(投稿者:怨是)
10 Nov. '37
入念な準備に拘わらず、またしても阻まれた!
私の提案し続けている混成配備計画は一笑に付され、皇室親衛隊の案である特設MAID部隊計画が通った。
MAIDだけの部隊など、何の役に立つというのか。
それこそ反目の種を生み、いずれは人類の価値を貶める愚策じゃないか!
MAIDとは常に人類の傍らに在り、人類に奉仕する存在に徹すべきだ。
慢心の切っ掛けを与えてはならない。
それと、今日はレイ・ヘンラインというMAID技師と会談した。
EARTHの嘱託研究員らしいが、その腕前の程は如何なものか。
弟のアイザックは既に12体ものMAIDを輩出しているにも拘わらず、兄であるレイ本人は何の話も耳に入ってこない。
だが、私の提案には賛同してくれたのは、孤立した私にとっては一先ずの救いだった。
惜しむらくは、あのいけ好かない技術者、
ブルクハルト・マイネッケ技術中尉と同じ光を双眸に宿していた事だ。
悪魔に魂を売り渡して尚、己は人間のままであると信じて疑わぬ、憐憫を誘う眼差し……
私は、彼らみたいに客観性に欠ける輩では断じてない。
1938年2月15日、国防陸軍参謀本部地下研究室にて。
ソファに寝そべっていたモニカ・グライヒヴィッツは錆び付いた換気扇の回転する音で目を覚ました。ここ数日間は碌に眠らず研究に没頭していた為か、遂に無理が祟って寝込んでいたのだ。研究室長の座を21歳という若さで手にした事をモニカは密かに誇りに感じていたが、昨年に於ける失態も相まって、それが自ずと負担を強いていたらしい。
主任研究員のニコラウス・バイアーがコーヒーを片手に振り向く。35歳、男性。妻と二人の娘が居り、長女は今年で3歳になって文字の読み書きも出来る様になり、幸せ街道を突き進んでいる。モニカも、時たま家族での食事に呼ばれたりもする。その度にモニカは、こんなうだつの上がらない男がどうして結婚できたのか不思議に思ったものだ。
「室長。自室に戻られては? これ以上はお体に障りますよ」
「ご心配をおかけしました。私は大丈夫です」
テーブルに置いてあった眼鏡を取ろうとして上体を起こすと、毛布にくるまれていた事に気付く。
「ごめんなさい。こんな物まで用意させてしまって。バイアー主任も、どうぞお休みになって下さい」
「いいんです、いいんです。さっきまで寝てましたから。どうです? コーヒー。良き生まれである室長のお口に合うかは、ちょっと保証致しかねますがね!」
それは私に対する皮肉か嫌味だろうかなどと考え、モニカは思わず顔を顰めた。国防陸軍参謀本部の全権を握るのは確かに父親であるグスタフ・グライヒヴィッツだが、あのMAIDに無理解な父親が、わざわざ娘の為に此処まで用意するだろうか。モニカは、難関校たるニーベルンゲ大学を己の力で卒業し、軍属経験のある教授らと共にこの研究室を立ち上げた。コネではなく、実力だ。
「……一回りも年下の室長では、さぞや扱いづらいでしょうね」
眼鏡を掛けながら聞こえよがしに呟くと、ニコラウスはまずったかとばかりに慌ててかぶりを振った。
「いやいや! そういう意味じゃねぇですって! 室長。私は病院での臨床学とかの研究からこの道一筋で遣ってきましたがね、鉄砲玉である事こそが自分の居場所だって確信している。そりゃあ、責任を負う事が怖いから中間管理職の座に逃げたと揶揄する輩も大勢居ますが、私はこれでいい。要は、室長に責任を負わせる事にならなきゃいいんです」
――この先も、ポカをやらかさないでくれるといいんだけど。
モニカは覚醒直後の鈍い思考をどうにか回転させながら、彼の言葉の真意を探ろうとした。幾つかの仮説を立ててみるがいずれも証明には至らず、結局モニカは彼が嘘を云っていないという結論に達した。
「……コーヒーを」
「淹れます?」
「主任のそれで構いません。一口だけで充分です」
