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『物語』の欠片集めて(前編)

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『物語』の欠片集めて(前編) ◆02i16H59NY



「――そうだね、建物の様式などからはあまり絞り込めないね」
「改修が重ねられて年代も特定し難いしな」
「明治以降の神仏分離や国家統制で、強引に様式を統一されちゃった部分もあるしね」
「せいぜい素人目には、稲荷神社ではない、という判断がつくくらいか。狐の石像も連なった鳥居もないと」
「お稲荷さんじゃないけど、一応、有名な神社から祭神を勧請されてるっぽいね。
 でもそういう由来って捏造されたりもするし、後付で神さま持ってきたりもするし、あんまり決め手にはならないんだよ」

 ――明るみ始めた空の下、神社の境内。
 大きなケヤキの木の傍に、その男女はいた。
 男は長身で眼鏡、どこか日本の学校の夏服らしき、シンプルな制服に身を包んでいる。
 少女の方は小柄で、銀髪。純白の修道女らしき服を纏っているが、よく見ればその随所に大きな安全ピンが光っている。
 体格も服装も不釣合いな2人は、あたりの狛犬やら拝殿やらを、見るともなく見回している。

「ただね、神社と山との位置関係や鳥居の向きとかから、多少は推測もできるかも」
「ほほう」
「たぶん、最初はこの山自体が信仰の対象、御神体だったと思うんだ。分かりやすい山岳信仰の形だよね。
 ただ山頂じゃ祭祀を執り行うのに不便だし、でも街の中じゃ場所もないし、ってことでココに参拝の場を設けたんだろうね。
 ひょっとしたら、山頂のあたりにも簡単な奥宮、あるいは祠みたいなのがあるかも。
 信仰上ではそっちが本体、こっちは出張所みたいなもの。
 日本の神社ではよくある形なんだよ。里宮とか前宮とか言うんだけどね」
「詳しいものだな。だが言われて見れば、そういう位置関係にある神社は結構あるやもしれん。園原ではどうだったか」
「で、後付で他所の偉い神様を分霊して追加で祭ることになっても、神社そのものの位置はそう簡単には動かせないんだよ。
 だから、ココにこの神社が出来たのは相当昔のこと」
「つまり?」
「つまり、ここは日本だね。それも、北海道や沖縄は除外していいと思う」

 純白の少女・インデックスは断言する。
 珍しくも聞き役に回っている長身の男・水前寺は、黙って説明の続きを促す。

「神社という建物だけなら、北海道や沖縄、それに台湾や朝鮮半島とかにあってもいいんだけど。
 こういう風に、位置的に古い信仰の形を残した格好にはならないんだよ」
「ふむ。それに、どう見ても『使われている』神社だしな。
 つまり、本州・四国・九州のどこか、か。あまり絞り込めていないな」
「あるいは――そういった日本本土を模して作られた場所の可能性もあるね。
 作った人たちがそこまで山岳信仰に詳しくなくても、既にあるものを『そのまんま』模していたら同じことだから」
「……可能かね? これだけ大掛かりな会場だぞ?」
「ロシア成教では、心霊現象の解析・研究のために『現象管理縮小再現施設』っていうのを作っているんだよ。
 建物から小物からぜーんぶ再現して、今じゃ街が2つ3つ入る規模になってるんだって。
 つまりそれって、時間とお金はかかるけど、人間技で可能なことだよね。
 この会場も、それと同じかもしれないんだよ」
「なるほどな。……しかし、他の連中の話も聞いてみたいものだ。特に、あのメイド服姿の――」

 2人の視線が、境内の中にある1つの建物に向けられる。
 鳥居と拝殿を結ぶ参道から少し横手に逸れた所にある、小さな建物。僅かに俗っぽい生活感も匂う建物。
 普段はお守りやおみくじを売っているのであろう窓口をカーテンで閉ざした、社務所だった。


   ◇


「――これは?」
「自然治癒力を高める自在式を織り込んであるのであります。それに痛みの緩和も少々。
 現時点でもだいぶ動きやすくなったはずでありますし、折れた肋骨もほどなくして繋がるでありましょう」
「本格治療」
「へぇ、便利な能力ね、その『自在法』とかって」

 ほんのりと明るい畳敷きの部屋の中、メイド服の女性は少女の肩に手を置き、淡々と自らの処置を解説した。
 対する少女は、半裸。
 その裸の胸には包帯のように、あるいはさらしのように白いリボンが巻きつけられている。
 少女はささやかなサイズのブラジャーを仕舞いこむと、脱ぎ捨てていた制服のシャツに袖を通した。

