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【Hg】ハイドリウム

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【Hg】ハイドリウム ◆MjBTB/MO3I



"一旦休む"という行為の意味は、疲労の回復だけには留まらない。
動きを止める事で、何かを考える時間を得る。
動きを止める事で、現状を振り返る時間を得る。
休息によって得られるものは、さながら温泉の効能の様に複数存在しているものなのだ。

勿論、それは両儀式にとっても例外ではない。
チェアに深く深く腰掛けながら、彼女はゆったりと思考の海に沈んでいた。
ふと店内からガラス越しに外を見れば、すっかり太陽が傾いているのがわかる。
夕焼け、という現象によって引き起こされる紅の光が大体の時刻を想像させる手がかりとなっていた。

「もう、夕方か……」

結局、自分が大喜びするような収穫は無かったように思える。
面倒ごとを押し付けられたりするのは今更なので、というか自分が選んだ道なので文句は今のところは言わない。
収穫とは、現在の自分の立場についての話ではなく――"人類最悪について"、のただ一つである。

「あいつ、どこにいるんだ」

辺りを視て回る、とは言ったものの謎は相変わらず謎のままだ。
この街の中に人類最悪が住み着いていることを示す痕跡も、未だ無いように思える。
まだこの街の全てを視終わったわけではないので何とも言えないが、少し気の滅入る話である。

もしかしたらこの街の中にはいないのかもしれないが、それは考えたくない。
故に式は"人類最悪はこの街に潜んでいる"という前提を基に思考を巡らせる。
だがその場合、あの狐面の男がどこにいるのかという答えは現状では出す事が出来ない。
ではこの街にいなかった場合を前提とした場合、どうなるのか。
そうなると今の自分には視て回る事しか出来ないのだから、どうしたものかと迷うしかない。

この街自体が何の変哲も無いものであるわけが無い事は、式も重々承知している。
まるでこの"サバイバル"が始まる直前まで人がいたかのような、そんな痕跡と雰囲気。
ナインボールに興じていたあのバーでも、中途半端に料理や飲み物が残されたテーブルが混じっていたわけで。
その事自体に気付いた際に大騒ぎしたわけではないが、これが恐らく"人類最悪"に繋がるヒントなのかもしれないと式は考える。
そうやって中途半端に情報を与えられてしまうのが、こうして考え込んでしまう原因にもなっているのだが――――それはそれとして。

それでもそれなりに、いくつか浮かんだ仮説もある。
何も感じ取れないという事は、即ち"何も感じ取れなくしている"という事に繋がるのではないか、という事だ。
思い出すのは、"元凶"荒耶宗蓮の力。
視界に入っているというのに、視覚で捉えているというのに、全く気配を感じられなかった男。
彼のその異常さの正体は"結界"。
気配を遮断し数多の攻撃をも寄せ付けないその効力は明らかに、そしてあからさまに並ではなかった。
つまり早い話が、

「結界でも張って、引きこもってるのか……?」

経験を基に式はこんな仮説を浮かべていた。
とは言ってもそれならばそれで簡単に対処が出来てしまうはずだ、とも式は考える。
この自分をこんな場所に呼んでいる以上、人類最悪は"直死の魔眼"を把握していると考えるのが妥当だ。
ならば当然、魔眼への対策を完了させていない方がおかしい。

それに解らないのは人類最悪の居場所だけではない。
この街の中で行われている"人類最悪が送る定期的な放送"も、何がどうなっているのかがわからないのだ。
何処で放送しているのか。何処から聞こえてきているのか。そもそもどういう仕組みなのか。
こればかりは"結界だ"の一言で済ませられる問題であるとは、式には到底思えないのだった。
勿論、荒耶宗蓮の様な気配遮断とは別の、視覚へと訴えかける魔術を使用している可能性もある。

「いや……待てよ……? 荒耶……結界……違う。むしろ荒耶の、あいつのビルみたいな、モノか?」

しかしここまで考えていた式の脳裏を掠めたのは、更に異なったモノ。
その正体とは、その荒耶宗蓮が生み出した凶悪な檻だ。

荒耶宗蓮。
結界を張る事を得意とするあの男は、あるマンションを世界から切り取る事で最硬最強のアジトへと変貌させていた。
方法は複雑にして怪奇。相克する"死"と"生"の二つの矛盾を長期間生み出し、魔力を染み込ませ、意のままにするというものだ。
世界から切り離され異界と化したその建造物は荒耶宗蓮の魔力で満たされており、さながら彼の胃袋とも言うべきものと成り果てていたのである。

