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行き遭ってしまった

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行き遭ってしまった ◆olM0sKt.GA


【0】


死ぬよ。



【1】


人通りの絶えた街に慌ただしく響く一つの足音。似たような表現を演劇のト書きで見たことがあるが、実際に体験してみるとひどく心細いものだと木下秀吉は思った。
自分の息づかいさえ普段の何倍にも聞こえる。秀吉は走っていた。毎日の早朝ランニングの成果か、すぐにへばってしまうようなことはない。
秀吉は若くして演劇の道を志す身である。そのために初めた基礎訓練が思わぬところで役に立った形だが、あまり嬉しくなかった。

明け方に特有の肌寒さと静謐さを併せ持った空気の中、無人の街をひた走る。せわしなく目を配りながら、停止を促す白塗りの警告が書かれた道路を曲がった。必要とする者がいるのか疑問である。
なら自分が従ってやろうと思ったわけではないが、更にいくつか細かい路地を通った後、秀吉は立ち止まった。上気した頬がほんのり染まっている。気息を整えながら、肩ほどの高さのコンクリート塀に体を預けた。

何も分からぬままに放り出されて6時間と少し。同じように誘拐された数十人を除けば、猫の子一匹見あたらないこの世界がこんなに寂しいものなのだと、秀吉は初めて気付いた。
失って分かる大切さ、という奴だ。激情に駆られ飛び出してきたのは秀吉自身なので、文句を言うこともできない。
温泉からは大分離れてしまっている。しかし、まだ帰り道を忘れるほど呆けてはいない。昭久ならやりかねん、そう思ったところで同時に姫路への心配がぶり返した。

急がねばならぬと気持ちばかりが先走るが、火照った体とは裏腹に、走ることでクールダウンされた頭はそれではいけないと理解していた。三日しか保たない儚い世界は、それでも人一人探すには広すぎる。
がむしゃらに動き回って徒に体力を消費してはならん。あの角を曲がれば、その先に行けば、悪魔の誘惑にも似た甘美な言葉だが、得られるのは後悔だけだ。
戻ろう、と秀吉は思った。手がかりとしたのは一着の制服だけで、姫路が本当にいるという保証さえない。さっきはそれでも、という思いが勝っていたが、冷静に考えればまるきりの暴走行為である。

会いたい人がいるのは秀吉だけではない。櫛枝やシャナはもっと酷い現実を突きつけられている。二人を慰めこそすれ、無策のまま飛び出すなど決して許される立場ではなかった。


秀吉は身に付けていた銃を取り出した。特に警戒することがあったわけではなく、収めていた場所的にもたれるには座りが悪かったのだ。
銃に関しては素人だがさすがに銃口を覗くような真似はしない。思ったより重いのだと、そういう表現を何度も目にしてきたせいか、秀吉は逆に軽く感じた。

『って、何思い切り覗いてんだバカかお前はっ!?』
『え!?いやだって雄二、凄い速度で銃弾が飛び出る仕組みって気にならない?』
『・・・・・・・・・・・・危険』
『危ないです明久君!暴発したら・・・・・・』
『アキ、引いちゃだめよ。絶対に引き金を引いちゃだめよ!』
『ちょっと遠回りだけど美波だけ僕に死ねって言ってるよね!?』

唐突に、そんな会話を幻視した。毎日のように繰り広げられた騒がしい、それでいて穏やかな日常も、今は幻の中でしか見ることができない。だが、永遠に消え去ったと決まったわけでもなかった。
放送を信じれば、秀吉の仲間はまだどちらも欠けていないのだ。気休めにもならないことは承知の上だが、今はそれを頼みにするよりしようがなかった。

区切りを付けるように一つ息を吐いて、秀吉はもときた道を歩き出した。本能の訴えは、理性で退けた。
だが、完全に騙し切れたわけでもなかったらしい。再び仲間の影がちらりと脳裏をかすめる。引き金にそえられた指に自覚以上の強ばった力がかかり、乾いた炸裂音とともに銃弾が一発発射された。

