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朝比奈みくると土屋康太のバカテスト

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朝比奈みくると土屋康太のバカテスト ◆LxH6hCs9JU



 街全体で夜逃げでも敢行したのか、辺りには灯りの点った家が見当たらなかった。
 満遍なく行き渡っている闇の中に、一箇所でも光源があったならば、すなわちそこに人がいることは明白。
 自らの居場所を知らしめることは、この地では致命傷になりかねない。
 知恵の働く人間ならば、灯りを用いず、活動する上での制限が緩められる朝を待つだろう。

 しっかり者と見せかけてどこか抜けている部分もある未来人、
 紳士な態度の好青年と見せかけて頭は桃色なむっつりスケベ、

 このおかしなコンビ、双方共にそこまでの思慮は働かず、夜道を堂々とランタンで照らしながら進行していた。
 本人たちは誰かを見つけたがっていたのだが、出会いはまだなく、進む道先は静寂に包まれている。
 他者を見つけられなかったことは不幸としても、他者に見つからなかったことは不幸中の幸い。
 そんなことにも気づかず、朝比奈みくる土屋康太の二人は過ぎていく夜に、意気消沈のため息を零した。

 ――そういえば。

 と、クール系の美男子を装う土屋康太が話を振る。

 ――はい?

 と、可愛らしく小首を傾げて朝比奈みくるが返す。

 ――『それ』の他に、なにか人捜しに役立ちそうなものは入っていなかった?

 と、朝比奈みくるの着るメイドさん衣装を指して、土谷康太が問うのだった。

 ――これは元から着ていたもので~

 と、注釈などを加えながら。



 ◇ ◇ ◇



 【第一問】

  問 以下の問いに答えなさい。
 『土屋康太に支給された黄金の鍵。これの正体を答えなさい』


  ■“逆理の裁者”ベルペオルの答え
 『デミゴールドという金塊を元にして作り出した宝具の一種。[仮装舞踏会]の捜索猟兵に勲章として渡したもの』

  ■教師のコメント
  正解です。あえて書かなかったのでしょうが、正式名称は非常手段(ゴルディアン・ノット)といいます。


  ■朝比奈みくるの答え
 『ゴルディアン王が結んだ複雑な縄の結び目を断ち切った別の王様の伝説で……よく覚えていません。ごめんなさい』

  ■教師のコメント
  博識ですね。そちらはおそらく名前の由来になった部分だと思われます。あと解答用紙で謝る必要はありません。


  ■土屋康太の答え
 『女子更衣室の鍵』

  ■教師のコメント
  欲望に忠実な解答ですが、不正解です。



 ◇ ◇ ◇



 無人の街は、どこもかしこも照明が消えてしまっている……というわけではなかった。
 二十四時間営業のコンビニエンスストアなどは店員がいなくとも電灯がつけっぱなしで、街にはそれなりの灯りがあったのだ。
 真っ暗になっている民家に押し入り、わざわざ灯りをつけることは愚の骨頂。
 利用するなら、こういった灯りがついていてもなんら不思議ではない施設が最適だ。

 と、考え至って手頃なコンビニに踏み込んだわけではないのが、朝比奈みくると土屋康太の二人。
 単に見慣れぬ人様の家よりは、近づくだけで扉が開かれるコンビニのほうが入りやすかっただけのこと。
 二人はやや広く取られた雑誌コーナーの前に座り込み、自身らの荷物、ランダムに分配される『支給品』の検証に取り掛かった。

 まず土屋康太が朝比奈みくるに披露したのが、紐のついた黄金の鍵。
 デザインは古風ながら、放つ色は鍍金とも思えない高級感がある。
 鍵といえば銀色が定番と捉える二人には、この品が値打ちものの貴重品に思えてならなかった。

