(投稿者:レナス)
戦いは一方的であった。
ルーリエが
ディートリヒを攻撃し、ディートリヒがそれを迎撃する。
隙あらばディートリヒが反撃に転ずる。攻撃を往なされ、反撃を被るルーリエはそれでも絶え間ない攻撃を敢行する。
ルーリエだけが一方的に大きなダメージと疲労を被る。既にこの攻防が数十分繰り返され、安全圏へと退避しているマヤはその凄惨な光景に悲壮なモノを感じていた。
特に渦中に存在するディートリヒは顕著にそして明確に知覚していた。予感は確認へと昇華した。
この男は、ルーリエは兵であると。ディートリヒは手加減をしているつもりは微塵も無かった。
今までの放浪の時間に置き、メードの襲撃を受けた経験を幾つも持つ。そのどれもが彼の反撃の前に大地に伏した。
だがこの男はその経験を覆し続ける。直撃とさえ思える攻撃に手応えが無い。それは然して問題では無い。
何かしらの能力によるものだとも考えられるからだ。だもっと根本的な、この男たり得る要素がある。
疲れを知らないのだ。
数十分。これは「G」との戦いを繰り広げる戦場において酷く短い時間である。しかし常に全方位から襲撃を受ける状況に置かれるものではない。
多くの者達が協力し、役割分担をする事で「G」の侵攻を阻害している。殺されるかもしれない。守れないかもしれない。帰れないかもしれない。敵は「G」だけではないのだ。
心・技・体。不安に思う心を律し、戦う術を駆使し、蓄積する疲労を堪える。その全てがあって初めて戦える。
だがそれにも限界は存在する。故に数を揃える。火器で補う。メードという存在が人類の救世主として戦場を駆ける。
だがメードも人間を超人化したものに過ぎない。超人化だけでも遥かに人の想像を超越した存在ではある。
だが例えスーパーマンだとしても、一秒に一撃以上の攻撃を何分も駆使し続けられるだろうか。
それを十分以上、四桁にも達する行為を性交以外で可能であろうか。それも圧倒的に格上な存在と対峙しながら。
確実にルーリエの方が疲弊している。その事実は変わらない。だがディートリヒは焦りを覚えている。
終わりが見えないのだ。攻撃は通じている。だが決定打とはなり得ない。細かなプランを立てようにも相手の攻撃は絶えない。余計な事を考える時間が生まれないのだ。
(これが最前線で「G」と戦う者の強さかよ・・・!!)
弱い。ルーリエはメードとしての能力は低い。だからこそ工夫を凝らし、戦い続ける事が出来る。
大地を埋め尽くして迫り来る「G」の群れを目撃しても引かぬ意思。倒しても倒しても減らぬ敵を殺して殺し続ける戦い方。
そして疲労による緩慢な動きはそのまま死に直結するからこそ怯まない気力。この男は言った。「G」は敵だと。敵は殺すと。
ディートリヒは生まれた国、
エントリヒ帝国のメードとして戦場に立った。力があった。「G」を倒すべき相手だとは理解していた。
その全てを葬る自信があった。だがそれは例えであり、実際には
ジークフリートでも不可能であるのにも関わらず。
メードを投入しても覆らぬ劣勢。圧倒的な物量による疲弊は隠しようも無く、現実が今此処にある。
最小にして最大。最大にして効率的。効率的にしてAlive(必生)。ルーリエは修羅の道を行く兵。
戦場に情けなど、「G」に命乞いをして生き残れるなどという妄想は通じない。あるのは生存を賭けた戦い。
Dead or Alive. 殺るか殺られるか。敵は殺す。何を?「G」を殺す。当然である。ルーリエは、人類と「G」との戦いの真理を説いていたに過ぎないのだから!
「勘違いしてたぜ。てめぇが今まで見て来たメードと同じだと思ってたがよ、そうじゃねぇ。
てめぇはメードだ。「G」と戦う為に生まれて、「G」と戦う為に戦場に身を置いてるメードだ」
「何を当たり前の事を今更」
「ああ、全くだ。自分で自分の首を絞めてちゃあ、訳ねぇな」
そして「だからよ」と続け、剣を大きく振るう。先程までは木々の幹を避けた戦いをしていた。
だが今、木々を簡単に圧し折って振るった。ルーリエはその違いを感じ取り、距離を取る。時間にして半刻。
何千という回数の攻撃を続け、防ぎ続けた者達の静寂。遠目に傍観するしかないマヤも、今までとの違いを感じ取った。
「悪いが、俺はあんたを殺すぜ」
空気が膨れ上がる。その言葉を期に森がざわめく。冷たい灼熱が辺りを覆い、眠りについていた鳥達が逃げ惑う。
行く道を邪魔する存在を排除するのではない。明確な殺意を持って対象に確実な死を齎す。
放浪の中で学んだ剣術。効率的な戦い方は確かに強さを齎した。だからだろう。殺す事の実感が薄れたのは。
結果を望む余り、自身の意志を蔑ろにしていた。例え強くなろうとも其処に自分自身が居なければ勝者とはならない。
何を惚気ていた。何時から微温湯に浸かっていた。一体何の為に帝国を離反した!?
