願いと誓いを継ぐもの

(投稿者:あくあらいと)



青く澄んだ空に響く鐘の音。
残滓となって消えゆく前に子供たちが元気よく、建物から飛び出てきた。
湖に向かうもの、山に向かうもの、街に向かうもの。
それぞれが笑い、騒ぎ、駆け回りながら目的地へと向かう。
それらに目を向けながら一人の少女がゆっくりと建物から出てきた。
色素の薄い金髪が微かな風に揺れる。
友人らに軽く手を振ると、少女も目的地に向かう。
「リリア、またねー」
振り向き小さく会釈をすると、彼女は小走りで門を抜けた。


彼女の家は没落した貴族の末裔でありこの街では有名であった。
家族は父と母と兄、そして兄嫁。
父は軍を引退し半ば隠居状態であったが、兄は軍人として戦場に出ている。
家に帰るとすぐにリリアは兄嫁のもとに駆け寄った。
「義姉さま!」
期待に目を輝かせるリリアに彼女は苦笑した。
「そんなに急いで帰ってきても、まだまだ先よ」
リリアの視線の先には兄嫁の膨らみをもった腹。2年目にしてようやく授かった赤子に一番喜んでいるのはこの風変りな義妹かもしれなかった。
「あとどれくらいです?」
「生まれるまでは十月十日。まだ5ヶ月よ?」
指折り数えるリリアは少し落胆したようであった。しかしすぐさま表情を輝かせると兄嫁の腹に恐る恐る触れる。
「男の子?女の子?」
「それはお楽しみに、ね」
やわらかく微笑んだ兄嫁と笑みを返すとリリアは普段の日課を行うために自分の部屋へと戻った。


蒼穹の空の下に風切り音が響く。
リリアの日課とは剣の稽古であった。
幼いころからなぜか騎士にあこがれていた彼女は両親の反対を押し切って6歳から剣を習い始める。両親は何度も説得しようと試みたが、少女の意志は固くついに諦めた。
師匠である元剣士という老人はリリアの幼さに驚きしぶってはいたものの、リリアの根気に負け剣を教え始めた。
そのとき老人に剣を習う理由についてリリアはこう答えた。
そのとき老人に問われた剣を習う理由についてリリアはこう答えた。

大切なものを守りたい

おそらく何かの本から引用したかと思われる言葉であったが、彼女はそれを実現するために努力を重ねた。
幼い愛弟子ができた老人は丁寧に自分の全てを教えていく。
それを綿が水を吸収するように自分のものにしていく。
当初は木端でまねごと程度であったが、今は老人が昔使っていたという剣を振り回している。
わずか12歳とは思えない力強さと優雅さを兼ね備えたその動きは見る者を驚かせる。
それを窓から眺めつつ兄嫁は複雑な微笑を浮かべる。
最初会った時はどうかと思ったけど。
初めてリリアと会った時の一言目はこれだ。
「はじめまして。騎士見習いのリリアです」
何の冗談かと思ったが真剣な少女をみて笑うこともできず微妙な顔になってしまったことは今でもよく覚えている。
すぐに夫となる人に小突かれて、頬を膨らませていた少女。
夫が出陣するときに、家は任せてと満面の笑みを浮かべた少女に、家族全員が苦笑いを浮かべたことも記憶に新しい。
そんな風変わりな義妹を彼女は深く愛していた。
「早く戦いが終わればいいのに」
小さな願いは誰の耳に届くことなく消えた。



その夜は不吉なくらい美しい月夜であった。
夕食を終え家族一同で談笑していると慌てた様子で使用人の一人が駆け込んでくる。
「旦那様、一大事でございます」
血相を変え叫ぶ使用人に向け父は落ち着くように告げる。
2,3度深呼吸をした後使用人の口から告げられた言葉は驚愕のものであった。
「若旦那様が、戦死なされました!」
「なんと!」
青ざめて立ち上がる父。
泣きわめく母。
気を失い倒れる兄嫁。
兄嫁を抱き起しながらリリアは呟いた。
「なんて…理不尽」
戦場に出れば死の運命が付きまとうのは仕方がない。
しかし、軍医として戦場に行った兄がなぜ死なねばならのかったのか。
ようやく幸せを得た兄がなぜ死なねばならのかったのか。
なぜわが子を見ずに死なねばならなかったのか。
想いは巡り一つの答えに行き着く。

