ラノロワ・オルタレイション @ ウィキ

盤面の瀬戸際で

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盤面の瀬戸際で ◆UcWYhusQhw






――――有能な者は行動するが、無能な者は講釈ばかりする。










◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







「……ふぅん。なんだ、零時迷子ってそんなモノだったのか」
「そう、秘宝中の秘宝さ。……ああ、欲しくてもあげないよ? あれは僕のものだからね」
「別に興味ない。勝手にしろ」
「つれないねぇ、和服は」

甘く踊るような抑揚をもった男の声と、逆に心底冷め切った女の声が西日の射す室内に響いている。
声の主は、『王』であるフリアグネと『和服』の式。
偽りの同盟を組む彼らのやり取りを聞きながら『少佐』である僕――トラヴァスは考えをまとめていた。
目的の大きさに反してとり得る手段は極めて少なく、そして非情にデリケートだ。
例えるなら時限爆弾の解体だろうか。
僕は慎重に言葉を選び『王』に質問をする。

「では、その『零時迷子』なるものがミステス――坂井悠二の中にあると考えて間違いないのですね?」
「間違いないと思うよ。そのトーチの現状と和服の証言を信じるならばね」

“トーチ”と“ミステス”。
今と、その前の王との会話によってもたらされた新しい知識だ。
これにより僕が見た白い髪の少女――伊里野加奈。彼女が生きていた理由が判明した。
いや、正確に言えば“生きているように見えていた理由”か。
僕が見たアレはいなくなってしまった彼女自身の代替物でしかないということらしい。
なので、もう“彼女”と呼ぶのも正確ではない。フリアグネはアレをただの“トーチ”でしかないと言った。

彼女から“トーチ”を作ったことに対してフリアグネは王の義務を思い出したからと言った。
しかし僕が考えるにそれは義務というよりかは生理的欲求というものだ。
紅世の王というのは人間の――それと、それ以外のあらゆるものが持つ“存在の力”を糧に生きているらしい。
簡単に言えば、彼らは人を喰って生きている。
人を喰わなければ生きてゆけない。人間が他の生命を食べて生きているように。

彼らが人を喰えばそこに死体は残らない。しかし、存在の力が消えうせた見えない空白が生まれる。
紅世の王に対する者等は、この空白――歪みというものを目印に追ってくるのだそうだ。
そこで生み出されたのが、喰った人間と瓜二つの偽物――“トーチ”を残すという方法。
穴の開いた壁に壁の柄を描いた布を貼り付けて誤魔化すような一時しのぎだが、実に有効なのだという。

ともあれ、そういった彼の食事の過程、または王と追跡者の対立の狭間で彼女はいなくなりトーチが生まれた。
トーチの行く先は知らない。元となった人物と同じように振舞うらしいが、すぐに消えてしまうらしい。
消えてしまうと、彼女がいた痕跡と記憶も丸ごと世界から失われるのだそうだ。
それが――存在の消失ということなのだとか。実に空恐ろしい。
もっとも、この仕組みを知っている者に対しこれは働かず記憶は保持されるらしい。
つまり、僕はフリアグネからこのことを聞かされたから伊里野加奈のトーチが消失しても彼女を忘れはしない。
もしこの先、僕の親しい人が紅世の王に喰われ消失したとしても、その事実を認識し続け忘れることもできないだろう。

…………そして、その“トーチ”の亜種、この場合は異種と言ったほうがいいか。“ミステス”というものがあるらしい。
件の坂井悠二という少年がこれに該当するという話だ。
“ミステス”も“トーチ”ということには変わりない。それが生まれ消え去る過程もなんら変わりない。
一点だけ特別なのは、“トーチ”として生まれた瞬間に“宝具”をその身に宿すということ。
“宝具”とは僕がフリアグネに献上したあの『吸血鬼(ブルートザオガー)』という名の剣のようなものだ。
どうしてそんなことが起こりえるのか、原理は詳しく聞けなかったが、本当に極稀にそういうことがあるらしい。
そして、誰もがそれに気づかずトーチがそのまま消失すると、宿っていた“宝具”は別のトーチへと転移するらしい。
そのことから、紅世の住人からは『旅する宝の蔵』などとも呼ばれているそうだ。