彼はその中では間違いなく無敵であったし、彼の意のままに物事は確実に着々と進んでいた。
マンションの内部であれば瞬間移動など朝飯前。主の好きな事を好きな時に出来る、と言っても過言ではなかった。
ならば、だ。
どこから聞こえているかも解らないのに、どこにいても聞くことが出来る放送。
端から消えていく街。明らかに困難であるはずの現状把握。塩分に例えられた、力加減の操作。
それらは全て、荒耶宗蓮のあの力ならば再現できるのではないのだろうか。

まさか、と思う。
荒耶宗蓮は消えた。もうしばらくは出て来れないだろうと、自分の感覚がそれを確信している。
ならばまさかあの人類最悪はここまでの力を持っているのだろうか、と疑ってしまう。
疑えてしまう。その"まさか"という言葉が、今は凄く重い。
そもそも人類最悪はこの"両儀式すら呼び寄せた"のだ。
そんな男が、元凶であり宿敵であった力を持っていてもおかしくはない。
むしろ、"相応しい"とまで思えてしまう。
ああ、憎らしい。腹の立つ話だ。
もしそうなら、本当に気持ちのいい話ではない。


――――ああ、さっさと、殺したいものだ。


チェアから立ち上がった式は、いつの間にか独りになっていた事に気付く。
ああ、そう言えば皆別行動を取っているのだったか。
そんな事を思い出すと同時に、空腹を示すサイレンが腹の奥から鳴り響いてきた。
こんなときにでも腹は減るのだな、となんとなく安心する。

とりあえずアイスだけでは物足りないので、式は食べ物を探す事にした。


       ◇       ◇       ◇


フリアグネの供述が正しければ、確実に死んでいるはずであろう白い髪の少女。
あれが何故生きているのかを推理しながら百貨店の内部を歩き回る、そんな男が一人。
正体は、現在絶賛別行動中のトラヴァスである。

支給された食料を機械的に口に運びながら、白い少女について思案する。
フリアグネは嘘をついている様子は無い。曰く、確かに彼女を殺したという。
ファンタジーやメルヘンじゃああるまいし、死んだ人間が生き返るなど有り得ない話だ。
それなのに、"そういうこと"ならば、やはりあの狩人が何かしでかしたとしか思えない。
だが"舞踏会"の最中に出会った少年は、フリアグネがこのような手品を使うとは教えてくれなかった。

それは何故か。

恐らくは用心深いあの少年のことだ。律儀にも"訊かれたことにだけ答えてくれた"のだろう。
アグレッシブな行動のデメリットがここに来て発動したか、とトラヴァスは苦笑を一つ。
だが同時に、少年の警戒心に心の中で拍手。やはり彼は賢しい、と再認識出来たのが嬉しいのだ。
才の有る子は好きだ。特にああやって判断力に長けているならば。

しかし"フリアグネについて"の話で完結させてしまったのは失敗だったな、とトラヴァスは反省する。
恐らく少年に影響された情報は"フリアグネの固有の能力"のみ。
この様子ならば少年は、“紅世の王”全体が持つ能力についてを語ってくれてはいないと見える。
余計な情報を与えた所為で墓穴を掘る、という悪手を防ぎたかったからこその行動に違いない。

「"僕がフリアグネについて知っていることは、あまり多くありません。それでも、助かるための行動にはなりますか?"……ね。
 ああ、やられたやられた。彼は本当にフリアグネの事についてしか教えてくれなかった。丸め込まれたのはこちらの方か。
 "フリアグネについて知っていること"、ね。それだけに満足せず、"“紅世の王”について知っている事"も聞いておくべきだった。
 フリアグネの持つ多彩な二つ名の内の一つだろう、と考えていた自分のミスだなこれは。“紅世の王”、か……紅世の、王……“紅世”……」