もっと、わたしに力があれば
戦場で兄を救える力があれば
この理不尽を切り裂く力があれば

益体もない考えとわかっていたが、リリアは募る思いを抑えることができなかった。

力が欲しい



混乱は遅くまで続き、ようやくおさまったのは深夜であった。
眠れぬ体を無理に横たえても、兄の思い出と自分の無力さへの思いが眠りを妨げる。
すべてを守ることはできない。
剣の師である老人の言葉が胸に響く。
その言葉は理解できる。人一人の存在なんて小さなものだ。何もかも守ることなんで出来やしない。
だから。
大切な人だけは守りたかった。
自分はそんな小さな願いすらかなえることも出来ないのか。
己の思考にリリアは唇を歪める。
なんという傲慢。
眠ることをあきらめたリリアはそっとベッドから抜け出した。
窓を開けると夜風が柔らかくカーテンを揺らす。見上げた夜空は憎いぐらい美しく澄んでいた。
己の中にため込んだ思考を吐き出すかのように大きく息を吐くと、月を見上げた。美しい満月が何故か禍々しく感じる。
しばらく月を見上げ夜風に身を任せる。風が髪を揺らし静寂が絡まる思考を解していく。

ほんの僅かに月が雲に隠れたとき。

夜闇を引き裂くサイレンの音が響き渡った。

街に明かりが灯る。
耳障りな雑音の後、ひきつった声が街を駆け巡った。
『Gが、Gが来たぞ』


G--
この大地においてすべての人の敵の総称である。
その姿は巨大な昆虫のようなものであったが、かれらは親愛なる隣人ではない。
人類そのものを喰らい、破壊し、蹂躙つくす恐怖そのもの。
出現当時はただの物珍しいものであったが、現在では爆発的に勢力を広げていた。
いずれGに人類は滅ぼされる。
そんな戯言すら冗談としておけないほどの脅威。
現在は各国が必死に戦線を維持しているのだが、偶然か災厄かこのように戦線を抜けてくるものもいるのだ。
無論軍が防戦一方になるような相手だ。一般市民が相手になるはずもなかった。
ここに一つの地獄の誕生が約束された。


剣を引っ掴み階下に駆け降りる。
そこには青い顔した家族が待っていた。
「リリア、母さん達を頼む」
猟銃を抱えた父に、泣き叫ぶ母が縋りつく。二重のショックにすでに青を通り越して土気色の兄嫁の手をしっかりと握ると、リリアはしっかりとうなずいた。
外ではすでに自衛団が戦闘を始めているらしく、激しい銃撃音が聞こえる。
この街の産業は武器製造であったので他の街に比べて戦力はある。しかし使うものが素人同然ではGを撃退することは不可能だろう。それでも彼らは街を守るために戦っているのだ。
リリアらは緊急時の避難場所として決められた学校に向かい、父は一人前線に向かう。
昔とった杵柄とはいえ生き残る可能性は限りなくゼロに近い。
それでも立ち向かう父の背中を少し見送ると、リリアは生気のない兄嫁の手を引き母を促す。
先ほど捨てたはずの無駄な思考が鎌首を上げる。
それを無理やり押し殺して、リリアは前に進む。
残った家族を守らなければならない。
それが唯一自分にできることだと信じて。


