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彼らの常識、非常識

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彼らの常識、非常識 ◆ug.D6sVz5w




 胡散臭いほどにさわやかな笑みを浮かべ、彼は恭しく腰を曲げて、こう言い加えた。


「あ、申し遅れました。
 僕の名前は古泉一樹。しがない『超能力者』、です」

 曲げていた腰を伸ばしたそのときも彼の胡散臭い笑顔は、まるでその表情を貼り付けたように変わってはいなかった。

 ――あたりに散らばっているのは人間の死体。
 つい先ほどまでは同盟関係にあったはずの少年、高須竜児の死体。
 両手も、両足も、顔も、喉も、胸も、彼を構成していた要素全てをバラバラに切り落とされて、あたり一面に血臭を撒き散らしている死体。

 そんなモノがすぐ側に転がっていても、そしてその凶行を行った殺人者を目の前に置いていても、彼の笑顔は胡散臭いほどにさわやかだった。
 ただし、彼がまったく現状を理解していない愚か者なのかというとそうでもない。

 表情こそ敵意一つない笑顔のままでも、ゆっくりと、だが確実に高須竜児の死体の側へと、より正確に言うとそのすぐ側に転がっている武器の側へと移動している。
 また彼はこちらへと話し掛けてくる前に、窓に開いた穴――ガラスを破るというほんのわずかなロスなしに外へ移動できる場所を確認しているのも見た。

「――それで?」
 それで少なくとも彼は、ついさっきここでバラバラにした高須竜児や、一、二時間ほど前に図書館でバラバラにした長門有希よりかは現状を認識して、受け入れることができる相手。
 理想(ユメ)と現実(リアル)の違いを理解している人間だと相手を見計らった上で、紫木一姫は目の前の胡散臭い笑顔を浮かべる少年に続きを促す。
 彼を殺すか、それとも「まだ」生かすかは決めていない。
 だが少なくとも殺す前にこの相手の話は聞いておいても損にはならないだろうと判断して。

「それでその『超能力者』さんは姫ちゃんに何を求めているですか?」
「はい、とりあえずはさっき言ったとおりです。
まあ、今のところは僕を含めて二人しかいませんが……あなたには後二、三人は引き入れる予定の「協定関係(仮称)」のメンバー及び、その保護対象への不可侵関係を築いて頂きたいと考えています」
「不可侵関係ですか」
「ええ、可能ならこちらの協定に協力してくれるのが一番いいのですがね。ただ協力してくれることはあなたにとってもメリットはあると思いますよ?」
「メリットですか? あんな「眼」以外にはとりえのないような一般人レベルの人間を、それもあっさりと安っぽい希望に流される人間を組み入れるような人たちが姫ちゃんにどんなメリットをくれるっていうですか?」
 そう言うと共に彼女は一歩彼の方と踏み出した。
 曲弦師にとってたった一歩の距離などは詰めようが詰めまいが、たいした意味などは持ちえない。だからこれはただの脅しだ。
 くだらない話は抜きにして彼女にこの集団に協力させるだけのメリットを示して見せろという脅し。
 その動きを古泉は軽く手を上げて留めた。


 ◇ ◇ ◇




(やれやれ、思った以上に気が短いようですね)
 彼は内心そう呟くとともに溜息をつく。

 今回の交渉は前二回とはまるで難易度が違う。
 銃を持っていて、多少は荒事になれた雰囲気を持っていた――言い換えればそれ以上の相手ではなかった一人目。
 見た目こそ凶暴な人間のように見えても、実際はいいとこ町のチンピラレベルの二人目。
 彼らの危険度が猫ぐらいだとすれば、この少女の危険度はトラ以上だ。
 ――だとすれば、そうそう簡単に涼宮ハルヒの存在を、こちらにとっての生命線を知らせるわけにはいかない。
 最低でも、少女のたった一つの泣き所、こちらにとっての涼宮ハルヒと同じ存在、つまり彼女が守るべき誰かの情報の糸口ぐらいは交渉前に掴んでおきたかったが仕方がない。
 交渉途中でなんとしてでも見つけ出し、彼女も仲間に引きずり込む。