恐らく、死者が蘇ったかのようなあの手品は"「フリアグネが」ではなく「紅世の王が」持つ能力"なのだろう。
“王”などというものだから、フリアグネこそが紅世の頂点に立つただ一人の存在であると思っていたが、これは違う。
フリアグネの過去の発言を改めて思い出せば解る。
まず間違いなく紅世は独裁国家ではない。様々な“王”達が様々な思惑を持ちひしめき合う、いわば"連合王国"なのだ。
そしてその王達はフリアグネの披露した手品を再演出来る。
否、というよりもまず条件として"再演出来なければ王とはいえない"。

「前提としてそういう仕組みが存在していたならば、"フリアグネの特色のみ"を語っていても隠し事をしていた事にはならないだろう。
 銃を突きつけられ、持っている情報を開示する様迫られていたあの状況下でここまで計算するとは。怒るに怒れないじゃないか、全く……」

さて、ここまで仮説を組み上げる事が出来たトラヴァスだが、ここから一つの壁にぶち当たる事になる。
壁の正体は"答え合わせが必要であるという現実"だ。
現状の目視、そして少年の手を借りる事によって成立したこの仮設も所詮"仮説"。
中に混じっているはずであろう誤りを把握し訂正しなければ、無意味どころか足を引っ張るものと化してしまう。

「実際に訊ねてみるか……」

とは言え、フリアグネは非常に饒舌な男だ。
彼自身のコレクター気質と相俟って、奇妙な韻を踏む独特の声を聞く機会は非常に多い。
その所為だろうか、彼は強大な力を敢えて見せる事で相手にプレッシャーを与える、という戦略を好んでいるようだ。
持っている確かな力――実際に凶悪な性能であるからタチが悪い――を体と頭で覚えさせ、対策を練る暇と余裕を与えぬまま封殺する。
そんなフリアグネの性格ならば「よく気付いたね……合格だ」などと言って、喜んで解説をしてくれる可能性が高い。
伊達に身近で振り回されてはいないのだ、この発想には自信がある。
少年の情報もあることだ。答え合わせの問題はこれでクリアだろう。

しかし、答えが正解であったならそれはそれで問題だ。
仮説が正しい場合、彼はつまり"殺人現場さえ見られなければ、完全犯罪も不可能ではない"という事になる。
あの少女が実際に生き返ったのか、もしくは炎の揺らぎにも似た蜃気楼の様な存在なのかは知らない。この際後で訊く。
どちらにしろ、死を生に偽装出来る能力というものは厄介だ。本当ならば今までの仮説全てが間違いなのが望ましい。
つまりはフリアグネがただ気まぐれのままに「殺したよ」と嘘をついただけであって欲しいのが、トラヴァスとしての本音だ。
だがそうも言ってはいられないのでトラヴァスは早速移動を開始。
答え合わせの為にあの自由気ままな王の捜索を開始した。


「おや、食事は終わったのかい?」


全くの偶然だろうが、あっさり再会した。
まあいい、手間が省けた。

「ええ。万が一の事がありますし、ここの商品には手をつけてはいませんが」
「毒殺の危険性を考慮してかい? それともただお上品なだけかな……そう言えば“和服”は?」
「別れてからそれきりですよ」

フリアグネと出くわした現場は、先程の集合場所とはまた違う箇所に存在する女性用衣服の販売店だった。
先程の婦人服売り場とは客層が違うのであろうこのコーナー。こいつは何の用事があったんだここに、と考えたがそれも一瞬の事。
そう言えば彼には"可愛いマリアンヌ"とかいう恋人がいたのである。故に律儀にも土産物を探しているのだろう。
だが如何せん大衆向けの香りがするこの店では納得がいかなかったらしい。
妥協も出来なかったのか、何も持たずに買い物――というより人のいない今は"略奪"が正しいか――を終了した。

「些か安物の香りがするのは避けられないかと。どこか、例えば専門店街でもない限りは、希望通りのものは少ないのでは」
「やはりそうなるだろうね。ならば、狙い目は摩天楼か……? ただの住居ビルということもないだろうし」
「もしくは中央部でしたら、他の店舗が存在する可能性もあるのではないでしょうか」
「確かに……地図によれば街の南側は更に栄えているようだしね」

