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アがれはしない十三不塔――(シーサンプーター) 前編
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アがれはしない十三不塔――(シーサンプーター) 前編 ◆EchanS1zhg
【0】
直感は過たない。誤るのは判断であある。
【1】
陽の傾きに少し濃さを増した青い空。そこに重く響く銃声が木霊する。
遠い空の彼方へと伝わってゆくそれは、まるで何かの始まりを告げる号砲のようで――
遠い空の彼方へと伝わってゆくそれは、まるで何かの始まりを告げる号砲のようで――
「けっこう、難しい……」
弾丸を呑み込み、なお平然と揺らぐことなく存在する漆黒の壁を見つめながら黒桐鮮花はそう呟いた。
その壁の前方にはドラム缶が置かれ、その上には彼女が狙っていた塗料の入った缶が立てられている。
無論。弾丸が壁に呑み込まれた以上、本来の的である缶はまったくの無事だ。
傷ひとつなく。ペンキ一滴たりとも零してはいない。
その壁の前方にはドラム缶が置かれ、その上には彼女が狙っていた塗料の入った缶が立てられている。
無論。弾丸が壁に呑み込まれた以上、本来の的である缶はまったくの無事だ。
傷ひとつなく。ペンキ一滴たりとも零してはいない。
ため息をひとつつき、鮮花はリボルバーから空薬莢を地面に落として新しい弾丸を込め始めた。
青い空の下。広大な飛行場の外れ。漆黒の壁の前に質素な的。生まれたての復讐者(リベンジャー)。
黒桐鮮花は拳銃の練習をしているのである。
青い空の下。広大な飛行場の外れ。漆黒の壁の前に質素な的。生まれたての復讐者(リベンジャー)。
黒桐鮮花は拳銃の練習をしているのである。
「拳銃は当たらないってのが当然だからね。まぁ、気長に練習してゆくといいさ」
どうにも納得いかないという風の鮮花の後ろで、彼女の”先生”であるクルツ・ウェーバーがそう言う。
気休めにしてもおもしろくない言葉だ。
鮮花が無視して的へと向き直ると、すっと彼の手が身体へと伸びてきた。
気休めにしてもおもしろくない言葉だ。
鮮花が無視して的へと向き直ると、すっと彼の手が身体へと伸びてきた。
「ほらほら、力が入りすぎだって。硬くなってると余計当たらなくなるよ。
右腕はまっすぐ。頭の向きもそれに合わせて。……視線、利き腕、銃が全部同じ直線の上にくるように。
でもって左腕は支えるように。伸ばさなくていいから、上半身がブレないよう脇をしめて――」
右腕はまっすぐ。頭の向きもそれに合わせて。……視線、利き腕、銃が全部同じ直線の上にくるように。
でもって左腕は支えるように。伸ばさなくていいから、上半身がブレないよう脇をしめて――」
まるで楽器の調律をするかのようにクルツは鮮花のそこかしこを微妙に動かし、正してゆく。
触れられるのは不快だったが、触れられた部分がはっきりと楽になるのも解り、文句を言うこともできない。
触れられるのは不快だったが、触れられた部分がはっきりと楽になるのも解り、文句を言うこともできない。
「足の幅はそれぐらいで……重心は後ろの右足にね。ああ、腰は引かなくていいか――」
「どこ触ってるのよ!」
「どこ触ってるのよ!」
文句よりも先に手が出た。
振り向きざまのアッパーカット。喰らったクルツの身体は宙に浮き、一瞬の後、芝生の上へと沈む。
振り向きざまのアッパーカット。喰らったクルツの身体は宙に浮き、一瞬の後、芝生の上へと沈む。
「…………つつ。……鮮花ちゃん。
ナイス反撃だけど、拳銃を持ちながらアクションする時はトリガーから指を外しておこうね。
でないと、暴発しちゃって危ないからさ。そんな風に」
ナイス反撃だけど、拳銃を持ちながらアクションする時はトリガーから指を外しておこうね。
でないと、暴発しちゃって危ないからさ。そんな風に」
7発目の弾丸は天へと消えた。
彼女が狙うべき的である塗料の缶は未だ無傷。勿論、ペンキ一滴たりとも零れてはいなかった。
彼女が狙うべき的である塗料の缶は未だ無傷。勿論、ペンキ一滴たりとも零れてはいなかった。
「やれやれ……」
射撃練習を続ける鮮花より離れ、顎をさすりながらクルツは格納庫の近く、横に倒したドラム缶の上へと腰掛けた。
彼女の後姿を眺め、制服の上に浮かび上がる女性らしいラインを堪能した後、視線を周囲へと走らせる。
クルツがこの場所を射撃練習の現場と選んだのは、弾が逸れても事故が起こらないようにという配慮もあったが、
一番の理由は見晴らしだった。
だだっ広い滑走路に、芝生だけの使われてない土地。何者かの接近を察知するに容易く、奇襲の恐れは少ない。
南に大きな格納庫を背負っているため、街の方からの狙撃を受ける心配もないと、
一見無防備なようでいて実に堅牢なシチュエーションである。
彼女の後姿を眺め、制服の上に浮かび上がる女性らしいラインを堪能した後、視線を周囲へと走らせる。
クルツがこの場所を射撃練習の現場と選んだのは、弾が逸れても事故が起こらないようにという配慮もあったが、
一番の理由は見晴らしだった。