通いなれた道は悲痛な叫びをあげる人々で埋め尽くされいた。
着のみ着のままである者。
大事なものを抱えた者。
取るに足りない武器を抱えた者。
蜂の巣をつついたようとはよく言ったもの。
人の流れをかき分けながら進んでいくと、異音がこちらへ迫ってくる。
「Gだ!!」
だれかの悲鳴が混乱を拡大させる。
もはや進んでいる方向にすら統一性はない。
押しのけ、押しやり、突き飛ばす。
もはや誰のことも頭にない。ただただこの場から離れようと必死に人々は走り出す。
暴徒と化した人波から、母と兄嫁を守るべく隅の方へ逃れたリリアの目にぬらりと光る巨大な影が映った。
それは人の波に襲い掛かり赤をまき散らす。
ワモン型…」
Gの中では最弱と言われるワモン型。それでも人間にとっては脅威以外の何物でもない。
「…義姉さま…」
父と別れた時から完全に放心している母の手を兄嫁に握らせる。
「お願い…逃げて」
「そ…」
大声をあげそうになった兄嫁の口をふさぐと、リリアはワモン型から目を離さず小声で告げる。
「あれは手負いだから、少しは時間を稼げるはず…」
「でも…」
確かにワモン型はかなりのダメージを受けていた。
6本ある足は3本しかなく羽も片方が欠けている。頭部にははっきりとした亀裂が見えるし、至る所から体液がにじみ出ている。
それでも駆ける速度はそこそこ早く、その一撃は人を肉塊にするのに十分すぎるほどだ。
「大丈夫。あれくらいなら対応できる」
人々が追われ、喰われる様子を何の動揺もなく見つめるリリアの横顔はひどく冷たい。15に満たぬ少女が見せた戦士の顔に兄嫁は動揺する。
「義姉さま」
リリアがつぶやくように呼びかけた。
「実は義姉さまのように、私も子供が欲しかったな」
思わずリリア見つめてしまう。決意に満ちた横顔は悲しいぐらい儚く感じた。
「…絶対に、生きて…戻ってきて」
涙があふれる。ほんの少しだけこちらを向いたリリアは小さな微笑を浮かべる。
「いろいろ…教えてあげるから…」
「うん、約束」
指を絡ませる代わりに剣を抜き放つ。鈍い輝きが月光に映える。
「我が、剣に誓って」
小さな約束は明日への希望。その思いを胸にリリアは剣を握りしめた。
「あの人が食べられたら走って」
必死に棒きれを振り回しワモン型に抵抗する男を示して、リリアは物陰に隠れたままワモン型に近づく。
あの子は約束を交わした。だから私たちも…
男の断末魔が聞こえるとともに、義母の手を引き必死に走った。
いまだ生れぬ我が子を守るため。
そして、義妹との約束を守るために。