 神社の中の、社務所――境内に建てられた、小さな建物の中。
 メイド姿のヴィルヘルミナ・カルメルと、少女・御坂美琴は2人きりで傷の手当てをしていた。
 山道での遭遇の後、6人は紆余曲折の末、この神社まで降りて少し落ち着こう、ということになったのである。
 立ち話で済ませるには積もる話は多すぎたし、ほぼ等距離にあった天文台へは登り坂だ。
 誰からともなく、この神社で、とりあえず朝食でもしながら話を、という流れになっていた。

 ただ、食事と情報交換の前に、まずは怪我人の手当てが先だった。
 美琴の肋骨の骨折、確かに外見からは分かりづらいが、見る者が見れば分かる。
 呼吸のたびに痛むのは傍目に見てても辛いし、今後もしそこに打撃が加われば、折れた肋骨が肺を傷つける危険もある。
 早急な手当てが必要で――そして、ヴィルヘルミナの多彩な能力なら、それも可能だったというわけだ。

「ともかく、ありがとね」
「貴重な戦力でありますからな。平時であればともかく、今はゆっくり傷を癒して頂く間も惜しいゆえ」
「謝礼無用」
「……ヴィルヘルミナに、ティアマトーだっけ。それでも、ありがと」

 美琴は苦笑する。苦笑はしてしまうものの、しかし、この『2人』の飾らない率直さには嫌悪よりも共感を覚えていた。
 元通りきっちり制服を着直して、彼女は立ち上がる。

「ところで今更だけど、あの『殺人鬼』、外に放っておいて大丈夫かしら。特に他の3人」
「大丈夫……でありましょう。もとより殺意はなく、また戦闘狂ではあっても愚かではないようでありましたから。
 彼にとっても多くの情報を得られるこのチャンス、手放してまで逃走する恐れはないと思われるのであります」


   ◇


「――そいつは、『曲絃糸』だな」
「きょくげんし?」

 鳥居の下。
 顔面に奇怪な刺青を刻んだ青年は、少女の話を聞いてすぐに即答した。
 地面にしゃがみこみ、土の上に文字を書いてみせる。

「『曲』がる『絃』の『糸』、あるは『曲』がる『絃』の『師』、って書いてな。
 扱う糸の方が『曲絃糸』、それを使う使い手のことを『曲絃師』、っつーんだ。
 摩擦力やら張力やらを利用して、人間の身体くらいなら簡単に切り刻むことができる。
 特に、滑車の要領で糸を引っ掛ける場所に事欠かない屋内じゃ、その多角的な攻撃はかーなり強くってな。
 ま、口で言うとキワモノっぽい技だがな、これでもけっこう昔からある戦闘技術らしいぜ」
「きょくげんし……ねぇ。ドイツ語だと何て言うのかしら」
「いや、ドイツにもあるかは知らねーけどよ。てかなんでドイツなんだ」

 顔面刺青・零崎人識は、そこで言葉を切って懐から『何か』を取り出し、立ち上がった。
 よくよく見れば、それはワイヤー。鋼の糸。
 話を聞いていた少女・島田美波を片手で制して下がらせると、何も無い虚空に向かってそれを振るう。
 ひうん、ひうん、と糸が空を切る。
 見えない敵を切り刻むかのように、鋼線が宙を斬る。

「たぶん……こんな感じだったんじゃねぇか?」
「そ、そう! そんな感じよ! もっと糸は細くて軽い感じだったけど!」
「やっぱりな。俺の場合、射程距離は3メートルを越えないし、そうなるとナイフとか使った方が早いんだけどよ。
 話聞く限り、その曲絃師はホンモノだ。そんなんと屋内でやりあうなんざ、俺でもできれば避けてー話だぜ」

 空中に手をかざすようにして鋼糸を回収しながら、零崎人識は不敵な笑みを浮かべる。
 まるで、今の弱気な発言が全部冗談だとでも言うように。
 美波には、その発言が虚勢か否かを判断することができない。どこからが本気でどこからが戯言か、分からない。

