No.10 Jane Doe

(投稿者:エルス)



  マッキンリーを部隊の男に引き渡し、パークからマッキンリーの扱いについて幾つか注意を聞かされた後、名無しから説明を受けた。
  ここはEARTHの管理する施設の一つで、安全ではあるが入室の許可が与えられていない部屋に入ってはいけないのだという。
  施設の詳しい場所は教えてくれなかったが、グリーデル連合王国の国内であるということだけは教えてくれた。出来れば国名を言ってほしかったが、言うだけ無駄だろう。
  現在位置が分からないというのは、計画を建て直す上で非常に痛手だったが、どうやらEARTHは別の計画を立てているようだ。でなければ、拉致して軟禁なんてことをするわけがない。
  EARTHにとって俺は貴重な使用できる戦力だ。その戦力を懐に持ってきて飼い殺すという愚行は素人でも滅多にしない。
  他人の計画に乗るのは癪だったが、それに従わざるおえない状況であるのも事実だ。
  ただの一個人に過ぎない俺よりもきちんとした組織であるEARTHなら、なにかしら良い案を出してくるかもしれない。
  運が良ければ相当楽、というか暇が出来るだろう。
  もっとも、与えられた暇を楽して過ごすつもりはない。しっかり有効活用させてもらう。

 「……俺の武器はどうなったんだ?」
 「EARTHの技術陣が違法改造中。ナイフとリボルバーは何にもされないと思うけど、拳銃の方は覚悟しといたほうがいいよ。
  撃ったらビックリ、そんな馬鹿なって呟くことになるだろうから」
 「どうせ碌でもない改造だろう。そういうのなら大丈夫だ。呆れ顔で返品するくらい、容易な事だ」
 「あらら、返品前提か。手厳しいなぁ、君は」
 「EARTHの作った武器と聞くと、ゲテモノが多いからな」
 「否定はしないよ。私もたまに製作者の頭を疑いたくなるくらい滑稽な武器を作りだしちゃうことがあるんだ。まあ、あれはあれで頑張ってるからきつく言えないんだよね」
 「使う側にもなってみろ。馬鹿みたいにファンタスティックな武器を使って戦わなきゃならないんだ。迷惑この上ない」
 「良いじゃんか。ワンオフの武器が好きな人もいるんだよ、所詮は自己満足で『特別扱いされてます』って思われたいナルシスティックな奴らばっかだけど」
 「救いようがないな、それは。補給の目処が立ってる官給品の改造くらいで我慢すれば良いのにさ」
 「それが出来ない人たちなんだよ。だから君は救いようがないって言ったんじゃないの?」
 「そうだな」

  苦笑を浮かべると名無しはどこか安心したような顔をした。
  女の考えることは分からないが、こいつはこいつで俺を心配していたらしい。
  迎えだと言っておいて来たのが軍の精鋭特殊部隊なのだから、それくらいは当然だ。
  むしろまだ足りないとって良い。心配してくれただけで許すのは頭のネジが緩んだたらしだけだ。

 「名無し、一つ頼めるか?」
 「無謀か無理な頼みごとと、私を抱きたいって言うこと以外なら聞いてあげる」
 「お前みたいな奴を抱くわけがない。エルフィファーレルルア、二人を監視してその様子を報告してもらいたいんだが……大丈夫か?」
 「なるほど、こんな君でも心配するんだね。二人のこと」

  名無しはどこか嬉しそうな表情で一人頷いているが、なにを言っているのかさっぱりだ。
  エルフィファーレに二度と危険が及ばないように第七課を潰そうとしているその時に、
  エルフィファーレとその護衛のルルアが殺されたら元も子もないから監視を頼んでいるというのに、この女はどうやら勘違いをしているようだ。
  否定しようと口を開くが、そこで止めた。勘違いしているならしてもらえばいい。
  それで得になることがあるなら、その方がいい。得ではなかったとしても、演技で誤魔化せばいいのだ。

 「当たり前だ。そこまで見境ない奴に見えたか?」
 「うん、見えた」
 「……即答は酷いな」
 「だってミシェルじゃなくて私だって分かった瞬間に態度は悪くなるし、素っ気なくなるし、色仕掛けしてみたら組み伏せられるし……」
 「あれはお前が悪い。俺はミシェルだと思って話してたんだ。なのにお前だった。失望とか驚きよりも、裏切られたって思った。態度が悪かったのは謝る、すまなかった。
  だが素っ気ないのは元々だ。色仕掛けの後の組み伏せも、あれ以外の手段が思いつかなかったから実行したまでだ。だが、とりあえず、すまなかった」

 アイツに教わった時のようにきっちりと頭を下げ、謝罪する。
 アイツは戦闘技術だけでなく、謝罪にかけても一流だった。まるで楼蘭人みたいに謝って許しを得るのだから、こいつの中身は楼蘭人じゃないかと疑ったこともあるほどだ。
 ただ同時に正義感と自己犠牲が強すぎる頑固者の一面もあるのだから、人と言うのは面白い。優しすぎ、真面目すぎるアイツだって、メードではなく人の心を持っているのだ。
 頭を下げながらそんなことを思っていると、名無しが後ずさったのか、靴の音がした。頭を上げて名無しを見ると、何故か信じられないようなものを見る目で俺を見ている。

