(投稿者:店長)
空の彼方に住まう眠り人の話を、私は
システマというメードから伺ったことがあった。
彼女は空に浮かぶ巨大な”船”と電子を用いた手段による通信によって、いずれ来る日のことを予言したのだった。
今この場に彼女はいない。
もう何年前だろうか……。
Gとの戦いが終わって、世界は新しい時代が始まっていた。
その中では、人同士の戦いがあった。
エターナルコアを装備した戦力であるメードも、かつての仲間だった者達にその矛を向け合った時代があった。
だが今はこうして、世界は平和になりつつあった。
──永核条約、と呼ばれるものが締結されたからだ。
この条約の内容は単純明快だ。
永核の軍事目的での使用を禁ずるということをこと難しく書いているだけだ。
同時にメードという存在が新たに生み出されることは無くなったのである。
生み出されたメードらは、各々の新しい生き方を見つけることになる。
世界から戦争が無くなった当時人類の発散されるべき力は、Gの制圧下だった地の奪還に注がれていた間は良かった。
ただ、人は常にフロンティアを求めるものだ。
人々が足を踏み入れたことの無い地は、深海と……この青空の向こうにある、無限の空間のみとなって久しい。
このフラストレーション対策として、新しい開拓地を模索することに思い至るのはもはや時間の問題だ。
そこでGとの戦いの当時から、結果的に最先端を進むことになっていたEARTHを主導とする、各国共同の宇宙開発計画が提案されることになった。
しかし、様々な問題が積み重なっていた。
当時の技術では、予想される多大な宇宙線を最初とする多くの劣悪環境に対する備えが十二分とはいえなかったのだ。
そこに白羽の矢が立ったのは、この地球が最後に生み出した……最後のメード。
彼女に宇宙へと赴いてもらい、人類が何れ到達する場所の調査をする。
……その計画を、彼女の名前からトワイライトプロジェクトと呼んだ。
★
赤道直下、国際宇宙開発局。
アルトメリア大陸の赤道に設けられたこの施設は、航空・宇宙技術の技術者らが日夜研究と開発に明け暮れていた。
その技術の結晶が外の打ち上げ台にその雄姿を晒されようとしていた。
地平から伸びるレールが、ゆっくりとした弧を描いて空へと延びる。
そのレールの始まりにある、航空機を模した何か。
大きさは戦闘機程度もなく、翼らしきものが無い。
あるのはジェットエンジンのようなノズルをもつ物体が4基備わった、人が一人分が身をかがめて潜めそうな溝のあるだけの物体。
それが彼らが生み出した”宇宙空間突入機構”である。
永核より供給される出力を増幅するという共振装置によって、
空戦メードでは足りない出力を補い、空高くまで運ぶためのもの。
その構造により、メード以外は搭乗が不可能という欠陥品でもあった。
基地の周囲のフェンスの向こう側では、報道人らが打ち上げのニュース配信に備えて陣取っていた。
果たして、この計画が成功するのであろうか……固唾を呑んで見守る。
「暇人ですね……と、トワイライトはフェンスに居座る報道人らに感嘆と呆れとを交えたため息を吐きます」
その様子を眺めていた彼女こそ、トワイライトプロジェクトの中核であり、最後のメードであるトワイライトだ。
彼女の背中から生える銀色の金属で構成された義翼をゆっくりと展開させながら
、背伸びをする。精巧なつくりが、金属でできた鳥の羽のそれを連想するに足るしなやかさと柔らかさを表現していた。
彼女の持つ大小さまざまな三対六つの翼は、それぞれが飛行補助と彼女の能力の補佐の為に備わっている。
彼女自身もまた複数の装備を施されていた。
初期では制御のできなかった”コアの並列接続”をメインコアと増幅専用の擬似永核──単体では機能しないが、永核が備わる事で稼動する──によって共鳴増幅を行う。
これによって従来のメードとは比べ物にならない出力を得る事に成功したのだ。
トワイライトの場合は左右の手の甲と額、義翼にそれぞれ1つずつの合計9つの擬似永核を搭載する。
銀色の頭髪をそっと掻きあげ、同じ色の双眸を群集から空へと向けた。
彼女がこの計画に抜擢された理由に、彼女の能力があった。
コア・エネルギーを直接制御する能力に長けた彼女は、その出力を操作することで空間的な遮蔽を可能とする。遮蔽によって、予想される宇宙線の被害を食い止める……。
というのが前提条件だ。
