧録だ。
あの女の。
走馬灯だ。
◆ ◆ ◆
【一家家訓】
第一条 一人は家族の為に、家族は一人の為に。
第三条 家族と交わした約束は必ず守るべし。
◆ ◆ ◆
年末、一家(にのまえけ)にて。
しんしんと雪の降りしきるあの日。
年季の入ったコタツの中に足を入れ、私は画面に目を向けた。
画面の中では、屋敷の中で和装の男が日本刀に胸を突きさされている。
「殿!殿中でござる!」
口元から飛び散る鮮血。
内臓が破裂したのだろうか。
もう、助からないだろう。あるいは既に絶命しているかもしれない。
年末によく流れるありきたりの時代劇を眺めながら、私たちは全員コタツの中に入っていた。
「(^ε^)-☆Chu!!数(きっすー)、ミカンとってー」
一家(にのまえけ)全員が入る長大なコタツ。
全長実に5kmを超えるそれの中央にあるみかんを取ってくれと横にいる姉が言う。
(^ε^)-☆Chu!!数(きっす)は表情なくそれを拒絶し、姉の額にデコピンで返したりしていた。
何せ寒い。家からはみ出ているコタツの外はしんしんと雪が降りしきっているのだ。
コタツに入るべくパジャマ姿に近い(^ε^)-☆Chu!!数(きっす)が足を出そうものなら凍死しかねない。
現にトイレに行こうと足を出した妹が二人ほど帰らぬ人になっている。
一家(にのまえけ)の年末の、いつもの風景である。
そんな折。
「なあ、お前たち」
「そろそろいい人とか、見つかったか?」
どこにでもありふれた、どんな父でも言うありきたりな言葉。
まだ名前が決まっていない一家(にのまえけ)の当主、
父である一 ■■■(にのまえ ■■■)がそんな爆弾をブッコんできたのだ。
ぴしり、と空気が寒さでなく固まる音が聞こえた気がした。
一 端数(にのまえ はすう)
「ッすぅぅ~~~ハァァ~~~」
端切れを被った親指のない少女がいる。
一 母偶数(にのまえ まざあぐうす)
「昔々あるところに・・・」
ホルマリン漬けの脳髄を膝にのせて読み聞かせをしている人差し指のない少女がいる。
一 (^ε^)-☆Chu!!数(にのまえ きっす)
「チュッ☆」
中指のない少女がいる。
一 ヤク数(にのまえ やくすう)
「ウッ!!ぷへえええええ・・・」
ひっきりなしに注射を打っている薬指のない少女がいる。
一 数の子(にのまえ しーすー)
「寿司うめえ」
寿司を食べている小指のない少女がいる。
全員もれなく父親から目をそらしている。
他の姉も妹も同様だ。
むろん、私も。
そう。
「「「「「あ、あ~~~」」」」」
「「「「「そ、そのうち、ね?」」」」」
あの時に、私たちはこうなることが運命づけられた。
こんな空返事を返してしまったその時に。
こうなることは運命づけられていたんだ。
◆ ◆ ◆
「・・・ゴフッ!!」
私は幻灯の流す物語にあんまりさに耐えきれずに吐血する。
フィクションを見るような他人事でしか評価できない。
心の傷も。鬱屈も。絶望も。慟哭も。初恋も。
『何もない』
私の前で空回りする映写機は。
理解できない物語をカラカラと空回していく。
容赦なく。
◆ ◆ ◆
「やべえ、ですわね」
一家(にのまえけ)のとある応接間。
全長2kmをゆうに超えるその部屋に一家(にのまえけ)の女性たちがほぼ全員集まっている。
彼女たちの条件は一つ。
年末。コタツの中。
あの日あの時あの瞬間に空返事を返してしまった女性、その一点である。
なお似たような返事を返した男たちも違う部屋に集まっているらしい。
その場を取り仕切っている一 母偶数(にのまえ まざあぐうす)が冷や汗を垂らしながら説明をしている。
「うかつに返事を返しちまいやがりましたけど・・・ひっじょうにやべえ、状況ですわねこれ」
その場にいる女性たちも同じように、冷や汗を垂らしながらこくこくとうなづいている。
一家には家訓がある。
第三条 家族と交わした約束は必ず守るべし。
あの時うっかりと返してしまった生返事。
約束してしまった生返事。
一家にとって家訓は絶対である。守らなければならない。
