この夏が終わる前に

(投稿者:Cet)



俺は、その場所に辿り着いていた








 戦いが始まっていた。
 まず、『ドラゴン』フレイアが前へと出る。トリア以下、取り回しの利く武器を手にしたメードが彼女の援護に当たった。
 フレイアを中心として、上下を固めるようなフォーメーションで前線に飛び出した彼女らであったが、しかしフレイアはとっくに能力を充填し終えていた。
 薄く笑みを浮かべた彼女の周囲に紫電が奔った。次の瞬間、彼女の周囲を八つほどの火球が回転し始め、そして加速していく。
 回転は幾らも待たない内に猛烈な速度を得て、それらの火球は軌道を外れる。彼女らの正面の地表へと、放物線を描いて射出された。
 八つの火球は連続して解き放たれて、遥か前方の地面へと向かう。
 解き放たれた火球を追うさなか、彼女らの視線は朝焼けのグレートウォールを埋める幾つもの黒い影を認める。蠢動する麓へと八つの火球はほとんど同時に吸い込まれていく。
 閃光は一瞬であった。
 地平線の間際を、複数の太陽が突如として埋め尽くしたかのような光が埋め尽くした。そしてまるで世界が終わるその時のような火柱がそこに生まれ、瞬く間に、彼女らのいる空域を熱風が包んだ。
 次第に光は収まっていく。そして、濛々と砂煙の立ち上る山脈の麓が露になる。光は赤から青へと移り、生き延びることのできた僅かな蟲達の姿が、彼女らの視線に晒された。
 しかし爆発はそれだけでは終わらなかった。延々と連なるグレートウォール山脈の麓、あるいはその手前の地域において、先ほどと同じような凄まじい爆風が幾つも起こった、そしてその度に地面は鳴動し、複数の太陽が生まれたかのように、地上に光をばら撒いた。
 やがて、それらの光がたった一つを残して消えると、そこには砂漠において巻き起こる砂嵐を、上空から俯瞰したかのような構図だけが残されていた。
「当初予想された戦果の88.7%を達成、ほぼ完璧と言える成果です」
 閃光が収まるのを待って、バイザーを頭部に装着した『アサッシネイト』ネルウァが呟く。その報告に素早くドレスが反応すると、強力な電波を介した通信を以て遥か後方の本陣へと報告した。その流れが一通り終わるのを待って、トリアがこくりと頷く。
「地上のG勢力が壊滅的な打撃を受けたのは明らかですが、今回の作戦における課題は十ヶ月前のものとさして変わりありません。つまり、依然継続する戦闘はこちらの空戦部隊がどれほどの力を持っているかに掛かっているのです。
 戦場の主導権はまだこちらへは移っていません、それを忘れないように」
 了解! とそれぞれの声が応えた。トリアはもう一つ頷く。
「ドラゴンは陣地に帰還して別命を待って下さい」
 フレイアの応答は無かった。というのも、何やら呆れとおかしさが複雑に交じり合ったような表情のサフィーが、彼女の体を支えて、もとい抱えていた。彼女は気絶していたのだ。
「ドレス、輸送ユニットを要請してください」
「りょうかい」
 ドレスは短く応答すると、ただちに命令に従う。僅かに数行、通信を行ってから、トリアに向かって一つ頷いてみせた。
 トリアもそれに応えるかたちで頷いてみせる。続いてシュワルベに視線を遣った。
 彼女は先ほどからスコープに片目を押し当てて、もう片方の目も見開いて、グレートウォール山脈の方向に視線をめぐらせていた。
「シュワルベ、偵察報告」
「正面距離一万五千、ドラゴンフライ改・六、フライ改・推定二百五十。
 ドラゴンフライ改はこちらへと急速接近中、衝撃波による攻撃を行うつもりのようです。
 なお散開しているフライ改はドラゴンフライ改の移動に追従できておらず、連携が取れていません」
 トリアは一つ頷く、続いてドレスへと視線を遣る。背後に展開している多数のメードの中の一人がサフィーの抱えるフレイアの体を貰い受けるところだった。
「了解しました。
 ドレス、精密偵察報告」
「りょうかいです、敵ドラゴンフライ改、速度マッハ一、到達まで二十四秒」
 了解しました、トリアは少しだけ冷たくなった声の調子で返答する。
「対応パターンはベータ。
 繰り返しますが、決して油断することのないように」
 了解!
 トリアの声に一つ欠いた応答が返る。それらに対して、トリアはにっこりと微笑んでみせた。