「行く道を忘れてたぜ。あんがとよ、坊主」
「貴様の自己完結などに興味は無い」
「ああ、俺がそう言いたかったから言ったまでよ」
ルーリエは四つん這いに構える。右腕が使えないにも関わらず、その格好に淀みは無い。腕の損失は一度や二度では無い。
その事実を感じてもディートリヒは何一つ不思議には思わない。むしろ当然だと納得する。
「さぁ、終わらせようぜ」
ディートリヒは巨剣『エッケザックス』を上段に構える。大質量の鈍器による振り下ろしは絶大な威力を誇る。
今までの小回りの効く剣戟とは打って変わって大胆極まりない斬撃。これこそがディートリヒを象徴する攻撃なのである。
はっきりしている事はこの一撃でルーリエは確実に死ぬ。「G」程度の攻撃とディートリヒのこれから繰り出される一撃は質が根本的からして異なる。
「G」は餌を食らう為、殺す事など念頭に置くまでも無い。だがこの一撃はルーリエに向いている。必殺。相手の命を必ず奪う術。対人戦に特化した斬撃。小
手先だけでは覆せない大きな波。終わる。確実に。動いたその瞬間に、全てが―――。
「お取り込みの所悪いんだけど、待つのがもう面倒だからこっち見てくれる?」
第三者の女性から静止の声。マヤではない。元より二人が耳を傾ける理由が無い。
数秒しても両者が反応しないと嘆息が一つ。酷く面倒そうな第二声。
「ああ、もう。そこの糞臭い奴とでかぶつ。あたしはこんな回りくどいやり方をするのは嫌なんですけど。
手間が掛かるし、退屈だし。何よりも詰まらない。だから早くどっちか死んでくれない。むしろどっちも死ね。
殺し合うんならさっさと殺し合いなさいよ。臭いんだからあいつ。と言うかこの場所自体臭うからあたしはもう帰って良いよね、うん。え、駄目? 怒られる? ああ、そう。じゃあ面倒だからお邪魔するね―――死ね」
白銀の閃光。ルーリエは視界に収めていた為に、ディートリヒは極限にまで高めた集中力によってその攻撃を躱す。
それは円盤状の鋸。揚力が多少乗る為に小さな弧を描いて目標を失った得物は彼方の木々を切り刻み、薙ぎ倒す。
二人の視線が漸く声の主へと向けられる。それは戦いを邪魔した者への敵意。しかし声の主はそれすらも面倒だとばかりに溜め息を吐いた。
「てめぇ・・・」
ディートリヒの押し殺した怒気。視線の先は複数の少女によって周囲を囲われているマヤの姿。
黒い制服を身に纏い、重火器や剣を携えている。ただの軍人では無い。メードだ。それも単なる「G」との戦いを前提とした戦力では無い。
「・・・黒旗か!」
「はい正解。でも動かないでね。動くとどうなるかは筋肉で出来たその脳味噌でも分かるでしょ。
むしろ動かれると面倒になっちゃうからあたしが面倒じゃなくしちゃうから」
黒旗。エントリヒ帝国の暗部。特殊部隊の位置付けに近いが噛み砕けばならず者の集う場所。
表沙汰には出来ない事態の収集、暗殺、破壊工作。使い捨ての駒。
だが明確に帝国の部隊と言うには独自の動きが過ぎる嫌いがあり、実績があるが故に存在を許されている組織、
軍事正常化委員会。俗称を黒旗という。
「マヤに指一本でも触れてみろ、承知しねぇぞ・・・!」
「ああ、それなら大丈夫。あたし、臭いの嫌いだから触りたくないし。むしろ触らせないでよね。何回も何回も体を洗うの大変なんだから」
ディートリヒは歯噛みする。同じ場所に居座り過ぎた。ルーリエの存在が罠だとし、囲まれる危険性を自覚していても長居し過ぎたお陰で現状を許してしまった。
況してや戦いに没頭し過ぎた為に周囲の警戒を怠ったのは痛い。そして何より、目の前の受け答えをしている少女の存在が不味い。
翼を持ちながらも飛べないメード。七面鳥の『ロナ』。
破壊工作に特化し、潔癖症であるが故に大胆極まりない。自身の手を直接汚さない戦い方は情けや容赦を知らないと聞く。
ディートリヒ一人ならともかく、マヤが拘束されている。数人を同時に排除出来たとしてもマヤが殺される恐れが強い。
そしてロナを排除するのには骨が折れると経験が告げている。打つ手が無く、ディートリヒは剣を下ろす。