「鍵……っていうことは、扉か金庫を開けるためのものなんでしょうか」
「……持ってて損はない」

 わかったことと言えば、付属の説明書らしき紙に書かれていた『非常手段』という名称のみ。
 使い方が記されていなかったのは意図的なものなのか、鍵の使い方など一つしかないということなのか、二人は考える。
 SOS団団長の涼宮ハルヒ、Fクラスのトップエースである姫路瑞希らがいれば他にもいくつかの選択肢が挙げられたのだろうが、
 お着替えするマスコット団員と認知徹底されたむっつりスケベたる二人では、保留、温存といったありきたりな解答しか求められない。
 方針はあくまでも人捜し、考え事に時間を費やすのはよくないから……と、黄金の鍵は土屋康太のデイパックに収納された。

 人類最悪を名乗る男が『武器』と称した支給品、これは一人につき一個から三個まで配られるという話だったが、土屋康太の所持する品はあいにくと黄金の鍵一つのみだという。
 実際のところは彼がいま装着している眼鏡も支給品に類するものなのだが、その事実が朝比奈みくるに告げられることはなかった。

 バレたら事――ムッツリーニこと土屋康太、否、土屋康太ことムッツリーニは元からメガネっ子だった、と嘘を貫き通す方針である。



 ◇ ◇ ◇



 【第二問】

  問 以下の問いに答えなさい。
 『朝比奈みくるに支給された猫の耳を模したアクセサリー。これの有用性を説明しなさい』


  ■某国家元首(焦げ茶猫耳男)の答え
 『我が国の伝統です。人間の可愛らしさを引き出し、見る者を和ませ、人間関係を円滑にします。あなたもどうでしょう?』

  ■教師のコメント
  素晴らしい伝統だと思います。ですが、先生は遠慮しておきましょう。


  ■朝比奈みくるの答え
 『わぁ……とってもかわいいと思います。つけて歩くと、耳のところがぴこぴこ動くんですね~』

  ■教師のコメント
  先生も可愛いと思いますが、それは説明ではなく感想ですね。


  ■土屋康太の答え
 『メイド服+スク水+猫耳=三種の神器』

  ■教師のコメント
  他国の伝統を侮辱して怒られないように。



 ◇ ◇ ◇



 土屋康太の荷物には有益なものがないと判断され、検証は朝比奈みくるの鞄に移った。
 理想としてはGPSなど捜し人の位置情報が掴めるような機器が欲しかったのだが、二人とも籤運はそれほど強いほうではない。
 朝比奈みくるが手に取ったのは、辞典ほどの大きさの箱。開けて中を見てみると、シックな黒い猫耳セットが入っていた。

 なぜ、猫耳――?
 という当然の疑問に、両者は揃って首を傾げた。
 この催しは、ただ一つの椅子を巡って他者を蹴落としていくゲームなのだと理解している。
 人類最悪が『武器』が配られると言っていたのも、他者の殺害を企画の範疇に据えているからだろう。
 先ほどのような用途不明の鍵に加え、こういったアクセサリーまで与えられる実情、企画運営者は参加者たちになにをやらせたいのだろうか。

 それはそうと、この猫耳は実に可愛らしい。これは朝比奈みくると土屋康太、双方の評である。
 せっかくの品、このまま捨て置くというのも些かもったいないような気がしてならず、土屋康太が、

「…………(じー)」

 眠たげな眼差しを朝比奈みくるの頭頂部に向け、目だけで主張を訴えた。
 視線を感じた彼女は、眼鏡の奥から放たれる期待感と、胸の内から湧き上がってくる好奇心に誘導され、気づけば箱から猫耳を取り出していた。
 慎重な手つきで猫耳を運ぶ。頭の上にそっと置くようにすると、猫耳は元の鞘に納まったかのように自然に定着した。

「あの、どうでしょう……? に、似合いますか?」
「…………!(コクコク)」

 猛然とした勢いで頷くムッツリーニに、もはや言葉はない。満面の笑みを浮かべる朝比奈みくるは、今や太陽にも等しい存在となった。
 本職と思わせること容易なメイド服に、その下がスクール水着であることを踏まえ、さらにぴこぴこと動く猫耳に目をやれば、
 お近づきになれた男子としては光栄の極み、女体の神秘ばかりではなく女性の可愛らしさを探求するムッツリーニとしては、幸福の一言だった。

