Chapter 7-6 : 灰

(投稿者:怨是)


 これから私は死んでみせます。
 手を叩いて笑って下さい。

 これから私は死んでみせます。
 私の居ないこれから先を喜んで下さい。

 これから私は死んでみせます。
 何処か遠くへ行かせて下さい。

 これから私は死んでみせます。
 私の居た日々を二度と思い出さないで下さい。

 これから私は死んでみせます。
 歴史の一切から私を消して下さい。

 これから私は死んでみせます。

(獄中日記と思われる記述。筆者不明)



「遅かったか……」

 シュヴェルテを追って大図書館に辿り着いたジークフリートは、轟々と燃え盛る書物の山を見るなり、驚愕の余り目を見開くしか無かった。肩に担いだ巨大な儀礼剣、バルムンクはその磨き上げられた刀身に赤い光を反射させていた。煙の奥から、業火の嵐を踊り回るプロミナの叫声が響き渡ってくる。

「ははは! 焼ける! 焼けるよ! 呪いの書物が次々と、灰になって行く! 歴史が生まれ変わる瞬間を、私は目の当たりに出来るんだ! “あいつら”と同じ土俵に立てる幸せ! 伝えなきゃ! 伝えなきゃ! 私は、してやったのだ! 灰を被れ! 無知蒙昧なる幸福中毒の民よ! 諸君らは余りに長く毒を飲み過ぎた! 浄化が必要なのだ! くはは、あははははははは!」

 国宝級の書物も此処には蔵書されているが、きっと彼女はもう焼いてしまったのだろう。
 庇いきれるだろうか? 国家的財産を悉く焼き尽くした彼女を。自分は皇帝の所有物であるとしても、所詮MAIDの一体でしかなく、戦争の道具であって、人権を有する訳では無い。軍事裁判すら受けられずに“殺処分”となるであろうプロミナの運命を覆すには、道中でシュヴェルテの話す声を盗み聞きした、国外に別のMAIDとして登録し直すという手段しか残されていないのではなかろうか。否、それだけは、避けては通れぬものか。

「どうすればいい。盾としてではなく、矛として、この運命を討ち滅ぼしてやるには、どう戦えばいい……」

 今回ばかりは性質が悪すぎる。今までなら、何者かがでっちあげた罪を元にMAID達が裁かれていた。が、今回は違う。自らの意思で暴挙に至った。しかも、取り返しの付かない暴挙に。鎮圧に向かった兵士達の亡骸もそこかしこに転がっていた。無罪放免という事にするには、どう転がっても無理だ。ジークフリートは頭を抱えつつ、声――果たして理性的な意味合いを含んだこの表現が正しいかどうか、判断するには些か困惑する類いのものであったが――のする方へと歩いた。
 大火事と云っても差し支えの無い状況で、くるくると踊りながら青白い炎を撒き散らすプロミナは、以前見た彼女とはすっかり姿を変えてしまっていた。髪はすっかり色が抜け落ち、哄笑する顔は悪鬼にも似ている。病的なくまに囲まれた両目は、知性の光を失い、炎に照らされて紅色の瞳を更に赤く染め上げている。ジークフリートの接近に気付いたプロミナが、踊るのをやめて棒立ちする。ここだけ炎が消えた様に、周囲の空気が冷え込んだ。

「あぁ、邪魔しに来た? そこに居る軍神気取りのお馬鹿さんみたいに」

 騒ぎすぎて掠れた声で、プロミナは問う。近くには、炎を恐れて物陰から様子を覗うアースラウグが居る。目が合うと、申し訳なさそうな表情で、少しずつ身を乗り出してきた。馬鹿が。大方、勇み足でここまで来たまでは良いが歯が立たず、隠れざるを得なかったのだろう。自信過剰も甚だしい。今回の件で漸く身の程を知ってくれたならば、それに超した事は無かろう。
 そんな逡巡はさておいて、プロミナは尚も猛り狂った声音で演説を続けた。中庭に続く扉を指差しながら、笑顔は崩さずに。

「プロミナはね! 努力しても馬鹿を見ない世界へ私は行くの! 見て、この扉! そう! この扉の向こうにこそ、私の新世界が、理想郷が待っている! 陰謀や確執とは無縁な、煌きと冒険に満ちた、新しい世界へ! そこには正義と悪だけが存在する! 私が正義! 悪の魔王を打ち倒す、炎の勇者、プロミナの物語がついに幕を上げるんだ! 乞うご期待! 先着一億三千名様! 巨大なる劇場は只一つ! 私の激情の為だけに!」