だだっ広い滑走路に、芝生だけの使われてない土地。何者かの接近を察知するに容易く、奇襲の恐れは少ない。
南に大きな格納庫を背負っているため、街の方からの狙撃を受ける心配もないと、
一見無防備なようでいて実に堅牢なシチュエーションである。
鮮花の持つコルトパイソンから轟音が二度三度と響き、木霊する。
これであらぬ方向へと消えた弾丸の数は二桁に上ろうかというところだったが、それでもまだ的には命中していなかった。
いつかには動く的を用意するなどと言ったが、まだまだそれ以前の状態でしかない。
若干肩透かしの感は否めないが、しかしこれでそのまま終わってしまうならそれはそれでいいともクルツは思う。
復讐の為に銃を覚え、世界で一二を争うほどにまで――なんて人間はこの世に何人もいなくていいのだから。
誰かのために復讐を果たす。それは否定しない。しかし、復讐が生き方だなんていうのは少し寂しく悲しい話だった。
これであらぬ方向へと消えた弾丸の数は二桁に上ろうかというところだったが、それでもまだ的には命中していなかった。
いつかには動く的を用意するなどと言ったが、まだまだそれ以前の状態でしかない。
若干肩透かしの感は否めないが、しかしこれでそのまま終わってしまうならそれはそれでいいともクルツは思う。
復讐の為に銃を覚え、世界で一二を争うほどにまで――なんて人間はこの世に何人もいなくていいのだから。
誰かのために復讐を果たす。それは否定しない。しかし、復讐が生き方だなんていうのは少し寂しく悲しい話だった。
「ただいま戻りました」
軋んだ音を立てて開く扉の音にクルツが振り向くと、そこにはいつもどおりの平然とした顔を見せる白井黒子が立っていた。
「ごくろうさま。それで成果は?」
「ええ。概ね問題なく、予め定められていた通りに」
「ええ。概ね問題なく、予め定められていた通りに」
黒子はひとつ頷くと、クルツの隣に座り、パックのフルーツジュースをストローで飲みながら報告を開始した。
「仰られていた場所に小さな商店街がありましたので、取り急ぎ必要な物はそこで調達いたしました。
日持ちする食料品に飲料。マットレスに毛布。後は数点の衣料品。及び、殿方にはご報告できないエトセトラ。
どれも人数分より多めに確保してまいりましたので、その点はご心配なく」
日持ちする食料品に飲料。マットレスに毛布。後は数点の衣料品。及び、殿方にはご報告できないエトセトラ。
どれも人数分より多めに確保してまいりましたので、その点はご心配なく」
元々、この飛行場を根城とするための物資を調達しに出立したのはクルツなのであるが、
目的地とした百貨店に敵の気配を感じたので止む得ず中断となった。
なので、些か以上にかっこのつかない形ではあるが、瞬間移動能力者である白井黒子にお願いしたという次第である。
もっとも、この近くには百貨店ほどの大きな商店はなかったので得られたものは比べると貧相だが、これもまた仕方がない。
目的地とした百貨店に敵の気配を感じたので止む得ず中断となった。
なので、些か以上にかっこのつかない形ではあるが、瞬間移動能力者である白井黒子にお願いしたという次第である。
もっとも、この近くには百貨店ほどの大きな商店はなかったので得られたものは比べると貧相だが、これもまた仕方がない。
「途中で誰かを見かけたりは?」
「幸か不幸か、敵も味方も見ておりませんわ」
「幸か不幸か、敵も味方も見ておりませんわ」
そうか。と、クルツは安堵と残念さが交じり合った溜息を零した。
彼女が不幸に出会わなかったのは単純に喜ばしいが、未だ仲間の影も形も見えないのはやや不安を感じる。
彼女が不幸に出会わなかったのは単純に喜ばしいが、未だ仲間の影も形も見えないのはやや不安を感じる。
「それで……”彼女”の件なんですけれども……」
「ああ、どうだった?」
「ああ、どうだった?」
黒子の言う”彼女”とは、先刻保護したばかりの”伊里野加奈”のことである。
浅羽直之の意中の人であり、そして黒子が拾ったパイロットスーツらしきものの持ち主でもあった。
今は、格納庫の端にある詰め所の中で二人中睦まじく休息をとっているはずだ。
浅羽直之の意中の人であり、そして黒子が拾ったパイロットスーツらしきものの持ち主でもあった。
今は、格納庫の端にある詰め所の中で二人中睦まじく休息をとっているはずだ。
「ええ。クルツさんの仰ってたとおりでしたの」
「そうか……」
「そうか……」
当たってほしくはなかった想像がその通りだったことに、クルツと黒子の二人は陰鬱な表情を浮かべた。
転がり込んでくる問題はどれも難解でいて、受け止めがたいものばかりである。
転がり込んでくる問題はどれも難解でいて、受け止めがたいものばかりである。
「血塗れだった服の着替えをお手伝いした時に確認しましたが……」
「やっぱり、アレは彼女の血じゃない?」
「ええ、それに。仰られた通り、伊里野さんの身体には無数の注射痕を見つけることができました」
「だろうな……」
「やっぱり、アレは彼女の血じゃない?」
「ええ、それに。仰られた通り、伊里野さんの身体には無数の注射痕を見つけることができました」
