(投稿者:Cet)
「私達前衛部隊は援護に徹せよと」
「どういうことだ
シュワルベ」
ナーベルと
ルーラはそれぞれ無表情に問いただした。
「どうもこうも、そのままの意味です。突出されては、後衛の部隊は敵の攻撃に晒されます。その時、後衛の部隊は敵の攻撃に耐えきれないでしょう」
シュワルベの言葉に、二人のメードは渋い顔をする。
「そう言うのなら、仕方ないな。私も一言居士ではない」
「貴女に従いましょう」
ありがとうございます、とシュワルベは二人に頭を下げた。
「さーて、意見はまとまったみたいっすね?」
そんな三人に声をかけるのが、負傷したメードを一人抱えた
ミテアである。
ミテアに抱えられたジェフティは気を失っていたものの、ミテアの回復スキルによって治療が続けられていた。
「ああ、言ったからには一意専心のつもりだ」
「右に同じ」
見るからに戦士、という二人のメードはそう言ってシュワルベの方を見遣った。
「頼みましたよ、ミス・シュワルベ」
「君は実に謹厳実直だ、それは弁えているつもりだよ。存分に使ってくれ」
「了解です」
シュワルベはぴっと手を額にやり、敬礼する。
戦闘経験において、明らかにシュワルベは二人のメードに及ばないものがある。いわば先輩後輩の関係なのだ。
「フォーメーションについて説明します」
そこには合わせて七人のメードがいた。それぞれが翼を広げ滞空している。
前衛は
トリア、サフィー。滞陣しつつ攻撃に集中して下さい。
「りょ、了解です」
「了解……」
二人ともどことなく緊張した表情をしているので、逆にシュワルベの顔からふっと力が抜けた。
「あ、シュワルベ笑ったでしょっ」
「笑ってません」
次の瞬間にはポーカーフェイスに戻っている、ぐぬぬ、とサフィーが歯がみをしてみせた。
ナーベルとルーラは前衛から付かず離れず、前衛の部隊に向かってくる敵を攻撃して下さい。また、前衛の部隊に敵が向かっていかないよう誘導して下さい。
「了解しました」
「了解だ」
二人は同じように応える。二人の仕草や声には全く気負ったところがなく、むしろ余裕すら漂っている。
「何、所詮虫けらどもなど鎧袖一触するまで」
「心強いばかりです」
再びシュワルベは笑ってみせる。というのもこれは安心からくるものだ。
後衛は私が務めます。ミテア隊長は私の傍から離れないで下さい。
「了解っ、ジェフティちゃんはウチがちゃんと守ってみせるっすよ」
「はい、よろしくお願いします」
ぺこり、とシュワルベは一礼した。
退路に布陣した敵部隊を『赤の部隊』が排除するまで、私達は防御に努めます。
『赤の部隊』と合流できれば、こちらの勝ちです。
各員の健闘を祈ります。
「「「「「了解!!!!!」」」」」
一糸乱れぬ応答に、シュワルベは一瞬呆けて、すぐに気を取り直した。
「すぐ敵が来ます、迎撃態勢に入って下さい」
りょ、了解、と少しだけずれた応答が返ってきた。
隊員達がそれぞれの位置に就く中、シュワルベは手元に抱えたひと振りの小銃を眺めた。kar98k、エントリヒの生んだ傑作銃である。
故郷で造られた物の方が手に馴染み易いだろう、と
ルフトバッフェの司令官である、カラヤ・U・ペーシュが取り寄せてくれた、武器の中の一つであった。
実際、前衛として戦うことに向いていないシュワルベの手に、その銃はよく馴染んだ。それにスコープを取り付けたものが、今の彼女の手に収まっている。
「それにしても」
不意に声がして、振り向くとそこにいたのはミテア(と抱えられたジェフティ)であった。
「今日のシュワルベは頼りがいがあるっす」
「今までが頼りなかったみたいですね」