 路上での遭遇から、簡単な自己紹介をしつつ、神社まで6人揃って降りてきて――
 今ここで何をしているかと言うと、ヴィルヘルミナ・カルメルによる御坂美琴の手当てが終了するのを、待っていたのだった。
 そして水前寺とインデックスの2人は「軽くこの神社を見て回ってくる」と2人揃って小走りに走り去ってしまい。
 残された美波と人識は、話すともなく学校での出来事を話しながら、歩くともなくふらふらと鳥居の辺りまで来ていたのだった。

「さて……いーかげん、あいつらの手当ても終わる頃かな」
「あ、そろそろ戻らなきゃね」
「おう。そろそろ戻りな。んじゃな」
「んじゃねー。……って、ちょっと待ちなさい!」

 ごきっ。
 さりげなく片手を挙げて鳥居の外に出て行こうとした零崎人識の腕から、一瞬嫌な音が響く。
 咄嗟に彼の手を掴んだ美波が、反射的に関節を極めたのだ。
 どこか呆れたような、どこかうんざりした様子で、零崎人識は振り返る。

「おいおい、離してくれねーかなぁ。ってか、こいつぁ傑作だ。油断してたのは確かだけどよ」
「そんなことより、あんたドコ行く気よ!? たった1人で!!」
「ん~、どこ行くかはまだ決めてねーんだけどな。さっき言った曲絃師がいるっぽい学校はやめよう、ってくらいで」

 青筋を立てて怒る美波に、人識は飄々と答える。
 答えながら、掴まれた方とは反対側の手を、ポケットに突っ込んで。

「まあただ、このままココにいると、面倒なことになりそうなんでな――
 あっちのメイドは好みのタイプだったから少し残念なんだけどよ」

 ひうん、ひうん。
 美波の耳に、風を切る音が響く。思わず身が硬くなる。
 あの高須竜児を細切れにした音。今まさに零崎人識が演じて見せた音。
 曲弦糸。

「つーわけで、ここでサヨナラだ」

 あまりにアッサリした別れの言葉と共に、鋼線が宙を舞った。


   ◇


「――かははっ。それにしてもあいつら、殺人鬼に手綱つけて飼いならそうとはな。傑作な発想だぜ」

 昇り始めた朝日に照らされて、零崎人識は1人山を降りる。
 市街地に入ったところで、幹線道路から離れ、正面に見える城の天守閣の左側へと歩を進める。
 ちょうどお堀の北側を回って東側の市街地に向かうルートだ。

 人識は、しっかり聞いていたのだ――
 あの路上での戦いの終わり、ヴィルヘルミナや美琴たちの小声の会話を。
 何のために彼女たちの会話の最中、彼は手を出さなかったのか? 簡単だ。
 単に、聞き耳を立てていたのだ。
 目の前で露骨にヒソヒソ話をされて、気にならない人間がいるわけがない。殺人鬼だってそこは変わりない。
 そして全神経を耳に集中させていたからこそ、誰よりも早く接近するバギーの存在に気付けたのだ。
 種を明かせば、あまりに簡単な話。
 もちろん会話の全てを聞き取ることなどできなかったが、2、3の不穏な単語と彼女たちの表情を見れば、大筋は分かる。
 零崎人識に監視をつけ、手綱をつけ、『できるだけ被害が出ないようにする』――おおかた、そんなところだろう。

 この不穏な会話を耳にしていながら、人識がいままでのんびり留まっていた理由はたった1つ。
 ヴィルヘルミナが推測した通り、情報不足を補うためだった。
 せっかく他の人々と接触したのに、何も聞かずに別れてしまうのは勿体無い――だが。
 人識は島田美波から大雑把な話を聞いただけで、それで十分と判断した。
 まだまだ聞き出したい話はあったのだが、ここは逃げることが先決、と割り切ったのだ。

「鏡の向こうのアイツを探すのも、飽きてきちゃぁいるんだがなー。
 でも、だからって『家族』以外と長々とつるむ気もねーしなぁ」

 その『家族』ってのも、実際には随分と範囲が絞られるんだが。
 そんな風なことを口の中で呟いて、零崎人識はかははっ、と笑った。

 ぶらぶらと街を歩く殺人鬼を、昇る太陽が照らす。
 街の中、たった1人で、零崎人識は『放送』を聞いた。



【C-3/市街地・堀の外側/1日目・朝】
【零崎人識@戯言シリーズ】
[状態]:疲労(小) 背中に軽度のダメージ
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式、礼園のナイフ8本@空の境界、
     七閃用鋼糸5/7@とある魔術の禁書目録、少女趣味@戯言シリーズ
[思考・状況]
0:面倒なことになりそうだから、この場はすたこらさっさ。監視も手綱も真っ平御免だぜ。
1:城の北側を回って、城の東の方をぶらついてみる。(学校と神社、双方から離れる方向に進んでみる)
2:両儀式に興味。
3:ぶらつきながら《死線の蒼》といーちゃんを探す。飽きてきてはいるけど、とりあえず。
4:学校にいたという曲絃師(名前も容姿も聞いてない)とは、面倒なので会わずに済ませたい。

