夢の中にいる、と浅悧は思った。
四肢に力は入るし、頭も冴えている。意識も明瞭だし、頬を抓れば——ちゃんと痛い。
ああ、しかし。
浅悧には、前科があった。
夢遊病状態となり、人を傷つけた。
ならば、今の状態が夢ではないと、どうして言えよう。
——枕元に、透明人間が立っている。
姿は見えない。されど、浅悧のベッドには不自然な凹みが発生している。まるで、人がそこに立っているかのように。
四肢に力は入るし、頭も冴えている。意識も明瞭だし、頬を抓れば——ちゃんと痛い。
ああ、しかし。
浅悧には、前科があった。
夢遊病状態となり、人を傷つけた。
ならば、今の状態が夢ではないと、どうして言えよう。
——枕元に、透明人間が立っている。
姿は見えない。されど、浅悧のベッドには不自然な凹みが発生している。まるで、人がそこに立っているかのように。
「あ、あなたは……もしかして」
浅悧はおずおずと透明人間に問いかけた。
「幽霊……ですか?」
「…………思い当たる節でもあるの?」
透明人間は、言葉を発した。
女性の声だ。呆れているような響きはあったが、怒りや嘆きは感じられない。
けれど、それは浅悧がそう感じられないだけで、透明人間が本当に怒りや嘆きを感じてないと、断言できるものではない。
それに、思い当たる節は、ありすぎた。
浅悧には、夢遊病の症状がある、らしい。
断言できないのは、夢遊病中の記憶が無いからで、周囲からの言葉だけで、浅悧は自己を夢遊病だと理解していた。
ただの夢遊病なら、まだ良かった。
浅悧は、夢遊病中に人を襲ったのだという。
女性の声だ。呆れているような響きはあったが、怒りや嘆きは感じられない。
けれど、それは浅悧がそう感じられないだけで、透明人間が本当に怒りや嘆きを感じてないと、断言できるものではない。
それに、思い当たる節は、ありすぎた。
浅悧には、夢遊病の症状がある、らしい。
断言できないのは、夢遊病中の記憶が無いからで、周囲からの言葉だけで、浅悧は自己を夢遊病だと理解していた。
ただの夢遊病なら、まだ良かった。
浅悧は、夢遊病中に人を襲ったのだという。
『その場に居合わせた人の証言なんですけどね……』
と、医者は言った。
『東チームと、西チームで抗争をしていたそうなんです。ええ、どちらも不良、いわゆるレディースですね。女同士といっても不良同士、カミソリとか鉄パイプとか持ち出して、まぁ殺しまではいかないまでも、相手を半殺しにしてやると、そういう覚悟で集まっていたと、その、居合わせた人は言うんですね』
きっと、その居合わせた人、というのは、どちらかのチームメンバーだったのだろう。
浅悧は何となく察したが、医者に問い質すことはしなかった。
浅悧は何となく察したが、医者に問い質すことはしなかった。
『で、居合わせた人が言うには、西チームは繁華街で集まって作戦を立てていたと。といっても大した作戦じゃなくて、要は誰が先陣を切るのか、なんて程度の話だったみたいですけどね。まぁ先陣を切るということは一番殴るし一番殴られるしで、病院送りにも少年院送りにもなりやすい危険な立場なんですね。で、互いに推薦しあい、要は押し付け合いをしていた時に、仲間から連絡があったと。
東チームが何者かに襲撃を受けていると言うんですね。
メンバーの誰かが抜け駆けしたのかと即座に確認したけれど、ちゃんと揃っている。
自分たちのチームにも入れないようなシャバイ奴が特攻したのか。あるいはあにまん市外部のグループ、それともヤクザでも出てきたのかと西チームは話し合って。
この機を逃さず、東チームを徹底的に潰そうと、バイクに飛び乗って学生街を目指したと。東チームは学生街を縄張りにしていたそうですからね。
彼女たちが駆け付けたときには、もう終わっていたそうですよ。
全滅、だったそうです。
東チームのメンバーが全員、毒ガスでも撒かれたみたいに倒れていて。
——寝間着姿の貴方が、鉄パイプを持って立っていたと。
鉄パイプは血で真っ赤に汚れていたそうですよ。
女だてらに喧嘩で慣らした西チームのメンバーが、全員沈黙してしまったんですってね。
それでもリーダー格の一人が、度胸を示すためにか、貴女に近づいたそうです。
なぁこれ、あんたがやったのかい? 気合入ってるじゃねぇか、アタシらのチームに。
ヒャハ。
と、奇妙な声が聞こえて、次の瞬間、リーダーは倒れていたと。
恐らく鉄パイプで殴りつけたんでしょう。ただね、速すぎて見えなかったと、居合わせた人は証言してますね。
まるで魔法みたいだったと。
そこからはもう酷いものだったそうですよ。