坂井悠二もまた偶然にも、幸か不幸か“宝具”を宿し、ただの“トーチ”ではない“ミステス”になったのだろう。
そのこと自体に対して僕の思うところはない。しかし彼の宿した“零時迷子”に対しては別だ。

「つまり、坂井悠二は零時迷子の効力によって消失を免れているのですね」
「あのトーチがずっと消えずにいるのだとしたらそうとしか考えられないからね」

“トーチ”というものは例え“ミステス”であろうと、残された存在の力をじょじょに減らしほどなく消えてしまう。
しかし、唯一(?)の例外が坂井悠二が宿していると目される『零時迷子』という“宝具”であるらしい。
その効果は名前の通り、毎夜零時に所持している者の存在の力を回復されるものだという。
なので、本来ならすぐに消えてしまう“トーチ”も『零時迷子』があればその効果によりいつまでも存在しえる。

つまり……、“トーチ”が人間と見かけ上変わらないのならば、彼は人間として生き続けているのとなんら変わりない。
実際、僕は彼と直接会っているわけだが、彼が人間ではないなどとは全く思わなかった。
ある意味、彼は死を超越しているのだと言えるだろう。無論、それは『零時迷子』あってのことだが……。
人として死に“ミステス”として存在し、そして蒐集家である紅世の王に狙われる。
あまりにも数奇な運命だ。
羨むべきなのか、それとも同情すべきなのか、どちらとも判断できないくらいに。

「――そう。そして、だからこそ『零時迷子』は秘宝中の秘宝なのさ」
「それはつまり、強力だからというわけですか?」

悪いが彼の境遇に思いを馳せるのは後だ。
重要なのはフリアグネが『零時迷子』を欲していること。そしてそれが渡るとどうなってしまうのかだ。
なので僕は質問してみた。
しかし、彼は優雅に指を立てるとそれは違うと否定した。

「……実はそうでもないんだ。あれは所詮その持ち主の存在の力を一日に一回だけ元の値へと戻すにすぎない。
 有用か強力無比かで言うならば大したことはないモノでしかないね。無論、使い道がないわけではないけども」
「では、何故それほどまでに関心を?」

僕の質問にフリアグネは額に手を当て、まるで舞台の上にいる役者のような動きで天井を仰いだ。

「何故と問うかね? 君が。私は『狩人』だよ?
 そして『零時迷子』は発揮する力はともかくとして時の事象に干渉する極めて珍しいものだ。
 その名前も、価値も、知れ渡っている――とすれば見逃す手はないだろう?」

これこそ千載一遇なのだよ――と、フリアグネは大げさに手を広げギラギラと輝く目で僕を見つめた。
喜色いっぱいの表情に気圧され、背筋に寒気が走る。

「ふふっ。早く欲しいなぁ……、僕のコレクションに加われば『零時迷子』もなお一段と輝くというのにっ!」

どうやら、『零時迷子』というものは価値はあれど特に脅威になるような宝具ではないらしい。
とはいえ彼がこれを手に入れようとすれば、その時坂井悠二は間違いなく消失させられているだろう。
できる限り、それは避けたい――が、それはなかなかに難しそうだ。
彼が武器や道具としてそれを欲しているのならば代わりを用意することも状況を変えることもできるだろう。
しかし、彼は蒐集家として、単純な性分としてそれを欲し手に入れようとしている。
まるで我侭な幼児のように一切の聞き分けもなく、ただ貪欲に。
だとすれば、興味の対象を移す方法などはないに等しい。
蒐集家というものはそういう厄介なものなのだ。手に入れるまでは諦めない……。

「さて、説明はこんなものでいいかな? じゃあもう一度考える時間を作ろうか。放送を聞き終わったらまた集まろう」

フリアグネはご機嫌な様子で手拍子を打つと、ふわふわとした軽い足取りで通路の奥へと歩み去っていく。
律儀に最後まで話を聞いていた式ももたれていた柱から背を離すと何も言わずにこの場を去った。
さて、考えなくてはいけないのは今後の方針だ。
見通しの悪さに心の中で大きな溜息をひとつつき、考えをまとめるために僕もこの場を離れることにした。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






