世界は皮肉に満ちていた(前編) ◆CFbj666Xrw
「……フェイトさん、ちょっといいですか」
本当はフェイトに、イヴは危険だと伝える予定だった。
だがそれは僅かに間に合わず、イヴが部屋に戻ってくる音がした。
「何ですか、光子郎さん?」
それと同時に発せられたフェイトの言葉に困り。
「え、えーっと……この工場についての推測を話しておこうと思いまして」
光子郎は咄嗟に話を変えていた。
僅かに歯軋りすらしていたが、それを見た者はいない。
着替えを済ましてきたイヴに視線が向いた瞬間だったからだ。
「はい、判りました。……あ、イヴさんおかえりなさい。似合ってますよ」
「うん、可愛いわ」
「あ、ありがとう……」
イヴはナース服に着替えていた。
その可憐な姿は確かに愛らしかった。だけど光子郎にはそれを思う余地すら無い。
フェイトとブルーがイヴにおかえりというのを後目に、光子郎は思考を整理する。
フェイトにイヴへの危険性を伝えるのは後だ。まず今は……
「それで光子郎さん、工場についての推測というのは?」
「はい、それですが……この工場の存在意義については話しましたよね」
「『創造と破壊を繰り返すことで循環するエネルギーが正常かどうかを確認する為だけに存在している』
……でしたね」
光子郎は頷く。
「この工場にあった電池は偽物でした。ですがこの工場の目的は変わり無いと思います。
そうでなければファクトリアルタウンの名が付けられている事も、
同じように意味の無い創造と破壊を繰り返している事も説明がつきません。
というより電池が偽物だったからこそ間違いないとも言えます」
「どういう事ですか?」
「この工場を維持するためにはエネルギーが要ります。
あのファクトリアルタウンの物を丸々持ってきたというならまだ判ります。
ですが単なる複製ではなく電池は偽物で、それなのにこの工場は動いている。
仮に電池が使えないとすれば、別のエネルギーを使って改造してでも動かしている。
そうまでしてこの工場の機能が必要なんです、この世界には」
フェイトはなるほどと頷く。
他に可能性が無いとは言わないが、少なくとも矛盾のない理論に思えた。
「その動力源が何処にあるかは判りませんが……きっと、この工場ではありません。
あれだけ捜しても見つからなかったのですから」
「見えないところに有るんじゃ……」
「それは無いと思います。…………これは、根拠は有りませんけれど」
つまりは勘という事だろう。
彼もそういった勘に頼る事が有るのかと思うと、少し不思議な気に感じられた。
光子郎は話を誤魔化せた事、つまりイヴに対し妙な様子を見せなかった事に安堵すると、フェイトにメモを見せた。
そこには無数の文字とプログラムらしきもの、数式の走り書きがびっしりと書き込まれていた。
図式なども含まれている。
「一応、この工場内のエネルギーの流れを紙に書いてみたのですが……」
それは相当にややこしいものだった。
おそらく理解はされないだろうし、それで話が終わるならそれで良いと思った。
しかしフェイトはそれを見てあっさりと答える。
「向こうの部屋のラインが、この式ですね」
「え……判るんですか?」
「あ、うん。その……私、数式とかは得意だから。魔法の構造とか高等数学が絡んでいるんです」
「そうなんですか」
光子郎はふむと頷いた。
これは予想外の収穫かもしれない。
必要な式などを書いたのは自分だが、計算が必要な部分では多少手間取っていた。
そういう時に力を借りていたパソコンの処理能力が借りられない為だ。
しかしフェイトは光子郎が計算に時間を費やした式を一瞬で読み解いてしまった。
数学的な能力に置いて、フェイトは相当にずば抜けているらしい。
(パソコンの代わりというと言い方が悪いですが、複雑な計算を要する分析の時は頼りになるでしょうね。
この世界の仕組みを解析する力になるかもしれません。
……この状況が解決すれば、ですけど)
本当はフェイトに、イヴは危険だと伝える予定だった。
だがそれは僅かに間に合わず、イヴが部屋に戻ってくる音がした。
「何ですか、光子郎さん?」
それと同時に発せられたフェイトの言葉に困り。
「え、えーっと……この工場についての推測を話しておこうと思いまして」
光子郎は咄嗟に話を変えていた。
僅かに歯軋りすらしていたが、それを見た者はいない。
着替えを済ましてきたイヴに視線が向いた瞬間だったからだ。
「はい、判りました。……あ、イヴさんおかえりなさい。似合ってますよ」
「うん、可愛いわ」
「あ、ありがとう……」
イヴはナース服に着替えていた。
その可憐な姿は確かに愛らしかった。だけど光子郎にはそれを思う余地すら無い。
フェイトとブルーがイヴにおかえりというのを後目に、光子郎は思考を整理する。
フェイトにイヴへの危険性を伝えるのは後だ。まず今は……
「それで光子郎さん、工場についての推測というのは?」
「はい、それですが……この工場の存在意義については話しましたよね」
「『創造と破壊を繰り返すことで循環するエネルギーが正常かどうかを確認する為だけに存在している』
……でしたね」
光子郎は頷く。
「この工場にあった電池は偽物でした。ですがこの工場の目的は変わり無いと思います。
そうでなければファクトリアルタウンの名が付けられている事も、
同じように意味の無い創造と破壊を繰り返している事も説明がつきません。
というより電池が偽物だったからこそ間違いないとも言えます」
「どういう事ですか?」
「この工場を維持するためにはエネルギーが要ります。
あのファクトリアルタウンの物を丸々持ってきたというならまだ判ります。
ですが単なる複製ではなく電池は偽物で、それなのにこの工場は動いている。
仮に電池が使えないとすれば、別のエネルギーを使って改造してでも動かしている。
そうまでしてこの工場の機能が必要なんです、この世界には」
フェイトはなるほどと頷く。
他に可能性が無いとは言わないが、少なくとも矛盾のない理論に思えた。
「その動力源が何処にあるかは判りませんが……きっと、この工場ではありません。
あれだけ捜しても見つからなかったのですから」
「見えないところに有るんじゃ……」
「それは無いと思います。…………これは、根拠は有りませんけれど」
つまりは勘という事だろう。
彼もそういった勘に頼る事が有るのかと思うと、少し不思議な気に感じられた。
光子郎は話を誤魔化せた事、つまりイヴに対し妙な様子を見せなかった事に安堵すると、フェイトにメモを見せた。
そこには無数の文字とプログラムらしきもの、数式の走り書きがびっしりと書き込まれていた。
図式なども含まれている。
「一応、この工場内のエネルギーの流れを紙に書いてみたのですが……」
