“プルルルル、プルルルル・・・・”
「はい、もしもし山中です」
「やぁ、山中君……いや、今はこう呼ぶべきかな【ドクター】」
電話に出た山中医師――――否、殺人鬼【ドクター】の口角がニヤリと上がる。
「どちらでも構いませんよ。それで、こうして連絡してきたという事は獲物の情報を?」
「あぁ、その通りだ。君は【ストックホルム】という一連の殺人事件を知っているかね?」
「【ストックホルム】……確か、精神干渉系の魔人による犯行と目されている連続怪死事件ですね」
【ドクター】は記憶を探りながら答える。
数年前から散発的に起きている怪死事件。被害者も加害者も発狂したような行動を繰り返してから死んでおり、その不自然さと類似性から同一の魔人能力による干渉があるものとして警察では捜査されている事件群だ。
「しかし、犯人の情報は何も無く捜査はほぼ行き詰っているという話では」
「確かに最近まではそうだった。だが油断か慢心か、向こうから尻尾を出したのだよ」
電話向こうの副幹事長は、興奮を隠さずに言う。
「やはり魔人などというものは愚かな害獣だな。自らの行いを誇示したくてたまらないらしい」
「その口ぶりと、私にわざわざ連絡をくださるという事は……」
「君はやはり優秀だな。おそらく推測の通りだ、配信サイト【NOVA】の殺人鬼ランキングに【ストックホルム】が参戦したのだよ」
「ふふふ……。それは確かに私が狩らないといけない害獣ですね」
【ドクター】も興奮を抑えきれなくなり笑う。
「詳しい資料は、いつものように別途メールで送る。取り急ぎその殺人鬼の名だけを教えるならば【博しき狂愛】と名乗っているようだ」
「殺人鬼の分際で、キューピットを名乗るなどふざけた魔人だ」
「あぁ、ふざけた殺人鬼だ。だから、君の思うまま存分にやりたまえ……だが、決して死ぬんじゃないぞ」
いつものように念を押される。それに対して、【ドクター】もいつものように答える。
「大丈夫ですよ嘉藤さん。害獣如きに私が後れを取るわけがないでしょう?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ざあざあと雨の降る池袋。その雨から避難するように、ショッピングモールは混みあっていた。
家族連れや友人どうしが盛り上がるそんな中に、葬式帰りのような陰気の雰囲気の男が一人。フードコートでハンバーガーを食べていた。
その陰気さゆえか、周りの喧騒からは一歩離れるように周囲に溶けこめず、ぽっかりと近寄りがたい雰囲気を醸し出している。端的に言えば、場に似つかわしくなく浮いていた。
「失礼、相席よろしいですかね」
その浮きっぷりから、当然普通の者は誰も近づかないのだが真紅の白衣を来た長身の男が近寄ってきて声をかける。
周囲は混雑していて席が空いていないから、たまたま空いていたここを使ってもいいだろうか?と空気を読まない何気ない感じで白衣の男は尋ねる。
「構いませんよ、この混雑時に一人でこの四人掛けのテーブルを使っているのもなんだか申し訳なく思っていたところです」
「ありがとうございます、他に空席も無くて、少しばかり困っていたんですよ」
白衣の男は手に持っていたラーメンの載ったお盆をテーブルに置く。
「午後からは診察の予約が入っているし、なによりラーメンが伸びてしまっては美味しくないですからね」
「格好からそうじゃないか、とは思っていましたがお医者さんですか?」
「えぇ、この近くに『水崎医院』という構えているんですよ。あなたもどこか調子が悪かったら是非お越しください」
白衣の男は慣れた手つきで胸ポケットから名刺を取り出すと、陰気な雰囲気の男に渡す。
名刺には『水崎医院院長 総合外科医 水崎紅人』と書かれていた。
「あぁ、すみません。生憎と私は名刺は持っていないんですよ」
「いえいえ、これはセールストークのようなものなのでお気になさらず」
「では失礼して……水崎院長、ですか。最近は医者にかかるような不調はめったにないですが、そうですね。これも何かの縁なので、今度何かあったら」
「是非とも……って、これではあなたの不調を願っているようでなんだかいけません」
医者失格ですね、と水崎は笑う。それを受けて、陰気な雰囲気の男も笑った。少しだけ、ジメジメとした暗い雰囲気が晴れた気がした。
「私は、雨中刃と言います。先ほど言った様に、もし何か不調があったら一番に行きますので、宜しくお願い致しますね」
「くすっ、分かりました。これも何かの縁なので、その名刺を持って来て下さったら特別に割引をしますよ」
「いや、医者と葬式は値切らない方がいいといいますからね。縁は嬉しいですが、そのようなサービスは不要ですよ」
「そうですか、しっかりしていますね。では、代わりにいつも以上に張り切って診察しますよ。それくらいは良いでしょう?」
