CAN TAKE YOUR EYES OFF YOU ◆o.lVkW7N.A
迷いと恐怖でがたがたと震える肩口を、広げた腕で包み込んだ。
大丈夫。私にだってできる。そうよ、やらなくてどうするのよ!
言っている自分が誰よりも嘘臭いと感じる叱咤で鼓舞して、ミミは覚悟を決めようとする。
目の前の少女は、死体弄りに夢中になっているのか、まだ自分のことには気が付いていないようだ。
がら空きの背中は、何の注意も配らず無用心にこちらへ向けられている。
今なら、できる。狙いを定めてこの剣で背後から一突きするだけで、確実にあの子は死ぬ。
そう頭では分かりきっているのだけれど、一歩目を踏み出す足がなかなか動かない。
大丈夫。私にだってできる。そうよ、やらなくてどうするのよ!
言っている自分が誰よりも嘘臭いと感じる叱咤で鼓舞して、ミミは覚悟を決めようとする。
目の前の少女は、死体弄りに夢中になっているのか、まだ自分のことには気が付いていないようだ。
がら空きの背中は、何の注意も配らず無用心にこちらへ向けられている。
今なら、できる。狙いを定めてこの剣で背後から一突きするだけで、確実にあの子は死ぬ。
そう頭では分かりきっているのだけれど、一歩目を踏み出す足がなかなか動かない。
「うぅ、やっぱり怖いよぉ……」
口中で小さく呟いた言葉は、彼女の心にゆるゆると染み込み、その胸に広がっていく。
いくら相手が殺人者でも、殺すなんてコト、本当にしていいの?
話して説得すれば、もしかしたら分かってくれるかもしれないじゃない。
『黒い歯車』がとり付いていたデジモン達みたいに、何かに操られてるっていうことだってあるのかも。
それなのに私は、本当にあの子を殺すつもりなの?
いくら相手が殺人者でも、殺すなんてコト、本当にしていいの?
話して説得すれば、もしかしたら分かってくれるかもしれないじゃない。
『黒い歯車』がとり付いていたデジモン達みたいに、何かに操られてるっていうことだってあるのかも。
それなのに私は、本当にあの子を殺すつもりなの?
……怖かった。誰かが死ぬことも、自分が死ぬことも、自分が殺すことも、みんなみんな怖かった。
けれどミミは、自分が一番恐れているのがなんだったかを思い出し、心を決める。
誰かが死ぬことも、自分が死ぬことも、自分が殺すことも、みんなみんなとっても怖い。
でも友達が――あの三人が殺されることに比べたら、そんなのどうってことない……はず。
いまだぬぐい切れない戸惑いを無理やりに振り切って、ミミは手の中の剣に力を込めた。
柄を握り締めた指先が、痛いほど硬直している。
持ち上げた鉄塊の重量と触れた先の冷たさが、ミミの心に重く圧し掛かった。
真昼の高い位置にある太陽の光を浴びて、剣先がぎらりと不穏に輝いて見える。
邪剣の呪いは、こんなにも幼い少女にすら有効なのだろうか。
悲痛な、痛々しい覚悟を糧として、十歳の少女人を殺せるだけの力をその剣から手に入れる。
だが今のミミにとって、自分の覚悟は無論、命ですら、そう惜しうものではなかった。
いつも自分を守ってくれたみんなを、今度は私が守るんだ。
そのためなら、惜しいものなんて、何も。
誰かが死ぬことも、自分が死ぬことも、自分が殺すことも、みんなみんなとっても怖い。
でも友達が――あの三人が殺されることに比べたら、そんなのどうってことない……はず。
いまだぬぐい切れない戸惑いを無理やりに振り切って、ミミは手の中の剣に力を込めた。
柄を握り締めた指先が、痛いほど硬直している。
持ち上げた鉄塊の重量と触れた先の冷たさが、ミミの心に重く圧し掛かった。
真昼の高い位置にある太陽の光を浴びて、剣先がぎらりと不穏に輝いて見える。
邪剣の呪いは、こんなにも幼い少女にすら有効なのだろうか。
悲痛な、痛々しい覚悟を糧として、十歳の少女人を殺せるだけの力をその剣から手に入れる。
だが今のミミにとって、自分の覚悟は無論、命ですら、そう惜しうものではなかった。
いつも自分を守ってくれたみんなを、今度は私が守るんだ。
そのためなら、惜しいものなんて、何も。
緊張で乾いた唇を舌先で舐め、ミミは大きく肩を上下させて深く呼吸した。
張り裂けそうな心臓の鼓動がうるさくて、相手に聞こえているんじゃないかと心配になる。
尤も、実際のところ少女にそんな素振りは僅かばかりもなかった。
ミミの存在など、まったく感知していないのだろう。
掌を胸に当て、割れ鐘のようにがなりたてる心音を平常へと抑える。
張り裂けそうな心臓の鼓動がうるさくて、相手に聞こえているんじゃないかと心配になる。
尤も、実際のところ少女にそんな素振りは僅かばかりもなかった。
ミミの存在など、まったく感知していないのだろう。
掌を胸に当て、割れ鐘のようにがなりたてる心音を平常へと抑える。
――――――よし、やってやろうじゃないの!
