【博しき狂愛】は駅ビルの中のPARCOにいた。そこは池袋はルミネ、池袋西武、東武百貨店、池袋ショッピングパークとともに池袋の駅ビルとして巨大なショッピングモールを形成している場所。多くの人でごった返しており、前に進むことすらも一苦労であった。ここ池袋に来る途中では多くの警察官が検問を敷いており、『凶悪な魔人たちが争うという情報があったので池袋に立ち入るのは止めましょう』という立て看板も多く掲げられていた。ネットニュースでも池袋に行かないようにという注意喚起はされている。それにも関わらず人は多い。どの階層でも、エスカレーターもエレベーターも・・・。そして、こいつらは襲ってくる。
「もう、面倒くさいなー。みんな壁と恋愛しておいてよ!」
 視界に入る全ての人間が近くの壁に引っ付いていく。
 「うわー、モーゼみたいだ。気持ちいい!!」
 人間たちが壁に退いて出来た道の奥からカップルが歩いてくる。爽やかなイケメンと少しギャルっぽい美人、誰が見てもお似合いな二人。【博しき狂愛】はニッコリと微笑むと、彼氏の好感度を別の女・・・体重が多めでオタク気質な女の子に向けさせる。イケメン彼氏は彼女の手を離し、オタク気質の女の子に抱きついていった。呆然とした美人の彼女と、幸せそうな彼氏、そして戸惑いつつも嬉しそうなオタク気質な女の子を横目で見ながら歩いていく。とても良いことをしたと満足げな表情であった。ただ、彼女が彼氏に向かって「・・アンバード」と呟いたことは聞こえていない。

 ふと、スマホのバイブが震える。着信だ。画面に表示されているのは山中教授の文字。ショッピングモールに【博しき狂愛】を呼び出した相手だ。

 「やっほー!ちょうど池袋に着いたとこですよ。センセーはどこにいらっしゃいますかー?」
 「やあ、良く来てくれたね!私はPARCO8階のレストラン街のカフェにいるんだ。申し訳ないけど、そこまで来てもらえないかな?」
 「もっちろんですよ、センセー!」
 「あ、そうそう!一番北側のエレベーターを使ってくれ。」
 「へえ、なんでですかー?」
 「はっはっは・・・、そのルート以外は命の保障はできないんだよ。まあ、君が言いつけを守らず野垂れ死んだとしても、こちらとしては構わないけどね。あー、あとエレベーターに一緒に乗ってきた者は全員殺しておいてくれ。」
 「うわー、センセー見かけによらずおっかないなー。これ罠かもしれ・・・」

 話している途中で電話はブチッと切れた。
 エレベーターの前まで来た【博しき狂愛】はどのルートで行くのが一番楽しめるのか迷う。エスカレーターで上がるのも面白いかもしれない。数秒迷った末に一番北側のエレベーターを選択した。今はまだ山中の言うとおりにした方が後々楽しめるとの判断だ。

 「山中センセーって嘘つきっぽいけど、まだ本当のこと言ってるような気がするんだよなあ。」

 エレベーターの中で独り言を言う。一緒に乗ってきた数名がいたが、『落下』が好きになるように能力を使用したことにより、彼らはエレベーターの天井を開け、上にあがりそのまま飛び降り自殺していった。閉鎖された空間で落下したくなるとどうなるか試してみたくなったのだが、天井が簡単に開くことには驚いた。
 そうこうしている内に8階に着く、呼び出されたそこは異様な雰囲気だった。
 エレベーターから出るとトンネル状に透明のアクリル板が設置されているし、右手にある隣のエレベーターの出口付近では夥しい数の死体が山積みになっていた。ちょうど一番南側のエレベーターがこの階に到着したようで、4人の人間が出てくる。・・・が、数歩で皆倒れていった。暫く痙攣していたが、そのまま動かなくなる。
 「素晴らしい!!これは毒ガスか何かかな?」
【博しき狂愛】は興味津々といった様子で心から楽しんでいた。アクリル板に顔をへばり付けてエレベーターから出た人間が死んでいく様子を眺めている。少し奥の方にはエスカレーターがあり、途中で倒れたであろう人間がこの階に運ばれてくるのも見えていた。