 そんな決意とともに、彼は少女に向けた手のひらを上方向へと翻し、これまでの交渉の際「彼ら」に見せたように、己の力の証明となる赤い光の弾を生み出した。

「さて、少々話は長くなってしまいますが、どうか我慢してお付き合いください。
まずは僕の、いえ、一人賛同してくれたから僕らのというべきですね。僕らの目的は皆が共に救われる『かもしれない』可能性、その可能性を現実にすることです。
……ああ、別に妄言を言っているわけではないですよ。それはこれからの話を聞いて判断してください」

(――さて、まずは)
 少女に向けて喋りながら、古泉一樹は情報を整理していく。
 確かに眼前の少女の情報、たとえば少女の知り合いがどのような人物なのか。そしてどのくらいの人数がいるのか。どのようにして、高須竜児を殺害したのか。
 これらに関しては一切わからない。

 ――だが、先ほどのわずかな会話だけでも判別できることもある。
 それは少女の目的が彼女の大事な知り合い一人を「優勝」させるのが目的らしいということ。
 そして高須竜児や先ほどの水前寺邦博、島田といった男女とはまったくの他人であるということ。
 つまり、今の彼にとっては目の前の少女の素性を探るのに使えるカードは一枚きりということだ。
(まあ、いいでしょう)
 そして、彼は言葉を続ける。

「まずは少し大きな音を出しますよ? 
ああいえ、その前に聞いておかなくてはならないことがありました」
「なんですか?」
「あなた――玖渚機関という物をご存知ですか?」
「……はあ?」
「……おや、聞こえなかったですか? 玖渚機関。これを知っているかどうか聞きたかったのですが」

(やはり、そんなに上手くいく筈はないですか)
 ――玖渚機関。現状唯一少女の気を引ける可能性のあるキーワードを出して見せても、少女は怪訝そうな顔をして見せるだけだった。
 半分以上上手くいくはずはないとは思っていたが、それでも少々の諦観を古泉は感じた――が、

「そんな当たり前の常識を聞いて何を判断しようというですか?
それとも空洞尋問って奴ですか。姫ちゃんはそんな冷え冷えの中身のないすべりまくった質問に引っかかるほどバカじゃないです」

 それは一瞬の内に驚きと歓喜にとってかわられる。

 まさかこれほど簡単に行くとは思わなかった。
 十中八九、彼女は最初に出会った「彼」の知り合いだ。
 いや、ひょっとしたら「彼」こそが彼女の守るべき「師匠」なのかもしれない。
 そうまで断言するにはやや早いとは言え、先ほど別れたばかりの「彼」と合流さえすれば彼女の弱みを握ることはそう難しいことではないだろう。
 ならば無意味にごまかすこともない。
 存分に目の前の少女に「彼女」の事を教えよう。

「いえ別に誘導するつもりはないし、そもそも僕ら自体玖渚機関とは関係ないんですけどね。
ここに攫われてくる前の僕は機関という組織の一員だったというだけです。
つまりこう言い換えることができますね、僕の仲間は機関と名乗れるくらいの人数がいて、全員――こういう力を持っているということです」 
 言うなり古泉は光球をすぐ近くの教室のドア目掛けて投げつけた。
 爆音とともにドアが破壊される。
 本来の力と比べると貧弱な、それでもドアや人を破壊するには十分な破壊力。
 それを見せ付けてから、古泉は言葉を続ける。