「だろうな……」
伊里野加奈についての想像はふたつ。
ひとつは彼女がなんらかの機動兵器のパイロットであること。もうひとつは彼女がすでに殺人を犯していること。
最初のは黒子の拾ったスーツより、後のは彼女自身と出会った時に想像、推定したことだ。
ひとつは彼女がなんらかの機動兵器のパイロットであること。もうひとつは彼女がすでに殺人を犯していること。
最初のは黒子の拾ったスーツより、後のは彼女自身と出会った時に想像、推定したことだ。
「彼女は、いったい”ナニ”なのでしょうか?」
遠くを見つめるクルツへと黒子は尋ねる。
クルツならば知っていると確信しているのだろう。そして、クルツはそれを正しく知っていた。
クルツならば知っていると確信しているのだろう。そして、クルツはそれを正しく知っていた。
「……そうだな。
まず表向き……と言っても社会からすればこれも裏かもしれないが、あえて表として言うなら彼女は”パイロット”だ」
「それは、以前に仰られていたアームスレイブだとか言う……?」
「どんなものに乗っていたかまでは解らない。
ただ同じ様に機密性の高いプロジェクトに参加し、それが軍隊の主導であったことは間違いないだろうな」
まず表向き……と言っても社会からすればこれも裏かもしれないが、あえて表として言うなら彼女は”パイロット”だ」
「それは、以前に仰られていたアームスレイブだとか言う……?」
「どんなものに乗っていたかまでは解らない。
ただ同じ様に機密性の高いプロジェクトに参加し、それが軍隊の主導であったことは間違いないだろうな」
クルツが彼女の世話を黒子や浅羽に任せているのは何もクルツがそれを放棄したからではない。
彼よりのアプローチはすでにここに来た直後に済ませている。
彼よりのアプローチはすでにここに来た直後に済ませている。
「所属は言えませんの一点張り。身体が貧弱すぎるが、白兵戦の訓練を受けた様子も見受けられる。
そして例のスーツ。彼女はどこかの《物語》のエースパイロットだったという訳だ」
そして例のスーツ。彼女はどこかの《物語》のエースパイロットだったという訳だ」
そして、
「本当に平凡な少年。実は世界の敵に立ち向かうエースパイロットの少女がどこかで出会う。
ははっ、”まるでどこかで聞いた話”だな。
さぞかしスペクタクルとスリル。サスペンスとロマンに満ち溢れた《物語》だったんだろう」
ははっ、”まるでどこかで聞いた話”だな。
さぞかしスペクタクルとスリル。サスペンスとロマンに満ち溢れた《物語》だったんだろう」
だがしかし、
「それだけではありませんのね……?」
故に、《物語》は《Happy ever after (彼らは幸せに暮らしましたとさ)》では終わらない。
「さきほどは表と仰られましたが、では裏があるのですわね? しかし、それを私が聞いてもよいのでしょうか?」
「俺としては黒子ちゃんからも少々話を聞きたいと思ってね」
「俺としては黒子ちゃんからも少々話を聞きたいと思ってね」
クルツは黒子のほうへと向き笑顔を見せた。
しかしそれはいつもの軽薄なものではなく、どこか寂しげで。こんな顔もするのかと黒子は素直に思った。
しかしそれはいつもの軽薄なものではなく、どこか寂しげで。こんな顔もするのかと黒子は素直に思った。
「彼女の髪の毛を見たかい?」
「白い髪の毛……ですが、あれは生まれつきではないようですけれども……」
「ああ。オシャレってわけでもない。はっきり言っちまえば”クスリ”だな」
「薬物……」
「白い髪の毛……ですが、あれは生まれつきではないようですけれども……」
「ああ。オシャレってわけでもない。はっきり言っちまえば”クスリ”だな」
「薬物……」
伊里野加奈の頭髪は遠目に見れば白一色で、彼女の容貌とよくあって美しく見えた。
しかし、近づいてよく見ればそれは美しいばかりのものでないことがはっきりと解ってしまう。
白髪の合間に見える僅かに色のついた毛髪。根元に見える色の濃い部分は白髪が彼女の地毛ではないことを表し、
不純物の混じったその白は踏み荒らされた雪の地面を想像させる。
しかし、近づいてよく見ればそれは美しいばかりのものでないことがはっきりと解ってしまう。
白髪の合間に見える僅かに色のついた毛髪。根元に見える色の濃い部分は白髪が彼女の地毛ではないことを表し、
不純物の混じったその白は踏み荒らされた雪の地面を想像させる。
それだけではなく、白雪姫のように白い肌は病気(アルビノ)のそれで、一見は美しいそれも観察すればボロが散見できた。
線の入った不健康な爪。乱暴な注射の痕は黒ずみ、瞳は充血したままで、呼吸には時折ノイズが混じる。
まるで、それは”美しいモノ”を作ろうとして、完成を目指して人間が人間を作り上げた不出来な”結果”のようであった。
線の入った不健康な爪。乱暴な注射の痕は黒ずみ、瞳は充血したままで、呼吸には時折ノイズが混じる。
まるで、それは”美しいモノ”を作ろうとして、完成を目指して人間が人間を作り上げた不出来な”結果”のようであった。
「チャイルドソルジャーって知ってるかい?」
「……言葉だけならば」
