No.9 Well well well

(投稿者:エルス)



  光を感じて目を覚ますと、見覚えの無い天井があった。
  今週二度目の体験で、恐らくこんな貴重な体験はこのさき縁が無いだろう。
  二日で二度も知らない天井の部屋で目が覚めるなんて、そうあってたまるか。
  身体を動かすと痛みではなく、身体が脳の命令を拒んでサボタージュを決め込んで、脳がそれに誘われてしまっているような、
  要するに、ものすごく気だるく、指一本動かすのも面倒に感じられた。
  だから俺は身体を動かそうとはせず、まずここがどんな部屋なのか確認することにした。
  病室のような部屋だったが、昨日の病室のような清潔感はなく、どこか生活感を感じさせる不思議な部屋だ。
  ベッドの左隣においてある事務机の上にはメモが三つほど貼り付けられていて、分厚い本が三つほど開かれたまま放置されている。
  椅子は市販の木製で、暗い茶色の、老人が好んで使いそうなものだった。

 「目が覚めたか。安心して良い、高濃度のクロロアセトフェノンを使われただけだ。後遺症も副作用もない」
 「……どうして俺の知り合う奴は揃いもそろって気配を消せるんだ」
 「?」

  物音一つ立てずにいきなり現れたのは、白いコートに茶色のネクタイを締め、ピシッとスーツを着た推定30代の男だった。
  ちらりと見えた腰のホルスターにはメードと物好きな人ぐらいしか持たないだろう大型のリボルバーが差さっており、ホルスターの形からして早撃ちをするのだと推測できた。
  もっとも、そんなことはどうでもよく、問題は寝起きでぼんやりとしていて半ば諦めて開き直っていた俺が、この男の言ったことをほとんど聞き逃していたということだ。

 「……黒の汗とフェロモン?」
 「ん? ……はははっ! 素晴らしい空耳だな、それは! クロロ・アセト・フェノン、催涙ガスの一種だ」

  空耳ではなくぼんやりとしていた時の記憶を漁って編集した結果、訳の分からない言語になっただけなのだが、男は愉快そうに笑っている。
  そしてクロロアセトフェノンという催涙ガスを知っていた俺は、普通のホテルの一室で起きたことを思い出し、一人納得した。

 「ああ、そうか。だからあんなに酷い状態になったのか……」
 「まあ、アルファ・フォースが人助けに協力してくれただけ良かったと思うことだ。奴らは見境がないからな」
 「アルファ・フォースって……アルトメリアの特殊部隊のことか?」
 「非公式と頭につくがな」
 「選りすぐりの精鋭をさらに選び抜いて、地獄の訓練を経て生まれた超兵士の集まりって噂の、アルファ・フォース?」
 「まあ大凡の所は間違っていない。訓練については『ヘル・ウィーク』がそうだろうし、選りすぐりというのは生存者という意味だがな」
 「はいストーップ。セキュリティーレベル2の国家機密漏洩もその辺にしといてくんないかなぁ、パーク。そのまま私らがウェット・ワークで殺った奴らの名前まで吐くつもりとか?」
 「国家機密ではなく、都市伝説のアルファ・フォースの域を出ていないと思うがな、マッキンリー大尉」

  こちらもまた気配を消して部屋に入って来た女に男―――パークが皮肉を込めて返した。
  パークが私立探偵というイメージであるのに対して、女の方は深緑色の髪と目以外、どこにでもいそうな雰囲気だった。
  胸はまっ平らで体つきもそこまで良くはないが、赤と黒のチェックシャツとカーゴパンツという動き易い恰好と明るい笑顔が、活発に動き回る女性なのだと思わせる。
  もっとも、腰のホルスターに収まってるマット・ブラックに塗装されたコルトンM1911A1が見えなければの話だが。

 「アルファ・フォースのイメージダウンは困るんだよ、プロパガンダも入り込んだ一つの作戦なんだよ? 圧倒的抑止力と正義に殉ずる覚悟のある最強特殊部隊!
  ああっ、これぞ理想のヒーロー! さあ僕らも軍隊に入ろう! っていう感じの」
 「それこそ機密に属する話だと思うのだが……」
 「あ、そだね。めんごめんご、今のノーカンで。そこの糞ガキもさっさと忘れるように。でなきゃ拷問しちゃうぞ?」
 「まだ死にたくはないから、無かったことにするよ。それにメードの俺じゃ真実を話したところで信じちゃくれないだろうさ」
 「おーおー、言うねぇこのガキ。パーク、ちょっと借りてって良いかな?」
 「『教授』に許可を貰ったのか? この少年はあの爺さんの管理下にあるんだぞ?」