地味に北東部から目を反らせようとするトラヴァス。
愛娘を想ってのことである。

「さて、フリアグネ様……お訊ねしたい事が」
「なんだい?」

ここで、本題。

「白い髪の少女についてです」

フリアグネがじっとこちらを見ている。
トラヴァスは涼しい顔で続ける。

「何故彼女は、この百貨店から"自分の足で出て行ったのでしょうか"」

トラヴァスの問い。その短い言葉は確かに紡がれた。
すると時間が止まったかのように、二人は見つめ合う。

「ふっ…………」

フリアグネが微笑む。
トラヴァスは変わらない。

「よく気付いたね……合格だ」

そしてトラヴァスが予想していた呟きを、フリアグネは一字一句違わず発する。

「良いだろう、そうでなくてはね。それに別段こちらが不利益を蒙るわけでもない。
 あれはね、あの存在を、我々は“トーチ”と呼んでいる。望むならば教えてあげよう、その正体を」
「感謝の極み」


       ◇       ◇       ◇


とりあえず美味そうな中華まんが販売されていたので、迷わず奪ってレンジでチン。
ほっかほかになったそれらを口に運びながら、式は気まぐれに店内を移動していた。
特に理由はない。強いて言えば"視て回る"を実行しているといったところか。
そうしてふと、たどり着いた先は何の因果か女性用衣服売り場。
流石に上質の和服は売ってはいないだろう、と思いつつも覗いてみたのだが。

和服は無かった。
代わりに、“スーツ”と“眼鏡”が居た。

会話をしているのだという事は解る。相変わらず内緒話の好きな男達だ。
まあ正直こちらはこのゲームを早く終わらせられれば知ったことではないのでどうでもいい
好きにやればいいと思う――と言いたいところだが、あれが自分を罠に陥れる準備だったりすると困る。
ので、とりあえず聞き耳を立ててみることにした。

「……とまぁ、そういうわけで私も思い出したというわけさ。“紅世の王”としての義務を、ね」
「それはなんとも」

だが、その判断は正解だったのかもしれない。
式の耳に聞き覚えのある言葉が届いたのだから。

「……へぇ」

“紅世の王”。この言葉から連鎖的に思い出すのは、最初に出会った少年の話だ。
その内容は、坂井悠二と名乗った彼が随分と人間離れしてしまったその経緯と理由の物語。
曰く、彼は“紅世の王”に喰われて人間ではないものに変わってしまった、とか。
そしてあのフリアグネの発言から察するに、奴自身がまさにその“王”なのだろう。

――――つまりあいつは、坂井悠二の敵か。

だが、式としてはそんな事はこれまたどうでも良かった。
坂井悠二の敵と同行していたという事実も、恥じるべきものとは思えない。心底どうでもいい。
ただ、奴が普通ではなかったという理由がこれでようやく判明した、ということが嬉しいだけ。
改めて魔眼越しに、フリアグネの姿を捉える。
普通の人間のものとは微妙に違う、まるで炎の揺らぎにも似た不思議な線が見える。

今までフリアグネのことなどどうでも良かったし、むしろ嫌いな方だった。
だがこうして奴の素性が少しだけ判明しただけで、ほんの少しだが興味が湧いたように思う。
こんな"黒桐の居ないどうでもいい世界"には飽きかけているが、こうしてみればフリアグネはいい暇つぶしになるのかもしれない。
いつか“眼鏡”の方といざこざを起こし始めるのだろうから、その辺りの時期が一番の見頃か。

「おや、“和服”。来ていたのか……ふふっ、見たかい少佐。"どうやら毒殺の危険は無さそうだ"」
「……警戒しすぎた私が逆に道化ですかね、これでは」

桜前線か何かの様な感想を抱いていた式に、フリアグネとトラヴァスは気付いたらしい。
すっかり会話を終えた彼らは、苦笑しながら話しかけてきた。
彼らの笑いを生み出す源は、視線から察するにどうも自分が奪ってきた大量の中華まんらしい。

「なんだ、欲しいのか。あげないぞ」
「いや、別にそういう事を期待していたわけではないさ」
「だよな。まぁ安心しろ、代わりにお前には……お前らしい土産を用意してある」
「ほう、不思議と太っ腹だね」