「あの子も”ソレ”だな。どこで拾われたのか、それともその為に作り出されたのか、そんなことは知らないが……」
「…………」
「可哀想なのは、彼女は自分が本当は何者かってことすら知らないだろう」
「……言葉だけならば」
「あの子も”ソレ”だな。どこで拾われたのか、それともその為に作り出されたのか、そんなことは知らないが……」
「…………」
「可哀想なのは、彼女は自分が本当は何者かってことすら知らないだろう」
それは彼女が人間(ヒト)であることを否定する言葉であり、彼女が道具(モノ)でしかないことを肯定する言葉だった。
「非道い話ですわね……」
「まだ”まし”なほうさ彼女は。刷り込みでも計算でも彼女には浅羽って心の支え、生きる希望がある」
「まだ”まし”なほうさ彼女は。刷り込みでも計算でも彼女には浅羽って心の支え、生きる希望がある」
世の中にはそんなものすらない。そんなものが偽物だった。そんなことがあることをクルツは知っている。
だから彼らはまだいいほうだともクルツは思う。例え誰かの道具でも、そこに《物語》があるなら生きてることは証明されるのだ。
だから彼らはまだいいほうだともクルツは思う。例え誰かの道具でも、そこに《物語》があるなら生きてることは証明されるのだ。
「それで、私に聞きたいこととはなんでしょう?」
「ああ。黒子ちゃんに……いや、黒子ちゃんの方の世界にさ。”ああいうの”、心当たりないかなってね?」
「ああ。黒子ちゃんに……いや、黒子ちゃんの方の世界にさ。”ああいうの”、心当たりないかなってね?」
心当たり。そんなものは黒子の頭の中にはいくらでも”あった”。
「ビンゴ……かな?」
「参りましたわね。でも、確かに”ああいうの”でしたら、私たちの世界の方が進んでいると言えますわ」
「参りましたわね。でも、確かに”ああいうの”でしたら、私たちの世界の方が進んでいると言えますわ」
人間を薬漬けにして、時には直接脳を弄り、電極を刺し、薬を止め処なく投与し、部品を埋め込む?
そんなのは、そんなことは、超能力者を”生産”する学園都市ではごく当たり前に行われていることであった。
そんなのは、そんなことは、超能力者を”生産”する学園都市ではごく当たり前に行われていることであった。
「表裏と言い表せば……そうですわね。
私たちの世界で言えば、公に使われている技術が表。そうでない非合法なものが裏だと言えるでしょう」
私たちの世界で言えば、公に使われている技術が表。そうでない非合法なものが裏だと言えるでしょう」
当たり前の発言だったが、しかしその言葉が当たり前だということを知ったからこそ、黒子は学園都市が危ういと思えてしまう。
それはつまり、変わらないのだ。
合法とされていることも、非合法とされていることも。ただ都市に住む人間に与えられているかそうでないかの違いに過ぎない。
黒子はいくつかの事件を経て学園都市の暗部を僅かに垣間見た。僅かではあるが、聡いが故に気づけてしまっていた。
自分たちは一体どんなものの上(ギセイ)に立っているのか。それがどれだけおぞましいものなのか。
それはつまり、変わらないのだ。
合法とされていることも、非合法とされていることも。ただ都市に住む人間に与えられているかそうでないかの違いに過ぎない。
黒子はいくつかの事件を経て学園都市の暗部を僅かに垣間見た。僅かではあるが、聡いが故に気づけてしまっていた。
自分たちは一体どんなものの上(ギセイ)に立っているのか。それがどれだけおぞましいものなのか。
「はは、話に聞いてるだけじゃ黒子ちゃんの世界はすごくおっかない所みたいだな。
国民全員に麻薬配ってラリらせて、こっちはいい薬。あっちは悪い薬ってんで統制とってるなんてさ」
「ええ、そうですわね。私も今更ながらに人間が技術を持つことの恐ろしさを痛感していますわ。
もっとも、私は人間がその技術を正しく御せるであろうことも信じていますけれども」
国民全員に麻薬配ってラリらせて、こっちはいい薬。あっちは悪い薬ってんで統制とってるなんてさ」
「ええ、そうですわね。私も今更ながらに人間が技術を持つことの恐ろしさを痛感していますわ。
もっとも、私は人間がその技術を正しく御せるであろうことも信じていますけれども」
《物語》は、外から見ることで初めて知ることのできるものもある。それは既知の発見であり、未知の実感であった。
「それで、彼女の手首にはまってた鉄球のことなんだけど。黒子ちゃんの方では見覚えない?」
「どうでしょうか。少なくとも同じものというのは見た覚えがありませんが……あなたのほうは?」
「さぁね? 彼女が乗り込むなにかの操縦に関連してるとは思うけど、断言はできないな」
「そうですか。まぁ、そのなにかがなければ関係ない話ですむのでしょうね」
「どうでしょうか。少なくとも同じものというのは見た覚えがありませんが……あなたのほうは?」
「さぁね? 彼女が乗り込むなにかの操縦に関連してるとは思うけど、断言はできないな」
「そうですか。まぁ、そのなにかがなければ関係ない話ですむのでしょうね」
十二発目の銃声が鳴り響いた。未だ的は倒れていない。《物語》は進んでいるようで進んでいないのか、それとも……?