「これでも大分威力は制限されているんですよ?」
 ひうん。
 どさっ。
 彼がそういった途端、音が響いた。
 彼が持っていたデイパックが廊下に落ちた。

「あなたはいちいち五月病ですよ。そんなだらだらと鬱陶しくうざくて苛々してむかつくのは、師匠一人で十分です。
そんな力があろうとなかろうと人間は殺せます。そんな力を持っていてもいなくても姫ちゃんは解体(バラ)せます」
「――糸ですか」
 表情そのものは崩さずとも、さすがに冷や汗が流れるのまでは止められずに、古泉はポツリと呟いた。 
 何の変哲もないただの糸。ちょっとした雑貨屋に行けば一山いくらで売っていそうな裁縫用の糸。
 見た感じ重しも何もついていない、吹けば飛ぶようなその糸は彼が気づかぬままに彼の所持していたデイパックに絡みつき、一瞬にして切断した。
 少女の手元に回収されるその一瞬だけ見えたそれは、逆に攻撃されるまで彼には視認できなかったということ。
 少女がその気になれば、自分を一瞬にして殺すことができるこの状況。
 その状況にあってなお、古泉一樹は笑顔で語る。

「お気に障ったのならば謝らせてもらいます。
ですがちゃんと意味はあるのですよ。今見せたこの力は僕らの目的とする少女、涼宮ハルヒが無意識の内に僕らに与えてくれた力なのですから」
「無為式ですか……」
 ぽつりと呟かれた言葉。
 それに気づかなかったのか、それとも無視したのか気にせずに古泉は言葉を続ける。
「そう、彼女には「力」があります。
 彼女が持っている力とは、世界を改変する力。彼女が望む通りに、世界を作り替える力。
 世界を壊すのも、新たに作るのも、彼女の気分次第なのです。
 そして気分次第であるが故に彼女の力は時に暴走します。
 そして、力の暴走によって発生する世界の崩壊を止めるために日々奮闘している機関の超能力者、彼女の力の一部を抑えるために彼女の力の一部によって力を与えられた存在。それが僕たちなんですよ」
「そんな夜伽話を姫ちゃんに信じろっていうんですか?」
「信じてくれとまではいいませんよ。あなた方には実感も何もない話でしょうし。
ああ、それとあなたの外見で「夜伽話」は危ないですね。注意なさってください」
「関係ない話ですよ。大体さっきから姫ちゃんの質問に答えていないじゃないですか」
「ああ、メリットに関する話ですね。そのことならば簡単です」
 自信満々に古泉は言葉を繋げる。
 交渉はこれで三回目。
 ここまでくれば相手がどう反論してくるかもわかってくる。
 流れるようにスムースに古泉一樹は計画の主目的を話す。「涼宮ハルヒを絶望させる」という目的を。

「……とまあ、これが僕達の脱出計画の柱となります。
世界を創造することさえ可能な彼女の力、その力が働けばこのような舞台から脱出することは決して不可能な夢物語ではありません」
 だが、その説明を聞いた紫木一姫はむしろ苛立つような表情を見せた。

「どこが夢物語じゃない、ですか。穴あきだらけのでこぼこな計画です」
「……おや、どうしてですか?」 
「第一にそんな夢物語のような能力、姫ちゃんとてもではないですがまるで信用できません。
そして第二に百歩嬢ったところでそんな能力の持ち主がこの舞台に呼ばれるはずがありません。つまりそんなデタラメで姫ちゃんは騙されません」
 だが、そう言い返されても古泉の笑顔は崩れない。

「ええ、ですからさっきも言ったでしょう? べつに信じてくれなくてもいいと。
これが狂人のたわごとであろうとなかろうと、いえ狂人のたわごとであればこそ、その意思は強靭です。
先ほどの彼のように希望にすがることもない。絶望しきっているわけではないから、全てを巻き添えに暴走することもない。
あなたも理解なさっているのでしょう? あなたの大事な誰かを守りきるにはこの舞台はあまりに広く、そして僕らの手は短い。
何も僕らの仲間になれ、と言っているわけではないのです。あなたも僕、また間違えてしまいましたね、僕らも大事な誰かをこんな場所で死なせるわけにはいかないという考えは一致しています。
そのためには最悪自分自身を含めた他人を殺してしまわなければなりません。
ならばそう――その順番を多少弄くっても、僕や「彼」の大事な存在を殺す順番を最後の方に回したところで、どこにデメリットがあるでしょう?」

