No.23 The two sexes

(投稿者:エルス)



  そのまま射撃練習を続ける気にもなれず、俺は基地内を暫くぶらぶらした後、顔も名前も知らない二等兵から連隊司令部に来るようにと、
  マクスウェルから頼まれたという伝言を聞きいたので、そのまま連隊司令部に直行する。
  連隊司令部と仰々しく言っても、二階建てでもなんでもなく、大きさも建設に掛けた金も、他の建物とそれほど変わらない。
  唯一違うことと言えば、ここにいる兵隊は揃って将校と言う偉い奴らだということくらいだろうか。
  『Clerk Maxwell』の金属プレートが取り付けられているドアを開け、普通の中佐なら激怒しそうなほどラフな敬礼をしながら入室する。
  もっとも、ここにいるのはマクスウェル中佐なので、激怒することなどない。

 「突然だが、お前はアランに、なにを言ったんだ」
 「なにをって……中佐の人物像を少しくらい」

  どうにも喰えない上官であり、もっとも頼りになる人物であり、不器用な男。
  この三つだけで人物像と言えるのかは別として、肘掛椅子に座るマクスウェルは眉間を押さえたまま溜息をついた。

 「はぁ……分かった、ああ、よく分かったよ。どうせ碌な人物像じゃなかったんだろう。そこの木箱を持っていけ、アランからの贈り物だ」
 「贈り物? 中身はなんですか?」
 「生憎、人の贈り物を勝手に見る趣味は無い。どうせ武器だ、そうに決まっている。さっさと持ってってくれ、そんなものは」

  そんなもの呼ばわりされた長方形の木箱は、確かに武器が納品されてくる時の箱にそっくりだった。
  側面には定規を使って書いたんじゃないかと思えるくらい直線が目立つ文字で『M1917 Trenchgun』と書かれていた。
  確かアランは俺がこいつを使ったことなんか知らない筈なのに……はて、どうしてこんなものが届いたんだろうか。いや、嬉しいけど。

 「んじゃ、喜んで貰って来ます」
 「さっさと持ってけ、私はこれでも忙しいんだ」
 「了解です」

  机の上を埋め尽くさんばかりの書類に、思わず顔をしかめた俺はさっさと部屋から出ることにした。
  ドアを開けて廊下に一歩踏み出した辺りで、そう言えば大事なことを忘れていたと思い、机上の戦いを続けるマクスウェルに言ってみる。

 「ところで中佐、ルルアを慰めてくれましたか?」
 「………あ」

  仕事が忙しくて完全に忘れていたという顔をしたマクスウェルを尻目に、俺はくすくす笑いながら連隊司令部から出た。



  木箱を武器科に預けた後、俺は約束通りに食堂に向かい、二人の姿を探した。
  探すと言っても、あの二人は決まって一番端かそこに近い場所に座っているので、すぐに済んだが、何故かルルアの姿は無く、エルしかいなかった。
  昼食を乗せたトレイを手に行きかう兵士たちを上手く避け、一人ぽつんと昼食を食べているエルに「来たぞ」と声をかける。
  約束通りと付けて良かったと思いつつ横に座ると、なんでか分からないが、エルは不機嫌そうに頬を膨らませ、上目遣いで俺を見た。
  はて、なにかエルを不機嫌にさせることをやっただろうかと、今日の朝から今までの一連の行動を思い返してみるが、まったく見当がつかない。

 「いや、なにかしたか、俺?」

  黙ったままだと先手を取られる気がしたので、そう聞いてみると、エルは手首に嵌めた腕時計をずいっと見せつけてきた。

 「遅刻です」
 「ああ、そりゃ悪かった。で、俺はいったい何分遅刻したんだ?」
 「そうですねぇ……三分くらいでしょうか」
 「そんくらい多めに見てくれねえのかよ……」
 「ふふっ、嘘ですよー。まあ、少し待ってたんですけど、来る気配がなかったので、先に食べちゃってます」