真っ先に話しかけたフリアグネに対して軽口で返すと、式はごそごそとデイパックを漁る。
出したのはまず一升瓶だ。実に上等の日本酒であるそれは、式がこの店舗に来る途中で通り魔的に奪ってきたものだ。
ちなみに余談だがラベルには力強い文字で"大吟醸・諏訪部"と書かれてある。一応、深い意味は無いはず。

「ほら、お前酒好きだろ」
「いや別に?」
「嘘吐け。オレに薦めてただろ」
「ああ……だが特別私が酒豪というわけではないさ」
「なんだそれ。折角持ってきたのに……じゃあこっちな」

どうもそこまで嬉しいプレゼントではなかったらしく、反応が薄かった。
いつかにバーに行って酒まで出してきたのはあちらの方だというのに、これは正直どうなのかとは思う。
しかしよくよく考えればあの酒絡みの行動は、フリアグネが対話を円滑に進めようとしたまでだったのだろう。

「おや……随分と細やかなデザインで面白いが、これは一体?」

だが続いて式が出した可愛らしいフィギュアには、フリアグネは食いついた様子だった。
当然これも、式がこの店舗に来る途中でアレしたものである。

「えっと、タイトルは何だったか……」
「その外箱には書いていないのかい?」
「ん? あ、本当だ。えっと――"超機動少女カナミン"、らしい」
「……ほう。まあ燐子の素材には悪くは無いかな。些か小さいけれど」
「ああ、じゃあやる。その代わり……」
「その代わり?」
「次何かいいもの見つけたら、迷わずよこせ」
「なるほど……つまり賄賂というわけだね、これは」

手渡されたフィギュアをデイパックへと入れるフリアグネ。
その動作が終了した事を確認したトラヴァスが口を開く。

「さて、これで各々英気を養う事が出来たわけですが……これから、どうしましょうか?」

意図は問題提議。
当然の流れである。百貨店内での戦闘が一区切りしたことで、彼らの一応の指針も途絶えているのだ。
そしてそれに関してはフリアグネも今だ答えが出ていないらしく、顎に手を添える仕草を取る。
式に至っては最早考えてさえいない。好き勝手に辺りを見回す姿からはどうぞ好きにして感バリバリである。

「――――あ、全く関係ない話題になるけどさ」
「ん?」
「さっきのお前達の話、最後の方をちょっとだけ聞いてたんだ」
「……ああ、なるほど」

挙句に式は、現在の話の流れを無視してマイペースに口を開いた。
だがフリアグネとトラヴァスは怒りを露にする素振りは見せず、相槌を打つ。
変わらず会話が成立したのを確認すると、式は続きを話し出した。

「お前“紅世の王”だったんだな」
「ああ、そうだけれど……それが?」
「いや別に。“紅世の王”だったら、最初に闘ったときの強さも納得だなって、そう思っただけだ」
「……そうか」

何を言いたいのか、とでも言いたげなフリアグネの声。
怪訝そうなあの様子なら、もしや今後の指針のヒントになる話でもしてくれるのか、と彼女に期待していたのかもしれない。
ただ如何せん、前述の通り式はこれからの指針だとか、そういった類のものはどうでも良かったのだ。
何故ならもうフリアグネの強さの秘密も判明し、賄賂も渡せた。それに満腹で疲労も癒せている。
彼女的にはもう、今すぐにやる事なんて無い。これからまずどうするかという目先の目標も持ち合わせてはいない。
強いて言えばこの街から抜け出す方法を探す事だが、上策が見つかっていない今それも指針として掲げるには微妙だ。

「じゃあ、やる事もやったしオレは一抜けだ。さっきのフロアに戻ってるから……決まったら報告してくれ」

故に式は考える事を終了。受身の態勢に移行した。
元々自分には何も無い。元の街でだって、蒼崎橙子が仲介してくれた依頼の通りに動くだけの毎日だったのだ。
だから去ろう、と考えて回れ右。そのまま一歩踏み出したときである。

「“和服”」

甘ったるい声に止められた。

「“紅世の王”について知識を持っているような口ぶりだが……誰から聞いたんだい?」

ああ、そこに食いつくか。
式は振り返る。

「オレに話してくれたのは、坂井悠二って奴だよ。特徴も言うか?」


       ◇       ◇       ◇


和服が言う"坂井悠二"の特徴は、まさにあの少年と合致していた。
そう。あの"舞踏会"に巻き込まれた冷静な少年だ。
トラヴァスは、目の前の彼女が例の少年との繋がりを持っていた事に内心驚いた。
だが勿論顔には出さない。面白い偶然もあったものだ、というその感想は心の中で留めておく。