 実際には目星をつける算段がついているということを隠し、古泉一樹はあえて紫木一姫の大事な存在のことは一切聞かずに譲歩したように見せかけて、同盟を持ちかける。

 ここまでくれば彼女が同盟に乗ってこようが乗るまいが、古泉一樹にとっては勝ちも同然だ。
 もちろん紫木一姫が同盟に乗ってくれるのが一番いいのは言うまでもない。
 ただ、彼女が同盟に乗ってこなくても、彼女がこの舞台で生きて殺人を続けていけば、いずれ涼宮ハルヒとも出会うはずだ。
 だが彼女はいくらとてつもない力を持っているとは言え、その身体能力そのものは普通の女子高生の域を出ない。
 ならば目の前の相手からすれば涼宮ハルヒはいつでも殺せる相手とも言える。
 ――いつでも殺せるということは、すぐに殺す必要もないということだ。
 もちろん何も知らない時ならばハルヒを生かしておくだけの理由もなかったのであろうが、涼宮ハルヒを絶望させるだけで脱出の見込みがあるという可能性を聞かされた今ならば、彼女を殺す順番を最後の方に回すだけのメリットがある。
 その結末は彼女が同盟に乗ったのと同じこと。
 後はこちらの身の安全を確保するだけだ。
「いかがです? 結論を聞かせていただけませんか?」
「……一つ聞かせてもらえますか?」
「おや、なんですか? まあ、僕に答えられることならば何なりと」
「涼宮ハルヒを絶望させるといいましたが、どのような方法を考えているですか? 姫ちゃん、殺すことは不得手ではないですが、拷問はあまり特異ではないですよ」 
「――それはこちらの同盟に乗ってもらえた、とこう考えてもよろしいのですか?」
「まだ決めていませんが、僧侶する価値はあるかなーとは思いました」
「……そうですね、とりあえず彼女の回りから責めていく方法が今のところベストだとは思いますね。……ああ」
 そこまで言ったところで、古泉は納得したように小さく頷いた。

「そこまで回りくどい言い方をしなくても、こちらの知る情報は普通にお渡ししますよ」
「――何のことです?」
「さあ、何のことでしょうねえ?」
 そう言うと古泉は先ほどの地面に落とされたデイパックを拾い、名簿を取り出した。
 ――が、その直後に首をひねると、高須竜児の死体の側へと近付いた。

「――動かないでください」
 が、当然のようにその動きは静止される。
 気にするな、というように一度軽くひらひらと手をふって見せてから、その静止の言葉を無視し、古泉一樹は遺体へと歩む足を止めない。

「ああ、お気になさらず。これが――」
 と言いつつ、古泉は先ほど持ち手が切られたデイパックを掲げてみせた。

「これが少々持ちにくくなってしまいましたので、今後を考えますと代わりが欲しくなっただけです」
 そう言いながら、銃や包丁を無視して、死体の側に転がるデイパックを拾い上げると、その中につい先ほど自分が持っていたデイパックを放り込む。 
 そうして改めて、紫木一姫に彼は向き直る。

「お待たせしました。
それで涼宮さんを絶望させる方法ですが、さっき言ったとおり、彼女に直接危害を加える方法は今のところベストな方法とは言えません」
「だから回り……ですか?」
「ええ、例えば涼宮さんの性格を考えればこのような場所であっても、あなたが言うところのヌルいやり方を模索して、仲間を探して見つけていることでしょう。
そのような方を殺すのも効果的ですし、もともとの彼女の知り合いを殺すのもいい方法かもしれません」
「成る程です、つまりあなたを殺すのが手っ取り早いやり方と言うわけですか?」
「それは勘弁してください」
 と、古泉は小さく苦笑して言葉を続ける。

「それに彼女のもともとの仲間、すなわち我らSOS団の知り合いを殺すのは彼女が見ている前のほうがいいでしょう」
「見ている前でですか、ずいぶんと趣味が悪いですね」
「それは自覚しています。ですが彼女が見ていないところで殺したところで、彼女を絶望させるには少々インパクトが不足です。
もちろん、仲間思いの涼宮さんのことです。まったく絶望を感じないと言えば嘘になるでしょう。ですが「誰が殺した」と言う余分な方向に彼女の想いが行ってしまう可能性のほうが大きい」
 そんなことはもったいないでしょう? と言わんばかりに古泉は大仰なしぐさで両手を広げて見せる。