  にっこりと屈託のない笑みを浮かべるエルだったが、言外にもう少し早く来て下さいと告げている。
  どこぞの海軍じゃあるまいし、なんで俺が五分前行動なんかしなきゃいけないんだと思ったのが顔に出たのか、エルの笑みが小悪魔的なものに変わった。
  少し前まではぞっとしたこの笑顔だったが、今ではそれすら愛おしかった。
  一向に慌てだす気配のない俺を不思議がって目をぱちくりさせるエルを見ながら、惚気と言うなら言うが良いさと、俺は口の端を持ち上げた。

 「……なにか変なものでも食べました?」
 「いや、このところ変なものは食ってないな。ああ、しいて言うなら、亜軍のDレーションくらいか……」
 「じゃあ、きっとそれですね」
 「いや、だから、いったいなにが?」
 「シリルの弄られキャラ成分を中和したのが、です」

  少し不安げな顔でそう言うエルに、俺は溜息をつかざるおえなかった。
  確かに小悪魔的な笑みにビビっていたこともあったが、それだけで弄られキャラじゃなくなるなんてことはないだろう。
  俺は根本的に、恐らくは、押しに弱いのだ。だからきっとこの場でキスなんかされたら、お前の望む俺が見れるだろうな……と、文章には出来たが口に出来ない。
  するわけがないだろう。したら、エルは絶対にキスするのだろうし。

 「中和もなにも、俺はまだ弄られキャラだと思うぞ? なにせ、シリルだからな、俺は」
 「そうですけどねぇ。なんだか、反応が淡白になったと言いますか、おもしろみが薄れたと言いますか……」
 「……そんな俺は嫌、か?」
 「いえいえ、そんなことないですよ。かっこいいシリルも、ボクは好きです」
 「…………そか」

  なんだか嬉しいような、楽しいような、くすぐったい気持ちだった。
  とりあえず、エルが笑ってくれているから、それで良いかと一人納得して、昼食を取りに行こうかと思った瞬間、サンドイッチを満載したトレイが机に置かれた。
  なんだこのトレイの上に乗っかった山は。サンドイッチ・モンスター? などと馬鹿な発想が一瞬浮かび上がったが、そんなものは蹴り飛ばして沈めるだけだ。
  トレイを持ってきた張本人を見ると、そいつも口にサンドイッチを詰め込んでいた。

 「なにやってんだよ、スピアーズ……」

  失恋で頭がおかしくなっちまったのかという言葉は飲みこむ。なにせ、本人と恋の対象であるエルがいるのだ。いくらなんでも可哀想だろう。それは。
  ヒマワリの種を頬に溜めたハムスターのような状態のスピアーズは、なにかの機械の如き勢いで口の中のサンドイッチを噛みまくり、一気にごくんと飲み下す。
  少し無理があったのか、その目には涙が浮かんでいた。なるほど、自棄食いかと思いついたのは、その時だった。

 「作りながら考え事してたらすごい事になっちまったんで、てめえも食え!」
 「強制?」
 「もちろん!」

  言うが早いか、溜息をつくつもりで開けた口にハムサンドが突っ込まれた俺は、目の前の男を殴り倒したい黒い衝動をなんとか押さえつけつつ、ハムサンドをよく噛んで飲み下す。
  これが悪意なのか善意なのか釈然としないが、昼食を取ろうとしていたのは事実であるし、それならこいつが持ってきてくれたと思えば良いじゃないかと、平和的でポジティブな考えをする。
  いや、どっちかというと開き直っていつものスピアーズに戻っているだけじゃないのかとも思ったが、いつものスピアーズはここまでテンション高かっただろうか。
  ……もしかして、エルが近くにいるからこんなにテンションが高いんだろうか。盗み見の瞬間も、妙にテンション高かったし。

 「よし食え、そら食え、もっと食え。安心しろ、山になるほどあるからな」
 「いや、食うのは別に構わないがお前も食え。特にツナ入ってるやつな、俺あれ嫌いだから」
 「ハぁーっ!? てんめこの期に及んで好き嫌いカミングアウトしてんじゃねえよ! やっぱお前爆発しろよこの野郎!」
 「なんで俺が爆発しなきゃなんねえんだよ、この畜生め。だいたいな、俺はまだやることがあるって言っただろ。それなのになんで爆発しなきゃならないんだよ」
 「じゃあやること終わったら爆発しろよなー」
 「そう言う話じゃねえだろうが……」