 「そう、致死性の神経ガスだ。この階に常に散布され続けるようになっている。」 
背後から声をかけられた。テレビで良く聞く声だ。
 「初めまして、山中センセー!お会いできて、そして、貴方を殺せる機会を与えて下さって光栄です!僕はラディカル・キューピッドって言います!」
「ああ、こちらこそ呼びかけに応じてくれて感謝している。まずは奥のカフェで話そうか。先に行っててくれないか?」 
ドクターは奥のカフェを指差すとエレベーターの方に向かった。
 再度8階に止まったエレベーターから降りてきた2人をメスで刺し殺すと、エレベーターを操作する。
 「待たせたね。ヤツらに邪魔されると面倒だからね。エレベーターはこの階で停止させてもらったよ。これでゆっくり話せるな。」
 「ははは!楽しみだなあ、どんなことが起きるか想像できないや!」


 「コーヒーと紅茶どちらが良いかな?すまないが、私は素人だからな。味は保障できない。」
 【博しき狂愛】を席に座らせ、店員がいない厨房で紅茶とコーヒーを淹れる。少し手間取いつつも、【博しき狂愛】の前にコーヒーを差し出す。
 「センセーのこと知らないから怖いなあ。毒でも入ってない?」
 ドクターはティースプーンを手に取ると、【博しき狂愛】のコーヒーを一掬いし口に含んだ。
 「君をそんな楽に殺したりしないよ。今までの行いを後悔しながら苦しみ抜いて死んで貰わないとね。」
 「へぇ、そんなこと言われたことないからドキドキしちゃうな。間違って、殺しちゃわないように注意しないと・・・。ところで、僕を呼んだ理由はなに?」

 山中は民自党副幹事長の嘉藤、そしてNOVAを介して【博しき狂愛】と事前連絡をとれるよう要望していた。嘉藤には魔人を家畜化するにあたり、必要なデータ/実績を作るチャンスであること、NOVAにはその方が面白くなるからという理由で。

 「ああ、私の研究を手伝って貰いたくてね。」
 「ふーん、山中センセーの研究を手伝えるなんて光栄だなあ。どんな研究なのかな?もしかして僕もノーベル賞貰える?」
 「はっはっは、面白い冗談だね。実験動物に内容教える訳ないだろ。」
 「ひっどーい、心が広い僕でも傷ついちゃうな。ちょっとセンセーも恋愛してみる?」

 【博しき狂愛】は能力を行使した。この上から目線のオッサンに苛ついたのは事実だし、這いつくばった姿を見るのは面白いと思った。床が恋愛対象となった地位も名誉もあるオッサンは地面に抱きつくか、ペロペロと舐め回すだろう。

 ドクターはおもむろに椅子から立ち上がる。前かがみになりしゃがみ込む姿勢に・・・

 「なんてね!」

 “フーッ”と大きく息を吐くと、胸ポケットから1本の注射器を取り出す。そのまま自分の首に刺し薬品を注入した。

 「セロトニン分泌異常を発生させる。それが君の能力を科学的に分析した結果だ。」

山中は事前に警察に保護されていた【博しき狂愛】の能力を受けた被害者を確保していた。一般的にストックホルム症候群では、セロトニンの分泌が過剰になっていることが報告されている。実際、その被害者からは通常のストックホルム症候群患者より二桁も多いセロトニンが血中濃度として検出されていた。そこから山中は【博しき狂愛】の能力を“①好意の対象を変更させる”、“②セロトニンを過剰分泌させる”という2段階の能力であると類推した。
 起きてる現象が分かれば対策は立てやすい。山中は事前にセロトニン再取り込み阻害剤を自身の体に注入している。神経系統のシナプスが過剰に分泌されたセロトニンを再取り込みしなけれぱこの過激な愛情は発現しない。

 「まあ、ちょっと想定より阻害剤が足りなかったから、追加で注入させて貰ったがね。」
 呆然としている【博しき狂愛】に書類を投げ渡す。
 「それはここに来ているもう一人の害獣、アンバードに関する情報だ。そいつの駆除に協力してくれたら、苦しまずに殺してやる。」
 【博しき狂愛】はペラペラとファイルをめくりサッと目を通す。
 「確かに面白そうだけど、センセーに協力する筋合いはないか・・・グァ!」