「それくらいなら……っと、そろそろ時間ですので私はこれで」
「おっと、私も急いで食べなければ。では雨中さん――――」「総員、構え!!!」
縁が合ったらまた会いましょう。と続くはずだった言葉は、しかし怒号にかき消される。
「一斉射!!撃て!!!」
いつの間にかフードコートの入り口に構えていた、対魔人警官の小隊30人。それが、合図とともにフードコート内の客に無差別に弾丸を撃ち込んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
時を少し遡る。
「タレコミによると、ここが【ストックホルム】のいるショッピングモールか」
「はい!しかし情報はそれまでで、このモールのどこに現れるのかは不明です!いかがしましょう、【ドクター】!!」
真っ白の白衣に、仮面をつけた殺人鬼――――【ドクター】が対魔人警官の小隊長と共にショッピングモールの入り口の一つで打合せをしていた。
小隊長以下魔人警官たち200余名も全員が顔を隠すために覆面をしている。全員が完全武装で、これ以上モール内に出入りが発生しないように全ての出入り口を封鎖していた。
外では野次馬がこの異常事態にざわつき始めているし、中の客たちに異常がバレるのも時間の問題だろう。それ故になるべく急がなければならない。
「一番確実に【ストックホルム】を駆除できる方法は、モール内の人物の全滅か」
「相手の顔も分からない以上は、確かにそれも一つの方法ではありますが……それはさすがに……」
「あくまでも効率だけを求めた話だ。魔人でもない無辜の民を手にかけるなど、害獣でもない我々がとるべき方法ではない」
それを聞いて、露骨にほっとした顔をする小隊長を見て、自分のイメージがどうなっているのか【ドクター】は少しばかり遺憾に思う。
「とはいえ、出入り口の封鎖こそしたが、絶対に逃がさない方法が他には思いつかないのも事実だ。君には何かあるかね、小隊長君」
「そうですね、一つだけ思いついた方法があります!」
【ドクター】に聞かれたアンバード小隊長は答える。
「非殺傷の弾丸を撃ち込んで、それへの対応を見るんです!【ストックホルム】ほどの魔人ならば何らかの反応を示すでしょうし、もしそうでなくても気絶して無力化が出来ます!」
「それは、関係のない無辜の民が巻き込まれないかね?」
「確かに巻き込まれますが、このモール内の人間くらいの数でしたら今集まっている対魔人警官で全員を無力化後に拘束して運び出せます!その後にゆっくり【ストックホルム】をあぶり出せばいいかと!!」
「……ふむ」
アンバードの提案は一理ある。確実に逃がさないために、全員を拘束して運び出せばいいというのは道理ではある。
巻き込まれた無辜の民には気の毒だが、その分国から手厚い保証を行えば納得はしてもらえるだろう。
何より、【ストックホルム】以外の人間に紛れている魔人も同時に拘束できる可能性があるのは利点だ。
狂気の殺人鬼と害獣をまとめて駆除する機会と考えれば、決して悪い方法ではない。
「分かった、許可しよう。君と部下の警官隊は出入り口を封鎖している者を除いて中に突撃。客たちを無力化してくれ」
「了解しました!【ドクター】はいかがしますか!」
「私はそうだな……放送室に向かう。そこで、館内放送で【ストックホルム】と他の魔人どもに無駄な抵抗をしないように勧告をしよう」
「では、一応護衛に部下を付けますので、何かあればそいつらにお申し付けを!おい、アンバードとアンバード、それとアンバード!」
アンバード小隊長は、部下を三人呼びつけると、【ドクター】の護衛を命じる。
「いいか、この方は大事な客人にして日本の宝だ!傷一つつけることは許されないぞ!何があっても必ず死守しろ!!」
「了解です、アンバード小隊長。よろしくお願いします、【ドクター】」
「うむ、護衛は頼んだ。それではそれぞれに行動を開始するとしよう」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『聞こえるかね、【ストックホルム】……自分では【博しき狂愛】と名乗っているのだったかな?』
銃声と悲鳴、怒号が響き合うショッピングモールにて、店内放送が流れ出す。
『君がこのモール内にいる事は分かっている。今日が年貢の納め時だ、覚悟したまえ』
明らかに機械によって改変されたその音声は、銃声にも負けずに人々の耳に届く。
『それと魔人ども、貴様らもついでに全員拘束だ。無駄な抵抗は止めて大人しく捕まりたまえ。無駄な手間をかけさせるな』
機械音声だというのに、心からの嫌悪が伝わってくるその声音は聞く者に強い絶望を与えた。
『無辜の民の皆様には迷惑をおかけしていますが、後で保証はします。今は、ひとまずお眠りください』