「ぬお・・・・・・じゅ、銃の引き金というのは意外と軽いのじゃな・・・・・・」

実際は逆なのだが、銃の機構に暗い秀吉はただ怪我をしなかった幸運に感謝した。
いわゆる暴発、誤射というもので、これで自分や誰かを傷つけていたら目も当てられないが、銃声は虚空にむなしく響くにとどまった。これでは幻の中で笑われるのは明久ではなく秀吉の方だ。

やはり慣れぬ道具は危険かと、秀吉は持つことを止めて銃を仕舞う。グリップからはがされた手のひらが、じんわりと赤く染まっていた。
再度周囲を確認し、もう一度名残を惜しむかのように通りの向こうを見やって、秀吉は今度こそ迷いなく道を引き返し始める。

飛び跳ねた弾丸は、道路に僅かな焦げを作っただけで、どこかに消えてしまっていた。

【2】


人間頑張ればできないことはないと言うが、それは嘘だ。
腹が減っては戦はできぬのたとえ通り、飯を食わねば動きは鈍る。水が枯れれば立ってはおれず、翼がなければ空も飛べない。
無理難題を永久に考えることなどできないし、結果紫木一姫は眠くなる。

姫ちゃんちょっと疲れたですよ。呟いて選んだのは喫茶店の待合い用にと、店外に置かれた木製のベンチだった。くすんだ色合いが長年風雨にさらされていたことを想わせるが、利用するべき人間は店の外にも中にも見あたらない。
人影の絶えた住宅街、生活音が消えた世界というのは想像以上に不気味だ。まともな人間であれば、よく知る世界がほんの少し覗かせた別の顔におののかずはいられないだろうが、まともではない一姫には関係がない。

言うことを聞かない道具については玖渚機関のついでに聞けばいい。そう思って今は仕舞ってある。
質問が一つ増えたところで一緒ですよー、でもあんまり増えると姫ちゃんが覚えられないですよ。一時の安心を得たことへの反動か、まどろむ気のなかった意識がいつの間にか遠のいた。
放り捨てられたタオルのようにくたりと横になる姿は、たとえ平時であっても無防備きわまりないものだったが、安全危険を意識している様子は微塵もない。
体力のなさを超絶的な技巧で補う一姫のこと、数時間とはいえ歩き詰めるだったのが、思いの他こたえていたのかも知れなかった。
あるいは、周りに人がいないのでここは安全ですよー、その程度の鈍い認識だったのかも知れない。


目覚まし代わりの放送が聞こえるまで、何事もなく過ごせたのは幸運だったと言えよう。誰にとっての、かはともかく。

「難しい話はよく分かんないですよ」

何やらくどくどと並べ立てていたが、三分の一も理解できなかった。まだ意識半分を夢の中に、目をこすりながら聞いていたのが悪かったのかも知れないが、きちんと聞いていたら完全に寝ていたかも知れない。
水槽が魚で大変がどうとか、ちょっと理解が追いつかない。師匠が無事であるという情報はだけは何とか得られたので、後はどうでも良かった。
休息を終え一姫は歩き始めた。速くはない、どちらかと言えば遅い速度だ。しかし、ためらいのない足取りは迷いを抱えた者よりはずっと速かった。

方針に変わりはない。師匠に出会わないようにしながら、人を殺し続ける。
することは三つ。
機械の不調について聞く。
玖渚機関についても聞く。
そしたら、殺す。

どこかで音が鳴った。爆竹がはぜるような軽快な音だが、あれは銃声だ。
無音の街は普段とうって変わって音を通すので判断しづらいが、それでも、そう遠くない場所に人がいるのは間違いなさそうだ。