 光が全てをなぎ倒していった。
 地上部隊を襲った熱波は熾烈なものであったが、ブラウを初めとしたメード部隊は、それを容易く受け流した後、突撃した。
 脚部が炭化して歩行ができなくなっているシザーズの頭部を、ライフル弾が吹っ飛ばした。燃え盛る炎に包まれて、ヨロイモグラ級のGが既に動かなくなった体躯を燻らせている。
 ブラウらは進んだ。
 命令は突貫であった、終了条件は特になく、つまりは司令部お得意の『限界まで戦え』であった。ただしそれは無目的な自殺行為ではなく、平野をまず制圧することで、対空支援火器を使用するスペースを確保するための突貫であった。
 どんどんと進んでいく。上空を夥しい量のGが覆い隠していたが、至る所で空戦メードや戦闘機と交戦していた。また、後方では既に発射体勢を整えた移動式、または組立式の高射砲が上空の部隊を援護すべく唸りを上げていた。
 空から地上に向かって攻撃を敢行するGに対しては、空戦メードが対応した。
 それらは地上に辿り着く前にインターセプトされるか、あるいは高射砲の爆風にまみれて原形をなくした。
 そしてブラウらの前に立ちふさがることのできるGは、ほとんど皆無であった。見渡す限りの荒野であり、そしてそれは死の原であった。夥しいGの死骸が野を埋めているのだ。
 ブラウと二人のメードは尚駆けた。初期配置から放射線状に、本陣とグレートウォール山脈の間に横たわる荒野を走るメード達は、麓までの道をとにかく駆け抜け、その途上で発見できる死に体のGを一掃していく。
 その戦いはおよそすぐに作業と化す、ほとんど抵抗することのできない敵が横たわっているのを、踏み潰すか撃ち殺すだけなのだ。
 ブラウは一瞬だけ、余裕を覚えた。
 それはほんの一瞬だった。
 ぞっとするような瘴気を感じて、ブラウは立ち止まった。
 同行していたメードも同じようにして立ち止まる、瘴気と共に押し寄せたのは、はっきりそれと分かるGの濃密な気配と、そしてその中にほんの僅かに混入した、何者かの殺気であった。
 ブラウは二人のメードに、はっきりと引き返すように叫ぶべく口を開けた。その瞬間、メードの片割れが転んだ。立ち竦んでいた状態から転んだというのは余りに不自然に過ぎて、それは転んだと言うより、引き摺られて転ばされたかのようであった。
 そしてそれは事実そうだった。
 片割れのメードは足を失っていて、そしてブラウは彼女の横たわっている地面が何やら不鮮明な輝きを帯びて蠢くのを見た。
 彼女の絶叫が聞こえた瞬間、土の中から巨大な何かが複数飛び出した。いや、土の色に擬態していた何かが彼女に襲い掛かったのである。
 彼女の身体は一瞬にして砂煙と、ぎちぎちと軋みを上げ、擦り合わされる口腔の中に消えた。
「撃てええええ! 殺せええええ!」
 そんな叫びが搾り出せた時には、装填していた弾丸を全て撃ち終えていた。澱みない動作で次の弾帯をライフルへと装着し、そしてブラウはそれを見た。
 それは地面の動く様子であった。
 ぞぞぞ、と白っぽい色をした地面が一様に動き始めていた。
 ワモンである、夥しい数のワモンが、焼けた砂の中に身を隠し、獲物の現れる瞬間を待ち受けていたのだ。
 後続のメードたちが援護を開始する。膨大な弾幕が地面を掘り返すと、体液が飛び散り、蟲どもの凄まじい絶叫がこだまし始めた。
 そして、ブラウは後退を続けつつライフルの狙いを定めて引金を引いた。放たれた弾丸は目標のワモンの遥か手前、眼前の砂の中から身を潜めて、ブラウへと飛び掛ってくるワモンの脳天を一撃で砕いた。
 正直運に救われたとブラウは思う。そして次の瞬間バックステップを続ける彼の足が凍りつく。更に次瞬、足がもつれて後方へと転がる自分の姿を妙にはっきりと幻視する。
 何者かによる殺気が、自らを射竦めたのだ。
 彼はそれを察するなり、傾いでいく視界の中、必死に殺気の主を探した。
 そしてそれを見つけた。明らかにワモンとは異質の気配を放つその影は、ワモンの群中に埋もれ、そしてブラウを見つめていた。
 いや正確には彼そのものを見ているのではあるまい。彼を通して、その背後にある彼女の怨恨の原因そのものに対して、尋常ではない殺気を放っていたのだ。
 予想通り地面に転がる体をスローモーションに感じながら、彼は自身の頭上をやたら俊敏に通り過ぎた何者かの気配を捉えた。
 その気配は、自陣の方角から敵陣へと向かって突貫を試みていた。
 つまりは友軍である。
 彼は背中をしたたかに打ち付けるそのままの勢いで後転する。そして見事に当初の直立の体勢を取り戻した。
 そしてその時、彼の前方に広がっていた光景は、一種信じられないものであった。
 襲い掛かるワモンの群を文字通りに" 割って "飛び出したその影は、かの瘴気の中から唯一、生モノの殺気を送るそいつに向かって一直線に駆けていた。影は何かを叫んでいた気がした。
 影は名を勝利の喜びといった。ジークフリート


最終更新:2010年03月25日 03:13
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