「お、お眠りくださいだと!ふざける――――バッ」
店内放送に激昂して立ち上がった男の頭が無慈悲な弾丸に撃ち抜かれる。脳髄をまき散らし、男は一瞬で死亡した。
「あ、あなたー!」
一緒に物陰に隠れていた男の妻と思わしき女性が叫ぶ。
しかし、死んだはずの男は即座に再生すると立ち上がり、自分を殺した対魔人警官から銃を投げ渡されて受け取る。
「あ、あなた……?どうしたの、あなた!私が分からないの!?」
その銃を妻に突きつけた夫は、晴れやかに笑う。
「大丈夫、分かっている妻よ。また、一緒になろうか」
そうして夫に胸を撃ち抜かれた妻は、しかしこれまた即座に妻として起き上がる。
「えぇ、一緒に行きましょうあなた。次は子供たちね」
夫婦は仲睦まじく手を取り合うと、別の場所に隠れいてるはずの子供たちを探すために移動を開始した。
「悪趣味な見世物だね」
別の物陰に隠れている金メッシュにピンク髪の少年――――警官たちの探している件の魔人、【博しき狂愛】は一部始終を見やって呟く。
「おい、あまり声を出すな。見つかったらどうする」
ともに隠れている教師が小声で注意をする。
「えー、でもここなら早々見つからないでしょ」
「万が一という事がある、それにあいつらが捜しているのはお前だろ?見つかったらどうなるのか分からんぞ」
「あはは!先生ぇ、オレの事を心配してくれるんだぁ」
【博しき狂愛】はともに隠れる教師にとても愛おしいもの者に見せる視線を注ぎながら言う。
「自分から、オレの居場所の情報をあいつらに流したくせに」
「…………いや、これは俺じゃない」
「えー、本当かなぁ?」
「確かにお前の情報をまとめていたし、それをしかるべき所に送る計画は立てていた。だが、それはまだ行っていない。何より、こうして一緒に行動する場所の情報を流すわけがないだろう」
俺自身の身が危険になるからな。と教師は続ける。
「ふーん……じゃあ、ひとまずは信じるけど。これからどうするの?早々見つからないとは言ったけど、永遠に隠れてるのは無理でしょ」
「そうだな、お前の能力でどうにかならないか?」
教師の提案に、【博しき狂愛】は心底おかしそうに笑う。
「嫌だよ、彼らは面白くない。オレが能力を使うのにふさわしくないね」
「そんなこだわりを……」
「こだわるよ、それを捨てたらオレはオレじゃなくなるから」
突然真顔になって真剣に告げる少年に、教師はチッとデカい舌打ちをする。
「じゃあ、精々”何か”が起きるのを待つしかないな。他人任せで大層嫌だが、俺たちの他の魔人が騒ぎを起こして、そっちに人員が割かれたりすればその隙に逃げられるかもしれん」
「えー、そう都合よく魔人が他にいるかなぁ?」
「ここに二人もいるんだ、もう一人二人いてもおかしくはないだろ!」
などと言っていると、対魔人警官たちが一斉にどこかに移動を開始した。
「おっ、本当に”何か”が起きた。これはオレの普段の行いが良いから神様が救けてくれたのかな?」
「そんな訳ないだろ……だが、確かにチャンスだ、行くぞ」
教師と少年は隠れ場所からこっそりとはい出ると、逃げ口を探して行動を開始した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アンバード小隊長の実際の作戦はこうだ。
非殺傷弾で気絶させて無力化――――などという生ぬるいことはせずに、自分達の能力で一回殺してから仲間にする。
全員が仲間になれば、その中に【ストックホルム】も混ざっているだろう、という大雑把なものだった。
実際、その作戦は途中までは上手くいっていた。フードコートの制圧に乗り出すまでは。
「……まったく、最近のエイリアンは銃火器がトレンドなんですかね」
数十の銃口がこちらを向いているのを見た時、水崎院長は死を覚悟した。
だが、数多の弾丸が自身に届く前、たまたま同席していた黒スーツの男が懐からなんらかの道具を取り出すと同時、壁が出現し銃撃を防ぎ切った。
「こ、これは一体……?」
「すみません、水崎院長。どうやら私の事情に巻き込んでしまったようだ。敵は、エイリアンです」
「え、エイリアン……?」
「えぇ、見ていてください」
銃撃が止んだのを確認すると、雨中は壁を仕舞う。
「魔人だ!魔人がいたぞ!!殺せー!!」
それを見咎めた対魔人警官と、彼らに殺されたはずの客たちが一斉に雨中と水崎院長の元に殺到する。
四方八方からの強襲。だが、雨中は慌てることなく壁だった金属球――――”カルガネ”を右手に構える。
改めて放たれた弾丸や、食器で武装した客、それらが雨中達の元に届くその直前、”カルガネ”が再び形を変える!
先端が尖った数多の触手状になると、一本一本が意思を持ったように動く。
弾丸を叩き落とし、近づいてきていた客人の胸に刺さり、遠くで銃を構えていた対魔人警官達をも貫く!!