とりあえず、そちらに行ってみよう。

【3】


道路の向こうから自分のものではない足音が聞こえてきたとき、秀吉は一瞬自分の心臓が破れたんじゃないかと思った。それくらい、もの凄くどきりとしたのだ。
反射的に身構えて、といっても具体的なことは何もできずただ体を縮こまらせただけなのだが、緊張に汗を走らせる。隠れられるものはないかと探す間もなく、足音の主が姿を現した。

「あ、やっぱり。こっちから音がしたと思ったですよ」

ちょうど秀吉の進行方向に対面するかのように、別の角から顔を出したのは、えらく小柄な少女だった。
妙に黒の強いセーラー服を着ているため恐らく中学生くらいなのだろうと分かるが、そうでもなければちょっと背が高めの小学生と思っていたかも知れない。少女と呼ぶにもまだ抵抗があるくらい、彼女は小さかった。
どうもさっきの銃声を聞きつけられたらしい。秀吉を見つけるや否やぱっと顔を輝かせた女の子は、小走りにとことこと眼前まで迫ると、どうも初めましてですです姫ちゃんは姫ちゃんなのでよろしくしてくださいですよー、と舌足らずな発音で一気にまくし立てた。
独特の間のびした空気に呑まれそうになりながら、秀吉も自己紹介を返す。要領の得ないやりとりを何回か繰り返して、少女のフルネームが「紫木一姫」であることを何とか聞き出した。

たったそれだけの会話で何だか疲れてしまったのだが、一姫の方はそんなのはどこ吹く風ときょとんとした表情をしている。いや、流れ的にきょとんとしているのはおかしいので、これが彼女の素の表情なのだろう。暇を持て余すように、指をぷらぷらと振っている。
ペースの掴めない相手に、どうやって交流したものかと困惑していると、指の振りを止めた一姫が半歩下がってすっと制服を撫でた。
その行動には多分、居住まいを正すという意味があったのだろう。どこを見ていたのか分からなかった表情が幾分真剣なものに変わっている。
先に本格的な会話の糸口を開いたのは、明らかに年下の一姫の方からだった。

「さて、それではちょっとヨエロ寸ねたいことがあるですよ」
「・・・・・・なぜ分解したのかはともかく、"尋ね"たいことがあるなら聞こう」

少々、いやそれ以上にぼけぼけしておるが、さすがに危険人物ということはなかろう。
そう判断し、秀吉は緊張を解いた。


【4】


櫛枝実乃梨の姿が遙か西方へと消え去ってから、幾分か経った。
彼女は今も駆け続けているのだろう。友を想って走る少女の細い足は、炎髪を押しとどめるほどに強く、灼眼では捉えられないほどに速い。
シャナはいまだに一歩も動けずにいた。隆盛にたとえられる早朝の太陽が僅かな動きしか見せていないところを見ると、実時間で言えば微々たるものなのだろうが、彼女の中では既にその何倍もの時間が消費されていた。

「シャナよ、辛いだろうが今は・・・・・・」
「分かってる。アラストール」

遮るように短く言う。小さな手が潰れそうなくらい握りしめられ、凛とした表情は前髪に暗く伏せられてしまっているが、少なくとも口調にだけは本来の気の強さが残されていた。