幼子のように逃げ回るレディースメンバーを貴女は一人一人追いかけまわして、一撃で昏倒させていったと。
15人はいた西チームのメンバーは、1分も経たないうちに証言者を除いて、全滅してしまったそうです』
東チームが何者かに襲撃を受けていると言うんですね。
メンバーの誰かが抜け駆けしたのかと即座に確認したけれど、ちゃんと揃っている。
自分たちのチームにも入れないようなシャバイ奴が特攻したのか。あるいはあにまん市外部のグループ、それともヤクザでも出てきたのかと西チームは話し合って。
この機を逃さず、東チームを徹底的に潰そうと、バイクに飛び乗って学生街を目指したと。東チームは学生街を縄張りにしていたそうですからね。
彼女たちが駆け付けたときには、もう終わっていたそうですよ。
全滅、だったそうです。
東チームのメンバーが全員、毒ガスでも撒かれたみたいに倒れていて。
——寝間着姿の貴方が、鉄パイプを持って立っていたと。
鉄パイプは血で真っ赤に汚れていたそうですよ。
女だてらに喧嘩で慣らした西チームのメンバーが、全員沈黙してしまったんですってね。
それでもリーダー格の一人が、度胸を示すためにか、貴女に近づいたそうです。
なぁこれ、あんたがやったのかい? 気合入ってるじゃねぇか、アタシらのチームに。
ヒャハ。
と、奇妙な声が聞こえて、次の瞬間、リーダーは倒れていたと。
恐らく鉄パイプで殴りつけたんでしょう。ただね、速すぎて見えなかったと、居合わせた人は証言してますね。
まるで魔法みたいだったと。
そこからはもう酷いものだったそうですよ。
幼子のように逃げ回るレディースメンバーを貴女は一人一人追いかけまわして、一撃で昏倒させていったと。
15人はいた西チームのメンバーは、1分も経たないうちに証言者を除いて、全滅してしまったそうです』
浅悧は、診察室でその話を聞いていた。
悪夢のような話だった。
けれど、医者や証言者が言うには確かに現実で、確かに寝巻で彷徨う浅悧の姿は監視カメラに映っていて。鉄パイプには浅悧の指紋が検出された。
本来なら傷害罪で少年院行きは確定だった。
夢遊病という診断が下されるまでは。
責任能力は無い、ということになった。
数多くの人間を殴打しておいて、事件から一週間経った今でも意識が戻らない人が居るにも関わらず、無罪放免。
それは、夢の中の出来事が、現実を害さないことによく似ていた。
けれど、殴ったのは確かに浅悧で、そして他人を傷つけるために無意識で振るわれた技術は——きっと、剣道によるものだ。
浅悧は、試合への出場資格を失った。
剣道はあくまで武道であり、剣道部とは教育の場である。
無意識とは言え他人に暴力を行使した浅悧が出場できるはずがなかった。
そして浅悧は、家に閉じ籠るようになった。
眠ることを恐れてカフェインを過剰に摂取し、それでも眠気は我慢出来て二日であり、三日の日には気絶に近い眠り方をする。
そんな眠りを三回繰り返し、ある日恐怖と共に目を覚ましたとき、枕元に透明人間が立っていたのだ。
悪夢のような話だった。
けれど、医者や証言者が言うには確かに現実で、確かに寝巻で彷徨う浅悧の姿は監視カメラに映っていて。鉄パイプには浅悧の指紋が検出された。
本来なら傷害罪で少年院行きは確定だった。
夢遊病という診断が下されるまでは。
責任能力は無い、ということになった。
数多くの人間を殴打しておいて、事件から一週間経った今でも意識が戻らない人が居るにも関わらず、無罪放免。
それは、夢の中の出来事が、現実を害さないことによく似ていた。
けれど、殴ったのは確かに浅悧で、そして他人を傷つけるために無意識で振るわれた技術は——きっと、剣道によるものだ。
浅悧は、試合への出場資格を失った。
剣道はあくまで武道であり、剣道部とは教育の場である。
無意識とは言え他人に暴力を行使した浅悧が出場できるはずがなかった。
そして浅悧は、家に閉じ籠るようになった。
眠ることを恐れてカフェインを過剰に摂取し、それでも眠気は我慢出来て二日であり、三日の日には気絶に近い眠り方をする。
そんな眠りを三回繰り返し、ある日恐怖と共に目を覚ましたとき、枕元に透明人間が立っていたのだ。
「わ、私が襲った人の、幽霊、ですか……?」
「……あの子たち、死んだの?」
透明人間はやや戸惑っているようだった。
「い、いえ、亡くなったという話は、聞いてないです。で、でも、生霊とか、そういう類なのかな、と……」
「……私は、幽霊じゃないよ」
と、透明人間は言った。
「私は魔法少女、トリックスター。山田浅悧、君は、魔法少女に選ばれた」