[備考]
原作でクビシシメロマンチスト終了以降に哀川潤と交わした約束のために自分から誰かを殺そうというつもりはありません。
ただし相手から襲ってきた場合にまで約束を守るつもりはないようです

神社に居た面々とは、ほとんど情報交換をしていません。
学校に曲弦糸の使い手が居たことは聞きましたが、それ以上のことは突っ込んで聞いていません。

七閃用鋼糸を1本、消費しました。


   ◇


 鳥居に鋼線で縛り付けられ、ご丁寧に猿轡まで噛まされていた島田美波は、さほどの間も置かずに発見され、解放された。
 その頃にはもう、零崎人識は街並みの中へと姿を消していた。
 インデックスと水前寺に支えられて悪態をつく美波の頭上に、『人類最悪』の『放送』が響き渡った。


   ◇


 島田美波が助けられた、そのほぼ同時刻。
 神社の反対側、拝殿の裏手で、ヴィルヘルミナと御坂美琴は疲れきった3人の少女を保護していた。
 御坂美琴の手当ても済み、姿の見えない島田美波と零崎人識を手分けして探そうとして、思いがけず見つけた3人組。
 アッシュブロンドの軍人風の少女。中学生くらいの制服姿の少女。
 そして――片手を失った小柄な少女は、精魂尽き果て気を失って、他の2人に介抱されているところだった。
 小柄とはいえ女の子1人。担いで運ぶのも難儀する。
 途方に暮れていた少女たちは、思いもかけぬヴィルヘルミナたちの登場に、警戒はしつつもホッとした表情を浮かべていた。

 聞けば彼女たち3人は、川を渡れる場所を探してこんな所まで登ってきてしまったとのこと。
 山道を歩き通すのは流石に疲労が激しく、近くにあった神社で休もうか、という話になって……
 ようやく神社が見えた、と思った矢先に先の放送だ。
 どうやら知り合いが呼ばれたらしい小柄な少女は、その場に崩れ落ち、気絶してしまったのだった。

 機関銃を相手に大立ち回りを演じた緊張感。延々山道を歩いてきたことの疲労。身体中に負った細かい傷。
 そして何より、片手を失った傷の痛みと、出血。
 少女自身も気付かぬうちに積もり積もった消耗は、いつしか限界近くまで彼女を追い詰めていて。
 そんな所に、先の放送だ。
 虚勢交じりの空元気を支えるモノが損なわれた途端、彼女は耐えきれず意識を失ってしまった――ということらしかった。
 ヴィルヘルミナが軽く見た限りでは、命に関わる状態ではない。少し寝て体力が回復すれば、自然と目を覚ますだろう。
 簡単な自己紹介を交えつつ、ヴィルヘルミナは彼女を抱え上げる。


   ◇


 ――かくして。
 いまや狭い社務所の中に、8人もの人々が集まっていた。
 6人から零崎人識が抜けて5人。そこに、さらに3人の追加。
 片手のない1人は、未だ気を失ったまま。何人もの手で畳の上に横たえられ、毛布代わりに何枚かのタオルをかけられて。