「ここは戦場。迷ってる暇なんてない。速いとこ木下秀吉の方もとっちめてやらないと」
「うむ・・・・・・」

踵を返して温泉へと戻るシャナに、アラストールはうなることしかできない。言っていることは正しいのだが、つかつかと早足で歩くシャナは明らかに無理をしている。
櫛枝の言葉を噛みしめ、しかし飲み込むことはできなかったのだろう。坂井悠二が危難に遭ったらどうする、などと、シャナにとっては想像さえ厭う話なのだ。
シャナの胸元で小刻みに揺られながら、アラストールは気休めの言葉さえかけられずにいた。
どこに身の危険が潜むか分からない以上、戦う術を持たない木下秀吉を放ってはおけないのも確かである。だが、伝言には捜し人が見つからなければ戻るとの言もあった。
供にした時間は短いが、アラストールは木下秀吉のことを落ち着きと気品を持った、どちらかと言えば聡明な人間であると考えている。
仲間の心配に一時我を忘れたとしても、それがいつまでも続くとは考えにくい。己の無謀を察し、早晩戻ってくる可能性は低くはない。
少なくとも、忠言としてシャナに伝える程度の価値はあるはずだ。そう思いはしたものの、実行に移すまでには至らなかった。
今のシャナが、何もせずじっと誰かを待つなどということができる状態にないことが、アラストールには分かっていた。
悪い想像が膨らんで破裂しそうになるのを、せめて体を動かすことで少しでも紛らわせようとしているのだ。どうして止められよう。そのために、何を言えばいいのだ。
我が身の不明を恥じる。

温泉に着いた。居眠りしていたエルメスを叩き起こし、木下秀吉の向かった大まかな方角を聞き出す。
北へ向かったという。東西までは分からない。
シャナは炎の翼を発現させると、紅蓮の火の粉を散らし飛び立った。

【5】


「ふむ、この機械が急に動かなくなったのじゃな」
「ですです」
「他の人間の場所が分かるレーダーとは、便利なものも支給されておるもんじゃな」
「その分、壊れたら怖くて歩けないですよ。姫ちゃんマイガでした」
「迷子なのか、それとも『ガッデム!』的な意味合いがあるのか悩むところじゃ・・・・・・」
「直せるなら直して欲しいですよ」
「そうは言っても、ワシも機械に特別強いわけではないからのう」
「第一印象で言わせてもらえば、お姉さんは手先が器用っぽく見えるですが」
「なぜワシをナチュラルに女と判断するのじゃ!?」
「女じゃない・・・・・・だと・・・・・・!」
「口調まで変わっておる!」
「普通に美人さんなので姫ちゃんびっくりして時代を遡るかと思ったですよ」
「それは、流石にちと大げさすぎるのう」
「くりびつです」
「本当に遡っておる!?もはや悲しむ気も起きん・・・・・・む、なんじゃ。これは単に電池が取れておるだけじゃの」
「電池ですか?」
「うむ。裏側は確認したかの?カバーが外れて電池が片方取れてしまっておる」
「おおー、姫ちゃんそこまで気が回らなかったです」
「代わりが見つかればすぐに動くじゃろう。とりあえず、壊れとるわけではなさそうじゃ」
「助かりましたですよー。ありがとうございですです」
「いやいや」

一姫はおだやかに笑う秀吉からレーダーを受け取る。
これで、一つ。
残りは、二つ。

【6】


覚悟はあるのかと聞かれた。私はあると答えた。
櫛枝実乃梨と木下秀吉のことだ。最近は色々と子供扱いされることの多い私だけど、戦いに関してならその辺の奴らになんか負けない。
今いる場所の異常さも、そこに素人を抱えることの危うさもきちんと認識して、その上で覚悟があると言ったのだ。
戦いになったら護る気でいた。悠二みたいなサポートができなくたって、みっともなく逃げ回るだけだって、できる限りカバーしてみせるつもりだった。
でも知らない。こんな事態は予想してない。櫛枝実乃梨があんなに踏み込んでくるなんて、考えてもいなかった。
そのことで私がこんなに落ち着かない気持ちになるなんて、想像さえしていなかった。

木下秀吉は見つからない。櫛枝実乃梨はこれでもかってくらい簡単に見つかったのに。
あっちは大通りをまっすぐ走っていたけど、木下秀吉の向かった方角は住宅街で、さっきよりずっと狭くて入り組んでる。高さの違う建物がバラバラに並んでいて、空からだと死角が大きい。結局、時間ばかりがかかる。
場所が悪い。フレイムヘイズの能力を活かしきれない場所になんか向かうんじゃない。冷静に考えれば危険なことぐらい分かるだろう。