 結局、この猫耳にどんな意味があるのかはわからない。否、意味などなくても構わないのだ。
 スクール水着の上にメイド服を着込む朝比奈みくるの頭に、シックな黒の猫耳が装着されている。
 これだけで天下は統一したも同然。軽すぎず重すぎず、ムッツリーニの観察眼からしてもパーフェクトな按配と言えた。



 ◇ ◇ ◇



 【第三問】

  問 以下の問いに答えなさい。
 『朝比奈みくるに支給されたロケット弾なる道具。これの正式名称を答えなさい』


  ■相良宗介の答え
 『これはRPG-7だな。ソビエトが開発した対戦車擲弾発射器で、某国では巨象や鯨を狩るのに使われていると聞く』

  ■教師のコメント
  さすがの解答ですが、ここはあなたが答える場面ではないと思います。


  ■朝比奈みくるの答え
 『黒くて、大きいけど……形を見るにラッパじゃないでしょうか?』

  ■教師のコメント
  物騒な答えじゃなくて先生安心してます。けど吹くのは絶対にやめましょう。


  ■土屋康太の答え
 『黒くて、大きい……』

  ■教師のコメント
  前の人の解答に反応しないでください。



 ◇ ◇ ◇



 三品目は、前の二つと比べると些か、いやかなり物騒な代物だった。
 木箱に入っていたそれは、子供の背ほどの細長い筒で、グリップと、肩に載せるパッドがある。
 片方の端には、円錐形を底で張り合わせたような、太目の出っ張りもあった。
 付属の説明書によると、名称は〝ロケット弾〟といい、爆薬の詰まった先端を、火薬で飛ばす道具のようだ。

 至って平穏な日常を送る高校生二人でも、これが人類最悪の言っていた武器、どころか兵器であることは想像容易かった。
 試しに持ってみようとすると、柔腕では支えきれない確かな重みが伝わってくる。
 人間に向けて放てば、その五体は間違いなく木っ端微塵。考えるだけで怖気が走った。

 一撃必殺の重火器は、護身用の枠を飛び越え殺戮の権化となるだろう。
 所持しているだけでも危険、しかし破棄して誰かに拾われても事、自ら破壊するには骨が折れる。
 使う意思があろうがなかろうが、割り振られた時点で管理は徹底しなければならない。
 朝比奈みくるはあらゆる意味での重みを実感し、しかし同行者となる土屋康太が、

「……預かる」

 いつもと変わらぬ表情で、ただその言葉だけを強く、言い切った。
 女性にこんな危ないものは持たせられない、という紳士的な瞳が、朝比奈みくるの視線とぶつかって揺るがない。

「土屋くん……」
「…………(コク)」

 余計な口は挟まず、土屋康太は貫禄のある頷きを返した。
 それに対する朝比奈みくるの反応は――屈託のない、土屋康太に邪念などないと信じて疑わない純真無垢な笑顔だった。

 土屋康太は朝比奈みくるの見えないところでグッと親指を立て、口元が緩まないよう必死に堪えていた。
 男子高校生たるもの、可愛い女の子からの好意を受け取ることは至上の喜びである。
 スケベは一日にしてならず。覗きや痴漢を繰り返すだけではただの変態であると、ムッツリーニは幸福を噛み締めた。



 ◇ ◇ ◇



 【第四問】

  問 以下の問いに答えなさい。
 『朝比奈みくるに支給された卒業証書入れのような黒い筒。これに備わっている機能を答えなさい』


  ■マリアンヌの答え
 『これはご主人様のコレクションの一つです。これを使って、私とご主人様はときどき……きゃっ』

  ■教師のコメント
  恥ずかしくても最後まで書かなければ正解はあげられません。


  ■朝比奈みくるの答え
 『両端にレンズが付いているんですね。望遠鏡なのかな……?』

  ■教師のコメント
  形状は似ているようですが、どうやら望遠等の機能は備わっていないようです。


  ■土屋康太の答え
 『透視。皮膚や骨などの人体の透過は望まず、衣服のみ透けるのが好ましい』

  ■教師のコメント
  もはや答えではなく願望ですね。



 ◇ ◇ ◇



(――〝Venus〟――)