「僕だって犠牲はなるべく少ないほうが良い。限りある人材は有効に使わなくてはいけません」
「なんと言いますか……姫ちゃんが言うのも激しく間違っているような気がしますが、あなたが仲間とか言うのは凄く謝りのような木がします」
 彼女の言葉に古泉は苦笑を浮かべるだけだった。

「そういえばまだSOS団の『仲間』については話していませんでしたね」
 ややあって、古泉は彼女に渡せる最後の情報について話し出す。

 彼女にとって切り札になりうる以上、先ほど同盟を組んだ「彼」のことは適当にごまかすつもりだ。
 それこそ「後で合流するときに彼自身の口から聞いてください」とでもなんでも言えばいい。
 「彼」と彼女を上手く合流させるかは、彼の口からどのような情報が得られるか次第だろう。



 ◇ ◇ ◇




 ――それまでがあまりに上手く行き過ぎていたせいだろう。古泉一樹は忘れていた。
 今、自分が相手をしている少女が圧倒的な戦闘能力を持つ存在であることを。
 それにもかかわらず、この交渉が上手くいったものと早合点して、今のことよりも、おとずれてさえいない未来のことにその意識を集中させてしまっていた。

 古泉一樹が紫木一姫に持ちかけたのは相互に不干渉な同盟関係。
 ……ならば互いの実力差がどれほどあろうとも、彼はもう少し強気に出てもよかったのだ。

 今のところ古泉一樹は一方的に紫木一姫に対して、情報を与えるだけだった。
 彼女から古泉一樹へと自主的に与えられた情報はほとんどないといっていい。

 ――いーちゃんこと師匠の情報を除けば、この地で得られた紫木一姫の持つ情報は図書館での一件ぐらいのものだ。
 当然彼女にとっては理想と現実を混同し、非現実的な脱出論を口にした利用価値ゼロの少女のことなど隠すほどのことでもない。
 だからきっと、古泉が話を振れば間違いなく彼女は口にしていたことだろう。

 ――長門有希という図書館で解体(バラ)した少女のことを。




 ◇ ◇ ◇




「そうですね、まずSOS団というものは涼宮さんが作った……同好会のようなものです。正式名称は『世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団』。
その目的は『宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶこと』です」
「…………正気で言っているですか?」
「ええ、もちろん正気ですよ? 何よりこの団の存在も涼宮さんの力を証明している一つなのですから」
 SOS団の目的、あまりに突飛なそれを聞き呆れた表情を浮かべる一姫に、古泉は補足を入れる。

「証明……ですか?」
「ええ。SOS団の団員は僕、涼宮さんを含めると5名。
そしてそのうちの一人、僕は先ほどから何回も言ったとおり超能力者です。……ここまで言えば僕が何を言いたいのかおわかりになるのでは?」
「……ひょっとして、残りの三人とも、ですか?」
「残念。一人は間違いなく普通の方です。まあ、その普通の一般人に過ぎない彼がSOS団に入っているという状況自体特異といえるのかもしれませんがね」
「別にそちらの都合はどうでもいいですよ。それより宇宙人や未来人の情報のほうが姫ちゃんにとっては大事です」
 当然といえば当然の一姫の言葉。
 確かに普通に考えれば、ただの人間の情報など手に入れたところで、この舞台においては何のメリットにもならない。
 だが、その考えを古泉は頭をふって否定する。

「こちらの都合……というだけではありませんよ。普通人のはずの彼がSOS団に組み込まれている。それは彼が涼宮さんにとっての特別な何かである可能性が高いということです。
――ですから彼を涼宮さんの前で無残に殺すことが、あるいは彼女を絶望させる一番手っ取り早い方法かもしれないのですよ」 
「そうですか、まあ殺せばいいって言うのは姫ちゃんにとっては楽でいいですけど」
 物騒な話です、と古泉は少女の言葉に苦笑を浮かべると、「彼」ことキョンの情報をまず彼女に伝える。

