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CROSS†POINT――(交換点) 前編

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CROSS†POINT――(交換点) 前編 ◆EchanS1zhg



 【0】


『今回は、見逃してさしあげましょう』


 【1】


眩い太陽もようやく全身を現した頃。
それなのに、並び立つ建物が作るデコボコの影の下に、その身を隠すように進み行く男の姿があった。
身の丈ほどの抜き身の大太刀をそのまま腰に差した男は、急くでもなくまた暢気でもないという程度で影を行く。
その足取りに迷いのようなものは見受けられない。そして、ほどなくして影は途切れ、男の姿が明るみの中に現れた。

邪魔にならぬよう短く切られた黒髪。その下の顔は端整だが精悍な印象で、口は一文字に結ばれていた。
肩と肘に当て布のついた着古した緑色のセーターに、これも着古したであろう色褪せたジーンズを履いており、
足元には頑丈そうな、そしてやはり底の磨り減った革靴が見られる。

一見すれば変哲のない平凡な姿だが、よく見れば旅慣れた人間だということが見て取れた。
そして、もう少し踏み込んで見ることのできる者ならば、彼が容易に人を殺せる人間だともわかっただろう。

男の名前はシズ。複雑な経緯で国を捨てた彼はこの短い名前しか人に教えることはない。
かつては王子という立場があったが、今はただの復讐者だった。



復讐を果たすその前に、訳もわからぬまま意味不明な事態に巻き込まれ、再会した忠犬を過失から失ったシズ。
彼はその忠犬を手短に埋葬した後、また行く当て所なく見知らぬ街を彷徨い始めた。
この《国》から脱出する方法がそれしかないのなら人殺しも厭わないとし、油断なく朝の街中を徘徊する。

とはいえ、やはり当て所なくではらちが明かない。シズからすれば3日という期限は長いとは思えなかった。
商店の軒先へと身を潜め、シズは鞄から地図を取り出してその上へと目線を走らせる。
そして、陽の位置と城が見えた方向。そして橋があった場所とを思い出し、自分が今どこにいるか見当をつけた。

思案して、とりあえずは地図にある病院へと向かってみようとシズは考えた。
病院ならばなにか有益な物が手に入るかもしれなかったし、それを狙う他者がいるかもしれない。
街中をただ彷徨うよりかはいくらかましと、そう決めるとシズは地図を丁寧に折りたたみ、また再び歩き始める。

戦うのに不利ではない程度には広く、しかしあまり目立たないぐらいの狭さの路地を選んでシズは道を進んで行く。
もうすぐ目的地とした病院が見えてくるだろうか。そう思った時、小さな音がシズの耳に届いた。

路地の中を油断なく足早に進み、角から一度顔を出し、そしてもう一度慎重に顔を出してからシズは辺りを窺う。
目の前には四車線の広い道路があり、その向こうにはこれも立派な作りのそれとわかる病院が建っていた。
そこから南の方を向いてみると道路の先に小さな影が見え、しかしすぐにその先へと消えてしまった。
聞いた音は軽いエンジン音で、どうやら何者かがここを通り過ぎたか立ち去ったかしたらしい。

「…………さすがに追いつけないか」

例え走って追いつけたとしてもこちらの武装は刀一本に、虎の子の爆弾と使い勝手の悪い拳銃が一丁だけ。
わざわざ不利な戦いを無理にしかける理由も必要もない。
そう判断すると、シズは立ち去った何者かのことは一端置いて、目の前の車道を横断して病院の中へと入っていった。


 【2】


「こいつはひどいな」

口にしつつも、実際には微塵たりともそうと思ってないような口調で、シズは目の前の惨状をそう表した。
病院に入ってすぐの広いロビーの一角に4つの死体と騒動の痕跡。それに加えて濃い死臭とが残されている。
入り口の方を振り返ればいくつかのガラス窓が粉々に打ち砕かれており、ここで何かがあったというのは明白だ。

