(投稿者:フェイ)
冷え切った廊下に靴音が響く。
その音の主――
ブリュンヒルデは考え事をしながら、テラスへと向かう廊下を歩いていた。
自らの手で
ジークフリートを打ち負かし、バルムンクを叩き折ってからしばらく経った。
あれ以来ジークとは顔をあわせていない。
「…………」
戸を開け、テラスへと出る。
室内とは比べ物にならない冷気が身体を包み、その冷たさが感覚を麻痺させる。
コア・エネルギーの僅かしか残っていないこの身体は、動くたびに激痛に苛まれる。
その痛みを抑えてくれるこの冷気は、ブリュンヒルデにとってありがたいものであった。
テラスに手をかけると、目の前をゆっくりと通り過ぎるものが一つ、二つ。
「……?」
見上げれば、空からゆっくりと降る白。
エントリヒの冬を彩る、今年初めての雪が降り始めていた。
「もう、こんな…時期になったのですね…」
空へ向かって手を差し伸べれば、白が手の上へ落ちた。
途端、儚く消えて溶けていく。
それを包み込もうと手を動かそうとした瞬間、全身に激痛が走った。
顔をゆがめながら、落ち着こうと吐く息、それすらも苦痛に感じながら幾度かの呼吸で身を落ち着かせる。
手をみれば、既に解けてしまった白は跡形もなく、残った滴すら掌から零れ落ちていく。
「……」
思い出す―――彼女が散っていったのも、こんな雪の日だった。
その強気な微笑みと態度は、今でも眼を閉じれば容易に浮かぶほど瞼に焼き付いている。
ブリュンヒルデを彩る黒とは対照的な、白を基調とした鎧を身に纏い、閃光の剣を手に戦い続けた彼女。
「……貴方も、こんな痛みに耐えていたのですか…? ……
レギンレイヴ…」
命を削り戦い続け、それでも最後まで誇り高き笑みを浮かべたまま―――。
初めて出会ったのは、戦場だった。
ブリュンヒルデの黒い鎧と対になるような白い鎧をまとったメード。
背筋をしっかりと伸ばしたまま優雅に歩き近づいてくるそのメードはブリュンヒルデを前に微笑んでみせた。
「貴女が、『あの』ブリュンヒルデ?」
「はい? …ええ、そうですが」
僅かに強められた『あの』のアクセントに眉をひそめながら頷く。
「本日より
グレートウォール戦線に投入されました、皇室親衛隊特設メード部隊所属…レギンレイヴ、と申します」
訝しげなブリュンヒルデの顔にも構わず、そのメードはすっと手を差し出す。
洗練されたその動きにやや気後れしながらも答えるように手を差し出し握手を交わす。
「貴女の参戦を心強く思います、レギンレイヴ。今は…只でさえ、戦力が必要な時期ですから…」
「お言葉ですが」
ブリュンヒルデの言葉をさえぎるように、レギンレイヴが口を開く。
「只の戦力とは思ってほしくありません」
「…それは失礼しました」
「謝罪を求めているわけでもありません。―――私が求めるものは一つ」
一言と共にレギンレイヴが一歩進めようとするのを見て、ブリュンヒルデは一歩を下がろうとした。
しかしレギンレイヴは即座に二歩目を詰めると、ブリュンヒルデの間近まで顔を寄せる。
「………」
その素早さと謎の行動に沈黙するブリュンヒルデを見ながら、レギンレイヴは再び笑みを浮かべる。
「思っていたより遅い。この程度なら軽々と越えてしまえそうです」
「何を…!」
「スコアです――軍神と呼ばれる貴女の」
言葉を失ったままのブリュンヒルデを見て笑ったまま、身を翻したレギンレイヴはトン、とブリュンヒルデの身体を押す。
押されわずかにたたらを踏みながら視線を戻せば、目の前に突き出される何か。
レギンレイヴのその手に握られた棒状の何かは、ブリュンヒルデの眉間へと突きつけられている。
「教育期間の関係上
303作戦には参加できませんでしたが、これから私の実力を示します」
「………」
「見ていなさい、ブリュンヒルデ。私が最前線に来た以上貴女の天下は終わりです」
洗練された仕草でその手の中の装備をくるりと廻すと、腰のホルダーへと戻す。
「レギンレイヴ…!」
「失礼します。武装の手入れがありますし、また前線へ赴くので」
一度振り返り優雅に一礼すると、さっさと歩いていく。
呆然とその姿を見送るしかないブリュンヒルデの後ろから、やれやれといったため息が漏れる。
振り返ればそこに相手の顔はなく、ブリュンヒルデは視線を下げる。
両手両足、そして身体にまでサラシを巻いた小柄なメードがこちらを見上げていた。
「大丈夫か? 戻って早々災難だったの、ブリュンヒルデ」
「ハジメ……」
楼蘭国出身メード、壱。
補給中か整備中か、いつものロボットアームが無い為普段よりもさらに小柄である。
「今、若干失礼な事を考えんかったか」
「……い、いえ」
「まぁよいわ。…しかしやはり噛み付いたか。これから苦労するぞ」
珍しく苦笑いを浮かべた壱の表情に、同じく苦笑いを返す。
「…どういう子なのですか?」
「どういうも…大体見た通り言われた通り。尊敬してるのか敵視しているのかはわからんが…」
「私に対抗心を燃やしてる、というわけですね…」
「まぁ、限った話ではない。ここにいる誰にも負けたくない…といった感じでな。誰とも手を結ぼうとせん。あの性格故、自ら手を差し伸べる者もそうそう、な」
「そうですか…」
「実力の方も確かでな。なんといったか…れあすきる、だったかの。光を放つ剣の試作型とやらを器用に使いよる。実力があるからこそ、余計に誰も近寄らんのだろうて」
やれやれ、と肩を竦める壱。
どこか喋り方に似合わない可愛らしい仕草を見て微笑みながら、ブリュンヒルデは遠くなったレギンレイヴの後姿を眺める。
「何か、ライバル視される身の覚えは?」
「ありません。……彼女がいうには、戦績だそうですが、何故そこまで拘るのか…」
「同時期に産み出されたといっていたが…同期の対抗心ではないか?」
「…そんなことがあるものなのですか?」
「わからんかもしれんの。お前さんそういった事とは、今まで無縁と見える」
ブリュンヒルデの顔を見ながら、老練な笑みを浮かべる壱。
「そういった経験もまた、良い刺激になるとよいの」
からかう様な笑みに、ブリュンヒルデは少し困ったような笑みで返す。
そして再びレギンレイヴの去った方へと視線を向けた。
既にその後姿はない。
「…ハジメ、あの子と仲良くできると思いますか?」
「悪い奴ではないと思う。ただ…無理に歩み寄っても逃げると思うが」
「ならば、こちらから手を差し伸べて…握り返してくれるのを、ゆっくりと待つことにしましょう」
躊躇もなく言うブリュンヒルデに、一瞬虚をつかれたように動きを止めた壱は、しばらくしてからポン、とブリュンヒルデの背をその小さな手で叩いた
「そうじゃな…気長に、の」
「ええ…気長に」
最終更新:2009年10月31日 19:34