「なるほど……」
「ああ。色々不安がってたようで、なんていうか大変そうだった」
「しかし、そうか……あのミステスまでここに呼ばれていたとは……不幸なものだね、どうも」
「まあ不幸と言えば不幸だろうな。オレはあいつに"本人の気持ち次第だ"って言ってやったけど」
「うふふ、それはまた和服らしい回答だね」

だが考えてみれば偶然に感嘆する事はあれど、別段この事実は自分を揺るがすものではなかった。
和服曰く、坂井少年は色々と和服に愚痴を言った後に立ち直った。というだけの事だ。
その後の有能ぶりはこちらが確認している事だし、特に問題は無い。
今も相変わらずマイペースな和服の事だ。坂井少年の力になることは無くとも、足を引っ張る事はしていないに違いない。
フリアグネも坂井少年の事はご存知であるらしく、ちょくちょく会話に華を添えるように発言をするだけで、懸念すべき仕草は無い。
これは、ただの和服の自己申告。"ついでに話す"レベルであり、警戒すべき事でもない話題だろう。
余計な事を言って"舞踏会"での接触を悟られるわけにも行くまい。
今はただ、北東にフリアグネ達が向かう事を避ける事に全力を尽くせば良い。
トラヴァスはそう考え、特に緊迫する事もなく和服の話に時折相槌を打つ程度までにとどめた。
だが。


「まあ、"襲われない限り不老不死みたいなモンだ"っていうんだからな――大変そうな事だけは解るさ。同情はしないけどな」


和服本人としてはなんとなく呟いたのであろう、この言葉。
それが、坂井悠二の素性を知らぬトラヴァスが抱いた予想を覆し始める。


       ◇       ◇       ◇


「不老不死……だって? “ミステス”が?」
「ああ。運が良かったとか言っていた覚えがあるけど、詳しい話はちょっと覚えてない」

フリアグネにとって、和服の発言がここまで衝撃を伴ったのは初めてだった。
自分が中身を知りたがっていたあのミステスが、和服と一時同行していたらしいあのミステスが、まさか。
まさか、半不老不死となっているとは。

「零時、迷子……! “零時迷子”だ!」
「フリアグネ様?」
「間違いない! そうかそうか、そうか! あの宝具が、こんなところに……!」
「フリアグネ様、落ち着いてください。説明を望みます」
「眼鏡の言う通りだ。落ち着いて鏡見てみろ、だいぶ気持ち悪いぞ今のお前」
「ん、ああ……すまない。しかし、そうか……うふふ、そうか、そうか……!」

和服を通じて知った、あのミステスの悩み。
その一つ一つのパーツを解体し組み上げ察するに、間違いなく彼はその身に零時迷子を宿らせている。
いずれ消えていく宿命を背負ったはずの松明の炎が消え行かない理由など、それしか有り得ない。
他に理由が見つからない。宝具の知識に深いからこそ抱ける核心。これは、正に、僥倖!

「……和服。その“ミステス”とは何処で出会い、そして何処へ姿を消したんだい?」
「会った場所は近いぞ。オレがここから北の辺りに飛ばされて、それからすぐ出会ったんだしな。別れたのもその辺だ」
「そうか……北か。別れて時間が経つとは言え、これは収穫かもしれないね……!」
「だから落ち着けって。さっきのカナミンでも見て深呼吸したらどうだ」

なんだか先程からどさくさ紛れに好き放題言われているが、今のフリアグネは一向に気にしなかった。
何せ、あの秘宝中の秘宝がまさに手に届かんとしているのである。
零時迷子さえあれば、あの愛しのマリアンヌが存在の力に困る事も無い。
転生するまでの繋ぎとしても十分過ぎるお釣りが帰ってくる。
最高だ。最高の気分だ。歌でも歌いたい気分だ、とフリアグネは笑みを隠さず狂喜する。