「えー、まさか、男の飲んだカップに口を付けるおつもりで? ふしだらな女だって云われちまいますよ」
ニコラウスの言葉に、モニカは僅かに眉根を寄せた。以前の会議で一部の技師が飛ばしていた野次を、少しだけ思い出してしまった為だ。ニコラウスは結婚しており子供も居るが、別に恋人同士の接吻を交わす訳ではない。新しくコーヒーを淹れる労力も時間も湯も豆も勿体ないのだから、それを節約する手段として一口だけ頂戴するという提案をしたまでだ。
「男性優位の時代が生んだ低俗な偏見です。云わせておきましょう。どうせ私は口紅も塗らない様な、色気の無い女ですから」
「勿体ない。その歳なら、もう結婚している人も居るのに」
「主任も聞いたでしょう? 技術屋はすべからく研究そのものが婚約者で、研究室が家だって」
「っははは! 妻子持ちの私にゃ耳の痛い話で!」
幸せ者め、早々に爆発でもするが良い。肩を落とす。彼との境遇の差をモニカは語らねばならなかった。
「浮いた話の一つでも在れば私だって靡いていたかも判りません。ですけど、結果はご覧の通りの有様。深窓の令嬢などと遠ざけられ、研究結果とでも結婚しろと野次を飛ばされ……私だって、恋の一つや二つくらいはしましたとも」
「名案が有りますよ。技術屋同士で結ばれたらいいんです。夫婦喧嘩の内容は検証方法とか」
「はぁ……」
「あ、そうだ! 三ヶ月前に会談した
レイ・ヘンライン教授なんてどうです? 冷静で知的で、男前で、こう、何だか斜に構えた感じが今の女の子達に受けるというか……」
「無理。正直、好みじゃないです」
あれは駄目だ。自分によく似た高慢ちきな雰囲気を漂わせており、ひとたび喧嘩しようものなら三日三晩いがみ合う自信がある。あの男は自身の思想を理解しない手合いに対して、農夫が家畜に話し掛ける時の様な、一種の侮蔑的な視線を終始向け続けている。モニカもモニカでその節が無いとは云えないので、きっと同居すれば同族嫌悪に苛まれるだろう。
そもそも夫婦とは互いの理解と共感と、ある種の妥協があって初めて成立するものだ。妥協無き完璧主義者が常に孤独で在り続けるのは、他者に理解を期待しつつもその行為が無駄であると何処かで絶望しているからであり、それを前面に出しているが故に周囲も火傷を恐れて踏み込むのを躊躇うのだ。
モニカが眉間に目一杯の皺を寄せて足下を睨むと、ニコラウスは漸く得心が行ったらしかった。殊更に溜め息をつき、かぶりを振っていた。
「そうですか。折角、室長の計画に意気投合してくれるってんですから、公私共にお付き合いというのも悪かないと思いますがねぇ。うーん、実に勿体ない!」
「幾ら独り身の私でも、選り好みくらいはします。それにあれは意気投合ではなく、利害の一致からなる一時的な休戦協定です」
「あ、そうなんだ……」
それきりニコラウスは何も云わなくなり、暫く沈黙していた。モニカは手帳を白衣のポケットから取り出し、今日の予定を思い返す。それから顔を上げて問うた。
「お話はこれでお仕舞いですか?」
「まぁ、そうなりますね」
「ではちょっと出掛けてきます。えっと現在時刻は……」
此方が懐中時計を取り出す前に、ニコラウスがスパーダ・アズール社製の高級な腕時計――価格は約1500マクス。驚嘆すべきはこれが彼の妻から結婚記念日にと贈呈されたものだという事だ――を、ちらりと見やる。
「午前6時19分です。レストランは閉まってますが、公共食堂なら今から走れば間に合うかもしれません。サンドイッチでもこさえときます?」
「結構です。食事は本部営舎で摂りますので」
「本部営舎! また、何をしに。まさかあっちのMAIDを観察しにでも?」
大袈裟に驚いてみせるニコラウスの反応も無理はあるまい。モニカは今まで皇室親衛隊には敵意を露わにしていたし、ニコラウスもよくそれにまつわる話を聞いて渋い顔で相槌を打っていた。そんなモニカがわざわざ皇室親衛隊本部営舎へ直々に出向くとあれば、彼の吃驚も無理からぬ感情だ。