  頭を抱えたくなるのを堪えて、俺はBLTサンドを手に取った。BLTサンドというのは、ベーコン・レタス・トマトを挟んだサンドイッチのことだ。
  他にも普通のサンドイッチに混じってアルトメリアンクラブハウスサンドやら、野菜だけ挟んだベジタリアンサンドやらがあるあたり、
  こいつもしかして、エルにサンドイッチ食わせたかっただけじゃないのか……?
  気になってちらりとエルの方を見てみると、案の定というかなんと言うか、俺を見ていたエルと目があった。しばし見つめ合うが、お互いになにも喋ろうとしない。
  気まずくなって目を逸らすと、くすっとエルが笑った。俺が首を傾げると、腹を抱えながらくすくすと控えめに笑い始めた。
  声を出して笑ってもいいと思うが、本当に声を出して笑われたら赤面どころの話じゃないので言わないでおく。

 「ふふふ、今のはボクの勝ちですね」
 「なにかと思えば睨めっこか。ったく、そんなもんで勝ち負け決められても悔しくもなんともねえよ」
 「じゃあ、シリルはどうすれば負けて悔しいと思うんです?」
 「……近い、顔が近いって」

  ぶつぶつとなんか呟いているスピアーズを無視して、俺は少しだけ考えた後、どうでもいいだろとBLTサンドを頬張った。
  そういえば朝食を取るのを忘れてたと思い出し、そのおかげで余計に美味く感じるのだろうと、俺は一人で納得し、一定のペースで食べ進める。
  視界の端にちらりと小悪魔のような笑みを浮かべたエルが見え、耳打ちされたのはその時だった。

 「ベッドの上で負けたら、悔しいと思いますか?」
 「ぶっ!?」
 「うわっ汚ねえ!!」

  よりにもよって人が食事中に、しかも口にものを含んでいる時にそれを言うか。
  口元を拭った後、ここが食堂の一番端で良かったと思いながら自分が吹き出したものをハンカチで纏めてトレイの端に落っことす。
  そうこまでやってしまうと人の心と言うのは冷静になるもので、俺は呆れ気味にエルと向かい合い、大人が子供にそうするように頭に手を置き、諭すように言ってやる。

 「食事中にそういう話はするもんじゃないんだ。分かったか?」
 「んー……なんだかシリルに言われると釈然としませんけど、分かりました」
 「なら良し」

  自分で言っておきながら、なんだかアイツみたいなことやってるなと思うと、少しだけ気恥ずかしかった。
  俺は説教言う立場じゃねえだろと、あと、人に説教たれる権利ねえだろと、自分自身に対して突っ込みが幾つか入れる。
  自分がどれだけ未熟か知らず、アイツに反抗した挙句に離反。むしろ、まだまだ説教されるべきなのだろう。
  自嘲気味に苦笑して、ハムサンドを頬張ると、スピアーズが横から顔を出した。

 「おい、なんの話だよー。俺にも聞かせろよー」
 「お前には関係ねえ話だよ」
 「おお、そうか……って言うと思ったかぁ!?」
 「そのリアクションが来ると思ってたよ、このドアホ」
 「んだとこのクソ野郎表出ろ! 爆死させてやる!」
 「スピアーズさん、シリルに死なれると僕が困るので、もうちょっと穏便に対決してください」
 「それじゃあポーカーだ! 負けたらお前女装しろよ! 勝ったらお前の欲しいもの全部持ってきてやる!」
 「………は?」

  驚きのあまりポカンとした顔の俺を見たエル、が満面の笑みで「頑張ってくださいね♪」などと言っている。
  頭の中を整理してなんとか冷静さを取り戻した俺は、溜息をついた後、きゃっきゃと上機嫌になっているエルに言った。

 「お前はどっちを応援してるんだ」
 「もちろん、どっちも応援してるに決まってるじゃないですかー。どっちが勝っても、ボクは得するんですから」

  ふふふ、と今にも鼻歌を歌いだして踊り出しそうなエルを見て、可愛いなと一瞬思ったのも束の間、スピアーズとその他仲間たちによって食堂の真ん中へと連行されていった。





関連項目
シリルエルフィファーレ
ヴィクター・スピアーズ
その他仲間たち(読者)

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最終更新:2011年06月08日 23:05
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