乾坤一擲、ミミは両手で魔剣を携え少女の元へ飛び出した。
ここから彼女までの距離はほんの10メートル程度。
こちらががむしゃらに走れば、まともな防御など間に合わないうちに、背中から剣を突き立てられる。
懸命に両足を動かして疾走し、ミミは残り2メートルの間合いにまで少女へ迫る。
迫り来るミミの刃にも一向に構わずに、彼女はいまだ地に臥せった亡骸を捏ね回していた。
遊びに集中してミミの接近に気づかないのか、或いは気づいていてなお余裕の風を吹かせているのか。
どちらでもいい。どちらにせよ、ミミにできるのはこの剣を突き刺すことだけだ。
彼女の無防備な背中にぐさりと音を立て、深々と心臓を貫き殺すことだけが、今の目的であり目標だ。
ここから彼女までの距離はほんの10メートル程度。
こちらががむしゃらに走れば、まともな防御など間に合わないうちに、背中から剣を突き立てられる。
懸命に両足を動かして疾走し、ミミは残り2メートルの間合いにまで少女へ迫る。
迫り来るミミの刃にも一向に構わずに、彼女はいまだ地に臥せった亡骸を捏ね回していた。
遊びに集中してミミの接近に気づかないのか、或いは気づいていてなお余裕の風を吹かせているのか。
どちらでもいい。どちらにせよ、ミミにできるのはこの剣を突き刺すことだけだ。
彼女の無防備な背中にぐさりと音を立て、深々と心臓を貫き殺すことだけが、今の目的であり目標だ。
「死んじゃえぇっっっ!!!!」
高い声で叫びながら、剣を握る両腕の肘をスピードに任せて最大限まで突き伸ばす。
――だがその瞬間、ミミは『それ』を見てしまった。
少女が遊び相手にしていた死体の、異常なほどの凄惨さ。それは筆舌に尽くし難かった。
酸であちこち焼け爛れ、四肢に大きな傷口が開いたその死体を間近で目が拾い、反射的に目を閉じる。
決して死体そのものが恐ろしかったわけではない。
今からこの少女を自分が『こうしてしまう』という事実が怖かったのだ。
ミミは瞳を瞑り、――――しかし突き出した腕の勢いは止まらなかった。
確かな手応えと同時に、プチトマトを握り潰したような音がぐちゅっと手元から響き渡る。
肉を深く抉り神経を切断する確固たる感触が、貫いた刃の先から指先へと伝染した。
その柔らかい触感に嫌悪感を催し、ミミは恐怖からぎゅっと目を瞑る。
硬く閉じた目蓋は鉛でも乗せられたかのように重く、容易には開き直せない。
ごくんと固唾を飲み一瞬薄目を開けるものの、そこに広がる一面の赤色に怯え竦んで再度瞳を閉じる。
まともに現実を直視することなんて、到底できない。
指に伝わる感覚は、視界に広がった血の赤は、どうしようもないほどにリアル過ぎた。
掌の震えは一向に止まらず、噛み締めていた奥歯がカチカチと鳴り響く。
汗が一筋、暑くもないのに首筋を伝い落ち、不恰好な楕円型の染みをぽたぽたとシャツに形作った。
――だがその瞬間、ミミは『それ』を見てしまった。
少女が遊び相手にしていた死体の、異常なほどの凄惨さ。それは筆舌に尽くし難かった。
酸であちこち焼け爛れ、四肢に大きな傷口が開いたその死体を間近で目が拾い、反射的に目を閉じる。
決して死体そのものが恐ろしかったわけではない。
今からこの少女を自分が『こうしてしまう』という事実が怖かったのだ。
ミミは瞳を瞑り、――――しかし突き出した腕の勢いは止まらなかった。
確かな手応えと同時に、プチトマトを握り潰したような音がぐちゅっと手元から響き渡る。
肉を深く抉り神経を切断する確固たる感触が、貫いた刃の先から指先へと伝染した。
その柔らかい触感に嫌悪感を催し、ミミは恐怖からぎゅっと目を瞑る。
硬く閉じた目蓋は鉛でも乗せられたかのように重く、容易には開き直せない。
ごくんと固唾を飲み一瞬薄目を開けるものの、そこに広がる一面の赤色に怯え竦んで再度瞳を閉じる。
まともに現実を直視することなんて、到底できない。
指に伝わる感覚は、視界に広がった血の赤は、どうしようもないほどにリアル過ぎた。
掌の震えは一向に止まらず、噛み締めていた奥歯がカチカチと鳴り響く。
汗が一筋、暑くもないのに首筋を伝い落ち、不恰好な楕円型の染みをぽたぽたとシャツに形作った。
「死ん、だ……?」
顔を下へと向けたまま、虚ろな双眸でそう呟く。
それは特に意識してのものではなく、唇の間から自然と零れ落ちた類の言葉だった。
緊張からか水分が完全に失われ、からからに枯れた咽喉から発されたその声は、酷く掠れて聞き取り難い。
相手から答えが返ってくることなど、端から期待してはいない問いかけだ。
棺桶相手にノックしてみせるような、あまりに無意味にして無作法な真似。
どこまでいっても自問自答の範囲を超えるものではなく、むしろ返答などあっては困る。
なにせこの場での応えとは、即ち少女の生存と自身の危機とを意味する。
だから返事など、決してあってはならない。ある筈がない。――――それなのに。
それは特に意識してのものではなく、唇の間から自然と零れ落ちた類の言葉だった。
緊張からか水分が完全に失われ、からからに枯れた咽喉から発されたその声は、酷く掠れて聞き取り難い。
相手から答えが返ってくることなど、端から期待してはいない問いかけだ。
棺桶相手にノックしてみせるような、あまりに無意味にして無作法な真似。
どこまでいっても自問自答の範囲を超えるものではなく、むしろ返答などあっては困る。
なにせこの場での応えとは、即ち少女の生存と自身の危機とを意味する。
だから返事など、決してあってはならない。ある筈がない。――――それなのに。
「いいえ、死んでなんかないわ」
平然とした声でそう返されて、ミミははっと瞳を開け、前方へと視線をやった。
そうして、気付く。自分が刺したものの正体を。その肉の感触が本当は何だったのかを。
そうして、気付く。自分が刺したものの正体を。その肉の感触が本当は何だったのかを。
「これ、さっきの子……」
思わず長い息が漏れる。ミミが剣で刺したのは、既に死体であった赤髪の少女だった。
よほど無理やりに抱き起こされたのだろう。
モニュメントの破片で四肢を大地に繋ぎ止められていた筈の彼女の身体は更に陵辱が進み、腕など半分も残っていなかった。
恐らく、銀髪の少女が咄嗟のところで彼女を地面から剥ぎ取り、力任せに盾代わりに使ったのだ。
突撃する直前、恐怖と罪悪感から目を閉じてしまったことが、今となっては悔やまれる。