しかしモニカにとっては、そんなものは些末な問題なのだ。別に、常日頃から机上に散らばる紙面を叩き、唾が飛び交う程の激論を交わし合っていようが、今から向かう場所はそんな事は関係無いのだ。壁に掛けていた外套を手に取りながら、ニコラウスの方へと振り向く。
「そのまさかです」
「その……幾らこの前の件を含め色々懇意にして貰ったとはいえ、マイネッケ技術大尉を叩き起こす訳にも行かないでしょうに。いや起きてんでしょうけど」
モニカは両の手を腰に当て、胸を張る。此処からが天才技術者の腕の見せ所だ。とはいえ、鼻の穴を広げない様にだけは気を付けた。
「幸い、MAID部隊の訓練は許可さえ取れれば覗き見が出来ますからね」
15 Feb. '38
より具体的な運用法を、専門家の意見も交えて発表せねばなるまい。
先の失態を見事に払拭した暁には、私もあの
キョウコ・アマハラ女史を初めとする、女性の技師に肩を並べられる筈だ。
この歳で、ましてや女性で研究室長に任命された私だ。
親の七光りなどと云わせるつもりは無い。
我が研究所で起動に成功したオクタヴィアとズラーカの二体は、よく働いてくれている。
手始めに、今日は他のMAID達とも接触し、意見の収集を行なった。
生みの親の顔が脳裏を過ぎるのはどうにも気分が悪いが、かといって窓を閉ざせば風は感じられまい。
せいぜい利用させて貰うとしよう。私もまた、創造主を騙る傲慢なる技術屋の一人なのだ。
先ずはヤヌス、
ヴェスペンスト、ロスヴァイセ、グナーの四体。
他にも何体か居たものの、後回しだ。銃器を使用するMAIDを中心に意見を収集せねば、妥当性に問題が出る。
否、それどころか、近接格闘のみに絞られた運用方法では、せいぜいが狩人に随伴する猟犬程度の働きしかさせられまい。
はなから用無しだ。あんな連中。
コア・エネルギーの伝達効率を口実に、誰も彼もがやたらに近接格闘武器を推している。
違うだろうに。銃器がGへの効用が薄いと思われているのは、使用する弾丸がGの甲殻を貫通するだけの充分な初速を稼いでいないからだ。
お伽話に出て来る武器の再現などにかまけて歩兵用装備の更新を怠るから、こういう事が起きる。
このままでは造兵廠が干からびてしまう。いや、私が彼らの動きを把握していないだけだろうか。
同日8時頃、皇室親衛隊本部営舎訓練場入り口にて。先日まで吹雪いていた空模様は嘘の様に晴れ渡り、辺りの雪景色は陽光を眩く乱反射させていた。
モニカは来客を示す緑色の腕章を煩わしく感じつつ、MAID技師の資格を表す身分証を取り出した。入場を管理する兵士は門を開き、訓練場へと案内してくれた。世の中がこのくらい上手く回ってくれれば、どれだけの肩の荷を下ろせるだろう。ちなみに食事は美味だった。ザウアークラウトの味付けが少し薄いのが気になった程度だ。
複雑な心境を飲み下しつつ、馴染みの顔を探す。斯くして見知った男、
ヴォルフ・フォン・シュナイダー大尉はそこに居た。横合いから話し掛ける。
「ご機嫌よう。ヴォルフおじさま、もといシュナイダー大尉」
「止してくれ。私はまだ29だ」
ヴォルフはややあってから苦笑した。物静かなこの男は感情を表に出すのが苦手らしく、他の兵士の様にむきになって反論しようとしない。温厚にして寡黙、動きの鈍い表情筋のせいで何を考えているかが読めない。
「ふふん。三十路に片足を突っ込めば、青二才とは呼べますまい。さておき、少しお時間を頂けないでしょうか」
「内容に依る」
「優秀な親衛隊所属MAIDに取材を行ないたいなと。我が研究所のMAIDは出来が余り良くないものですから。つきましては担当官の皆様に、その旨を通達して頂ければと。私の様な身分では、多忙な皆様方は取り合って頂けないでしょう」
「あれら全てにか?」
