大人になれない僕らの ◆PsYvyHEupY



「ポーキー・ミンチ……!」

怒気を声色に惜しみ無く滲ませ、然れど冷静さを損なうことなく、少年は卑劣なる老人へと嚇怒の情を燃やしていた。
奪われた五人の命。
老人を止めようと立ち上がった子供も無惨に殺され、そんな残虐な真似をしておきながら悪びれる風もなく狂った催しの説明を始める始末。
江戸川コナン――もとい高校生探偵・工藤新一はこれまで数多の殺人事件に遭遇し、自らの頭脳で解決してきた文字通りの〝名探偵〟だ。
探偵をやっていて、痴情の縺れが引き起こした哀しい擦れ違いの末の悲劇から、社会の裏に巣食う巨大な闇が齎す事件まで、様々なものに立ち合った。
そんな彼でさえ、あれほどまでに救いようのない犯罪者は見たことがなかった。
奴……ポーキー・ミンチは真性の極悪人だ。態々子供だけを選んで誘拐し、孤島に閉じ込め極限状況を演出、互いに殺し合う地獄絵図を作り出そうとしている――文字通り〝異常〟な男。
憤激を通り越して、背筋に怖気すら覚えた。何よりこうしている今も、己の生殺与奪はあの狂人の手で鷲掴みにされているのだという事実が堪らなくおぞましい。

(光彦の奴も探してやらなきゃなんねえし……くそっ、やることがありすぎて頭が痛くなってくる)

あれだけの人数を殺したことで、ポーキーは自分の絶対性を参加者達に厭というだけ味合わせた。
コナンは、あの惨劇に恐怖を覚え殺し合いへ乗ってしまった子供は少なからず存在する筈だと考える。
恐怖による支配……反吐が出るが、成程人心の掌握を行うならば手っ取り早い手段だ。
此処には頼れる大人や国家機関の人間はいない。
事実、先程これ見よがしに設置されていた公衆電話から警察へダイヤルを試みたが、案の定繋がることはなかった。

極限状況が長引けば長引くほど精神は磨耗していき、必然的に何かの拍子で感情の箍が外れてしまう可能性も高まろう。
事は一刻を争う。
志を同じくする者達と結集し、少しでも殺人が起きるのを抑制しなければ……待ち受けるのは最悪の未来だ。
即ち疑心暗鬼と生への欲求に狂わされ、狂気を持って命を奪い合う地獄絵図。
そうなる前に事の収拾をつけてしまうに越したことはないが、コナン達参加者の前へ立ちはだかる難題は山ほどあった。

最たるところは、やはり今も首にがっちりと巻き付いたままの首輪。
ポーキーの匙加減一つでこれは起爆され、瞬間積み上げてきた努力も戦いも何もかもを無に帰し命を奪い去る、現状目下最大の障害だ。
首輪の円周を人指し指でそっとなぞってみて、やはり現在の状態で外しにかかるのは無謀だという結論へ辿り着く。
首の皮膚と首輪の表面の間に生じる隙間は極々微々たるもので、とてもじゃないが素人知識で外せるとは思えない。
然るべき道具と技術が必要だ。
ちょっと手先が器用なだけでは、如何ともすることは出来ないだろう。

現在コナンの滞在しているエリアはC-5。会場マップを見たところによれば、近くに〝野比家〟なる民家があるらしかった。
別段何か特別な目的がある訳ではないが、屋内に逃れようと考える参加者がいないとも限らない。
そうでなくたって、路上で支給品の入ったバッグを広げて無防備を晒すよりかは幾分マシというもの。
ランタンで先の道を照らしつつ、数分歩いたところで目的の〝野比家〟らしき一軒家が見えてきた。
昔ながらの様式といった様子で、訳もなく親しみを覚える。

玄関の扉へそっと手をかけノブを回すと、きぃっと音を鳴らして内側へ押し開く。
…………と。そこまでしたところで、不意にコナンの動きが止まり、その表情がよりいっそう険しくなった。

(……何の音だ?)

民家の二階から、何かを床へ叩きつけるような音が聞こえている。
見れば既に何者かが訪れた後であるらしく、子供用の小さな靴が二足、綺麗に揃えて置かれてあった。
普段ならなんだ子供かと胸を撫で下ろすところだが、今回ばかりはそうもいかない。子供ばかりを集め、大人という歯止めを取り上げた状態でのデスゲーム。
コナンは土足のまま、足音をなるだけ殺して階段をゆっくり登り始めた。徐々に近付く激しい音。叩きつける音が否応なしに連想させる最悪の光景。何度も見たことがある、鈍器で打ち付けられ、血の海に沈んだ人の姿を――。
扉の前へ立つ。未だ、音が止む気配はない。音が聞こえている時間の長さからして、もしも想像通りの事が起きているとすれば――もう、手遅れの筈だ。
込み上げる無力感に歯をぎりりと噛み締め、そしてこれ以上被害者を出させてなるものかという勇気が遥かに勝った。