ちゃんと目を開いたままでいれば、こんな失敗はしなかったはずなのに。
ミミは自分が貫いた少女の身体に軽く目をやり、すぐにぷいとその視線を逸らした。
恐かったのだ。自分のしでかしてしまった事態が、恐くて仕方が無かったのだ。
たとえ彼女が元から遺体であったとしても、自分が彼女を刺したことに代わりは無い。
少女の腹部には剣の刃が深々と突き刺さり、腹腔に穿たれた穴の隙間から腸の一部を覗かせていた。
その姿は余りにグロテスクで、けれどどこか現実感が希薄だった。
自身の日常とかけ離れすぎたものは、どれだけ側で見てもすぐには理解ができない。
デジタルワールドに飛ばされたときだって、皆最初は「ドッキリだよ」とか「テーマパークかも」なんて言っていた。
そしてごく普通の小学四年生にとってみれば、損壊された死体など異世界以上に馴染みが無い。
むしろそれは、彼女の暮らす平穏な日常から180度離れた真裏の存在だ。
容易な理解や順応など出来ようも無い。むしろそれは、出来てはいけない。
よほど無理やりに抱き起こされたのだろう。
モニュメントの破片で四肢を大地に繋ぎ止められていた筈の彼女の身体は更に陵辱が進み、腕など半分も残っていなかった。
恐らく、銀髪の少女が咄嗟のところで彼女を地面から剥ぎ取り、力任せに盾代わりに使ったのだ。
突撃する直前、恐怖と罪悪感から目を閉じてしまったことが、今となっては悔やまれる。
ちゃんと目を開いたままでいれば、こんな失敗はしなかったはずなのに。
ミミは自分が貫いた少女の身体に軽く目をやり、すぐにぷいとその視線を逸らした。
恐かったのだ。自分のしでかしてしまった事態が、恐くて仕方が無かったのだ。
たとえ彼女が元から遺体であったとしても、自分が彼女を刺したことに代わりは無い。
少女の腹部には剣の刃が深々と突き刺さり、腹腔に穿たれた穴の隙間から腸の一部を覗かせていた。
その姿は余りにグロテスクで、けれどどこか現実感が希薄だった。
自身の日常とかけ離れすぎたものは、どれだけ側で見てもすぐには理解ができない。
デジタルワールドに飛ばされたときだって、皆最初は「ドッキリだよ」とか「テーマパークかも」なんて言っていた。
そしてごく普通の小学四年生にとってみれば、損壊された死体など異世界以上に馴染みが無い。
むしろそれは、彼女の暮らす平穏な日常から180度離れた真裏の存在だ。
容易な理解や順応など出来ようも無い。むしろそれは、出来てはいけない。
――だが一方で、それこそが『日常』である者も時には居る。
血と硝煙、ドブの匂いがベッドルームに蔓延し、子守唄は誰かの断末魔。
切り落された腕を枕に、剥がれた皮膚をシーツ代わりに安眠する路地裏のアウトサイダー達。
血と硝煙、ドブの匂いがベッドルームに蔓延し、子守唄は誰かの断末魔。
切り落された腕を枕に、剥がれた皮膚をシーツ代わりに安眠する路地裏のアウトサイダー達。
『厄種』グレーテルは天使の微笑みをミミに向けて、ぞっとするようなソプラノ・ボイスで囁いた。
「嬉しいわ。今度は、貴女が遊んでくれるの?」
それを合図に、ミミはその場に縫い止められたかのように、身動きが取れなくなった。
縛り付けられているわけでも四肢を奪われているわけでもない。
しかし、訪れる激しい恐慌は彼女から理性を奪い、手足を動かすことさえ不可能にさせた。
足が木の棒のように固く、筋肉が緊張して脳の命じる通りに働いてくれない。
逃げなければ、或いは反撃しなければ。そう思うものの、身体が言うことを聞かないのだ。
縛り付けられているわけでも四肢を奪われているわけでもない。
しかし、訪れる激しい恐慌は彼女から理性を奪い、手足を動かすことさえ不可能にさせた。
足が木の棒のように固く、筋肉が緊張して脳の命じる通りに働いてくれない。
逃げなければ、或いは反撃しなければ。そう思うものの、身体が言うことを聞かないのだ。
「や……、いや……」
怯えが、断片的な台詞となって口から溢れる。
一度悲鳴を上げればあとは簡単で、次から次へと恐怖を意味する言葉が咽喉から漏れた。
ミミは「いやいや」をするように首を左右に振って、生まれたての赤ん坊のように周囲の全てに恐怖していた。
鉄錆に似た血臭と、それに混じる火薬臭。視界を染める鮮烈な赤色。
無残な死体から飛び散った、齧りかけのジェリービーンズみたいなピンクの脳漿。
それら全てが恐怖の対象であったが、一方でそれら全ては所詮まやかし程度のものでもあった。
ミミが何より『日常』からの乖離を感じたのはそれらの数々ではなく、表面的には友好な銀髪の少女だった。
この状況で平然としていられる彼女が、笑顔を作れる彼女が、ミミには最も恐ろしかった。
心臓の鼓動が速さを増し、痛いほど強く内側から胸を打ち叩く。
眼前の少女は吸い込まれそうな真丸の瞳で、なにやら品定めでもするようにミミを見つめている。
穏やかな中に暗い欲望を秘めたそのじっとりとした視線を感じるたびに、窒息しそうなほど息が詰まる。
殺されるんだろうか、と思った。このまま私はこの子に殺されてしまうんだろうか。
何も出来ずに、誰も守れずに、どこへも帰れずに、この子の手で風船に針を刺すように呆気なく。
それを思うと、恐くて恐くて、もはやこれ以上は無いと思っていた鼓動がさらにリズムを速める。
嫌だ。死ぬのは嫌だ。苦しいのは嫌い。痛いのは大嫌い。
嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
一度悲鳴を上げればあとは簡単で、次から次へと恐怖を意味する言葉が咽喉から漏れた。
ミミは「いやいや」をするように首を左右に振って、生まれたての赤ん坊のように周囲の全てに恐怖していた。
鉄錆に似た血臭と、それに混じる火薬臭。視界を染める鮮烈な赤色。
無残な死体から飛び散った、齧りかけのジェリービーンズみたいなピンクの脳漿。
それら全てが恐怖の対象であったが、一方でそれら全ては所詮まやかし程度のものでもあった。
ミミが何より『日常』からの乖離を感じたのはそれらの数々ではなく、表面的には友好な銀髪の少女だった。
この状況で平然としていられる彼女が、笑顔を作れる彼女が、ミミには最も恐ろしかった。
心臓の鼓動が速さを増し、痛いほど強く内側から胸を打ち叩く。
眼前の少女は吸い込まれそうな真丸の瞳で、なにやら品定めでもするようにミミを見つめている。