 続いてSOS団の中ではもっとも無力な少女、朝比奈みくるの情報を。
 彼女の情報、普段メイド服を着ているという情報を聞かされて一姫が、
「……なんだか絶対にその人を師匠に会わせてはいけないという気がしてきました……」
 とこれまでになく真剣な表情で呟いたことを除けばスムーズに情報の伝達は完了した。

「さて、それでは最後に宇宙人についてのことですが……」
 ここで始めて、古泉は思わせぶりに口を濁した。
 彼にとって「彼女」はSOS団におけるジョーカーだ。
 そうそう容易く切っていい札ではない、ないのだが。
 この状況下においては、どこにいるのかわからない彼女よりは目の前の戦力のほうが価値は高い、そう古泉は判断を下した。
 だから彼女の情報も彼は渡す――渡してしまう。
「宇宙人、まあ正確には情報統合思念体によって造られた、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースですね。
ただこれは純粋にあなたのことを思っての警告なのですが……いくらあなたとは言え、彼女に対してはうかつに手を出さないほうがいいかと思いますよ? 何故ならば我らSOS団の中で涼宮さんに次ぐ力を持っているのは、彼女の力の一部を与えられた僕ではなく、彼女なのですから」
「ご忠告には感謝します。それでその宇宙人さんはどんな人ですか?」
「はい、彼女の名前は長門有希。そうですね、外見は……」
 言うまでもなく古泉が語る「宇宙人」の容姿はさっき図書館で殺した少女の特徴と一致する物であった。

 それらの情報を得て、紫木一姫は小さく笑う。
 それを見た古泉も、やはり笑顔で彼女に問い掛けた。


「どうです? 僕たちと同盟を組んでいただけますか?」
「そうですね、当然といえば当然の確認なのですが、姫ちゃんに嘘はついていませんか?
姫ちゃん、うそつきは大嫌いです。そんな相手と手を結ぶなんて金平ゴボウです」
「ええ、ご心配なく、僕はこう見えても嘘は大嫌いですから」
 抜け抜けと笑顔で言う古泉に、彼女は告げる。

「そうですか」

 笑顔で告げる。

「でしたらここで同盟終了です」
「――――は?」
 予想もしなかった言葉に、始めて古泉の表情から笑顔が消えた。
 ぽかん、とした表情、彼が呆けた様子を見せたその一瞬。

 ひゅん

 ひゅん

 ひゅん

「――!?」
 不意に風切り音が響いた。
 聞き覚えのあるその音に、古泉は慌ててその身を翻す。
 ……だが、遅い。

 曲絃師を前にして、動き出すのが遅すぎる。
 曲絃糸を前にして、その動きは遅すぎる。

 動き出そうとしたその姿勢のままで、古泉の動きが静止する。

 糸が腕に絡んでいる。
 糸が足に絡んでいる。
 糸が胴に絡んでいる。
 糸が。
 糸が。
 糸が。

 全身を糸に絡めとられて、気がついたときには古泉は身動き一つ取れなくなっていた。

「――どういうおつもりですか?」
 さすがに笑顔を浮かべる余裕もなく、彼は硬い表情で目の前の相手を問いただす。

「Docomoもauもありません。
ついさっき姫ちゃんは言いましたよ? うそつきは大嫌いだって」 
「嘘……ですか? これは心外です。僕としては今の交渉は真摯なたいどでのぞまさせていただいたつもりなのですが」
 古泉の言葉をさもくだらないという様に、一姫は大仰に首を振る。

「駄目駄目ですよ、姫ちゃんに嘘は通用しません。けど、どうして嘘がわかったのかぐらいは教えてあげます」
「――それはありがたいことです」
「何で嘘なのかといいますと、あなたが言ったSOS団の長門さんは姫ちゃんが図書館でバラバラに殺してしまいました」
「――何ですって?」
 古泉にしてみればあまりに信じられない告白。
 呆然とする彼をよそに紫木一姫の告白は続く。