「少しの間、ここで見張りをしていててくれるかい?」

そう言って、シズは鞄から取り出した鳥籠を丁寧に持ち上げ、入り口の脇にあった台の上へと置く。
鳥籠の中で首を振り奇怪な声を上げる見苦しい何かはどうやら鳥で、今は唯一の相棒であるインコちゃんだ。
相棒として頼れるかどうかを試すわけではないが、気休めにはなるだろうとシズはこれに見張りを任せてみることにする。
そしてインコちゃんがそれに同意した(?)のを確認すると、改めて4つの死体の方へと足を向けた。

同じ制服を着た少年の死体が2つに、メイド服を着た小柄な少女の死体が1つ。
そして、大人だろうとは思うが首がないので確かな判別のつかない男の死体が1つあった。
よく見ればそれぞれの死因は別々で、もう少しよく見てみればどれも死んでからそれほど時間は経っていないとわかる。

「さっきの後姿の奴かな」

呟きながら、この後もしかすれば対決することになるかもしれない何者かの実力をシズは推測する。
理由は定かではないが、首なしの死体がある以上この4人の間での同士討ちという可能性は皆無だろう。
死体が動かされた形跡も見当たらないし、その位置関係を見ても、この4人を殺した第三者がいたと考えるのが自然だ。

先に確認した通りに、殺害の方法は死体ごとに異なる。
ならば、どのような事が起きたと想像できるだろうか。少なくとも単一の武器による一網打尽ではない。
4人でいた。また少年や少女には戦いの経験があったようには見えないし、実際抵抗したような痕跡もない。
つまり弱者としてただ寄り添い合っていたと考えるのが自然だろう。
内2人はおそらく同郷の者だとわかる。そしてシズが先に考えた理由などで、この病院に辿りつき篭ったに違いない。

殺害者が最初からこの4人と同行していたのか、ただシズよりも早くここに辿りついただけのなかはわからない。
ただわかるのは、その殺害者は4人に近づいた後、”あっという間”に4人とも殺してしまったということだ。
手持ちの武器を次々に使ったのか、それとも次々に奪って使ったのか、あるいはそれら両方なのか。
なんにせよ、これは自身と同様に殺すことに”手馴れた者”の仕業とシズは推測する。
そして、自分が先に到達していればまったく同じことをしただろうとも思った。

「やれやれ、強敵だな……」

シズは曲げていた膝を伸ばすと、そう零して苦笑した。
さきほど殺した女兵士もそうだが、ここには弱い者もいれば逆に強い者も、更には自分よりも強い者もいるらしい。
動くマネキン人形のような例もある。他にも予想だにしていなかったものが存在する可能性もあるだろう。
キョンという青年の前ではこちらの方が簡単などと宣言したが、随分と大見得を切ったものだと思わざるを得ない。

「そういえば、”未来”の俺は”キノ”という人物に負けるんだったか……」

自分とキノの両方ともが元の世界に帰れなかった場合、あの国はどうなってしまうのか。
ふとそんなことを考え、すぐに馬鹿馬鹿しいとシズは首を振る。
そんなことは考えることではない。むしろキノという者をここで倒せば、悲願は自身の手で果たせるのだ。
改めて気を引き締めなおすと、シズは踵を返して死体らの傍から離れた。



次にシズが目をつけたのは、死体から少し離れた場所に固めて置かれていたいくつかの物品だった。
最初はブービートラップかと思ったが、どうやらただ不要な物として置かれていったのだと判断しそれを手に取ってみる。
やはりというか当然というか、それはシズに取っても到底必要があるものとは思えなかった。

「女性用の下着が配られていたのか? 意味がわからないな……」

しかしそれでも一応と、シズはひとつひとつ手に取って丁寧にそれを検分してゆく。
十数分ほどかけてそれを行い何がわかったかというと、結局それが全くの徒労であったということだけで、
どれもこれも使い道がわからないか、もしくは明らかに使えない代物だと、最初からわかっていたことが判明しただけだった。