トワイライト自身、一応は水中任務で自身の能力を行使した経験上……気密性には問題ないと思っている。
しかし相手は未知の領域……過信はできない。
最も。
「私はメードですから、構いはしませんが、とトワイライトは悟り気味につぶやきます」
兵器として生み出されたメードに与えられた、最後の奉仕。
それが人類の進歩の一歩に貢献できるのであれば……どこか心が澄む思いがする。
トワイライト……黄昏と黎明時の空の色を示す単語。
即ちトワイライトの意味する事は──メードという形に代表される永核兵器時代の終焉と、平和利用するがための劈頭を齎せる。
まさに、時代の黎明(トワイライト)。
彼女は虚空を見上げる……あの空の向こうになにがあるのか。
★
義翼がトワイライトの体を包むように展開された。吐き出される青い陽炎がトワイライトの体を中心に凝縮され、滞留する。
これこそがトワイライトの誇る滞留永核力装甲。圧倒的出力から供給されるコアエネルギーによる層を構築することで外からのあらゆる障害を遮断する。
蒼の防壁は
永核力爆弾の直撃にすら耐えうる……実際にデモンストレーションを兼ねて被爆したことを思い返しながら周囲を満たす力場を眺める。
すべてを吹き飛ばすのではなく、消滅させる暴虐。計算上のみ可能で実物では試したことがないだけに実際はどうなるかと後になって体が震えたものだ。
ここにいることが無事だったということを証明したわけであるが。
宇宙空間突入機構との接続が正常であることを確認したトワイライトは、首元に巻いた通信装置越しに管制塔に報告した。
いよいよ、突入の時間だ。
あの先は前人未到の領域……おそらくはこの星を下から眺める最初で最後のメードになるだろう。
迫る危険よりも、これから到来するだろう未知に対する興奮と関心が彼女を満たしていった。
通信装置越しにカウントダウンが開始される……。
『10……9……』
ふと、大昔のメードが告げた話がよぎった。
空の上に浮かぶパンドラという名前の箱舟、そしてEARTHと名乗った彼が眠るというお話を。
彼が齎したエターナル・コアが、我々を生み出したといっても過言ではない……。
もし、彼と出会う事ができたとすれば……、何をするのだろうとトワイライトは想像する。
『……5……4……』
行ってみなければ判らない。
そもそも、私にその後があるのかすら、判らない。
だが、もし……。
『……3……2……』
彼をこの地上へと送り届けることができたなら、いいなと願った。
兵器として生まれた身に、有り余るほどの光栄に違いない。
それ以前に……彼に示したい。
貴方が守った、この大地を。
『1、──補助ロケット・モーター点火!!』
「──発進します!とトワイライトは高らかに叫びます」
強烈な推進力を諸共せずに、ただ空へ、高く、高く!!
「──彼方へ!」
『グットラック、トワイライト……!』
6枚の鋼の翼から噴出する青い軌跡と、ロケットモーターからの噴煙を残し……彼女は飛び出した。
★
空気抵抗を力場操作によって形成したフィールドによって切り抜け、すさまじい熱を一切を遮蔽した彼女は周囲の光景が赤から無へと転じたのを感じた。
おそらくは学者が仮説から立証しようとしていた大気圏という層を脱したのだろう。
地球の空気と宇宙空間との隔たり……それを超えた先は、吸い込まれるような広大な闇が広がっていた。
「宇宙線遮蔽率……地上と同レベルを維持……とトワイライトは確認します」
宇宙空間で活動する前提で装備してきた複数の装備の一つであるガイガーカウンターの数値に異常は見られない。
鉄壁の防御性能を誇る滞留永核力装甲は、宇宙の苛烈な環境からも彼女を守りきっている。
あとは空間遮蔽で確保している空気を、装備している浄化装置で常に酸素と二酸化炭素の分量を維持すればよい。
宇宙空間突入機構との分離が完了し、役目を終えた鋼は虚空へ舞っていった。
そして……。
「管制塔、応答願います……と、トワイライトは通信を繋げます」
『こちら管制塔、どうした?』
「地球(EARTH)が見えます……宇宙の闇の中に、眩しいほどに青い宝石が……と、トワイライトは感動の涙を浮かべながら実況します」
『……』
我らが青い惑星が輝いていた。
深淵の闇に浮かぶ宝石……本当に青く、美しい球体。
太陽に面してない……現地では夜になっている場所は、摩天楼の輝きが仄かに伺えた。