「幾ら私とて、分際は弁えます。ヤヌス、ヴェスペンスト、ロスヴァイセ、グナー。以上4名です」
ヴォルフは右手を顎に当てて暫く考え込んだ後、顔を上げた。
「……解った。善処する」
「恩に着ます」
モニカはそのまま、目的の場所へと歩みを進めた。基本的に深刻な影響を及ぼす事柄を除いて、技師と担当官の遣り取りというものは事後報告だ。逐一待っていたら時間が勿体ない。
「おい」
呼び止められたので振り向く。
「何か?」
「今のうちに、あれらの担当官の名前を伝えておいたほうがいいか?」
「結構です。関係者諸氏のお名前は既に控えておりますので」
「準備がいいな。私も見習うべきか」
――私とて、反吐を堪えるのにどれ程の労力を要したか。
それでも関係者全員の名前と顔を覚えるのは技術者……否、MAIDに携わる者としての義務だ。人と人の繋がりがあってこそ、兵器の本質を真に理解する事が出来る。それがモニカの守るべき信条であり、矜持でもあった。
「これくらい出来ねば、一介の女学生上がりのお嬢ちゃん如きに、研究室長など務まりませんから」
「……そうか。すまない」
MAID部隊のスケジュールは把握済だ。この時間帯は訓練に一区切りを付けて、皆で休憩を取っている頃だろう。他の兵士に引き継ぎをして持ち場を離れるヴォルフを背にして、モニカは目的のものを探す事にした。
訓練場は存外に広く、そこから目標物の確認までには随分な労力を要する。何の当ても無しに探し物でもしようものなら、ゆうに1時間は浪費してしまうだろう。だがそれでは駄目だ。休憩時間内にどうにかして決着を付けねば、次の休憩までにかなりの時間を取られるはめになる。無駄な待ち時間は可能な限り減らしたいモニカは、足早に訓練場を駆けずり回るしか無かった。
斯くしてそのMALEは、訓練場の隅にあるベンチで発見できた。ぼさぼさの短髪、こけた頬に無精髭。写真と一致している。間違いなくヤヌスだ。そのヤヌスはベンチに座ってコーヒーを飲み、民間ラジオを聴いている。休憩中とはいえ、なるほど立派な趣味をしているではないか。軍の備品たるMAIDならびにMALEは水しか飲ませないとばかり思っていたが、親衛隊は己の定めた原則すら忘れたのか。生体活動を維持できる最低限の物以外は与えないと定めたのは、元より彼らだというのに。
兎角、漸く見付けたのだ。早々に始めたい。
「貴方がヤヌスね」
砕けた口調で話し掛けるのは、敬意を払う必要は無い為だ。ヤヌスはサングラスを取り、それからコーヒーを飲み干した。
「おうよ、俺がヤヌスだ。あんた、うちの部隊の担当技師じゃねェな? 出張か」
モニカは肝を冷やした。MAIDは確かに知能を持ち――人間を素体にしている以上それは当然だが――人の顔を見分ける記憶力がある。しかし、まさか己の関係者かそうでないかを瞬時に見極めるだけの、興味と関心を持つとまでは考えていなかった。社会的な側面に於けるMAID及びMALEの影響など、今まで頭に全く無かったのだ。
「よくそこまで見抜けるわね」
「こう見えて物覚えはいいほうなんだ。それに、MAIDに話し掛ける白衣の人間つったら、技師くらいのもんさ」
ヤヌスが此方の膝の辺りを指差す。外套の裾から白衣がはみ出ているのを、このMALEはすぐさま見抜いていたらしい。
「ならば話が早い。ちょっと取材をね」
「いいぜ。話せよ」
手帳に目を通す。質問事項は順番に消化せねばならない。さもなくば、十全な成果を得られない。聞き出せた筈の情報を、それを手に入れる機会を逸してしまうのだ。
「貴方は銃器を使っていると聞いたんだけど、どんな銃を?」
「色々、だな」
専用装備は与えられていないという事だろうか。手帳には無いが、モニカは間に新たな質問を挟む事にした。
「具体的に教えて欲しいわ。例えば、主に何を使ってるとか、造兵廠は何処のものかとか……後は、純正品なのか、それとも改造品なのかとか。知ってる限りの情報でいいの」
