Op.2 A bloody battle

(投稿者:エルス)



  第七課の施設と言っても、実態は娼館と国外情報戦略に対応するための支部でしかない。だがどちらにしても、俺は嫌悪感を抱き、嫌悪から派生して憎悪を感じるだろう。
  無表情を装いながら必死になって吹き出してくるどす黒い感情を押しとどめている傍ら、ボロボロになったトラックから出てくるスターリングに片手を上げ、勇ましき前線指揮官はそれに答えた。
  荷台からひょいと下りてきたルルアは、見て分かるほどホッとしていた。それに続いてぞろぞろ降りてきた例の銀行強盗集団は、冷静にも武器の状態と自分の負傷具合を確かめているようだった。

 「……見た所、そっちも襲われたみたいだな」
 「派手な歓迎会だった。しかし、任務遂行に支障はない」
 「あんたに支障があろうとなかろうと、どっちだって良いんだがな」
 「手厳しい言葉だ」

  まったく手緩い言葉だと聞き間違えそうなほど自信満々な発音に、俺は少し苛立ったが、落ち着けと自分に言い聞かせながら、R120から降りる。
  エルからトレンチガンを返してもらい、そのスリングを肩に掛けた後、無意識に煙草とジッポーに手が伸びた。流石に自重しようと思い、手持無沙汰になった手を誤魔化すようにポケットに突っ込む。

 「我々が事前に調べた情報によると、建物の入口に二人、それから建物周囲に四人が巡回している。この四人は我々に任せてもらいたい」
 「エテルネの警察はどうする。さっきのドタバタでピリピリしてるだろう」
 「既に対処済みだ。瑛国を舐めてもらっては困るな」

  不敵な笑みを浮かべ、スターリングは既に沈みかけている太陽を眺め、ぼつりと言った。

 「太陽が沈んでからが我々の時間だ。少しの間だが、休んで構わんぞ」
 「了解。……やっぱり、煙草は不味いか?」
 「死にたいというなら吸っても構わん」

  去り際に吐き捨てるように言ったスターリングは、銀行強盗集団たちの輪に入っていった。その背中を思い切り蹴りつけたい衝動を堪え、入れ換わりにこちらに近づいてきたルルアに片手を上げる。
  弱々しく微笑んだ顔はやや血色が悪く、触れたら冷たいんじゃないかと思ってしまうほどだ。恐らくは、銃弾飛び交う中で自分の無力さを痛感したとか、そういう類のものなのだろう。  過大な責任感がそこに圧し掛かっているのは、まず間違いない。

 「大丈夫だったか?」
 「ええ、なんとか……。でも、私一人だったら、どうなっていたか」
 「そのためのあいつらだ。ルルアは気にする必要ない。今になって無駄に背負い物増やしても、負担が増えるだけだろ?」」
 「それは分かっています。でも……」

  俯いた顔を見つめながら、俺は心の中で分かってるさと呟いた。無力であることが許せない。他人が頑張っているのを黙って見ていられない。まして、自分が動ける状態だというのに、無力な存在でしかない自分が許せない。
  尋常ならざる自己嫌悪と罪悪感が胸の中で渦を巻き、何故お前は、どうしてお前はと問いかけてくる。一種の強迫観念が、そこにあるのかもしれない。それでもその感情に従って、人を助け続けさえすれば、心は平穏でいられる。
  もしかしたらこの感情は、誰かに助けてもらいたいって言う感情の裏返しなのかもしれないなと、言いたくても言えない事を胸の中に吐き出し続ける。頑固で愚直という個性を受け継いでしまった俺とルルア。シリアスな会話の相性は、良いとは思えない。
  そんな内情を察したのか、はたまた、持ち前のトリックスターだかトラブル製造機だか瞬間地雷原散布装置だかの才能を発揮したい願望にかられたのか、エルがルルアに後ろから抱きついた。

 「でも、は無しですよ、ルルア♪」
 「なんですか、エルフィファーレ……って、いきなりなにするんですか!?」
 「なにって……頑固なルルアを解きほぐそうかと思いまして」
 「へ……? え……えぇっ!?」

  ルルアの思考が現実に追いついた瞬間、例の小悪魔のような笑みを浮かべたエルが子羊同然のルルアに襲いかかったので、俺はすまないという意味とご愁傷さまでしたという意味を込めて合掌し、一人になれる場所を探した。
  エテルネ警察が上から理不尽な命令を受けて混乱しているのか、その命令自体が伝達されていなかったのか、事後処理に追われているのか分からなかったが、パトカーのサイレンが遠く響いている。ふと何人死んだだろうかと言う考えが浮かんできたが、そんなの知るかと一蹴りし、無駄な思考に終止符を打った。
  二度ほど角を曲がった辺りで、俺は胸ポケットに隠していたアンフェタミンの錠剤と小さなポケットタイプの水筒を取り出し、それを飲みこんだ。エルやルルアにばれたらまた打たれるなと思ったが、それも生きていればの話だった。
  無意味な快感が湧きあがってくる。呼吸が荒くなり、鼓動が早鐘を打つ。錯覚に基づく意味不明なまでの自信が頭の中を支配しようとする。だが俺は、それらすべてに歯向かい、自分の身体を完全に制御しなければならない。
  出来るかどうかは分からなかったが、それでもやらなければならないことだった。それが出来れば、戦闘に対して異常なまでに集中できる。手加減も躊躇いも無く、一切の容赦無く、立ちはだかる奴らを殺し尽くしてやる。未来を切り開くというのは、そういう事なのだ。

 「はぁ………」

  何度か溜息を吐き、深呼吸をして、ある程度落ち着いた所でエルとルルアがいる場所に戻った俺は、何時ものような笑える会話をしながら、こちらが先に夜襲されるのではないかと思いながら、夕日が落ちるのを待った。
  デザインを重視した街灯に光が宿り、まばらだが街の窓にも明りがついた。街中でカーチェイスをされて落ち着きはらっているわけもなく、すべての窓はカーテンが閉められ、酷い所では明りすら灯っていない。
  平和から一気に張り詰めた空気の中に叩き込まれた一般人の悲劇を察することは簡単だが、察した所で俺に何かが出来る訳でもない。頭の良い判断は、ただ無視すれば良いだけであり、無駄に構ってやる必要などどこにもない。
  だがそれでも構おうとするのが、俺の師匠であり元教育担当官のルルアだった。エルと俺の二人掛かりで丸めこむ事に成功したが、それでもまだ申し訳ないと思っているらしく、表情は暗かった。
  元気づけようとか、励ましてやろうとか、そういう感情は起こらなかった。言うなれば決戦であるこの戦いを前にして、他人を気遣う余裕などは無く、事実として俺は、頭の中でありとあらゆる状況を考え、反射で対処できるようにしていた。
  もちろん恐怖は微かに感じている。完全に恐怖を消し去ってしまえば、本能的な危機察知が出来なくなり、無様な死に様を晒す事になると知っていたからだ。
  そして月明かりが雲に遮られ始めた時、スターリングが俺たちを呼び寄せ、ブリーフィングを行った。薬の所為で喉が渇き、汗が噴き出てきたが、緊張しているという言い訳でカバーする事が出来た。
  ああ、いよいよなのかと、俺は暗い空を見上げてほくそ笑む。
  やっとお前を殺せるぞ……オーベル・シュターレン。そしてやっとぶっ潰せるのだ、第七課と言う組織そのものを。





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最終更新:2011年06月22日 18:40
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