「そんなものは存在しない。扉の向こうは、扉の向こうというだけの、ただの現実だ。幾ら逃げようと足掻いたところで、結局お前も私達と同じ汚泥を啜るしか、道は無い。受け入れるしか無いんだ、プロミナ」

「ジーク、姉様……?」

 アースラウグには甘言を嘯く事も多かったが、そろそろいいだろう。一度は仮面を外しておかねば、躾はできない。逃げ場は殆ど無いという事を、二人には教えてやらねばならない。

「プロミナ。聞き分けの無い子供にまで、私は手を差し伸べられない。助かりたいなら私の下に付くんだ」

「守護女神が聞いて呆れるね、糞が! 私が求めるのは華やかな勝利という名の花火。泥臭い敗北は煙草が湿気ってしまう」

「守護女神は死んだ。もう居ない。君の目の前に居るのは、ジークフリートと、アースラウグという、ただのMAIDだ。伝説なんて、後から誰かが付け足した」

「それでも語り継がれる伝説は確かに存在するでしょう? ジークフリートさん? ほら! 伝説を受け入れて、私を殺して見せてよ! 私を利用してご満悦の、次の段階へ進もうとしてるお馬鹿さん達を守って見せなよ!」

 何故解ってくれないのだろう。かつてのシュヴェルテの姿が重なった。あの時の様にはしたくない。殺したくない。馬鹿げた自滅をやめさせ、平穏な場所へと導きたいというのに。この苦悩を、守護女神などという肩書きが覆い隠してしまう。必要な時は助けてくれず、不要な時はしゃしゃり出る、邪魔な看板だ。だから“死んだ”事にしたかった。周囲の認識を変えさせるには、あとどれほどの労力が必要なのだろうか。誰か教えてくれはしないものか。

「それとも汝は病めるときも健やかなるときも、黒焦げになって償う事を誓いますか? あの黒旗兵の連中みたいにさ! あっはははは!」

「無駄な足掻きはやめるんだ、プロミナ。私は神になろうとは思わない。供物となって皆の罪を背負う事も、苦悩に満ちた魂を君の望む形で救う事も、私はやるつもりは無い。私はただのMAIDだ。力加減が出来ないだけの、戦場で敵を倒し続けるだけの、ただのMAIDでしかないんだ。それでも……」

 ジークフリートはバルムンクを捨て、プロミナの両肩を掴んだ。自分の教育担当官だったヴォルフ・フォン・シュナイダーに同じ事をして貰えたら、などと妄想していた時代もあったか。プロミナは病人の様な顔を紅潮させる事も無く、虚ろな目をじっとこちらに向けるだけだった。

「それでも君にだって、欺瞞に対し怒りを露わにする権利くらいはあると私は思っている。君が踏み台なんかじゃない事も知っている。だから……」

「ふぅん、だから?」

「私に手を貸してくれないか」

 プロミナは俯き、左手だけをこちらの右手に重ねる。プロミナの右手は蜻蛉という名の楼蘭刀が握られたままだ。近くでよくよく観察すると、刀は返り血でべったりと赤くなっており、しかも既に乾ききっていた。こんな状態で、切れ味は落ちないのだろうか。否、きっと、狂気に陥った彼女にとって、とりあえず武器としての形さえあれば、多少の切れ味の鈍りは関係ないのかもしれなかった。右手が強く握り締められ、指の関節が痛い。

「不肖プロミナは貴殿の要求を断固としてお断り致しますが、宜しいか?」

 顔を上げたプロミナは、口が裂けんばかりの笑みを浮かべていた。上顎と下顎の歯の隙間から唾液が糸を引いている。これではまるで、獣だ。背筋を嫌な冷気が撫でた。

「ねぇ、アースラウグ」

 突然呼ばれたアースラウグが、びくりと身じろぎする。プロミナは顔をアースラウグに向けた。

「私がその機能を終えたら、君は私を覚えていてくれる……?」

「プロミナ、いきなり何を……」

「無理だよね。非道い話だよね。折角さ、グレートウォールで戦えると思ってたのに、私の仕事と云えば、テオドリクスさんを拷問する事くらいなんだもん。お前なんかよりずっと全力で頑張って、死ぬ気で戦ってるのに、私の撃墜スコアはちっとも伸びない。お陰で落ち零れみたいに思われてさ。それで、先の放火事件の事もあって、周りから白い目で見られてる。誰が私を救ってくれるの? ジークフリートなんかにそれが出来る筈が無い」