背後では月がその姿を眩しいまでに晒している。
彼女はこの青い惑星が生まれた時から見守り続け、その後も見守り続けるのだろうか。
目じりからこぼれる液体を指先でぬぐいながら、トワイライトは持ち込んだ取材装置を回す。
『こちらも確認した……我々は、この映像を長きに渡って伝えていく事だろう』
取材装置から流れてくる画像を皆が見ている事だろう。
通信越しに涙声が混じった。
カメラはずっと地球と月、他の惑星達の輝きを納めていく。
”彼”もこの美しいモノを見たのだろうか。
「──これより、地球の周回を開始します。とトワイライトは報告します」
義翼が包み込む形状から広がり、宇宙に青い光の翼を羽ばたかせる。
なんという贅沢なことだろうか。
このすばらしい光景をほぼ独り占めできるということはあるまい。
体が尽き果てても、この意思が消えうせるまで……焼き付けて、忘れないように。
カメラは肩にくくり付けるように固定して、吸い込まれそうなほどに大きく写る母(EARTH)の上を飛ぶ……。
★
飛行時間が1時間に達しようとする時、トワイライトは到達した。
今回の最大の目的である……パンドラと思われる巨体を確認したのだ。
「大きい……と、トワイライトは感嘆します」
『なんという巨大さだ』
全長1kmもの巨大な大きさを持つ宇宙船が衛星軌道を彷徨っていた。
宇宙空間を飛翔──コアエネルギーの放出による反作用移動──をしながら周囲を観察する。
地球外の技術を用いられた物体に初めて肉眼で確認できたことで、カメラの向こうは大騒ぎに違いないとトワイライトは推測する。
ハッチらしき場所に触れる……擬似永核が反応し、内部へエネルギーを送り込まれていく。
触ってみると、弾力があったように思える。
彼らの技術は永核による動力で賄われている……という学説はある程度の正しさを証明された瞬間である。
『内部へ侵入開始……有史以来の大偉業だ』
未知の装置……というよりは壁としか言いようがない部分に掌を当てると、体を通じてコアの力が注ぎ込まれていく。
眠っていた機能が蘇り、明りが点る。
内部にはフリーズドライとなったオブジェの山が転がっていた……おそらく、Gの元となった生命体だろうとカメラから映像を得たスタッフが解説する。
壁や天井、散らばる設備には生々しい傷が残っており……ここで”彼”以外は死に絶えたのだろうか。
途中に存在する端末らしき──我々が知っているパーソナルコンピューターと違って、より生体的なデザインが見受けられる──物体に触れる。
意思がそのまま反映され……調べたい内容が即座に把握できた。
「最深部に気密が保たれた部屋を確認……と、トワイライトは報告します」
『……ミスター・EARTHの眠る部屋か』
最深部に、気密が保たれた区間があった。
トワイライトはエアロックを潜り抜け、その区画へと進入する。
その部屋にはおそらくは作業用に用いられていたと思われる人型を模した何かと、棺桶のようなオブジェ。
あとは細々とした機械が散乱していた。
透明といえるその棺桶の中に……男性が眠っていた。
『冷凍睡眠装置か何かか……?』
「……」
端末にアクセスする……スタッフの予想通り、これは冷凍睡眠装置のようだ。
地球上では未だに完成していない近未来の装置に、遠く離れて見守る彼らは静かな興奮と、これから立ち会うであろう歴史的瞬間に対する期待で鼓動を高めている。
『あと何年持つか、調査をしてみる……端末を接続してくれ』
「了解」
今まで肩に繋げていたカメラを取り外すと、灰色の小さなケースを取り出した。
大きさはポケットに入る程度で、中から黒い箱状の物体が出てくる。
義肢技術の高度な発展により、微細加工技術が進歩した結果……最低限の機能のみを搭載したコンピューターの開発に成功したのだ。
今回のこの機械は、特にこの為に作られた最も高価な使い捨て前提の品で、各種解析機材と地上からの通信の機能のみを搭載したもの。
付属のケーブルの先端には大よそのあらゆる接続部位と繋げれるように粘土のようになっており、異文明の機械と接続できるようになっているのだ。
ペタリ、と表面に粘土状の端子を繋げられ……接続を確認した。
カメラとコンピューターともリンクさせた段階で、トワイライトは船体が微かに振動しているのを確認した。
他の眠っていた機能が稼動し始めたのか、それとも、我々以外に誰かがいるのか……?