■
「それで彼女と浅羽さんの処遇はどういたしますの?」
黒子の言葉にクルツはふむと首を捻る。
そこらへんの諸々を導き出すための会話ではあったが、しかしあまり有益な情報はそこになかった。
そこらへんの諸々を導き出すための会話ではあったが、しかしあまり有益な情報はそこになかった。
「とりあえずは俺たちの中で保護するしかないかな。
彼女、時々目が見えてないってこと気づいたかい? 記憶の混乱もあるみたいだし、そうするしかないよなぁ。
……野郎なら簀巻きにしてそこの壁の中に放り込んでやるんだが、そういう訳にもいかないし」
彼女、時々目が見えてないってこと気づいたかい? 記憶の混乱もあるみたいだし、そうするしかないよなぁ。
……野郎なら簀巻きにしてそこの壁の中に放り込んでやるんだが、そういう訳にもいかないし」
困った困ったと言いながらクルツは立ち上がって尻についた埃をはたいた。黒子も苦笑を浮かべながらそれに倣う。
二人とも、現実主義者(リアリスト)ではあるが人情派(オヒトヨシ)でもあるのだ。
二人とも、現実主義者(リアリスト)ではあるが人情派(オヒトヨシ)でもあるのだ。
その誰かを助ける義理がないとしても、助けてはいけない理由がなければ素直に助ける。
博愛主義や社会正義を掲げる真似などしない自然体のただそれだけ。
普遍でいてかけがえのない貴重なパーソナリティであった。
博愛主義や社会正義を掲げる真似などしない自然体のただそれだけ。
普遍でいてかけがえのない貴重なパーソナリティであった。
十三発目の銃声が鳴り響く。的になっていた塗料の缶は撃ちぬかれ、真っ赤なペンキがぶちまけられた。
【2】
浅羽直之は恐怖に震えていた。
それを彼女には悟らせまいと彼は彼なりの努力はしているのだが、若さゆえの経験不足かとても足りてはいなかった。
恐る恐るといった態度も、時々どもる声も、落ち着かない視線も、全てが彼の不安を外に表していた。
まるで親の財布から金をくすねた子供のようにか、それともデートの約束を間違えてすっぽかした翌日の風にかと、
不審者オブ不審者。この中で隠し事をしているのは誰でしょうと出題すれば、みんな手を上げて浅羽と答えるだろう。
それを彼女には悟らせまいと彼は彼なりの努力はしているのだが、若さゆえの経験不足かとても足りてはいなかった。
恐る恐るといった態度も、時々どもる声も、落ち着かない視線も、全てが彼の不安を外に表していた。
まるで親の財布から金をくすねた子供のようにか、それともデートの約束を間違えてすっぽかした翌日の風にかと、
不審者オブ不審者。この中で隠し事をしているのは誰でしょうと出題すれば、みんな手を上げて浅羽と答えるだろう。
幸いか、やはり不幸なのか、彼女は浅羽の様子に疑問を持っていないようで、それがまた彼を振るわせるのであった。
「…………あ、あの。顔は痛くない?