 「…………え? ちょっと待って、今なんて言った?」
 「謝ると言ったんだ。そしてすまなかった、と」
 「あ、うん。えっと、ははあ~……」
 「なにかおかしかったか?」
 「おかしくはなかったんだけど、君が素直に謝るとは思わなかった。だってあのホテルじゃ『俺は妥協しない』とか言ってたから」
 「謝るのと妥協は違うだろう」
 「そうだけどさ、昨日の印象からしてこうやって素直に謝るキャラじゃないって思ってたから」
 「勝手に俺のキャラを決めるなよ」
 「ごめん、許してよ」
 「ああ、そうだな。許してやるよ。だから、許してくれ」
 「オーケイ、許してあげる」

  そう笑顔で言ってサングラスを外しながら、名無しはベッドの端に腰を下ろした。

 「だから代わりに聞いてくれるかな、私の愚痴」
 「別に。それで俺が許されるのなら、聞いてやっても良い」
 「ありがと」
 「なんで感謝する」
 「なんとなく」
 「そか」

  何故か俺が遊ばれているような気もするが、エルフィファーレのようなことをしないのなら、別に遊ばれても良かった。
  ホテルの一件は完全にアウトだったが、こうして言葉遊びで満足するなら、こっちもそれにつき合ってやろうと思った。
  誰だって愚痴を吐き出したくなる時はある。アイツやエルフィファーレは愚痴をあまり言わないが、普通の奴はそういうものだ。

 「どうしてなんだろうね、私は幾つもの死を見てきた。見てきたはずなのに、心は冷えきってくれない。人の心を保ったまま死を見続けることが、どれほど辛いか。
  私はそれほど賢いわけじゃないけど、馬鹿じゃない。馬鹿なら死は死だって割り切れるけど、私は馬鹿じゃないし馬鹿になれないんだ。考えれば考えるほど辛い。
  考えなければ良いっていう選択妓はない。私は死んだ人のことを全部知らなきゃならない、それからまた死に向きあわなきゃならない……。全部知ってる、全部分かってる。
  だから辛いんだ。分かってるから……余計辛いんだ」

  それは弱さじゃなかった。重苦しく、弱々しい語り方だったが、決して弱さを見せたと言う訳ではない。
  むしろこいつもエルフィファーレと同類なんじゃないかと、俺よりもっと強い奴なんじゃないかと、そう思った。
  なにをどう思って言っているのか分からないが、ともかく彼女は強い。折れそうな心を何度も建て直して生きてきた。
  彼女が愚痴と言った言葉にはそう感じさせるだけの重さがあった。経験したからこそ言える、重い言葉だ。

 「君はそういう時、どうやって気を紛らわすのかな?」

  名無しがこちらを見ないまま、静かに言った。
  少し考えて、俺は答えた。

 「煙草を吸うか、銃の整備をするか。とにかく、手を動かすか自分の好きな事をすればいい。そうしていれば、いつかは忘れる」
 「いつかは……か。いつになったら忘れられるんだろうなぁ、私」
 「二度目の人生なんだ。ある程度楽しんで、穏やかに死ねるようにするのが当然だろう」
 「そう言う君は穏やかに死ねると思ってるの?」
 「いいや、思ってない。でもお前はそうすることが出来る。無力ではあるが、人を偽ることができるお前は、その選択が出来る」
 「それは君だって同じじゃないか。君は素人とは思えない演技が出来るし、その気になれば変装だって……」

  確かにミシェル譲りのこの顔なら、少しメイクをするだけで女に化けることが出来るだろうし、工夫すれば浮浪者にも化けることが可能だ。
  でもそれでは何も解決できない。そして俺は事を解決できるだけの力を持っていると思っている。力がある者の内、穏やかに死ぬことが出来る奴は、そう多くはないだろう。
  何時の時代も、出る杭は打たれるのだ。だから力がある者は穏やかに死ねないし、力の無いものは穏やかに死ぬが、己の無力を悔いることになる。
  よく後悔のないように、死ぬ時に笑顔で死ねるようにと言う人がいるが、後悔のない死なんてない。笑っていても、本人はきっと心のどこかで後悔している。
  後悔のない死を迎える人は、この世で真の絶滅種である善人だろう。

 「俺は穏やかに死ぬ気なんてない。俺のやるべき事をやった後、事の成り行きによっては死ぬ。運良く死ななかったら、
  そん時はミシェルの出来なかった生き方をする。一人の女を純粋に愛せるような、穏やかな生き方をな」

  ミシェルは純粋に生きることが出来なかった。だから二度目の人生を迎えた俺が純粋に生きてやれば、ミシェルが純粋に生きたことにもなる。
  そういう意味を含めて言ったのだが、名無しはそこまで理解した様子ではなく、なぜかニコニコと笑っていた。
  俺が首を捻ると、声を出して笑い始めるのだから、女と言うのは不思議なものだ。
  結局この日は、病室で一日を過ごす事になった。消灯時間を知らせる放送が鳴り、部屋が真っ暗になった。明日は少し身体を動かそうと思いながら、瞼を下ろした。
  耐えてきたというよりも、存在自体を丸ごと無視していた傷が疼き始めたが、深い眠りの前では無力に等しく、俺は夢のない眠りに落ちて行った。




関連項目
シリル
名無し

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最終更新:2011年03月28日 01:08
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