 ドクターは【博しき狂愛】の口にメスを突き刺す。舌が部分的に裂けたようで、口から血が溢れてきている。

 「私の好感度を上げる対象を床から君へと変えたな。多少君のことが可哀想に思えてきたよ。だが無駄な足搔きだ。害獣どもを憎悪する思いの方が大いに勝っている。残念だったな、君の能力より科学の方が強い。」
 「グギギャギギギ・・・おほえて・・ほよ!きょ、きょろしてやる!!」
 【博しき狂愛】は抵抗するが抗えない。魔人ではあるが人間と同程度の力しかないのだ。
 「このまま死にたいか、協力するかさっさと選べ。協力するなら7階で解放してやる。」

◇◆◇◆◇

山中は【博しき狂愛】を蹴飛ばし、エレベーターの外に追い出す。そして、そのまま8階に戻っていった。
 今回の作戦で協力者に依頼したことは以下の通りで、基本的に山中が一人で戦うことになる。アンバードや【博しき狂愛】といった不特定多数に影響を及ぼす魔人が来るという情報を得ていたためで、人間に新たな被害者を出さないための措置だ。

<依頼内容>
  • 池袋駅周辺への全てのバス、電車への乗り入れ禁止(警視庁、都庁より連名で通達)
  • 駅ビルを取り囲むように重火器を装備した機動隊を配置(警視庁協力)
  • 一般人へはSNSや看板などで、凶悪な魔人が戦う場になること、機動隊が規制した範囲内へ侵入した者は凶悪な魔人やその仲間と見なすこと、侵入者は警察官により射殺される可能性が高いことを通知(警視庁協力)
  • 規制の中から外に出ていく人間に対して遠慮なく射殺して良いことを現場責任者に通達(警視総監より)
  • PARCOの8階に致死性の神経ガスを常に供給しておくこと。山中が通行するエリアはアクリル板などで囲い、カフェは一店舗使用可能とすること。(自衛隊協力)
  • PARCOの地下2階には・・・

山中は【博しき狂愛】を一度だけは見逃すことにしていた。今後、人間が魔人を家畜化したり、実験動物として使用するために必要な実験だ。この【博しき狂愛】を従わせることができれば、将来的な家畜化のための重要なエビデンスデータとなる。しかし、従わなく殺処分することになった場合は徹底的に魔人をに駆除していく必要がある。そう山中は判断していた。
 ここに来ている【博しき狂愛】とアンバード、この2つの個体の能力は把握している。この実験がどのような結果になっても対応できるように地下2階にアレを用意した。山中はエレベーターを地下2階のみにしか止まらないように設定し、移動していった。
 山中は知らない、【博しき狂愛】とアンバード以外にも凶悪な魔人が紛れ込んでいることを。一般人への立ち入り禁止措置を行ったことで、嘉藤はNOVA側を怒らせたのだ。禁止措置の動きを察知された段階で秘密裏に送られてきた情報がいっさい嘉藤に入ってこなくなってしまっていた。

◇◆◇◆◇

 「池袋駅ビルがこんなにもエイリアンに占拠されてたとは・・・」
 外宙躯助はルミネにいた。無意識にアンバードたちに埋め込んだコアを次々に串刺しにしていく。不定形記憶合金”カルガネ”は長めのレイピアのような形状となっている。
 いったい何人尖兵にされているんだ?これは大仕事だ。可哀想な被害者だが、一人たりともこの駅ビルから出してはいけない!」

 外宙躯助はカルガネを蜘蛛の巣状に変化させた。フロア全体に張り巡らせ、そのフロアにいたアンバード全員のコアを貫く。これでこのフロアにいたエイリアンは殲滅できた。
 “ふぅ・・・”と一息つくと、すぐに別のフロアに移動していく。まだまだ倒すべきエイリアンはたくさんいるのだ。休んでいる暇はない。

 ほら、あそこにもエイリアンを虐殺している別の陣営のエイリアンが。メスを何本か空中に浮かせて射出させている。正確に喉元や額を射貫きヤツの周りには死体が散乱していた。