「特別な力も何もあったもんじゃありません。さっきの人にも届きません。
そのくせつまらない希望なんかにすがろうとするのがあまりに見苦しくて、鬱陶しくて、姫ちゃんついつい殺してしまったですよ」
 そして、ここまで言ったところで、彼女の視線は古泉へと向けられる。

「超能力者さんがどういうつもりで姫ちゃんにデタラメを吹き込んだのかは知りません。
ですが、関係もありません」
 すう
 ここで彼女は小さく息を吸い込んだ。 

「――なぜなら」
 宣言と同時に、紫木一姫は、曲絃師はその指をつい、と動かす。

「――あなたの意図はここで切れます」
 彼女の意図に従って、糸は、古泉一樹を絡めとる糸が引かれる。

「――いえ、切れるのはあなたの糸です」
 だが、それより先に宣告は行われた。

「!?」
「――おっと」
 引かれた糸に手ごたえはなく、宣告以外には何の物音もなく、ただ古泉一樹は静かに廊下に着地していた。
 何の変化もないというわけではない。

 ――先ほどまで古泉一樹に絡み付いていた糸はその全てが焼き切れていた。
 ――そして古泉一樹の全身は淡い光に包まれていた。 
 その光は明るさこそ大きく劣るものの、つい先ほど彼が見せた光、超能力者の証明として見せた光球の色によく似ている。

「驚かれましたか?」
 再び余裕の態度を見せる古泉。
 その表情は先ほどまでと同じ胡散臭いほどの笑顔が浮かんでいた。

「僕たちの力は本来はあのような光球という形ではなく、このように全身を包むように発現するんですよ。
……まあ制限された今の状況下では、頑張ってみても火傷を負わせるのがせいぜいぐらいのエネルギーしか出ませんが……あなたの『糸』を焼き切るぐらいの力はありますよ」
 そう言うと同時に彼の全身を包み込んでいた光は、彼の手の先に集まっていく。
 小さく、集まっていくにつれその明るさはむしろ強くなっていく。

「そうそう、確か言っていましたね。同盟は決裂ですか、いや本当に残念ですよ。あなたの師匠とやらを殺さなくてはならないのが」
「あなたの嘘は通じないって姫ちゃん言いましたよ? 姫ちゃんさっきから一度も師匠のことは喋っていません。どうやって師匠を見つけるつもりですか?」
 自分の武器が通じないこの状況下。一姫はじりじりと窓に近付きながらも古泉の言葉を鼻で笑う。だが
「一つだけ忠告して差し上げますよ。次に他の参加者に出会った時、玖渚機関とはなんなのか尋ねてみてご覧なさい。きっと誰もわからないと思いますよ?」
「……は? あなた何を言って――」
 彼女が何かを言い終えるよりも先に古泉は光球を解き放っていた。


 一瞬の後、廊下に爆音が轟く。
 後には何も残っていない。
 小さい足音がどんどんと、この校舎から離れていく。

「やれやれ……」
 離れていく足音を確認すると、小さく息を吐き出し、古泉は廊下に腰を下ろした。
 ……さすがに疲労は大きかった。
 あの少女は化け物だ。軽く相手をしていたように見えても、真正面から対峙しているというただそれだけで、精神力は磨り減っていく。
 それに加えて、先ほどのような制限下では無茶といえる過剰な力の使用。
 いくら本来ほどの力が出ていないとはいえ、全身を一瞬で糸を焼ききるほどの力でカバーするのは少々負担が大きかった。
 さすがに休息が必要だった。

「……ですが」
 まだ休むわけにはいかない。
 紫木一姫は聞き逃せないことを言っていた。
 あの長門有希を殺した、と。
 もちろん普通に考えればありえない話だ。
 だが、嘘と笑い飛ばすには内容が内容だ。
 確認を取る必要があるだろう。