「振動を検知、とトワイライトは報告します」
『……調査に向かってくれ。我々は解析を続行する』
トワイライトは一度眠り続ける彼を見ては、振り返って部屋を後にした。
パンドラの内部のコンピューターとの接続により、船外に何かがいる事が判った。
地球から他の何者かが着たのか……?と湧き上がった可能性を思い浮かべ、即座に否定した。
大気圏を突破しても、宇宙線を遮蔽する技術はない……このトワイライト以外には。
「……まさか、とトワイライトは想像します」
エアロックから飛び出したトワイライトは、船外への外周を調べるために飛翔する。
飛び出した先に、それはいた。
──それは3対6肢の、黒い昆虫のようなソレ。
──地上では間違いなく殲滅したはずの、人類の天敵種。
『……何がいた?』
カメラは内部へと置いてきたため、周囲を知るにはトワイライトの報告以外にはない。
「Gと類似した生物と思しき存在を確認……」
『なんだと…!?』
「これより戦闘行動を開始しますと、トワイライトは戦闘モードに移行しながら告げます」
擬似永核と永核、そのすべてがゆっくりと唸りを上げる。
久しく忘れていた高揚感にも似た快感が巡る……兵器としての自分が覚醒しはじめる。
生命を輝きの大小で表現するのであれば、この瞬間が最も輝いているといえた。
青い光がより光量を増して、宇宙の闇にその翼を広げた。
無音の宇宙の……人類が経験する最初の戦闘が開始された。
★
一方内部で解析を機械経由で行っていたスタッフは唸っていた。
船外での戦闘もさることながら、眼前の冷凍睡眠装置の限界が予想以上に短いこと。
状態よくても、持って数週間……今回を逃せば、彼はそのまま蘇生できなくなってしまうという結果が算出されたからだ。
彼らは大いに悩み、決断をした……ここで彼を蘇生してしまうことを。
彼を地球へと招くことができなくないが……貴重な話を聞くことができるだろう。
多くを語りたい。聞きたい事も同じぐらい……いやもっとだろう。
「解凍・蘇生作業を開始するぞ……」
多くの研究者や技術者、軍人らが固唾を呑んで見守る中で共同作業に入った。
幸い解凍用のプログラムに損傷はなく、このまま実行を行えば蘇生が可能であるらしい……。
「おい、政府に連絡だ……急げ!」
世界がこの基地を軸に集う。
異星の民との始めての接触という大ニュースに特番として全世界の報道機関が時間を問わず放送を開始する。
使えるメディアはすべて用いて。
文字通り、人類はこの小さな管制室とその向こう側のモニターに注目した。
半透明の棺桶が稼動した。白い煙が溢れ出しながらその蓋を開かせたのだ。
しばらくして、棺桶の中から手が出た。人と同じ五指の手だった。
顔と上半身が出た。衣服こそ地球上にはないデザインをしていたが、その顔は地球人となんら変わるところはなかった。
彼は周囲をきょろきょろと見渡した。
技術員が翻訳ルーチンをスタンバイする……。
一人が、マイクを持った。
「ハロー……ミスター・EARTH。応答されたし」
★
眠りから覚めた。
その事態に最初理解が追いつかなかった。
漸くそれが”誰かが迎えに来た”ということに気づき……周囲を見渡した。
すると機械が接続されており、大昔の収録装置に似た物体がこちらに向いているのを確認する。
『ハロー……ミスター・EARTH。応答されたし』
こちらの言語が、聞こえてきた。
しかし、ミスター・EARTHか……最後に行った通信で聞き間違ったままで本日まで来てしまったようだと苦笑した。
「ハロー……俺の事はリトル・ジョーと呼んでくれ」
『了解したリトル・ジョー氏』
そっと窓の外をみた。あの時の青い星がそのまま残っていた。
美しいままの惑星は、その輝きを船外から船内へと届けていた。
「教えてほしい……あの青い星は、惑星ズィードの生物兵器から守られたのか?」
『惑星ズィードの生物兵器とやらが我々がGと呼ぶ巨大な昆虫を模した生物のことであるならそうだ。貴方の送り出した贈り物のおかげで』
「そうか……守りきったのか」
感慨深いものがこみ上げてきた。
自分の努力が無駄ではなかったのだ。
「で、迎えが見えないようだが……どこにいる?」