 プロミナはジークの手を退け、アースラウグの居る場所へ、ふらふらと歩く。

「ならば私が……私が姉様と一緒に頑張って、プロミナを元の任務に」

「そんなの無理だろ、考えようよ」

 アースラウグの耳をプロミナは強く掴み、張り裂けそうな声音で怒りをぶつける。

「お前、何のために生まれてきたの? お前の存在意義が、役割が、まったく解らない。何しに生まれたの? どうしてこんな所に居られるの? どのツラさげてここに立ってられるの? どうして? ねぇ、どうしてここに生まれてきた! 答えろ! お前がこの場に立つ為の免罪符は、どこで手に入れてきたんだ!」

「解りませんよ! 何を云ってるのか、ちっとも解らない!」

「お前さえ居なければ……ここが日陰になる事は無かったのに。せめて、私を満たしてくれたなら、お前がここに居る事を認めてやっても良かったのに! どうしてここに、来てしまったの……どうして、私を引き摺り下ろしてしまったの……」

「それでも、罪を犯してしまったのは貴女自身ではないのですか。それさえ無ければ、私達は友達だったのに!」

「云うと思った。だから嫌いなんだ。周りを見ない馬鹿は! 死ね、死んで灰になって、地面に消えてしまえ!」

 押し倒されたアースラウグにプロミナは跨がり、首を絞める。それまで呆然と眺めるしかなかったジークは、ふと我に返り、バルムンクを持ち直した。

「うるさいなぁ、たまには静かにさせて欲しいよね。私。そうだね、ごめんね」

「プロミナ、やめろ」

「近付いたら、焼くよ」

「……」

 迂闊に手出しも出来ない。彼女なら本当に焼いてしまうだろう。妹は愚かだが、それを踏み潰して笑える程に自分は冷酷な魂を持ってはいない。状況を打開できるだけの策も、役者も、此処には揃ってはいない。いよいよ袋小路だった。

「さぁ、苦しいか!」

「……」

「みっともない叫び声を上げてさ、命乞いでもしてみてよ」

 首が絞まって声の出ないアースラウグに代わり、プロミナが頭を抱えて叫び始める。

「嗚呼、苦しい、苦しいよ、ここが! お医者さん、神様、何処とも知らぬ売女(ばいた)でもいいよ、誰か私達を助けて! 苦しくて死んじゃうよ! どうしてなの? こんな月並みな言葉でしか助けを乞う事も許されない! 私は馬鹿だ……語彙が欲しいというのに! 言葉の迷路に迷い込んでしまった! 精神の迷宮へと連れ去られてしまった! 誰か、そんな私達を哀れんでくれる慈悲深いお方は居ませんか?! どうでしょう! さぁ!」

「――此処に居るよ」

 崩れかけた本棚から、シュヴェルテが滑り降りてきた。今まで何処に隠れていたというのか。プロミナはシュヴェルテのブーツにしがみつく。

「あぁ! シュヴェルテさぁん! 頼みますよぉ。そろそろ遣り残した事も遣り切っちゃって、もういいやって思ってた頃合いでして。わたくしめを、ね? ユートピアへ連れてってはくれないかな? ね。こんな糞の役にも立たない鍍金の塊の居る所じゃなくて、私が私で居られる場所、否、違った。私が新しく生きられる場所へ……私が私の記憶と意思と信念を保ったまま、別の私として新たなる生を受けられる場所へ!」

「本当に、これで充分なんだね。君をさんざん貶し潰した、あの新聞社はどうするの? 放っておけば、きっと今日の事を書かれるに違いない」

「新聞社なんてちんけなものは、別にどうでもいいよ。号外が配られる頃には私はもう、死んでいる」

「じゃあ、この生涯に一片の悔いも無い?」

「うん。新聞は作ろうと思えば幾らでも作れる。でも古文書の類いはさ、特に原本は焼けたらそこでお仕舞いじゃない?」

 原本が焼失すれば確かに、昔話の出典が解らなくなる。その記述が本物であるかどうかも判断がつかなくなる。歴史の一部分が、永遠に伝わらなくなる。プロミナが、本人の望む通りに登録を抹消して国外へ亡命するとしたら、現在を記す新聞は殆ど意味を為さなくなる。狂気に陥った彼女にしては、よく頭が回るではないか。