兄嫁らが走り出した靴音を背に、ワモン型に斬りかかった。
自分の細腕で倒せるとは思っていない。注意をそらし引き付けるだけで十分だ。
美しい弧を描いた切っ先は裂けた装甲の隙間に滑り込む。
わずかな手ごたえを感じるとともにすばやく後方へ飛ぶ。
銃弾をはじき返すワモン型も装甲の下は、やわらかい肉のはずだ。そこなら十分ダメージを与えれるはず。
リリアが剣を構えると、ワモン型は咥えていた物を引きちぎるとこちらへ向き直った。
何の表情も映さない無機質な目がこちらを見据える。わずかに足踏みするとそれはこちらへ突撃してきた。
一つ覚えともいえる攻撃方法だが、間違いなく必殺。
当たるわけにも、防ぐわけにもいけない一撃を大きく横に飛ぶことで回避する。
失われた足のせいか、ワモン型の方向転換能力は低いし、速度も何とかかわせる程度。
触覚の一撃も回避すると、再び装甲の隙間に向かって剣先を走らせた。
はじかれた。
あまり深い傷ではなかったのか、剣がその体に届かない。
その反動を生かして石畳の上を転がる。横薙ぎに払われた足が頭上を通過する。
素早く起き上がると今度は右に飛ぶ。突撃してきたワモン型が街灯にぶち当たりわずかに動きを鈍らせるが、残念なことにこちら側には目立つ大きな傷はないので攻撃を行うことができなかった。
小さなステップで距離を離すと、ワモン型がゆっくりと振り返る。先ほどの一撃は相当勢いがあったらしく、頭部の装甲の亀裂が大きくなっていた。そこから流れ出す体液も増えている。
滑空して攻撃するつもりか羽を広げるが、片方しかない羽ではその巨体を完全に浮かせる事が出来ず、中途半端に浮き上がった後石畳の上に落下する。
それを冷静に観察しつつ、呼吸を整える。
あわてるな。チャンスは必ずやってくる。
師の教えを思い浮かべ逸る体を落ち着ける。
わずかに上体を起こしたワモン型が別の攻撃方法を取った。
触覚による攻撃。
移動しつつ触覚を叩きつけ、薙ぎ払う。
木片が舞、石畳が砕け、街灯が曲がる。
自在に踊る死の一撃を必死にかわしつつ、反撃の手段を求め周囲に目を走らせる。
飛び散った破片が肌を切り裂き血が流れるが気に留めている余裕はない。
あれだ。
見つけたものは横倒しになった車。ガソリンが血のように周囲に流れ出していた。
火種は都合よく持っている。
兄がくれた銀のライター。
形見にはならないさと笑って渡してくれた、騎士が彫りこまれたお気に入り。
これが反撃の一撃となろうとは。
ワモン型から背を向け走る。倒れた車の側を通過するときに点火。振り返り、ワモン型がガソリンに足をつけると同時にライターを投擲し反対方向に全力疾走。
そして。
ガソリンは火種を得て。
紅蓮の花と轟音をまき散らした。
爆風に飛ばされ石畳の上を転げるが、すぐに起き上がりワモン型に向き直る。
そこには炎に焼かれ踊るワモン型の姿。
油断せず距離を置き観察する。
激しく地を打つ触覚は炎によって千切れ飛び、せわしなく動かす足も1本脱落する。意外に薄い羽根も炎に焦がされ、装甲の隙間という隙間から内部を炙られ悶える。
それでも。
ワモン型は体を引きずるようにして炎から抜けると、リリアに襲い掛かった。
全身焼け焦げ動きも鈍いが、必死に回避するリリアも疲労が濃い。
初めての実戦でしかも12の少女である。
いくら鍛えていたとて体力がGに勝るわけもない。
くわえて小さな無数の傷も集中力を奪う。
ワモン型の突撃をかろうじて回避するリリアは、自分の限界が近いことを感じていた。
これはもう賭けるしかない。
もうひとつの反撃の酒乱として目をつけていた物がある。
大きめの家にある頑丈そうな鉄の格子で作られた門。
タイミングを見計らって距離を大きく取り、門の中に駆け込むと鍵をかけ後退する。
この鉄の門でワモン型の動きを止めるのだ。
狙い通り突撃してくるワモン型。
これを突破されるともう逃げ道はない。
息をこらして見つめるリリアの目の前でワモン型が門に衝突する。
リリアの願いが通じたのか門は歪みながらも力強くその一撃を受け止めた。
好機。
「はあああ!!」
疲労した体を掛け声で励まし剣を突き出す。
狙いは一点。炭化した頭部の亀裂。
炭の砕けるような手ごたえとともに半ばまで突き刺さる剣。
すかさず手を放し反撃を避けるために後退するが、振り下ろされた足がリリアを切り裂いた。
「くっ!」
肩から腹のほうまで鋭く走る痛みに声が漏れる。
だがこの程度ですんだのなら幸運である。直撃すれば二枚に下ろされていたかもしれない。
傷口を強く抑え、かすむ目でワモン型を観察する。
残った足を激しく振り回していたワモン型だったが、徐々に動きが鈍くなっていく。そして遂にはピクリとも動かなくなった。
膝から力が抜け地面に座り込む。
動きを止めたワモン型から目を離せず、荒い息を繰り返す。
汗と血で汚れた火照った体を夜風が冷やす。
どうにか呼吸を整え立ち上がると、今までほとんど感じていなかった小さな傷が一斉に疼きだした。
自分の姿を見降ろすと思わず苦笑が漏れる。
「これじゃあ、義姉さまに会えないね」
ボロボロになった服と傷だらけの体。それをどうにかしようとリリアはすぐ後ろにある家を見上げた。
「緊急時だし、いいかな」
見知らぬ他人の家ではあったが、背に腹は代えられない。
ほんの少しの罪悪感を引き連れ、リリアはその家に入った。