「……えっと、そうだな。個人で携行しているのは、コールトンのM1911が二丁だ。改造はしていない」
M1911はアルトメリア製の45口径自動拳銃だ。確かに45口径はこの国に於いては一般的ではない。これは盲点だ。銃と云えば7.92mmか9mm或いは38口径の、国内製のものばかりを考えていた。己の世間知らずを、図らずも此処で認める事となろうとは。否、忸怩たる思いに浸る暇は無い。更に具体的な情報を得るのが得策だ。
「確かあれ、45口径よね。弾が大きい方が、甲殻を貫通しやすいから?」
「それもある。二丁持ち歩くのは、弾数が少ないからだな。一丁ずつ撃っているよりも、いざ撃つぞって時は効率がいいんだ」
「なるほど……他には?」
「いつも使ってるのはそれくらいだな。後は……散弾銃だ。
グリーデル王国製の奴を何丁か輸入してるのを拝借する事がある。そんくらいだな」
機関銃では持ち運びに難儀するという事なのだろう。使用する火器についてこれ以上は有力な情報が得られないと判断し、モニカは次の質問へと移る事にした。
「他のMAIDと一緒の時、どうやって戦ってるの?」
「パァーっとバラ撒いて道を作るだろ、それから余所へ行って同じ事繰り返す、みたいな感じかね。自分の担当するゴミ虫共を片付けたら、至近距離での射撃で他の奴を援護する。その時に使うのはだいたい、散弾銃だな。頭にかませば一発だぜ。一発」
中距離から近距離での戦闘を想定しているという事だ。モニカは実際に戦場へ赴く事が無い――多くの技師は恐らくそういうものだと思われる。嘆かわしい事に、それが現場と技師の軋轢を生んでいる事もまた事実だ――ので、想像するほか無いが、ヤヌス達のMAID部隊は森林地帯での活動が主だろう。木々に阻まれた森林地帯では長大な射程は意味を為さないからだ。これについては質問する迄も無い。重要なのは、歩兵との合同任務だ。
「その時に歩兵の一個分隊とは一緒に行動する?」
「しねェな。MAID部隊だけで独立して行動しているのさ。そして、俺がその部隊長だ。百戦錬磨のMAIDを纏めるのが俺の務めって訳さ」
「ふぅん」
彼が部隊長である事に関しては知っている。別段、興味も湧かない。歩兵とは何が何でも一緒に行動しない理由については、一先ずは置いておこう。それより先にすべき事がモニカにはあった。EEM-38007ヴェスペンスト、EEM-38010ロスヴァイセ、ならびにEEM-38019グナーの三体だ。これらにもヤヌス同様、訊かねばならない。歩兵との別行動はその時にでも訊くとしよう。
「ねぇ。その隊長権限でMAIDを何体か呼べない? 用事があるの。ヴェスペンスト、ロスヴァイセ、グナーの三体」
「……三人な。よし解った。ちょいとばかし時間が掛かる。紅茶でも飲んで待ってな、お嬢さん」
そう云って、ヤヌスは一目散に走り去った。モニカは立って待つのも馬鹿らしいと思い、ヤヌスの座っていたベンチを拝借する事にした。
「紅茶より、コーヒーのほうがいいんだけど……」
モニカはヤヌスの到着を待ちながら、彼が何故“三人”と訂正したかについて少し考える事にした。MAIDという存在はあくまで、彼らや事情を知らぬ他の多くの人々にとっては人型の兵器だ。技師達や事情を知る少数の人々にとっては、死体にエターナル・コアを植え付けて素体に備わっていた元の人格とは別の人格を伴って蘇生され、化け物じみた力を兼ね備えた、自律する道具だ。よもや彼はMAIDがその主人たる人間と同格に立てるとでも思っているのだろうか。
犬に飼われる人が存在しないのと同じだ。MAIDが対話に於いて同列に立った時、人とMAIDは力関係に於いて逆転してしまう。それをヤヌスは知らないのか。MAIDというものが従順である事を良しとしているからこそ、その道徳が力の均衡を生み出すというのに。たった一体のMAIDならば人間が束になって掛かれば、始末するのはそう容易ならざる事ではあるまい。だがMAIDも人の心を持っている。集団心理がMAIDにも働けば、あれらは怖い物知らずの化け物にだってなれる。まして、あのヤヌスの様に社会的な階級にまで興味を示す手合いは。