穏やかな中に暗い欲望を秘めたそのじっとりとした視線を感じるたびに、窒息しそうなほど息が詰まる。
殺されるんだろうか、と思った。このまま私はこの子に殺されてしまうんだろうか。
何も出来ずに、誰も守れずに、どこへも帰れずに、この子の手で風船に針を刺すように呆気なく。
それを思うと、恐くて恐くて、もはやこれ以上は無いと思っていた鼓動がさらにリズムを速める。
嫌だ。死ぬのは嫌だ。苦しいのは嫌い。痛いのは大嫌い。
嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
「いや……、ころさ、ないで、わたっ、わたし……」
「……ああ、私ったら何て馬鹿なのかしら。メインディッシュを、オードブルより先にしてしまうなんて」
「……ああ、私ったら何て馬鹿なのかしら。メインディッシュを、オードブルより先にしてしまうなんて」
紡いだ言葉を無粋に遮って、実につまらなそうな声音がミミへと吐き捨てられた。
値定めする視線が地面の蟻を見下ろすかのような色気のないものへ変化し、言葉に嘲笑が混ざる。
ミミは、唐突な彼女の言葉に虚を突かれ、反射的に問い返した。
値定めする視線が地面の蟻を見下ろすかのような色気のないものへ変化し、言葉に嘲笑が混ざる。
ミミは、唐突な彼女の言葉に虚を突かれ、反射的に問い返した。
「オードブル?」
「ええ。さっきのお姉さんはそれなりに面白かったけれど、貴女はどう見たって普通の人だもの。
もちろん、そういう子と遊ぶのだってつまらなくはないけれど、フルコースの順番が崩れるのは勿体無いわ。
折角上等なボルシチを御馳走になれたのに、その後にわざわざボイルド・マカロニなんて!」
「な、何よそれ。どーいう意味?」
「ええ。さっきのお姉さんはそれなりに面白かったけれど、貴女はどう見たって普通の人だもの。
もちろん、そういう子と遊ぶのだってつまらなくはないけれど、フルコースの順番が崩れるのは勿体無いわ。
折角上等なボルシチを御馳走になれたのに、その後にわざわざボイルド・マカロニなんて!」
「な、何よそれ。どーいう意味?」
ミミには、グレーテルの言葉が少しも理解できなかった。
『メインディッシュ』だの『オードブル』だの『フルコース』だの言う隠喩など、ちっとも意味が分からない。
だが、目の前の少女の頭がやっぱりおかしいのだという事だけは、何より強く確信できた。
単に話が噛み合わないというだけではない。そんなものを超越した断絶の壁が、二人の間には聳えていた。
彼女はどこか自分とは違う星の言語で喋っているのでないか、とすら思ってしまう。
『メインディッシュ』だの『オードブル』だの『フルコース』だの言う隠喩など、ちっとも意味が分からない。
だが、目の前の少女の頭がやっぱりおかしいのだという事だけは、何より強く確信できた。
単に話が噛み合わないというだけではない。そんなものを超越した断絶の壁が、二人の間には聳えていた。
彼女はどこか自分とは違う星の言語で喋っているのでないか、とすら思ってしまう。
「マカロニはマカロニよ。おじさんがよく、茹でたのをディナーに出してくれたわ。
尤もトッピングは、ミート・ソースじゃなくて、おじさん達のスパームだったけれど」
「マカロニくらい知ってるわよ! そうじゃなくて、私がマカロニっていうのがどういう意味かって……」
尤もトッピングは、ミート・ソースじゃなくて、おじさん達のスパームだったけれど」
「マカロニくらい知ってるわよ! そうじゃなくて、私がマカロニっていうのがどういう意味かって……」
――――――パン!
「こういう意味よ」
「なっ……」
「なっ……」
破砕音と同時に頬を掠めた弾丸に、ミミは反論の言葉を失って怯む。
幸い、弾は皮膚の表面数ミリを軽くなぞった程度だったが、抉られた傷口は傷ましい。
焼けるような痛みがミミの頬を走り、流れ出た血液が顔面を濡らした。
幸い、弾は皮膚の表面数ミリを軽くなぞった程度だったが、抉られた傷口は傷ましい。
焼けるような痛みがミミの頬を走り、流れ出た血液が顔面を濡らした。
「逃げることも反撃することもしないし、出来ないでしょう? それがマカロニ」
グレーテルは、一歩一歩ミミへ近付くと、未だ固まったままの彼女の腹部を銃口で殴りつけた。
鉄の塊で腹を強打されたミミは、その衝撃に呻き、よろめいて地面へと蹲る。
胎児のようにひざを折り、うつ伏せになった彼女を横目に、グレーテルはけたたましく笑う。
ミミの首根を掴んで強制的に頭を上向かせると、手にしていたウィンチェスターを口腔へと乱暴に突っ込んだ。
鉄の塊で腹を強打されたミミは、その衝撃に呻き、よろめいて地面へと蹲る。
胎児のようにひざを折り、うつ伏せになった彼女を横目に、グレーテルはけたたましく笑う。
ミミの首根を掴んで強制的に頭を上向かせると、手にしていたウィンチェスターを口腔へと乱暴に突っ込んだ。
「ん、ひは、ひやぁぁぁっ!!」
「お姉さん、だめよ、動いちゃ。もちろん、歯を立てるのもナシ」
「お姉さん、だめよ、動いちゃ。もちろん、歯を立てるのもナシ」
口を銃口から離そうと頭を激しく振って抵抗するミミの長い髪を掴んで、自由を奪う。
引き金に掛かったグレーテルの指先がゆっくりと動き、レバーを内へと押し込もうとする。
一秒が、何十時間にも感じられた。
ミミは失神しそうになるのを必死で堪え、恐怖で押し潰されそうな心を極限まで振り絞った。
出来ることなど何もなかった。身体に力は入らず、喋ることさえまともにはいかない。
ただ唯一の反抗は、それでも生気を失わなかった両の目でグレーテルを真直に睨み付けることだった。
引き金に掛かったグレーテルの指先がゆっくりと動き、レバーを内へと押し込もうとする。
一秒が、何十時間にも感じられた。
ミミは失神しそうになるのを必死で堪え、恐怖で押し潰されそうな心を極限まで振り絞った。
出来ることなど何もなかった。身体に力は入らず、喋ることさえまともにはいかない。
ただ唯一の反抗は、それでも生気を失わなかった両の目でグレーテルを真直に睨み付けることだった。
どんな強敵相手でも諦めず立ち向かっていく太一さんの『勇気』。
いつも冷静で、ここぞと言うときに一発逆転の方法を思い付いてくれる光子郎君の『知識』。
最初は頼りなくも見えたけど、真直ぐで努力屋で自分の決めたことは絶対にやりぬく丈さんの『誠実』。