「なっ……」
水崎院長は息をのむ。高速で動いた触手状の凶器は、周囲にいた30人の対魔人警官と100人近くいた客を一瞬で葬った。
だが、水崎院長が真に驚いたのはその後だった。死体が一つ残らず灰のようになって消えたのだ。
「こ、これは一体……あなたの魔人能力ですか?」
「いえ、言った通りエイリアンの仕業です。奴らはさらった人間に”コア”を埋め込んで意のままに操るのですが、その”コア”を破壊されるとこのように灰になって遺体も残さず消えるのです」
にわかには信じがたい、だが起こった現象は雨中の言う事を肯定している。
「で、ですが彼らは一体何のためにここに?」
「奴らの目的は分かりかねますね、ですが私のやることは変わりません。奴らの全滅です」
雨中の目に復讐の火が灯る。その目は、エイリアンを決して許さない【外宙躯助】としての顔だった。
「水崎院長、あなたはその間隠れて――――」
『聞こえるかね、【ストックホルム】……自分では【博しき狂愛】と名乗っているのだったかな?』
【外宙躯助】が動き出そうとした時、ショッピングモール全体に館内放送が入る。その放送を終わるまで聞くと、雨中は考える。
「どうやら、相手の目的はどこかにいる【博しき狂愛】という魔人のようですね。最近どこかで聞いた名の気が」
「私も見た事があります……雨中さんは【NOVA】の殺人鬼ランキングをご存じなんですか?」
「えぇ、知っています。が、その名が出るという事はまさか水崎院長」
「実は私は、【Dr.Carnage】という異名で登録されている殺人鬼なんです」
瞬間、互いの間に冷たい緊張感が走る。
「ということは、あなたもエイリアンの仲間なんですか?」
「…………いえ、それに関しては本当に全く知りませんが」
「そうですか。ならば今は敵対する理由はありませんね」
互いの間に走っていた緊張感が消える。
「私も、【外宙躯助】という名で登録されている殺人鬼です。ですが、人を殺したことはありませんし、潜入捜査のタメです」
「えっ、さきほど100人近くの人を殺して」
「彼らはすでにエイリアンでした。人ではないので問題ありません」
「そ、そうですか」
雨中の有無を言わさぬ口調に思わずたじろぐ水崎院長。
「話を戻します。【NOVA】という殺人サイト、これを運営しているのが私の追っているエイリアンの可能性がありまして、そのために潜入捜査を行っています」
【外宙躯助】はどこまでも真剣な口調で続ける。
「そして、今確信が持てました。どこまで根を張っているかは分かりませんが、確かにエイリアンと【NOVA】には関係がある。であるのならば私のやることは二つです」
【外宙躯助】は指を二本立てる。
「奴らの狙いである【博しき狂愛】という魔人の保護。そして奴らの殲滅です」
「しかし、口ぶり的に相手は多数の用ですよ?一人で勝つ気ですか」
「えぇ。それがエイリアン相手であるのならば、私は絶対に勝たなければいけませんから」
「……分かりました」
そんな【外宙躯助】の決意を受けて、【Dr.Carnage】は腹を決める。
「でしたら、私も手伝いますよ。どうせ奴らをどうにかしないとここから逃げることも出来ない。それなら、あなたと協力した方が可能性は高そうだ」
「いいんですか?」
「えぇ、ひとまずは私をあと10分守ってください。敵が少しずつ我々を包囲しています」
【Dr.Carnage】は顔を動かさずに周りの様子を探る。
かなり長い事話してしまったが、その間にどうやら【外宙躯助】がいう所のエイリアンが集まってきて、こちらの様子を伺っているようだ。
おそらく、百人近くいたエイリアンを一瞬で殲滅した”カルガネ”を警戒してのことだろうが、先ほどの数倍の人員が集まりつつある現状、これ以上の様子見もしないだろう。
「さすがに、この数はあなた一人では大変でしょう、だから――――援軍を用意しています」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「アンバード小隊長報告です。一階の制圧率は8割を突破、このまま行けば30分としないうちに全員の制圧が完了します」
「アンバード小隊長報告です。二階の制圧率は未だ6割弱、フードエリアとゲームコーナーにてにて魔人の抵抗が確認されています。他の箇所でも散発的な抵抗が」
「アンバード小隊長報告です。三階および屋上の駐車場エリア、車に閉じこもって抵抗している者が多く制圧に時間は掛かっていますが経過は順調です」
ショッピングモールの一回中腹にて、てきぱきと指示を飛ばしていたアンバード小隊長は対魔人警官達の報告を受けると顔をしかめる。
「ごくろうアンバードとアンバード、そしてアンバード!うーむ、思ったよりも時間がかかっているな。このままでは【ドクター】が放送室から出てきてしまう!」
「いかがしましょうアンバード小隊長」
しばし悩むとアンバード小隊長は決意する。
「よし!俺が直接二階に出向いて指示を出そう!一階及び駐車場エリアはそのまま制圧を続けてくれたまえ!」
「はい、よろしくお願いしますアンバード小隊長」
と自ら進軍する意思を見せ、武装の準備をする。
「俺が前線に出る以上、魔人だろうが好きにはやらせない!では、行くぞ!!」
「大変ですアンバード小隊長!!」
いざ出撃!のタイミングで出鼻をくじかれたアンバード小隊長は不機嫌そうに声をかけてきた対魔人警官に振り向く。
この対魔人警官は、確か外で出入り口を封鎖しつつ野次馬の相手をしていたはずだ。
「なんだ、アンバード!外で問題でも起きたのかね!?」
「そ、それが……外で暴動が起きまして。暴徒が流れ込んできています!」
その報告に、フンと鼻を鳴らす。
「ならば、そいつらも殺して仲間にすればいいだけだろう!そんなに焦る必要があるのかね!?」
「そ、それが……私にもにわかには信じがたいのですが、奴らは死にません!まるでゾンビです!」
「な、なんだと!?」
などと報告を受けている間に、遠くから地響きが聞こえてくる。
「ひっ!奴らが来た……!」
「ええい、落ち着け!!いくら死なないゾンビが来たとしても、数では我々が勝っているはずだ!!200人の精鋭対魔人警官に、加えてここに居た現地協力者が3000人ほどいるんだ!数でも質でも我々が圧勝だろう!」
「そ、それが、確かに数では勝っていますが、銃で武装した対魔人警官数人でようやく勝てる相手が……1000は下らない数が来ているかと!」
「な、なにー!!??」
地響きが近づいてくる。先頭の暴徒はすでに見える距離に来ていた。
「……って、あれのどこがゾンビだね!どう見ても血色も良い、ただの人間ではないか!」
怒鳴りながら報告して来た対魔人警官を叱ろうとするが、すでにその場にはいなかった。
「お、おいアンバード!?ええい、逃げたか!!まぁいい!数が多くても所詮は烏合の衆、簡単に制圧してみせる!!」
言いながら、持っていた機関銃を乱射する。先頭の暴徒が弾け飛び、肉片が散る!
