No.18 learn one's lesson

(投稿者:エルス)



  退屈な時間ほど長く感じるものはなく、楽しい時間ほど短く感じるものはない。
  病室のシミ一つない天井を眺め続けて、この後になにをすべきかを考え続けて、ようやく一時間消費することが出来た。
  あり余る時間を使って考え出した答えはどう考えても無用な行いだったが、それでも、俺には必要な行いだった。
  一度、エルフィファーレに会っておかなきゃならない。なにせ俺はあいつに酷いことをしたし、そしてなにより、一度会っておきたい。
  俺はエルフィファーレが安心して生きる事が出来るように、こんな無謀な事を続けてきた。だから、覚悟を決めると言う意味で、会っておかなきゃならないんだ。

 「というわけで、怪我が治ったら、基地に戻る。もし守秘義務が発生することがあるのなら、今の内に言ってくれ」

  胸の内をそのまま話すのにはかなり抵抗があったが、二時間かけて作り上げた強固な塹壕……ではなく、俺の覚悟は、その抵抗を簡単に亡きものにし、口を軽くした。
  とはいっても、抵抗がないだけであって、かなり恥ずかしかったが……これも必要な事だと割り切ってしまうしかなかった。

 「守秘義務……といってもねぇ……。ここの位置とジョナサン・E・ウィリアムズの事以外は、特に無いんだよね、これが」
 「位置はともかく、どうしてあの釣り好き爺さんのことが守秘事務に該当するんだ?」
 「質問自体が守秘事務に引っ掛かるんだけど……まあ、君はこういう情報には興味なさそうだし、教えてあげるよ。特別に」
 「ああ、頼む」

  今度はルミス国防軍の制服姿の名無しが「本当に特別なんだからね」と念を押して言ってきた。
  そうは言われても、あの釣り好きの爺さんのどこが守秘事務に該当するんだろうか……さっぱり見当がつかない。元犯罪者……ってことはないだろう、多分。

 「実はね」
 「んむ」
 「あの人がー」
 「あの爺が?」
 「………」
 「………?」
 「ジョン・モセス・ブローニグさんだったりするんだよねぇ、これが」
 「………は?」
 「だから、あの天才銃器設計家、ジョン・モセス・ブローニグさんなんだって、あの教授は」
 「心臓発作で死んだんじゃなかったのか? それに、ブローニグ・ファクトリーとか、会社だってあるし……こんなとこにいる場合じゃないだろ」
 「そんなこと言ってもねぇ……これ、事実なんだよ。残念というかなんというか知らないけど」
 「………はぁ」

  世界というのは広く、またそこに住む人々も千差万別なのだと学習した俺は、とりあえず溜息を吐いた。

 「それを言わなきゃいいんだよな。あと、ここがどこにあるかとか、なにをしているところなのかも」
 「理解が早くて助かるよ」
 「それはどうも。あと、もう一つ聞いて良いか?」
 「どうぞどうぞ。聞かねば一生の恥、とも言うしね」

  その前だか後だかに、聞くは一時の恥、と付くんじゃなかっただろうか。
  この場合、俺が女二人の安否を気遣うのは、まさに一時の恥なんだろうが、まあ、仕方ない。被るべくして被る恥もある。

 「エルとアイツはどうだ。その、大丈夫なのか?」
 「フフーフ♪」
 「な、なんだよ」
 「聞きたい?」
 「聞きたいから今聞いてるんだろうが」
 「そんなに聞きたい? どうしても聞きたい?」

  悪戯っ子のような笑みを浮かべる名無しに呆れつつ、俺はとりあえず頷いた。

 「どうしても聞きたい。だから、教えてくれ」
 「ちぇ~もう少し恥ずかしがると思ったんだけどなぁ……ま、良いか。二人とも無事だったよ。ただ、エルフィファーレの方は軟禁されてるみたいだけどね」
 「………軟禁、だって?」
 「そう、あんたの監視って任務を失敗した挙句、あんたが行方不明になったから」
 「俺の所為か」
 「そう悩む事ないって。第七課からエルフィファーレを守るためにあの中佐がそうしたってだけなんだから」
 「なら、良いんだけどな……」

  守るためと言えば聞こえはいいが、守るために対象の自由を制限するのは、少し胸の痛む話だ。
  当然と言えば当然だが、しかし今回の場合、俺は間接的にエルフィファーレの自由を奪ってしまったのだ。
  やりきれない思いが胸の奥に溜まっていくのを感じつつ、さっさと怪我が治ってはくれないかと思った。
  エルフィファーレに言いたいことは山ほどある。謝罪の言葉や、大丈夫だったかとか、今まで何をして、そしてこれから何をするのかとか。
  でも、結局のところ、俺が本当に言いたいことが言えないような気がする。変わったと言っても、俺は俺だ。変わってないところもある。
  名無しの世間話に適当な相槌を打ちながら、俺はほんの一時の幸福感に浸った。少しだけだが、胸の内を吐きだせる。そんな独り善がり。

 「……希望と恐れは切り離せない。 希望のない恐れもなければ、恐れのない希望もない。だが同時に、人間の偉大さは恐怖に耐える誇り高き姿にある」
 「誰の言葉だ?」
 「エテルネの貴族と、エイギア人の著述家の言葉を合体させてみただけ。つまり、私の言葉」
 「一と一を合わせて二だけ盗む……訴えられても文句は言えないな」
 「訴えられるようなことを平然としてるからねぇ、私は。それでさ、シリル
 「ん、なんだ?」
 「アドバイスしてあげるよ、偉大な先人の言葉で」
 「……ああ、頼む」
 「金を失っても気にするな。名誉を失っても、まだ大丈夫。だが、勇気を失ってしまったらすべて終わりだ」
 「……グリーデルの首相の言葉だな。なるほど、理解したよ。挫けるな、自分の信念を貫き通せ……そういうことだろ?」
 「そういうことだよ、不器用少年。せいぜい頑張ってみてよ。それじゃ、明日の昼に」
 「ああ、明日の昼に」

  最後にウィンクして部屋を出ていった名無しの言葉を胸に刻み、今一度覚悟を改める。
  明日の昼、俺は懐かしきあの基地に帰って、エルフィファーレやアイツと会って、そして、やるべきことをやり遂げに行く。
  不思議と落ち着いていた。ゴールが見えているからか、エルフィファーレに会えるからか、それは分からない。
  だが、落ち着いていたことで、今日の夜はすんなりと眠れた。




関連項目
シリル
名無し

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最終更新:2011年04月30日 00:35
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