「これだけはもらってゆくか」

悔し紛れ半分といった感じでシズはひとつ女性用下着……ではなく、一本の筒を拾い上げる。
一見すればアンティークの手持ちサイズの小さな望遠鏡のようで、実際にもそうとしか思えないものだった。
覗き込めばレンズの向こう側が少し大きく見えるだけと、極めてシンプルなそれで、
特別使えそうなものではなかったが、強いて言うならまだ使えると、浪費した時間の代わりにそれを鞄に収める。

さてと一息つき、入り口脇に置いたインコちゃんを一瞥し、異変がないらしいと知るとシズはその足を今度は病院の奥へと向けた。



しばらく。受付カウンターの真上に置かれた時計の中の針が一周と少しした頃に、ようやくシズはロビーへと戻ってきた。
その姿を見て驚ける者はここにはいなかったが、彼の姿はここを後にした時とは全くその様相を変えていた。
しかし、何かがあったわけではない。ただ一枚。奥で見つけた厚手のレインコートを着込んでいるというだけのことである。

得物を刀とする以上、シズは人一倍返り血というものに気を使う。
まず、血液は一度付着すると落とすのが難しい。故に、限られた物を大切に使う旅人としてそれは避けなくてはならない。
それと、場合によってはこちらの方が重要となるが、服についた返り血は時に殺人の証拠となりえる。
今回の場合、一度そうなってしまえば善良な者を装っての不意打ちなどはしづらくなるだろう。
故に、それらを避ける為のレインコートである。これならば不意に血がついたとしても脱げばそれだけで済むのだ。

「少し、蒸れるかな……」

そんな感想をシズはひとりごちる。
普段、こういう時には自前の防水パーカーを使用しているのだが、残念ながらここに来た時点で手元からは失われていた。
似たようなものだということで手に取ったが、若干ながらパーカーとレインコートでは勝手が違うらしい。
とはいえ、ここで我侭も言えないのでシズはごちるに止める。
得物である刀はすでにレインコートの左脇に穴を開け、そこから差して携えていた。

最後にもう一度ぐるりとロビーを見渡して、シズは見落としがないかを再確認する。
そして鞄をひとつ叩き、調達した薬品や治療用具に足りないものはないかをも確認すると、シズはようやく歩き出した。
コツコツとリノリウムの床に足音を立て、見張り番として置いていた鳥籠の元へと近づき、そして気づく。

「…………………………」

インコちゃんが鳥籠の中で決して安らかそうな寝顔ではないが、どうやら本人(鳥)的には安らかに眠っていることに。


 【3】


一方その頃――と言うのには早いのか遅いのか定かではない頃。遠く離れた場所から病院へと向かう者らがいた。

陽光を反射する大きな川を左手に、土手の上に作られた舗装路を一路東へと邁進している一台のバギーがある。
運転席には、その大柄な体躯だけを見れば車の運転をしてても全く違和感のない水前寺邦博が、
その隣の助手席には、平均的な体躯なのだが水前寺と比べると小柄に見えてしまう学ラン姿の坂井悠二が座っていた。

「どうかね坂井クン?」

水前寺からの短い質問に、悠二はいいえと、これもまた短く返した。

「そうだろうな。いくら彼とはいえここで水泳を楽しむほど酔狂ではないだろう」

受け答えをしながらも二人は視線を合わせようとはしない。
運転をしている水前寺は当然のこととして、悠二の方にしても水前寺の身体ごしにただずっと川の方を注視していた。
その理由は、彼らが探している浅場特派員――浅羽直之がその川の中にいないか、それを探すためである。

とは言え、水前寺が言うように浅羽が川の中で見つかる可能性は全くのゼロに近かった。
元々、川へと落水した位置がここよりかなり上流であった為、ここより川上で上陸した可能性があること。
なにより、落水してからの時間を考えれば今頃こんなところを流れているはずはない。上陸してなければ今頃は海だ。
だが、気絶などをした浅羽が岸に引っかかっている可能性もゼロではない。なので一応と、悠二は川を見続けている。