 そして始まったのは――なんとも騒がしい、無秩序な会話だった。

「おなかがすいたんだよ。そう言えばもう朝ごはんの時間なんだよ!」
「夜中にあれだけ食べておいて、もう、でありますか?」
「おお、須藤特派員っ!! 久しぶりだなぁっ!」
「ぶ、部長っ!? 部長……ほんとに部長なんですか?!」
「おれがおれ以外の何に見えると言うのだ。宇宙人に脳みそでも弄られたか? んんっ??」
「えーっと、テスタロッサさん、だっけ。私は御坂美琴。改めてよろしく」
「あ、はい。よろしくお願いしますね。あと、『テッサ』でいいですよ、御坂さん」
「……え? あの子が高須の言ってた逢坂大河? ホントに?!」
「発見した時には既に気絶していたのでありますが、テレサ・テスタロッサ須藤晶穂の両名から確認を取ったのであります」
「ごはんを食べなきゃ元気も出ないんだよ! 栄養摂取は大事なんだよ!!」
「ねえヴィルヘルミナ、あの子の手、なんとかならない? 私のアバラみたいに、アンタのあのリボンで」
「難しいでありますな。切られた直後であればともかく、欠損したものを補うというのは流石に」
「ああ、それなら確か大河さん、義手を持ってたはずよ。ちょっと待ってね。……勝手に荷物漁っても、怒られないわよね?」
「おれが気になるのは、その手が失われた経緯だ。どうにも見覚えのある斬られ方のような気がしてな」
「わたしたちがここに来るまでに聞いた話では、顔面に派手な刺青のある、小柄な男性にワイヤーで切り落とされたとか」
「へー、顔面に刺青。そして小柄で曲絃糸。……それってまんま零崎じゃない! あったまきた! 今からでも追いかけて、」
「落ち着きたまえ島田特派員。その件は『今更追っても捕まるまい』ということで決着したはずだぞ。それに『曲絃糸』って何だ」
「そういえば部長、いつの間に特派員を増やしてるんですか? それも高校生なんて」
「ふむ。説明書を読んだ限りでは、義手の接続もなんとかなりそうでありますな。治癒の自在法と合わせればさらに効率的に、」
「その義手がアームスレイブと似たシステムの機械式だったなら、私もお役に立てたと思うんですが」
「新聞部ではない! SOS団だ! 『水前寺邦博と特派員諸氏が大手を振って帰還する為に総力を結集する団』だ!」
「はいはいはいはい。まったく、部長のネーミングセンスはどうしてこう……『電波新聞』もそうだったけど……」
「……誰も私の切実な訴えを聞こうとしてくれないんだよ。仕方ないから勝手にカップラーメン作って食べちゃうんだよ」
「あれ? 晶穂と同じ学校、ってことは……ええっ!? 水前寺アンタ、中学生だったのっ!? そのガタイで!?」
「おや、言わなかったか?」
「聞いてないわよっ! 普通、中学生が車の運転するなんて思わないわよっ!」
「でも、どのみち日本ではハイスクールの年齢だったとしても、自動車の運転免許は取れないはずじゃ……?」
「待つのでありますインデックス。冷たい水など注いでも仕方ないのであります。熱湯でなくては台無しなのであります」
「運転免許かー。そういや、さっきの放送で気になったんだけどさ。私たちの『世界』そのものが違うってことは、」
「むしろおれとしては島田特派員やそこで寝ている逢坂大河が年長者ということの方が信じがたいのだがな」
「ああ、確かに逢坂さんの年齢を聞いた時は正直驚きましたが……でも島田さんは別に……?」
「いや、特にそのまな板の如き胸のサイズとか……ぬおおっ! 両目が痛いっ!? まるで目突きでもされたよーに痛いっ!」
「完全に自業自得です、部長」
「『世界』が違うってことは、『学園都市』を零崎が知らなかったのも……って、ちょっとアンタたち、誰も聞いてないのっ?!」
「ううむ、一切の躊躇なく眼鏡の下の隙間から抉るように穿つとは。島田特派員おそるべし」
「ううっ、どうせテッサみたいな子には分からないわよ、ウチらの切実な悩みなんてっ……!」
「そ、そんなこと言われても……」
「ごーはーんー!」
「混沌極致」

 まとまりのない会話がとりとめもなく溢れる部屋の中、ただ1人、姿なき『紅世の王』が溜息のような声を漏らす。
 再会を喜び合うもの。自己紹介をするもの。断片的な経緯の説明をするもの。地図や名簿を広げて考察を開始するもの。
 寝息を立てる少女の様子を心配そうに窺うもの。空腹に耐えかね勝手に食事の準備をするもの。それを取り押さえるもの。
 まさに混沌、大混乱である。
 見るに見かねたのか、ヘッドドレス型の神器に意思を現す『紅世の王』ティアマトーが、己の契約者に向けて一声を放つ。

「自重要請」
「……はっ!? い、いけない、私ともあろうものが……猛省であります」
「要統制」
「確かにこの場は、私が仕切るしかないようでありますな……なれば……」

 どんっ。
 少し思案したヴィルヘルミナは、そして、インデックスから取り上げたカップラーメン入りの箱を、騒ぎの中心に放り込んだ。
 一瞬、皆の会話が止まる。
 その期を逃さず、メイド服の、外見年齢では最年長の彼女が少年少女に提案する。