 Dr.Carnageの前に真っ黒いスーツを身にまとった痩せ気味の背の高い男が立ちはだかる。

 「申し訳ないが、エイリアンは全て殺さないといけないのだ。コアは破壊させてもらうぞ。」
 カルガネを日本刀のように変化させ、自身の眼の高さで剣先をDr.Carnageに向ける。所謂、霞の構えだ。
 「んん?あなた、私の体に何か入れましたね?」
 コアが入った右肩を抑えながら外宙躯助に笑いかける。少し違和感はあるが、動作には支障は無さそうだ。むしろ、さっきより体が軽くなったような気がした。
 外宙躯助はその右肩めがけて刀を突いてきた。速いッ・・・。間一髪避ける。
 ほぼ間違いなく、体の中に入れられたものを切られると良くないことが起きるのだろう。Dr.Carnageの背中に冷たい汗が流れていった。
 再度同じく外宙躯助は霞の構え。Dr.Carnageは半身になり、右肩が相手から見えないようにガード体勢になる。と、同時に浮遊させたメスを20本程外宙躯助の周囲に展開させた。
 それでも外宙躯助は怯まない。瞬間的に間合いを詰め、Dr.Carnageの目の前で上に大きく跳び上がる。医者の頭上で一回転し背後をとった。自分を見失った男を嘲うかのように右肩にカルガネを突き刺す。これで終わりだ・・・そう思った。だが、コアを破壊した感触がない。なかったのだ。

 Dr.Carnageは嗤いながらゆっくりと振り向く。
 「私が生きているのが不思議かな?申し訳ないが、あなたが私の中に入れたものは移動させてもらったよ。体内にあるということは私の血が付着しているからね。」 
 外宙躯助はカルガネを引き抜こうとする。するが、どんなに力を入れても引き抜けない。固定されている。
「ついでにこの刀も頂こうかな。形が変わるんだろ?便利そうだ。」
 Dr.Carnageは自らの血が付着したカルガネをいとも簡単に奪ってしまう。そして肩から垂れ流されていた血をすくうと、カルガネを奪われて体勢を崩している外宙躯助の顔面に塗りつける。
 「これであなたは動けないですね。残念ですが、このまま死んで下さい。」
 カルガネを巨大なメスに変形させ、外宙躯助の首を刈りと・・・

 「ス、ス、ストーーーーップ!!」

 Dr.Carnageが振り向くとピンク色の髪をした高校生くらいの男がそこに立っていた。別にホモではないはずだが、何故か惹かれてしまう。動けない外宙躯助も恍惚な表情を見せている。コイツ恋仇か?やはり殺さないと。

 「ふぅ・・間に合った。ちょっとお二人には協力して欲しいんだ。いけ好かないあのクソ医者があり得ないものに恋をして世間に醜態を晒すところをどうしても見たいんだ。強いお二人は俺の協力者になってよ!ねぇ?」

 Dr.Carnageは命ぜられるままに能力を解き、カルガネを外宙躯助に返した。そして二人は【博しき狂愛】に跪く。
 「かなり戦力アップしたけど、まだまだ石橋は叩きたいんだよね。俺は。どうしよっかなあ?難しいなあ。」
 答えはもう出ているのに、意味もなく悩んでいるフリをする。
 「そうだ!君ら二人に探してもらいたい人がいるんだ。」
 そう言って山中から渡されたアンバードの資料を二人に見せる。そこには本体と警察が推測している容疑者が男女7名写真付きで載っていた。その中には一月記あやめやドクターもいる。
 「彼らを探して連れてきてよ。本体を連れてきた方に俺がハグしてあげる。ただし、お互い喧嘩しちゃダメだよー。」

◇◆◇◆◇

「ドクター・・・」
あやめが白衣に下着姿の女へ心配そうに声をかける。
 「ああ、分かっている。分かっているが、どうしようもない。」
 ここは東武百貨店に店舗を構える紅茶で有名なカフェの店内。店にあった紅茶とケーキを勝手に持ちだして食べている。このショッピングモール群に集結させたアンバードは5万人を超える。ただ、彼らは人間並みの戦闘能力しかなく、知性もない、能力を防ぐ手段も無かった。外宙躯助やDr.Carnageには一方的に無力化されてしまうし、【博しき狂愛】のオモチャにすらならない。山中が設置した神経ガスが散布されている場所にはどんどん吸い込まれていってしまう始末だ。数の暴力なぞなんの役にも立たないことが立証されてしまった。大多数はショッピングモール群の外にいるが、もう既に中にいるアンバードの1/3は死んでいるか、無力化されてしまっている。唯一の救いはオリジナルであるドクターがバレてないこと。それも時間の問題ではあるが・・。
 5億円は諦めて逃げだそうと外にいる数千人のアンバードを機動隊に突撃させてみたが、機動隊が設置した防壁を破れず重火器による一斉掃射により簡単に壊滅した。