さて、まずはいくつか推測できることをまとめておこうか。
“本当のこと”を知ったおかげで、新しく思いつくこともあるからね。

まず、確実に言えるだろうことだが、あの魔術師――ステイル=マグヌスだったか。
間違いなく彼は今現在トーチとなっていることだろう。
フリアグネは伊里野加奈を殺害した際に、初めて思い出したと言ったが、それは考えられない。
あの王が一番最初の魔術師の捕食で、それを思い出さないわけが無い。
どこかふざけた様子の裏に隠されている、冷酷で計算高い本性。
そういったものを持つ彼が、ましてや紅世の王として常時の振る舞いであるトーチを作ることを忘れるわけがない。
故に、王自身がそれを言わなかったとしてもあの魔術師がトーチとされたのは確実なことだ。
対立者であるフレイムヘイズとやらが未だ迫っていないのもその証拠と言える。
人を喰うという世界の歪みが言うほどのものならば、現段階で見つかっていてもおかしくないからね。

しかし、僕は魔術師をトーチにした可能性をあえて王へと追求はしなかった。
これくらいならば話を伊里野加奈の場合の話を聞いた段階ですぐに推測できることだし、
王も明言こそしなくても、ばれてもかまわない。あるいは僕がすぐにでも気づくと考えていたはずだ。

それは置いておくとして、問題はその魔術師だ。
彼のトーチが未だ健在か、または既に消滅してしまっているのか。
それはまだ僕には判断できないけれど、ここは存在しているものとして考えよう。
消えていたのだとしたら別に大きな影響はない。
強いて言うならステイル=マグヌスという存在が忘れ去られるということだが、その程度だ。
それに、彼は殺戮者だった。ならば、僕にとっては好都合だというわけである。

重要なのは存在していた場合だ。
彼が殺戮者だったという点はこの場合でもあまり重要ではない。
なぜならば、消える寸前のトーチは減ってゆく存在の力にそって無気力となってゆくかららしいからだ。
なので、ステイル=マグナス――正確には彼から作られたトーチは無害だと推測できる。

この場合、懸念しなくてはならないのは別のところにある。
ステイル=マグヌス。そして伊里野加奈のトーチが殺し合い否定派の人物と“接触”しているかどうかである。
特に、坂井悠二とシャナ、フリアグネが交戦したというメイド――つまりフレイムヘイズの一派。
彼らは王と同じくトーチの知識があり、それを認識することができる。
ならば、魔術師や少女のトーチを見てどう思うだろうか。
簡単だ。フリアグネか、まだ存在の明らかでない紅世の王が作り出したとすぐに理解できるはずだ。

彼らはフリアグネがこの状況に対して積極的に干渉しはじめたと知るだろう。
そうでなければトーチが生まれるはずもないのだから。
そして、トーチと出合った場所から痕跡を辿り、僕を含めたこのフリアグネの元へと向かってくるだろう。
だとするならば、遅かれ早かれ僕らと追ってきた者が衝突する可能性はある。

尤も、それはトーチとフレイムヘイズが接触できていればの話だが。
……しかし、僕は接触できている可能性はけっこう高いのではないかとも考えている。

そう考える根拠は、先ほど見かけた金髪の軍人と平凡そうな少年少女のグループだ。
彼らがここに近づいたのは物資補給の為だと僕はその様子から推測している。
最終的に彼らは北の方角に去って行ったが、おそらくはそちらに根拠地があるのだろう。
地図を見るに、病院か飛行場か……、どちらも拠点とするにはふさわしい施設だ。
病院は広いし、何より治療器具や寝室が多数揃っている。
飛行場はその種類によるが、休憩室や一晩を過ごすための施設が併設されていることが多い。
僕の考えが正しく彼らが物資調達に来ていたのだとすれば、根拠地に残った者も相応にいるはずだ。
つまり、少なく見積もっても5人……それ以上の集団ができていると期待できる。

さて、伊里野加奈のトーチはこの百貨店を出て、大通りのほうへと向かって歩き去った。
ちょうど、金髪の軍人達が宙に浮かぶ車で向かって行ったほうでもある。
あの直後、僕からは見えなかったが、彼らは互いの存在に気づいただろう。
そしてその結果……、少女は軍人達に保護され、仲間の下に連れ帰られたんじゃないかと想像できる。