「ここはひとまず、インデックスの提案を採って、皆で朝ごはんと致しましょう。
 そして食事でも致しながら、改めてこれまでの経緯などを語り合うべきでありましょう。
 重複する話もあるやもしれませんが、重要事項の聞き漏らしを避けるためにも、1人ずつ順番に語っていくべきであります」
「会食会談」


   ◇


 広い拝殿や本殿ではなく、狭い社務所に皆で集まっていたのは、そこにある程度の生活感があったからだ。
 社務所というのは、言ってみれば神社の「事務所」だ。直接的な祭事以外の全ての雑務を行う場所だ。
 建物としても、さほどの決まり事はない。神社の境内にあって違和感がなければ、それで構わないわけだ。

 そんな実務的な建物だから、必要最低限のものはしっかり揃っている。ちょっとした事務所にあるものは全て揃っている。
 片隅には流し台もあり、水道もあり、ガスコンロもある。ヤカンもあったから、お湯も沸かせる。
 咀嚼している間は他人の発言にツッコミを入れる余裕もないし、腹が膨れれば多少は冷静にもなる。
 ようやく頭を軍人モードに切り替えたテレサ・テスタロッサが、作戦会議の要領で話を整理していったのも大きかった。
 皆で輪になってカップラーメンを啜りながら、寝ている逢坂大河を除く7人、改めて自己紹介からやり直す。

「ヴィルヘルミナ・カルメル、インデックス、御坂美琴、島田美波、テレサ・テスタロッサ、逢坂大河、須藤晶穂。
 そしてこのおれ、水前寺邦博。以上8名か。ティアマトーも数に入れれば、実に総勢9名。
 我がSOS団も規模が大きくなったものだな」
「いつ誰がアンタの部下になったってのよ」

 次いで、それぞれのここまでの経緯。
 インデックスとヴィルヘルミナの出会いから、ホテルで少し休み、ここに至るまで。
 御坂美琴と零崎人識の出会い、ガウルンとの一戦、会話、そしてここに至るまで。
 島田美波と水前寺邦博の出会い、学校での死闘、そしてここに至るまで。
 須藤晶穂と逢坂大河の出会い、浅羽との戦い、そしてテッサとの出会いまで。
 テッサはテッサで、晶穂や大河と出会う前、出会い頭に「KILL YOU!」と叫んだ少年との出会いも余すことなく語った。

「……性格といい容姿といい、どうやら間違いなく私たちの知る『ガウルン』のようですね」
「死んだはず・討滅されたはず、と言えば、我々が遭遇したフリアグネもそうなのであります」
「浅羽特派員が須藤特派員もろとも、そんなことを、な……。まったく、あいつは……!」
「ねえテッサ。その男の子について、もう少し詳しく教えてくれない?」
「ええと、その、あんまり特徴はなくって……強いて言えば、悪口になってしまいますが『バカっぽかった』、としか……」
「バカっぽい……他には?」
「他には……『とってもバカっぽかった』くらいで……すいません、お役に立てなくて」
「アキね。吉井明久。間違いないわ。それだけ確固たる証拠が揃ってたら他にはありえないわ。まったく何考えてんだか」
「ちょ、ちょっと島田さん、本当にそれだけで分かっちゃうの!?」

 そして――これが最も肝心なポイント。
 互いの常識のズレのこと、互いの知人の名前、知人との大雑把な関係について。
 『人類最悪』が示唆した、『複数の異なる世界』について。
 話がそこに至った時、ふと思いついてインデックスが口を挟む。

「『世界』が違う、って言い方すると、ヴィルヘルミナの言う『紅世』と『人間の世界』の話と用語が被っちゃうんだよ」
「なるほど。確かにあの放送の中では、『紅世』と『人の世』とを合わせて1つの『世界』、とみなしているでありましょう」
「用語混乱」
「では、とりあえずこの場はあの『人類最悪』の言葉を借りて、『個々の常識の範囲』を『物語』とでも称することにしようか。
 現時点で我々には、最低でも6つ、おそらくは8つ、あるいはそれ以上の『物語』があることが分かっている。
 それぞれの『物語』に、複数の参加者が所属していることも分かっている」
「うわ、水前寺が真面目……」
「何か文句あるのかね、島田特派員?」
「いや、まあ……いいわよ、さっさと先進めましょ」


