RED GARDEN-4

(投稿者:めぎつね)

 閃光を撃ち過ぎた……のだろう。恐らく。全身を蝕んだ不調を、アルハはそう結論付けた。 

(少し、張り切りすぎた……かしらね)

 以前のように、腕が動かなくなったわけではないのは幸いか。呼吸が乱れ、指先が震え、視界が霞んできたこの状況が、それよりマシだと言えるかどうかは疑問だが。
 不調がどういった形で襲い掛かってくるかは、未だ判然としていない。先日は腕が動かなくなったが、その前には僅かだが意識が飛んだ。光を打つ度に疲労が両肩に纏わりつき、頭痛や眩暈等が合わさる場合も多い。
 能力持ちが短命だなどと、何処から来たかも知れぬ噂話に耳を貸すまでもない。このまま戦い続けていれば、近い将来自分の命が断たれるのは確定的に明らかだった。それは解っている。怖れてもいる。だがどうにもならない。こんな場所に居る以上、手加減をする余裕は何処にもない。終戦が期待できない以上、ここで力尽きるしかない。
 現状は芳しくない。残っている害虫の数は十や二十ではきかないというのが最大の理由だ。目に入るのはウォーリア級とワモン級ばかりで大型はいない。歩兵の類は一人も残っていないが、代わりに完全に包囲されている。上手く逃げられるような隙間も無い。

「ふん。随分お疲れじゃないの」

 耳を煩わせた嫌味そのものに対しては今更嫌悪など沸かないものの、顔に顰め面だけは貼り付かせ、アルハは声のほうへと振り返った。

「サーシェ」
「『決戦兵器』がそんなナリでは、大事な時に役に立たないのではなくて?」

 背丈はアルハより幾らか小さい。アリウスと同程度か、それより僅か劣るか。得物である比較的小振りな――あくまで槍という分類の中では小振りというだけで、その長さはアルハの剣などよりも余程長い――パルチザンの穂先で地面を引っ掻きながら、わざわざアルハの前まで進み出てくる。

(よりによって、相方がこいつか)

 落胆を隠すのは難しかったが、彼女は案外とそういったこちらの些細な動向には目端が利く。そして文句を垂れる。余計な諍いは避けたかった。……こちらとしては、もっと本質的な部分に注意して貰いたいというのが正直なところだ。人の動向の機微に鋭いのはいいが、それに付随して敵への警戒が散漫になっている。負ける筈が無いという自信の表れとでもすれば聞こえはいいが、アルハから見ればそれは只の馬鹿野郎に他ならない。実力など関係なく、死神はいつでも肩の上に腰を下ろしている。その気紛れな采配には誰もが無力だが、片隅に転がっているやもしれぬ幸運を手繰り寄せられるだけの配意があれば少しは抗える。もう一つ天が味方すれば、生き残ることも出来るだろう。
 尤も彼女にそれを語ったところで、一刀に伏されるだろうというのもまた解っていた。威風堂々、且つ剛毅にして勇猛。自信に満ち、更にはそこにある程度の実力さえ加われば人は英雄になれる。英雄は死を怖れないし、敗北もしない。
 メードである以上、サーシェの自力は人間と比較するまでもなく、戦闘能力がそこらのメードと比して頭一つ抜けているのも事実ではある。

「戦えないなら後ろに下がって休んでいれば? 邪魔になる」
「そうしたいのは山々だけれど、生憎その後ろって場所にも敵さんが山盛りでね」
「それぐらい自分でなんとかしなさいよ。できるでしょう?」

 だが、こういう性格だ。どうしてか、人の言葉尻を捕まえては、何かとアルハに突っかかってくる。
 無視してもよかったが、相手にしなければしないで却って喧しく煩わしくなるのがこういった手合いだ。しかしそういった判断の結果が現状の関係なのだから、あの時有無を言わさず捨て置けばよかったかという後悔もある。どちらが正しい選択だったのかは、今となってはもう判らない。
 落とし穴のようなものだ。目を付けられた時点で最早おおよその反抗は無意味で、後は相手が飽きるまで適当な相槌と皮肉の応酬を、痛い目を見ない程度に続けるしかない。或いは状況を見繕って首を刎ねるか。そういった鬼畜な手段を取るのであれば、今この瞬間は絶好の機会といえる。死体を餌代わりに蟲共の前へ突き出してやれば、多少の時間も稼げるだろう。