幸い年の近い子供がいるようで服は何とか調達できた。
目立つ傷には絆創膏を貼り、肩から腹部に走る傷は無理やり包帯で押さえつけることで止血した。
とりあえずワモン型に刺さったままの剣を抜くことにする。
止まったとはいえその存在感が消えたわけではない。慎重に近づき剣を抜いた。
ただこれだけの作業でも疲労が蓄積される。
大きくため息をついた後、剣に付着したGの体液を勝手に持ち出したシーツで拭う。
先ほど隠れていた場所に目を向けるとそこは瓦礫がつみあがっていた。Gとの戦闘と車の爆発が原因だろう。
埋まってしまったらしい鞘を探すことはあきらめた。剣を抜き身で持ち歩くのはさすがに危ないので、これまた勝手に持ち出して来た布を刃をくるむ。
先ほどから銃撃の音がやんでいるのが気にはなったが、Gが走りまわる音も聞こえない。
とりあえず警戒しつつ義姉が待っているはずの学校に向かうとする。
「…Gは全滅したのかな?」
幾分進んで周囲を見回しても、石畳に散らかるは木屑や雑貨等。人の遺体や血の跡は見当たらない。
思わずゆるんでしまいそうな気を引き締める。
次にGと会えば間違いなくやられるだろう。
今回は幸運が重なって生き延びることができたが、次もそうだとは限らない。
ゆえに慎重に行動しなければならない。
軽く気合いを入れなおすと、塀や壁に隠れつつ通学路を進む。
月明かりのおかげで道に迷うこともない。
動くものがないかを確認し、違和感がないかを確認し…
かくれんぼのように隅から隅へ移動していく。
あとちょっと…
神経をすり減らす単純作業にいい加減うんざりしてきたリリアの耳に、激しい駆動音が飛び込んできた。
「車?」
影からこっそりのぞくと、猛々しくライトで道を照らしながら無骨な車が激しい勢いで走ってきた。
あまりの勢いなので轢かれることを警戒しつつ布にくるんだ剣を振ってみると、それは乱暴な急ブレーキをかけリリアの前で停車した。中から銃を持った屈強な男が降りてくる。
思わず安堵のため息が漏れる。
男は用心深く周囲を警戒しながらリリアに近づいてくる。
「君は、一人か?」
「はい」
剣を抱きかかえながら男の様子を観察する。妙に緊張しているのがおかしく思える。
「あなた方は?」
男に問いかけると、男はもう一度周囲を見渡してから視線をこちらへ向けた。
「詳しい話は、後でする。
 単刀直入に言おう。この街の生存者は君だけだ。遺憾ながらこの街は放棄する」
一気呵成に言い放った言葉はリリアを凍りつかせた。
生存者は君だけだ。
男の言葉が頭に響く。
男が力強く手を引きリリアは車に押し込まれた。

私だけ?
生存者が?

思考がめぐる。

父は?
母は?
義姉さまは?
そしてまだ見ぬ赤ちゃんは?

男たちが何やら話しかけてくるがほとんど頭に入ってこない。
断片的に男たちが軍属で、近場の基地に行くことだけが理解できた。

また?
また、守れなかった?

手負いとはいえワモン型を倒した?
それがどうしたというのだ
守れなければ意味がない

後悔と無力さだけが募っていく。

哀しみよりも絶望が。
憎しみよりも無力さが。

そして、すべてを失ったことを理解したときリリアの意識はそこで消えた。





そこは白がすべての世界だった。
せわしなく動く白い人々を目で追いかけながら、リリアはここ最近のことを回想する。

基地について治療と事情徴収を受けた後、一人の男が不思議なことを話しかけてきた。
メードにならないか?と。
初めは勤め先の話かと思ったがどうやら違うらしい。
メードというのは一言でいえば生体兵器。
エターナルコアなる謎の物体を体に埋め込むことで、Gに対抗する強大な力を得られるらしい。
はっきりいって眉唾な話だったので、適当に聞き流していると男は芝居っぽい口調で言葉をつづけた。
家族の復讐はしたくないかい?
胡散臭いし、それに復讐には興味がなかった。
そのまま言葉にすると男は大仰な振り額を抑えると、こちらにも聞こえるように冷たいなとつぶやいた。
無論家族のことは残念であったが、そんなことをしても家族は戻らない。そもそも復讐とは死者のために行うことではなく、生者が自己満足のために行うものだ。
男が何やら説得を続けているが完全に無視をする。包帯に包まれた手を強く握る。うつむいた拍子に髪が手にかかる。先日の戦闘のせいかもともと色の薄かった髪は、完全に白銀へと変わっていた。

すべては運が悪いとしか言いようがなかった。
兄が戦死したのも。
Gが侵攻してきたのも。
避難所である学校付近からGの分隊が街に侵入してきたのも。
自分だけ生き残ってしまったのも。
想いはめぐり火種となりて抑えきれぬ怒りをたぎらせる。
理不尽だった。
どうしようもなく。
自分の力なんてちっぽけで。
何一つ守ることすらできなかった。

「なんて、理不尽」
うつむいたリリアが小さく漏らした言葉。それを聞いた男の口が笑みに歪む。
「ならば、理不尽に打ち勝つ力は欲しくないのかい?」
ゆっくりと顔をあげたリリアの表情をみて男は成功を確信する。
「さあ、契約だ。力をあげよう。その代り…」