重要なのは、その集団の構成員だ。
まずは金髪の軍人。ごく平凡な少年。もしかすると死んだ剣士と縁者であったかもしれない少女。
ここからは曖昧で願望に近い推測となるが、……リリアと、リリアの傍にいた少年も一緒かも知れない。
あのダンスパーティの再演で、リリアの傍にいた少年は少なからず負傷していた。
死に至るほどの負傷だったとは思わない。かと言って、そこいらで簡単に治療できるほどでもなかったと思う。
リリアには手の施しようはなかったろう。とはいえあの子が彼を見捨てるわけもない。
ならば、病院に向かったのではないか。
そして病院の中で軍人達の集団と合流できたのではないか。
もし軍人達の根拠地が病院でないとしても、物資の補給を考えた彼らが病院まで手を伸ばさないわけがない。
リリアと、あの集団との接点はあったはずだ。

そして、これもおそらくだが、僕はその集団にフレイムヘイズのメイド服の女性が加わっているのではとも考える。
メイド服のフレイムヘイズは実に優秀だと僕はフリアグネから聞いている。
遭遇した際に、彼女が足手まといとなるシスターと一緒にいたとも。
保護対象を連れてそう頻繁に移動するとは、戦場を知る人間ならば考えづらい。
すでに半日と四分の一が過ぎているが、だとするなら彼女が拠点とする場所もこの近くではないかと思うのだ。
根拠はもうひとつある。軍人らしき男を調達に向かわせていることから、
彼と同等かそれ以上の立場、実力を持った人間がいるのではと考えられるのだ。
そう考えると、僕の頭の中にはメイド服のフレイムヘイズという候補しかいない。

まとめると……、ここより北の集団にいると確定しているのが金髪の軍人。平凡な少年。小柄な少女。
加わっている可能性が高いのが、伊里野加奈と、リリアと同行者の少年。
そして、メイド服のフレイムヘイズがここに加わっている可能性がある。

フレイムヘイズがいると仮定すると、帰還した仲間からフリアグネがここにいると気づく可能性は高い。
そうなれば、戦力を整えた上でここへと征伐しに来る可能性だってある。もう向かっているかもしれない。
もしそうなってしまえば、双方に少なくない被害が出るはずだ。
リリアやその仲間の安全を考えるならば、僕たちが早めにここから立ち去るのがいいだろう。



さて、そろそろ放送の時間だ。
少し散漫に考えてしまったが、まとめると……、
現在、フリアグネの生み出したトーチがいずれかのフレイムヘイズや、殺し合いを否定する者と接触してる可能性が高い。
その中でもほぼ確実なのが、ここより北の集団が伊里野加奈のトーチを拾っているということだ。
そして、その北の集団の中にはメイド服のフレイムヘイズがいるかもしれない。
その場合、彼らがここへと戦闘をしかけてくる危険があり、それを避ける為にここを早急に離れる必要がある。

……と、こんなところだろうか。
翻って、坂井悠二はここより西か南にいると推測されている。
もし北の集団を避けて逆へと向かえば、彼と遭遇し被害を与えてしまう可能性があるということだ。
とはいえ、北の集団と坂井悠二……天秤にかけるならやはり、集団の方を優先するのは仕方ないか……。



ふぅと僕が溜息交じりの大きな息を吐いたその時、頭上からあの人類最悪の声が響いてきた。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







……………………ああ、参ったな。
…………僕は知らない内に追い詰められていた……という事か。
手詰まり、チェックメイト寸前……か。

ぐしゃりと紙が潰される音が響く。
僕が思い切り名簿をを握りつぶした音だ。
全参加者『59人』と書かれた名簿を。

やられた、やられたとしか言い様が無い。
あの短い放送でここまで追い詰められる事に気付くとは。

人類最悪の放送を要約すると、
彼はやはりあくまでも舞台装置であり、あらゆる意味において下にいるということ。
そして、死亡者が『三人』であったことだ。

下にいる……彼の居る場所が下、立場が下、立ち位置が下……など色々考えられるが今は優先順位が低い。
重要なのは、死亡者が『三人』ということだ。

『シズ』『古泉一樹』『御坂美琴

呼ばれたのはこの三人だ。
そこにステイル=マグヌス、伊里野加奈の名前はない。
それはいい。トーチの存在を生きているか死んでいるのか判断するのは難しいだろう。

だが、この名簿には“伊里野加奈の名前は無い”。
まるで、最初から存在しなかったように。
当たり前のように、彼女の名前は失われていた。
世界から、忘れ去れたように。