そして、彼らはこの川沿いに進路を東と進み、この世界の端の北東に位置する病院へと向かっていた。
それほど難しく考えたわけではない。
川に落とされる前に浅羽は大河から散々に暴行を受けた。そういう証言を水前寺は須藤特派員より受けている。
ならば上陸した彼が地図を見た時、どこに向かうであるかと推測すれば、これはやはり病院しかない。
過ぎた時間からすればすでに次の場所へと移動している可能性も高いが、足取りを追うのが追跡の基本だ。
本来ならば着水地点よりと言いたい所だが、そこは時間の都合によりショートカットして病院へ向かうこととなった。

と言うのが、彼らが同行を開始してよりここまでの間に話し合わされたことで、この後は以下に続く。



「では、改めて聞かせもらおうか。君の言った”危険”について。
 確かフリアグネと言ったか、そっちについてはすでに聞き及んでいるよ。
 討滅したはずなのに何故か蘇ってきた狩人と呼ばれる紅世の王だな。なるほど俺などは相手にもなるまい」

逼迫した状況に押されて車へと乗り込んだ悠二だが、水前寺から神社に集まった者どもの話を聞いて驚いた。
そこに万条の仕手であるヴィルヘルミナが存在し、フリアグネに関してもすでに邂逅を果たしていたと言う。

「そっちについては悔しいがここは専門家たる君達にお任せするとしよう。
 さて問題はそれだけではないな。そう、その紅世の王とやらに仕えているなどと言った”少佐”という男の話だ」

バギーを走らせながら情報交換をする内で、水前寺が食いついてきたのが悠二の出会った”少佐”と名乗る何者かであった。
確かに悠二としてもその存在は気になる。彼が何者で何を目論んでいるのか、考えなかったわけではない。

「君を前に主従関係を結んだ相手を裏切ると宣言したわけだ、不可解にもその少佐と言う男は。
 だがしかし、そこに疑念が生まれる。なんの目的があって君にそれを教えたのだろうか。
 この場合、その答えは君そのものだろう。君がフリアグネと従来敵対する存在であった。たったそれだけの話だ」

水前寺と言葉を交換しあいながら悠二は改めて考える。
事象を単純に捉え、できるだけシンプルに考えればその答えを導くのはそれほど難しくはない。
あの少佐という男はフリアグネの力を利用しつつも彼の敵を作り、ぶつけて……つまりは漁夫の利を得ようとしているのだろう。
しかし、それでは単純すぎるというのが悠二の考えで、水前寺もその点に関しては同意してくれた。

「得られた証言に偽りが混ざっていることも考えると、ここを突き詰めるにはまだ材料が足りないだろう。
 少佐を名乗る男の目論見は不明。
 だが、フリアグネという王と名乗るからには当然のようにプライドの高いそいつが部下を作った理由というのは想像できる。
 これも難しくない問題だな。いや、その時はともかくとして今は情報がある。故に簡単な問題となった」

そう言われて驚き、悠二はまたその問題について考えを巡らせてみる。
以前は理由不明の前提として扱ったが、水前寺によれば今は解けるのだという。
その鍵は追加された情報。しかも水前寺が、誰もが知りうるもの――と、ここまで考えて悠二は答えに行き当たった。

「そう。”調整”と”抑制”だ。
 あの人類最悪と名乗る男が放送でそう言ってたな。
 疑っては始まらないので、まずは前提としてこれを置こう。
 で、だ。君の証言にはこうもあった。”燐子が思っていたよりも弱かった”とね。
 つまり強すぎるが故にこの世界より”異端”と判断された紅世の王は以前よりも弱体化している――」

――人間を頼るほどに。と、水前寺はそう断言した。
勿論、これも仮定の上の推論だが、そうなると色々と辻褄が合うことに悠二は気づく。
何よりあの少佐という男が裏切れると考えたからには、そこに最低限の勝算があってしかるべきなのだ。
もしこれが全くの制限を受けていないフリアグネとただの人間である少佐の間ならば、成立するはずがない。
あのプライドの高い王が一時とは言えど人間を部下に置く。この事実を説明するのにこんなに当てはまる解答はなかった。