大丈夫かな? あの時は、ぼくは……いや、ぼくも……なにがなんだか……必死で」
大丈夫かな? あの時は、ぼくは……いや、ぼくも……なにがなんだか……必死で」
「へいき。浅羽に殴られるのは大丈夫だったから」
一体なにをどう考えたらそうなるのか、浅羽にはさっぱりわからない。
せっかく会えたというのに。彼女と会えたならもう誰かを殺そうとするのは止めよう。ただ彼女を守ろうと思っていたのに。
得られたのは再び失うかもしれないという恐怖。そして、それはすでにギリギリのところまで進んでいるのかもしれない。
せっかく会えたというのに。彼女と会えたならもう誰かを殺そうとするのは止めよう。ただ彼女を守ろうと思っていたのに。
得られたのは再び失うかもしれないという恐怖。そして、それはすでにギリギリのところまで進んでいるのかもしれない。
「浅羽を守るから」
真っ白なブラウスに黒の膝丈のスカート。多分、どこかの制服なんだろう――に着替えた伊里野が儚い笑顔を見せる。
伊里野加奈はロボットみたいだとよく言われることがある。
喜怒哀楽の表現に乏しく、するべきことだけをただこなしている。そんな姿がそう見えるのだというのだ。
そりゃ知らない人からすれば――という限定的な条件をつければ浅羽もそういった印象を認めないでもない。
伊里野加奈はロボットみたいだとよく言われることがある。
喜怒哀楽の表現に乏しく、するべきことだけをただこなしている。そんな姿がそう見えるのだというのだ。
そりゃ知らない人からすれば――という限定的な条件をつければ浅羽もそういった印象を認めないでもない。
しかし、浅羽は知っている。伊里野が感情表現に乏しいのはそれを必要とする場面が少なくて、ただ苦手なだけなのだと。
その証拠に、打ち解ければ彼女は浅羽に色々な姿を見せてくれて、とても感情豊かな女の子だと教えてくれるのだ。
その証拠に、打ち解ければ彼女は浅羽に色々な姿を見せてくれて、とても感情豊かな女の子だと教えてくれるのだ。
なのに、今の伊里野加奈は浅羽から見ても、まるでロボットのようでしかなかった。
「浅羽。部活は?」
何がおかしいんだろう。何をどこで間違えたのだろう。一体、何がいけないというのだろう。
全部そうなのかもしれない。最初から無理のある話だったのかもしれない。
全部そうなのかもしれない。最初から無理のある話だったのかもしれない。
「伊里野。今日は部活は、ないよ。……部長がどこにいるのかもわかんないし」
浅羽は彼女が非常に脆く、危うい存在であることを知っている。少しの間違いで彼女が壊れてしまうことを知っている。
伊里野には自分しかいないことも知っている。彼女のことなら一番よく知っていると宣誓することだってできる。
伊里野には自分しかいないことも知っている。彼女のことなら一番よく知っていると宣誓することだってできる。
「じゃあ、電話しないと」
だからこそ、気づいてしまった。
彼女がただいるだけで幸せだというぐらい鈍感ならばまだよかったのに。
それならば、少なくとも破滅の瞬間までは恐怖を感じずにいられたはずなのだ。
しかし、彼女をずっとずっと見てきたから気づいてしまった。何度も何度も失敗したから気づいてしまった。
彼女がただいるだけで幸せだというぐらい鈍感ならばまだよかったのに。
それならば、少なくとも破滅の瞬間までは恐怖を感じずにいられたはずなのだ。
しかし、彼女をずっとずっと見てきたから気づいてしまった。何度も何度も失敗したから気づいてしまった。
「電話はもうしなくていいよ。その……榎本さんも、もういないし」
「浅羽とふたりきり」
あの時とも、あの時とも、あの時とも、違う。こんなのは初めてで、そして最悪かもしれなかった。
「そうだね」
性質の悪い冗談のようだった。宇宙人が伊里野の皮を被って自分を騙そうとしているんじゃないかと思える。
まるでSF小説に出てくるできそこないの人工知能のように、今の伊里野には単純なアルゴリズムしかないように感じる。
まるでSF小説に出てくるできそこないの人工知能のように、今の伊里野には単純なアルゴリズムしかないように感じる。
「次はどこに行くの?」
一体、どこでこうなってしまったのか。そんなことはいくらでも想像できる。
榎本の死が告げられた時かもしれない。自分が殴ってしまった時なのかもしれない。
再会した時に心を支えていたものが折れたのかもしれないし、そもそもここに来た時からなのかもしれない。
どこかに彼女を痛めつけたやつがいるのかもしれないし、悪い魔法使いに魔法をかけられた可能性だって否定できない。
榎本の死が告げられた時かもしれない。自分が殴ってしまった時なのかもしれない。
再会した時に心を支えていたものが折れたのかもしれないし、そもそもここに来た時からなのかもしれない。
どこかに彼女を痛めつけたやつがいるのかもしれないし、悪い魔法使いに魔法をかけられた可能性だって否定できない。
「さぁ……これからどうなるのかもわからないし。伊里野はどこか行きたいところはある?」
しかし、原因なんかはどうでもよくって、重要なのはこの壊れかけのラジオみたいな伊里野はどうすれば救えるのかだ。
もう手遅れなのかもしれない。そんな風に思える根拠はいくらでも存在する。
それでも救いたい。これは本心。でも、もう楽になってしまいたい。これもまた本心だった。
もう手遅れなのかもしれない。そんな風に思える根拠はいくらでも存在する。
それでも救いたい。これは本心。でも、もう楽になってしまいたい。これもまた本心だった。
「…………浅羽と一緒に映画を見たい」
本当に彼女は自分のことを浅羽直之だと認識しているのだろうか?
誰に対してでも『浅羽』という役割を与え、夢を見るだけの彼女になってはいないだろうか?
誰に対してでも『浅羽』という役割を与え、夢を見るだけの彼女になってはいないだろうか?