守らなければどうなるかとかは特に決まってはいないのだが守らないといけない。
なんかそういうものだから。
一 端数(にのまえ はすう)
「ッすぅぅ~~~ハァァ~~~」
端切れを被った親指のない少女がいる。
一 母偶数(にのまえ まざあぐうす)
「昔々あるところに・・・」
ホルマリン漬けの脳髄を膝にのせて読み聞かせをしている人差し指のない少女がいる。
一 (^ε^)-☆Chu!!数(にのまえ きっす)
「チュッ☆」
中指のない少女がいる。
一 ヤク数(にのまえ やくすう)
「ウッ!!ぷへえええええ・・・」
ひっきりなしに注射を打っている薬指のない少女がいる。
一 数の子(にのまえ しーすー)
「寿司うめえ」
寿司を食べている小指のない少女がいる。
全員もれなく冷や汗を垂らしている。
一 (^ε^)-☆Chu!!数(にのまえ きっす)も冷や汗を垂らしている。
やべえのだ。いい人がいるのか?と聞かれてしまった。
その問いにそのうちと言ってしまった。つまり私たちにはいい人がいなくてはいけない。
一家には家訓がある。
第三条 家族と交わした約束は必ず守るべし。
「というわけで私たちは見つけないといけないわけですけど・・・」
「学生の子たちとか比較的普通な子たちはまあ、各々で見つければいいですよね?」
まともな外見と感性を持っているならまあ大丈夫だろうというまともな意見。
そのふるいにかけられそうな、
手助けしてくれなくなりそうなことに焦っている普通の子たちが母偶数(まざあぐうす)にブーイングをする。
とびかうプラズマ。はじけるプラズマ。あとなんかプラズマ。
一 端数(にのまえ はすう)
「ッすぅぅ~~~ハァァ~~~」
端切れを被った親指のない少女がいる。
一 母偶数(にのまえ まざあぐうす)
「昔々あるところに・・・」
ホルマリン漬けの脳髄を膝にのせて読み聞かせをしている人差し指のない少女がいる。
一 (^ε^)-☆Chu!!数(にのまえ きっす)
「チュッ☆」
中指のない少女がいる。
一 ヤク数(にのまえ やくすう)
「ウッ!!ぷへえええええ・・・」
ひっきりなしに注射を打っている薬指のない少女がいる。
一 数の子(にのまえ しーすー)
「寿司うめえ」
寿司を食べている小指のない少女がいる。
全員もれなくそれをなだめている。
全員もれなく頭を抱えている。
全員もれなく困っているからだ。
全員事情によりいい人は見つけられないだろうと半ば己の人生を決めていたから。
一 端数(にのまえ はすう)、端数処理。
「ッすぅぅ~~~ハァァ~~~」
彼女はロボットである。
一家のテクノロジー系魔人によって作られた親指のない少女である。
一 母偶数(にのまえ まざあぐうす)、交霊偶数。
「昔々あるところに・・・」
彼女は霊能者であり、母の代理である。
母に体を貸す母の代理であることを本分に置いた人生において己の人差し指のない少女である。
一 (^ε^)-☆Chu!!数(にのまえ きっす)、御伽奇数。
「チュッ☆」
彼女は幼女である。
永遠の幼女としておとぎ話の世界に生きている中指のない少女である。
一 ヤク数(にのまえ やくすう)、新約数書。
「ウッ!!ぷへえええええ・・・」
彼女は聖職者である。
神に誓い操を立てている彼女は薬指のない少女である。
一 数の子(にのまえ しーすー)、ザギン☆DEATH☆指数。
「寿司うめえ」
寿司を食べるので彼女はニンジャである。
厳しい契約の元凄腕の暗殺者として活動している彼女は小指のない少女である。
事情によりいい人が見つけられなさそうな一家の女性たち。
その中でもさらに難物な少女たちは一様に頭を抱えていた。
だが約束は守らなければならない。
一家には家訓がある。
第三条 家族と交わした約束は必ず守るべし。
◆ ◆ ◆
オムニボアは涙を流しながら壁に頭を打ち付けている。
ふざけるな。
なにが約束だ。
なにがいい人だ。
なにか意味があるのかそれで。
最悪だ。最低だ。殺人よりもなお悪い、尊厳の蹂躙だ。
許せない。許せるはずがない。
こんな。こんなこんなこんなこんな―――――!!!!