「水を差すようですがフリアグネ様、一つこちらからも少年に関する報告が」

だがここで一際冷静な声色が耳に入ったことで、フリアグネは笑みを止めた。
声の主は他でもない、“少佐”であった。

「出会った場所は北部という事でしたが……私は彼をこの周辺で目撃しています」
「…………なんだって? まさか燐子を解き放ったあの時かい?」
「ええ、正しく。静観した対象として報告したその少年は、記憶を振り返れば間違いなくその坂井悠二の特徴と合致しています。
 更に加えるならば、彼の行き先が不明である為に現在地の断定は不可能です。まず少なくともこの百貨店周辺には期待が出来ません」
「あ、そう言えばオレと別れたときもあいつは百貨店の方に向いて走ってたな。多分、北の方には戻ってないと思う」

少佐の突然の告白。そして和服の更なる追加情報。
和服の素振りからして、口裏を合わせているわけではないのであろう。
つまり彼は北東とは真逆の方向へと走っていったということになる。

「……よし、少佐。これまでの情報を基に、ミステスの目的地の推測を」
「はい。可能性としては川沿いに南下したか、中央部の"天守閣"とやらを経ての南下。もしくは川の上流へと進んでいったか、でしょう」
「では和服。君は、自身の記憶に間違いがないと誓えるね?」
「こんなくだらない事で嘘をつくわけが無いだろ。さっきも言ったけど、オレは目的地がどこになろうと文句は無いんだ」

二人の答えをよく咀嚼し、頭に叩き込むフリアグネ。
彼はカナミン不在のまま深く深く深呼吸。目を閉じ、何度も繰り返す。
そうしてようやく冷静さを手繰り寄せ、取り戻し、両目を開いた。
そこにはいつも通りの紅世の王がいる。

「では、まずは“零時迷子”の解説が先かな。そうでないと納得してくれないだろうからね」
「お気遣い、感謝します」
「そしてもう一つ。ここで私が提示する指針として、"ミステスの追跡"を候補に挙げておく。
 少佐と、そして一応和服も……異論があるならばそれを考え、かつまとめる時間を与えよう。刻限は放送までだ。
 放送終了後に入口に集合。各々の意見を合わせて決定した行動を取る事にする……それまでは各人、再び自由行動だ」

すっかりその冷静さを取り戻したフリアグネは、そこまで言うと静かに息を吐いた。
そしてこれまたいつもの様に、不敵な笑みを浮かべる。

「では語ろう……私が求める、零時迷子の話を」


       ◇       ◇       ◇


フリアグネの視線が北東へと向けられた瞬間、トラヴァスは密かに焦りを覚えていた。
北東への期待値が存在しない事は、和服に出会うまでのフリアグネとの道中で証明済み。
だからこそそっと背中を一押しすれば、娘が潜む北部は安心だろうと思っていた。
それなのにあまりにもイレギュラーに過ぎる和服に、全てを壊されるところだった。

にも関わらず、同時にそれを救ってくれたのも和服。
彼女の供述と自分の発言に関連性があったことが、窮地を脱する鍵となったからだ。

マイペースで、敢えて悪く言うならば"空気が読めない"といったところである和服。
今回の件で学習した。今最もその発言に注意するべき相手は、間違いなく彼女だ。
彼女は誰の味方でもない。そして敵でもない。ある意味で空虚、ある意味で傲慢だ。
相変わらずフリアグネのことも、そして自分のことも信用してはいまい。

しかし、坂井少年の捜索を推されることになったのも、正直なところ予測外かつ困った話だ。
折角の若い才を潰してしまうのは避けたいが、生憎フリアグネは熱心な様子。
加えてイレギュラーな和服少女両儀式も、こと指針においては無気力の極みだ。
“零時迷子”の正体も謎だが、察するにフリアグネに手に入れられると困るのだろう。
更に言えばフリアグネが“零時迷子”を手に入れる為、坂井少年に何か良からぬ事をしでかす可能性が高い。
こうなればどうにかして、坂井少年の身を護る必要が出てくるだろう。出来る限り、全員に悟られぬよう。
坂井少年がフリアグネに見つからなかったという結果になれば幸いなのだが、果たして。