少しだけシニカルに応じると、ミテアはあっけらかんと笑う。
「いや、今日のシュワルベが特に、輝いて見えるんよ」
どうしてなのか、と言外に聞いているようでもあった。
「……きっと適性があるんですよ」
「そうかもしれないっすね」
そうして二人は、小さく笑った。
シュワルベがkar98kを持ち上げる。八倍のスコープに映る景色には、酷く小さな点がいくつか伺える。メードの強化された視力は、肉眼で、より正確な情報を得ることを可能にしていた。
「敵を正面に確認、接近中、距離一万二千」
「
ドレスが別の作戦に参加してなければ、よかったんすけどね」
「無いものねだりをしても仕方ないです」
敵はっけーん! 距離一万にせぇーん! ミテアが声を張り上げる。
「こういうことっすか?」
隊員達がこちらを見遣り、目をしばたいている。シュワルベは依然スコープに目を遣ったままであったが。
「……少し想定外でしたが、感謝します」
「どーもどーも」
ミテアはにっこりと笑う。
しかし、シュワルベのスコープを覗きこむ表情が、不意に歪んだ。
「ちょっと不味いです」
「どうしたっすか?」
「ドラゴンフライが三体居ます、伝えなくてもいいです。代わりに、フォーメーションを変更します」
「みんなーっ、もっかい作戦会議するよー!」
また? と言いたいような表情で皆が振り返るのに、シュワルベは表情を変えない。
「敵の戦力を確認しました、ドラゴンフライが三体います。
よって前衛を今まで通りルーラ、ナーベルに。後衛をトリア、サフィー」
「それは何時もの通りに、ということかな?」
ナーベルの問いかけに、シュワルベはそうです。と答える。
「しかし、戦場を高空へと移します」
「如何程か」
「千メートル」
「了解した」
ナーベルの応答に続けて、ルーラも粛然と応える。
続けて残りの隊員がまとめて応答する。シュワルベは頷いた。
「敵の接近については私から随時知らせます。急いで下さい」
「来ました、ルーラ、ナーベル、ドラゴンフライを狙って下さい!」
「了解した(だ)」
ごう、と風を切って二人が降下していく。今彼女達がいるのは高度六千五百メートル。
それを何とか追撃しようと、五百メートル程低空をGの部隊が飛んでいた。
その数、ドラゴンフライ級が三体、フライ級が想定の上で七十体程。
中規模戦力の域を出ないにしろ、今の彼女達、青の部隊にとってかなりの数ではある。
しかしその戦力差をもろともせず、二人のメードは降下していく、青と緑の軌跡を追って、トリアとサフィーも降下するも、敵の攻撃をまず受けない位置にまでくると静止した。ルーラとナーベルは尚も降下する。ドラゴンフライは彼女らの動きを受け、その出方に戸惑うかのような反応を見せる。周囲に展開するフライらは本能に基づき、接近する彼女らの迎撃に走る。
ルーラとナーベルに
フライが接触した瞬間、二体のフライが翼をもがれていた。
方やナーベルは緑色の燐光を目映く、大剣を振るう。
方やルーラは、大盾の裏に仕込んだサーベルでフライを切断していた。三、四と、人類に対して無比の力を持つ蟲の群れは一方的に切り刻まれていく。
一度の接敵で五のフライを落とした二人が狙うのは、後方に控えるドラゴンフライであった。
阻まれるということを知らない二人に追いすがろうとするフライに、トリアとサフィーからの弾幕が降り注ぐ。シュワルベは、一つ息を吸った。それぞれがほぼ予想通りの働きをしていた。
ミテアも目を見張っている。直接戦闘に参加することのできない立場であるからこそ、その身体からは十二分なほどの覇気がにじんでいた。