冷静。そう冷静だ。櫛枝実乃梨のせいで私の頭はぐちゃぐちゃにかき回されたみたいになったけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。
一旦棚上げにして、そのお陰で私は冷静な思考を取り戻している。木下秀吉を捜さないと行けないのは本当で、その判断に間違いはない。
だから、さっきより何倍も時間をかけているのに見つからないのも、単にあいつが分かりにくい場所に行ってしまったせいだ。
私は冷静だけど、フレイムヘイズは万能じゃない。

視界の端をちらりと影が掠めて、私は三階建ての鉄筋のビルに窓から飛び込む。人影が動いたように見えたんだけど、それは完全に私の気のせいだった。
飛び込んだフロアには何もなく、ただ複数のデスクが無機質に並んでいるだけだった。割れたガラスが足下に飛び散り、風がカーテンをゆらゆらと揺らしている。たしなめるアラストールの声がやたらと大きく響いた。
私はくちびるを噛みしめる。木下秀吉は見つからない。


【7】


「玖渚機関じゃと?いや、すまぬが聞いたことはないのう」
「本当ですか?疑うのは気が引けるですけど、ク渚機関と言えばメジャーもメジャー、トップクラスでさえない頂点ですよ?」
「そう言われてものう・・・・・・世事に疎いつもりはないのじゃが」
「だったらなおのこと、信じられないです」
「うむむ・・・・・・そうじゃなぁ、さっきの放送の通りと考えることもできるが、しかしあまりにも荒唐無稽じゃ」
「放送?実は姫ちゃんあまりきちんと聞けなかったですけど、何か言ってたですか?」
「耳を貸したいものでもないがな。もって回った言い方をいておったが、つまりはこうじゃ・・・・・・」
「・・・・・・平行世界、パラレルワールドというやつですか?」
「というよりは異世界、アナザーワールドかの」
「いかにも、無惨臭い話です」
「胡散臭くもあるな。まぁ、信じろというのが無理なのかも知れん。ワシもまだまだ半信半疑というところじゃ」
「半分信じられるだけで十分偉いと思いますよ。普通の人なら疑うこともせずに笑ってお終いです」
「笑ってすませられればどれだけよいかと思うの。まぁ場合が場合じゃ。少なくともワシが玖渚機関とやらを知らんということは信じてもらって構わんよ」
「う~ん・・・・・・まだ納得いかないところはあるですが、了解しましたですよー」
「しかし、一姫は冷静じゃのう」
「そうですか?姫ちゃんは普通にしてるつもりですが」
「それこそ落ち着いておるということじゃ。ワシなどはみっともなく慌ててしまって、情けないことよ」
「まぁ姫ちゃんはお気楽ですからね。脳天気なのが外からはそう見えてしまうのかも知れません」
「見習いたいものよ」
「気持ちだけは毎日がエブリウェアです」
「お主の明日はどっちなのじゃ・・・・・・」

一姫は秀吉となごやかな雰囲気を形作る。
これで、二つ。
残りは、一つ。

【8】


人一人を捜すことの難しさを私は痛感する。
土地鑑もない。行きそうな場所も分からない。封絶を張れば動きを止められるけど、今はそれもできない。
段々と、私の中でもう見つからないんじゃないかという気持ちが湧き上がりはじめた。もちろんすぐに頭を振って否定するけど、それくらい木下秀吉の居場所は一向に知れない。
高く飛んで俯瞰しても、コンクリートの道路に降りて路地裏を走っても、目指す相手の姿はない。それどころか、街はどこもかしこも奇妙に整然としていて、人間が存在していた気配さえなかった。
そのせいで、捜索の選択肢も無限に広がってしまう。右に曲がるのも左に曲がるのも条件は対等で、目標に近づいているという実感が得られない。逆に、どんどんと離れているような、そんな錯覚さえ感じる。

