Behind 5-3 : Unsung Oldfriends

(投稿者:怨是)


 1945年8月1日、グレートウォール戦線より北上した草原地帯にて。
 夕凪は草木を緩慢に撫で回し、刻々と近付きつつある一日の終焉を知らせていた。テオドリクスは、作戦終了後に待ち合わせの約束をしていた。
 同じ年代に生まれ、異なる部隊――こちらは帝国陸軍、相手は皇室親衛隊ザハーラ派遣第34番大隊に所属している、バルドルというMALEだ。
 訓練期間中、そしてバルドルが親衛隊へと戻った1944年1月以降という、稼動年数に比べて短い付き合いではあるが、彼と戦場で居合わせた時はよく助けてもらったものだ。その礼として、愚痴の相手になった事もある。今や彼は帝国を嫌い、ザハーラの砂塵を愛した。その距離感に、テオドリクスは空疎な感情を抱かざるを得なかった。
 訓練時代は共にGの脅威から帝都を救う誓いを立てたが、結局テオドリクスは成績不振や所属が理由となって303作戦には合流出来ず、バルドルはザハーラへと派遣され、303作戦に赴いた仲間達の死地を、見る事すら叶わなかった。あの作戦でただ一人生き残ったブリュンヒルデも、それを救おうと立ち上がった友人達も、誰一人この手で守れなかった。
 それでも尚、未練がましいと罵られようと戦い続けるテオドリクスに対し、バルドルはザハーラにて数多くの戦友に恵まれたという。それが、かつての同期たる彼がこの帝国へと戻って来ても寂しさを拭えない理由の一つだった。
 ……テオドリクスは気配を感じ、そちらへ向き直る。

「バルドル、か……」

「先の戦闘ではお疲れ様でした。用件を窺いましょう」

 バルドルの冷たい声音が、歳月の経過と、帝国への深々とした絶望を物語っている。されどもこうして、事務的であれ下らない待ち合わせに応じてくれるのは、彼なりの同期のよしみなのだろう。

「最近、任務続きで本国へ戻れなくてな。小耳に挟んだ話だけでは、よく解らんのだ」

 ここ3ヶ月ほどグレートウォール戦線とザハーラ共和国アムリア戦線を交互に行き来する毎日を過ごしており、本国の動きに疎くなってしまっている。とあらば、言伝であろうと、詳しく知る者に訊ねるのが最善策であろうと、テオドリクスは考えた。

「それは貴方が自ら選んだ道でしょう。で? 具体的には、何を仰りたいのですか」

「そうだな……例えば」

 云い掛けた所で、テオドリクスは一旦、口を噤んだ。理由は自分でも今一判然としない。バルドルの凍て付いた視線に怖気づいたのか、それとも詮無き道楽に等しい昔話に付き合わせた罪悪感からか。暫くして、バルドルの表情が促すようなそれへと変わった事を悟り、テオドリクスは漸く口を開いた。

「……アースラウグの調子はどうだ。貴公はザハーラから戻って暫くするだろう」

 作戦中、ほんの一瞬だけすれ違ったMAID――アースラウグについて訊きたい。
 彼女が生まれた瞬間を知らないし、会話もしていない。だが、あの立ち振る舞いから幽かに感じたブリュンヒルデの魂の残滓は疑い様が無いのだ。故に、テオドリクスは旧友とも云えるバルドルに助けを乞うた。
 しかし、バルドルの対応は、テオドリクスの予想よりも更に冷淡なものだった。

「訓練期間を終えて間もないMAIDをそこまで気に掛けるとは。余程ブリュンヒルデにご執心だったようで。まぁ……それが何ゆえの執着かまでは関知いたしかねますが」

 弱った。質問の意図の大半を掌握され、その上、彼からはそれに応じる様子が全く感じられない。むず痒い心地を覚えながら、テオドリクスは回答を迫る。

「生まれ変わりとあらば、気に掛けるが道理であろう」

「否。生まれ変わりとはいえ、コアを使い回しただけの事。それよりも貴方は、各軍閥の動きが水面下で活発になりつつある事を気に掛けるべきだ」

 バルドルが語気を強め、ぴしゃりと云い放った。彼の双眸には、諭すような意思が含まれている。テオドリクスは、溜め息混じりに首を振る。譲歩も、交渉も諦めよう。

「俺は武を立てる他、道を知らぬ。軍閥の行く末など、知った事ではない」

「帝都に居を構えながら、斯様な有様では、立てる武功もありませんな……げに浅ましい。テオドリクス。武は、武のみでは成り立ちません」

 禅問答に近い答えで、あくまで我が道を譲らぬと言外に含めたテオドリクスに対し、バルドルもまた、道を譲りかねているようだ。“武”という語句を用いてまで、説得に臨んで来ている。