  苦虫を潰したような顔をするマッキンリーの反応を見るに、彼女とその教授とやらはあまり仲が良くないらしい。
  そして今までの会話から推測すると、ここがEARTHの管理するどこかの施設で、この二人は何であれEARTHに関係しているようだ。今の俺は比較的安全ということだ。
  ふと名無しの言った「EARTHはもう支援する気満々だから」という台詞が思い出され、支援どころか拉致する気しか考えてなかっただろとつっこみたくなった。
  しかしながら、ただの研究機関であるEARTHがこうまで動いてくれているのだ。今までのワンマン・アーミー気分より、少し気持ちが楽になった。
  張り詰めていた糸がふっと緩み、安堵の溜息を吐くが、パークとマッキンリーが許可を取った取らないの口論から、
  お互いに対する悪口の言い合い――正確に言うと、クラウがパークに一方的に悪口を言いまくる――に発展したので、それほど良い気はしなかった。

 「大体にしてたかが技術者が何を気取って教授だなんて名乗ってんのよ。それに従ってるアンタもアンタで、ああもう嫌になっちゃうわぁ」
 「従っている訳ではない。ここではそういう規則だから言っているんだ。マッキンリー大尉、軍人ならとうぜん理解できると思うが?」
 「あらごめんあそばせぇ、堅物おじさん。非公式部隊のアルファには関係ない話だわぁ。だって普通の戦場に投入されたことなんて殆どないしぃ」
 「それでも命令に従うのが軍人だろう。非公式であろうとなかろうと、軍人であることに変わりはない」
 「ヘイ、良い加減にその腐った卵の臭いがする口塞げよゲロ野郎。こんな場所だから口で話してやってんじゃねえか。私はこっちで話し合っても良いんだぜ?」

  俺がいることも忘れて下品な言葉を吐き出すマッキンリーはの浮かべる笑みは形だけで、酷く不気味で人間離れした雰囲気と、溢れ出る殺気でぞくりと背筋が凍った。
  手がすらりとホルスターに伸び、艶のない黒色のM1911A1が引き抜かれる。かなりカスタムされているのが見て取れたが、そんなことよりどうやって脱出するべきかを考える。

 「試しにやってみるといい。拳銃だけ撃ち落とせるかは分からんが、努力はしてみよう」

  パーク乗り気じゃないようだが、ガンマンが早撃ちする時のような体勢をしたままピタリを動きを止め、痛いほどの沈黙が流れる。
  このままじゃ痛い思いをするどころか銃弾を喰らって死んでしまう。どうにか脱出しようとその方法を考えようとしているのだが、中々思いつかない。
  空気中で互いの敵意が音を出してぶつかり合っているように感じ、身体が強張った。
  以前の俺に比べて精神的に成長したとはいえ、この二人の強さと言ったら、素人にでも分かるほど卓越している。
  プロフェッショナルやエリートといった言葉を超えた純粋な強さが、身体から滲み出ているのだ。
  一秒先が激戦区なこの病室で目覚めたことが悪かったのか、はたまた俺がEARTHに支援してもらおうと考えたのが悪かったのか。
  どちらも俺は悪くない気がするが、現実と言うものはいつだって非情で不平等なものだ。自分の運のなさを呪うしかない。

 「……二人とも、病室で何やってるのかな」

  半ば諦めて開き直っていた俺は、呆れ顔で病室に入って来た名無しに後を任せた。
  灰色の三つ編みにクロッセル連合陸軍の制服とサングラスという恰好の彼女は俺の期待を察してか、ふるふると首を横に振った。
  つまり「無理」という意味だ。察するに、パークの方は何とか出来そうだが、マッキンリーは止まらない、という感じだろう。

 「ひひ、ひ……」

  不気味な笑い声を上げ始めたマッキンリーはどこか切なげな目をしていて、頬はピンク色に染まっている。
  それでマッキンリーは戦闘中毒者だと分かったのだが、自分の置かれている状況が一色即発であることに変わりはない。
  ごくり、と生唾を飲み下し、名無しにもう一度目配せするが、首を横に振る。
  仕方ないのでパークがマッキンリーの拳銃を撃ち抜いてくれることを祈るが、俺はハッキリ言ってもうどうでもよくなっていた。
  武器のほとんどが吊るしてあるコートがないという時点で、自衛手段が素手しかないのだ。弾丸に拳じゃ割に合わない。

 「んくく、く……」
 「…………」

  しかしこの状況でマッキンリーを取り押さえなければ二人は俺を挟んでOK牧場の決斗をやり始めるだろうし、そうなると痛い思いをするだろう。
  今回の拉致で計画が壊れたが、身体まで壊すつもりはない。何時ものように組み伏せて、無力化するのが妥当だ。
  ベッドの上からそのまま飛びかかると間違いなく射殺されるだろうから、右足で拳銃を蹴飛ばし、それから組み伏せることにした。
  いつ撃ち合いが始まるか分からないので、素早く右足を動かし、拳銃を蹴飛ばすと、ベッドから飛び降り、マッキンリーに飛びかかる。
  名無しにやった組み伏せ方と同じ方法でマッキンリーを無力化したが、それでもなお暴れ続けている。仕方ないので、床に頭を叩きつけて気絶させた。

 「……見掛けによらず乱暴だな。少年」

  パークが溜息を吐き、釣られて俺も名無しも溜息を吐く。
  狂った人間と言うのはどうであれ、扱いが難しいのだ。





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最終更新:2011年03月28日 00:14
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