頭が悪い方に傾いてしまうのは気持ちが負けかけているせいだ。そう思って私は一際強く前を睨みつけた。
これが済んだら木下秀吉をふん捕まえて、温泉までひとっ飛びに戻る。言い訳なんて聞いてやらない。一発や二発ひっぱたいてもいいくらいだ。それで温泉に戻ったらエルメスを回収して、櫛枝実乃梨を追いかける。
追いついたら言ってやる。何を言うかは決まっていない。悠二が死んだらどうするかなんて、そんなの答えられるはずない。さっきはちょっと考えようとしたけど、頭の芯がジンジン痛むような変な感じがして、とても続けられなかった。
櫛枝実乃梨が北村や高須という人間をどれだけ好きだったかは知らないけど、もの凄く悲しいんだってことは分かる。正直、私も取り乱さずにいる自信はない。それはさっき少し想像しただけもすぐ分かった。
だから、櫛枝実乃梨に返す言葉は見つからないけど、それでもこのまま終わりになんかしてやらない。すぐに追いかけられなかった分はこれから取り戻す。

フレイムヘイズが一度立てた誓いをそう簡単に反古にすると思ったら大間違いだ。護ると言ったものは護る。私自身の決意のために。
多少のトラブルは承知の上だ。今度は拒絶されたって一緒にいてやる。そしたら悠二を。
悠二を。

悠二は見つかるのだろうか?
ぞわりとした感覚が全身に走った。思わず立ち止まってしまう。不審がるアラストールに、何でもないと告げる。
ずっと一緒にいた木下秀吉を見つけるのにさえ、こんなに苦労してるというのに、どこにいるかも分からない悠二を見つけることなんてできるのだろうか。
違う。そんなのは間違っている。悠二とは会える。理屈じゃないけど、これは絶対。

でも。
もしかしたら。
いやだ。考えたくない。前を向きかけていた気持ちが再び萎えそうになる。
早く木下秀吉と合流しよう。そう思い私はもう一度空に翼を広げた。

会えないなんてこと、ない。

【9】


最後の、一つ。


「姫ちゃん、人を捜してるですよ」
「人捜しか。ワシも同じじゃ。仲間が無事でいるかどうか心配でたまらん気持ちでおる」
「まったくです。姫ちゃんの場合は師匠ですけど名簿に載ってる師匠ではなくてですね。ええと、名簿では『いーちゃん』で載ってる人ですよ」
「ふむ、『いーちゃん』か・・・・・・」
「どこにいるか知ってるですか?」

答えたら、最後。


「いや・・・・・・」


これで、お終い。


「知らんのう」


くいと上げて、ついと振る。
その瞬間――。

【10】


――邪魔するものは、何もない。


【11】


ころころと転がしたらきれいにどこまでも転がっていくんだろうなと思わせる円柱形の物体が8つ。それぞれ大きさは違うけど小は手のひらサイズから、大きいものでも片手でつかめないことはない。
物体はすべてが円柱形というわけではなく、ほっそりと細長く伸びているものが11本ある。同じ形のそれはどれだけ多くても10本は越えないはずなのだが、良く見ると内の1本が半分に割かれていた。
ちょうど見えない位置に切り口あったので気付かなかったのだ。
細かいものはそれくらいで、あとはどれもごろごろした大きめのものばかりだ。落下の際に自重で潰れてしまったのか、何々形と言える程形を保っているものは少ない。中からはみ出していたり、飛び出していたりするものもあるのだが、そこにあるはずのそれらは正直あまり視界に入っていなかった。白。黒。ところどころ赤い。
糸の切れたマネキン人形という奴だろうか。違う。確かに組み立てられる以前のマネキンと通じる部分はあるだろうが、一つの素材から作られているに過ぎないマネキンはバラそうが切断しようが同じようにのっぺりした側面を見せるだけだ。
少なくとも、バケツを2杯も3杯もぶちまけたような、大量の液体をこぼすようなことはしない。
立ちこめる臭いもそれは酷いものだったのだが、ここで鼻を塞ぐのは冒涜になるような気がしたので、気力でごまかしている。