『窓の外だ』
窓の外を、彼は言われるままに見る。
船外を、青い光が横切った。
体に青い光で包み込んだ、鋼と光の翼を羽ばたかせる天使がいた。
格好はリトル・ジョーが大昔に見た歴史書にでてきたメイド服に良く似たデザインをしていた。
「……」
『彼女がここまで来たのだ……だが、残念な知らせがある』
「なんだい?」
『君を生かしてこの星までつれてくる事は……我々には不可能だった』
「おいおい、あの子はどうやって来たんだ? 来る手段があるなら……」
『我々の技術では君たちを安全に地上へと下ろす手段を用意するには数ヶ月かかる……』
どうやら宇宙開発の進展は彼の時代でいうところの最初期の頃のようだ。
宇宙に上がるには数年単位の準備と物資が必要である、あの頃に。
彼女がエターナル・コア──リトル・ジョーの世界ではスフィアと呼んでいる物体──を利用した兵器であることを。
そしてこうして目覚めさせた理由に、もう数週間した持たなかった事を告げられた。
「そーかい。……あの子は承知しているんならいい」
最初は憤慨したものの、一方で仕方なかったのだろうと察した。
コアを直接体に埋め込むということは最も手っ取り早い手段であるからだ。
だが、成功するとは思ってはいなかったが……。
どうやら、彼らとコアとは条件付ながら相性が良かったらしい。
彼女が最後のコア内臓の兵器であること、現在ではリトル・ジョーの世界のように平和的なエネルギー元として利用されていることが告げられた。
エアロックの方から音がした。どうやら彼女が入ってきたらしい。
銀色の髪を持った、人形のように整った顔を持った女性だ。
背中には銀の翼が折りたたまれている。金属製の翼はゆっくりと蒼の残滓を吐き出している。
彼女はスカートをつまんで、少しだけ上げて頭を下げるという丁寧な礼をした。
「お初にお目にかかります、トワイライトです……とトワイライトは自己紹介をします」
「あ、あぁ……よろしくなトワイライト。お互い地球に降りれないそうだ」
窓の外をうかがう彼を見る彼女は、何かに思い至る。
このままここで死ぬより……かなり危険ながらも地上へと降りる手段を用いるべきではないかと思ったからだ。
「……管制室。応答願います」
『どうした、トワイライト』
「地上へ降ります」
『無茶だ!……第一大気圏突入時の衝撃に……、リトル・ジョー氏、トワイライト、これから大統領とお繋ぎする』
「んぁ?」
「はい」
二人はカメラのほうに向く。
残念ながら、二人にはカメラの向こうの映像は見えない。
スピーカーから、声が聞こえた……。
『初めまして……惑星を代表する者です。リトル・ジョー氏にお尋ねしたい。……わが惑星への亡命を希望するかね?』
「というと、そっちに行くか?ってことだよな……ああ、希望するぜ」
『それには多大な危険が考えられる……その過程で命を失っても構わない、と?』
「無論だ……それに」
窓に映る地球を見つめる。
愛おしいあの惑星に塵になっても降りたい。とカメラに向かって告げた。
『宜しい……トワイライト君。君に大統領命令を下す……彼を無事地上へと送り届けよ』
「──了解しました」
『地上で待っている』
しばらくカメラに向かって視線を向けていた彼女は彼の手をとり、エアロックまで進んでいく。
彼にとって宇宙服代わりとなってたハンプティー・スーツを着ずにここまで来たが……。
「なぁ、おい……まさか、このまま外に」
「しっかりお捕まりください、とトワイライトは告げながら抱きしめます」
「わっ!?」
不意に抱きしめられた。
二人の身長はそれほどの差はない……こうして異性に抱きしめられた事は、リトル・ジョー母親以外になかった。
おそるおそる、彼も彼女の腰を抱えるように抱擁する。柔らかくて、暖かい感触に鼓動が高まった。
次第に彼と彼女を青い光が覆い隠す……まるで泡の中に入り込んだ小人のような気分だ。
「滞留永核力装甲展開完了……これより、大気圏への侵入シークエンスを開始しますと、トワイライトは報告します」
「このまま、かよ…!」
彼の悲鳴が聞こえないばかりにエアロックを抜けた。
宇宙空間に裸で投げ出された錯覚を覚えるが、体を包む光が有害な宇宙線等を遮蔽していく。