トラヴァスの瞳が静かに、眼鏡越しに光る。
その刹那、フリアグネによる零時迷子の解説が始まった。




【C-5/百貨店・1F女性用衣服売り場/一日目・夕方】

【フリアグネ@灼眼のシャナ】
[状態]:健康
[装備]:吸血鬼(ブルートザオガー)@灼眼のシャナ、ダンスパーティー@灼眼のシャナ、コルデー@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式×2、酒数本、狐の面@戯言シリーズ、『無銘』@戯言シリーズ、
     ポテトマッシャー@現実×2、10人名簿@オリジナル、超機動少女カナミンのフィギュア@とある魔術の禁書目録(?)
[思考・状況]
基本:『愛しのマリアンヌ』のため、生き残りを目指す。
1:零時迷子の解説後、しばし解散。放送後に再度集合し出撃。
2:放送後にトラヴァス、両儀式と集合。坂井悠二を追跡したい。
3:トラヴァスと両儀式の両名と共に参加者を減らす。しかし両者にも警戒。
4:他の参加者が(吸血鬼のような)未知の宝具を持っていたら蒐集したい。
[備考]
※坂井悠二を攫う直前より参加。
※封絶使用不可能。
※“燐子”の精製は可能。が、意思総体を持たせることはできず、また個々の能力も本来に比べ大きく劣る。

【両儀式@空の境界】
[状態]:健康、頬に切り傷
[装備]:自殺志願(マインドレンデル)@戯言シリーズ
[道具]:デイパック、支給品一式、ハーゲンダッツ(ストロベリー味)×5@空の境界、日本酒
[思考・状況]
基本:ゲームを出来るだけ早く終了させ、“人類最悪”を殺す。
1:フリアグネの話を聞いたら自由行動なので休憩する。悠二はご愁傷様。
2:ひとまずフリアグネとトラヴァスについていく。不都合だと感じたら殺す。
3:幹也の言葉に対しては、今は考えないでおく。
[備考]
※参戦時期は「忘却録音」後、「殺人考察(後)」前です。
※自殺志願(マインドレンデル)は分解された状態です。

【トラヴァス@リリアとトレイズ】
[状態]:健康
[装備]:ワルサーP38(6/8、消音機付き)、フルート@キノの旅(残弾6/9、消音器つき)
[道具]:デイパック×3、支給品一式×3(食料・水少量消費)、フルートの予備マガジン×3、
     アリソンの手紙、ブラッドチップ(少し減少)@空の境界 、拡声器、早蕨刃渡の太刀@戯言シリーズ、
     パイナップル型手榴弾×1、シズのバギー@キノの旅、医療品、携帯電話の番号を書いたメモ紙、
     トンプソン・コンテンダー(0/1)@現実、コンテンダーの交換パーツ、コンテンダーの弾(5.56mmx45弾)x10
     ベレッタ M92(6/15)、べレッタの予備マガジン×4
[思考・状況]
基本:殺し合いに乗っている風を装いつつ、殺し合いに乗っている者を減らしコントロールする。
1:フリアグネの解説を確認後、今後の策を練りたい。坂井悠二の身の安全の確保についても含めて。
2:当面、フリアグネと両儀式の両名と『同盟』を組んだフリをし、彼らの行動をさりげなくコントロールする。まずは北に行かせない事
3:殺し合いに乗っている者を見つけたら『同盟』に組み込むことを検討する。無理なようなら戦って倒す。
4:殺し合いに乗っていない者を見つけたら、上手く戦闘を避ける。最悪でもトドメは刺さないようにして去る。
5:ダメで元々だが、主催者側からの接触を待つ。あるいは、主催者側から送り込まれた者と接触する。
6:坂井悠二の動向に興味。できることならもう一度会ってみたい


【超機動少女カナミンのフィギュア@とある魔術の禁書目録(?)】
少なくとも学園都市内では好評放送中の魔法少女アニメ、その主人公のフィギュア。
作中ではインデックスが大ファンである。衣装のカラーリングは某主役MSの様なトリコロールらしい。

【日本酒@現実】
ただの日本酒。ラベルに関してはノーコメント。




前:力の限りを振り絞って、泣いて叫んで伝えるから フリアグネ 次:盤面の瀬戸際で
前:力の限りを振り絞って、泣いて叫んで伝えるから 両儀式 次:盤面の瀬戸際で
前:力の限りを振り絞って、泣いて叫んで伝えるから トラヴァス 次:盤面の瀬戸際で



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