……だが、暴徒の足は止まらない。血を全身から迸らせながら、アンバード小隊長に肉薄してくる。
「な、なにー!!??」
そのまま、アンバード小隊長を引きずり倒すと、ゾンビたちが無数の手を伸ばして、アンバード小隊長の肉を掴むと引きちぎって、掻き毟って、剥いでいった。
「あ、あがががががが!!」
アンバード小隊長の意識は激しい痛みを感じながら沈んでいくのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「私の魔人能力、『凶行裁血』って言うんですけどね。簡単に言えば私自身の血液とそれが付着したものを操る能力なんですよ」
【Dr.Carnage】が【外宙躯助】と共にモールを走り抜けながら講義する。非合法とはいえ医師なので人への説明は流暢で丁寧だ。
「そして、見ての通り私は医者なので死体は伝手でたくさん手に入るんですよ。それら数多の死体に輸血し続けること十年弱。今では千を超える死体を手足のように操れます」
「それは随分と用意の良いですね。しかし、良いんですか?同じ殺人鬼である私に手の内を明かしてしまって」
「別に、【NOVA】には殺人鬼同士で殺しあわなければならないというルールはありませんからね。何より私は勝手に登録された身、彼らの思う通りに殺人を行う気はありませんよ」
私が殺しを行うのは、私の信念に基づいてのみです。と【Dr.Carnage】ははっきりと宣言する。
「あなたも、別に私を殺す気はないのでしょう?」
「そうですね、私が殺すのは信念に基づいてエイリアンのみです。そして、どうやらあなたはエイリアンではないようだ」
「ならば、利害は一致していますね」
「えぇ、どうやらその用です」
二人は何が可笑しいのか笑顔で頷き合う。
明らかに常人の倫理観では考えられない狂人同士の利害関係。けれど、それは今この場においては何より強固なものだった。
「では、私の手足達が一階で暴れて敵を誘導している隙に、放送室にいるリーダーだろう相手を止めましょう」
「フードコートと反対側にあったのは不運でしたね。ですが、もうすぐ着き――――」
「……させない」
もうすぐ目的地にたどり着く、という事を意識してしまい一瞬だけ気が緩んだ瞬間。真っ赤な唐傘を差す着物姿の少女がどこからか現れて二人を強襲する。
「――――ッ!危ない!」
咄嗟に雨中が水崎院長を庇う様に少女の前に出ながら壁を作る。
だが、壁では足りない。傘から轟音と共に放たれた雷が壁ごと雨中を貫く。
「ご、ふっ……」
「雨中さん!?」
作り出した壁が崩れて、雨中が倒れ伏す。それを一瞥すると少女が水崎院長に傘を向ける。
「……あなた達は邪魔。ここで死んでもらう」
「――――『凶行裁血』!!」
少女の傘から轟音と共に雷が出るより少し早く、水崎院長が自らの手首を切る。
その直後、傘から真っ直ぐ水崎院長に向けて放たれた雷が――――水崎院長に向かうことはなく、手首から溢れ出た血が作る道を通って彼のすぐ横の床に着弾する。
「……?どういうこと」
「ふふっ、血は電気をよく通すんですよ。あなたの武器が雷だと言うのなら、こうして血で通り道を作ることで私以外の所に着弾させることなど容易です」
と強がってはいるが、結構な量の血を流してようやく一発防げただけな上に、水崎院長側には決定打がない。
なんとか、ここで膠着状態を作って状況を打破する方法を考えようとする水崎院長に対して少女は――――。
「……分かった、ならばこう」
懐から拳銃を取り出すと水崎院長に向ける。
「……雷はどうにか出来ても、銃弾は血ではどうにも出来ないはず」
「そ、それは反則じゃないですかね!」
「……私も、そう思う」
パン!と乾いた音が響いて【Dr.Carnage】の心臓を弾丸が貫き、血しぶきが舞った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「先生ぇ、本当にこっちに逃げられるところがあるの?」
【博しき狂愛】と教師は対魔人警官とゾンビのぶつかりあいを避けて一階を走り回っていた。
「あぁ、マップによるとこっちに非常口があるはずだ。そこからなら逃げられる可能性がある」
教師は自身の『心態検査』――――『人が人に見せる感情を百分率で見る魔人能力』を駆使してここまで逃げ隠れを続けてきた。
自分達に少しでも気が付いたり意識を向けてきたら逃げることが出来るため、逃げ隠れするだけならば使い勝手のいい能力だった。
「でも、非常口とかって一番に封鎖される所じゃない?」
「その時はその時だ。別の場所を探してなんとしてでも逃げる。俺はこんなところで死にたくないからな」
「そっかぁ、頼りにしてるよ先生」
【博しき狂愛】が楽しそうに笑いながら言う。
「……お前がなんとかしてくれれば楽なんだがな」
「何度も言ってるけど嫌だよ!身を護るために天使の力を使うなんて野蛮じゃないか!」
「天使の力、ねぇ……っと、止まれ」
非常口に近づくと、そこに警戒を露わにした対魔人警官が数名待機しているのが見えた……手持ちの戦力ではこれを突破するのは難しいだろう。