「何してやがる、お前っ!」

ドアを蹴破る勢いで開け放ち、開口一番怒号を吐き出す。
――そこに在った光景を、江戸川コナンはきっと忘れないだろう。それほどまでに、衝撃的な絵面だったからだ。

――――金髪にマント姿の小さな少年が、生きた鮮魚(ブリ)をそのまま、バリバリ音を鳴らして食べていた。


「……は?」
「ウ……ウヌウ!? お、おぬしは誰なのだ! そんな目で見てもやらんぞ、これは私のブリなのだ!!」


ビタンビターン。
涙を浮かべているようにも見える哀れなブリの尻尾が、間抜けな音を鳴らす。

……コナンはがっくりと肩を落とした。
状況が状況なだけに仕方ないとはいえ、考えがセンセーショナルに走りすぎていたらしい。
てっきり撲殺事件が勃発しているものだと思って威勢よく現れてみれば、ただの子供がブリに頭からかぶりついて、ブリが暴れているだけじゃないか。
……それも十分おかしいな、普通。
なんとも言えぬ脱力感を覚えながら、無惨に骨だけになっていくブリにほんのささやかな哀れみの目を向けながら、コナンは深く溜め息をついてから、問うた。

「……お前、名前は?」
「ヌ? 私は――ガッシュ。ガッシュ・ベルだ!」
「そっか。俺は江戸川コナン。探偵だ」

×  ×

ガッシュとの情報交換は、思いの外円滑に進行した。
縮んだ肉体よりも更に幼く見える容姿から、正直難航するのは避けられないかとも思ったのだが、ガッシュは齢の割に言語が達者で、少し抜けているところこそあるものの概ね理解力も悪くない。少年探偵団の面々と話しているような、何処か落ち着く感覚があった。
コナンもまた思い出す。彼は最初、ポーキー・ミンチに食ってかかっていた。
その後すぐに様々なゴタゴタが重なり、すっかり彼の存在感も埋もれてしまったが……あの勇敢さはしかとこの目で見た。信用する理由としては十分だ。
ガッシュもまた自分と同じC-5エリアで意識を覚醒させ、野比家を目指したという。
尤も彼の場合は、地図の内蔵されたスマートフォンの使い方さえ分からず、偶然此処へ行き着いたとのことだった。

「つーかガッシュ。お前、火も通さずに魚をかじるのは止めた方がいいぞ……」
「? ブリとはこうやって食べるものであろう。コナンはおかしな奴だの」
「……ハハ、さいですか」

事件かと身構えた緊張を返して欲しいと思った。どうもガッシュには、一般常識が通用しないきらいがあった。魚の食べ方もそうだが、どこかズレている。
なんだか、見ていて退屈しない奴だ。ヒヤヒヤするとも言えたが。
ポーキーの爺に誘拐される前、彼はどんな風に暮らしていたのだろうか。
なまじ個性的な口調や外見をしているからか、そんなことにふと興味が向かう。

(……待てよ? 〝ベル〟って姓、確か名簿には……)

ガッシュ・ベル。
最初知り合いを探すがてら名簿の名前へ一通り目を通した際、そんな名前があったことは何となく覚えていた。
だが頭に残っていたのは〝ガッシュ〟としてではなく、〝ベル〟という二文字だ。
何故か。
別段深い理由はない。
単純に、同じ姓があったからというだけのつまらない理由。

「やっぱり…! ガッシュ、この〝ゼオン・ベル〟ってのはお前の兄弟だな?」
「――――ゼオン?」

名簿を改めて見返してみても、やはり〝ゼオン・ベル〟の名前はある。
しかしながらガッシュが示す反応は、不思議そうな顔をして小首を傾げるのみ。
やがて彼はよくわからないといった表情で、コナンへと答えを返した。

「ウヌウ……すまぬ、コナン。思い出せないのだ」
「思い出せない? ひょっとして、お前……」
「ああ。私には昔の記憶がない」

コナンはそれを聞くと、ややばつが悪そうに顔を背ける。
どんな事情があったのかまでは解らないが、並大抵ならぬ苦労をしてきた筈だ。
偶然とはいえ悪いことを聞いちまった。内心反省しつつ、一先ずこの話は後に置いておくことにする。
思い出せるのならそれに越したことはない。が、記憶喪失の人間にそれを要求するのは酷というものだ。
気を取り直す意味も含め、コナンは互いの支給品を見せ合おうと提案した。
コナンの支給品は何ら変わったところのない、オーソドックスな品々だ。
武器としては勿論、他の面でも様々な応用が利く値段の張りそうなサバイバルナイフ、どう見ても外れとしか思えない子供向けヒーローのフィギュア、更にこれまた外れと一目で解る空気のやや抜けたバスケットボール。
ナイフがあっただけ上々なのかもしれないが、殺し合いへ反旗を翻す算段の身としては些か心許ないものがあった。
対するガッシュの支給品は、コナンをしても用途がいまいち介せないもの。
赤と白の二色で塗装された掌に収まるほどの小さなボールだ。
……これに至ってはバスケットボール以上に使い道が解らない。
ポーキーの奴は何考えてやがんだ――思わずぼやきそうになったところで、ボールと共にランドセルの中へ入れられていた一枚の小さな四角い紙を見つける。

