(投稿者:エルス)
帰ってきたジープには、スピアーズとエルと
ルルア以外に、もう一人同乗していた。
スピアーズと同じクロッセル連合陸軍の野戦服とミリタリー・ジャケットを羽織っているが、くびれた腰や手足の細さなどの体つきは女のものだ。
その女がメードだと確信したのは、ジープから降りる際に、ソードオフしたダブルバレル・ショットガンを取り出した瞬間だった。
今の時代、こんな武器を使うのはメードと、頭のおかしくなった将校くらいなものだ。
「お出迎え御苦労様です」
「心配したぞ、まったく……」
「おや、心配してくれたのです?」
「当たり前だろうが」
買い物袋を抱えて降りてきたエルの頭を撫でながら、俺はジープの反対側に降りたルルアと、もう一人のメードを見遣る。
どうやら知り合いらしく、真剣な顔でなにやら話し合っていた。耳を傾けようとした瞬間、わざとやったとしか思えない騒音で、ジープが急発進した。
ふと、ふふん、としたり顔でハンドルを握るスピアーズの顔が目に浮かび、後で絶対に取っちめてやると心に誓う。
「さっきの運転手、ここまでの道のりは上手かったのだがな」
「きっとなにかあったんですよ。ところで
アネスタ、これからの予定は?」
「武器科にライフルを取りに行った後、また他の基地で新人メードの講習会だ。今度は骨が折れそうだよ。なにせ、スキル持ちの天狗がいるみたいだからな」
「それはその……ご愁傷様です」
「なに、いつもの事さ。ああ、それと、マクスウェル中佐に任務完遂と伝えておいてくれないか? 輸送部隊のトラックについでで乗せてもらう予定だから、逃すと苦労するんだ」
「分かりました。これ以上無い護衛っぷりでしたと、私から言っておきます」
「それは過剰評価だよ、ナイトホーク。それじゃ、また縁があったら」
「ええ、縁があったら、また」
笑顔で手を振るルルアに、ショットガン片手に小走りで去る見知らぬメード。
今まで何回かこういうことがあったなと思いつつ、俺はルルアに声をかけた。
「今のは?」
「アネスタというメードです。狙撃と隠密行動が得意なんですよ」
「へえ、そうなのか。ああ、そういや、ルルア」
「はい、なんですか?」
「……すまなかったな、本当に」
「良いですよ、もう気にしてません。それよりも……」
くいくい、と手招きしたルルアに歩み寄ると、エルには聞こえないようにそっと耳打ちしてきた。
囁くような声と吐息が耳に掛かり、くすぐったかったが、体を震わせる前に耳打ちされたその言葉に驚いた。
「エルを幸せにしてあげてください。お願いします」
「は……はぁ……」
ぽかんとした顔のままルルアを見ると、なぜかすごく嬉しそうな顔をしていた。
女の買い物は長いと聞いてはいたが、買い物と並行してなにか話をしたのだろうと、俺は推測した。
エルは、俺やルルアのような相手を言葉巧みに言いくるめてしまう事だって出来る。特に仲間内には優しいルルアだ。なにか吹き込まれたに違いない。
きちんとした返事をするべきかと俺は思ったが、ルルアは気のない返事でも満足したのか、どこか足取り軽く去っていった我が目標を見送り、俺はエルに視線を戻した。
何も言わずに何処かへ出掛けた事に対し、批難する気は無い。けれど、自分がどれほど危険な状態にあるのか、それを知った上で、行動してほしい。
そう言おうと、喉元まで出かかった言葉を、俺は飲みこんだ。
俺が勝手をやっている時のエルも、こんな気持ちだったのだろうか。
待つことしかできず、自分の無力さと切なさ、寂しさだけが心の中で広がっていって、それでも、どうしようもできないもどかしさ。
今すぐにでも大声を出して探しまわりたい欲求を、ひたすら胸の内に仕舞っていたのだろうか。
そう考えると、胸が痛かった。
「どうしたんです、
シリル?」
「いや……一人は、寂しいなって。そう思ってただけだよ」
ゆっくりと優しく、エルを抱き締め、その体温と波打つ鼓動を感じ、ほっとする。
そして同時に、絶対に勝てないと思ってきた女が、こんなにも華奢で、こんなにも愛おしいものだという事を、再認識させられた。
このままずっと、抱き締めたままでいられたらと、少しだけ思う。だが、そういうわけにもいかないので、俺はエルから離れた。
「ボクの気持ち、分かってくれました?」
「ああ、分かったよ。やっぱり、お前は強いんだな」
「それほどでもないです」
「それほどでもあるんだよ。褒めてるんだ、認めろよ」
「それじゃ、褒めてくれてありがとうございます、シリル。はいこれ、プレゼントです」
「……プレゼント?」
差し出された買い物袋を受け取り、中身を取り出す。丁寧に包装されているので、開けていいものか少し迷ったが、開けないことには始まらない。
リボンを解き、包装紙を破くと、中から姿を現したのは、黒いコートだった。ミリタリー・コートのような実用性を持たせながら、上品さを併せ持つ、そんなコートだ。
「……これ」
「ボクとルルアとで選んだんです。大事に使ってくださいね♪」
「……ああ、分かった」
にっこりと笑うエルに微笑み返し、俺はエルの手を握った。
おやと不思議がるエルに背を向け、ぼつりと呟く。
「部屋に帰るぞ」
その言葉の意味することが分かっているのか、エルが笑った。
恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じながら、俺はエルの手を引き、兵舎に向かった。
空腹も、眠気も、狂おしいまでの寂しさも、これから戦うことになる第七課の連中に対する恐れも、なにも感じなかった。
エルを抱き締め、そのすべてを感じて、自分の脆さを感じて、それから、メードとして生まれ変わったことを幸福に感じ、同時に、そのことを恨んだ。
ずっと一緒に居たいのに。ずっと守ってやりたいのに。どうしたって、俺たちは、人間らしく生き続ける事が出来ない。
メードはたった数年、もしくは十年ぽっちで、死ぬと言われている。メードとGに対して科学的な根拠は枯れ葉ほどの価値も無いため、本当にそうなのかは分からない。
だが現実に、何十人のメードが機能停止している。体の節々に激痛が生じ、まともに動かす事すら出来なくなり、最終的に地面に倒れ伏して、死ぬのだそうだ。
エルを抱き締める腕に、力が入る。俺はずっと、ずっと一緒に居たいのに……どうして、運命ってやつはこうも残酷なのだろう。
「シリル?」
「…………」
「どうかしたのです?」
「……少し、な。すまん」
「ん、別に良いですよ」
子供のように啜り泣く俺を、エルは優しく抱き留めてくれた。その優しさと温かさが、悲しかった。
日が地平線に落ち、月が光り輝き始めても、俺は人にはなれない。人らしく、人のような一生を送りたいのに、ただヒトガタなだけで、人ではない。
また太陽が昇り、夜の鋭く突き刺すような寒さを追い払い、日付が変わる度に、俺は死に近づいているのだ。
人間よりも大きく踏み出した一歩。人間はそれに追いつくことは出来ない。だが、道の果てにあるのは、崖なのだ。
俺は気づいた。崖から落ちたくない、まだ俺は、死にたくないのだということに。
エルを抱き締める腕に力が入る。頭を撫でられ、大丈夫と囁きかけてくれる。
俺はまだ、死にたくない。ずっと、エルと一緒に居たいのにと、そう思うだけで、涙が止まらなかった。
最終更新:2011年06月15日 23:45