こんなものを、愛と呼べるものかと。
こんな空虚で薄っぺらい関係を家族愛などと、認められないのだと。
◆ ◆ ◆
一家(にのまえけ)のとある応接間。
全長2kmをゆうに超えるその部屋に一家(にのまえけ)の女性たちがほぼ全員集まっている。
彼女たちの条件は一つ。
年末。コタツの中。
あの日あの時あの瞬間に空返事を返してしまった女性、その一点である。
なお似たような返事を返した男たちも違う部屋に集まっているらしい。
だが例外が存在した。
「で」
一 i(にのまえ あい)
「・・・私はなんでこの場に駆り出されたのかな?」
存在しない少女。存在しないがゆえにあの時返事もしていない。
ゆえに約束もしていない。
関係がないはずの少女が、例外としてここにいた。
「そんなこと言わないでよiちゃーん?」
そんな態度の少女に一 母偶数(にのまえ まざあぐうす)は猫なで声でおねだりをした。
彼女は知っている。
一 i(にのまえ あい)の家族愛が異常に突出していることを。
このクソ面倒くさい案件に対し真剣に手伝ってくれそうなほぼ唯一無二の一(にのまえ)であることを。
故にお願いする。恥も外聞もなく。一 母偶数(にのまえ まざあぐうす)37歳、独身。彼氏は今のところいない。
一 端数(にのまえ はすう)
「ッすぅぅ~~~ハァァ~~~」
端切れを被った親指のない少女がいる。
一 母偶数(にのまえ まざあぐうす)
「昔々あるところに・・・」
ホルマリン漬けの脳髄を膝にのせて読み聞かせをしている人差し指のない少女がいる。
一 (^ε^)-☆Chu!!数(にのまえ きっす)
「チュッ☆」
中指のない少女がいる。
一 ヤク数(にのまえ やくすう)
「ウッ!!ぷへえええええ・・・」
ひっきりなしに注射を打っている薬指のない少女がいる。
一 数の子(にのまえ しーすー)
「寿司うめえ」
寿司を食べている小指のない少女がいる。
全員もれなく彼女のほうを見ている。
全員もれなく縋りつくような瞳で。
全員もれなく存在しない少女に縋りついている。
一家には家訓がある。
第一条 一人は家族の為に、家族は一人の為に。
家訓である。家訓なら仕方がない。
一家にとって家訓は絶対である。なぜ絶対かは分からないがなんかそういうものだから。
強制的に付き合わされることになった存在しない少女は。
一 i(にのまえ あい)は、深い深いため息を吐いていた。
「ッハァ~~~~~~~~~~~~~~~・・・」
一 i(にのまえ あい)は激怒した。
必ずこの邪知暴虐の姉どもを婚活させねばなるまいと激怒した。
とはいえ大切な家族たちだ。出来ればいい条件の人を見繕いたい。
どこかにいい合コン先でもないものか。
カネモチがいっぱいいるといい。
医者とか信用できる職業が多いといいな。
魔人じゃないと苦労するだろうからできれば相手は魔人がいいけど。
魔人じゃなくても戦闘力をフォローできれば問題ないよね!
季節は梅雨。
幸いなことにジューンブライドである。
多少血生ぐさいけど、まあ吊り橋効果とかあるし。
やってみなけりゃ進展もしないよね!!
半ばヤケになっているが存在しない少女にそのことを指摘できる人は家族しかいない。
そして家族は彼女の味方だ。
つまり、止めようがなかった。
祝福しろ、福音にはそれが必要だ。
結ばれそうになったのならば、すかさず祝福の花火を上げて既成事実だ。
相手の都合とかそういうものは踏み倒せ。八百万(なにもかも)を虚無(だいなし)にして結ばれろ。
これを機にキメてこい、姉ども。
一 i(にのまえ あい)は、存在しない少女は、そうケツイした。
そんな彼女らを横目で見ながら、一 (^ε^)-☆Chu!!数(にのまえ きっす)はどうしたものかと考えていた。
まあそんなに贅沢は言わない。
しいて言うなら私はこんな風に表情が出てこないから。
私のことを分かってくれるような人ならそれでいいかな、と。
そう思いながら。
◆ ◆ ◆
そうして。
私は『あなた』に出会ったのです。
相手の人生を丸ごと読んで分かってくれた人。
樫尾猿馬さん。
◆ ◆ ◆
一 (^ε^)-☆Chu!!数(にのまえ きっす)と呼ばれていた表情のない少女、ターゲットの取り巻きの一人の少女のことを思い出す。
大量の魔人を取り巻きにしてイキがっているだけのただの少女。八百万 虚無。
今回の敵はその程度の相手であったはずだ。
はずだったのだ。
「た・・・」
強力な配下を従え強固に動く組織群。
『ソーマの幻灯』はそのような相手には最弱ではなく最良の効果を発揮する。
強い繋がりを持つ組織が相手であるのならば。
私の幻灯は、その組織の内情をつまびらかに照らし出せるからだ。
組織という鎖を成す、一番弱い部分。
そこを殺せば、オムニボアは組織のすべてを腐食させることができる。
一 (^ε^)-☆Chu!!数(にのまえ きっす)と呼ばれていた中指のない少女はまさにうってつけの弱点であった。
だというのに――――!!