それは相当にややこしいものだった。
おそらく理解はされないだろうし、それで話が終わるならそれで良いと思った。
しかしフェイトはそれを見てあっさりと答える。
「向こうの部屋のラインが、この式ですね」
「え……判るんですか?」
「あ、うん。その……私、数式とかは得意だから。魔法の構造とか高等数学が絡んでいるんです」
「そうなんですか」
光子郎はふむと頷いた。
これは予想外の収穫かもしれない。
必要な式などを書いたのは自分だが、計算が必要な部分では多少手間取っていた。
そういう時に力を借りていたパソコンの処理能力が借りられない為だ。
しかしフェイトは光子郎が計算に時間を費やした式を一瞬で読み解いてしまった。
数学的な能力に置いて、フェイトは相当にずば抜けているらしい。
(パソコンの代わりというと言い方が悪いですが、複雑な計算を要する分析の時は頼りになるでしょうね。
この世界の仕組みを解析する力になるかもしれません。
……この状況が解決すれば、ですけど)
どうやらイヴも、それからもちろんブルーも、大した興味も無く聞き流したらしい。
「それではフェイトさん、難しい計算が有る時はまた聞いても良いですか?」
「はい。光子郎さんもあまり背負い込まないでくださいね」
フェイトは小さく笑ってそう言って。
光子郎は再び思考の海に沈んだ。
(さて、どうしたものでしょうね……)
それぞれの思惑が表面化することは無く、全ては水面下で絡み合う。
「それではフェイトさん、難しい計算が有る時はまた聞いても良いですか?」
「はい。光子郎さんもあまり背負い込まないでくださいね」
フェイトは小さく笑ってそう言って。
光子郎は再び思考の海に沈んだ。
(さて、どうしたものでしょうね……)
それぞれの思惑が表面化することは無く、全ては水面下で絡み合う。
* * *
ブルーは考えていた。
(光子郎って子はアタシを疑っているのかしら)
ブルーは、光子郎が自分を疑っているのではないかと疑っていた。
その可能性は随分と高い。
先程からブルーの話ばかり聞きたがっているのだからブルーから知りたい事があるのだろう。
フェイトに話しかけようとした時も様子が変だった。
イヴが帰ってきた途端、まるで途中から話題をすり替えたような違和感を感じた。
(イヴちゃんを刺激する……廃病院の話って事かしらね。
廃病院での事について、フェイトちゃんと話したい事が有ったとか)
廃病院での出来事を勘ぐっているという事は、ブルーを疑っているようなものだ。
だが、もうブルーの正体に気づいているのだろうか?
少し考えて、すぐにその可能性を否定する。
(それは無いわね。まだ尻尾を掴まれてはいないはずだわ)
そもそも尻尾はまだブルーの内心にしまいこまれている。
病院で少女を扇動し争いを起こさせた事。
弱った心につけ込んでイヴを操りつつある事。
あの青い薬が年齢詐称薬である事。
どれも確信は無いはずだ。なにせ証拠が残るような事をしていないのだから。
(光子郎がアタシを疑っていたとしても、アタシを始末したりするには証拠が居るわ。
襲ってきて正当防衛という言い訳も無いではないけど、4歳の女の子相手にはムリだもの)
まだ自らの方が優位に立っている事を確信して、言った。
(光子郎って子はアタシを疑っているのかしら)
ブルーは、光子郎が自分を疑っているのではないかと疑っていた。
その可能性は随分と高い。
先程からブルーの話ばかり聞きたがっているのだからブルーから知りたい事があるのだろう。
フェイトに話しかけようとした時も様子が変だった。
イヴが帰ってきた途端、まるで途中から話題をすり替えたような違和感を感じた。
(イヴちゃんを刺激する……廃病院の話って事かしらね。
廃病院での事について、フェイトちゃんと話したい事が有ったとか)
廃病院での出来事を勘ぐっているという事は、ブルーを疑っているようなものだ。
だが、もうブルーの正体に気づいているのだろうか?
少し考えて、すぐにその可能性を否定する。
(それは無いわね。まだ尻尾を掴まれてはいないはずだわ)
そもそも尻尾はまだブルーの内心にしまいこまれている。
病院で少女を扇動し争いを起こさせた事。
弱った心につけ込んでイヴを操りつつある事。
あの青い薬が年齢詐称薬である事。
どれも確信は無いはずだ。なにせ証拠が残るような事をしていないのだから。
(光子郎がアタシを疑っていたとしても、アタシを始末したりするには証拠が居るわ。
襲ってきて正当防衛という言い訳も無いではないけど、4歳の女の子相手にはムリだもの)
まだ自らの方が優位に立っている事を確信して、言った。
「光子郎はわたしの話を聞きたいの?」
「え、それは……」
「……大丈夫。わたしは落ち着いたから、気になる事が有ったらできるだけ答えるわ」
光子郎が戸惑う一方で、風呂上がりのイヴの表情が暗くなる。
この島に来てからの事は何もかも思い出したくない事だ。
だからブルーは、そんなイヴに顔を向けて口元で優しく笑みを浮かべて見せる。
「でもイヴさんは思い出したくない事だから、続きは向こうの部屋で話しましょう」
根本的な解決ではないが、それでもイヴは少しだけホッとした。
そしてフェイトも心配げに気遣う。
「そんなにムリしなくても……」
「大丈夫よ、フェイトさん。わたしは大丈夫だから、良いの。
光子郎さんはきっと、大切な事だから聞いているのよ」
「それは……」
フェイトにもそれは判る。
光子郎は確かに好奇心や探求心が強い、やや強すぎると言っても良い性格をしている。
だけど人の心を全く理解しない人でも、感情を無視する人でもない。
その事は判っている。
「え、それは……」
「……大丈夫。わたしは落ち着いたから、気になる事が有ったらできるだけ答えるわ」
光子郎が戸惑う一方で、風呂上がりのイヴの表情が暗くなる。
この島に来てからの事は何もかも思い出したくない事だ。
だからブルーは、そんなイヴに顔を向けて口元で優しく笑みを浮かべて見せる。
「でもイヴさんは思い出したくない事だから、続きは向こうの部屋で話しましょう」
根本的な解決ではないが、それでもイヴは少しだけホッとした。
そしてフェイトも心配げに気遣う。
「そんなにムリしなくても……」
「大丈夫よ、フェイトさん。わたしは大丈夫だから、良いの。
光子郎さんはきっと、大切な事だから聞いているのよ」
「それは……」
フェイトにもそれは判る。
光子郎は確かに好奇心や探求心が強い、やや強すぎると言っても良い性格をしている。
だけど人の心を全く理解しない人でも、感情を無視する人でもない。
その事は判っている。
そして光子郎は、少し動揺していた。
今、光子郎が本当にしたいのはフェイトと二人だけで話す事だ。
そうしてイヴが危険である確証を彼女に伝えたい。