 ローマ神話における愛と美の女神の名を心中で告げ、土屋康太ことムッツリーニは朝比奈みくるを高く評価した。
 可愛らしさは罪だ。そして罪に対して可愛いと思ってしまう己は罪人、否、罪人でなくてなにが男子高校生と言えようか。
 この未曾有の事態に巻き込まれて早々、ムッツリーニが朝比奈みくるに出会えたことは幸運――いや、運命に違いないのだ。

 土屋康太。彼の通う文月学園において、その本名は知らずとも〝ムッツリーニ〟という異名を知らない者はいない。
 誰が称したか『寡黙なる性職者』。恥も外聞もなく、いかなるときとてむっつりスケベとして生きることが彼の信条だ。
 眼前に覗けるスカートがあろうものならば、即座に身を屈め、ヘッドスライディングを敢行してでも覗きにかかる。
 勉強が苦手であろうとも、性に関わる知識ならばすべて一般教養と捉え、ドイツ語まで学習の範囲を伸ばす。
 それでいて直接的な痴漢行為などには手を伸ばさず、あくまでもむっつりと、スケベ道を探求するのが彼という男なのだ。

 ムッツリーニがビーナスと評す目の前の少女、朝比奈みくるはルックス、性格共にAAAランクは固い逸材と言えよう。
 Fクラスのマドンナ的存在である姫路瑞希と比較しても並ぶ、いやその上をいくと言ってももはや過言ではない。
 できることならばもっとお近づきになりたい……という男子高校生としては当然の欲求が、早くも疼きだしてきた。

 二年生に進級して早々、クラスメイトの坂本雄二に正体を暴露されたことを思い出す。
 ムッツリーニがムッツリーニと呼ばれるゆえんは、スケベ行為を働いても頑なにそれを否定する彼のスタイルにあり、
 決して土屋康太という男子がスケベであるという事実が隠せているわけではないのだ。
 しかし、この朝比奈みくるは数時間前に知り合ったばかり。ムッツリーニの本性など気づきもしていないだろう。
 ならば、もっと親密になりスケベなこともし放題な関係になることとて――とそこまで考え、ムッツリーニは首を振る。

 むっつりスケベという種が欲求を向けるのは、この世の可愛い女の子すべてに、等しくだ。
 視力が悪いわけでもないのにかけているこの眼鏡とて、記録する映像が一人分のみではあまりにももったいない。
 たとえば、朝比奈みくるの知り合いであるという涼宮ハルヒや長門有希。彼女らとてどのようなスペックを保持しているのかわからない。

(…………雑念、雑念)

 そもそも、自分はなにを深く考え込んでいるのか。ムッツリーニは戒めの意味も含めて、また首を強く振る。
 寡黙なる性職者の異名を持つ土屋康太――その本懐は、自らの欲求に逆らわず生きるところにある。
 欲求を満たすために策を弄することはあれど、言い訳や優先順位をつけることなどもってのほか。
 朝比奈みくるは可愛い。可愛い女の子の着替えやスカートの中はぜひ覗きたい。いたってシンプルな考え方。
 状況がどのようであれ、ムッツリーニはムッツリーニとしての生き方を全うするだけなのだった。

「最後はこれ、ですね……なんなんだろう、これ?」

 始まって早々、朝比奈みくるの生着替えが記録できたのは僥倖。次の機会が待ち遠しい。
 そして今は、人捜しに集中するべき時だ。荷物の確認に時間を割いているのもそのためである。
 ここまでで役に立ちそうなものは見つからなかった――猫耳は素晴らしかった――が、最後の一品はどうだろうか。