あの冒険の中で皆に教わったことは、助けられたことは数え切れない。
いつも冷静で、ここぞと言うときに一発逆転の方法を思い付いてくれる光子郎君の『知識』。
最初は頼りなくも見えたけど、真直ぐで努力屋で自分の決めたことは絶対にやりぬく丈さんの『誠実』。
あの冒険の中で皆に教わったことは、助けられたことは数え切れない。
……だから今度は、私の番なんだ。
泣き虫で我侭で甘ったれだった私をいつも助けてくれた皆のために、今度は私が頑張らなきゃいけない。
泣き虫で我侭で甘ったれだった私をいつも助けてくれた皆のために、今度は私が頑張らなきゃいけない。
恐がったりなんかしない。どんなに足が震えたって、太一さんみたいな『勇気』を持ってみせる。
絶望したりなんかしない。どんな状況だって、光子郎君みたいな『知識』で何か考え出してみせる。
あきらめたりなんかしない。どんなに不可能そうでも、丈さんみたいに『誠実』に最後までやりきってみせる。
絶望したりなんかしない。どんな状況だって、光子郎君みたいな『知識』で何か考え出してみせる。
あきらめたりなんかしない。どんなに不可能そうでも、丈さんみたいに『誠実』に最後までやりきってみせる。
ミミは決心した。たとえ、後数秒で潰える命であったとしても、最後の最後まで諦めないでいようと。
命の灯が吹き消される最期の瞬間まで、戦っていようとそう決めた。
そしてその決意こそが、彼女の視線を強固なものにした。
けれどそれは皮肉にも、対するグレーテルの炎をも燃え上がらせる結果となった。
意志に支えられた瞳が自分を射抜いたのを感じた彼女は、嬉々として表情を変える。
命の灯が吹き消される最期の瞬間まで、戦っていようとそう決めた。
そしてその決意こそが、彼女の視線を強固なものにした。
けれどそれは皮肉にも、対するグレーテルの炎をも燃え上がらせる結果となった。
意志に支えられた瞳が自分を射抜いたのを感じた彼女は、嬉々として表情を変える。
「そんな顔も出来るのね。ふふ、さっきよりずっとイイ顔だわ」
「……っ、そうよ! わたひ、あんたなんかぜーんぜんこわふないんだから!!」
「へぇ、その強がりがどこまで持つのかしら」
「……っ、そうよ! わたひ、あんたなんかぜーんぜんこわふないんだから!!」
「へぇ、その強がりがどこまで持つのかしら」
口内に押し込まれた金属の感触にも怯えずに、ミミは強がって無理に声を張った。
その姿へ興味深げに眉を細めると、グレーテルは引き金に掛けていた指を滑らせるようにするりと離す。
その姿へ興味深げに眉を細めると、グレーテルは引き金に掛けていた指を滑らせるようにするりと離す。
銜えさせていた銃口を咥内から引き抜くと、唾液まみれのそれをスカートの裾で拭ってから左手に持ち替えた。
空いた右手の人差し指をぴんと伸ばして、彼女はミミの眼前すぐそこにまで指先を接近させた。
やすりで丁寧に研磨されたかのように研ぎ澄まされた鋭利な先端が、徐々に瞳の側へと近付いていく。
何をするつもりだろう……? そう疑問を抱く暇すらなかった。
少女は桜色の爪をミミ目掛けて狙いすますと、その眼窩を抉じ開けんとばかりに指先を真っ直ぐ突きたてた。
――――――ぱちゅんっ!! 濡れた音が弾けた。
角膜がぷちんと破れ、眼球と眼窩の間が無理に広げられる。
水に似た透明な液体がぴゅっと勢い立てて跳ね上がり、顔の周囲に飛び散った。
空いた右手の人差し指をぴんと伸ばして、彼女はミミの眼前すぐそこにまで指先を接近させた。
やすりで丁寧に研磨されたかのように研ぎ澄まされた鋭利な先端が、徐々に瞳の側へと近付いていく。
何をするつもりだろう……? そう疑問を抱く暇すらなかった。
少女は桜色の爪をミミ目掛けて狙いすますと、その眼窩を抉じ開けんとばかりに指先を真っ直ぐ突きたてた。
――――――ぱちゅんっ!! 濡れた音が弾けた。
角膜がぷちんと破れ、眼球と眼窩の間が無理に広げられる。
水に似た透明な液体がぴゅっと勢い立てて跳ね上がり、顔の周囲に飛び散った。
「ひ、あぁあっっ!!」
炎の爆ぜるような衝撃に身体をびくびくと反射させ、ミミはあまりの激痛に言葉さえも失う。
一方の少女は、ミミの咽喉から漏れ出るくぐもった空気に唇の端を跳ね上げ、愉悦に満ちた顔を作った。
その表情に名を付けるなら、『狂気』以外に言いようは無いだろう。
くい、とまだ中に入れたままの指先を鉤状に折り曲げる。
第一関節まで入り込んでいたグレーテルの指は、結膜に穴を開け更に深い部分まで潜り進んでいく。
一方の少女は、ミミの咽喉から漏れ出るくぐもった空気に唇の端を跳ね上げ、愉悦に満ちた顔を作った。
その表情に名を付けるなら、『狂気』以外に言いようは無いだろう。
くい、とまだ中に入れたままの指先を鉤状に折り曲げる。
第一関節まで入り込んでいたグレーテルの指は、結膜に穴を開け更に深い部分まで潜り進んでいく。
「嫌、嫌ぁあっ……! ーーーっっ!!」
脳みそを割り箸でぐちゃぐちゃに掻き回されている様な痛みが、怒涛の勢いでミミに押し寄せる。
刺激を与える度にびくんと肩を大きく揺らすミミを見て、対するグレーテルはこらえ切れない笑声にくつくつと咽喉を鳴らした。
ピンポン球大の球状を人差し指の腹でころころと転がせば、濡れた柔らかな感触が心地よい。
そのまま上へと捻り上げ、僅かな隙間が出来たのを見計らって、今度は親指を下目蓋との間に強引に捩じ込む。
ずぶずぶと奥へ入り込む二本の指でしっかりと眼球に爪を立て、こちらへ向かって軽く引っ張る。
ろくに抵抗もなく姿を現した眼球を眼窩からころりと抉り、コードのように延びていた神経の束をぷつぷつと爪で千切った。
だらんと垂れていたサーモン・ピンクの視神経は無残に引き切れ、落ち窪んだ空虚な眼窩からどろりと赤いものが溢れる。
ペンキをぶちまけたかのように、ミミの頬が粘っこい血で汚れた。
刺激を与える度にびくんと肩を大きく揺らすミミを見て、対するグレーテルはこらえ切れない笑声にくつくつと咽喉を鳴らした。
ピンポン球大の球状を人差し指の腹でころころと転がせば、濡れた柔らかな感触が心地よい。
そのまま上へと捻り上げ、僅かな隙間が出来たのを見計らって、今度は親指を下目蓋との間に強引に捩じ込む。
ずぶずぶと奥へ入り込む二本の指でしっかりと眼球に爪を立て、こちらへ向かって軽く引っ張る。
ろくに抵抗もなく姿を現した眼球を眼窩からころりと抉り、コードのように延びていた神経の束をぷつぷつと爪で千切った。