 「本当にあやめのことは生き返らせたかったんだ。研究も本気だったし、そのためのお金も必要だった。」
 ポツリとドクターは呟く。
 最初は単なる事故だったのだ。日常にありふれた友達同士の単なる喧嘩。少し力を入れて突き飛ばしてしまったのが悪夢の始まり。あやめは運悪くコンクリートに後頭部を打ちつけて死んでしまった。ドクターが魔人に覚醒したのはその時だ。必死にあやめが生き返ってくれるように願ったことで、死体が回生した。最初は喜んだし、ホッとした。しかし、次の日からあやめは人を殺してくるようになった。あやめが殺した人間はアンバードと名乗るようになり、アンバードが殺した人間もアンバードと名乗り人を殺すようになった。オリジナルとして殺さぬよう命令しても、何故か殺人だけは止まらない。最初は絶望し悪夢に苛まれ眠れぬ日々が続いていたが、いつしか慣れた。そう、要するに精神が狂ってしまったのだ。今はただあやめを生き返らせることだけに注力している。
 ふぅ・・・とため息をつく。ふとカフェの入り口を見ると、真っ赤な白衣を身にまとった男と、真っ黒なひょろ長い男がニタニタと笑って立っていた。見つかった。
 一月記あやめが唐傘を手にして二人に突っ込んでいく。高出力マイクロ波を射出し、オリジナルを守るための行動を開始する。だが・・・。

 「やはり、数に頼ってるだけで弱いな。」
黒い男が持っている鞭がしなる。簡単に唐傘を叩き落とされてしまった。
「キューピット様は生きて連れてこいと望んでいるのでな。」
赤い白衣の男が自分の手をメスで傷付け、血を付けてくる。動けなくなる。
 「そっちのお嬢さんはどうする?」
 一月記あやめの喉元にカルガネを向けながら、外宙躯助が問う。ドクターは諦めたように彼らに従った。

◇◆◇◆◇

 「ふーん、どっちがオリジナルなの?」
 連れられてきたドクターと一月記あやめに【博しき狂愛】は問う。正直どっちでも良いが、一月記あやめはドクターを護るように前に立っており、だいたい分かるのだが【博しき狂愛】にとって重要なのは2人の関係性だ。
 「私がオリジナルだ。」
 すぐに一月記あやめが答える。そのすぐ後、少し逡巡してからドクターが一歩前に出る。
 「いや、私がオリジナルだ。だから、このあやめには酷いことしないで欲しい。」
 「ふーん、彼女のことが大事なんだ。特別なのかな?」

 能力を行使する対象は決まった。一月記あやめは外宙躯助のことが好きになる。顔を赤らめ、傍に寄り添うようになっていた。キスしたいけど、緊張してできない様子がいじらしい。

 「ねぇ、外宙躯助。分かっていると思うけど、彼女エイリアンだよ。」
 その瞬間コアが埋め込まれ、カルガネを握る右手に力が入る。
 「ああ、でもまだ殺しちゃダメー。俺の言うこと聞いてくれるよね?」


 「ねぇ、ドクターだっけ?彼女のこと殺されたくなかったら、協力してくれるよね?」
 満面の笑みで、そう囁いた。外宙躯助の横でドギマギしているあやめをチラッと見る。ドクターに選択肢はもうない。

 「さてと・・・」
 ワザとらしく呟くと、紙に大きめの文字で“集めたよ!!”と書いていく。そして、防犯カメラに向けてそれを掲げた。山中が【博しき狂愛】に命じた内容は“魔人を、特にアンバードオリジナルを含めて全て集めろ”だ。
 すぐに【博しき狂愛】のスマホが振動する。山中からの電話だ。