「……筒?」

 朝比奈みくるの小さな手が掴み取ったのは、卒業証書を入れる筒にも似た、黒い棒のようなものだった。
 両端にはレンズが嵌めており、太さが均一であるところから見ても、望遠鏡ではないように思える。

「なんでしょう? 大きくも小さくもならないし……万華鏡っていうわけでも……」

 朝比奈みくるが筒を覗きながら辺りを見渡すが、別段見えるものが変化しているというわけでもなさそうだ。
 また用途不明のハズレアイテムだろうか、とムッツリーニも訝しげになる。
 ふと、朝比奈みくるが筒の片端に目を当てたままムッツリーニのほうを見やり、

 視界が暗転した。



 ◇ ◇ ◇



 回復した視界の中で、朝比奈みくるはおかしな像を見た。

「ふぇ?」

 それは、両端にレンズのついた黒い筒を覗き込む自分――によく似た姿。
 猫耳とメイド服が似合う、SOS団部室の鏡で見慣れたその姿は――紛れもない、自分。

 朝比奈みくるの目の前に、朝比奈みくるがいた。

「ふぇ、ふぇぇぇ~!?」

 毎度のごとく情けない悲鳴を上げる、その声がいつにも増して低いことに、みくるは違和感を覚えた。

「あ、あの、土屋くん! あ、あれ? ええ!?」

 土屋康太の名を呼びかける、その声も低い。まるで男の子のような、いや男の子としか思えない声質に変わり果てていた。
 目の前の朝比奈みくるの姿をした誰かは、黒い筒を下ろして今は硬直している。
 驚きを顔に表出させ、しかし安易に声を漏らさないところは、どことなく土屋康太少年のそれと雰囲気が似ていた。

 と、いうよりも。

「も、もしかして……ううん、もしかしなくても!」

 予感に急かされ視線を下にやると、男物の学生服を着ている自分がいた。
 顔のほうに手をやると、眼鏡をかけている自分がいた。
 慌ててお手洗いに駆け込み、鏡で確認すると――そこに土屋康太の姿をした、自分がいた。

「そ、そそ、そんな、そんなことってぇ……」

 おそるおそる発してみる声は、やはり低い。
 いつもよりやや高い目線の位置も、自然と大きくなっている歩幅も、予感が実感であると知らせている。
 雑誌コーナーの前に呆然と正座したままでいる朝比奈みくるの傍まで戻り、土屋康太の姿をしたみくるは声を振り絞った。

「つ、つつつ土屋くんですか!?」

 朝比奈みくるの姿をした――おそらくは『土屋康太』の反応は、鈍い。
 キョトンとした瞳でみくるのほうを一瞥し、すぐに視線を逸らした。
 緩慢な動作で両手を動かし、控えめに自身の胸を触って確かめている。
 男性ならば掴み得ないはずの感触を、彼女のような彼は今、噛み締めているに違いない。
 その証明として――朝比奈みくるの姿をした土屋康太は、恥ずかしさが度を越えたのか鼻血を噴出し卒倒した。

「つ、土屋く~ん!」

 慌てて体を揺すってみるが、土屋康太は目を回しているようで、すぐには再起できそうになかった。
 心配ではあるが、それよりも先にまず確信する。彼女――朝比奈みくるの中身が、土屋康太になっていると。

 つまり、入れ替わっている、と。

 なぜ、どうして、なんで、そんなことが、まさか、【禁則事項】、目まぐるしい勢いでみくるの脳内が攪拌される。
 両者の意思総体が入れ替わる現象など、【禁則事項】の【禁則事項】を鑑みても【禁則事項】以外にありえない。
 気になるのは、この現象が起こったタイミングだ。あまりにも唐突だったために混乱してしまったが、よくよく考えてみれば、