「ちっ、ここはダメだな。別の場所を探すか」
「うーん、でも他ってあるのかな?」
「なに、これだけ広いモールなんだ。いくら対魔人警官とはいえ一つや二つくらい見落としもあるだろう」
「あ゙、あ゙ぁ゙……見落どじは必ずあるものだなぁ゙……!!」
背後から声をかけられ、二人は慌てて振り向く。そこには――――顔面が半分崩れ、体中の肉が剥がされ化物のようになった対魔人警官がいた。
「な、なぜ俺が生ぎでいるのが、不思議ぞうな顔だな……!俺にも分がらん!が、任務は果だざねばな!!」
濁って聞き取りにくい言葉を吐きながら、機関銃を構える化物。
それを受けて、【博しき狂愛】が何かをしようとする……直前に。
「バカ、伏せろ!!」
教師が【博しき狂愛】を射線から押しのけて、代わりに自らが機関銃の射線に身を晒す。
「先生!?」
教師の理解の外の行動に驚愕して、一瞬頭が真っ白になる。次の瞬間、当たり前のように機関銃の掃射を受けて、教師は穴だらけになった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『やぁ、どうだいあやめ。仕事は終わった?』
「……余裕。ゲームコーナーにいた魔人も、フードコートから放送室に向かっていた魔人もどっちも掃除した」
【外宙躯助】と【Dr.Carnage】を倒した後、着物の少女あやめはその場でスマホを使って誰かと会話をしていた。
『いやぁ、わざわざ出向かせてすまなかったね。対魔人警官達が苦戦しているようだったからね』
「……問題ない、これも私の仕事。でも、そろそろ戻るね」
『うん、美味しいご飯を買ってきてくれると嬉しいな』
「……分かった。待っててねドクター」
そう言って会話を終え、二つの死体を一瞥してから帰ろうとして……そこで違和感に気が付く。
何故、まだ死体のままなのだこの二人は?
あやめに殺された以上、すみやかに仲間として蘇生されるはずだ。だというのに、この二つの死体にはその気配がない。
つまり、この二人は――――まだ生きている!!
「……ッ!」
それに気が付いたあやめは急いで唐傘を死体に向ける。どういう原理かは知らないが、まだ生きているというのなら、死ぬまで攻撃すれば――――。
「判断が遅いうえ、もう詰んでいますよお嬢さん」
赤い白衣を着ている方、【Dr.Carnage】が告げる。
その言葉を無視して唐傘で雷を落とそうとすると――――爆音とともに、あやめ自身に雷が落ちた!!
「???」
常人ならば――――あやめ自身であっても確実に死ぬような強烈な一撃。しかし、それを受けても何故か死ぬことはなくその場に硬直する。
何故自分は死なないのか?何故自分に雷が落ちたのか?そもそもこんな一撃を喰らって何故この二人は生きているのか?
様々な疑問で頭が埋め尽くされて思考も行動も完全に止まる。
その隙をついてスーツの男、【外宙躯助】が右手に持っていた金属球が変化して、あやめの胸を貫く。
――――パリン。と硬質な何かが割れる音がして、あやめは灰になって死んだ。
「ふぅ、さすがに死んだかと思いましたよ」
「むしろなんで生きているんですか雨中さん。あんな雷喰らっておいて」
「……まぁ隠す事でもないと言ってしまいますと、私もエイリアンに攫われた被害者でしてね」
雷の衝撃で焦げたスーツの胸の部分を破って心臓部を見せながら続ける。
「私にも”コア”が埋め込まれているんですよ。これが破壊されない限り、大抵の外傷では死ねないんですよ」
「はぁ、なるほど……あなたの体に興味が湧いてきました、今度解剖してみて良いですか?」
「嫌です。そういう水崎院長は、胸を弾丸で貫かれたのに何故?」
「あぁ、私はもっと簡単です。そもそも何故人間は心臓が破壊されると死ぬかというと、血液の循環が停止するからですね。だから、私は自分の能力で血を操って心臓の代わりに血液を全身に送っているんですよ」
これ結構疲れるんですけどね、と水崎院長は笑いながら言う。
「あぁ、ついでに彼女に雷が落ちた理由はもっと簡単です。私の能力は血液が付着した物も操れるんですけど、その唐傘に血液を付着させて、それで唐傘を操って彼女に雷を落としました」
「いつの間に血液を付着させたんですか?」
「心臓を撃たれた時ですね。その時に、派手に血しぶきを上げて、彼女と持ち物に付着するように仕向けました。まぁ、おかげで結構な量の血液を使って今軽い貧血気味ですが」
「ふふっ、お互いにボロボロですね」
「えぇ、本当に。ですが――――」
「はい、こうして会話している間に多少は回復できました。そろそろ放送室に向かいましょう」
二人はフラフラと立ち上がると、放送室に向けて歩き出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「先生……!」
【博しき狂愛】は恍惚に浸っていた。
彼と共にいた教師の死。しかもそれは、自分をかばうという献身の結果。それはなんと――――なんと美しいのか!!