思案に耽っている内に、ヤヌスが戻ってくる。
「待たせたな。自己紹介は必要か?」
「結構よ。書類と写真はこっちで控えてるから」
「……ケッ。そうかい、お偉方は決まってそう云うのさ。そして、どうせ名乗らねェ。名前なんざ勝手に覚えろと云わんばかりによォ」
ヤヌスがやけに不機嫌になった。全く、教育担当官は日頃からどういう教育をしているのか。礼節と作法を教えてこその従者であろうに。とはいえ、ヤヌスの言葉が本当なら、此処で名乗らねばモニカもその忌々しい“お偉方”と同列として数えられかねない。それは不本意だ。モニカはわざとはっとした顔を作り、立ち上がって襟を正した。
「ああ、ごめんなさい。気分を害するのは本意じゃないの。私はモニカ・グライヒヴィッツ。参謀本部所属のMAID技師をしてるわ。宜しく」
「……だそうだ。お前等、名乗ってやれ」
「グナーと申します」
「ロスヴァイセ」
「ヴェスペンストだ、宜しく頼む」
――なるほど。そこの髭面より、よほど教育が行き届いているらしい。
愛想が無いのは致し方ない事だろう。突然現れた部外者だ。モニカとて、自分の所の出であるオクタヴィアやズラーカが節操なく部外者に愛想を振りまいていたら、即座に殴って黙らせていたに違いなかった。部隊長の指示には即座に従うのも好感が持てる。やはり従順こそがMAIDの本分だ。それに関しては、最初にこれを提案した親衛隊側でも概ね一致しているらしい。当然と云えば当然だが、その摂理がいつしか歪むかもしれない。モニカはその時がすぐに訪れてしまうのではと懸念していたが、杞憂だった。作法は未だ、守られている。
「折角集めてきたんだ。さくっと終わらせてくれよ」
――などと仏頂面でのたまう、このMALEを除いては!
「えぇ勿論。貴重な時間を有効活用すべく、そうね。名簿順に質問するわ」
登録番号順に質問すると、この無精髭がまた機嫌を損ねるに違いない。是非も無し。なるべく人として扱ってやるとしよう。物事を円滑に進めるには、往々にして妥協を要するものだ。それに、部外者である自分が彼らにMAIDが何たるかを教育してやる義理もあるまい。
質問は一つの質問事項に対してそれぞれが順番に答える形を取り、それが功を為してそれほど時間が掛からなかった。やはり集めて貰って正解だ。一体ずつ探し当てる手間も省けるし、何より一体のMAIDが応答している際に他のMAIDが回答を補足してくれる。お陰で当初に想定していた以上の情報を得られた。
まずはヴェスペンスト。ヤヌスに同じく二丁拳銃を主体とする。使用する銃器はヴァトラーP.38、9mm口径の自動拳銃だ。それ以前はP.08を使用していた。ヤヌスよりも中距離に重きを置く傾向にあり、その為に銃も威力より貫通力を重視している。単独行動が多く、部隊内で仕留め損なったGを一定距離内にて掃討する役目を持つ。しかしながらあくまでこれは戦法の一つに過ぎず、真に特筆すべきは彼女があらゆる銃器を使いこなせるという柔軟性にある。
次にロスヴァイセ。GeW91小銃とMG34機関銃を使用する。遠距離向けの装備に偏っているが、これは事前に危機を回避する為。接近された場合は他のMAIDに任せ、ロスヴァイセ自身は後方警戒に専念する。
最後に、グナー。ロスヴァイセに同じく狙撃を主とするが、此方はG達に気取られない様に姿を隠し、一匹ずつ確実に始末する。接近時に備えてサーベルを装備。
これだけあれば充分だろう。後日改めて、他のMAIDに連携の詳細を訊く事にする。モニカは手帳と鉛筆を白衣のポケットに仕舞い込んだ。
「ありがとう。用事も済んだし帰るわ。邪魔したわね」