「なるほどねぇ。私、読書が趣味なんだけどなぁ」

「そうなんだ。シュヴェルテさんには悪いことしちゃったカナ!」

「いいよ。私、悪い奴だから」

「はは、何それ。意味解んない」

 兎に角、この流れを変えねばなるまい。まずはシュヴェルテを退ける事から始めよう。ジークフリートはバルムンクを握り直し、彼女らの視界に足を踏み入れた。

「茶番は終わりにしてくれないか。プロミナの件は此方で片を付ける。邪魔立てするなら、シュヴェルテ……お前を討つ!」

「ほぉ? 偉くなったねぇ。去年の今頃は、剣を向けるのも躊躇ってたのに。あとさ、その“片を付ける”って云い方、何? 随分と調子こいてるじゃない」

「プロミナだけじゃない、彼女を取り巻く大凡の問題を此方で片付けるんだ」

「ぐずぐずしてると、今度はこの子の頭の中が大火事になっちゃうからさ、早いとこ何とかしないと困るんだよね」

 漸く起き上がったアースラウグが、シュヴェルテを睨む。仇敵を見る眼差しだった。

「姉様、このMAIDとは知り合いなのですか」

「……あぁ。戦友だった。手を差し伸べたが救えなかった、古い友人だ」

「そうだったのですか。姉様の友人とあらば刃を向けるのは気が引けますが……アドレーゼさんの借りがあります」

「アドレーゼぇ? あの女ァ、私の大嫌いな顔をしやがってさ、だからプロミナはもう限界。遠足したい。お前、アドレーゼ庇う。私、アドレーゼ嫌い。喧嘩する理由には充分だよねぇ」

「誤解です! アドレーゼさんは、プロミナの事だってちゃんと考えて……」

「アドレーゼは庇って、私は目の敵か! おう、いい加減にしろよ鍍金女。もう一遍、首を絞められたいんだね?! そうなんですね?!」

「そんな、違……」

 シュヴェルテがプロミナの肩に手を置く。プロミナの暴虐に満ちた言葉を後押しするかの様に。ジークの焦心は頂点に達する寸前だった。耳の裏に汗の玉が転がる。

「君達ではカボチャの馬車を作れはしない。シンデレラを救う魔女っていうのはね、苦悩を同じ視線で理解してやれなきゃ駄目だよ」

 シュヴェルテの片腕にプロミナは抱かれ、両者は顔を見合わせて微笑む。

「だから、私の(・・)プロミナに手出しするのは、やめてくれる?」

 それからシュヴェルテは軍刀の切っ先をジークへと向けた。灼熱に鈍く照らされ、分厚い刀身が赤く煌めく。

「いつからお前の所有物になった」

「新しく妹が出来たみたいでいいじゃん。境遇も性格もよく似てる。他人とは思えないくらいに。だからだよ。丁度、ジークの妹がアースラウグだから、これでお揃いだね」

「戯言は止せ。今度こそ救ってみせると決めたんだ。私は引き下がらない!」

 バルムンクをシュヴェルテへ向け、一喝する。

「いや、引き下がってよ。それが一番スマートな遣り方なんだから」

「嫌だと云ったら?」

「ブッ飛ばす」

 敵意は火種となり、爆ぜた。両者の距離が縮まり、互いの武器がぶつかり合う。凄まじい反動に、両腕が痺れる。シュヴェルテは耐えきってみせたのか。

「昔より一撃が重たくなったんじゃないかな」

「私はもう、甘さを捨てたんだ。容赦はしない」

「……まるで、私とジークはコインの裏と表だ」

「ご託は要らない。私に道を空けろ! シュヴェルテ!」

 もう一撃だ。風圧を纏った横薙ぎの太刀筋は、焼け焦げた書物を巻き上げ、宙を舞わせた。それをまともに受け止めたシュヴェルテの盾が拉げる。力よ、(たぎ)れ。壁を破壊する為に。シュヴェルテは床に転がった灰を蹴飛ばす。視界が黒くなり、目頭が痒くなる。