まさに命を懸けた無償の愛。この教師と共にいたのはただの気まぐれだったのだが、まさか自分の魔人能力も使わずにこんな美しいものが見れるとは!
と興奮の絶頂にいたのも一瞬。教師は何事も無かったかのように立ち上がった。
「は?」
「いやぁ、びっくりしたよな。大丈夫だ、俺は平気だから!ほら、元気だろ?」
そう言って近づいてくる教師。しかし【博しき狂愛】には目を見れば分かる。先ほどまでの美しかった彼とは別の生き物になっていることが。
「……ない」
「ん、どうした?大丈夫だ、そんな心配しなくてもお前もすぐに俺たちと同じに――――」
「あんなに美しかった先生を汚すなんて…………ユルセナイ!!」
それは、少年が初めて覚えた激情。教師が死んだときには欠片も感じなかった激しい怒り。
自称天使にとって、決して許せない出来事――――愛の冒涜をされて芽生えた感情。
そうして、少年は初めて自分に課した禁を破った。すなわち、愛のためではなく復讐のための魔人能力の行使!
「あ……あぁ、がかかか!!」
まず異常が起きたのは目の前の教師。彼は自分の頭を何度も地面にたたきつけ始めた。
次に異常が起きたのは教師を殺した後惚けていた対魔人警官。彼は機関銃を口に咥えると、そのままぶっ放して頭を吹き飛ばした。
その次は近くに待機していた対魔人警官達たち。思い思いに武器を取り出すと、それを使って自らを殺し始めた。
その波は、ショッピングモールを中心にドンドンと広がっていき――――アンバード達は一斉に自殺を開始した。
ある者は頭を撃ち抜き、ある者は屋上から飛び降り、ある者は自らの首を絞め、ある者は家に火を放って燃える。
一斉に、『死に恋い焦がれたかのように』。世界中のアンバード達が自殺を図り始めた。
だが、全員が全員、中々死なない。何故か、簡単だ。【アンバード】は【外宙躯助】と敵対して、エイリアンと化している!
それでも、運の良いアンバードが”コア”を壊してぽつりぽつりとしに始めたころ。
とある高校にて、二人の仲のいい友人同士が互いの胸をカッターとハサミで貫いていた。
「えへへ、にこちゃん。ずっと一緒だよ」
「うん、ひーちゃん。私達、ずっと友達だよ」
そうして、二人の少女が死ぬのと同時に――――世界の人口は百万人ほど減少した。
「あ、あはは!先生、やったよ、仇は取ったよ!」
目の前で灰となって消えていく教師を見ながら【博しき狂愛】は叫ぶ。
そんな彼の元に、何者かが近づいてくる地響きがしていた。相対していた相手が消えてフリーになった【Dr.Carnage】のゾンビたちだ。
「……なんだよ、人が感傷的な気分に浸ってる時に。お前らも、死でも愛していろよ」
そう念じて、ついでに右手で鉄砲の形を作ってパンと撃つような仕草をする。
だが、ゾンビたちは止まらない。【博しき狂愛】は知り得ぬことだが、彼らは【アンバード】とは違い、完全に意思の無い死体で、道具のようなものだ
止めるのならば、操作主である【Dr.Carnage】をどうにかしなければならない。
「えっ」
何故か能力が効かず、足を止めることもなかったゾンビ軍団の移動に巻き込まれると、そのまま踏みつぶされ牽きつぶされて、【博しき狂愛】は呆気なく死んだのだった。
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「なんだ、どういうことだ!何が起きている!!」
放送室にて、作戦完了の報告を待っていた【ドクター】は驚愕の声を上げる。
護衛として自らについてきた対魔人警官達たちは、突然自傷行為を始めたかと思ったら、そのまま灰となって消えた。
なんらかの魔人能力による攻撃かと慌てて放送室から飛び出すと、周囲からは濃厚な血と硝煙の匂いで、まるで戦場の様だった。
「……放送室から出てきた、ということはあなたが今回の事件のリーダーですか?」
声をかけられてハッとその方向を見ると、黒いスーツの男と真紅の白衣の男――――【外宙躯助】と【Dr.Carnage】がゆっくりと歩いて来るところだった。
「この……害獣どもめ!!」
「敵で間違いなさそうですね。とりあえず殺しておきますか」
【外宙躯助】がゆっくりと”カルガネ”を持った手を構える。
「まぁ、待ってくださいよ雨中さん。私は今回の一件でエイリアンに興味を持ちました。そこでどうです?彼は生け捕りにして私に解剖させてもらえませんか?」
「……ふむ、確かにエイリアンの生態を知ることは大事かもしれませんね。その解剖の結果は教えてもらえますか?」
「えぇ、当然ですよ。なんなら、その胸の”コア”を外す方法も分かるかもしれませんからね!