(それも、まぁ、悪い手段ではないのだけれど)

 サーシェ自身が勝手に正面の連中と相対してくれるというのだから、あえて彼女を斬り殺す必要もあるまい。どうせ一寸先は闇なのだから、明日の憂いの為に今日の危険を増やすのは愚かな話だ。

「では、お言葉に甘えましょうか。まぁ大言吐いた以上、やっぱり出来ませんでした、なんて話は無しよ」
「当たり前だ。あたしを舐めるな。あんたができると思ってることぐらい、訳無くできる」
(どうだか)

 相手には見えぬよう舌を出してから身を翻し、アルハは比較的数の少ない側と相対した。少々の嫌味にも感情を曝け出して反駁の声をあげる。感情が読みやすい分、裏を疑う必要が殆ど無いという意味では心強くはある。短く纏め上げれば単純だということだが、それを直に口にすればまた怒り出すのが最も面倒な部分か。アリウスなどは逆に、実力と判断力は折り紙つきだが、本心を読めない以上置ける信用にも限界がある。彼女の場合は損得勘定を優先しているというのが明確である為に、相手に価値が無くなれば容易く切られるだろうという予測が容易につくというのもあるが。
 総評としてはサーシェは実力は兎も角、言葉の数だけの信用は置ける。もしそれらが全て建前であり相手を騙す為の狡猾な罠だというなら、彼女はこんな戦場からはとっととオサラバして本土で詐欺師でも始めたほうがいい。その方が国の為にもなる。

(さて、実際はどちらなのかしらね)

 疑ったところで、所詮は妄想の域を出ない与太話でしかない。判断材料に出来るものは、見えたものと感じたものだけだ。
「まぁ、先に私が死んでは元も子もないか」
 軽く嘆息し、アルハは散弾銃を抱えるように両手で構えた。これなら目測だけでも相応の命中は期待できる。反動はまぁ、身体ごと吹っ飛ばされればどうにかなるだろう。五分も経った頃には散弾銃は捨てて剣で応戦していたが。澱んだ視界では弾の装填が想定していた以上に難しかったのだ。
 味方がいないのが確実なのは最上の救いだ。周囲を動き回る漆黒の影が全て敵という前提で剣を振るえる。味方が近くにいようものなら、その相手を斬る可能性に怯んでまともに剣も振るえはしない。
 後はサーシェの位置だ。今のところは自分以外のエリアの戦闘音、という分別で何とか把握してはいるが、それが判らなくなるのも時間の問題だ。援護はできないし、だが援護に来られても困る。こちらが彼女を斬りかねない。

(成る程、難しいな。どうする?)

 自問しつつも、取るべき行動は既に頭の中にあった。その選択の正しさには幾許かの疑問もあったのだが、他に手も思いつかない。逡巡は軽く目を伏せて剣の柄を握り直すだけで済まし、アルハは踵を返し走り出した。蟲が並び立ちはだかる壁の一角、恐らく薄いだろう位置突き抜け、薙ぎ払い、包囲から抜け出す。これにサーシェがついてくればそのまま撤退戦に持ち込んでもよかったが、そこまで機転の利く子でもないのは判っていた。ある程度の距離で立ち止まり、追ってきた害虫どもだけを手早く切り倒す。
 包囲を抜けてみれば、周囲には本当に誰一人いないのが滲んだ視界でも判別できた。影もなければ気配もない。あるのは黒く埋め尽くされた一角と、そこから響く斬撃と巨体が薙ぎ倒される轟音だけだ。