だらんと垂れていたサーモン・ピンクの視神経は無残に引き切れ、落ち窪んだ空虚な眼窩からどろりと赤いものが溢れる。
ペンキをぶちまけたかのように、ミミの頬が粘っこい血で汚れた。
「う、やぁあっっ……」
「貴女の目、素敵ね。私、黒い目を見ることってなかなか無いのよ」
「貴女の目、素敵ね。私、黒い目を見ることってなかなか無いのよ」
恐怖と激痛に困惑し絶叫するミミを塵ほども構わず、グレーテルは平時通りのトーンで呟いた。
その手の上には、今しがた刳り貫き奪ったばかりの目玉が、上等の宝石のように恭しく乗せられている。
血に塗れてぬらぬらした眼球を愛しそうに摘むと、空へ掲げ、太陽に透かして覗き見た。
そうすると、白目の中に通っている何本もの赤い筋がきらきらと光り、本物の宝石のようだ。
その手の上には、今しがた刳り貫き奪ったばかりの目玉が、上等の宝石のように恭しく乗せられている。
血に塗れてぬらぬらした眼球を愛しそうに摘むと、空へ掲げ、太陽に透かして覗き見た。
そうすると、白目の中に通っている何本もの赤い筋がきらきらと光り、本物の宝石のようだ。
「さっきのお姉さんの目も、お空と同じ色でとっても綺麗」
歌うようにそう口にしながらグレーテルがポケットを探れば、そこにはさらに二つの眼球。
全体が深い青色をしたそれは、先刻、神楽を殺した後に刳り貫いておいたものだ。
ころんころんと三つの目玉でビー玉遊びの真似事をしながら、グレーテルは「そうだわ」と掌を叩いた。
全体が深い青色をしたそれは、先刻、神楽を殺した後に刳り貫いておいたものだ。
ころんころんと三つの目玉でビー玉遊びの真似事をしながら、グレーテルは「そうだわ」と掌を叩いた。
「私、とってもいいこと思いついちゃった」
くすくす、と笑い混じりの声でそう言い放つと、グレーテルは三度ミミににじり寄り、服越しに肩口を掴んだ。
少女の腕力は見た目以上に強いらしく、ミミは抗うことも出来ずに引き寄せられる。
グレーテルは、ミミの顔面にぽっかりと空いた左目の名残をじぃと凝視した。
空洞は未だだらだらと鮮血を流し、無残に引き千切れたピンク色の筋肉を真紅に染上げている。
そこに何のためらいも無く指を突き入れると、彼女は手にしていた『それ』をぐりぐりと奥へ押し込んだ。
少々サイズが合わないのか、ぴったり嵌め込めず随分とぐらぐらしたが仕方ないだろう。
ひくひくと痙攣するミミから一歩離れ、出来上がりをまじまじと確認する。
その予想以上の出来栄えに満面の笑みを零すと、グレーテルは心底嬉しそうに声を弾ませた。
少女の腕力は見た目以上に強いらしく、ミミは抗うことも出来ずに引き寄せられる。
グレーテルは、ミミの顔面にぽっかりと空いた左目の名残をじぃと凝視した。
空洞は未だだらだらと鮮血を流し、無残に引き千切れたピンク色の筋肉を真紅に染上げている。
そこに何のためらいも無く指を突き入れると、彼女は手にしていた『それ』をぐりぐりと奥へ押し込んだ。
少々サイズが合わないのか、ぴったり嵌め込めず随分とぐらぐらしたが仕方ないだろう。
ひくひくと痙攣するミミから一歩離れ、出来上がりをまじまじと確認する。
その予想以上の出来栄えに満面の笑みを零すと、グレーテルは心底嬉しそうに声を弾ませた。
「まあ、何て素敵なのかしら。貴女のオッド・アイ。まるでエリザベス・バークレーだわ!」
「おっど……、な、に……?」
「おっど……、な、に……?」
戸惑いがちに問い返すミミに、グレーテルはにっこりと笑いかけて答える。
「右と左で目の色が違う人のことよ。貴女の目、片方は青で片方は黒でとっても綺麗」
その返答で、自分の眼窩に何が入れられたのか、ミミは漸く理解した。
――――あの子の、目だ。
さっき手の上で弄んでいた青い目。あれを私に入れたんだ。
――――あの子の、目だ。
さっき手の上で弄んでいた青い目。あれを私に入れたんだ。
突如、ミミの身体をそれまで以上の生理的な嫌悪感が駆け抜けた。
背中一面に鳥肌が立ち、全身の毛穴がぞわりと広がった。
片目を失ったことの恐怖と痛みは計り知れなかったが、それ以上に、眼前の少女への気色悪さが勝った。
胃の腑からせり上がった吐き気が抑えきれず、額がジンジンと熱を持ったように頭痛を訴えた。
眼窩の奥に居座る他人の目玉は異物感ばかりが大きく、じくじくと痛む。
怖くて恐くて悲しくて痛くて苦しくて気持ち悪くて――――。
背中一面に鳥肌が立ち、全身の毛穴がぞわりと広がった。
片目を失ったことの恐怖と痛みは計り知れなかったが、それ以上に、眼前の少女への気色悪さが勝った。
胃の腑からせり上がった吐き気が抑えきれず、額がジンジンと熱を持ったように頭痛を訴えた。
眼窩の奥に居座る他人の目玉は異物感ばかりが大きく、じくじくと痛む。
怖くて恐くて悲しくて痛くて苦しくて気持ち悪くて――――。
自分でも気づかないうちに、ミミは泣いていた。
そもそも泣き虫の彼女がここまで我慢できたことが、奇跡のようなものだった。
最初は声も無くはらはらと、次はすんすんと鼻を鳴らし、そしてあーんあーんと叫ぶように。
彼女は泣いた。いつもと同じように。ずっと家やデジタルワールドでしてきたように、泣いた。
けれどその泣き顔は、唯一つだけいつもと違っている場所がある。
そもそも泣き虫の彼女がここまで我慢できたことが、奇跡のようなものだった。
最初は声も無くはらはらと、次はすんすんと鼻を鳴らし、そしてあーんあーんと叫ぶように。
彼女は泣いた。いつもと同じように。ずっと家やデジタルワールドでしてきたように、泣いた。
けれどその泣き顔は、唯一つだけいつもと違っている場所がある。
――彼女の涙が流れるのは、今や右の目だけだった。
「どうしたの? そんなに泣いて」
「だっ、だって、目が……目が……っっ!!」
「まあ、そんなに素敵なのに」
「だっ、だって、目が……目が……っっ!!」
「まあ、そんなに素敵なのに」
グレーテルはごく真面目にそう告げるが、当然そんな言葉でミミが泣き止む筈もない。
大きくなるばかりの叫声にうんざりとして眉を潜め、聞こえない程度に微かな舌打ちをした。
うるさく泣き喚く相手は嫌いだ。屠殺場の豚が死ぬ間際に上げる鳴声のような悲鳴なんて、一分だって聞いていたくない。
お菓子でも上げれば泣き止むかしら、と甘すぎる考えでランドセルを漁り、中身を探る。