だが無理にそうすれば警戒したイヴは先手を打って襲ってくるかもしれない。
フェイトがすぐに信じてくれるとは限らない。
状況証拠が揃っていてもすぐには信じず、イヴが演技を続ければ隙を見せてしまうかもしれない。
イヴはフェイトを殺害し、更に物理的な面では弱い光子郎とブルーも殺されてしまうだろう。
(フェイトさんに伝えるのはフェイトさんが確実に信じてくれる確証を掴んだ後。
あるいはイヴを警戒させないで伝えられる機会が有ったときだけだ)
もっと詳しくブルーから話を聞けば、より深く真相に迫ることが出来るかもしれない。
明確な証拠を見つければフェイトを納得させる事も出来る。
ブルーと二人だけで話すのは思いの外に有り難い機会だった。
「それではお願いしていいですか?」
「うん。それじゃ向こうの部屋ね」
そうして光子郎とブルーは、別の部屋へと移った。
今、光子郎が本当にしたいのはフェイトと二人だけで話す事だ。
そうしてイヴが危険である確証を彼女に伝えたい。
だが無理にそうすれば警戒したイヴは先手を打って襲ってくるかもしれない。
フェイトがすぐに信じてくれるとは限らない。
状況証拠が揃っていてもすぐには信じず、イヴが演技を続ければ隙を見せてしまうかもしれない。
イヴはフェイトを殺害し、更に物理的な面では弱い光子郎とブルーも殺されてしまうだろう。
(フェイトさんに伝えるのはフェイトさんが確実に信じてくれる確証を掴んだ後。
あるいはイヴを警戒させないで伝えられる機会が有ったときだけだ)
もっと詳しくブルーから話を聞けば、より深く真相に迫ることが出来るかもしれない。
明確な証拠を見つければフェイトを納得させる事も出来る。
ブルーと二人だけで話すのは思いの外に有り難い機会だった。
「それではお願いしていいですか?」
「うん。それじゃ向こうの部屋ね」
そうして光子郎とブルーは、別の部屋へと移った。
* * *
「それで光子郎は何の話を聞きたいの?」
「はい、病院での事なんですが……」
そう言って言葉に詰まる。
別室に別れてまで話を聞くことになったが、考えればその内容は非情なものだ。
人が死んだ光景とそれに関する事について掘り返すのだから。
(殺人事件を担当する刑事さんの気持ちが判る気がしますね)
それでも、光子郎の中で勝つのは理性と、そして探求心だ。
より良い選択をする為に全てを知ろうとするのが光子郎という少年だった。
あくまで良い事の為に。
「……良いですか、辛かったら無理に思い出してもらわなくても構いません」
「うん」
ブルーは見た目相応の子供らしく頷いてみせた。
「ビュティさんは……どういう風に死んだか判りますか?
死因とか、争いの音とかです」
「それは……」
ブルーは少し考える。質問の意図とその回答を。
(アタシを疑っているとすれば、後になってイヴからも話を聞いて矛盾を洗う気かもしれないわね。
でもアタシには“イヴを庇ってウソをつく”という建前が有るわ。
それに今のイヴから病院の事を聞き出すのは難しいはず。
だからウソを吐いたり話さなくても大丈夫な場面だけれど、適度に答えて信用を得た方がいいわ。
アタシに絡む事は……無いはずだもの)
そこまでを考え、情景を思い起こして答える。
「死に方は……ひどかったわ。ビュティさんは、真っ二つになって死んでいたの」
「真っ二つですか。……想像以上だ」
光子郎は青ざめつつも、納得した様子で頷いた。
返り血で血塗れになるからには至近戦で鋭利な刃物を使ったと考えるのが妥当だ。
ただ、それに人を一刀両断にしてしまう程の破壊力が有る事は予想外だった。
(確か人の体は思いの外に丈夫で、首だけでさえ一刀で断ち切るのは難しいと聞いた事が有ります。
小耳に挟んだだけですが、おそらく事実でしょう。
つまりイヴさんはそれほどの切れ味を持った武器と技を隠している事になる。
……現時点でフェイトさんに話していない事は正解かもしれませんね)
思い悩む光子郎を見て、ブルーもまた思う。
ブルーには光子郎の思考が見えつつあった。
(つまり光子郎が考えてる事って……そういう事なわけ?)
それを確かめる為、揺さぶる。
「そういえば、駆け付ける前に銃声も聞こえたわ」
「銃声、ですか?」
「でもあれは、ビュティさんの使っていた銃の音だと思うの。
きっとビュティさんがイヴさんに向けて撃ったんだわ」
「待って下さい、その銃はどこに?」
「イヴさんが持っている傘がそうなの」
「そ、そうですか……」
光子郎は顔を強張らせる。
あのアタッシュケースにばかり気を取られていたが、そんな武器まで有ったのだ。
(残弾が残っているかは判りませんが、遠近どちらの武器も有る事になる。
その上でブルーさんを丸め込み隠れ蓑にしている狡猾な相手という事になります。
まずいですね。現状は……劣勢です)
光子郎はブルーにまるで注意を向けず深刻に思い悩む。
その様子で確信を得て、ブルーはほくそ笑んだ。
間違いない、光子郎はイヴの方を疑っている。
(両方を疑ってるのかもしれないけど、それでも本命はイヴと思ってるようね。
少なくとも、アタシがイヴちゃんを操って殺させた……そう思ってはいないようだわ。
アタシが薬で若返っている事なんて思いもしない。
気づけば何よりアタシを疑うはずだもの。
ホホ、ざまーないわね)
光子郎に向けて抱いた警戒の念が解ける。
その後も光子郎はブルーに幾つかの質問をした。
だけどその目的が見えた以上、それはブルーにとって危惧するような内容ではなかった。
イヴのこと、病院のことを一つ一つ落ち着きすら見せて回答していく。
(適度に疑わせときましょ。つつきすぎて暴走させてくれたら御の字かしら。
イヴちゃんには悪いけど、もっと傷付けばもっとアタシに依存してくれるはずだもの。
人を殺すのをイヴちゃんに任せられれば楽で良いわね。あれは……とても疲れるし)
双葉を刺した感触は、あまり何度も感じたい物ではなかった。
それをイヴで間接的に行えるなら、願ってもない事だと言えた。
ブルーは浮かびそうになる薄笑いを押し込めて、心の中で光子郎を嘲笑った。
「はい、病院での事なんですが……」
そう言って言葉に詰まる。
別室に別れてまで話を聞くことになったが、考えればその内容は非情なものだ。
人が死んだ光景とそれに関する事について掘り返すのだから。
(殺人事件を担当する刑事さんの気持ちが判る気がしますね)
それでも、光子郎の中で勝つのは理性と、そして探求心だ。
より良い選択をする為に全てを知ろうとするのが光子郎という少年だった。
あくまで良い事の為に。
「……良いですか、辛かったら無理に思い出してもらわなくても構いません」
「うん」
ブルーは見た目相応の子供らしく頷いてみせた。
「ビュティさんは……どういう風に死んだか判りますか?