「っと、ちょっと待って貰おうか。お嬢ちゃんが自分で呼んでくりゃいいのを、俺がわざわざ集めてきたんだ。相応の見返りは貰っとかねェとな」
「何? それってつまり、金でも払えって事――」
尋ねる言葉を云い終える前に、モニカは胸に小さな衝撃を受ける。
「え……?」
見れば、ヤヌスの両手がしっかりとモニカの両胸を掴んでいた。ただ掴むだけでは足らないらしく、胸の外周をなぞる様にして小さく指を置いては、何か品定めする様な表情を浮かべる。突然の出来事にモニカは頭が真っ白になっていた。一体、どういうつもりだこいつは。
「なるほど、形は悪かねェな。けどアレだ。でかいにはでかいが、見た目ほどでかいのかと云うとそうでもねェ。ったく、拍子抜けだぜ」
「お、ま、え……!」
「パッドは程々の大きさにしとこうな。殿方がベッドでガッカリ――」
モニカが拳を振り上げるのと、ヤヌスが横へ吹き飛ぶのはほぼ同時だった。今、鏡で己の顔を見たらひどく間抜けな顔をしているに違いない。そう思いつつも、モニカは呆然と立ち尽くしていた。モニカはまだ、殴っていない。
「痛ぇ……オーロックス、ちったァ加減してくれ。歯が取れちまう」
振り向くと、オーロックス――頭に角を生やした巨漢のMALEが笑顔で、何故かドラム缶を担いで立っていた。目は笑っていない。完全に本気だ。
「ヤヌス、俺さ? そういうの良くないって何度も云ったよね? 女の子の胸を揉んだりするの、冗談だとしても辞めようねって、この前約束したよね? 部隊の子に手を出すなって云ったけど、部隊じゃない人に手を出すのはもっと駄目だって、常識だよね?」
「んぉ、わっ、ま、待て! 後生だ! っていうか、その約束については、俺は適当な落とし処を見繕って上手くはぐらかしただろ! なぁ、頼むから、この件については、無かった事にだな――」
「ごめんなさいは?」
オーロックスはヤヌスの反論を遮り、ドラム缶を地面へと叩き付ける様に置いた。
「ひっ……!」
「ごめんなさいは?」
「悪かった、俺が悪かったよ!」
「だから俺に謝るんじゃなくて――まぁいいや、後でたぁっぷりお話しよう! ね!」
オーロックスはヤヌスを持ち上げ、じたばたと足掻く彼を、膝を抱えさせる様に折り曲げて尻の方からドラム缶へとねじ込む。
「ら、らめぇえぇぇぇぇ! そんな、は、入らにゃいいいぃ!」
全身がドラム缶に入ったのを確認すると、オーロックスはそのドラム缶を倒し、勢い良く蹴り飛ばした。
「ごめんなしゃいいいいいぃっ!」
ドラム缶は内容物たるヤヌスの筆舌し難い絶叫と共に、凄まじい速度で遙か彼方へと転がって行く。
「――あ、新記録」
ヴェスペンストがぼそりと呟いた。恐らく、ドラム缶に詰め込まれたヤヌスがどれだけ転がっていったのかについてだ。訓練場に散らばる小石やらとぶつかりながら転がり続けたドラム缶は、徐々に速度を落とし、やがて誰かが作った雪だるまにぶつかってその回転を止めた。あの中ではさぞや酸鼻を極める地獄絵図となっている事だろう。ヤドカリの如く手足を出しながら這いずり回るヤヌスを、
ブリュンヒルデらしきMAIDがドラム缶を引っ張って救出していた。
呆気に取られて眺めるモニカの横合いから、オーロックスの声が掛かる。
「申し訳御座いません。うちの馬鹿ヤヌスがご迷惑をおかけしました。乱暴は、されませんでしたか?」
「え、えぇ、大丈夫、だけど……」
「それなら良かった。あの人、いつもああなんです」
ヴェスペンストが後頭部を掻き、グナーは顔を赤らめて俯いていた。ロスヴァイセはと云えば、無表情のまま立ち尽くしているが、よく見ると拳を震わせている。モニカはその三者三様の反応から、彼女らが日頃から如何に苦難に満ちた日々を送っているかを容易に察する事が出来た。
「……色々、大変ね」
流石に、幾ら備品とはいえ感情くらいは持っているだろう。同じ女性として、かつて人間の女性であった彼女らには同情を禁じ得ない。