さっき支給品を確認したときに見落としがあったかもしれないと思ったのだが、不運にもそれ以上何も入っていなかった。
カサカサした不味そうなパンならいくつか袋詰めされていたが、いくらなんでもこれでは泣き止まないだろう。
キャンディーバーくらい入れておいてくれてもいいのに、と気の利かないパーティーの主催者に苛立った。
その間にもミミの上げる泣声は声量を増していき、グレーテルの苛立ちを何倍にも膨れ上がらせる。
いっそ、これ以上喚かないようさっくりと殺してしまおうか。それが一番手っ取り早いし楽。
正直そう思わないでもないのだが、せっかく作った綺麗なオッド・アイをすぐに死体にしてしまうのは流石に勿体無い。
青い目と黒い目が左右に嵌め込まれた少女の顔面はどこか歪で、びっくりするほど可愛らしい。
頬に流れた血のペイントと相まったそれは、まるでサーカスで働く見習いのピエロだ。
自分たちが殺した何十何百の子供たちの中にも、こんなにキュートな瞳をした子はいなかっただろう。
どうせなら、生きたまま兄様に出来上がりを見せて感想を聞いてみたかった。
大きくなるばかりの叫声にうんざりとして眉を潜め、聞こえない程度に微かな舌打ちをした。
うるさく泣き喚く相手は嫌いだ。屠殺場の豚が死ぬ間際に上げる鳴声のような悲鳴なんて、一分だって聞いていたくない。
お菓子でも上げれば泣き止むかしら、と甘すぎる考えでランドセルを漁り、中身を探る。
さっき支給品を確認したときに見落としがあったかもしれないと思ったのだが、不運にもそれ以上何も入っていなかった。
カサカサした不味そうなパンならいくつか袋詰めされていたが、いくらなんでもこれでは泣き止まないだろう。
キャンディーバーくらい入れておいてくれてもいいのに、と気の利かないパーティーの主催者に苛立った。
その間にもミミの上げる泣声は声量を増していき、グレーテルの苛立ちを何倍にも膨れ上がらせる。
いっそ、これ以上喚かないようさっくりと殺してしまおうか。それが一番手っ取り早いし楽。
正直そう思わないでもないのだが、せっかく作った綺麗なオッド・アイをすぐに死体にしてしまうのは流石に勿体無い。
青い目と黒い目が左右に嵌め込まれた少女の顔面はどこか歪で、びっくりするほど可愛らしい。
頬に流れた血のペイントと相まったそれは、まるでサーカスで働く見習いのピエロだ。
自分たちが殺した何十何百の子供たちの中にも、こんなにキュートな瞳をした子はいなかっただろう。
どうせなら、生きたまま兄様に出来上がりを見せて感想を聞いてみたかった。
兄様は喜んでくれるかしら。それとも悔しがるかしら? ああ、とても楽しみ。
自分に瓜二つな顔をした愛しい己の半身を思い浮かべ、グレーテルは胸を熱くした。
心臓がトクントクンと音を上げて高鳴り、紅潮した頬に薔薇色が差す。
兄様を想像するだけで年相応の純真な笑顔がこぼれ、左右の目が半月状に細められる。
脳裏に浮かぶ兄様に話しかければ、彼は当然のようにその言葉に応えてくれた。
心臓がトクントクンと音を上げて高鳴り、紅潮した頬に薔薇色が差す。
兄様を想像するだけで年相応の純真な笑顔がこぼれ、左右の目が半月状に細められる。
脳裏に浮かぶ兄様に話しかければ、彼は当然のようにその言葉に応えてくれた。
「兄様、私、この子をどうすればいいかしら。兄様のところまで連れて行きましょうか?」
(いいよ姉様、そんな手間をかけなくても放っておけば)
「でも、そうしたら兄様に見せられないじゃない? それってとても勿体無いわ」
(何言ってるのさ、姉様。僕はここにいるじゃないか。僕はいつだって姉様と同じだよ。
姉様と同じものを見て、同じものを聞いて、同じことをしている。……ねえ、そうでしょう?)
姉様と同じものを見て、同じものを聞いて、同じことをしている。……ねえ、そうでしょう?)
「……ああ、そうよ。そうだったわ兄様。兄様はいつもここにいるんだもの。
わざわざ見せに行く必要なんて、少しもないんだわ」
わざわざ見せに行く必要なんて、少しもないんだわ」
(そうだよ姉様。わざわざ見せに来る必要なんて、少しもないんだ)
「( いつだって、二人は一緒にいるんだから )」
――――笑い声を伴って、二重の言葉が、静寂を裂いた。
双子の天使は二人一役で一人二役。私は貴方で貴方は私。兄様は姉様で姉様は兄様。
双子の天使は二人一役で一人二役。私は貴方で貴方は私。兄様は姉様で姉様は兄様。
グレーテルは、自分の被っている長髪の鬘を指先でくるくると巻いて弄びながら、目を細める。
そうだ。兄様は何処かにいるわけではない。『ここに』いるのだ。
なにも、この子の首に縄をつけて兄様のところまで連れて行く必要なんてなかったんだわ。
それに気づいてふっと吐息すると、グレーテルは再びランドセルの中に手を入れて、目当ての瓶を取り出した。
瓶の中でたぷんたぷんと劇薬が揺れ、水面に丸い波紋を形作っている。
それを手の中で転がし、ちゃぷちゃぷと波立たせながら、グレーテルはミミの肩を叩いた。
びくんと肩を揺らした彼女に天上の笑みを投げかけると、
そうだ。兄様は何処かにいるわけではない。『ここに』いるのだ。
なにも、この子の首に縄をつけて兄様のところまで連れて行く必要なんてなかったんだわ。
それに気づいてふっと吐息すると、グレーテルは再びランドセルの中に手を入れて、目当ての瓶を取り出した。
瓶の中でたぷんたぷんと劇薬が揺れ、水面に丸い波紋を形作っている。
それを手の中で転がし、ちゃぷちゃぷと波立たせながら、グレーテルはミミの肩を叩いた。
びくんと肩を揺らした彼女に天上の笑みを投げかけると、
ミミは消耗しきった顔でそれを眺め、「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
泣き腫らしたせいでぼろぼろになった右の目が、兎のように赤く染まっている。
多分に含まれた恐慌を敢えて無視し、グレーテルはミミの手元へガラス瓶を差し出す。
透明な液体が入ったそれをミミの手に押し付けると、彼女はすまなそうに謝罪した。
泣き腫らしたせいでぼろぼろになった右の目が、兎のように赤く染まっている。
多分に含まれた恐慌を敢えて無視し、グレーテルはミミの手元へガラス瓶を差し出す。
透明な液体が入ったそれをミミの手に押し付けると、彼女はすまなそうに謝罪した。