つまり、これは、彼女が消失してしまったと言うことだろう。

彼女に籠めた存在の力は微少だとフリアグネも言っていたし、僅かな時間で消えたのも理解できる。
これで、完全に伊里野加奈が殺し合いから退場したと言えるだろう。
しかし、人類最悪は彼女の名前を放送で呼ばなかった。
伊里野加奈の存在を忘れた人に配慮したという可能性も考えられるが……、
しかし……最も考えられて可能性が高く、且つもっともこちらにとって最悪なパターンは



――――人類最悪が、紅世の仕組みを知らなかったと言う可能性だ。



これは、僕にとっては最悪なケースだ。
突拍子も無い考えに見えるが、彼は今回の放送でも自分を下だと言った。
立場が限りなく下なら、参加者よりも下なら、知らなかった可能性は大いにある。
故に忘却してしまった、伊里野加奈という存在を。


ああ、しまったな、やはりフリアグネは飼いならすと考えるべきでは無かった。
ワイルドカードはワイルドカードでしかなかったということか。
フリアグネがこんな力を持つと言うなら……早々に始末するしか方法が無いかもしれない。
何故ならば、


――――フリアグネは、主催側の人間に一方的に干渉する力を持っているというのに等しいのだから。


これは、最悪な場合、僕のプランを破綻させるのと等しい力かもしれない。
人類最悪の裏に真の主催者がいるとしても、この力は危険だ。
もし、主催に接触する機会が出来た人物が殺し合いを否定する中にいたとしても、
その人物がフリアグネによって喰われてしまえば、それで完全に終わりだ。
受け皿になる人物最悪が忘却してしまえば、何も出来ないのだから。
勿論接触の機会が出来た人物だけではない、脱出できる決定的な何かを持つ人物が居たとしても、
その者がフリアグネに消されてしまえば一緒だ。
世界の仕組みに取り込まれて、他の参加者が知る由もなくなってしまう。
此方が、主催者や人類最悪の接触の切欠になる人物を置いても、フリアグネに消されれば、それでも終わりだ。
全てが後に続くことなく消失してしまう。

主催側からの接触を望む僕にとって、間接的とはいえ、自分より先に干渉できる力を持つフリアグネはもう邪魔でしかない。

だから、フリアグネを殺す?
いや、それも、もう遅い。
殺すならあの剣士との戦闘の最中でなければならなかった。
今は不意を打とうにも、和服がいる。
あの気分屋がいる状況で不意を打てるかなんて……限り無く不可能に近いだろう。

じゃあ、どうする? 
考えろ、考えろ。
詰みに近い現状で、それをひっくり返す為に。

考えろ、考えろ、考えろ、考えろ。

考え…………


…………ああ、くそっ


やはり、フリアグネに張り付きすぎた。
僕がやっていることが、スパイと同じようなことなら、
現状では、情報が不足している。他の参加者の情報が、決定的に足りない。

例えば、今、紅世の仕組みを知っている大きなチームが確実にいると断言できたら。
フリアグネが主催に間接的に干渉できる能力を持っていたとしても。
フリアグネが参加者の存在を忘却させる力を持っていたとしても。
致命的なダメージにならない方法があるだろう。

しかし現実、今、この状況に抗う人間達の中にどんな集団がいるか、僕は全く知らない。
おぼろげに北部に集団がいるらしいぐらいしか知らない。
重要な鍵を持っているフレイムへイズの名前すら僕には解からないのだからね。
もしかしたら、僕らのチームに匹敵するほどの生き残りに肯定的なチームが他にいるかもしれない。
……けれど、僕はそれを知らない。

ああ、くそっ……押さえ付けることに必死になりすぎて。
大切な、参加者の情報を知らない。

フリアグネに恐ろしい力があると知っても。

それを知らせるべき味方を知らない。

少なくとも内情は知らなければならないのに。


今、判断を求められてる時に、判断を下す情報が



――――圧倒的に足りない。



この場では、僕は



――――肝心な情報を知らない弱者でしかなかったというのか。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







「さて、皆揃ったようだね。あの放送への議論は後回しにするとして……」

陽が沈み、窓の外に星が瞬き始めた頃。
放送を聞き終えた僕らは、マネキンが立ち並んだフロアに集合していた。
白に包まれた王、フリアグネはゆっくりと口を開く。
何処か楽しそうな口振りで、集まった僕らに問いかける。
僕は心の動揺と緊張を隠しながら、フリアグネの言葉を聞いていた。