光の幕の向こうに、宇宙を感じた。
彼女の翼が大きく展開し、微妙な姿勢制御を行っていく。……母なる大地へ向かって、突入するために。
眼前には巨大な……宝石が浮かんでいた。
地球。彼女の故郷であり……彼が守ったかけがえのない惑星が。
「はは……こうしてみると、やっぱり綺麗だな」
「同感です。とトワイライトは同意します」
抱きしめる力を互いに強める……下手すれば、二人とも燃え尽きてしまう不安を打ち消しあうかのように。
銀の翼が折りたたまれ、親鳥が子を守るように二人を隠す。
「──突入を開始」
飛び込むように、地球へ降下を開始した。
その軌跡は、さながら蒼い彗星のようだった。
すさまじい轟音が耳を叩く。
大気との摩擦によって発生した熱と抵抗とが、表面の蒼い光の幕と削り合いを行っていく。
薄くなった幕に新たに力を加え、補強していく。この破壊と再生の拮抗が崩れたとき、二人とも燃え尽きて消失してしまうだろう。
──耐えろ。
ぐっと、腕に抱く彼の温もりを確かめるように強く抱く。
彼を地上へ送り届けるのだ……トワイライトは歯を食いしばり、突き進む。
リトル・ジョーもまた、トワイライトに応じるべく強くしがみついていた。
数分間が、とてつもなく長く感じた。
最大出力を維持し続けるという初の試みに、擬似永核を繋ぐ体の各箇所が軋む。
それが灼熱となって内部から焼き、激痛となって彼女を責める。
──耐えろ……ッ!
周囲を覆っていた赤が消失した。
★
地上では、すべての人が空を見上げていた。
大統領と二人との会話が生中継されていたからだ。
軍隊や救助隊は彼女らを回収するための準備に取り掛かり、民衆は二人の無事な到着を祈りながら見守っていた。
「ママ、見て……流れ星」
母親が夜空を眺めていた子供の言葉を聞き、指差す方に眼を向けた。
赤に包まれた蒼が、光の尾を残しながら突入する。
ニュースで取り上げられた二人が今まさに大気圏へと侵入したのだ。
「祈りましょう……星の王子様と、お姫様に」
赤と青の光は次第に弱くなり──蒼い翼が大きく翻った。
6枚の光の翼が、空へと広がっていく……。
力強く羽ばたいて見せた、天使の軌跡を。
誰もが見て、歓声を上げた。
蒼い翼はそのまま、世界を一周する……速過ぎる速度を緩めるために、彼に世界を見せるために。
この瞬間、世界は一つになったのだ。
★
6つの翼や、金属で覆われた箇所からは火花が散っている。
過剰供給された出力に回路が悲鳴を上げていた。
それでも、トワイライトは力強く飛翔し続ける。
「……トワイライト?」
「もう、大丈夫です。とトワイライトは大気圏突入完了を告げます」
しがみついたままから、漸く顔を眼下へと向ける余裕ができた彼は広がる光景をみた。
碧い海からは鯨が顔を出し、潮を噴いていた。
リトル・ジョーにとって初めて見た海の生物に子供のように歓喜を見せる。
今見えているのは、彼の故郷の惑星では記録だけの存在でしかなかった故に。
「すげぇ! 鯨かよ……」
「珍しいですか? とトワイライトは意外そうに伺います」
「ああ、俺の故郷だと海の生物はいないからさ……」
生命の息吹を、力強く感じる。
リトル・ジョーは普段吸っているものと同じ大気成分だというのに、胸の中から爽やかになっていく気がした。
異邦人であるはずの彼をも、この星は歓迎してくれるというのだろうか。
漸く地上への直接的な交信が可能になったところで、トワイライトは通信装置──コアを用いた特殊な短距離通信──で報告をした。
エターナル・コアが互いに共鳴する事を利用した通信であり、通常の電波通信よりも雑音等が入りづらい代わりに範囲が狭い。
通信が可能なのは世界中にエターナル・コアが普及し、それらを中継にしているからである。
「こちらトワイライト、現在大気圏内部へと進入完了。機能不全多数……されど帰還に支障なし、とトワイライトは安堵しながら報告します」
『……こちらでも確認した。このまま国際宇宙開発局まで帰還せよ……よく帰ってきた』
「……了解」
途中に見える自然や都市……その明りや営みを眺めていく二人。
人々は彼らの姿を見上げているのだろうか?