そして、人類最悪の言う世界自体が行う調整と抑制。それを思い浮かべ悠二の思考は飛躍してゆく。

悠二はこの狭い世界の端全体から、なんらかの巨大な存在の力を感じ取っている。
それは、この世界を支配管理する何者かの力かと想像できたが、しかし発想を逆転させてみてはどうか。

『この世界自体が、お前達全員がそれなりに生きてゆけるようにと調整をしているというわけだ』

つまり、この世界の端という舞台そのものが”自在式”かそれに類するもので作られているのではないかという発想。
例えるなら、紅世の徒の一人である《愛染他》の作成した《揺りかごの園(グレイドル・ガーデン)》や、
最悪のマッドサイエンティストである《探耽求究》が発動させようとした大規模な《逆転印章(アンチシール)》などなど。
そういう種類のものであれば、世界全体に存在の力を感じながらもフレイムヘイズの気配が察知できない理由も説明できる。
ヴィルヘルミナが封絶を張れなかったという話も、”すでに封絶に類するものの中にいるから”だとも解釈すればいい。

もっとも、あくまでこれはひとつの《物語》からみた推論でしかない故に、こうだと決め付けることはできない。
しかし先に挙げたような仕掛けが世界全体に施されているのならば、あれらの事件の時と同じく解決できる可能性はある。
どちらにも共通するのは、”気づかない形で仕掛けが街中に配置されていた”だ。
もし、それがここで発見できたならば人類最悪に近づく大きな足がかりになるだろう。

一瞬でそこまでを閃き、事件解決への確かな感触に悠二はぐっと拳を固めた。



「いやしかし、これは随分と不公平な話だとは思わないかね?」

悠二が何かを思いついたように水前寺もそうだったのか、唐突にそんな問いをぶつけてきた。
つまり、この生き残りを目指すこの状況が、俯瞰視点からだとひとつのゲームに見える場合。
そこに配置された駒(我々)の強弱に偏りがありすぎるのではないかということだ。

「もっとも、先に述べたとおりある程度の是正はされているらしいが、しかしそれでもなお、だな。
 フレイムヘイズやら超能力者やら曲絃糸?
 なんだっていいが、我々普通人類たる面々からすれば、少なくとも腕っ節じゃ勝ち目ひとつない。
 おれはこのバギーのおかげで辛うじて逃げ切れてはいるがね。しかし、そこ止まりなのもまた現実だ。
 それに浅羽特派員にしても助けにいくつもりだが、そこで誰かを倒そうなんてそんなつもりは毛頭ない。逃げの一手だよ」

そんなことを水前寺は言い、これがバトルロワイアルゲームだとするならバランスがおかしいと言う。

「ああ、しかしこれは泣き言を言っているんじゃないぞ。彼我の実力差を冷静に検討した上での発言だ。
 ともかくとして、我々が考えなくてはいけないのが何かというと……このバランスが”正しい”場合となる。
 そうだろう? こんな”大実験”を開始しているんだ向こうさんは。となるとそこに間違いがあると疑う方がどうかしている」

水前寺は持論を捲くし立てるように並べてゆく。
つまり、この状況が企画立案者によって正しい状態なのであれば、それそのものが情報となりうるということだ。
ゲームだと言うのはひとつの例えにすぎない。では、これを正しいとした企画からの視点ならば何が浮かんでくるのか。

「単純な方程式だが、《参加者×企画の狙い=結果》と、まずはこう考えよう。
 この場合、我々が得られる情報は第一に”参加者”の情報となるな。
 別に被験者と置き換えてもよいが、それはともかくとして不完全ながらもそれは集まりつつある。
 そしてもうひとつ得られる情報というのが、時とともに発生してゆく”結果”だ。
 あの6時間ごとの放送だけではない。我々全員の一挙一動すらも状況が開始してから発生している結果なのだよ。
 これらを方程式に代入してゆくことでついには我々は”企画の狙い”――真実を得られるというわけだ!」