「あと……彼から彼女の情報を……」
 最初に出会った「彼」は確か北のほうへと向かったはずだ。
 彼から紫希一姫の大事な「誰か」の情報を手に入れておかなくてはならない。

 優先すべきはまずこの二つ。
 まずは――。

【E-2/学校/早朝】



【古泉一樹@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:疲労(中)、
[装備]:
[道具]:デイパック×2、不明支給品1~3
[思考]:
1.涼宮ハルヒを絶望させ、彼女の力を作動させる。手段は問わない。
2.仮に会場内でハルヒの能力が発動しないとしても、彼女だけでも優勝させて帰す。
3.万が一ハルヒが死亡した場合、全ての参加者に『報復』し、『組織』への報告のために優勝・帰還する。
4.図書館にいって長門有希の死体を確認する? それとも北に向かったはずの「彼」(いーちゃん)の後を追いかける?
[備考]
 カマドウマ空間の時のように能力は使えますが、威力が大分抑えられているようです。


[備考]
 高須竜児の死体の傍に、
 支給品一式、グロック26(10+1/10)、包丁@現地調達、消火器(空っぽ)@現地調達
 がそれぞれ転がっています。






「どういうことですか? 玖渚機関を知らない人なんているですか?」

 ――玖渚機関。
 数少ない財閥家系の一つでその最上モデル。壱外(いちがい)、弐栞(にしおり)、参榊(さんざか)、肆屍(しかばね)、伍砦(ごとりで)、陸枷(ろくかせ)、染(しち)をとばして、捌限(はちきり)を束ねて政治力の世界を形成するそれは、一般人にも「財閥家系」としては知られる。

 それを誰も知らない?
 馬鹿馬鹿しいにも程がある。
 ――ただ。

(それにしてはあのうそつきの超能力者さんの態度は少し見過ごせないですよ)
 嘘と笑い飛ばすには不安がある。

 どのみち師匠の居場所を知っている人に、いつ出会うかはわからないのだ。
 ついでに尋ねてみてもたいした手間ではないだろう。
 先ほど入手したこの機械があれば、人に出会うのも難しくはないことだし。
 そうして先ほど学校で逃がした女が持っていた機械、人の居場所がわかるレーダーを一姫は取り出した。
 ひとまず、気配はないとはいえ、あの超能力者が追ってきていないかは確かめておいたほうが良い。

 かち


「……あれ?」

 かち

 かち

 かち

「ど、どうなっているですかー?」
 レーダーには何も映らない。

 元々島田美波が廊下へと落した時に緩んでいたカバーの金具。
 古泉一樹が放った光球から慌てて逃げ出した時に、窓枠にぶつけたレーダーからその衝撃で零れ落ちた電池のことを紫木一姫は気づいていない。



【E-2/早朝】

【紫木一姫@戯言シリーズ】
[状態]:健康
[装備]:澄百合学園の制服@戯言シリーズ、裁縫用の糸(大量)@現地調達、レーダー(電池なし)
[道具]:デイパック、支給品一式、シュヴァルツの水鉄砲@キノの旅、ナイフピストル@キノの旅(4/4発)
[思考・状況]
0:この機械はどうなっているですか!?
1:いーちゃんを生き残りにするため、他の参加者を殺してゆく。
2:他の参加者に出会った時はいーちゃんのことの他に玖渚機関についても聞いてみる。
3:SOS団のメンバーに対しては?
[備考]
 登場時期はヒトクイマジカル開始直前より。 
 現地調達の「裁縫用の糸」は、曲弦糸の技を使うにあたって多少の不備があるようです。
 SOS団のメンバーに関して知りました。ただし完全にその情報を信じたわけではありません。
 レーダーの電池の規格は必要ならば後続にお任せします。



投下順に読む
前:本当はずっと、子供のままで、幼いままで 次:明日の君と逢うために
時系列順に読む
前:本当はずっと、子供のままで、幼いままで 次:明日の君と逢うために

前:ドラゴンズ・ウィル 古泉一樹 次:とある神について
前:ドラゴンズ・ウィル 紫木一姫 次:行き遭ってしまった


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