死因とか、争いの音とかです」
「それは……」
ブルーは少し考える。質問の意図とその回答を。
(アタシを疑っているとすれば、後になってイヴからも話を聞いて矛盾を洗う気かもしれないわね。
でもアタシには“イヴを庇ってウソをつく”という建前が有るわ。
それに今のイヴから病院の事を聞き出すのは難しいはず。
だからウソを吐いたり話さなくても大丈夫な場面だけれど、適度に答えて信用を得た方がいいわ。
アタシに絡む事は……無いはずだもの)
そこまでを考え、情景を思い起こして答える。
「死に方は……ひどかったわ。ビュティさんは、真っ二つになって死んでいたの」
「真っ二つですか。……想像以上だ」
光子郎は青ざめつつも、納得した様子で頷いた。
返り血で血塗れになるからには至近戦で鋭利な刃物を使ったと考えるのが妥当だ。
ただ、それに人を一刀両断にしてしまう程の破壊力が有る事は予想外だった。
(確か人の体は思いの外に丈夫で、首だけでさえ一刀で断ち切るのは難しいと聞いた事が有ります。
小耳に挟んだだけですが、おそらく事実でしょう。
つまりイヴさんはそれほどの切れ味を持った武器と技を隠している事になる。
……現時点でフェイトさんに話していない事は正解かもしれませんね)
思い悩む光子郎を見て、ブルーもまた思う。
ブルーには光子郎の思考が見えつつあった。
(つまり光子郎が考えてる事って……そういう事なわけ?)
それを確かめる為、揺さぶる。
「そういえば、駆け付ける前に銃声も聞こえたわ」
「銃声、ですか?」
「でもあれは、ビュティさんの使っていた銃の音だと思うの。
きっとビュティさんがイヴさんに向けて撃ったんだわ」
「待って下さい、その銃はどこに?」
「イヴさんが持っている傘がそうなの」
「そ、そうですか……」
光子郎は顔を強張らせる。
あのアタッシュケースにばかり気を取られていたが、そんな武器まで有ったのだ。
(残弾が残っているかは判りませんが、遠近どちらの武器も有る事になる。
その上でブルーさんを丸め込み隠れ蓑にしている狡猾な相手という事になります。
まずいですね。現状は……劣勢です)
光子郎はブルーにまるで注意を向けず深刻に思い悩む。
その様子で確信を得て、ブルーはほくそ笑んだ。
間違いない、光子郎はイヴの方を疑っている。
(両方を疑ってるのかもしれないけど、それでも本命はイヴと思ってるようね。
少なくとも、アタシがイヴちゃんを操って殺させた……そう思ってはいないようだわ。
アタシが薬で若返っている事なんて思いもしない。
気づけば何よりアタシを疑うはずだもの。
ホホ、ざまーないわね)
光子郎に向けて抱いた警戒の念が解ける。
その後も光子郎はブルーに幾つかの質問をした。
だけどその目的が見えた以上、それはブルーにとって危惧するような内容ではなかった。
イヴのこと、病院のことを一つ一つ落ち着きすら見せて回答していく。
(適度に疑わせときましょ。つつきすぎて暴走させてくれたら御の字かしら。
イヴちゃんには悪いけど、もっと傷付けばもっとアタシに依存してくれるはずだもの。
人を殺すのをイヴちゃんに任せられれば楽で良いわね。あれは……とても疲れるし)
双葉を刺した感触は、あまり何度も感じたい物ではなかった。
それをイヴで間接的に行えるなら、願ってもない事だと言えた。
ブルーは浮かびそうになる薄笑いを押し込めて、心の中で光子郎を嘲笑った。
* * *
光子郎がブルーと共に部屋を出ていくのを、イヴは複雑な表情で見送った。
傷を掘り返しかねない光子郎にしばらくの間だけ会わずに済む事。
自分を許してくれるブルーから離れてしまう事。
安堵と不安がイヴを包み込む。
イヴは自らを自らの腕で抱え込み、俯いて……震えた。
「大丈夫? ……イヴ」
そんなイヴに対して、フェイトは自然とそう呼びかけていた。
イヴはそっと顔を上げた。
傷を掘り返しかねない光子郎にしばらくの間だけ会わずに済む事。
自分を許してくれるブルーから離れてしまう事。
安堵と不安がイヴを包み込む。
イヴは自らを自らの腕で抱え込み、俯いて……震えた。
「大丈夫? ……イヴ」
そんなイヴに対して、フェイトは自然とそう呼びかけていた。
イヴはそっと顔を上げた。
フェイトが人をさん付けで呼ぶ事は、実はあまり無い。
呼び捨てる事が殆どだ。
この島に来てからさん付けでそう呼んでいたのは、最初に会った光子郎が
何故か“光子郎さん”と呼ぶ方がしっくり来るように感じられた事。
それと何よりフェイト自身が緊張していたからに他ならない。
フェイトはこの島の危険性について、十分に理解はしていた。
この島で人を信じるのが危険な事だって判っていた。
心の弱さだけでは無く、誰かの為の切ないまでに強い想いすら凶器になる事を知っていた。
だけどそれでも、フェイトは出会った人達を信じる事を迷わなかった。
(だって、疑って、すれ違って、傷つけ合って、失って……そんなのじゃあまりに悲しすぎるから)
話し合って解り合えない人も居るだろう。
だけど“話し合って解り合える人も居るかもしれない”。
明らかな敵でない限りは相手を信じて、人を信じて、話し合いたい。
それで騙されて殺される危険が有ったとしてもだ。
(でもこれも……傲慢なのかな)
フェイトは一瞬だけ母の最期を思い出した。
フェイトを裏切り傷つけた母親だった。だけどそれでもフェイトは母に手を差し伸べて……否定された。
フェイトの母親の最期は、そんなものだった。
呼び捨てる事が殆どだ。
この島に来てからさん付けでそう呼んでいたのは、最初に会った光子郎が
何故か“光子郎さん”と呼ぶ方がしっくり来るように感じられた事。
それと何よりフェイト自身が緊張していたからに他ならない。
フェイトはこの島の危険性について、十分に理解はしていた。
この島で人を信じるのが危険な事だって判っていた。
心の弱さだけでは無く、誰かの為の切ないまでに強い想いすら凶器になる事を知っていた。
だけどそれでも、フェイトは出会った人達を信じる事を迷わなかった。
(だって、疑って、すれ違って、傷つけ合って、失って……そんなのじゃあまりに悲しすぎるから)
話し合って解り合えない人も居るだろう。
だけど“話し合って解り合える人も居るかもしれない”。
明らかな敵でない限りは相手を信じて、人を信じて、話し合いたい。
それで騙されて殺される危険が有ったとしてもだ。
(でもこれも……傲慢なのかな)
フェイトは一瞬だけ母の最期を思い出した。
フェイトを裏切り傷つけた母親だった。だけどそれでもフェイトは母に手を差し伸べて……否定された。
フェイトの母親の最期は、そんなものだった。
「フェイト……さん……」
フェイトと同じ、金髪の長いツインテールがゆっくりと揺れる。
この一点においてだけ、二人の外見は驚くほどよく似ていた。
髪だけを見れば見間違える人も居るかもしれない。
そして内面も……フェイトにとって、到底放っておけるものではなかった。
本当は警戒しなければならない相手だと理屈では判っている。
だけどその姿はあまりに弱々しくて、寂しそうで……力になりたいと思った。
警戒なんて出来るはずがなかった。
フェイトと同じ、金髪の長いツインテールがゆっくりと揺れる。
この一点においてだけ、二人の外見は驚くほどよく似ていた。
髪だけを見れば見間違える人も居るかもしれない。
そして内面も……フェイトにとって、到底放っておけるものではなかった。
本当は警戒しなければならない相手だと理屈では判っている。
だけどその姿はあまりに弱々しくて、寂しそうで……力になりたいと思った。
警戒なんて出来るはずがなかった。
「……お話、しよう」
「え……っ」
イヴは息を呑む。また、罪を思い出さなければならないのか?