「ごめんなさい。貴女のこと、マカロニなんて言ってしまって」
「…………こんどは、なに?」
「そんなに怖がらないでほしいわ」
「…………こんどは、なに?」
「そんなに怖がらないでほしいわ」
広げた瞳孔でびくびくとグレーテルの言動を見据えるミミに、彼女は飄々として告げる。
その表情には傷害に対する反省の色など全く見られなかったが、それは当然だった。
グレーテルからすれば、いつものように殺さなかったのを感謝してほしいくらいなのだ。
だから彼女が謝るのは、ミミの目を傷つけたことではない。
グレーテルの謝罪はあくまでも、自分の台詞に反し、ミミが意外と面白い遊び相手だったことに対してだ。
その表情には傷害に対する反省の色など全く見られなかったが、それは当然だった。
グレーテルからすれば、いつものように殺さなかったのを感謝してほしいくらいなのだ。
だから彼女が謝るのは、ミミの目を傷つけたことではない。
グレーテルの謝罪はあくまでも、自分の台詞に反し、ミミが意外と面白い遊び相手だったことに対してだ。
「あなたはとっても素敵だったわ。それなのにあんなことを言ってしまったの、本当に悪かったと思ってるの。
だから、これをお礼にあげる。すごくすごく面白い玩具なんだけど、一つだけなら貴女に譲っても構わないわ」
だから、これをお礼にあげる。すごくすごく面白い玩具なんだけど、一つだけなら貴女に譲っても構わないわ」
グレーテルが手渡したのは、自分の支給品である塩酸入りの瓶だった。
ミミが実際に使うかどうかはどうでもいい。むしろ使わない可能性のほうが多いであろう品。
お礼などと殊勝なことを言っているが、実質、自己満足以外の何物でもない。
いくらキャンディーバーがなかったにしろ、それならまだ、パンか水でも上げたほうがよほど相手は喜ぶだろう。
しかしグレーテルにそんなことは関係ない。渡したいから渡す。殺したいから殺す。全てはただの気まぐれだ。
たとえばほんの僅かでも状況が違っていたら、ミミは同じく『気まぐれに』止めを刺されていただろう。
けれど彼女の行動方針はいつだって「そうしたいからそうする」だけ。それに合理的な思考なんて少しもないのだ。
ミミの掌へ強引に瓶を手渡すと、グレーテルはスカートの裾を持ち上げて、レディ然とした態度で別れを告げた。
慣れた手つきの挨拶は実に優雅で、服の端々に付いた血の染みさえなければ人食い虎には決して見えないだろう。
ミミが実際に使うかどうかはどうでもいい。むしろ使わない可能性のほうが多いであろう品。
お礼などと殊勝なことを言っているが、実質、自己満足以外の何物でもない。
いくらキャンディーバーがなかったにしろ、それならまだ、パンか水でも上げたほうがよほど相手は喜ぶだろう。
しかしグレーテルにそんなことは関係ない。渡したいから渡す。殺したいから殺す。全てはただの気まぐれだ。
たとえばほんの僅かでも状況が違っていたら、ミミは同じく『気まぐれに』止めを刺されていただろう。
けれど彼女の行動方針はいつだって「そうしたいからそうする」だけ。それに合理的な思考なんて少しもないのだ。
ミミの掌へ強引に瓶を手渡すと、グレーテルはスカートの裾を持ち上げて、レディ然とした態度で別れを告げた。
慣れた手つきの挨拶は実に優雅で、服の端々に付いた血の染みさえなければ人食い虎には決して見えないだろう。
「それじゃあ、お姉さん、またいつか逢いましょう。――そのときは遊んで頂戴ね」
ぺこりと典雅な動作で頭を下げて、天使の皮を被った殺人鬼は森の中へと消えていく。
ミミはそれをぼんやりと眺め――、こてん、と電池が切れたように土の上へ倒れこんだ。
ミミはそれをぼんやりと眺め――、こてん、と電池が切れたように土の上へ倒れこんだ。
【B-2/森林/一日目/昼】
【グレーテル@BLACK LAGOON】
[状態]:少し疲労、右腕損傷、全身に重度のダメージ。
[装備]:ウィンチェスターM1897(3/5)@Gunslinger Girl
[道具]:支給品一式、ウィンチェスターM1897の弾(残り5発)、塩酸の瓶(残り1本)、核鉄(サンライトハート/未発動状態)@武装錬金 神楽とミミの眼球
[思考] あはは、楽しいわ!
基本行動方針:兄さま(ヘンゼル)を探しつつ、効率よく「遊ぶ」
第一行動方針:誰か新しい相手を見つけて遊ぶ。
【グレーテル@BLACK LAGOON】
[状態]:少し疲労、右腕損傷、全身に重度のダメージ。
[装備]:ウィンチェスターM1897(3/5)@Gunslinger Girl
[道具]:支給品一式、ウィンチェスターM1897の弾(残り5発)、塩酸の瓶(残り1本)、核鉄(サンライトハート/未発動状態)@武装錬金 神楽とミミの眼球
[思考] あはは、楽しいわ!
基本行動方針:兄さま(ヘンゼル)を探しつつ、効率よく「遊ぶ」
第一行動方針:誰か新しい相手を見つけて遊ぶ。
【B-1/モニュメントの前/一日目/昼】
【太刀川ミミ@デジモンアドベンチャー】
[状態]:左目損失(神楽の眼球入り)、頬に軽度の弾痕、腹部軽打、情緒不安定、軽い精神崩壊
[装備]:塩酸の瓶
[道具]:支給品一式、ポケモン図鑑@ポケットモンスター、ペンシルロケットx5@MOTHER2
[参戦時期]:無印終了後
[思考] 痛いよ怖いよ……!
基本行動方針:みんなでおうちにかえる
第一行動方針:とりあえずグレーテルから離れたい
第二行動方針:目と頬を治療したい
第三行動方針:太一、光子朗、丈を見つけて助ける
第四行動方針:彼らを殺してしまいそうな人は自分が倒す
【太刀川ミミ@デジモンアドベンチャー】
[状態]:左目損失(神楽の眼球入り)、頬に軽度の弾痕、腹部軽打、情緒不安定、軽い精神崩壊
[装備]:塩酸の瓶
[道具]:支給品一式、ポケモン図鑑@ポケットモンスター、ペンシルロケットx5@MOTHER2
[参戦時期]:無印終了後
[思考] 痛いよ怖いよ……!
基本行動方針:みんなでおうちにかえる
第一行動方針:とりあえずグレーテルから離れたい
第二行動方針:目と頬を治療したい
第三行動方針:太一、光子朗、丈を見つけて助ける
第四行動方針:彼らを殺してしまいそうな人は自分が倒す
[備考]:邪剣ファフニール@TOSは、神楽の死体に刺さったままです。
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