Chapter2 : グレートウォール大攻防戦

(投稿者:Cet)



 灰色の空を空戦メードが飛ぶ。
 その数は十程だろうか、そして彼女らの進む先には、雲霞の群れを思わせる、淀みのようなものが漂っている。
 彼女らはそれが何なのかを分かっていて、なお前進していた。
 彼女らの動きが停まる。ホバリングの態勢で、その『淀み』を遥か前方に捉え、停止した。
 やがて、エンジン音がその空域に響き始める。彼女らに追従する戦闘機が、やや遅れて到着したのである。
 再び彼女らの前進が始まる。
 と、そこで『淀み』の方にも動きが見られた。
 まるでその全体が一つの意志に基づいて動いているかのように、それらは、のっそりと、重々しくのたうち、まるで鎌首をもたげるかのように、先端をこちらへと向け、差し延ばしたのだ。
 彼女らはそれらに向かって突撃していき、やがて、彼女らの姿がその淀みの中の一つの点としか認識できなくなった頃、その『淀み』の端々で、赤く輝く戦火が瞬き始めた。
 1947年の初頭のことであった。


「さーて、じゃあ私たちの担当する空域を占める敵について説明するよ。
 聞いて驚くなかれ、彼らの抱える『ドラゴンフライ』、およそ十四匹。
 そして、彼らに随伴しているとされるフライが凡そ五百匹! すっごいでしょ、文句なしの大規模部隊。
 で、それに対して向かうはこのベーエルデーが最精鋭、白の部隊総勢四人プラス同志達ってわけ」
 戦闘服とは違う、白い意匠の施された服を纏うその女性はにこやかに語っていた。そしてその前には二人の少女が直立不動の姿勢でいた。
「恐れることはないよー、今まであいつらとは嫌っていうほど闘って来たんだから、それを今度も繰り返すだけ、それができればあいつらを敗走させることは難しくないよー、なんたってこの白の部隊が先陣を切るんだから。
 あいつらを驚かしちゃって余りある衝撃よ、これって」
 女性がにこやかに語る内容を聞いて、それでも少女らの緊張は心地よさを伴ったものに見える。というのも、彼女らは薄らと笑みすらを浮かべているのだ。
「よぅし、じゃあ一人ずつ抱負を述べていってみようか。じゃあまずはアム!」
「一匹でも多くの敵を墜としてみせまぁす!」
 その少々野暮ったい縮れた髪型の少女は叫ぶ、その意気を受けて、先程からブリーフィングを行っていた女性も何やら感心しているようだった。
「おお、中々悪くないね。じゃあ次、ニウ!」
「----っ」
 何やら鈴の音が転がるような、微かな囁きが漏れたような、そんな気持ちにさせる音がした。
「よーしよし、ニウにしては上出来、上出来。っと、じゃあ次は……」
 と、そこまで言ったところで、その女性は首を巡らせて周囲を伺った。
 そこは前線に配備された、飛行場であった。彼女らは空戦メードであるため、同じく空戦用に配備された戦闘機部隊と連携して行動しているのである。
 方々でエンジンの駆動音が響き始めており、出撃の準備が整ったことを告げていた。
「と、ここで時間切れみたい。じゃあ言いそびれた皆には帰った後で感想を聞かせてもらおうかな。
 では、私たちも出撃準備、忘れ物のないように気を付けて!」
 了解! と少女達の呼応する声が響く。巻き起こるエンジン音とプロペラの起こす風の音にも負けないように。
 そうしてくるりと女性が踵を返し、続けざまに純白の透き通った翼を広げ、次の瞬間には地上を飛び立っていた。そしてそれに二人の少女達が続いて行く。
 飛行場の騒がしさはいよいよ頂点に達し、滑走路にひしめく戦闘機達が動き出す。流れるような動きで、一機、二機と複数の滑走路から彼らは飛び立っていった。