「なるほど。貴公は、智謀をザハーラ帰りの手土産としたか」

「然様。たまには兜を脱ぎ、周囲の動向に目を光らせるべきです。いたずらに刃で蟲を討つばかりでは、いずれ貴方の首も危うくなりましょう」

「だが、見ての通り俺はうつけ者だ。周りも俺をいぶかしむ事はあるまい」

「いいえ。愚者ゆえに、奸臣に漬け込まれるのでは、と私は申しておるのです」

 話題がいつの間にか己の蒙昧さに摩り替えられたとて、テオドリクスは大した痛手と考えぬ事にした。バルドルはこちらの何倍も頭の廻る男だ。今更、器量の優劣を憂く理由も無い。致命的な反論を避け、相槌を打てば事は進む。相手も、こちらが全てを理解するという期待を抱いてなどいまい。バルドルの口調から、それを推し量れる。

「ふむ、それは……さぞや大儀な事になりそうだな」

「事実、かのダリウス大隊は皇帝派の姦計に滅びました。ダリウス・ヴァン・ベルンの思慮深さを以ってして太刀打ち出来なかったのですから、独り者の貴方が狙われるのも時間の問題でしょう。或いは、走狗にされるやもしれません」

「皇帝派とやらのか」

「然様。往年のブリュンヒルデと日頃から関係の深かった貴方の事ですから、そこに目を付けぬ輩はいますまい」

「あやつの霊も浮かばれぬものだな。死して尚、奸臣どもの私欲に使われるとは……」

 自身が如何様に扱われようと、テオドリクスは守るべき者さえ守れればそれで良かった。が、ブリュンヒルデが、彼女の魂が穢される事だけは我慢ならない。それを防ぐ方法さえ解れば、あの時解っていれば、ブリュンヒルデは救えたかもしれないのだ。或いは、ブリュンヒルデが己を赦せるよう、導けたかもしれなかった。だが……

「だが、聞いてくれぬか、バルドル」

「何なりと」

「俺達は、あの303作戦より以前に生まれた者は皆、亡霊だ。亡霊に、物は云えぬ」

 今はそれを見出せない。ただ、ただ、再びあの悪夢が起きた時に備えて力を求め続ける他、道が見えないのだ。死地に赴き、一人でも多く、生き残らせる。それが現状を鑑みた上での、テオドリクスなりの最善策だ。303以降、テオドリクスはこの世の一切から取り残された。時代からも、死からも。上層部も、テオドリクスがブリュンヒルデと何らかの関わりを持っていたという事以外、何も関知してなどいないだろう。所詮、一兵卒程度の存在でしかない。
 しかし、それは違うと云わんばかりにバルドルが首を振る。

「されど物見は出来ましょう。生者の夢枕に立ち、己が所見を告げる事こそ、亡霊の務めでは?」

「ふむ……」

「さればこそ、今一度、お目をよく開かれませよ。特に、アースラウグの取巻きにはご用心を」

「はて、俺のような輩に、彼奴らめの腹まで覗き見れるかな」

 テオドリクスは自嘲した。303作戦の全容も、ブリュンヒルデの苦悩も察せなかった盲目的な自分が、帝都に渦巻く確執を垣間見るなど、曲芸に近い。バルドルはここでようやく笑った。恐らくは嘲笑の類だが。

「腹まで見よとは申しません。それは私の役割です。が、貴方はせめて面だけでも」

 テオドリクスは錆び付いた頭脳で思考する。あの時は所属や成績の問題から303作戦への投入を見送られたが、戦果を上げ続け、親衛隊や政府に認められれば、いずれ巡り合うであろう重要度の高い作戦へと参加できるかもしれない。その為に、その為だけに、ただひたすらに戦って来た。生涯に於ける決定的な瞬間を、今度こそ見逃さずに、この目におさめ、この手で介入するのだ。
 それには、知恵が、賢人の助けが必要だ。己の求める物は、今この眼前に立つ男が必要充分に持ち合わせているではないか。

「そうだな……では、バルドル。俺を手足にしてくれ。首の置き処を考えたい」

「私などで宜しければ」

「謙遜するな」

 後は互いの溝さえ埋めれば、歯車は良き様に廻ってくれるだろう。

「かつての友を偲んで、この兜に角を付けたのだ。それをよく知る貴公であれば、安心して首を預けられる」

 オーロックス。テオドリクスが斧での戦い方を覚えるきっかけとなった、先輩格のMALEだった。彼もまた、303作戦に赴き、そして死んだ。落第生に等しい当時のテオドリクスに微笑を絶やさず接してくれた彼は、頭に牛を思わせる二つの角を持っていた。彼の死を嘆いたテオドリクスは、ブリュンヒルデの遺品である写真を頼りに、屑鉄から削り出した角を兜に付けたのだ。
 その角をバルドルは気難しい面持ちで眺め、それから憐れむような眼差しで語る。