 「さすがだね。こちらの想定より早かったよ。」
 「まだ舌が痛んで、話しにくいんだけど。早く殺しにいきたいな。出来る限り苦しめてから、殺してあげる。」
 山中は西武デパートの屋上にいると伝える。そこで殺し合いをしようと。
 「えぇ、罠じゃない?あんまり舐めないで欲しいんだけど。」
 「そうか、それなら探しにきたらいい。私はテキトーに移動しているよ。兵隊はたくさんいるんだろ?」
 「センセー状況分かってるのかなあ?これから行われるのは一方的な惨殺だよ。」
 そうショッピングモールに来ている魔人は全て【博しき狂愛】の影響下にある。
 「君こそ分かってないな。これから起こるのは人間と魔人との生存競争、つまり・・・これは種の生き残りを賭けた戦争だよ。」

◇◆◇◆◇

 「至急!至急!本部より各地点、本部より各地点。マルヒたちがルミネ2階に全て集合していることを確認。繰り返す。マルヒたちが全てルミネ2階に集合していることを確認。作戦コード“ハーディングドッグ”を発令する。各持ち場の隊長は直ちに・・・。」
 「・・・第三隊、了解した!」

 「皆良いか。何度も言っている通り、特にストックホルムとアンバードは市民に多大なる被害を出し続けている凶悪犯だ。今後新たな被害を絶対に出さぬよう、超法規的措置がとられることになる。心してかかるように!!」

◇◆◇◆◇

 池袋の西側より戦闘ヘリ・・いや、次期主力と報道されている無人機、いわゆるドローンの編隊が現れた。その様子を南西側に位置するルミネにいる【博しき狂愛】たちが目撃する。
 一発でも当たれば体が原型すらもとどめない30mmもの巨大な機銃が何十個も、彼らに狙いを付けている。東武百貨店方面にも展開しており、西に逃げるしかない。アンバードの肉壁に隠れるように駅の南通路を通って池袋西武やPARCO方向に逃げ出した。

 【博しき狂愛】たちは知る由もないが、今回の作戦で陸上自衛隊所有のドローンの発砲許可は下りていなかった。いくら凶悪犯といえども日本国籍を持つ者に対して自衛隊は攻撃できない。法的にも社会情勢的にも。演習としてドローンを展開させるのが精一杯であったのだ。魔人たちが逃げ出したことを見届けると陸上自衛隊幕僚長より警視総監へ連絡が入っていた。
 「凶悪犯が相手とは言え、申し訳ないが自衛隊が協力できるのはここまでです。ご健闘をお祈り致します。」と。

◇◆◇◆◇

 西武池袋の地下1階、そこで【博しき狂愛】たちは足を止める。ここには動いているアンバードはおらず、全て殺されていた。至る所で死体が積み重なっており、かなり進みにくい。PARCOの8階で神経ガスがばら撒かれていたことが思い起こされる。
 「これは毒ガスではないな。銃撃だ。」
 ドクターが死体を観察しながら考察する。多くの死体に銃創のように見えたし、デパ地下の食品売り場の至る所に丸い穴が開いていたのだ。
 「これだけの数を一人で銃撃できるとは思えない。つまり部隊がやったのだろう。小型ドローンかもしれない。まあ、念のため肉壁を増員させておこう。」
 そう言って、上の階から追加のアンバードを呼ぼうとしたとき、奥に山中がいるのも視認した。山中の周囲に数個の小型ドローンが展開しているのも見えた。

 山中と【博しき狂愛】たち、両者はほぼ同時に相手に気付いたようだ。

 「やあ、センセー!さっきぶりー。」
 「おお、アンバードだけでなく、他の魔人も連れてきてくれたんだね!約束通り、苦しませずに殺してあげよう。」
 【博しき狂愛】は外宙躯助とDr.Carnageに目配せする。2人は迷うことなく吶喊していった。山中の周囲にいた小型ドローンからの射撃をカルガネやメスで撃ち落とし、一機、また一機と撃墜していく。一月記あやめも外宙躯助から離れまいと必死についていった。最後に【博しき狂愛】、ドクターも追いかけていった。山中までの距離は約50m。


