(投稿者:レナス)
『天候は快晴。風速は穏やか。周囲に敵影は確認は出来ず、と』
『おい、このノーペア野郎。哨戒報告はきちんとしろと教わらなかったのか?』
『申し訳ありません、サー。現在敵影は確認出来ず、また非常に嬉しい飛行日和で御座います』
爆音を立てて唸るエンジンと高速で回転するプロペラの回転音の中での通信会話。
12機編成の
Me110が
グレートウォール戦線の最前線に向けておよそ8000ftを巡航速度で飛行していた。
今月初の「G」との戦闘は混戦を極め、増援の第一陣として向かっている最中である。
特に今回は航空戦力が多いらしく、前線を突破して来た「G」の迎撃及び足止めが第一陣の役割。
左右を見渡せばこのMe110の部隊以外に同型機の航空部隊が複数確認出来る。各最前線基地から半分の航空戦力が導入されている事だろう。
『こちらダイヤのエース。昨夜負けのハットトリックを決めたハートのエース、応答されたし』
『あー、あー。こちらはハートではなくスペードのエース。一体何処のダウトの部隊だ、どうぞ』
『こちら昨夜連続フルハウスで儲けさせて貰ったハートのクイーンだ。
今日の女神の加護は我々の部隊に付いている。発言には注意されたし』
『それは済まない、ハートのエース』
ほぼ全ての航空機がMe110で構成されている部隊ばかりが一塊でこの付近の空域は満たされている。
Me110は小型であるが故に航続距離に難があり、人類が戦線を押し上げた為に戦闘継続時間の短い出撃及び増援の時にお鉢が回って来る。
今回の出撃の様に「G」が此方の戦線を押し下げた時などはMe110を惜し気も無く投入するのだ。
『そう言えば昨日のブービー賞は誰だったかな?』
『クイーンのセブンだ』
『ちょ、その話は本当に止めてくださいよ隊長っ』
『何を言っているハートのセブン。お前の見事な負けっぷりを表して三番にしてやっているんだぞ』
『ああ、あれは傑作だったな。ロイヤルストレートフラッシュが出来上がって大喜びしたらテーブルを引っ繰り返して捨てカードとごっちゃになって無効だもんな』
『そんでもって他の面子がフルハウスやらファイブカードだったって知った時の落ち込み様は・・・くくくっ』
通信機から聞こえる多数の押し殺した笑い声にハートのセブンのパイロットは顔を真っ赤にして反論していた。
彼らに宛がわれているコールサインは決してカードの模様ではない。
Me110の名称から連想ゲーム形式で生じ、Me110を『トランプ』と呼称する様にまで到ってカード遊びに興じているのだ。
『さて、そろそろ推定迎撃ポイントの到着だ。スカイボーイ全機、機体チェック報告!』
『クラウドアンカー全機、此方も各機最終チェック!』
戦闘空域に近付いた途端、先程までのふざけていた空気が一変して張り詰める。
『スカイボーイ9、オールグリーン』
『デルタグライダー3、異常無し』
『ステイエアー11、計器に問題無し』
『クラウドアンカー2、Clear the Check.』
ゆるゆるした紐が一瞬にして引き締められた荒縄の如く、鋼の統率で瞬く間に一個大隊規模のMe110全機が即時戦闘を開始可能な状態へと移行する。
眼前に広がる光景の遥か先に立ち込める数多の火の粉の黒い狼煙。綺羅綺羅と煌めく線香花火が近づくに連れて良く見えて来る。
最前線ではどれ程の激戦が繰り広げられているのか。距離間を図る事に長けた航空機パイロットはその凄まじさを理解するのが早く、何人もが生唾の飲み込む。
必然的に動悸も高まり、スティックを握る手を何度も握り直す。
戦闘回数の少ないパイロット達は共通して戦うであろう
フライの軍勢がどれ程であろうかと無意味と分かっていても考えてしまう。
尻に響くエンジンとプロペラ回転の振動に催して排出する者も少なくはない。それを指摘する野暮な隊長達は居る筈も無い。どうせ誰ものが通る道だからだ。
『――ぉ? シットっ、ジョーカーが居やがるぜ・・・』
誰かが呟いた声をたまたま傍受し、誰もが周囲の空を見回してソレを見付けてしまう。