「すべてと引き換え…ね」
苦笑が漏れる。うなずいた自分がどうかしていたとかいう気はないが、やはりあまりに馬鹿馬鹿しいと思えた。
エターナルコアの適合に失敗すれば死ぬらしいし、成功しても…
「記憶は残らない」
エターナルコアは宿主の記憶を消去し、自分で思考し行動するらしい。
少し見せてもらったがあの水晶玉がそんなことをできるなんて信じ難かった。
「だけど…」
すでに後悔はない。この決意はもう揺らがない。
こんどこそ手に入れる。理不尽を打ち破る力を。
準備が整ったらしく白い人の一人が、注射器をもってこちらに向かってくる。
「待って」
白い人が止まる。
「最後に2つほどお願いを」
白い人がゆっくりうなずく。
「この子の名はアリシアにして」
「それは近しい人かね?」
どうやらメードの素体が人間であることを知られてはいけないらしく、そのことについては厳重に戒められた。だから本人と関係ある人物の名をつけることはできるだけ避けたいらしい。
「いいえ」
誰も知らないその名は。
「私が娘につけたかった名前」
白い人の瞳がわずかに揺らぐ。
メードとなったものに成長はない。エターナルコアと融合したままの姿は、死せる時まで変わることはない。
「…他には?」
ようやく絞り出した言葉に笑顔を向け答えを返す。
「コアに触れさせて」
しぶしぶといった感じで白い人がエターナルコアを持ってきてくれる。助手らしき者達が手を固定した革ベルトを外してくれた。
薄く明滅するコアを抱いて目を閉じる。

アリシア。
私はなにも守れなかった。
ただただ理不尽な出来事に振り回されてしまった。
だから、あなたにはそんな思いはしてほしくない。
あなたが強くあれるように。
あなたが常に笑えるように。
私があなたの剣となる。
私があなたの盾となる。
だから、必ず叶えて。
あなたの願いを…





居眠りをしてしまったらしい。
わずかの間のようだったが、硬い椅子にもたれかかっていた体が痛みを訴える。
「お目覚めかな?」
鮮やかな金髪が目に飛び込んでくる。深い知性をたたえそれでいていたずらぽい光を宿す青い瞳。
ベーエルデー連邦空軍ルフトバッフェ最強の一角、そして我が友、シーアだった。
「これはとんだ所を見られたな」
「いやいや、良いものを見せてもらった」
苦笑しつつ椅子から立ち上がろうとすると、自然な動作でシーアがレースのハンカチーフを頬にあてる。
「悪夢でも見たのかな。なんにしろ君に涙は似合わない」
反対側の頬に手を当てるとそこには確かに涙があった。
「いや……」
確かに夢を見た記憶はある。しかしそれがなんなのかは霞がかかったかのように曖昧で思い出せない。
「なんだろうか……」
「ふふ……、悪夢ならば早く忘れることだな」
反対側の涙もぬぐいつつシーアが笑う。幼い外見に似合わない優しさに満ちた笑みだ。
「いや…最後はそれほど悪くはなかったと思う」
自然に笑みがこぼれる。
胸の内に哀愁と暖かい何かがよぎる。これは先ほどの夢のせいだろうか?
笑顔に安堵したのか、シーアは大きくうなずくと別の笑みを浮かべて頬に手をそっと添えると顔を近づけてきた。
「そうか、よかったな。
 今度はその夢の中に私も入りたいものだがな。
 どうだ?今晩あたり…」
「しいいいぃぃあああぁぁぁ!!」
シーアの囁きを遮るように響き渡るのはララスン・H・カーンの怒声。彼女はルフトバッフェの管理者の一人であり、ベーエルデー連邦のメードの教育担当官でもある。そして、シーアのある習性に頭を抱える人物でもあった。
「貴公、何をしたのだ?」
問いかけてみると、すでに逃げの体勢に入っていたシーアが笑顔でウィンクをひとつ。
「先の出撃で、とてもキュートなレディをみつけてな」
「なるほど」
おもわず口説いた、と。
腕を組んでうなずくアリシアに短く別れの言葉を告げると、脱兎の勢いで駆けだす。数瞬おくれて、人間とは思えない速度で追跡するララスン。微笑ましいともいえる光景に笑みがこぼれた。
二人を見送った後、テーブルの上に置いていた帽子を手に取る。
空では舞えぬから地に降りた自分にどれだけのことができるのだろうか。
透き通るような青空の下、4対8枚の鏡のような白銀の翼が顕現する。
我は翼は長くは空を舞えぬ。されど…
「空を守る翼があるならば、地を守る翼もあろう」
それは誓いの言葉。
このかけがえのない家族を守るためにアリシアは今日も剣を取る。
さぁ、つづけよう。
理不尽を打ち破る戦いを。



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最終更新:2009年02月02日 01:05
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