「それは……大変魅力的な話だ」
「何を訳の分からない事をゴチャゴチャと!!」
二人の意味の分からない会話を聞いて、痺れを切らした【ドクター】が叫んでメスを構える。だが。
「ガッ!……グ、グギギギ……!」
一瞬で”カルガネ”から伸びた触手にメスを叩き落とされたうえで、四肢を拘束される。
「では、このリーダー格のエイリアンはこのまま捕縛するとして、他のエイリアンたちはどうしましょうね」
「そうですね、手足達に探させているのですが、どうやら全員何故か消えてしまったようです。他の魔人にでも殺されたのでしょうかね?」
「おい、貴様らふざけるな!これを解け!!」
「ふむ……それが【博しき狂愛】ですかね?彼の保護は出来ませんでしたが、とりあえずはこのショッピングモールから離れますか。ここにいつまでもいると面倒なことになりそうだ」
「では、私の車で移動しましょうか。自慢の病院までお連れします」
【ドクター】がどれだけ騒いでも二人は相手にもしない。完全に脅威とみなしていないようだ。その態度に激しい屈辱を覚えるが、同時に彼を冷静にさせる。
どうやら作戦は完全に失敗したらしく、対魔人警官たちも全滅したようだ。
そして、このままでは自分も解剖だのなんだのをされて死ぬだろう……ならば、嘉藤との約束を破ることになるが、自分に出来ることは一つだろう。と【ドクター】は腹を決める。
「頼みます、今は本調子ではないのであまり運転はしたくないんですよ」
「私も同じなのですが……仕方ないですね、私の病院まではすぐですからそれくらいの距離なら――――」
「人間を舐めた事、後悔しろ!害獣ども!!」
【ドクター】の最終手段、それは身も蓋も無く言ってしまえば、自爆である。
口内に仕込んだスイッチ、それを舌で押すことで彼の体内に仕込まれた爆弾が爆発をした!
それは、小型の爆弾故に威力はそこまででもないのだが完全に油断しきっていた二人の不意を突くには十分な威力。
轟音と共に爆発。大量に隠し持っていたメスが飛び散り、さながら散弾銃のような威力であった。
「うっ、ぐっ、まさか自爆するとは予想外でした、申し訳ありません雨中さん。大丈夫ですか……」
それでも【Dr.Carnage】は生きていた。メスが全身に刺さりボロボロで、体も半分は焼け焦げていたが、無理矢理に血液を循環させて生きていた。
「えっ、雨中さん……」
だが、【外宙躯助】は違った。運悪く、メスが胸の”コア”を貫通したのだ。
「あ、あぁ!!」
ひび割れ、壊れていく”コア”。それに連動するように、足先から少しずつ灰になっていく【外宙躯助】。これは、どう見ても助かりそうになかった。
「い、いえ……方法は、ある……!」
咄嗟に、一つの延命方法を思いつく、だがそれは――――。
一瞬だけどうするか悩む。が、本来は悩むほどのことでもないな、と思い直す。
「……雨中さん、あなたと過ごした時間は短かったですが、楽しかったですよ。久しぶりに友人が出来た気分でした」
そうして、水崎院長は自らの左胸に手を突っ込むと――――心臓を取り出した。
「私の能力、『凶行裁血』にて、あなたのコアを無理やりに動かして再生します!」
心臓から流れ出る多量の血液を雨中刃の”コア”にかける。
「これまでに散々能力を使って血が足りないので、おそらくこれで私は失血死するでしょうが……何、患者を救えるのならば、医者として本望ですよ」
そうして、水崎院長は友人の”コア”が再び動き出したのを確認すると――――微笑みながら息絶えた。
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「うっ、ぐっ、私は……気絶していましたか」
戦場と化していたショッピングモール。動く者が誰もいないそこで、雨中刃が目を覚ます。
「はっ、水崎院長!」
周囲を見回すと、すぐ横で息絶えている水崎の死体が目に入った。
その様子から、おそらく自分になんらかの延命措置をほどこして死んだのだろうと想像できた。
「……すみません、ありがとうございました。私は、本当に友には恵まれている」
「う、うごごご!」
すぐ近くでうめき声が聞こえる。
見てみると、腹から下がもげた一匹のエイリアン藻掻いていた。
「……さきほどの、自爆したエイリアンですか。哀れですね、あなたも」
カルガネを拾うと、そのまま刀状に変化させる。
「さようなら、来世ではエイリアンなど関係のない生を迎えられると良いですね……」
そうして、胸の”コア”を貫く。パリンと音がして、この場で最後のエイリアンは灰になって消えた。
「……人が集まって面倒なことが起きる前に帰りますか。帰りは楽できると思ったのですがね。どうやら自分で運転する必要がありそうだ」
ヨロヨロと出口に向かう。ざあざあと雨の降るショッピングモールの周辺には、店内と同じく誰一人生きている者はいなかった。
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その日、世界中で数多の死者が出た。
その数は裕に百万を超えるはずだが、全ての死体が灰となって消えたため正確な数は分かっていない。
その事件とどこまで関係があるのかは分かっていないが、唯一池袋にあるとあるショッピングモールには千体を超える死体が出現していた。
数年前から行方不明の者から、最近行方不明になった者まで老若男女問わず多くの死体があったが、どこから来たのか分かっていない。
警察の見解では、魔人が多くの生贄を用いて大規模な殺害を行ったのではないか?と言われているが真実は不明。
一説によると、エイリアンの仕業だとまことしやかにささやかれもしたが、その噂は出どころからして不明。
何も分からないまま、未曽有の大量殺人事件は幕を閉じたのだった。