「……それじゃ、お手並み拝見といきましょうか」

 言葉とは裏腹に、舌の上に転がるのは苦味しかなかった。アルハがやったのは一言に纏めてしまえば、生贄の提供だ。
 問題になるのは、彼女にあれを捌き切るだけの伎倆があるのかどうかだ。並の水準であれば苦戦は必至だろうが、今まで幾度か目にした限りではそこまで彼女は弱くはない。油断せず不運に見舞われなければ、まず死にはしまい。尤も相手を甘く見て油断が絶えないのがサーシェの一番悪い箇所だ。彼女に思慮深さを求めるのは愚の骨頂と言える。
 距離は取ったが全てがサーシェに向かったわけでもない。不意に反転してこちらに向かってくる者がいる以上、休憩と洒落込むのもなかなかの無理があった。それでも不意を突かれる心配がなくその数もまばらであるから、息を整える程度の余裕は確保できた。暫く経つと、視力も幾らか回復してくる。それに並んで、戦闘音も小さくなっていった。更に時間を経て、完全にそれらが途絶える。
 堆く積みあがった害虫の山の中にサーシェの姿を見つけた頃には、自分の眼球もほぼ本来の視力を回復していた。額に浮いた汗を拭いながら、槍を地面についてゆっくりと肺を伸縮させている。
 サーシェは暫くしてこちらを見つけたのか、黒い墓標を掻き分けて、のたのたとこちらに近づいてきた。消耗を隠し切れず……まぁ隠そうともしていないが。引き摺っていた槍を蟲の死骸に引っ掛けて盛大にすっ転ぶぐらいに疲れ果てていれば、隠しようもない。
 こちらもこちらで周りには蟲の死骸がそれなりに転がっている為、まさか自分が生贄代わりに放り出されたなどとは露ほども思っていないようだった。胸でも張りたかったのか背筋を幾らか伸ばしたものの、大きく肩で息をしている為に余り様にはなっていない。絶え絶えの口調で、それでも彼女の口から出たのは強がりだった。

「そ……そら見ろ。この程度、あたし一人で十分なんだ」
「そうかもね」

 適当な相槌だけを返し、アルハは右手で抜いた拳銃を更に講釈を垂れ流そうとしていたサーシェに向けた。
 全く意味が解らないといった顔で目をぱちくりさせている彼女の脳天に一撃をくれてやるのは、わけもない。時間と共にアルハの行動の意味を察してきたのか、その小憎らしい顔が一段階ずつ目に見えて引き攣っていったのは滑稽であったし、状況が状況であれば吹き出していたかもしれない。
 そのままサーシェの反応を待っていてもよかったが、それは悪趣味だろう。アルハは狙いを定め一発撃ち、更に引き金は絞ったまま左手で撃鉄を数度叩いた。一発で仕留められるとは思えず、かといって落ちた体力で重い銃爪を連続で引いて命中精度を維持できる自信もない。まぁ命中率に関しては、こちらの方法も似たようなものだが。
 当たってもよかった、というのは嘘ではない。だがサーシェには命中せず、その背後にいたウォーリア級には何発か直撃したらしかった。二度頭をぐらつかせてから大仰にウォーリア級が転倒するのを確認して、銃を仕舞う。
 サーシェは派手な転倒音と舞い上がった砂埃で、漸く自分の背後に忍び寄っていた(或いは仕留め損なっていた)ウォーリア級の存在を理解したようだった。こちらが発砲した瞬間は瞼を力いっぱいに閉じて身体を強張らせていたのだから間違いあるまい。

「まぁまぁ、よくやってるとは思うけど。65点といったところかしらね」
「ぐ……あんたに批評される筋合いなんかないよ!」
「そう。でも、同じことはやらないようにね」

 相当癪に障ったのだろう、それこそ今すぐにでも携えたパルチザンを振りかざしそうなほどに顔を紅潮させ――
 唐突に、サーシェはがっくりと肩を落とした。それが自分の滑稽さに気付いたからか、単純に脱力しただけか、アルハが振り下ろされた際のパルチザンの軌跡を既に予測して半歩身を引いていたのに気付いたからか。それは判別つかないが。

「あんたさ。あたしをからかって遊んでるでしょ」
「さて、どうかしら」

 それ以上返す言葉もない。
 サーシェも、食い下がってはこなかった。
最終更新:2010年11月15日 05:16
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