「坂井悠二、つまり零時迷子のミステスを探索することを指針にすることは、先ほど言ったわけだけど」

これは、放送前から言っていたことだ。
フリアグネは抑えきれないように、楽しそうに言葉を紡ぐ。

「このことに、何か異論はあるかい?」

フリアグネはぐるりと周囲を見回して、つまらなさそうにしていた和服を見る。
和服はやはりどこか気だるげそうで、不機嫌そうに。
王の視線にも、興味なさそうに、

「別に、オレは無い。というか、さっさと行こうぜ」

ひらひらと手を振って、異論は無い事を示した。
なんとも淡白な反応だったが、もう慣れたのか王は気にするそぶりもない。
そしてフリアグネはそのまま僕へと何かを期待するような眼で見つめてくる。
まるで、こちらの内心を見透かすように。

「少佐。君はどうだい?」

僕は静かに眼鏡を抑えて、王を真っ直ぐ見る。
王の瞳は何処か楽しそうな割りに鋭利な鋭さを持っていて。
僕を射抜くように見つめて、僕の返事を待っていた。

「そうですね――――」

僕は息を大きく吸い込んで。
決心するように頷き。
心の底から覚悟をして。


そして――――


「提案があります―――別行動を取らしてもらえないでしょうか?」



僕は、『詰み』の盤面を大きく動かすための賭けに出たのだ。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







「へぇ、それは何とも意外な提案だね。どういうことかな?」

フリアグネは、あくまで楽しそうに、踊るような抑揚のまま言葉を続ける。
瞳は全く笑っていなく、こちらを射抜くように。
僕は緊張したまま、言葉を紡ぐ。

「そうですね、まず確認も踏まえて、聞きたい事があります」
「へぇ? なんだい?」

こちらの提案を飲んで貰う為には、気分屋の王を納得させるしかない。
だから、僕はあえて、先ほど黙っていたことを口にする。

「ホテルで殺害した魔術師、ステイル=マグヌスですが、彼も当然、トーチにしましたよね?」
「…………うん、やっぱり解かっていたか。放送で呼ばれなかったし当然だけれども」
「えっ、そうだったのか」
「……君は気づいてなかったのかい? 和服」

くくっとフリアグネは口に手を当てて笑う。
和服はそっぽを向いたが、気にする事はない。
僕は表情を変えずに、握られた名簿を示す。

「名簿を確認しましたが、今『59人』になっています。消滅したのは、伊里野加奈ですね」
「そうだね、僕も確認したよ……まあ、元々トーチに籠める存在の力は微少なものだし」
「……あ、確かに消えてるな」

名簿を興味深そうに確認する和服を尻目に、僕は名簿を手で叩き、言葉を紡ぐ。
そう、ここにおかしい所があり、漬け込む余地がある。

「トーチに籠める存在の力は微少なのですよね? フリアグネ様」
「ふぅん……君も気付いたか、少佐。
 ……そうだよ。なら君が不思議に思っている事を、理解できていない和服に教えてあげなよ」

やはり、王も気づいていたか。
気づいていなければ、困るのだが。
僕はむっとしている和服に語りかけるように、言葉を紡ぐ。

「そう、籠められた存在の力が同じくらい微少なら、『先にトーチになっていた魔術師が消えていないのはおかしい』のですよ」
「……あ、そうか」
「この名簿が『58人』になっていなければ、辻褄が合わない……つまり…………」

驚いてる和服に、魔術師が消えてなければおかしいことを告げる。
そう、矛盾が発生しているのだ。
同じぐらい微少の存在の力なら……後にトーチになった伊里野加奈だけ消失しているのはおかしいのだ。
何故このような事態になってしまったのか、説明できるとするなら、

「『存在の力を使えるフレイムへイズが魔術師に接触していた』……君がいいたい事は、こうだろう? 『少佐』」

僕が告げたかった言葉を、王が取り次いで先に述べた。
そう、フリアグネと同じように存在の力を使える、フレイムへイズが接触し、そして魔術師のトーチに何かをしたのだろう。
このことを王も把握してたらしい。考えていたことが一緒で王はとても嬉しそうだった。