「……ひょっとして、この筒が?」

 自身に武器として支給された黒い筒を掴み、土屋康太の姿をした朝比奈みくるは、これが原因だと思い至った。
 再びレンズを覗き込んでみるが、特にこれといった変化は訪れない。それは倒れ込む朝比奈みくるを見ても同じだった。
 なにかヒントはないのもか――と鞄を漁ってみると、どうやらこれにも説明書がついていたようで、そこにははっきりと使い方が記されていた。

「リシャッフル……覗いた者と覗かれた者の意思総体を交換する宝具……」

“存在の力”の注ぎ方を知らずとも効果が発現してしまう、ただし互いの心の間に壁があると効果が発現しない、
 そして再び覗くことで元に戻ることができる――という細かな点まで、詳しく書かれていた。
 宝具や“存在の力”という単語にはまったく聞き覚えがなかったが、元に戻る方法さえわかれば他はどうでもいい。
 みくるは早速、リシャッフルの片側から朝比奈みくるの目に焦点を合わせてみるが、

「……変わら、ない。ええ~!? な、なんでぇ~?」

 やはり変化はなく、泣くような声がコンビニ内に反響するだけだった。
 まさか説明書の内容が嘘なんじゃ、とも考えたみくるだったが、今の朝比奈みくるに意識がないことが気になった。
 朝比奈みくるに、いや土屋康太に意識が戻り、またお互いにリシャッフルを覗き込めばきっと――。

「それまでは……このまま? それって……つ、土屋く~ん! 早く、早く起きてくださぁ~い!!」

 切迫した想いが危機感となり、みくるにこれまでにない焦りを与えた。
 このまま男の子としての生活を送る、男の子が自分の体で暮らす――どちらも考えたくはない。
 自分の顔は今、青ざめているのか、それとも赤くなっているのか。
 鏡を確認するよりもまず、朝比奈みくること土屋康太を起こすのに無我夢中だった。

「う、う~ん……」
「土屋くん!? 起きて、早く起きて! おーきーてーくーだーさ~いっ!」

 みくるは自分の体を我武者羅に揺すり、中の土屋康太が覚醒することをただただ祈った。
 気だるい唸り声の後、朝比奈みくるの体はゆっくりとその身を起こしていく。
 その寸前、

「ハッ!」

 彼女が、いや彼が意識を覚醒させた後の展開を考え、みくるはさらなる危機感に襲われた。
 瞬時に――間を与えてはならない!――と思考し、リシャッフルを目元へとあてがった。
 先端を、今まさに目覚めようとしている朝比奈みくるの双眸に向けて――。



 ◇ ◇ ◇



 ――目を覚ますと、平然とした様相の朝比奈みくるがそこにいた。

「あ、土屋くん。急に気を失っちゃったみたいで、心配したんですよ?」

 可愛らしく小首を傾げ、朝比奈みくるは土屋康太の容態を気にかける。
 当の本人は、けろっとした表情で彼女の笑顔を眺めていた。

 ……朝比奈みくるの鼻の辺りが、かすかに赤い。

 鼻血でも出したのだろうか、と気にはなったが、女性にそれを訊くのは躊躇われた。
 そもそも、なぜ自分は気を失っていたのだろうか。どうしてだか思い出せない。
 人捜しに役立つものがないかどうか、互いの荷物を確かめていたところまでは覚えているのだが、

「結局、役立ちそうなものはなにも入っていませんでしたね。時間も惜しいですし、そろそろ出発しましょうか」

 何事もなかったかのようにそう告げる朝比奈みくるを見て、もう終了したのだろうと解釈した。
 土屋康太は眼鏡とスクール水着と黄金の鍵、朝比奈みくるはロケット弾と猫耳が支給された、と再確認する。
 確かに、人捜しに役立ちそうなものは入っていなかった。
 土屋康太はそう認識し、しかし妙な違和感を覚えてもいて、どうにも釈然としない気持ちに襲われた。