フェイトはそれをすぐに否定した。
「なんでも良いよ。まずは出来るだけ楽しかった事、嬉しかった事……幸せな事を思い出そう」
「幸せな事を……?」
「うん。それに浸って立ち止まっていてもダメだけれど……悲しい顔や辛い顔だけじゃ前に進めない。
誰かの笑顔を思い出そう。みんなに……力をもらおう……」
「前に……?」
真っ先に思い出したのは……スヴェンの笑顔。
イヴを鬼から人にしてくれた男の顔。だけど。
イヴの中のスヴェンは、悲しげな瞳でイヴを見ていた。
「ダメ。私じゃ……もう、笑ってもらえない」
「そんな………………」
そんな事は無いなんて、言えなかった。
一体何をしてどうしようとも笑顔をくれない人も居る。だから。
「…………え?」
ぎゅっと。
フェイトはイヴの手を取って、暖かく包んでいた。
「それじゃ私も力を上げる。だから……一緒に、がんばろう」
「わ、私は人を……ころ…………!!」
フェイトを振り払おうとする手を、優しく、しっかりと掴み続ける。
罪を抱き締め続ける。
「それも、忘れちゃいけない」
「…………!!」
フェイトはイヴがどんな経緯を辿ったのかは知らない。
正当防衛だという言葉を信じてはいた。
だけどそうと聞いただけの身で『あなたは悪くない』だなんて言えなかった。
何より……どんな理由であれ人を殺してしまった事を、忘れていい事だとは思えなかった。
だから罪に震えるイヴに共感を抱いて。
「でも、本当に悔いているなら……償いをして、それから前に進もう。
出来るだけの事をしよう。同じ事を繰り返さず、同じ事が起きるのを止めよう。
それでももし許してくれないというなら……」
「許してくれなかったら……?」
温かい手になりたいと思った。
かつて自らに差し伸べられたような温かい手を差し伸べたいと思った。
「私も一緒に怒られるよ。一緒に泣いて、一緒に笑おう。……ね?」
「え……っ」
イヴは息を呑む。また、罪を思い出さなければならないのか?
フェイトはそれをすぐに否定した。
「なんでも良いよ。まずは出来るだけ楽しかった事、嬉しかった事……幸せな事を思い出そう」
「幸せな事を……?」
「うん。それに浸って立ち止まっていてもダメだけれど……悲しい顔や辛い顔だけじゃ前に進めない。
誰かの笑顔を思い出そう。みんなに……力をもらおう……」
「前に……?」
真っ先に思い出したのは……スヴェンの笑顔。
イヴを鬼から人にしてくれた男の顔。だけど。
イヴの中のスヴェンは、悲しげな瞳でイヴを見ていた。
「ダメ。私じゃ……もう、笑ってもらえない」
「そんな………………」
そんな事は無いなんて、言えなかった。
一体何をしてどうしようとも笑顔をくれない人も居る。だから。
「…………え?」
ぎゅっと。
フェイトはイヴの手を取って、暖かく包んでいた。
「それじゃ私も力を上げる。だから……一緒に、がんばろう」
「わ、私は人を……ころ…………!!」
フェイトを振り払おうとする手を、優しく、しっかりと掴み続ける。
罪を抱き締め続ける。
「それも、忘れちゃいけない」
「…………!!」
フェイトはイヴがどんな経緯を辿ったのかは知らない。
正当防衛だという言葉を信じてはいた。
だけどそうと聞いただけの身で『あなたは悪くない』だなんて言えなかった。
何より……どんな理由であれ人を殺してしまった事を、忘れていい事だとは思えなかった。
だから罪に震えるイヴに共感を抱いて。
「でも、本当に悔いているなら……償いをして、それから前に進もう。
出来るだけの事をしよう。同じ事を繰り返さず、同じ事が起きるのを止めよう。
それでももし許してくれないというなら……」
「許してくれなかったら……?」
温かい手になりたいと思った。
かつて自らに差し伸べられたような温かい手を差し伸べたいと思った。
「私も一緒に怒られるよ。一緒に泣いて、一緒に笑おう。……ね?」
イヴは思う。
……どうしてだろう。
「どうして、私にそこまでしてくれるの……?」
どうしてこの手は、こんなにも温かいのだろう。
フェイトはイヴに向けて、言った。
「私は、イヴと友達になりたい」
その言葉はとても温かくて…………嬉しかった。
だけど、それでもまだ怖かった。
「こんな島で……なれるの……?」
「なれるよ、きっと」
フェイトの言葉は力強かった。
「私がこの島で、光子郎さんとそうなれたみたいに。
私の友達とも。光子郎さんの友達とも。ブルーちゃんとも。
みんなきっと、友達になれる」
内心の不安――誰かの死や裏切りの可能性を抑え込み、フェイトは断言する。
理屈で言えばきっと有り得ない明るい未来を信じる言葉。
「でも……ビュティさんが死んだのは私のせい」
イヴはそれに圧されて口を滑らせる。
正当防衛という事にしていた罪が、本当の罪であるという懺悔を漏らす。
……何も変わりはしなかった。
「言ったはずだよ。償いをして、それから前に進もう。
出来るだけの事をしよう。同じ事を繰り返さず、同じ事が起きるのを止めよう。
それでももし許してくれないというなら……私が一緒に泣いて、笑うって」
今のフェイトはただイヴと話していた。
イヴがビュティの死を悔やんでいるのなら、それが正当防衛であろうと、過失であろうとも変わらない。
そんな不幸な出来事を繰り返さないように進まなければならない。
もう悔やんだりしなくて済むようにしなければならない。
起きた出来事についてなんて話していない。
ただイヴの心に訴えていた。
「フェイト…………」
イヴはフェイトの言葉に答えようとして。
……どうしてだろう。
「どうして、私にそこまでしてくれるの……?」
どうしてこの手は、こんなにも温かいのだろう。
フェイトはイヴに向けて、言った。
「私は、イヴと友達になりたい」
その言葉はとても温かくて…………嬉しかった。
だけど、それでもまだ怖かった。
「こんな島で……なれるの……?」
「なれるよ、きっと」
フェイトの言葉は力強かった。
「私がこの島で、光子郎さんとそうなれたみたいに。
私の友達とも。光子郎さんの友達とも。ブルーちゃんとも。