「そうそう、物分かりが良くて助かるわ。このまま抵抗してくれてどっちも殺しちゃえば面倒は減ったんだけどね、残念。でもね、臭い方は・・・何よ?」
ロナの翼が彼女自身を覆う。外的要因の衝撃を翼が受け流し、対象を弾き飛ばす。ルーリエの突進を薙いだのだ。
彼にはディートリヒとロナ双方の因果関係など関係ない。攻撃をして来た。ならば敵だ。その程度で充分なのだ。
ロナが鋸の円盤『メタルブラット』を投擲。肘より先を喪した左腕で払う。深く抉りながらも流し、再度虚空で加速。
遠目からその姿を見たディートリヒは漸くルーリエの力に気が付いた。
「あいつ、飛べるのかよ・・・」
道理で攻撃毎に手応えが薄い筈である。インパクトの瞬間に攻撃と反対方向に意図して飛べばダメージを軽減出来る。
森の中で、障害の多い木々の間で飛ぶのは逆に動きを制限する。だから奴は大地を駆けていた。
そして今もロナの攻撃を往なし続けながら攻めている。決定打に欠けた攻撃を。
「――臭い」
だがそれは続かない。ルーリエの身体が翼に捕縛された。毛細血管で張り巡らせた群青の翼に。
大きく振り回され、大地へと叩き付けられる。例え浮力を発生させても直接叩きつけられては意味を成さない。
地面に突き刺さり、ルーリエは深く地に没する。露出しているのは両足の先端だけ。痙攣すら起こしてはいなかった。
「弱いくせに生きがるなってのよ。ああ、もう臭い臭い。目も腐りそうだわ」
ロナは目薬を取り出して目に注し、没したルーリエの風上へと移動して臭いの来ない側へと退避する。
「捨て駒なら捨て駒らしくさっさと殺されてば良かったのよ。何よ粘っちゃって、死に損いのクセに」
「捨て駒か。確かに誰かと力を合わせて戦う奴には見えなかったな」
「どーでも良いわよ、そんなの。それよりもさっさと武装解除してくれない?
一々マニュアルに従うのは面倒なんだけどこれをやらないと怒られるのよ。本当に面倒な事に」
「・・・わーったよ」
剣を落とす。ディートリヒは最大にして唯一の武器を捨てた。
「はい、どーもありがとう。それではそのまま大人しくあたし達の前を歩いてね。
余計な事をすればこの女の子がどうなっても知らないから―――むしろ面倒を起こして面倒じゃなくしたいんだけどねぇ・・・」
目薬を再び注す。ルーリエとの戦いで『臭い』が気になるのか、ロナは多めに注いでいる。
「こんな所まで俺達を追い回すとは黒旗は暇なんだな」
「上の考えなんてあたしには関係ないわよ。南の方でまた「G」と戦っているらしいけど、どーでも良い事よ。
んじゃ、さっさとあっちの方に歩いてよ。・・・え、反対? ああ、そう。んじゃ、そっちに」
仲間の声にディートリヒの踵を返させる。下手な抵抗は出来ない。今動けない以上、期を待つしかない。
だがこのロナというメードが居る限りディートリヒは動けない事を悟る。その事実は実質終わりを意味する。
考える。しかし考えるとも天啓は訪れない。心を灼熱に染めて一歩一歩、歩みを進めて行く。
「――待て」
予想外の声に足を止めてしまう。だがそれを咎める者は居なかった。
「なんだ、まだ生きてたの。本当にゴキブリ並にしぶとく生き残り続けてる事はあるのね」
陥没した穴よりルーリエが這い出る。全身より血を滴り落とし、誰の目で見ても重傷である。
だが彼の有様を知る者はこの程度でどうこう騒ぐ事は無い。初見では今のマヤの様に顔を青ざめるが。
「「G」が出たというのは本当か?」
「ああ、そこに反応するのね。流石は臭いだけある」
「答えろ」ロナの反応に意を介さず、睨み付ける。彼女は鼻を鳴らし、不機嫌を呈する。
「ええ、そうよ。また最前線で「G」が出たんですって。まぁ、あたしにとっちゃ如何でも良い情報なんだけど。
そこの女の子は別かもしれないけど」
この情報はマヤとディートリヒが「G」が出没する場所に現れる可能性がある為に齎されたモノ。
結局は無用となったが弄る為の材料としては十分だった。
「貴女、あの臭いくさ―い蟲共のお姫様なんだって? どーりで臭いわけだは。そんでもってあそこの臭い男と相性抜群。