 まず第一の『物語』――『学園都市のある物語』。
 東京の西半分に能力開発を行う巨大な『学園都市』が鎮座し、また、世界中の教会に魔術師が所属する『物語』だ。
 ここに属するのは、インデックス、御坂美琴、上条当麻、白井黒子、ステイル=マグヌス土御門元春
 全て御坂美琴、あるいはインデックスの知り合いである。

「黒子は後輩よ。本人がいる前じゃ言えないけど、こういう場では信頼できる子だわ。……ちょっと性癖がアレだけど」
「ステイルと土御門は、『必要悪の教会』の関係者なんだよ。何度かその関係で会ってるんだよ」
「全ての異能を打ち消す『幻想殺し』、でありますか……上条当麻という人物、ぜひとも接触しておきたいのであります」


 第二の『物語』――『ミスリルとアマルガムの物語』。
 ソビエト連邦が未だ健在な世界を、AS(アームスレイブ)という巨大な人型兵器が闊歩する『物語』。
 ここに属するのは、テレサ・テスタロッサ、相良宗介千鳥かなめクルツ・ウェーバー、ガウルン。
 そして故人として名前の挙げられた、メリッサ・マオ
 かなめは微妙な立場ではあるが、そのほとんどがミスリルの関係者。ガウルンだけは敵であるアマルガム側の人間である。

「本来であればミスリルの存在もアマルガムの名前も秘中の秘なんですが……いまさらそんなこと言っても仕方ないですしね」
「巨大ロボットに超巨大潜水艦、ね……こっちの『学園都市』のテクノロジーと、どっちが上なのかしら」
「それから、メリッサは私の優秀な部下であり、超一級の兵士です。ASの操縦のみならず、白兵戦などにも長けています。
 彼女が殺されたなんて、今でも信じられません……まさかメリッサだって、この状況なら十分に警戒していたでしょうから」


 第三の『物語』――『園原中学校新聞部の物語』。
 『北』との緊張続く情勢下、基地の街・園原で日々を過ごす新聞部の部員たちの『物語』だ。
 ここに属するのは、水前寺邦博、須藤晶穂、浅羽直之伊里野加奈
 全て、園原中学校の非公認クラブ・新聞部のメンバーである。
 また故人ではあるが、名簿に「榎本」とのみ書かれていた人物もここに属する可能性が高い。

「おれの聞いた話では、伊里野特派員の『自衛軍にいる兄貴のような人物』の名が、確か『榎本』と言ったはずだ。
 そう珍しい苗字でもないし、下の名前は知らないし書いてないし、同姓の別人かもしれんのだが」
「兄妹で名前が違うの? なんで?」
「よく分からん。家族構成もそうだが、どうにも伊里野特派員には謎が多いのだ」


 第四の『物語』――『フレイムヘイズと紅世の徒の物語』。
 歩いていけない隣・『紅世』から来た『紅世の徒』と、それを討滅する『フレイムヘイズ』の果てしなき戦いの『物語』だ。
 ここに属するのは、ヴィルヘルミナ・カルメル、シャナ坂井悠二、フリアグネ。
 そして故人として名を呼ばれた、吉田一美
 シャナとヴィルヘルミナはフレイムヘイズ。坂井悠二はミステスという存在だが、フレイムヘイズ側に属する。
 フリアグネは、そのフレイムヘイズたちが討滅の対象とする『紅世の徒』、その中でも強力な部類に入る『紅世の王』の1人だ。

「ちなみに、吉田一美は『紅世』の存在を知っているだけの『ただの人間』、だったはずなのであります。
 同じ『物語』の中では、最も生存が困難だろうとは思われていたのでありますが……やはりこの訃報は堪えるのであります」
「黙祷」


 第五の『物語』――『文月学園と試召戦争の物語』。
 科学とオカルトと偶然によってシステム化された『召喚獣』、それを使ってクラス間戦争を行う文月学園の『物語』だ。
 ここに属するのは、島田美波、吉井明久、姫路瑞希
 全てFクラスで机、いや卓袱台を並べるクラスメイトであり、親友であり、戦友である。

「支給品にあったこの『ルールの覚え書き』の『物語』なんだね。召喚獣を呼び出す原理にはちょっと興味があるかも」
「ふむ。どうもこの島田特派員の『物語』だけ、妙に人数が少ない感じだな」
「そうねぇ。ウチもそうだったけど、ひょっとしたら、他にも誰か『名前の伏せられた10人』の中に入ってるのかもね。
 アキと瑞希とウチだけじゃちょっと不安だし、こーゆー時には坂本とかがいて仕切ってくれると嬉しいんだけど……あ。
 …………ま、まさかとは思うけど、美春は居ないわよね…………?? 大丈夫よね……?!」