ナーベルが離脱を図ろうとするドラゴンフライに取り付いた。頭部の付け根にあたる部分に大剣を振り下ろす、単純な鈍器としては計り知れないほどの衝撃にドラゴンフライが身を捩じらせた。
ナーベルは離脱と突貫を繰り返し、その度にドラゴンフライの頭部に刺突を見舞った。
そしてルーラがガトリング砲を放っていた。膨大な閃光と轟音が吐き出され、強固である筈のドラゴンフライの装甲に幾つもの弾痕が穿たれていく。それを阻もうと接近するフライに対しては、容赦なくサーベルを振り下ろす。
そのドラゴンフライは驚くべき速度で疲弊していった。しかし、その脇腹から十程の蟲が覗く。
それを見咎めたシュワルベは、思わず翼で駆けていた。前方に展開するトリアと、サフィーに叫んだ。
「トリア! サフィー! 前進!」
トリアは、振り返らなかった。しかしその声は耳に届いたらしく、新たに出現したフライらにほど近いナーベルらに接近する、サフィーもそれに続いた。
戦線が狭まり、シュワルベはライフルを持ち上げた。ミテアらの方を一瞥し、安全を確認する。その代わりこちらに目を付けたフライが、五、六向かってきていた。
舌打ちも程々に引鉄を絞る。重く長い銃声が空気をつんざいた。次々に命中し、フライが落ちていく。ライフルに込められる限界の五発を撃ち切った時点で、フライは残り二体に減っていた。
ポーチから弾帯を取り出して、ライフルに嵌め込む。
そしてもう一度振り上げた時、フライは間近にまで迫っていた。
弾幕が襲った。フライは体液を振りまきながら、絶叫を上げ、落ちていく。
「シュワルベ、大丈夫!?」
「サフィー」
さん、と彼女は続けられなかった。
「どうして」
「トリアに言われたの、私だけで十分だって」
「あの人の悪い癖だ、ああ!」
シュワルベは叫んだ。サフィーはひどく驚いて、しかし次の瞬間には銃身を巡らせ、引鉄を絞っている。M34が吠えた。シュワルベも同じようにする。
トリアやナーベルらの安全を確保することもそうだが、それよりもミテアと負傷したジェフティのことを念頭に置かなければならなかった。
「化け物よ、あの二人!」
サフィーはほとんど泣きそうになりながら射撃を続けていた。そうしている彼女の下方で、少し前から『あの二人』に取り付かれていたドラゴンフライが、身体を水平に保てなくなり、落下していくのが見えた。
違った、三つの点が連携していた。それらは次のドラゴンフライに目標を変更する。
ガトリング砲と、M34。二つの光条と更なる援護が、ナーベルの行く手の敵をなぎ払う。そうやって作られたスペースへ、ナーベルが突っ込んでいく。その武骨な剣が瞬く度に、フライの肉片が宙を舞った。
ナーベルら三人に対して敵が集中する、四十はいようかというフライの群れが彼らを押し包もうとしていた。ナーベルとルーラが躍り出る、その後方から、トリアが包囲を阻んでいた。
「彼女らと合流する」
一言、はっきりと響いた。
サフィーが余裕なく頷いた。二人もまた前線へと接近する。
しかし実際のところの飛翔力はサフィーの方が若干上回っている。シュワルベはその後ろに遅れて着いていく。
「サフィー!」
「今度は何!?」
振り向いたサフィーにシュワルベは告げる。
「やはり私達はもう一体のドラゴンフライの方へと向かいます」
「……無理っ」
「今なら手薄になっているから、問題ないです。そして貴女に決定権はありません」
ううううう、とサフィーが唸った。
もはや彼女は何も考えられなくなった表情で、もう一体のドラゴンフライへと向かっていく。シュワルベはそれを追う。
ナーベルらと戦っているフライの群れを迂回していく。そこでは確かに彼女らが奮戦していた。しかし、長くは持たない。