「体調を崩すほどに・・・面白く、ないっ!!」
彼はダメ出しする。この物語にダメ出しをする。
展開がなってない。
登場人物に共感できない。
発想が唐突すぎる。
場面が理解しづらい。
何よりも、理解できない。
理解できない。理解できない。理解できない。理解できない。理解できない。
故にこれは駄作であると。
そして何よりも。何よりも。
こんな有様で家族愛を語ることが。
何よりも、理解できない――――!!
親指がない?
一緒に悩み頭を抱えておいてどういうことだ。そんなのをなぜ家族として扱っているんだ。何故こいつも受け入れているんだ。
人差し指がない?
奴隷か?奴隷よりもなおひどい。自由意志というものがないのか。それで何がどうなるというのだ。そもそも母の代わりってなんなんだ。
中指のない?
身体的な都合を口約束で覆そうとするのか。出来るのか。出来るのならなぜやろうとしなかったんだ。それを解消しようと動く行為が矛盾している。
薬指のない?
なら始めから勘定に入らないはずだ。例外になるはずだ。なぜ約束を絶対にしているんだ。
小指のない?
寿司を食うからなんだ。何故ニンジャだ。何故色恋できないんだ。そして暗殺者としての彼女をなぜ周囲は普通に受け止めているのだ。
存在していない?
意味が分からない。意味が分からない。意味が分からない。
なんでそんなものを、こいつらは家族として――――――!!!
「『家族』の意味が分かっているのか、こいつらは・・・!!」
オムニボアは。今までに様々な物語を見てきた男は。
どんなものでも食べることができる雑食の生命はダメ出しする。
たとえ雑食であろうとも。
こんな物語は。そもそも食物ですらないのだと。
◆ ◆ ◆
薄暗く埃っぽいビル街の一角の。
薄暗く埃っぽいうらぶれたビルの。
薄暗く埃っぽい地下の部屋の片隅で。
幻灯に照らし出された物語を、オムニボアは死んだ目で眺めている。
彼はダメ出しする。この物語にダメ出しをする。
展開がなってない。
登場人物に共感できない。
発想が唐突すぎる。
場面が理解しづらい。
何よりも、理解できない。
理解できない。理解できない。理解できない。理解できない。理解できない。
故にこれは駄作であると。
そして何よりも。何よりも。
「そうして」
「私は『あなた』に出会ったのです」
「相手の人生を丸ごと読んで分かってくれた人」
樫尾猿馬さん。
そんな物語を見てしまったがために。
同じ物語を同じ記憶を見た女が、熱っぽい目でこちらを見つめてくるのだ。
「あなたもこの物語を見たくてここに来たのですか?」
「趣味が合いますね」と――――!!
暗転。
映像が切り替わる。
◆ ◆ ◆
古い屋敷だった。
広い、広い、木と埃の匂いの沁みついた、歴史が重く伸し掛かる空間。
人の視線は感じるのに人影は見えない。
そんな中で、私たちは、家族に囲まれて暮らしている。
塀の外からは、にぎやかな幼い歓声が聞こえる。
けれど、子どもにとっては、別の世界の出来事だった。
――――本当に?
「バン!!」
扉をたたく音が鳴り響く。
無駄だ、と。
心の底で冷めた言葉が聞こえてくる。
「バン!!」「バン!!」
たとえどれだけ閉じこもっても、たとえどれだけ隠れても。
あいつには障害にすらなりやしない。
別の世界から引き込んだのはこちらなのだから。
走馬灯を見てしまったのはこちらの方なのだから。
見てしまった彼女の記憶が、こちらの記憶に流れ込んでくる。
「バン!!」「バン!!」「バン!!」「バン!!」「バン!!」「バン!!」
バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン!!!!
ババババババババババババババババババババババババババババババババ!!!!
一 (^ε^)-☆Chu!!数(にのまえ きっす)の走馬灯が、樫尾猿馬(オムニボア)の精神に流れ込んでくる。
ああ、まどに、まどにーーーー!!