 同時間、飛行場から十キロ程前方に展開していた部隊の中でもまた、号令が飛び交っていた。
 千近いワモンが前線を迂回、飛行場を目標に進撃中とのことである。彼らはそれを食い止める為に、今ぞ出撃とその準備を急いでいた。
ブラウ、調子はどうだ」
 そこには左目に傷を負った士官と、そして連合陸軍のくすんだ制服に身を包んだ青年の姿があった。
「問題ないよ、後はもう戦うだけ」
「おう、いつもの通り死に物狂いでやってくれ。もういつ死んでもお前は働き過ぎってくらいだからな」
「了解、了解」
 へらへらと笑ってみせる青年の目は決して腑抜けのものではなく、それどころか仄暗い闘志に燃えているのであった。
「ところで、アンリはどうする」
「とりあえず俺は戦車の方に戻らなきゃならん、指揮もしなくちゃならんからな。お前はできるだけ歩兵達の損耗に気を配ってやってくれ」
「了解、少尉」
 整った敬礼と共に、青年は答えた。
 同じく士官は敬礼を返し、すぐに踵を返してその場から去っていった。
 さて、と青年は一つ息を吐く。彼とて緊張の中にあった。というのも今回行われるのは、間違いなく、編成された軍隊同士において行われる、会戦の類だからである。
 今回グレートウォール戦線の向こう側に布陣したGの総数は、数万とも言われている。そしてその規模は、前線よりも多少後方に布陣しているこの場所からでも、十分に実感できた。
 雲霞のごとく黒い群れが、山肌にそって蠢いているのである。それは正に蠢動、圧倒的な数の蟲によるそれだった。
「出撃準備! 機械化部隊、前に出ろ!」
 指揮官の叫ぶ声が聞こえ、ブラウは視線をそちらに向ける。動きだした戦車たちの横に並んで、彼もまた歩きはじめた。
「幸運を祈る!」
 次々と兵士たちの声がかかった、彼はそれに対して、不敵というか、何やら余裕を感じさせる笑みを振りまいて応える。彼は覚悟を決めていた。
 突撃の指示を受け、戦車たちが続々と基地の門を潜り始めた。灰色の麓までの道のりを、彼は足で蹴りつけた。


 白い光が戦場の空を舞っている。
 それは一つの点だった、縦横無尽に、物理法則を無視するかのような動きを見せながら、フライたちの群れを掻い潜る。
 否、その光はただフライたちの隙間を抜けるだけではなく、擦れ違うフライたちに対し、例外なく死を与えていた。フライたちはあらぬ方向からの力によって動きを止められて、同時に死んでいた。くるくるとコントロール不能になった羽を回転させながら地面へと落下していく。
 そしてその光が目指すのはただ一点、ドラゴンフライのその側面であった。
「もらったぁ!」
 きらり、と閃く光のもとに、十発の弾丸がドラゴンフライに到達する。
 胴体を中心とした外殻を、派手な衝撃がえぐった。瘴気すらを伴っているような叫び声を上げ、ドラゴンフライは身を捩る。
 しかしそのドラゴンフライ、機動力やその装甲、更に羽ばたきによって繰り出す衝撃波も然ることながら、その強靭かつ巨大な身体を用いることでの肉弾攻撃も、また侮りがたい力を秘めている。
 その長大な、腹部にあたる部分を振り回すことで、ドラゴンフライはその視界に姿を捉えさせない襲撃者の撃退を試みるのだが、それらの方策はことごとく空を切り、意味をしていなかった。
「墜ちろっ」
 更にその上方から、頭部めがけて弾丸が飛来する。
 強靭であるはずの装甲の中でもっとも弱いとされる額部分を正確に貫いた一撃に、ドラゴンフライは全ての活動を停止した。その身体は不意に重力の影響を被り始めたように、水平を保っていた身体を傾かせ、頭部を下に、降下し始めたのだった。
「休む暇なんてないよっ、次!」
 返答なんてものも許さないような速度で、その白い部隊は移動する。
 彼女らに擦れ違うフライの群れは、近接武器によって打ちのめされ、あるいは射撃武器によって接敵以前に撃破されていた。
「さあさあ進め! どんどん奥へ!」
 鼓舞が時々、鐘の音のように響き渡る。それはかつて人々が地上で行っていた戦闘の様式を彷彿とさせるものだった。
 指示と鼓舞、その両方を受け持つ鐘の音が響き、その白い部隊は敵の奥深くへと雪崩れ込んでいく。
「三つ!」
 ドン、とまるで砲撃のような音を伴って吐きだされた弾が、遥か彼方からこちらへと接近を図るドラゴンフライの額を撃ち抜いた。彼の巨体は、数秒の間をおいて力なく墜落していく。
「今日のアムは絶好調だねっ、もっと活躍を期待していい?」
「任せて下さい、ホルンさん! 今日の僕は一味も二味も違いますからね」
 お互いにメッセージを交わす間も、縦も横も上も下も、まるで彼女達の任意の領域であるかのように、高度な連携の上で攻撃を繰り返している。
 高速で進行する戦場に対して、彼らの処理速度は、それを十分に補い切るものだと言えた。いやむしろ、彼女ら自身が戦場を加速させているのだ。
「!」
 そして不意に、そのリーダーたるホルンの動きが停まる。
「ホルン隊長……?」
「逃げて! 皆、あれに構っちゃダメ!」
 淀みの恐らく中央に近い位置にまで到達した彼女らは、次の瞬間襲いかかってきた何かに対して、正に、戦くほかなかった。
「防御隊形!」
 叫びに重なるように、一足遅れて響いたその音は暴力的で、稲妻か何かのように人知を超えた存在感を放っていた。