「言っていなかったけど、存在の力をトーチに注ぐ事はフレイムへイズも可能だ。
 だから魔術師のトーチは存在の力を注がれたと考えていいだろうね」

これで、魔術師が存在している理由が明らかになった。
そして、トーチとフレイムへイズが接触していた事実も。
だから、僕はあえて王の好ましくない事態を口にする。
僕が達成する目的の為に。

「つまり、フリアグネ様がトーチを作成した事がフレイムへイズには理解されていると言っていいでしょう」
「だろうね……仕方ないことだが」
「そして、フリアグネ様が人を狩り始めていると思われてもよい……恐らく優先してフリアグネ様を探そうとするでしょう」

僕が淡々と事実を述べると、少しだけフリアグネの表情が険しくなっている。
それは本心からか、演技かは今の僕には理解できないが。
ここまではあくまで確認事項、解かってることを言ったに過ぎない。
だからこそ、ここからは、僕が告げるべき大切なことだ。
緊張で声が震えそうになるが、それを抑えて、平静を装い言葉を紡ぐ。

「そこで王に提案したいことに戻るのですが……暫く僕に別行動をさせてもらえないでしょうか?」
「魔術師のトーチの話をしたから、そのことに関係するんだろう?」
「はい……まあ、端的に言うと簡単な敵情視察したいと考えています」

そう、敵情視察。
あくまで敵情視察と言う名分で、僕はこの事態を打開しようとする者らと接触を計ろうと考えているのだ。

「幾らフリアグネ様といえど強力なフレイムへイズに同時に襲われるのは難儀でしょう?」
「……まあ、そうだろうね」
「実際に接触を取るかは兎も角、殺し合いに乗らない者達の内情を覗いたりなどをし、戦力を確認したのです。
 己を知り、敵を知る事は大切ですし」
「……つまり、スパイみたいなものか?」

黙っていた和服が、こちらに視線を向け、言葉を紡ぐ。
解かりやすい単語を出してくれたが、まあ既にスパイみたいなことを僕はしているのだけれども。
まあ、ダブルスパイになるのだろうか。

「まあ、解かりやすく言えば、そうですね。僕は職業上、こういうものには慣れていますし。
 それと、僕が内情視察を行っていれば、その間フリアグネ様は『零時迷子』探索に集中することができると思います。  
 ですので、フリアグネ様の役に立つと思いますが……どうでしょうか?」

さりげなくフリアグネの蒐集にもメリットがあることをアピールする。
そして、こちらから告げられることを言い終え、僕は王の言葉を持つ。
柄にも無く、鼓動が早まっている気がした。
王は瞳だけこちらに向けて


「――――本当に『それだけ』かい?」



とても、冷たい視線を僕に向け、


そして、王は笑っていた。


何もかも見透かした上で、それでもなお、微笑を崩さないように。


ただ、笑っていた。


背筋が凍りつくような気がした。



「……なんてね、冗談だよ。いいだろう。『少佐』……内情視察の任務を宜しくお願いしたい」



けれど、途端に甘く愉しそうな声をだして、僕の提案を受理しようとする。
冗談とはいったが、それは本心かどうか……僕にはわからない。
わからないが、僕に残された道はもう、それしかないのだから。
冷や汗が噴出したか、拭うことはしなかった。

「『和服』もそれでいいかい?」

王は和服に視線だけ向けて、答えを求める。
和服は一度瞼を閉じ、そして瞼を上げて

「……言ったろ? オレは――――あいつさえ殺せれば、それでいいんだ」

彼女は宙に手を振った。
その瞬間、周りにあったマネキンが断ち切られて、次々と崩れ落ちていく。

「それだけだ……好きにしろ。オレもオレで――――ただ、殺していくだけだ」

興味無さそうに、崩れ落ちたマネキンを一瞥して、彼女はまた瞼を閉じた。

その美しいともいえる光景を僕と王は眺めて、そして、

「ふふっ……和服は変わらないね。ならば『少佐』……一先ず、単独行動を許す」
「ありがたき幸せ」
「そして、そうだな……僕らは南部に向かおうと思うから、24時以降に、天守閣辺りで一度会おう、それでいいかい?」
「構いません。了解しました」

僕にとっては充分な時間だろう。
この間にどれ位、情報を得れるかは、僕の腕次第かな。


賽は投げられた……詰みに近いこの盤面を。


僕はどれだけ動かせる?