ふと。
隣に、別の息遣いを感じて、私は隣を見た。
広い、広い、木と埃の匂いの沁みついた、歴史が重く伸し掛かる空間。
そこに五人の少女がいる。
一人は一 端数(にのまえ はすう)
「ッすぅぅ~~~ハァァ~~~」
端切れを被った親指のない少女。
一人は一 母偶数(にのまえ まざあぐうす)
「昔々あるところに・・・」
ホルマリン漬けの脳髄を膝にのせて読み聞かせをしている人差し指のない少女。
一人は一 (^ε^)-☆Chu!!数(にのまえ きっす)
「チュッ☆」
中指のない少女。
一人は一 ヤク数(にのまえ やくすう)
「ウッ!!ぷへえええええ・・・」
ひっきりなしに注射を打っている薬指のない少女。
一人は一 数の子(にのまえ しーすー)
「寿司うめえ」
寿司を食べている小指のない少女。
少女たちは彼女のために集まってる魔人たちだ。
彼女が『結果を見る』ために持ち運ぶためにここに来た魔人たちだ。
さあ、祝福しよう。
福音にはそれが必要だと。
「――――は」
彼はダメ出しする。
「馬鹿か!?馬鹿なのかお前らは!!」
「結婚!?結婚したところで!そんなことしたところで!もう死んでいるんだぞ!俺が!殺した!」
「殺されて!!殺した相手と結ばれて!?それで何がどうなる!?」
「そもそもこんなものは結婚と呼ばない!結婚であるはずがない!それに!!」
「あんな、あんな『くだらない』!年末のコタツでの口約束程度で!命を捨てて!」
「初めて見る殺人鬼と条件があったから結婚しようとして!いいのかそんなんで!?」
「人生を、なんだと思っているんだ人外は!!」
この物語にダメ出しをする。
展開がなってない。
登場人物に共感できない。
発想が唐突すぎる。
場面が理解しづらい。
理解できない。理解できない。理解できない。理解できない。理解できない。
故にこれは駄作であると。
死んでどうするのだと。
何も意味がないじゃないかと。
それに。
目の前に確かにいる虚像(にのまえ)は。
一家(にのまえけ)にしか認識できない、オムニボアがすでに認識できてしまっている存在は。
花のような笑顔で、こう答えた。
「やだ『義兄さん』・・・」
「それを死人にいうのかな?」
「水臭いんだよ」
死ぬことなんて些細なことだ。
殺すことなんて些細なことだ。
気にするなと。少女は彼に返す。
気にするな。気にするな。気にするな。気にするな。気にするな――――
私たちは。
「「「「「家族なんだから」」」」」
第一条 一人は家族の為に、家族は一人の為に。
第三条 家族と交わした約束は必ず守るべし。
一家(にのまえけ)の家訓である。
死など、水よりも軽い。
それが一家(にのまえけ)。
愛より産まれた、血よりも何よりも陳腐でチープで薄っぺらい、数列の絆。
そこから一切くだらない、0の一族。
底から一切下らない、頂点の0の一族。
1の前に、0がある。
0より生まれた、愛の一族。
始まりが0なんだ。
その前には何もない。
我らの名前は一家(にのまえけ)。何もない一族。
『ぱち』
拍手が、聞こえる。
『ぱち』『ぱちぱち』『ぱち』
五人の少女から、拍手が鳴り響く。
『ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち・・・』
愛する家族の祝福のために。
福音にはそれが必要だと。
炸裂する。
祝福のために、炸裂する。
福音のために、炸裂する。
池袋全域、『ありとあらゆるところ』に仕掛けられた、小麦粉よりチープで細かい21gが炸裂する。
池袋のビル街にいる樫尾猿馬の精神内部で炸裂する。
樫尾猿馬に、オムニボアに炸裂する。
彼女らの拍手に反応したその爆発が。
ただ祝福と福音のために仕掛けられた、池袋全域を巻き込む花火が。
この屋敷と一 (^ε^)-☆Chu!!数(にのまえ きっす)もろともにその機能を全うする。
彼女の名前は一 i(にのまえ あい)。
虚数より産まれAIに合した、EYEで愛する察人鬼。
設定を台無しにする、虚ろな虚像。
彼女の名前は一 i(にのまえ あい)
虚数から産まれた、存在のない少女
八百万を虚無にする、虚ろな虚像。
彼女は名前が一 i(にのまえ あい)
家族から認められて初めて認識できる、存在のない少女