「ジェフティさん!」
 トリアの叫びは悲痛を纏っていた。
 先遣部隊の大半が大きな被害を受け撤退中であるという報を受け、後詰である彼女ら『青の部隊』は、一時待機を命じられていた。
 しかし待てども待てども、前線を割って突入した部隊の面々は帰って来ない。その時に、シュワルベが遥か前方からやってくる大規模なフライの群れを確認したのである。
 彼女らは命令系統が混乱するさなか、何とか撤退の指示を扱ぎ付けることに成功したが、しかし敢え無く距離を詰められ、そして現在戦闘状態にあった。
 ジェフティは、三匹ものフライに追われていた。
 トリアは眼前の敵を素早く撃破すると、ジェフティを援護するべくM34の銃身をそちらへと向ける。その時、甲高い銃声が二つ、戦場の中で響いた。
 ジェフティを追っていたフライの一匹が、飛翔力を失って落下していく。
 あわせてジェフティは反転し、眼前にまで迫っていたフライの一匹に対して切りかかった。
 彼女の放った一撃はフライの片方の複眼の何割かを削ぎ落したが、しかし同時に彼女の身体に向けて、フライの繰り出した前脚が叩きつけられた。
 彼女の肢体が撓み、弾き飛ばされるのとほとんど同時に、もう一つの銃声が欠損していたフライの頭部を今度こそ完全に爆ぜ尽くした。
 残ったフライの一匹が、墜落していく途中のジェフティを追撃しようと試みるのに対し、トリアは接近しながらの援護射撃を図った。連なる銃声に合わせ、フライが奇妙な痙攣とダンスを踊る。追撃の軌道は急激に逸れ、フライは垂直の落下軌道を辿り始める。
 落下中のジェフティに一番接近していたトリアが、彼女の身体を受け止めることに成功する。その時、ぞっとするような羽音が背後から迫っているのをトリアは感じた。
 片手ではM34をまともに扱うことなどできない。彼女はジェフティの身体を強く抱きしめ、背後から迫っているはずのそれの存在を認めるべく、振り返る。
 そして銃声。
 フライの後頭部が爆ぜる。体液と肉が噴き出して、そしてフライは落ちていく。その開けた視界の先に、ミテアと同行するシュワルベがこちらへと銃身を向けている姿が映った。
 トリアはそちらに向かって必死に翼を向けた。背後から迫ってくる悪魔の声が、現に彼女の鼓膜を揺らしているような気にさせた。
「トリア! 援護する」
 その時、側方から駆け付けたルーラが、彼女の背中を守るような形で射撃を始めたのだった。
 彼女はそのことに一転して安堵したが、しかしその脳裏を不意に四文字の言葉が掠める。退路遮断。


最終更新:2009年11月20日 00:21
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