紅世。徒。燐子。トーチ。ミステス。いずれの場合もこんな風にはならない。基を一にするはずのフレイムヘイズでさえ例外ではない。
死してなお形を遺すことができるのは、唯一人間だけにのみ許されている。
木下秀吉は、全身を鋭利なワイヤーのようなもので細かく切り刻まれ、バラバラになって死んでいた。


道路を浸食するように染めているのは血液で、無数の物体になり果ててしまったもの達は元は一つの肉体だ。
頭部だけは分かたれることなくその形をとどめていたが、良く見ると登頂部の右側あたりに円形に小さく切り取られた跡があった。

「シャナ」

歴戦のフレイムヘイズとして誠に恥ずかしいことなのだが、シャナはこの一言に体が数メートルは飛び上がる程に、本気で驚いてしまった。胸元から響くアラストールの言葉が、とうにもの言わぬ身となった木下秀吉から発せられたものと一瞬誤解してしまったのだ。

「シャナよ、察してやりたいのは山々だが状況が状況ゆえ敢えて言うぞ。木下秀吉に対し凶行に及んだ者はまだ近くにいるとみて間違いない。その上、そやつは宝具か、それに準ずる強力な武器を持っている。
そのような場で、こともあろうに我を失するとは何事か!」
「ご、ごめん・・・・・・アラストール」

言われて初めて、シャナは自分が馬鹿みたいに呆然と突っ立っていたことに気付いた。やっとの思いでこの場にたどり着いてからまださほどの時間は経っていない。慌てたように夜笠を顕現させ、常態に戻っていた眼と髪を赤く染める。
厳しい表情で油断なく周囲に気を配るが、その動きは常に比べるとやはり僅かに精彩を欠くものだった。
紅世とフレイムヘイズの性質上死体慣れをしてこなかった弊害がこんな形で仇となったかと、アラストールは苦々しく思う。
同時に、慰めることより叱責を優先せざるを得ない状況と、それをもたらした何者かに対し、ないはずの腑が煮えくりかえる程の怒りを感じた。


シャナは思った。人間が死ぬとはこういうことなのだと。
木下秀吉は死んでしまった。恐らく、自分達がくるほんの少しだけ前に。
自分と、アラストールと、ヴィルヘルミナはこうはならないけど、それはあまり関係ない。いなくなってしまうのは一緒で、近しい人がどう感じるかも、多分一緒。
櫛枝実乃梨は。櫛枝実乃梨はただの人間なので、普通は木下秀吉と同じようになる。
今はどうしてるのだろう。無事なんだろうか。

悠二の場合はどうだろう。櫛枝実乃梨は悠二が死んだらどうすると聞いてきた。
そんなことは分からないと思ったけど、本当に分からないことをシャナは理解していなかった。
出会ったときから既にミステスだった悠二は死ねば消えてしまう。そうなったら、その後は。
そのとき、残された自分はどうなってしまうのだろう。

シャナは。
悠二は。
悠二は、どこにいるのだろうか。

汗が一筋、頬を伝って流れ落ちた。


【木下秀吉@バカとテストと召喚獣 死亡】


【E-2/一日目・朝】


【シャナ@灼眼のシャナ】
[状態]:健康
[装備]:逢坂大河の木刀@とらドラ!
[道具]:デイパック、支給品一式(確認済みランダム支給品1~2個所持)
[思考・状況]
基本:この世界を調査する
1:周囲を警戒
2:悠二に会いたい
[備考]
※封絶使用不可能。
※清秋祭~クリスマス(11~14巻)辺りから登場。