「やだなぁ、これじゃあどっちが悪者か判らないよ」

 シュヴェルテは己の頬の近くで人差し指を立て、おどけてみせる。癪に障る仕草だ。

「いい加減諦めて、プロミナを解放してあげよ? 手遅れになっちゃうよ」

「駄目だ。今度こそ、親衛隊から出さずに解決してみせる。これ以上死なせる訳には行かない」

「君個人の矜持の問題じゃない? それって。本当にプロミナの事を考えてくれてるなら、そもそもここまでの事にはならなかった。もっと穏便に解決してた筈でしょ。それをだらだらと先延ばしにしてきた結果がこんな状況だって事、解ってないでしょ」

「考えているからこそ、性急には進められなかった。彼女の心を手中に収めるには、絶望から救い出すシナリオが必要だ。お前が手を差し伸べた様に」

「残念だけど、君はそんなシナリオを用意出来てなかった。頑張っても馬鹿を見ない社会を作る為の組織、黒旗なら、そのシナリオを書ける。話が平行線を辿ってるみたいだけど、大丈夫? そう何度も説明できる程、私は優しくないよ? 奪わなくてはならない物があったら、容赦なく奪う」

 プロミナがそれまで本棚から悉く本を取り出しては床に捨てていたのを、シュヴェルテが合図すると、中庭側の出口へと走り始めた。ジークは扉の向こうの気配も見逃さなかった。迎えはすぐ側まで来てしまっている。此処で逃せば、追い付けないという確信があった。
 こうなればプロミナの名を騙った何者かが図書館に火を放ち、鎮圧に向かった親衛隊員を殺害した事にする。現状で思い付く選択肢は、他には無い。最早、迷っていられる時間は無いのだ。

「アースラウグ! プロミナを足止めしろ!」

「はい!」

 ふらふらとした足取りのプロミナはすぐに、アースラウグに追い越された。シュヴェルテが動じないのは、共犯者に対する信頼か。斬り合いは止まらない。尚も火花は飛び散り、一振りする度に本棚が抉り取られる。灰が花片の如く舞う。

「プロミナはジークにとって、そんなに大切なの? それとも面子を保つ為?」

「私個人にとってもそうだが、組織にとっても大切な存在だ」

「ご立派な大義名分まで掲げちゃって。正直に云えよ。恐いんだろ、私に負けるのがよ……」

「……!」

「妹くんはよく似てるよ。見栄っ張りで、肝心なところで踏ん張りが利かなくて。自分の正義を疑える目を持っているジークなら、まだ話せると思ってたんだけど……どうやら妹と一緒に、悪い癖まで出来たらしいね」

 盾の先端に取り付けられた二本の杭が、バルムンクを押さえ込む。

「こ、の……」

「ジークが云ったんだよ? 行動した時、目的は現実に近付くって。私は動く。私が私である為に。私の様なMAIDをこれ以上増やさない為に!」

「きっと、動く方角を間違えたんだ、私達は!」

 盾を強引に撥ね除けると同時に、軍刀が振り下ろされた。ジークはそれを横にして受ける。

「正しい道がどれだかも知らずに、訳知り顔で口を利くなよ!」

 反動で動けなくなった所へ、杭が身体に迫る。隣国のMAID、シーアを貫いて活動不能に追い込むだけの威力を持った杭だ。扱う者こそ違えど、その威力は推し量るに難くない。ジークは死を覚悟した。時間の進みが遅く感じられる。
 ……が、それはジークを殺すには至らなかった。横から伸びた鎖が、シュヴェルテの渾身の一撃を遮ったのだ。

「ジーク! 手助けは必要でして?」

「お待たせしました! 宰相府代理執行権に基づき、シュヴェルテ及びプロミナを捕縛します!」

 メディシススィルトネートの増援に、ジークは安堵と苛立ちの両方を胸に満たした。何故もっと早く来ない。既に人が何人も死んでいたというのに。

「遅い!」

「御免あそばせ。ちょっと厄介事を片付けてきましたわ」

「厄介事……?」

「テオドリクスを“なだめて”きた。ジーク、気を付けて。敵はシュヴェルテだけじゃない」

 戦いは終わる気配を見せない。相手が三人に増えようが、シュヴェルテは余裕の表情を崩さなかった。中庭に共犯者が居る事を知っているのだろう。じりじりと皮膚を焼く炎は、いつまでも消えずに居る。


最終更新:2011年07月22日 22:31
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