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「葬儀の話」― Separation ―

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「葬儀の話」― Separation ― ◆LxH6hCs9JU



 幼稚園でのことでした。
 園内の片隅にある花壇の中で、緑のセーターを着た青年がしゃがんでいました。
 園児用の小さなシャベルで、せっせと花壇の土を掘っているようでした。

「なかなかに作業だな、これは」

 小さいシャベルでは穴を掘るにも一苦労で、青年は額に汗をためていました。
 そのうえ花壇にはチューリップが植えられていたため、それらの花を別の空いたスペースに植えなおすという作業も必要でした。
 時刻はすでに朝になっていたので、懐中電灯に頼らず作業できることだけが幸いでした。

「少し休憩だ。朝食にしよう」

 青年は立ち上がって言いました。
 すぐそばに置いておいたデイパック(注・鞄。黒くて四次元なものだけを指す)から携帯食料を取り出し、それを食べます。
 携帯食料は味も素っ気もないカンパンでしたが、旅をしていた青年の舌はこれに不満を覚えることもありませんでした。

「もうじき放送か」

 青年はデイパックからペットボトルを取り出し、水を飲みます。
 一緒に参加者名簿とこの世界の地図も取り出し、六時に行われるという放送に備えました。
 左手にはめた腕時計で時刻を確認します。時計の針が六時ちょうどを示したとき、それは鳴り響きました。

「――聞こえているか? 言ったとおりに放送を開始する」

 時間通りの正確な放送でした。
 聞き覚えのあるこの声は、狐のお面を被った人類最悪という男の声だったでしょうか。
 人類最悪はいくつかこの椅子取りゲームについて重要っぽいことを言って、それから本題に移りました。

 脱落者の報告でした。
 椅子取りゲームの参加者は誰もが皆、青年にとっての赤の他人ばかりでした。
 なので、誰の名前が呼ばれようともこれといった感慨はありません。
 メリッサ・マオアリソン・ウィッティングトン・シュルツの名前が呼ばれてもそれは同様でした。

 放送が終わると、青年の参加者名簿には十本の線が引かれていました。
 その線のどれもが、脱落者の名前の上に引かれていました。

「さて、そろそろ再開するとしようか」

 腹ごしらえも済ませたところで、青年は再び穴を掘る作業に戻りました。

 ざくっ。ざくっ。ざくっ。

 小さなシャベルで、何度も何度も土を掘り返していきました。
 やがて穴を掘る作業が終わり、青年は立ち上がってうーんと背筋を伸ばしました。

 できあがった穴は、とても人間が収まるような大きさではありませんでした。
 それでも、犬を一頭埋めるには十分な大きさの穴でした。

 青年はデイパックの中から、犬の死体を引きずり出しました。
 白い、ふさふさした毛を持つ大型犬でした。
 心臓の辺りが赤い血で滲んでいるものの、その表情はとても安らかでした。

 生前の白い犬は、どんなときでもにこにこしていました。
 食料が底をつき水しか飲めなくなったときでも、笑みを絶やしませんでした。
 動物嫌いな人間に犬臭いんだよぉと不平を言われても、笑みを絶やしませんでした。
 主人であった青年が酷いことをしても、いつもそばでにこにこと見守ってくれていました。

 白い犬は、青年にとっての忠犬でした。

「おまえには、本当にすまないことをした」

 青年は白い犬の亡骸に謝り、黙祷しました。
 もうこれでお別れなのだと思うと、寂しくて仕方がありませんでした。

「おまえも私と一緒に、こいつを弔ってやってくれないか?」

 青年は黙祷を終えると、デイパックの中から鳥かごを取り出しました。
 鳥かごの中では、インコちゃん(注・鳥。おしゃべりでブサイクなものだけを指す)が忙しなく羽を動かしていました。

「……ト、トム、トム……ラァァェ……?」

 インコちゃんは、白い犬の亡骸を前に動揺しているようでした。
 腐肉色のくちばしから変な泡をたらたら垂らし、半開きの瞼をぴくぴと震わせ、ぼさぼさの羽毛を痙攣させていました。

「ア、ア、アバヨッ。ジャーナ!」

 インコちゃんの無駄に鋭い眼光は、死に顔も笑顔な白い犬のそれと比べるとことごとく対照的でした。
 青年は嘆息し、白い犬の亡骸に手をかけました。

 ふさふさの体を抱きかかえ、花壇の穴に移しました。
 大きな体はすっぽりとそこに収まり、青年はしばらくの間、穴の中の忠犬を眺め続けました。

 埋めてしまうのが、少しだけ惜しくなったのかもしれません。

「……」

 またしばらくして、青年は無言のままシャベルを握りました。
 穴の中で眠る白い犬の上に、花壇の土を被せていきました。

 ざくっ。ざくっ。ざくっ。

 土を被せる間、青年は呼吸の音すら止めてしまいました。
 傍らのインコちゃんもまた、羽ばたきの音を抑えました。
 静かな埋葬でした。

 ざくっ。ざくっ。ざっ。

 白い犬の亡骸は、あっという間に土に隠れて見えなくなってしまいました。
 色鮮やかなチューリップが植えられた花壇の真ん中に、白い犬は眠っています。
 ここならば花たちに見守られながら、誰に眠りを妨げられることもなく安らげるでしょう。
 これが、今の青年にできる精一杯の弔いでした。

「一段落したら、もっときちんとした墓を作ることにするよ」

 青年は白い犬が眠る花壇にそう告げて、墓標代わりの木の枝を土に差し込みました。

 そしてもう一度、黙祷します。
 インコちゃんも黙祷しました。

 そうやって、小規模な葬儀は終わりました。

「さて」

 すべてが終わると、青年は花壇の隅にシャベルをつきたて、不在の園児たちにこれを返却しました。
 デイパックを肩にさげ、インコちゃんが入った鳥かごを手に持ち、腰には大太刀を差して、歩き出します。
 背後には白い犬の墓が残り、青年とインコちゃんの旅立ちをチューリップたちと一緒に見送りました。

「シ、シ、ズシ……クリ、ク!」

 幼稚園の敷地から出ようとしたところで、インコちゃんが急に騒ぎ出しました。
 背後の墓に向かって、懸命な形相で誰かの名前を叫んでいました。
 青年は微笑み、インコちゃんに教えてあげました。

「シズ。陸。だよ」

 それは、青年と白い犬の名前でした。



【C-4/市街地・C-4の北東の隅のあたり・小さな幼稚園内/一日目・朝】


【シズ@キノの旅】
[状態]健康
[装備]贄殿遮那@灼眼のシャナ、パイナップル型手榴弾×1、インコちゃん@とらドラ!(鳥篭つき)、
[道具]デイパック、支給品一式(食料・水少量消費)、トンプソン・コンテンダー(0/1)@現実、
    コンテンダーの交換パーツ、コンテンダーの弾(5.56mm×45弾)×10
[思考]
基本:優勝して、元の世界・元の時間に戻って使命を果たす。
1:さて、どこに行こうかな。
2:未来の自分が負けたらしいキノという参加者を警戒。
3:インコちゃんを当面の旅の道連れとする。
[備考]
※参戦時期は、「少なくとも当人の認識の上では」キノの旅6巻『祝福のつもり』より前です。
 腹部に傷跡が残っているかどうかは不明です。


※陸@キノの旅の亡骸はC-4の北東の隅のあたり・小さな幼稚園内の花壇に埋葬されました。


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