「死者に思いを馳せた所で、見えるのは過去だけですがね」

「云ってくれるな。歳月は人やMAIDに過去を見せたがるものだ」

「人の生には遠く及ばない。僅か10年にも満たぬ歳月でしょう」

「その僅かな間にも、MAIDというものは老いる」

「なるほど。老いに酔った時点で、貴方も老人に違いありません」

 ――やめてくれ。過去を拠り所にして今まで生きて来た俺を、これ以上否定しないでくれ。何の為に戦って来たかを知るお前が、何故、こうも咎めるのか。過去の罪を清算出来ずに居る俺に、過去を想う事こそが罪であると断ずるのか。
 顔を全て覆う兜の奥で、テオドリクスはほんの少しだけ歯噛みした。

「……生憎と、酔わねば生きて行けぬ性分でな」

「死ぬまで酔うのもまた一興。ですが、酔狂故の死に、私は責任を負いませんよ」

 テオドリクスは黙り込んだ。反論する術を持たないのだ。テオドリクスは酔狂が招いた悲劇を今まで何度も目の当たりにしている。彼ら夢想の殉職者達は、己の理念を最期まで曲げないまま、妥協しないまま死んで行った。テオドリクスとてその末路が如何に愚かしいかを承知の上で、尚且つ然るべき時まで命を落とさぬように努力を行ってきた。責任を負うのは軍部でも周囲でもない。己だけだ。その程度の事は、自分自身がよく知っている。

「それにしても、今日の貴方は随分と多弁だ。何がそうさせるのです?」

「ブリュンヒルデの死んだ日が、近付いて来ている」

「……もう一度申し上げますが、死者に思いを馳せた所で、見えるのは過去だけです」

「解っている。亡霊はすべからく、過去にしか生きられぬ」

 正確には、過去だけが亡霊を生かしてくれると云うべきか。MAIDにとっての稼動年数7年という年月は、人間のそれよりも老いを加速させる。精神年齢の成長速度が人間よりも早い為とも云われているが、この激動の時代がそうさせるのかもしれない。
 バルドルは依然としてその理屈を否定する。

「そうして亡霊として生きている間にも、時は残酷なまま過ぎ去って行く。それでも貴方は……」

「ああ。俺は、過去で戦い続ける。それ以外に道は見えんのだ」

 テオドリクスはバルドルと己を見比べ、胸中にてコインの裏と表であると形容した。互いに相容れる事の無い、二律背反の存在。何人も踏み入れる事の叶わぬ薔薇園を愛した自分と、触れる者全てに過酷な試練を与える砂塵を愛した彼。その埋めようのない彼岸をテオドリクスは再び味わい、深く絶望した。

「なるほど。もはや、多くは申し上げますまい。貴方が仰る様にお互い亡霊であるなら、恐らく語る口など元より存在し得ないのですから」

「……」

「私はあくまで智謀の世界にて貴方を見物します。貴方は戦いの世界にて、その腕を振るえば良いかと」

「すまないな。向きを変えるのはどうも苦手らしい」

「気に病む事はありません。現状を鑑みるに、これが互いにとって最善の選択でしょう。それでは、よろしくお願い致します」

 バルドルからは失望の色が見えない。自分のような鈍感な存在であっても、手駒としては都合が良いという事か。ひとまず、見向きの一つでもしてもらえるだけ、テオドリクスにとっては有り難い。アースラウグの近況については、親衛隊の動向を語るついでにでも聞き出そう。そして、いずれは直接会って見よう。
 ここに来て、テオドリクスの苦悩は漸く収束しつつあった。 

「……導いてくれるか、こんな俺を」

「貴方がヤドリギを投げて来ない限りは」

 バルドルはその一言だけ返し、悠々とこの場を立ち去った。ヤドリギという単語は恐らく、帝国の神話になぞらえたのだろう。差し詰めテオドリクスは、神々の祝福を受けなかったヤドリギを持った、盲目のヘズといった扱いか。教養人のバルドルらしい喩えだ。
 地平線の向こう側へ沈む夕陽が、グレートウォール山脈を黒々と染め上げていた。間も無く夜が訪れる。


最終更新:2010年10月21日 20:33
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