シャナが現場にたどり着くほんの少し前に、紫木一姫はその場を後にしていた。
平静を乱すフレイムヘイズに対し、木下秀吉を殺害した当人が何を思ったていたかというと、これは「特別何も思っていなかった」と言うしかない。
師匠のために他を殺し尽くすと、決意した以上一姫にとって殺人は日常となる。それは、延長線上でさえない。
明け方のうたた寝に感慨を抱く者がいないように、一般人を無抵抗のまま殺すことに特別な感慨を抱くことはなかった。
一姫の心理は、彼女なりのフラットを保ち続ける。

だが、喜ばしいことはあった。首尾よく情報を得られたことがそうだ。
異なる世界がどうとかという話は、どこまで信じていいかさっぱりだが、反抗は無駄と思わせる空気は変わらない。
どこまでが本当でどこからが嘘であっても、一姫たちが誘拐され追いつめられているのは同じので、やはり殺し尽くすのが手っとり早いだろう。
強いて言えばレーダーの電池が見つかっていないことは問題だが、マイナス材料は本当にその程度のことしかない。コンビニか、町の電気屋でも見つかれば事足りる。
捜し人の情報が得られないのは、メリットとデメリットの両方を持つので評価の外である。

一姫はひうんひうんと糸を飛ばす。誰もいない場所で得意技を振り回す様は一見すると調子に乗った小人物にしか見えないが、一姫は違う。
細い指に操られる糸は、木下秀吉や高須竜児を殺害した木綿から、プロも愛用する金属製のそれへと変わっていた。
もともとは秀吉に支給されていたもので、殺害後に覗いた荷物の中にあったのを頂いたのだ。ご丁寧に、自傷防止用の手袋も一緒である。
使うものは選ばない、それこそビニールテープで人体切断すらやってのけるのが曲弦師というものだが、得物が優れているのに越したことはない。学校で木綿の糸の弱点を見せつけられた矢先であるため、喜びも一潮だった。
糸は一種類、それも無尽蔵と言える程の長さはない。そのため、「見ることもできない程の遠距離攻撃」や、「広範囲に張り巡らせて情報を感知する」と言った使い方は流石にできそうにないが、それでも中、近距離戦を演じるには十分過ぎる。
一通りの試運転でそれらのことを確認した一姫は、心なし上向いた気分で歩き始めた。未だ立ち止まったままのフレイムヘイズから離れるように、着実に、小気味よく。

このまま何事もなく終わるといいですよー。
直前に犯した凶行については、とうに頭から抜け落ちていた。


【紫木一姫@戯言シリーズ】
[状態]:健康
[装備]:澄百合学園の制服@戯言シリーズ、曲絃糸(大量)&手袋
[道具]:デイパック、支給品一式、シュヴァルツの水鉄砲@キノの旅、ナイフピストル@キノの旅(4/4発) 、裁縫用の糸(大量)@現地調達、レーダー(電池なし)
[思考・状況]
1:いーちゃんを生き残りにするため、他の参加者を殺してゆく。
2:SOS団のメンバーに対しては?
3:レーダー用の電池を見つけたい
[備考]
※登場時期はヒトクイマジカル開始直前より。 
※SOS団のメンバーに関して知りました。ただし完全にその情報を信じたわけではありません。


※木下秀吉の最後のランダム支給品は「曲絃糸&専用手袋」でした。
※その他の道具(デイパック、SIG SAUER MOSQUITO(9/10)、予備弾倉(数不明)が死体のそばに放置されています。

【曲絃糸&専用手袋】
曲絃師が用いる糸。本来は総称だが今回支給されたのは萩原子荻を切断したものと同種のもののみ。自分の手を傷つけてしまわないよう、専用の手袋もセットで。



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前:FRAGILE ~さよなら月の廃墟~ シャナ 次:スキルエンカウンター 古泉一樹の挑戦
前:彼らの常識、非常識 紫木一姫 次:国語――(酷誤)
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