臭い者同士は引かれ合うのね。そのままどっか臭い所にでも引っ込んで勝手に死ねばいいのに。ホント、臭い臭い」
臭いが来ない風上へと移動し、目薬を注す。一体何回注すのか思う面々を他所にルーリエは続ける。
「寄越せ」
「は? 何を? そんなにこの女の子が気に入ったの?」
「そんな物で奴等は殺せない。武器を寄越せと言っている」
「G」を殺しに最前線へと戻る。彼は暗にそう語っていた。目の前で連れ去られる人間を助けるでも、やられた借りを返すでもなく、「G」を殺しに向かう為に武器を求める。
敵は「G」のみ。人間同士に存在する名誉や外聞など関係ない。奴等を殺せるのならば他に何も要らない。それはロナの侮蔑の眼差しでさえ、欠けらの興味を示さない。
「あー、だから臭い奴は嫌いなのよ。余計に臭って来るじゃない。その顔を見るだけで臭って来る。
これあげるからさっさと消えてよね。じゃないと殺すから」
パンツァーファウストを改良した手持ちの火器を投げ渡す。ロナはまるで投げた手が汚い物に触ったかの如く自身の手をハンカチでしつこく拭き始めた。
武器を手に入れたルーリエは礼を言う事も無く、翼を顕現した。二対の鋭利な翼は主翼と副翼。展開と同時に空へと飛翔。
この場で起きた出来事に何一つ思い入れは無いとばかりに振り返る事なく飛び去る。彼にとって「G」を屠る事が全て。それ以外は余興にも暇潰しにもならないのだろう。
「あー、もう。臭いったらありゃしない。あたしは先に戻るから」
突然の宣言。ロナの言葉に周囲のメードが眉を寄せ、口々に抗議する。
「目標は確保したし、でかぶつも武器を持ってないじゃない。あんた達だけでもどーにか出来るでしょうが。
それにあたしの手持ちの武器はあげちゃったし、臭いが抜けないのよ。さっさと臭いと落としたのよ、分かる。
ああ、分かんないでしょうね。別に知る必要無いし、あたしは先に帰らせて貰うから後は宜しく」
そう勝手に言うだけ言ってロナは一人だけ森の向こうへと消えていく。
残されたメード達は互いに困惑の色でアイコンタクトを取り合い、マヤとディートリヒを連行するべく歩き始めた。
「奴さんが居たんじゃあ、無理だったけどよ。おめえさん達だけなら―――問題ねぇな」
ロナが消えてから十分少々。先頭を行くディートリヒが突如として反転。
メード達が反応する前に懐へと飛び込み、拳で大地へと叩き伏す。
「あらよっと!」
止まる間もなく回し蹴り。巨体から繰り出される速い蹴りを正面に受けて立ち上がれる者はメードでもそうそう居ない。
この一連の攻撃でマヤを囲んでいた面々を完全に制圧し、残る黒旗のメードは三人。
銃口を向けられ、引き金が引かれる瞬間にマヤを抱き抱えて森の中を逃げて行く。木々の幹を利用し、射線軸を制限する。
そうして追撃するメード達を一人一人丁寧に処理し、半刻もせずにディートリヒは全てのメード達を撃破した。
完全に自由の身となった二人。ディートリヒは肩を解していると、ある事を思い出した。
「あー、剣を回収しに戻らなくちゃならねぇんだったな。悪いが此処で待っててくれ、マヤ」
「―――――うん・・・」
か細い声。追撃を躱す為に少し人間には酷な動きをしたのも原因だが、それ以上にマヤは自分の存在価値の無さに落ち込んでいた。
狙われている以上、それなりの価値はある。それはマヤという個人では無く、彼女に流れる『血』の価値でしかない。
マヤの考えにルーリエは嘲笑。黒旗のロナはマヤの事など眼中になかった。ただの捕獲対象である非力な一般人。
障害はディートリヒただ一人。噛み合っていなかったルーリエとロナでさえ、幾獏か言葉を交わした。
だがマヤには一言たりともなかった。あるにはあったが、あれは独り言に近い。答えなど初めから求めてはいなかった。
当事者でありながら部外者。マヤは自身の無力さを痛感していた。
「そう、考え込むなって。大丈夫だ、マヤにはマヤにしか出来ない事があるってよ」
「ありがとう、ディートリヒ・・・でもね。やっぱりこのままじゃ、何も変わらないんだね。