 第六の『物語』――『逢坂大河と高須竜児たちの物語(仮称)』。
 この『物語』は当事者である大河が絶賛気絶中なので、大したことは分かっていない。
 無理に叩き起こせば話を聞くこともできたのだろうが、この場にいる全員が「そこまでする必要はない」と遠慮した。
 だが、テッサと晶穂が道中で話を聞いた限りの印象では、ある意味とても平和で平凡な学生生活を送っていたようだ。
 『学園都市』もない。ASもない。『北』との戦争もない。『試召戦争』もない。
 ここに属するのは、推測も混じるが、高須竜児、逢坂大河、櫛枝実乃梨川嶋亜美、そしてたぶん、北村祐作
 この5名の間の関係も詳しいことは分からない。どうやら、同じクラスのクラスメイトであるようなのだが。

「大河さんが気を失う寸前、放送の直後、呆然とした様子でこう呟いてたのよ。『竜児……? 北村くん……?』って。
 たぶん、名簿に載ってなかった『北村』って人も知り合いなんだと思う。元の『物語』での、ね」
「高須は、3人の女の子を命を捨ててでも守るつもりだったみたいよ。たぶん、すごい親しい関係なんじゃないかな」


 残る2つは、第六の物語以上に推測に拠って立つものとなる。
 それぞれが独立した『物語』であるという確証もない。
 ひょっとしたら次に挙げる2つは同一、あるいは既に挙げたどれかと同一の『物語』なのかもしれない。
 それでもここでは暫定的に、別々の物語とみなしてリストアップしておくことになった。


 第七の『物語』――『殺人鬼のいる物語(仮称)』。
 ここに属するのは、零崎人識、紫木一姫
 どちらも最大級の危険人物だ。『曲絃糸』などという殺人技術が普通に存在する『物語』の住人たちなのである。
 また、名簿上の名前は分からないが他にも2名、ここに属しているらしいことが分かっている。
 情報が少な過ぎてロクに推測すらできないが、なにしろ「あの」零崎人識の知り合いだ。どちらも警戒しておくべきだろう。

「零崎は去り際に、とりあえずは『欠陥製品』と『死線の蒼』、って人を探すみたいなこと言ってたわ。
 どっちもあだ名なんだろうけど、名簿では別の名前で載ってるんだろうけど……気になるわ」
「私の『超電磁砲』みたいなものかしら? ともあれ、その通り名だけでも思いっきり不穏な気配があるわね」


 第八の『物語』――『涼宮ハルヒのいる物語(仮称)』。
 ここに属すると分かっているのは僅かに2名、古泉一樹と涼宮ハルヒのみ。
 古泉一樹は殺し合いに積極的なようだったが、しかし、涼宮ハルヒについてはほとんど情報がない。

「超能力者……ねぇ。その話だけだと、その古泉って人、とても『超能力(レベル5)』に届いてるとは思えないわね。
 能力の種類は絞りきれないけど、高く見積もっても『大能力(レベル4)』、たぶんせいぜい『強能力(レベル3)』程度……。
 こんな状況で『レベル5』を詐称してもあんま意味あるとは思えないし、『学園都市』の外に能力者がいるとも思えないし。
 たぶん、私たちの『物語』とはまた違う『物語』なんでしょうね」
「涼宮ハルヒ、というのが何者なのかも気になるのであります。
 『皆が揃って助かるかもしれない方法』とは、一体……? 優秀な自在師の如き者なのでありましょうか?」


 以上、8つの『物語』。
 それぞれに拠って立つ常識、『人類最悪』の言葉を借りれば『文法』が異なっている。

 他にも独立した『物語』はあることだろう。
 例えば、『人類最悪』が口にした『忍法』とやらが存在する『物語』は、この8つの内にはない。
 ひょっとしたら第七・第八の『物語』にはあるのかもしれないが、ここは第九の『物語』を想定しておいた方がいいだろう。

「うむ、これだけ異なる『物語』があれば、1つくらいUFOやエイリアンが実在する『物語』があってもおかしくないな。楽しみだ」
「もし万が一宇宙人が参加者に紛れ込んでて怪光線でも撃ってきたりしたら、全部部長に押し付けて私たち逃げますからね」


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