みんなきっと、友達になれる」
内心の不安――誰かの死や裏切りの可能性を抑え込み、フェイトは断言する。
理屈で言えばきっと有り得ない明るい未来を信じる言葉。
「でも……ビュティさんが死んだのは私のせい」
イヴはそれに圧されて口を滑らせる。
正当防衛という事にしていた罪が、本当の罪であるという懺悔を漏らす。
……何も変わりはしなかった。
「言ったはずだよ。償いをして、それから前に進もう。
出来るだけの事をしよう。同じ事を繰り返さず、同じ事が起きるのを止めよう。
それでももし許してくれないというなら……私が一緒に泣いて、笑うって」
今のフェイトはただイヴと話していた。
イヴがビュティの死を悔やんでいるのなら、それが正当防衛であろうと、過失であろうとも変わらない。
そんな不幸な出来事を繰り返さないように進まなければならない。
もう悔やんだりしなくて済むようにしなければならない。
起きた出来事についてなんて話していない。
ただイヴの心に訴えていた。
「フェイト…………」
イヴはフェイトの言葉に答えようとして。
二人分の足音が聞こえた。
「あ、二人とも帰ってきたのかな……」
「ぁ…………」
イヴは発そうとした言葉を呑み込んだ。
どうしてかは判らない。
だけど……怖い、と思った。
フェイトが間を取り持ってくれるとしても、光子郎とまた出会うことが。
なにより自分を赦してくれたブルーの居ない所でフェイトにも赦してもらった事が、怖かった。
それは、輝かしいはずの未来への怖れ。
例えるなら学校を卒業し上の学校に入学するような、未知への不安だった。
「ぁ…………」
イヴは発そうとした言葉を呑み込んだ。
どうしてかは判らない。
だけど……怖い、と思った。
フェイトが間を取り持ってくれるとしても、光子郎とまた出会うことが。
なにより自分を赦してくれたブルーの居ない所でフェイトにも赦してもらった事が、怖かった。
それは、輝かしいはずの未来への怖れ。
例えるなら学校を卒業し上の学校に入学するような、未知への不安だった。
「……私、ちょっとトイレに行ってきます」
イヴはほんの少しだけ、逃げだした。
心の準備をするために。
「うん、じゃあいってらっしゃい」
きっと少しの間、一人で考えたいのだろう。フェイトはそれを正確に理解した。
だから快くイヴを送り出して。
それから、二人が帰ってきた。
イヴはほんの少しだけ、逃げだした。
心の準備をするために。
「うん、じゃあいってらっしゃい」
きっと少しの間、一人で考えたいのだろう。フェイトはそれを正確に理解した。
だから快くイヴを送り出して。
それから、二人が帰ってきた。
「光子郎さんもブルーちゃんも、おかえりなさい」
* * *
「イヴさんは、どうしたんですか?」
「少し、席を外してます。大丈夫、すぐに戻ってくるから」
「そうですか」
光子郎は少し考えた。
今ならイヴには聞かせずに、イヴに対する警告をフェイトにする事ができる。
だが、フェイトがイヴを信用していればそれを信じず、あるいはイヴに問いつめてしまうかもしれない。
といってもこのままイヴを泳がせておくのも危険だろう。
(さて、どうしたものでしょうね……)
光子郎の見つめる先で、フェイトはなにげなく部屋の窓から外を見た。
工場二階の部屋からは鬱蒼とした森が広がるばかりで、見えるものは少ない。
なんてことはない景色が広がっていて……。
「少し、席を外してます。大丈夫、すぐに戻ってくるから」
「そうですか」
光子郎は少し考えた。
今ならイヴには聞かせずに、イヴに対する警告をフェイトにする事ができる。
だが、フェイトがイヴを信用していればそれを信じず、あるいはイヴに問いつめてしまうかもしれない。
といってもこのままイヴを泳がせておくのも危険だろう。
(さて、どうしたものでしょうね……)
光子郎の見つめる先で、フェイトはなにげなく部屋の窓から外を見た。
工場二階の部屋からは鬱蒼とした森が広がるばかりで、見えるものは少ない。
なんてことはない景色が広がっていて……。
「……光子郎さん、危なくなったらブルーちゃんとイヴをお願いします」
「え……フェイトさん!?」
止める間も無く、フェイトは窓から外へ飛び出す。
次の瞬間、パンッと乾いた音がして閉まっている方の窓にひび割れが走った!
「え……フェイトさん!?」
止める間も無く、フェイトは窓から外へ飛び出す。
次の瞬間、パンッと乾いた音がして閉まっている方の窓にひび割れが走った!
「な、まさか……狙撃ですか!?」
「え……!」
光子郎の言葉にブルーが身を縮め屈み込む。
それを見てハッと気づいた光子郎も体勢を低くする。
続けて二度目の銃声が響いた。
身を屈めた二人は外から狙える位置には居なかった。
(ここは二階です、銃撃はおそらく地上からでしょう。ですが……誰が?)
即座に思い浮かんだのは、何故かこのタイミングで席を外している一人の少女だ。
だがフェイトを殺すならさっき二人っきりで居た時に奇襲すれば良いはずだ。
わざわざ外に出てから撃つ理由なんて……
(……有る。ここで殺せば自分が犯人になってしまいます。
もしまだブルーさんを利用しようと考えているなら、それでは不味い)
だが外からの襲撃で死んだ事にすれば話は別だ。
その時に丁度自分が居なかった事は疑惑を呼ぶが、外からの襲撃者を上手く作れば話は別だ。
例えばこの工場に『たまたま誰かが通りがかって』いるのかもしれない。
そうすればその相手に罪をなすりつければ全ては丸く収まる。
問題は外からの襲撃では確実性が落ちる事だが……
(……フェイトさんが魔法使いという事を知っていて尚やるならば、
それは間違いなく十分な勝算があると考えるべきでしょう。
最初の狙撃が失敗した程度で負ける作戦のわけがない。
おそらく外にはなんらかの罠が仕掛けてある……フェイトさんが危ない!)
だが一つ有利な点は有る。
イヴが外に居ると判っていれば、光子郎はブルーを置いて援護に行ける。
そして光子郎にはイヴが武器と気づいていない武器、風の剣とジャスタウェイが有る!