あの男の人も、蟲達を敵でしかないって笑ってた。実際、あの子達に殺された親しい人達にとって仇なんだよね。大切な人を、町を壊して行く異生物―――」
「マヤ・・・」
「ご免。困らせるつもりはないんだけどね、やっぱり考える必要はあると思うの。ううん、考えるだけでは駄目。
それだとあの男の人の様に一蹴されるだけ。卓上の理論でしかない。結局は何もしていないのと変わらない」
「そんな事はねぇよ。今までだった何とかしてきたじゃねぇか」
「うん、でもそれだけだよ。何とかしてきただけで、何かを成し遂げて来た訳じゃない。
口先だけだったよね、私。結局は言い訳だったのかもしれない。そんな気が今はするの」
互いに閉口。紡ぐ言葉が見つからず、かける言葉も思いつかない。今回の襲撃で得られたのは如何に無力であるかという事。
たった一人の少女が背負う、願いの重みを実感したに過ぎない。それを実感しただけで足踏みをしてしまう。その程度の覚悟であったと知った。
人はそれを挫折という。挫かれ、折れた思いは心を蝕む。大きな壁を前にして人は如何しても自身が無力であるかと知る。
「ねぇ、ディートリヒ。人と「G」は分かりあえると思う・・・?」
「――そりゃあ・・・」
「気を使わなくて良いよ。正直な所を知りたいの」
「・・・・・・簡単じゃねぇ事は確かだ。さっきの男じゃねぇけどよ、根深いぜ。「G」と人の溝は。
メードである俺が存在するのは「G」を殺す為だしよ、超人的な力を手にしても殺し切れない奴等だ。
徒の人にとっちゃあ、俺が考える以上に禍根は根深いだろうよ」
「G」との戦いはもう十年にも及ぶ。長い年月を掛け、垣根は確実に構築された。
今でこそ拮抗しているが、それ以前は凄惨であった。ただただ、食われる時間を引き延ばし続けただけ。
殺される順番を待つ恐怖とはどの様なものなのだろうか。少なくとも追われる恐怖すら許されなかったのは確かだ。
それを突然仲良くしましょうと言われて直ぐに出来るだろうか。先程の男の様に一蹴される。それ以前に信じられる筈がない。
敵なのだから。仇なのだから。滅ぼすべき相手なのだから。
「あの男の人がそうだよね。痛感したよ、口先だけだったって」
心の傷を、他者が口先だけで癒せる筈がない。年月が積み重ねた遺恨は簡単には浄化出来ない。
「子供だよね、私。自分の思いを我が儘に喚いてた小娘。世界に取って耳触りでしかない・・・」
「マヤ」
自傷する彼女に耐えかねて言葉を掛ける。だが、返された笑みにディートリヒは目を見開く。
「けどね、もう少しこの我が儘を貫いてみようと思うの。私の成す事が無駄なのか、この悲しみに満ちた世界を変えられるのかを―――」
少女は挫折を味わい、乗り越える。ディートリヒは未だに見誤っていた。この少女の強さを。
「ねぇ、ディートリヒ。こんな我が侭な小娘に、もう少し付き合って貰える?
私
一人ではまだ何も出来ない。世界を見る事すら出来ていない私は、貴方を必要としています。
今はまだ貴方と不釣り合いな小娘だけど絶対に、絶対に追いついてみせるっ」
少女は成長する。これからも驚くくらいの、ディートリヒの考えを簡単に飛び越えて。
だからこそ、だからこそ自然と笑みを浮かべてしまう。笑ってしまう。
これ程までに護り甲斐のあるお姫様を見染めた自身の確信を、とても誇らしく思う。
「――あん時に言ったはずだぜ。『絶対に俺がマヤを護ってやる。だからマヤはやりたい事をとことんやってみろ』ってよ」
「それじゃあ――」
「応よ」
ディートリヒの豪快な笑み。迷いの無い、迷う必要が微塵も無い信頼の笑み。
「行こうぜ、世界を変えに。俺はマヤの行く道を見届けてやる」
「――うんっ!」
少女の瞳から涙が流れる。そんなマヤをディートリヒは抱き締める。
これからの為に。今と言う時を心に刻む為に。未来を歩く為に。
二人の戦いは、まだ始まったばかりなのだから。
注意事項
この物語は執筆者が執筆時点のwiki設定を基に個人的な解釈で描かれています。
実際の人物像や組織体系などが必ずしも合致しません。ご了承下さい。
関連項目
最終更新:2009年04月03日 11:13