エブリシングをナッシングする、虚ろな虚像。
故にこれはそう呼ばれる。
八百万を虚無にばらまく殺人現象・・・
八百万 虚無(パンク・キャノン)と。
「「「「「おめでとう」」」」」
『ぱん』
こうしてこの世界に新たなる一(にのまえ)が誕生した。
その名も一 猿馬奇数(にのまえ さるまきす)。
殺人を嗜好するのではなく。
殺人を手段とする男。
魔人能力を用いて殺人をするのではなく。
魔人能力の行使のために殺人をする殺人鬼。
命の価値を解せず。
人の物語を蒐集する最低な。
一 (^ε^)-☆Chu!!数(にのまえ きっす)の旦那さん。
そして。
「私はさ、人間なんだよ」
「でも私が愛する人外たちはだーれも私が人間だと信じていないんだ」
「心外だよね」
一 i(にのまえ あい)を人外と認めてくれる、最高の家族である。
◆ ◆ ◆
暗転。
場面は切り替わる。
「なんだ、これは」
間接照明で照らされた豪華な内装の豪華な部屋。
豪華な給仕が豪華なクラッカーや豪華なワインを豪華な服を着た豪華な者たちにふるまっている豪華な空間。
「なんて、くだらないんだ」
そんなところで。豪華な映写機を使い豪華なプロジェクターでこれまでの一部始終が豪華に映し出されていた。
そんな一部始終を見ていたカネモチたちは、失望のため息をつく。
「くだらない」
一家の一人を殺したかと思ったら、急に青ざめて閉じこもり急に自殺した最低の殺人鬼。
彼らは、そんな勝手に殺して勝手に死んだだけの、最低の殺人鬼の一部始終に渋面を示していた。
「なんてざまだ」
「勝手に死んでどうするというのだ」
「何も面白くない」
「あんなのに一人殺されるなんて、一家もそんなに大したことはないな?」
展開がなってない。
登場人物に共感できない。
発想が唐突すぎる。
場面が理解しづらい。
面白くない。面白くない。面白くない。面白くない。面白くない。
故にこれは駄作であると。
死んでどうするのだと。
何も意味がないじゃないかと。
「なんて、くだらない物語なんだ」
そうして。
オムニボアは、樫尾猿馬は。
その評価を最低にしたままに、この世から脱落した。
暗転。
◆ ◆ ◆
サルマキスは、ギリシア神話に登場する泉の精ナーイアスの1人。
ナーイアスは山や川、森や谷に宿り、これらを守っている。 一般に歌と踊りを好む若くて美しい姿をしている。
ヘルメースを父に、アプロディーテーを母に生まれたヘルマプロディートスと文字通りに一つに合体した。
ギリシャ神話において妖精には、人間に好意的なもの、妻や夫として振る舞うもの、人に悪戯したり騙したり、
命を奪おうとするもの、障害として立ちはだかるもの、運命を告げるものなど、様々な御伽噺がある。
Wikipediaより。
ムクリ。
薄暗い室内で、オムニボアは目を覚ます。
思わず身体を起こしたその背には布団の感触がある。
ああ、さっきのは夢だったのか。
もう、ここまで来て今更あんな夢を見るなんてな・・・
嫌な夢だと思いながら、彼はベッドから立ち上がる。
その時ふと、カーテンの隙間から差し込む朝日が目に入り、思わず目を細めた。
そしてそのまま窓の方へと歩いていき、カーテンを勢いよく開けた。
するとそこには見慣れた景色があった。
高層ビルが立ち並ぶ街並み。
その中心に立つ時計台。
そしてその前には人だかりができている。
オムニボアはその景色を見て、思わず笑みを浮かべた。
ああ、今日もまた一日が始まるんだ。
そんなことを考えていると、ふと背後から声をかけられた。
それは聞き覚えのある声であった。
振り返るとそこに立っていたのは一人の少女であった。
彼はオムニボアに向かってこう言った。
"おはよう" その言葉に反応するようにオムニボアもまた言葉を返す。
"ああ、おはよう"
こうしt
◆ ◆ ◆
――――からからと映写機が回転する。
誰もいない無人のシアターに、幻灯が虚ろに瞬いている。
ここで物語を見るものは。
もう誰もいない。
いやしない。
call me cold say you call me call sole pale ill without me!
私を呼んで、私を読んで!ねえ、ねえ、ねえ!私はあなただけにお熱なの!!
――――故意に請いして行為せよ、恋に乞いする乙女たち。
続く。