 ……それになんだか、両手の平に柔らかい感触が残っているような気もする。

 夢の中で女性の胸でも揉んでいたのだろうか、とまで考えてすぐに、はははっそんなまさか、と打ち消す。
 妄想にばかり浸ってはおれず、次なる記録(覗き)のために、土屋康太ことムッツリーニは精進することを誓った。



 そして、朝比奈みくると土屋康太はコンビニを発つ。
 朝になれば、誰か知り合いが見つかるだろうか。そんな淡い期待を胸に抱きながら。



 ◇ ◇ ◇



(なんて、危ない道具……)

 朝比奈みくるは土屋康太に表情を窺われないよう、前を歩きながら思う。
 意思総体の入れ替えいう一騒動を起こした宝具『リシャッフル』は、今はみくるの鞄に人知れず収納されている。
 危険な代物は逆に捨てられない。ロケット弾と同じく、徹底した管理が求められるのだ。
 土屋康太がリシャッフルの詳細を知り、それを悪用する……などとは考えたくなかったが、どうにも話す気になれない。

(涼宮さんに話すわけにもいかないし、長門さんに相談するのも難しいし……あ、キョンくんに……って、もっとダメ~!)

 ほんの数分のこととはいえ、男性としての経験を蓄積してしまった朝比奈みくる。
 思い返すだけでも赤面ものの事件が、この地に来て早速の、消えない傷跡となって胸に残った。




【D-5/一日目・黎明】

【朝比奈みくる@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:健康
[装備]:メイド服@涼宮ハルヒの憂鬱、スクール水着、猫耳セット@キノの旅
[道具]:デイパック、支給品一式、ブラジャー、リシャッフル@灼眼のシャナ
[思考・状況]
基本:互いの仲間を捜索する。
1:土屋康太と同行。
2:これ(リシャッフル)どうしよう……。



【土屋康太@バカとテストと召喚獣】
[状態]:健康
[装備]:「悪いことは出来ない国」の眼鏡@キノの旅
[道具]:デイパック、支給品一式、カメラの充電器、非常手段(ゴルディアン・ノット)@灼眼のシャナ、ロケット弾(1/1)@キノの旅
[思考・状況]
基本:女の子のイケナイ姿をビデオカメラに記録しながら生き残る。
1:朝比奈みくると同行し、彼女の仲間を探す。



【非常手段(ゴルディアン・ノット)@灼眼のシャナ】
“逆理の裁者”ベルペオルが、子飼いの部下に持たせている黄金の鍵型の宝具。
用途に応じた様々な自在法を織り込めており、所有者が死に掛けた際、残された“存在の力”を使って込められた自在法を発動する。
ちなみに“琉眼”ウィネが持っていたものには破壊の自在法が、“聚散の丁”ザロービが持っていたものには転移の自在法が込められていた。
この『非常手段』にどのような自在法が込められているかは不明。また、発動の際にベルペオルと会話ができるかどうかも不明。



【猫耳セット@キノの旅】
キノの旅Ⅳ巻第四話「伝統」より。
キノが訪れた国の伝統で、国民は全員この猫耳をつけていた。色は、キノに渡されたものと同じ黒。
人間関係を円滑にする手段として国全体に普及している……という話だったが、実はそれは旅人を騙すための嘘だったりする。



【ロケット弾@キノの旅】
キノの旅Ⅳ巻第六話「分かれている国」より。
北と南で分かれている国が、それぞれ鯨と象を狩るために使っていたもの。大昔には戦争で使われていた。
その形状からして、USSR RPG-7と同じものと思われる。



【リシャッフル@灼眼のシャナ】
”狩人”フリアグネが所有していた宝具の一つ。形状は、両端にレンズを嵌めた黒い筒。
覗いた者と覗かれた者の意思総体を交換することができる。原作ではシャナと悠二がこれによって入れ替わった。
その経緯が偶発的なものであったため、意識して“存在の力”を込めずとも使用できると思われる。
元に戻るためには再び覗き合う必要があり、互いの心の間に壁があると効果が発現しない。





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