だが! と、水前寺は発言を区切る。

「”結果”が出るということは、つまりそこに脱落者が発生していることをも同時に意味する。
 極端なケースを持ち出せば、実際に最後の一人となるところまで進めれば企画の意図も完全に理解できるだろう。
 あの人類最悪も言っていたな。最後の一人になればそこに《ディングエピローグ》とやらを見ると」

しかしそんなケースは認められないと水前寺は言う。聞いている悠二にしてもそれは同じだった。
なんらかの意味に起因する”結果”は常に解答に近く、明確な答えを我々にもたらす。
たった一回の放送にこれまでの事象を照らし合わせただけでも、様々な仮説が浮かび、その中から僅かな確信も得られた。

だが、それを待っているだけでは駄目なのだ。
気づいた時には手遅れに、……否、既に取り返しのつかないことは起きている。それを繰り返すことは決して看過できない。
ならば、どうするのか――?

「情報の精度を上げる」
「それが正解だ。坂井クン!」

つまりそうするしかない。取りこぼしをなくし、最低限の情報で、最短の思考をし、解答(エンド)へと辿りつく。
厳しい問題だが、そうするしかないし、当然のこととして彼らはそうするつもりしかなかった。



道の先に橋が見えてきた所で、水前寺はバギーのスピードを落としながら、これは余談になるがとひとつ疑問を呈す。

「水槽の例えであったが、
 異能者ばかりになれば世界のバランスがそちらに傾き、彼らが十全な実力を発揮できるようになるというのはわかる。
 ならば、その場合。おれのようなただの普通人がひとり残っていた場合どうなるのかね?
 普段できないことができる者もいるという話だったが、ならばそうなった場合、”異端”と判断された者はどうなる?
 まさかとは思うが、魔法や超能力に目覚める……そんなことがあるのだろうか……?」

しかし、その様な状態に陥ることを防ぐ為に今こうして動いているわけで、余談はやはり余談のままに終わる。
水前寺はハンドルを切って橋へと進み、進路を東から北へと変えて浅羽がいるであろう北東のエリアへとバギーを進めた。


 【4】


そして、2人は何故か一軒の廃屋の中にいた。
しかし廃屋とは言っても、長年に渡り放棄され遂には朽ち果てたという類のものではない。
人が住めなくなった家屋という意味での廃屋で、廃墟未満ぎりぎりの所にある”できたて”の廃屋だった。

「……まさか、こんなところで死んでいるとはな。いや、殺されていたとは……か」

床の上で転がっているひとつの死体を見下ろし水前寺はそう呟く。
木屑や壁の破片がばら撒かれ埃でびっしりとコーティングされた廊下に、死体である彼は転がっていた。
零崎人識――殺人鬼であると言っていた少年だ。
神社から一人勝手に抜け出した彼はこんな場所で何者かによって殺され、息絶えていたのである。

「どうかね。周囲の様子は?」

硝子を踏む音を聞いて振り返り、水前寺は外の様子の調査に当てていた悠二へと成果の報告を要求する。
幸いにか不幸にか、悠二が首を振ったところを見るに目ぼしい手がかりは得られなかったらしい。

「そうか。
 舞い上がった埃や残った熱気からして下手人はまだ近くにいるかと思ったが……行動が早いな」

水前寺は死体の脇にしゃがみこみ、服に染みこんだものや床に零れた血を観察する。
どちらもまだ鮮やかな赤色が濃く、乾いて固まったりもしていないことから、やはり殺害は直近のことだと推測された。

そもそもとして、2人がここに足を向けたのは病院へと向かう途中で背後に爆音を聞いたからだ。
車を止めて振り返れば微かではあるが青空の足元に煙が立つのも見えた。
荒事と関わりたくないのは正直な気持ちだが、そこに浅羽や他の知り合いがいるかもしれない。
何より、”結果”は貴重な情報なのだ。あらゆる意味で見逃す手はないと、水前寺はハンドルを大きく切った。