「僕達でも何かお手伝い出来る事があれば、何でも云って下さいね」
「そうも行かないのよ。部外者だもの」
「え?」
オーロックスが目を丸くした。そういえば彼にはまだ名乗っていない。彼だけがモニカの素性を知らないのも無理からぬ事だ。グナーが咳払いをして、オーロックスの肩を叩く。
「オーロックス、此方の方は参謀本部の技師です。親衛隊の所属ではありません」
「えぇ?! あ、あぁ……まぁまぁまぁ! ほら、親衛隊も参謀本部も、同じ人間じゃないですか! 困った時はお互い様って事で、あ、あはは……」
漸く状況を呑み込んだオーロックスは顔を僅かに上気させ、照れ隠しに笑う。同じ人間という言葉にモニカは眉を動かしたが、誰かがそれに気付いた様子は無かった。
「お心遣い、痛み入るわ。世の中、貴方みたいなのばかりだと助かるんだけど……じゃあ、今度こそ失礼するわ」
踵を返し、モニカは彼女らに見えない様にしながら舌を出した。確かにオーロックスは人格者だ。が、斧を振り回すだけの戦い方しか知らない。不幸なるかな、紳士的な彼は担当官含めた関係者諸氏の教育方針が災いして、モニカにとっては単なる良心的なだけの、研究資料的には参考以外殆ど役に立たない有象無象でしかないのだ。斯様なまでに誹るのは少し心が痛むが、致し方あるまい。これは摂理だ。人が生命体としてこの世にて活動する上での、抗えぬ理だ。思考し、邪魔者は脳裏にて掻き分けて隅に置く他に、どうしろというのか。義理と人情だけで社会が成立するなら、今頃はモニカだってわざわざ此処へ足を運ぶ様な事にもなりはしないのだ。
鈍痛を発し始めたこめかみを押さえながら、モニカは今日の収穫を持ち帰った。
Februar 20 / 1938
303作戦に関する作戦会議が開かれた。
驚愕すべき事に、親衛隊はその段取りの殆どを既に決定していた。
この作戦の意図するものについて、幾つかの仮説を立てる。
仮説1. MAID開発に反対する者による、意図的な壊滅
主な方法は、MAIDを纏めてGの群れへ放り込む。
これによる利点は、MAID部隊の壊滅を以てその有用性が皆無である事を証明できる。
更に、戦況の悪化を理由に支援を打ち切る事で、容易に壊滅せしめる。
仮説2. 親衛隊首脳部による、MAIDへの過信
あまり考えたくはないが、これである可能性が高いと云わざるを得ない。
理由として、1938年現在のG-GHQ加盟国に於いて最初期にMAIDの開発及び実用化に成功した国家は
この
エントリヒ帝国であり、また対G戦闘に於いても一定の戦績を残している事が挙げられる。
既に各メディアでの宣伝活動はMAID一色という状況下に在り、それが一層に拍車を掛けているのは疑いようのない事実。
仮説3. 他国への牽制行為、威嚇を目的としたプロパガンダ
上記の仮説2に比べるとその可能性はやや低くなる。或いはこれを兼ねた上での仮説2と考えられる。
が、もしこれを視野に入れている場合は必ず成功させる為に何らかの細工を施す可能性を有する。
仮説4. MAIDに代わる新兵器の実験と、そのカモフラージュ
各国の眼をMAIDに向けさせ、別の目的として303作戦を実行する。
限定された予算内では、MAIDに匹敵しうる新兵器を開発できる可能性は低い。
かねてより私はMAIDのみの編成による殲滅作戦に対し、反対の姿勢を強固に示してきた。
その成否如何に関わらず、だ。
成功した場合はMAIDの有用性が認められ、そこに靡かない軍需産業は否応なく撤退或いは停滞を強いられる。
失敗した場合はエントリヒ帝国のMAID開発に重大な障害を来し、他国はこの国を除け者にしてMAID開発に勤しむだろう。
双方どちらかに転げても碌な結果が見込めぬ。前述した仮説のいずれかが真であっても、彼らは性急に過ぎたのだ。
最終更新:2013年08月31日 15:47