「ブルーさん、ここで待っていてください。フェイトさんを助けに行きます」
「え……!」
光子郎の言葉にブルーが身を縮め屈み込む。
それを見てハッと気づいた光子郎も体勢を低くする。
続けて二度目の銃声が響いた。
身を屈めた二人は外から狙える位置には居なかった。
(ここは二階です、銃撃はおそらく地上からでしょう。ですが……誰が?)
即座に思い浮かんだのは、何故かこのタイミングで席を外している一人の少女だ。
だがフェイトを殺すならさっき二人っきりで居た時に奇襲すれば良いはずだ。
わざわざ外に出てから撃つ理由なんて……
(……有る。ここで殺せば自分が犯人になってしまいます。
もしまだブルーさんを利用しようと考えているなら、それでは不味い)
だが外からの襲撃で死んだ事にすれば話は別だ。
その時に丁度自分が居なかった事は疑惑を呼ぶが、外からの襲撃者を上手く作れば話は別だ。
例えばこの工場に『たまたま誰かが通りがかって』いるのかもしれない。
そうすればその相手に罪をなすりつければ全ては丸く収まる。
問題は外からの襲撃では確実性が落ちる事だが……
(……フェイトさんが魔法使いという事を知っていて尚やるならば、
それは間違いなく十分な勝算があると考えるべきでしょう。
最初の狙撃が失敗した程度で負ける作戦のわけがない。
おそらく外にはなんらかの罠が仕掛けてある……フェイトさんが危ない!)
だが一つ有利な点は有る。
イヴが外に居ると判っていれば、光子郎はブルーを置いて援護に行ける。
そして光子郎にはイヴが武器と気づいていない武器、風の剣とジャスタウェイが有る!
「ブルーさん、ここで待っていてください。フェイトさんを助けに行きます」
「光子郎……」
それを聞いてブルーは少し考える。光子郎をここで行かせる利点は有るかどうか?
すぐに答えは出た。
「うん。お願い……行って、フェイトさんを助けて」
「ええ!」
光子郎はランドセルを手に扉から飛び出していった。
窓からに比べて遅れるが、光子郎にフェイトの真似はとても出来ない。
ブルーはそれを見送って。
(外からの襲撃だとすれば一人にされるのは危険かもしれないわ。
でもすぐにイヴちゃんがこの部屋に戻ってくるはずだからこれは大丈夫ね。
光子郎を行かせればフェイトが生き残る可能性は上がる。
迷走しているとはいえ疑り深い光子郎が死んで純真なフェイトが生き残れば御の字だわ。
ホホ、せいぜいがんばってらっしゃい)
こっそりとほくそ笑んだ。
それを聞いてブルーは少し考える。光子郎をここで行かせる利点は有るかどうか?
すぐに答えは出た。
「うん。お願い……行って、フェイトさんを助けて」
「ええ!」
光子郎はランドセルを手に扉から飛び出していった。
窓からに比べて遅れるが、光子郎にフェイトの真似はとても出来ない。
ブルーはそれを見送って。
(外からの襲撃だとすれば一人にされるのは危険かもしれないわ。
でもすぐにイヴちゃんがこの部屋に戻ってくるはずだからこれは大丈夫ね。
光子郎を行かせればフェイトが生き残る可能性は上がる。
迷走しているとはいえ疑り深い光子郎が死んで純真なフェイトが生き残れば御の字だわ。
ホホ、せいぜいがんばってらっしゃい)
こっそりとほくそ笑んだ。
――それから数十秒ほどして、イヴが部屋に帰ってきた。
* * *
飛び出したフェイトはまず壁に伝うパイプに手を掛けた。
頭上を無数の散弾が駆け抜け一発は窓を破って音を立てた。
部屋に残った二人の無事を祈り、パイプを滑り降りながら窓から見た場所を振り返る。
それは森の入り口、工場との境目で……銃口が光を照り返し、輝いた。
(第二射……!)
壁を蹴り落下の方向を変える。フェイトの体が宙を舞う。
だが予想していた第二射は聞こえない。
そのまま体を回転させ体勢を立て直し全身を魔力で強化しながら大地に、降り立った。
(今度こそ、来る!)
落下の衝撃を横に逃がし着地した勢いで全身を転がす。
着地地点を無数の散弾が抉りその猛威を示した。
狙い澄ました二射目からを辛うじてかわしきり、フェイトはゆっくりと立ち上がる。
この回避は直勘などではない。
撃ってくるタイミングを計った予測と計算に裏打ちされた回避行動だ。
フェイトの回避行動は論理に基づいた動作を高速で行うものなのである。
それを見て狙撃者は、くすくすと笑った。
「……誰?」
問い掛けに答えずに、狙撃者は森の奥へと足音を響かせる。
茂みを踏む音が遠ざかっていく。
(誘いだ。でも……行くしかない)
そっと背後の工場を振り返る。
森の入り口から二階の窓までの距離はざっと30m程度。散弾でも狙える距離だ。
だが、再び狙撃されるならまだ良い。
工場は入り組んでいて、隠れる場所がとても多い。
散弾銃はそういった狭い場所で猛威を奮った武器なのだ。
フェイトは銃の歴史までは知らなかったが、散弾という特性からその危険性を理解していた。
(それに、みんなは戦わせられない)
工場に居るのは光子郎と、ブルーと、イヴ。
ブルーは戦力として論外だったし、光子郎も直接戦闘は苦手なようだ。
残ったイヴはどうやら戦えるようではある。
襲ってきた(?)ビュティという人を『返り討ちにしてしまった』のだから。
(だけど、今はダメ)
今のイヴは戦わせられない。
必然的に今戦えるのはフェイトだけだ。
そう言う意味で言えば他の皆を巻き込まずに戦えるこの誘いは都合が良いとさえ言えた。
「みんな……必ず戻るから」
だからフェイトは、一人で森へと足を踏み入れた。
頭上を無数の散弾が駆け抜け一発は窓を破って音を立てた。
部屋に残った二人の無事を祈り、パイプを滑り降りながら窓から見た場所を振り返る。
それは森の入り口、工場との境目で……銃口が光を照り返し、輝いた。
(第二射……!)
壁を蹴り落下の方向を変える。フェイトの体が宙を舞う。
だが予想していた第二射は聞こえない。
そのまま体を回転させ体勢を立て直し全身を魔力で強化しながら大地に、降り立った。
(今度こそ、来る!)