いや、確実に、動かし、変えて見せよう。


それが、僕の仕事なのだから。


やって見せなければならない。


死んだ彼女の為にも、今を生きるあの子の為にも。



僕は僕にしか出来ない仕事を、遂行するのみ。




「ふふっ……本当……楽しみだねぇ、少佐」


出口に向かって歩き出す僕へと、そんな言葉が聞こえたような気がしたが、気にはしない。


もう、始まっているのだ。


王との戦いは既に、会戦の火蓋が、切られていて。



そして、最後に勝つのは――――僕でしかないのだから。









【C-5/百貨店・1F女性用衣服売り場/一日目・夜】

【フリアグネ@灼眼のシャナ】
[状態]:健康
[装備]:吸血鬼(ブルートザオガー)@灼眼のシャナ、ダンスパーティー@灼眼のシャナ、コルデー@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式×2、酒数本、狐の面@戯言シリーズ、『無銘』@戯言シリーズ、
     ポテトマッシャー@現実×2、10人名簿@オリジナル、超機動少女カナミンのフィギュア@とある魔術の禁書目録(?)
[思考・状況]
基本:『愛しのマリアンヌ』のため、生き残りを目指す。
0:????????????????
1:零時迷子の確保の為、南へ式と共に出撃する。
2:24時以降に、天守閣付近にてトラヴァスと合流する。。
3:トラヴァスと両儀式の両名と共に参加者を減らす。しかし両者にも警戒。
4:他の参加者が(吸血鬼のような)未知の宝具を持っていたら蒐集したい。
[備考]
※坂井悠二を攫う直前より参加。
※封絶使用不可能。
※“燐子”の精製は可能。が、意思総体を持たせることはできず、また個々の能力も本来に比べ大きく劣る。

【両儀式@空の境界】
[状態]:健康、頬に切り傷
[装備]:自殺志願(マインドレンデル)@戯言シリーズ
[道具]:デイパック、支給品一式、ハーゲンダッツ(ストロベリー味)×5@空の境界、日本酒
[思考・状況]
基本:ゲームを出来るだけ早く終了させ、“人類最悪”を殺す。
1:フリアグネについていく。
2:ひとまずフリアグネとトラヴァスについていく。不都合だと感じたら殺す。
3:幹也の言葉に対しては、今は考えないでおく。
[備考]
※参戦時期は「忘却録音」後、「殺人考察(後)」前です。
※自殺志願(マインドレンデル)は分解された状態です。

【トラヴァス@リリアとトレイズ】
[状態]:健康
[装備]:ワルサーP38(6/8、消音機付き)、フルート@キノの旅(残弾6/9、消音器つき)
[道具]:デイパック×3、支給品一式×3(食料・水少量消費)、フルートの予備マガジン×3、
     アリソンの手紙、ブラッドチップ(少し減少)@空の境界 、拡声器、早蕨刃渡の太刀@戯言シリーズ、
     パイナップル型手榴弾×1、シズのバギー@キノの旅、医療品、携帯電話の番号を書いたメモ紙、
     トンプソン・コンテンダー(0/1)@現実、コンテンダーの交換パーツ、コンテンダーの弾(5.56mmx45弾)x10
     ベレッタ M92(6/15)、べレッタの予備マガジン×4
[思考・状況]
基本:殺し合いに乗っている風を装いつつ、殺し合いに乗っている者を減らしコントロールする。
1:詰みの状況を打破する為に、殺し合い否定派と接触し情報を集める。北の集団優先?
2:24時以降に、天守閣付近にてフリアグネ、式と合流する。
3:最悪の場合、フリアグネを殺す。
4:当面、フリアグネと両儀式の両名と『同盟』を組んだフリをし、彼らの行動をさりげなくコントロールする。まずは北に行かせない事
5:殺し合いに乗っている者を見つけたら『同盟』に組み込むことを検討する。無理なようなら戦って倒す。
6:殺し合いに乗っていない者を見つけたら、上手く戦闘を避ける。最悪でもトドメは刺さないようにして去る。
7:ダメで元々だが、主催者側からの接触を待つ。あるいは、主催者側から送り込まれた者と接触する。
8:坂井悠二の動向に興味。できることならもう一度会ってみたい……が……致し方ないか。





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