〝モンスターボール 何が入っているかは開けてみてのおたのしみ〟。

「なんだそりゃ……?」

手元のボールをよく確かめてみると、確かに何やらボタンのような部分がある。
この手のボタンのお約束に従うなら、押した瞬間大爆発、などの危険をつい想定してしまうが――殺し合いをさせたいポーキーがそんな真似に走るだろうか。
一抹の不安を感じながらも、コナンはボールのボタンを押してみようとした。

「…………ん?」

ガッシュのランドセルから、赤い何かが覗いている。気になって引っ張り出して見ると、分厚い装匠の書物が姿を現す。
ぺらり。何となく頁をパラパラと捲ってみると、所狭しと描かれているのは見たこともないような難解な文字の数々。

とても読めそうにない――筈だ。コナンに古代の文字など習った覚えは無いし、態々そんな何処で使うかも解らない知識を蓄えて喜ぶ嗜好も持っちゃいない。

「ヌ、コナン! それは――」
「…………」

なのに、読める箇所がある。
文字の色が変わっているほんの僅かな部分のみではあるものの、理屈を度外視しし、どういうわけか読めてしまう。
コナンにもこの意味ばかりは分からなかった。だから、分からないからこそ――何ら警戒もせずに、浮かび上がった文字を読み上げる。

「ヌ、ヌゥゥゥ!!」
「〝第一の術〟……」

ガッシュが明らかに焦った様子を見せながら、コナンから顔を反らして子供部屋の入り口へ身体ごと向ける。
当のコナンがやっとガッシュの焦りように気が付いたその時には、もう遅かった。

「……〝ザケル〟」

瞬間。
ガッシュの口許から突然吹き出した電撃がドアを外れさせ、向こう側の壁を黒く焦げ付かせた。
コナンが大きく口を開け、目を飛び出さんばかりに驚愕する。
江戸川コナンは探偵だ。
身体が縮むなどという非現実的な効能を持った薬を投与されたこともあれば、ミステリ小説顔負けの殺人トリックをその脳ひとつで解き明かしたこともある。
――そんな彼でも、知らないことはあった。

「なっ――――な、な、な、な……!?」
「な……なぜだ!? なぜおぬしが、その本を読めるのだ!?」

コナンはこの後、ガッシュから信じがたい情報を聞くことになった。
人間界の外側に在る、魔物たちの暮らす世界――〝魔界〟。
彼は元々、その魔界に生まれた魔物の子供だというのだ。
もっとも、記憶のないガッシュは魔界の思い出を持っていない。
彼の記憶の始まりは、――〝魔界の王〟を定める戦いが始まったあと。
そして数多の戦いを切り抜け、漸く一段落した所で此度の事件に巻き込まれた。

王の座を巡り戦うことを義務付けられた百人の魔物の子の一人、ガッシュ。
〝黒の組織〟へ接触してしまったことが仇となり、子供の姿にされた探偵、コナン。
境遇も種族も性格も、何から何まで違う二人が――ここに、邂逅を果たした。


【C-5 野比家二階/深夜】

【江戸川コナン@名探偵コナン】
[状態]: 健康、ガッシュの話への驚愕
[装備]: 赤い魔本@金色のガッシュ!
[道具]: 基本支給品、サバイバルナイフ@現実、アクション仮面のフィギュア@クレヨンしんちゃん、バスケットボール@ロウきゅーぶ!
[思考・行動]
基本方針: 殺し合いを潰し、この島から皆で生きて帰る
1:魔物の子……!?
2:光彦を探してやる。
※ガッシュから魔物の王を決める戦いについて聞きました
※魔本に表示されている呪文は第七の術・〝ザグルゼム〟までです。

【ガッシュ・ベル@金色のガッシュ!】
[状態]: 健康
[装備]: なし
[道具]: 基本支給品、モンスターボール(中身不明)@ポケットモンスター
[思考・行動]
基本方針: あの者(ポーキー)を倒し、殺した皆に謝らせる
1:何故コナンが本を読めるのだ……!?
※千年前の魔物編終了後からの参加です
※ブリ@金色のガッシュは支給品でしたが、食べられてしまいました。


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江戸川コナンの登場SSを読む 042:扉の向こうへ
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最終更新:2014年03月11日 18:43