高度の問題で何をしているのかは不明だが、きっと祝福してくれているに違いない。
国際宇宙開発局から見れば、ちょうど彼女の翼は黎明の空から現れた。
滑走路には多くの人々が詰め掛けていた。政府の関係者もいたが、技術者や科学者が雁首をそろえて待ち構えていた。
彼らの作った円の内側へ、ゆっくりと降り立つ。
リトル・ジョーは自分の足で踏みしめようとして、少しだけバランスを崩した。
地球の重力は少しばかり強すぎたようだった。
「ようこそ、地球へ!」
リトル・ジョーが待機していた担架に寝かせつけられる。
彼が他の人々に介抱される様子を見届けた彼女は。
──ああ、良かった。
糸が切れた人形のようにその場に倒れ、鋼の翼が背中の接続部位から脱落して崩壊する。
出力系の耐久力を超えた運用によって酷使された部位が、ついに耐え切れなくなったのだ。
今まで保ってたのが、軌跡だったのだろう。
悲鳴が、木霊した。
「トワイライトッ!」
担架から身を乗り出して叫ぶ彼に、トワイライトはそっと笑みを浮かべた。
「私は兵器として生まれました。そんな私が最後に……貴方をここに送り届けるという偉業に携われました」
「……」
今にも瞼が下りそうなのを耐え、閉じかけの口を必死に動かして。
彼女は言葉を紡ぐ。
多くの同胞(メード)を破壊し、争いを止める為に力を振るった彼女。
一体どれほどの命を奪った事だろうか。
必要と判ってても、罪の意識はどこかに残っていた。
けど漸く……平和な時代となった。もう兵器は必要ない。
兵器としての彼女の最後が、救助だった。
命をこの手で助けるという誇れる任務だった。
「トワイライトは、……幸せです」
そっと、彼女の瞼が降りる。
エターナル・コアを内臓した兵器がすべて地上から消失した瞬間であった。
★
その後リトル・ジョーはEARTHにて技術顧問として働く事になった。
といってもやる事といえば宇宙に浮かぶパンドラや、それに関連する彼の故郷の情報を伝える程度の名誉職のようなものだ。
EARTHから用意されたセントグラールの一角の住宅で地球の文化を楽しみながら暮らしていく。
宇宙船から眺めるだけであったこの惑星に住む……。
そして思っても見なかったことがひとつあった。
柔らかなベットから、朝日が差し込んできた。
今まではカーテンによって遮られていた光が突然はいってきたのだ。
夢の住人だった彼を、カーテンを動かした人物の声とその日差しが引き戻すのであった。
「……おはよう。トワイライト」
「おはようございます。とトワイライトは微笑を浮かべながら挨拶します」
背中に生やしていた金属の翼や、腕や額に存在した擬似永核は取り払われた彼女が、メイド服に身を包んで立っていた。
損傷が激しかった箇所が、トワイライトの生命維持になんら関わりのない部位だったのだ。
それ故に、もはや使う事のないだろう兵器の部位を取り払うことにしたのだ。
今のトワイライトは空を飛んだり、青い光を纏うことはできない。
それでも、リトル・ジョーには関係がなかった。
この命の恩人ともいうべき彼女と、いっしょにいたかったのだ。
…
それからしばらくすると、新しいニュースが世間に広がった。
異星の民と、メードだった女性との結婚式というものであった。
最終更新:2010年02月11日 01:09