このままでは皆死ぬな、とシュワルベはぼんやり思った。
視線の先に佇む、ドラゴンフライの最後の一体が、こちらを捉えたのが分かった。
「私達はできるだけあいつらを引き付けます」
「できるだけって」
サフィーが平坦な声で聞いてきた。
「限界まで、という意味です」
シュワルベはそう答えた。
サフィーは何も返さずに、そして、振り向きもしなかった。二人が銃身を持ち上げる。十程のフライが接近してくるのが分かった。ドラゴンフライが咆哮を上げた。
「うおおおおおおおっ」
ナーベルの全開の一撃が、フライを叩き潰す。ぐちゃり、という音と共にフライの頭部が胴体にめり込んだ。ついでナーベルは、その一撃を成した大剣を陥没した頭部から引き上げて、次のフライに刺突を喰らわせる。
胸部の大半を失ったフライは錐揉み回転をしながら落ちていった。
ガトリング砲の射撃音が聞こえなくなっていた。というより、ルーラとはもはや分断されていた。
武士道とは死ぬことと見つけたり、という。しかしまだ、死ぬ時ではないように思えた。
もう一度大剣を振り上げる、彼女の正面にはいつも敵がいたが、その時正面に飛び込んで来ようとしたフライはさっと身を引いた。
何故なのか。ふと掠めた思考を目の前の光景が拭い去った。フライが身を引いてできたスペースに、ドラゴンフライが突っ込んできていた。
「……南無三」
同じく突っ込もうとした彼女の目の前に、二人の人影が舞い込んだ。
「大丈夫です、何とかなります」
彼女はフライの体液を浴びた笑顔で言う。
「貴女だけに手柄を取らせはしませんよ」
擦過傷を身体中に創った麗人は微笑んだ。ガトリング砲の弾はとっくに切れているようだった。
そして、ナーベルもまた笑う。
「お前たちは、本当に呑気だなあ」
三人は笑い合った。
そして突っ込んだ。
「おぉぉぉぉちろおおおおおお!!!!」
サフィーは叫んでいた。ついで泣いていた。弾倉を叩き込むと、再びM34の引鉄を絞る。
十体程だったフライは二体になっていたが、ドラゴンフライが健在であった。こちらへと向かってきている。
シュワルベはその頭部にしきりに弾丸を撃ち込んだが、どうもダメージを与えられていないようだった。
「仕方ないです」
シュワルベは後ろを振り向かまいとしていた。随分と前から静かになっている。
サフィーに声を掛けようとした時点で、彼女はドラゴンフライへと突っ込んでいっていた。
ふう、と溜息を吐いて、シュワルベも同じく突っ込もうとすると、炎の渦のようなものがドラゴンフライに向かって行くのが見えた。
炎はドラゴンフライの纏う凄まじい風圧をもろともせず、その装甲を剥ぎ取っていく。
シュワルベは接近するのをやめ、暫くその形勢を見守っていた。そして叫ぶ。
「攻撃っ」
サフィーはそれを聞いていた。一瞬涙でぐちゃぐちゃになった表情をこちらへと向け、そして突貫する。一応理性の欠片は残っているらしい。
サフィーとその炎の暴風が暫く攻撃を続けていると、ドラゴンフライはあっけなく落ちていった。シュワルベはもう一つ溜息を吐いた。
後ろを振り向くと、そこには何もなくて、ただ、ちらほらとメードの姿が覗えるだけだった。綺麗さっぱり何もなくなっていた。
「シュワルベ君」
目の前に、業火の渦の中心が舞っていた。
「
シーアさん、遅いです」
「悪い、手間取った」
かなり深刻そうな表情で、シーアは俯いた。しかしそれにかまけず、シュワルベは問いを繰り出す。
「ミテア隊長と、ジェフティさんは」
「……無事だ。安心してくれ」
そうですか、と応えた瞬間、意識が闇に包まれた。
ようやく終わった、その時はそう思っていた。
最終更新:2009年05月16日 16:34