山中は北に向かって全力で逃げていく。デパ地下の食品売り場を抜け、薬局の横を通過し、いけふくろう、そしてその先のエスカレーターを目指して。PARCOの地下2階まで魔人たちを誘導する・・つもりだった。
 見誤っていたのは事前情報がなかった外宙躯助とコアが埋め込まれたDr.Carnageの身体能力。エスカレーターまであと一歩というところで鞭に変化させたカルガネに足を絡めとられ、背中に数本のメスが突き刺さってしまう。このまま魔人たちに追いつかれたら確実な死が待っている。
      • 山中にとって唯一の幸運はコアも埋め込まれたこと。エイリアンとなり身体能力が向上したことにより、絡め取られた足をもぎ取ることに成功した。とにかく必死だ。そのままエスカレーターを転げ落ちる。体中が痛んで、立つことももうできないが、あの場所まで這ってでも移動するのだ。

 外宙躯助はすぐに追いかけようとするが、Dr.Carnageと一月記あやめが止める。【博しき狂愛】が言っていた毒ガス含めなど、どんな罠を張ってるか分からない。ドローンの編隊まで出してくるような男だ。石橋を叩いて叩きすぎることはない。
 アンバードを5人地下2階に下りていかせ。無事戻ってくることを確認した。踏み込んだら即詰むような罠はなさそうだ。

 5人が肉壁のアンバードを連れて下りていく。すぐに山中を見つける。彼は白いボックスのようなものに座り込んだままもたれかかり、苦しそうに息をしていた。

 「何だかもうすぐ死んじゃいそうだね、センセー。もう少し遊びたかったな。」
 「はは・・もうすぐ、し、死ぬのは君たち・・・だよ。ぐふっ、害獣は駆除される運命・・なのさ。」
 「強がりはもういいよ。そうだ!センセー殺したら、次はセンセーの生徒さんに恋愛してもらおうかと思うんだ。きっとセンセーいなくなって悲しんでいると思うし、気分転換が必要でしょ?あ、奥さんにも恋愛が必要かも!恋のキューピット様として忙しくなるなー。」
ニヤニヤと笑いながら、山中の方に歩いていく。
 「す、ストック・・ホルム、そしてアンバード。君たちはやり過ぎ・・たんだよ。な、なり振り構わず殺せ・・・・そ、それが政府の決定だ。」
 「ふーん、それで?」
 「科学の象徴。それで君たちを殺す。人間を舐めるなよ。」

 “カチリっ・・”

 山中が握っているスイッチが押される。そして、すぐに寄りかかっていた白いボックスの中に入っていった。

◇◆◇◆◇

 「現場より本部へ連絡!現場より本部へ連絡!設置していたダイナマイトの爆発を確認。池袋PARCOは完全に解体された。繰り返す。ダイナマイトの爆発を確認。池袋PARCOは完全に解体されました。これより重機による瓦礫内の探索作業に入ります。どうぞ!」
 「了解!PARCO地下2階の災害用シェルター内に一般人がいるとの情報あり。白いシェルターの探索を最優先するよう指示する。繰り返す、白いシェルターの探索を最優先事項とする。万が一マルヒたちが生きている可能性もある。慎重に行動するように!」

◇◆◇◆◇

 結果として、【博しき狂愛】、ドクター、外宙躯助、Dr.Carnageは死体として発見された。顔も何もかもグチャグチャで判別に時間を要したと記録に残っている。また、災害用シェルターは爆破から5時間後に発見され、山中も無事保護されている。病院に搬送されそうになったが、嘉藤の指示で山中の研究所へ運ばれた。
 今回の作戦では爆破解体の許可を得た範囲はPARCO本館のみと限定されており、そこに魔人たちを誘導する必要があった。
今回山中が行った実験は魔人を家畜化するにあたって、人間が魔人の行動をコントロールできるか?という観点で行われていた。実際に【博しき狂愛】が他の魔人を連れてきたことから、“従順に飼うことは不可能であるが、個体ごとの性格を把握すること、精神的に追い詰めることで、行動をコントロールすることは可能”と結論づけている。つまり、魔人に対して社会的に法的に抑圧することが家畜化に向けて非常に重要だ。

最終更新:2024年06月02日 20:07