トランプより少し上空、およそ9000ft付近を飛行して此方の部隊を追い越して行く黒い影が一つ。
戦闘機にしては単機なのは不自然であり、「G」にしては侵攻方向が真逆、況してやMe110や「G」よりも小柄な航空機があり得ない。
逆算をして行けば、自ずと導き出される答えはジョーカーの存在。
『最悪だな。俺達、生きて帰れないかもしれないぞ』
『お前達はまだマシさ。俺の所なんて今まさに頭上を通過したんだぜ?』
それは人の形をした、人ではない存在。
そして我々にとってその姿を戦場で目撃をするという事は全滅必至だという死刑宣告。
『無駄口は御仕舞の時間だ』
眼前には数多の黒点が集団を組んで点在している。
前線を突破し、前線の兵士達と戯れる事もなく前進して来たフライの群集が後数分もせずに接触する。
『全機、酸素マスクを着用!』
迫り来る恐怖心を供給される酸素を多分に肺に送り込んで沈静を図る。
心臓の跳ねる音と振動する機体の区別も付かぬ状況で、一人のパイロットが既にフライと交戦に入ったジョーカーを見据えて呟いた。
その言葉が傍受されない程度の小声であり、誰もが思っている事を代表して声に出す。
「―――死神め」
そして間を置かずして怒涛の勢いで指示が出される。
『スカイボーイ全機! フォーメーション、ウイングナイツ!!』
『『『『了解!!!!』』』』
隊長を頂点として逆ブイの字に機体を展開し、あらゆるフォーメーションに展開する為の基本陣形が全ての部隊で行われた。
フライの数は?展開の程度は?ドラゴンフライも突破しているのか?等々、集団で上手く立ち回る術しかない人間の英知が今此処にある。
『確認。集団数7。スカイボーイはそのまま中央の集団一つを担当してくれ。
ドラゴンフライは認められない。フライの総数、およそ7。全て手早く平らげろ』
『こちらスカイボーイ1、了解した。腹が減ってるんだ、さっさと前菜を食い切って今日のエースは俺達の部隊のものにしてやる』
『よく言うぜ。こっちはジョーカーの居る三つの集団を相手するんだ。ドラゴンフライも二体確認してる。
これだけでもう何が何でも生き残ってお前らに奢らせてやるぜ』
『ぬかせ、この』
接触まで残り100秒を切る。互いに無駄口を叩き合った部隊が散り散りになって分かれて行く。
この戦いが終わった時、一体何機が無事に基地へと戻る事が叶うだろうか。
死ぬ時は一瞬か、または残虐に終わるのが誰なのか誰にも分からない。
少なくとも判るのは、これがこのメンバーで駄弁る最後の機会であるという事だ。
『グッドラック! ハートのクイーンっ、生きて帰れたら一杯驕るぜ!』
『貴様もなっ! ブービーに勝負のコツを教えてやれよ!』
『俺達に神の加護の在らん事を!!』
『死神が目の前に居るんだ、神様だってちゃんと居るぜっ!』
互いに互いの無事を祈り、戦いの幕が上がる。
『『『『『エンゲージ!!!!!』』』』』
男達の魂の咆哮が大空に木霊す。
呼称
本編に生じた設定を紹介致しますが、飽くまでもこのお話中での設定としております。
量が貯まれwikiにアップする予定。何方がアップしても問題ありません(多分)。
陸上戦闘機『Melderstein Me110』の派生型を含む機体全般を示す。
元々は『メルダー』とちゃんと呼ばれていたが『Melder』の『Meld』が「(カードを)晒す」という意味合いからポーカーを連想し、そこから派生してトランプと呼ばれる様になった。
Me110乗り達の間でカードの模様、数字、絵柄からその時の最多で活躍した者をスペードのエースとしたり、運が良かった者をクイーンのエースで例えたりする。
陸上戦闘機『Feuge-Wüst Fw209』の派生型を含む機体全般を示す。
サッカーから来ている。細かい経緯の説明は必要は無いだろう。
だが「G」の襲来の影響か、世界的な広まりに歯止めが掛かってそれ程有名ではない球蹴りの球技。
関連項目
最終更新:2008年09月17日 11:11