「うん。そうだね――」
そんなことはわからない。
なぜなら、浅羽自身も彼女が本当に伊里野加奈なのか、伊里野加奈だと思い込んでいるのか判別がつかないから。
彼女がすでに偽物であるという真実を得ることは決してできず、それなのに疑い続けなくてはならないのだから。
なぜなら、浅羽自身も彼女が本当に伊里野加奈なのか、伊里野加奈だと思い込んでいるのか判別がつかないから。
彼女がすでに偽物であるという真実を得ることは決してできず、それなのに疑い続けなくてはならないのだから。
「――また一緒にに映画を見たいね」
それは、とてもとても悲しくて、とてもとても恐ろしいことだった。
【3】
飛行場より少し離れた街の一角。ほとんどテナントの入っていない寂れた雑居ビルの一室に少年と少女の姿があった。
「……本当。確かに銃声が聞こえる」
「肯定だ。
あの音には聞き覚えがある。使用している弾丸は.357マグナム弾に違いない。
6発撃った後に間があったことから、6発まで装填できるタイプの回転拳銃だと推測することができる。
これだけでは特定には至らないが、おそらくはコンバットマグナムかコルトパイソンあたりだろう」
「肯定だ。
あの音には聞き覚えがある。使用している弾丸は.357マグナム弾に違いない。
6発撃った後に間があったことから、6発まで装填できるタイプの回転拳銃だと推測することができる。
これだけでは特定には至らないが、おそらくはコンバットマグナムかコルトパイソンあたりだろう」
少年の言葉に、呆れと感心が半分半分の溜息を吐くのはリリアーヌ・アイカシア・コラソン・ウィッティングトン・シュルツという少女。
そんな彼女の態度にまったく動じず、少し怒っているようにも見える真面目な顔の少年は相良宗介。
飛行場へと戻ってきた二人はそこから聞こえる銃声に足を止め、目立たない一室の中でその様子を伺っていた。
そんな彼女の態度にまったく動じず、少し怒っているようにも見える真面目な顔の少年は相良宗介。
飛行場へと戻ってきた二人はそこから聞こえる銃声に足を止め、目立たない一室の中でその様子を伺っていた。
「それで、どうすればいいの? なんだか危なそうなんだけど……」
カーテンで閉ざされた窓の方を向き、リリアは怖いというよりもがっかりといった風に言葉を漏らした。
一度は諦めたが、もしかしたら飛べるかもと飛行場に戻ってくれば何やら物騒な気配。
せっかく……なのに、というのが彼女の率直な気持ちだ。
一度は諦めたが、もしかしたら飛べるかもと飛行場に戻ってくれば何やら物騒な気配。
せっかく……なのに、というのが彼女の率直な気持ちだ。
「決断を早まる必要はない。あの銃声の主が我々に対し敵性であるか否かはまだまだ確認すべき余地がある」
「……? どういうことなのソースケ?」
「……? どういうことなのソースケ?」
覗き込むように見上げるリリアに、やはり動じることもなく宗介はその理由を説明し始めた。
「まず、あの銃声は戦闘によるものだとは考えられない。
銃声が一種類であること。またその感覚が緩やかでほぼ一定であり、それが長く続いていること。
以上のことからその可能性は否定される。戦闘が起きているならばどれも考えられないことだからだ」
銃声が一種類であること。またその感覚が緩やかでほぼ一定であり、それが長く続いていること。
以上のことからその可能性は否定される。戦闘が起きているならばどれも考えられないことだからだ」
リリアは少し埃を被ってるソファの上でうんうんと頷いた。
「おそらく、銃声の主が行っているのは拳銃の試射だろう。
戦場において最も大切なことは信頼性だ。人間。情報。武器装備。信頼できないものは一切使用する価値がない。
なので与えられた装備の点検及び試用は余裕がある限りしておくべきとされるのが常だ。
銃声の主はそれをあの飛行場で行っているのだろう。
あれだけ広い飛行場ならば銃の試射をするにはもってこいだ。銃声の主がわざわざ足を運んだのも頷ける」
戦場において最も大切なことは信頼性だ。人間。情報。武器装備。信頼できないものは一切使用する価値がない。
なので与えられた装備の点検及び試用は余裕がある限りしておくべきとされるのが常だ。
銃声の主はそれをあの飛行場で行っているのだろう。
あれだけ広い飛行場ならば銃の試射をするにはもってこいだ。銃声の主がわざわざ足を運んだのも頷ける」
表情を変えることなく淡々と語る宗介に、リリアはなるほどなるほどと相槌を打った。
「つまり、銃声の主は戦闘におけるプロフェッショナルであり、この場においても冷静さを失っていないことが想像できる。
ならばこの様な状況において愚直に殺し合いを進めるのがどれだけ大きなリスクを孕んでいるのかも理解しているはずだ」
ならばこの様な状況において愚直に殺し合いを進めるのがどれだけ大きなリスクを孕んでいるのかも理解しているはずだ」
それって、つまり? とリリアが続きを促がす。
「交渉の可能性はあるはずだ。うまくいけば不戦協定。もしくは合同作戦を申し込めるかもしれない」
なるほど! と、リリアは小さな手のひらを打ち合わせた。
そして、リリアと宗介は――……
【4】
「ねぇ、クルツ? 今更なんだけど……」