落下の衝撃を横に逃がし着地した勢いで全身を転がす。
着地地点を無数の散弾が抉りその猛威を示した。
狙い澄ました二射目からを辛うじてかわしきり、フェイトはゆっくりと立ち上がる。
この回避は直勘などではない。
撃ってくるタイミングを計った予測と計算に裏打ちされた回避行動だ。
フェイトの回避行動は論理に基づいた動作を高速で行うものなのである。
それを見て狙撃者は、くすくすと笑った。
「……誰?」
問い掛けに答えずに、狙撃者は森の奥へと足音を響かせる。
茂みを踏む音が遠ざかっていく。
(誘いだ。でも……行くしかない)
そっと背後の工場を振り返る。
森の入り口から二階の窓までの距離はざっと30m程度。散弾でも狙える距離だ。
だが、再び狙撃されるならまだ良い。
工場は入り組んでいて、隠れる場所がとても多い。
散弾銃はそういった狭い場所で猛威を奮った武器なのだ。
フェイトは銃の歴史までは知らなかったが、散弾という特性からその危険性を理解していた。
(それに、みんなは戦わせられない)
工場に居るのは光子郎と、ブルーと、イヴ。
ブルーは戦力として論外だったし、光子郎も直接戦闘は苦手なようだ。
残ったイヴはどうやら戦えるようではある。
襲ってきた(?)ビュティという人を『返り討ちにしてしまった』のだから。
(だけど、今はダメ)
今のイヴは戦わせられない。
必然的に今戦えるのはフェイトだけだ。
そう言う意味で言えば他の皆を巻き込まずに戦えるこの誘いは都合が良いとさえ言えた。
「みんな……必ず戻るから」
だからフェイトは、一人で森へと足を踏み入れた。
そしてフェイトを、長い銀髪の少女が出迎える。
片手に散弾銃を下げた少女は優雅に一礼すらしてみせる。
その動作はとても優雅で、まるで天使のように美しくて。
「まだこんな時間なのに、なんて贅沢な御馳走なのかしら。お菓子の時間には勿体ないわ」
それなのに、天使のようなその笑顔はまるで悪魔のようだった。
片手に散弾銃を下げた少女は優雅に一礼すらしてみせる。
その動作はとても優雅で、まるで天使のように美しくて。
「まだこんな時間なのに、なんて贅沢な御馳走なのかしら。お菓子の時間には勿体ないわ」
それなのに、天使のようなその笑顔はまるで悪魔のようだった。
* * *
「それじゃフェイトは一人で戦いに行ったの!?」
「そうよ。でも光子郎がすぐに追いかけたわ」
「そんな……」
銃声に気づいて慌てて、だけど慎重に帰ってきたイヴはブルーの言葉に驚いた。
いきなり撃ってくるような相手にフェイトが一人で出ていってしまったのだという。
それがどれだけ危険な事か、考えるまでもない。
だからイヴも迷わず部屋を飛び出して行こうとする。
「待って! 置いていかないで!」
慌ててブルーはそれを止めた。
恐らく無い、あるいは居ても遅れて向かった光子郎を狙うだろうが、敵が複数だと危険だ。
だから言うことを聞くイヴを手元に置いておきたかった。
自分の“お願い”にイヴが逆らうはずもないと確信して。
……しかし。
「そうよ。でも光子郎がすぐに追いかけたわ」
「そんな……」
銃声に気づいて慌てて、だけど慎重に帰ってきたイヴはブルーの言葉に驚いた。
いきなり撃ってくるような相手にフェイトが一人で出ていってしまったのだという。
それがどれだけ危険な事か、考えるまでもない。
だからイヴも迷わず部屋を飛び出して行こうとする。
「待って! 置いていかないで!」
慌ててブルーはそれを止めた。
恐らく無い、あるいは居ても遅れて向かった光子郎を狙うだろうが、敵が複数だと危険だ。
だから言うことを聞くイヴを手元に置いておきたかった。
自分の“お願い”にイヴが逆らうはずもないと確信して。
……しかし。
「……ブルーさん……ごめんなさい、隠れていて。フェイトを放ってなんておけない」
「な……どうして?」
ブルーは目に見えるほどの動揺を浮かべた。
それを状況への恐怖だと受け取って、イヴはすまなさそうに言う。
「フェイトは……私の。ううん、私達の友達になってくれる人だから……」
ブルーはその言葉に違和感と疑問を感じて、訊ねる。
「どうしたの?」
「……フェイトも、私を赦してくれる……」
かもしれない、という一文を呑み込む。
フェイトはイヴを赦して友達になると良い、同時にイヴに前に進んで欲しいと言った。
フェイトは『友達になるから前に進もう』という意味合いで言った言葉だが、
イヴは『前に進めば友達になってくれる』と微妙に違う受け止め方をしていた。
(赦してもらう為に……護らなきゃ。フェイトを……光子郎さんも……!)
赦しと絆に餓えた少女は必死だった。
「……そういうこと」
イヴの言葉を聞いてブルーは納得した。
ふたりっきりで居る時にイヴとフェイトは言葉を交わし、フェイトはイヴを赦したのだ。
(純真だと甘く見ていたのは失敗かしら。このままじゃイヴちゃんを取られるかも……。
……でもフェイトごと丸め込めば問題ないか。
それに無理に引き止めれば焦るイヴちゃんが暴走しちゃうかも……)
この場は仕方ないと考え、ブルーは言った。
「それじゃわたしは隠れているわ。イヴさん、みんなを助けてきて」
「うん……!」
そしてイヴも部屋を飛び出し。
「な……どうして?」
ブルーは目に見えるほどの動揺を浮かべた。
それを状況への恐怖だと受け取って、イヴはすまなさそうに言う。
「フェイトは……私の。ううん、私達の友達になってくれる人だから……」
ブルーはその言葉に違和感と疑問を感じて、訊ねる。
「どうしたの?」
「……フェイトも、私を赦してくれる……」
かもしれない、という一文を呑み込む。
フェイトはイヴを赦して友達になると良い、同時にイヴに前に進んで欲しいと言った。
フェイトは『友達になるから前に進もう』という意味合いで言った言葉だが、
イヴは『前に進めば友達になってくれる』と微妙に違う受け止め方をしていた。
(赦してもらう為に……護らなきゃ。フェイトを……光子郎さんも……!)
赦しと絆に餓えた少女は必死だった。
「……そういうこと」
イヴの言葉を聞いてブルーは納得した。
ふたりっきりで居る時にイヴとフェイトは言葉を交わし、フェイトはイヴを赦したのだ。
(純真だと甘く見ていたのは失敗かしら。このままじゃイヴちゃんを取られるかも……。
……でもフェイトごと丸め込めば問題ないか。
それに無理に引き止めれば焦るイヴちゃんが暴走しちゃうかも……)
この場は仕方ないと考え、ブルーは言った。
「それじゃわたしは隠れているわ。イヴさん、みんなを助けてきて」
「うん……!」
そしてイヴも部屋を飛び出し。
すぐさまブルーも後を追った。
(イヴちゃんが移動した直後を追えば、危険は低いはず。
とにかくあの部屋に残っているのは危険だわ。攻撃の標的にされた場所だし。
深入りする気はないけど、離れすぎても危ないものね)
結果として4人全員が部屋を飛び出す事になり。
とにかくあの部屋に残っているのは危険だわ。攻撃の標的にされた場所だし。
深入りする気はないけど、離れすぎても危ないものね)
結果として4人全員が部屋を飛び出す事になり。
この混沌の舞台は森へと移った。