そして街中を右往左往することしばらく、飲食店が並ぶ一角に店舗側の敷地を爆砕された建物を見つけた。
ラーメン屋だったらしいが、今はその面影は全くと言ってない。
道路の反対側まで飛ばされた看板を見て、ようやくそうだったらしいとわかるぐらいの有様である。

ともかくとして、2人はしばらく様子を窺った後、その中へと踏み込んだ。
そして発見したのが零崎人識の死体だったのである。



「しかし、とんでもないなこれは……」

水前寺は死体を挟んで爆砕された店舗の反対側。辛うじて無事である住居の壁をさすりながら感嘆の息を漏らした。
その裏口まで通じる狭い廊下は、店舗ほどでないにしろ暴風が通り過ぎたかのように物が散乱しており、
彼が手を当てている壁の壁紙はいかなる事象の結果なのか、”しわくちゃ”になっていた。

「……説明を必要とする顔だな。よろしい、よく聞きたまえ。
 まずはその廊下の端に転がっている筒状のもの。それが何だか君にはわかるかね?
 そう。一度でもアクションものの海外映画を見たことがあれば御馴染みと言えるな、ロケット弾の発射装置だ。
 種類や製造元。型番に使用された弾頭の種類などはこの際省こう。時間が惜しい。
 では、ここで再び簡単な質問をしよう。このロケット弾と破壊されたラーメン屋。
 これらの”情報”と”結果”を繋ぐといかなる”事実”がここに浮かび上がってくると思うかね。悠二クン?」

尋ね、水前寺は木っ端微塵となった店舗の方を見やる。
おそらくはロケット弾を撃った何者かも、”ここから”こんな風に向こうの方を見ていたに違いない。

「ふむ、言うまでもなかったな。ロケット弾を発射し善良なラーメン屋店主の城である店舗を破壊したわけだ。
 問題はだな。見てみたまえ、この”高温で炙られてしわくちゃになった壁紙”を。
 知っていたかね? ロケット弾とは発射と同時に後方にもバックブラストという高熱を放射するのだよ。
 つまり、ロケット弾は外から撃ち込まれたのではなく。内から、この位置から撃ちこまれたということに他ならない!」

壁を強く叩き水前寺は続ける。
通常において、室内でロケット弾を使用するというのは完全にありえない行動であると。
先に述べたとおりに弾頭が発射される際にバックブラストも同時に発生するのだ。
狭い空間内で使用すればその高熱が空間内に満ち、発射と同時に射手が死亡してしまうことになる。
だが、結果としてここではそうはならなかった――と、水前寺は廊下の突き当たりにある勝手口を指差した。

「射手はバックブラストが逃げる通路を確保した上でこれを発射した。この意味がわかるかね?
 つまりは殺人鬼に追われて”やぶれかぶれでロケット弾を撃ったわけではない”ということなのだよ」

とんでもない人間がいるものだと水前寺は再び言った。
まるで海外映画の中の傭兵や殺し屋。ファイクションの中でしか存在しないような者がまたいると証明されたのである。


短くはない時間を過ごし水前寺と悠二の2人は”元”ラーメン屋から外へと出る。
ここであった収穫と言えば零崎人識の死亡とその顛末に関する予測。そこから繋がる殺害者の実力程度であった。
当然と言うべきか人識の荷物は存在せず、本来の目的である浅羽の情報も得られてはいない。

労力は兎も角として時間は惜しい。なので駐車場に止めておいたバギーに戻ろうとして2人はそれに気づいた。

「あれは誰だかわかるかね?」

水前寺は隣の悠二に尋ね、しかし悠二は知らないと答える。
ここに来て彼が出会ったのは式という女性に、少佐という男性。他にはシズという男の話をキョンから聞いていたが、
バギーの傍にいる人物とはそのどれとも異なる。ましてや、以前から知るシャナやフリアグネということもありえない。
尋ねた水前寺にしても、尋ねたからにはやはりその人物に心当たりはなかった。


バギーの前に、フードを目深に被ったレインコート姿の何者かが、じっと佇んでいた。







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