ようやく最初の的に弾を命中させ、意気揚々とまではいかないまでも多少は気の晴れた鮮花。
彼女は後ろを振り返ってクルツが黒子とのおしゃべりに熱中していることに気づくと、ちょっとムッとしてそこに戻った。
彼女は後ろを振り返ってクルツが黒子とのおしゃべりに熱中していることに気づくと、ちょっとムッとしてそこに戻った。
「おいおい鮮花ちゃん。今は先生だろ? 敬愛するクルツ先生って」
「はいはい先生。それで今更なんだけど、拳銃の弾って練習に使っちゃってもよかったの?」
「はいはい先生。それで今更なんだけど、拳銃の弾って練習に使っちゃってもよかったの?」
今更とはこのことだった。
鮮花の持つコルトパイソンに付属していた弾丸は30発。
この内、半分ほどはもう使ってしまっており、そして練習がこれで終わったとも思えない。
ならば”実戦”で使う分は? と、鮮花が疑問に思うのは道理であった。
鮮花の持つコルトパイソンに付属していた弾丸は30発。
この内、半分ほどはもう使ってしまっており、そして練習がこれで終わったとも思えない。
ならば”実戦”で使う分は? と、鮮花が疑問に思うのは道理であった。
「復讐の為の弾丸なんて1発あれば十分だよ。まぁ、用心して2発か3発かな?」
対するクルツの回答は鮮花の予想してなかったものだった。
てっきり、弾丸はまたどこかで調達すればいいと言うと思っていたのだ。
しかし彼からすれば、29発目までの練習は30発目を当てるためにあるのだという。
てっきり、弾丸はまたどこかで調達すればいいと言うと思っていたのだ。
しかし彼からすれば、29発目までの練習は30発目を当てるためにあるのだという。
「必要なのは決着をつけるための必殺の一発だ。
鮮花ちゃんは別に、兄さんの仇と戦いたいって訳じゃないだろう?」
「……そうね。確かに、私は戦い方を教えてもらってるんじゃなかった。必要なのは殺す手段よ」
鮮花ちゃんは別に、兄さんの仇と戦いたいって訳じゃないだろう?」
「……そうね。確かに、私は戦い方を教えてもらってるんじゃなかった。必要なのは殺す手段よ」
納得し、鮮花は右手に握った拳銃を見つめた。
例えこれが拳銃でなくナイフだとしても、刀やあるいは毒物なのだとしても、それは何も変わらないのだ。
鮮花は仇を討つことを欲した。ただ、その為に取った武器が偶然銃だったということにすぎない。
必要なのは殺す意思。そして、その為の確実な手段。だからこそ、自分は今ここにいるのだと鮮花は再確認する。
例えこれが拳銃でなくナイフだとしても、刀やあるいは毒物なのだとしても、それは何も変わらないのだ。
鮮花は仇を討つことを欲した。ただ、その為に取った武器が偶然銃だったということにすぎない。
必要なのは殺す意思。そして、その為の確実な手段。だからこそ、自分は今ここにいるのだと鮮花は再確認する。
「それで、動く的の話はどうなったのよ?
止まってる的だけじゃ練習にならないって言ったのはあなたよ。
それともあれかしら。あなた自ら的になってくれるとか? ねぇ、”先生”?」
「おいおい。師匠から弟子への最後の試験が『俺を倒して行け』だなんて時代劇じゃあるまいし……勘弁してくれよ」
止まってる的だけじゃ練習にならないって言ったのはあなたよ。
それともあれかしら。あなた自ら的になってくれるとか? ねぇ、”先生”?」
「おいおい。師匠から弟子への最後の試験が『俺を倒して行け』だなんて時代劇じゃあるまいし……勘弁してくれよ」
鮮花のサディスティックな笑みにクルツは両手をあげて降参すると、代替案を提示した。
「まぁ、先生からのサービスとして仇とやらの足止めぐらいは手伝ってあげるよ」
「…………」
「それとも、自分だけで正々堂々とした”綺麗”な仇討ちを望んでいる?」
「…………いいえ。手伝ってもらえるなら悪魔の手でも借りるわ。手段を選ぶほど私は強くないから」
「…………」
「それとも、自分だけで正々堂々とした”綺麗”な仇討ちを望んでいる?」
「…………いいえ。手伝ってもらえるなら悪魔の手でも借りるわ。手段を選ぶほど私は強くないから」
熱く、そして冷たい瞳を向ける鮮花に、クルツは「君は長生きするよ」と笑った。
「本当。敵討ちなどとは野蛮極まりない――と、おや? あそこにいるのは浅羽さんではないですか」
目の前で行われる物騒な会話に辟易し、ふと滑走路の方へと視線を向けた黒子はそこに浅羽の姿を見つけた。
どうしてあんなところにいるのだろうか? 伊里野は一緒じゃないのか? どうにも様子がおかしい。
どうしてあんなところにいるのだろうか? 伊里野は一緒じゃないのか? どうにも様子がおかしい。
「ん? あいつどうしたんだ?」
「さぁ? 私たちを探しているのでしょうか……と、気づきましたわね」
「さぁ? 私たちを探しているのでしょうか……と、気づきましたわね」
本当に黒子たちを探していたのか、浅羽は彼女ら3人に気づくと慌てた様子で近づいてきた。
近くで見れば必死の形相だ。何かあったのだと聞かなくてもそれぐらいは解り、何があったのかも想像がついた。
近くで見れば必死の形相だ。何かあったのだと聞かなくてもそれぐらいは解り、何があったのかも想像がついた。
「い……い、い……伊里野がどこにもいないッ!」
そして、それはあまりにもありきたりななにかの始まりだった。